・第二十話「サンド・オーシャン(前編)」

・第二十話「サンド・オーシャン(前編)」



「あっ……く、来るぜ!」

「……始まったか」

「ああ、そのようじゃな」


 マルマルの町を守る戦士達が、町の外を見て各々声を発した。……〈真唯一神エルオン教団〉の軍勢が動き出そうとしているのだ。今会話を交わしたのは三人。一人は大弓を持った金茶の髪で癖のある無精髭と釣り目でどこか狐めいた印象の若者。もう一人は30代程で黒髪と張りのある褐色の肌、口髭を蓄えた彫りの深い顔で筋肉と脂肪がバランスよく付いたがっしり厚みのある体の男、最後の一人は豊かな顎髭を蓄えた屈強で固太りの壮年山亜人ドワーフだ。


「落ち着いてよく狙え。そうすれば、お前はちゃんと当てる男だ」


 緊張した様子の若者に、口髭の男は落ち着いた口調の、容姿に似合う太く張りのある声で励ました。如何にも弓兵といった軽装の若者に対し、男は胸鎧に籠手と兜を着け、背中に、他の兵士達と違い何やら金属製の折り畳まれた絡繰からくりを背負う。


「昨晩の調子を思いだしゃ、ますます安心じゃ。熱心に見とったじゃろ? 男の誇りを示したいじゃろが。その集中力と意気じゃ」

「ふ、ははっ、そりゃね。……ああ、頑張りますさ」


 わはは、と、 豪快に笑い飛ばす山亜人ドワーフは神官装束の上から鎧を纏うのだが、その胴鎧と盾には門と祭壇の浮き彫りがされ、兜は聖像を象り、肩鎧は燭台を象り、まるで歩く神殿だ。口髭の男と並んで周囲から異彩を放ち、強者の風格を持っていた。


「その意気じゃて。竜のお嬢ちゃんやわしらの劇団の女神さん達、昨晩たっぷり楽しませてくれたんじゃ、悲しませる訳にはいかんからな。のう?」

「ああ。その通りだ。それは防ぐ。ここで止める」


 神官といっても『神仰クルセイド欲能チート』のような狂信ではない砕けた様子で、戦前の宴を楽しみ、それをネタに仲間を奮い立たせ、一応他宗と言えば言える事前配布された真竜シュムシュの力が籠ったリアラ手製の護符を示し、舞闘歌娼劇団の面々を女神に例えて笑う山亜人ドