・第二十話「サンド・オーシャン(前編)」
・第二十話「サンド・オーシャン(前編)」
「あっ……く、来るぜ!」
「……始まったか」
「ああ、そのようじゃな」
マルマルの町を守る戦士達が、町の外を見て各々声を発した。……〈
「落ち着いてよく狙え。そうすれば、お前はちゃんと当てる男だ」
緊張した様子の若者に、口髭の男は落ち着いた口調の、容姿に似合う太く張りのある声で励ました。如何にも弓兵といった軽装の若者に対し、男は胸鎧に籠手と兜を着け、背中に、他の兵士達と違い何やら金属製の折り畳まれた
「昨晩の調子を思いだしゃ、ますます安心じゃ。熱心に見とったじゃろ? 男の誇りを示したいじゃろが。その集中力と意気じゃ」
「ふ、ははっ、そりゃね。……ああ、頑張りますさ」
わはは、と、 豪快に笑い飛ばす
「その意気じゃて。竜のお嬢ちゃんやわしらの劇団の女神さん達、昨晩たっぷり楽しませてくれたんじゃ、悲しませる訳にはいかんからな。のう?」
「ああ。その通りだ。それは防ぐ。ここで止める」
神官といっても『
「……『
「うん。君達が『
案じた表情で語るリアラに、アドブバ首長が頷いていた。念押しをするリアラの緊迫をむしろ解きほぐそうとするように。そして同時にアドブバは、あくまで落ち着いてそう相槌を打つことで、二人で周囲の兵達にそれとなく作戦を伝えているのだ、という体裁を整える事で、リアラの緊迫を押し隠し、周囲に伝わらないようにした。
「引っ掻き回して攻撃を惑わせるのは、アタシたちの十八番さ。ここは一つ熱心な信者さん達も堕落させちゃおうじゃない。アンタ達こそ敵大将の事、しっかりね?」
「……ああ、任せてくれ。貴方達にも色々教わった。……この砂海に響くのは奴の教えではないと、示してやる」
彼女達の魅了する舞闘があの凄まじいまでの信仰者である『
「戦いが終わったら、また踊りましょ♪」
そんな二人の様子を見て、ルアエザはにっこりと笑うと、自然自分達に注目を集める兵士達に、さあ、
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」
兵士達が沸き立つ。
「おおよ、忘れられんともさ!」「また見たいぜ!」「次も、あんたと一緒に!」「竜の嬢ちゃんの踊りも見たいぜ!」「出来れば付き合いたい!」「馬鹿欲張りすぎ!」「好きだー!」
戦いが始まる。その前に、せめて楽しい感情を伝えあう。自分にも恋慕愛情を込めた声をあげる兵士達に、リアラは笑顔で答えた。……先程のルアエザの発言は微妙に死亡フラグではないか? いやいや、そういうフラグは意識して言及すれば却って避けられるものと唐突に抱え込むはめになった別種の不安を必死に押さえ込みながら。
戦いが始まる。
機先を制したのは、音楽だった。
「……頼んだよ、私にできない事はね。私は私に出来る事をする。〈
JYAGYWAOOOOOOONNNN!!
DOUDOUDOU!!!
市民を避難させた首長宮殿の前に盾のように陣取る本陣。多数の魔法装備で囲まれた舞台の上で、首長アドブバは傍らに控える軍権を預ける将軍にそう言い置いて、〈髭面達〉のメンバーに叫び、そして演奏を開始した。アドブバは武術も軍略も不得手だ。だがその代わりに、《黄金》《芸趣》二種の精霊を同時に信仰し両方の加護を得る事ができる。その力を活かしての彼の戦いがこれだ。黄金で買い揃えた魔法装備が彼のバンドが奏でる楽曲を洗浄全体にとどろかせ、芸趣の霊術《霊曲》が、この音楽を耳にする見方全員を強化する!
「ああ、任せておけ」
暗赤の肩鎧を着けひっつめた灰色の髪と鋭い眼光を有する無精が、それに答える。累代、デバルド家に仕えてきた将軍だ。彼が軍の指揮を取る。
「魔法使いは全員防御魔法展開に注力! 敵を防御線へ引き付けろ! その過程で敵魔法力反応を伝達する、所定人員はも最寄の高魔法力反応者を連携し迎撃だ!」
幾つかの魔法装備とリアラが休戦期間中に必死に大量準備した竜術護符の内《眼光》を構えながら将軍は指令を飛ばす。
避難者からの情報には、〈
(だがそれでも、最善を尽くすだけだ。)
ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!
ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!
ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!
「うへぇ、なんてぇ法術だよっ……!!」
金茶の髪の若者は仲間の兵と共に城壁に身を隠しながら、マルマル中の魔法使い達が死力を絞り維持する防御魔法と城壁を揺るがす〈
「ぐわあっ!?」
「うわ、危ねぇ! 伏せろ! くそ、こっちだ!」
城壁が一部くだけ地理、巻き込まれた兵が倒れる。破片が飛ぶのを慌てて伏せてかわし、伏せたまま男は後方治療担当の神官を呼び、倒れた兵を後送させる。
防御魔法が抜かれ、城壁が砕かれ始めた。長くは持たない。だが。
「けど……どうやら将軍さんの読みもまんざらじゃないみたいだな……!」
だが辛うじて、破局的大打撃は避けられそうだと、兵達は武器を握り直した。敵法術攻撃は魔法防御を抜き城壁をぼろぼろにしたが……そこで途切れ始めた。
敵は一般兵でも大魔法使い並の破壊力を持つ法術を与える神を信奉しているだけだ、一般兵全員が大魔法使いという訳ではない。なら、魔法攻撃力が高くても使用可能回数は一般兵並、即ち自己強化魔法に回す魔法力を考えれば魔法攻撃は長くは続かない。防御魔法に全力を注げば、短期決戦なら対抗可能、全て力を注いで防ぎきるべし。《神捧》で高い魔法力を得ている転生者は、
「行くぞ。反撃の先陣は」「ワシらが切る」
そして、弓兵の肩を叩き。口髭の男と顎髭の
GASYA!
一歩前に出た
「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?
口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を右手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の
「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?
口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を左手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、右翼骨組先端に投槍を装填!
「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?
口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を右手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、左翼骨組先端に投槍を装填!
「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?
口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を左手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、右翼骨組先端に投槍を装填!
「フンッフンッフンッフンッフンッ!!!」
投擲投擲投擲投擲投擲!! 敵から降り注ぐ矢を、時に
「うおおおおおっ!!」
負けじと、敵も味方も叫び矢を放ち、狐目の青年も、的確に何度も大弓を放つ! 的中! だが、敵の法力は攻撃法術以外のものがまだある! 傷を癒し、身を守り、身体機能を強化し敵兵が突撃を開始する! 曲刀と槍を振りかざし攻め上がる!
「来んかぁい!!」
それを迎撃するのは神殿鎧の
「でいりゃああああ!!」CRAAAAASH!! 「うわあああっ!?!」
棘付鎖鉄球振香炉が炸裂! 敵攻城梯子を破壊! 棘付鎖鉄球振香炉が薙払! 敵兵を転倒させる! だが!
SLASH!
「ぬおおっ!? ええい、《御山の恵みと我らを繋ぐ炎よ》!」
薙ぎ倒した敵兵の向こうから現れた更なる敵兵の人たちが、
「ぐおおっ!!?」
屈強な
「ヌウンッ!」CRASH!」「助かった!」
その追撃を防いだのは、投槍を短槍二槍流に両手に一本づつ持った口髭の男。投げる為の短い物とはいえ二本の槍をまるで太鼓の撥の如く軽々と同時に力強く振るい、折れよとばかりに叩きつける! だが決定打にはならぬ! 黒装束が鎧の如く、さらに空中を浮遊する盾が召喚され自動防御! 繰り出される反撃の刃!
「《
「のようじゃな! やりおる!」
肌を裂く反撃の刃に血の糸を引きながら彼は叫んだ。《神捧》の法術であえて
「ヌンヌンヌンヌンヌンヌンヌンヌンッ!!!! !!」
短槍打撃を連打! 連打! 連打! CRASH! 敵盾硬度に槍一本破損! 背負絡繰から槍補充! SLASH! 敵反撃、短槍切断、鎧裂かれ胸筋裂傷! それでも止まらず背負絡繰から槍補充! 連打連打連打!
「『溶鉱炉大鍛鎚』ッ!!」CRASHBTOOMM!! 「ぐわああっ!!?」
その乱打で拘束した隙に
「手強い……!」
「この
この地では知られた戦士二人だが、手傷のみで勝利し、
唯一の神の絶対性を象徴するとして、〈
「「だが、戦える!」」
故、戦力差にも尚意気軒昂! そして、それに加え!
「ああ、そうさ!」
「……行くぞ!」
「……ショウタイム、です!」
「いくよぉっ!」
戦場に花が咲き誇った。ルアエザとその仲間達が、ラルバエルルが、ペムネが、エラルが、美しい足を閃かせ飛び出したのだ。ルアエザの優美な手指が大扇を開き、ラルバエルルが肉感的でありながら引き締まった肢体を、ペムネがしなかやで細さが逆に艶となる肢体をタイトなコスチュームに浮き立たせながら躍動して傘を開き、エラルが布をふわりと閃かせ。それらの特殊繊維と魔法強化による強靭さが矢を払う。美しい女達の扱う鮮烈な色の扇、傘、布がぱっと開く様は正に花。
「そぉーれぇっ!」
急速に間合いを詰めながらまず第一段の反撃はペムネから放たれた。ロングスカートを翻し、その裏に格納していたジャグリング用の道具を模した暗器を次々投擲。それらには魔法の力が込められていて……
BOM! BOM! BOM!
「ぬわあっ!?」
煌めく煙、とでも言うべき《惑乱》の霊術が舞台演出のように炸裂し、教団兵の感覚と認識、そして精神力をかき乱す。練度の高い者は耐えるが、急速拡大した教団兵、如何に鉄の規律と徹底した均質化を誇ろうが、どうしても練度の差は出るもの。更に《惑乱》だけではなく棘と刃を破裂させる攻撃用霊術《棘花》が混じっているものだから、なまじ耐えた者が突破しようとしてダメージを受ける事になる。
「この程度!」
それでも精鋭にはその差を《神眼》等の唯一神法術で見切り無傷で捌く者もいる。だが隊列は十分に乱れ、直ぐに劇団の面々は一瞬のアイコンタクトと共に得意とする間合いへ!
「はぁいっ!」
ルアエザの足が翻った。ロングスカートが花弁の様に翻る。その中から現れる殆どヒップまで露な生足。《惑乱》で集中力を乱され思わずそれに目がいった雑兵は、直後にそれが最後の光景となった。見開いた目を襲う、スカートの縁に仕込まれた暗器刃、そして豪奢な装飾が刃を兼ねる履物を履いた足!
「がぎゃあっ!?」
悲鳴を上げてもんどりうつ敵兵。《
「そうそう狙わせるかぁあひぃんっ!?」
僅かな露出部である目元を庇う等、警戒は容易と顔を守るよう上段に武器を構え突貫する次の兵が、直後雄叫びを情けない悲鳴に変えて白目を剥き失神昏倒!
「そうそうそこばかり狙うわけないでしょ!」
扇で相手の武器の手元を押さえ防ぎながら、ルアエザは容赦なく踏み出した相手の股間を相手が踏み出した足の反対側から爪先で抉るように巧みに一撃! 惨い!
「何……どうやって!?」
だが、《神衣》で黒衣は鎧以上の防御力を得ているのではなかったのか!?
「それは、動いてる所を、ねっ!」「!」
驚く敵味方に、相手の懐に胸の谷間を除かせるように飛び込みながら、そのまま蜻蛉を切り相手の視界をスカートで塞ぎながら首を蹴りルアエザに続いたエラルが叫ぶ。味方にそれを伝える為に。即座に、一部の味方はハッと反応した。
最初の投擲攻撃、あくまで撹乱目的で威力は低かったが、突破に失敗した敵の体でダメージを受けているのは全部ではなく、爆発を全身で受けたにも関わらず特に関節部分に傷が多い。成る程、服を鎧にしても、関節部分に硬度を与えてしまえば動きが阻害される。今エラルが蹴った者も、エラルの動きに思わず反応し顔を動かした首根っこ!
……なまじ身体強化しているせいで激しい戦闘挙動中も彼女達の美を目で追う反応ができてしまうのが却って不味い。そしてリアラは危惧していたが、やはり兵の質の斑から色仕掛けにかかる者も多い。まして撹乱用の霊術まで用いているのだ!
「その程度の浅知恵っ!」
一人目の兵を蹴ると同時に更に跳び、足を 首に絡め太股で頭を挟む様にして二人目を投げ飛ばすエラルと仕込刃スカートをまるで
信仰心と練度に長けるらしき先程の《惑乱》《棘花》を防いだ《
「頼みます」
「気を付けろ!」
《
GYUOOOOONNN!!!
「首長、いいタイミングだ!」
アドブバの《霊曲》が一際激しい曲調に入る中、ラルバエルルは騎兵と対峙した。槍と、鳥蛇の嘴が襲いかかる!
「ッハッ!」
ラルバエルルは傘を騎槍じみて閉じた状態で突きながら開いた! 槍が撥ね飛ばされ、傘の縁の刃が鳥蛇を傷つける! 鳥蛇が竿立ちとなり敵兵落馬!
「むんっ!」
見得を切りながらラルバエルル、傘の重さを逆に自らの体を動かす遠心力にするようにして踊る動きで旋回! 反対側の手に持った傘を操り次の敵騎兵にも同じ一撃! 4人の中ではパワーのあるラルバエルルだからこそ出来る二傘流!
「うおおっ!」
続く敵兵が騎乗用長曲刀を身を乗り出し薙ぎ払ってくる。二傘を繰り出した隙を狙ってだ。更に鳥蛇も嘴を繰り出す。ラルバエルルは豊かな胸を揺らしながら、スリットを活かして大胆に足を開いて身を沈め。
「セイィッ、ヤッ!」
地面に突いた閉じた傘を棒高跳びめいて使い逆立ち跳躍! スリット入りタイトミニが翻って鳥蛇と騎手を幻惑する。鳥蛇は本来影響を受けない高い頭を振り下ろしたせいだが、いずれにせよ、そこで見下ろす騎手の顎を跳ね上がったラルバエルルの足が蹴り砕く!
「死ね! 女ァッ!!」
「っ、ずいぶん、熱心ね……!」
同時ペムネは苦戦を強いられていた。何しろ相手が強い。猛然と法術で強化された曲刀を振り回す。魅了する余地も無く予備武器である曲刀で応戦したが刀を刀で切られてしまった。こちらも服に施した、布地が消し飛ぶ代わりに一度だけその部分へのダメージを相殺する《霧散》の霊術で何とか直撃は堪えたがこのままでは斬られる。
「逃げられるものか! 殺れお前ら!」
下がるペムネ。それを背後から襲う他の教団兵。絶体絶命か。
「……逃げないわ。来て……」
否。ペムネは《
「せいっ!」「ぐわぁっ!!? ああああーーっ!!!?」
その一瞬でペムネは相手の腕を取り、手を取り合って踊るが如き動きから敵兵の体を払い、
「ふう……」
何とか一息つくペムネ。男衆も彼女達の戦いぶりからヒントと士気を受け猛然と応戦・支援射撃でその隙を作ってくれた。ルアエザ、ラルバエルル、エラルもそれぞれ手元の敵をあしらって集まる。
「まだまだ来るぞぉ!」
「ここから先は、集団での踊りの経験の差で勝負よ」
「行進と歌舞劇の勝負だねっ」
ルアエザが決める。エラルが補足する。精鋭同士の複数対複数ならば、連携の差で数のさを補うと。徹底的な統一と、個性同士の組み合わせによる相互補完、どちらが勝つのかの勝負だと。そこを意識して活かそうと。
「更に強い魔法力反応、か」
口髭の双槍使いが、将軍からの魔法による情報を受ける。《
何処までやれる。いつまでやれる。
「……やるだけやらねばな。舞台、共に踏ませて貰おう!」
「頼むよ!」
タフに笑い、男は女と並び立つ! 仲間を信じて、神のみを信じる者に抗う!
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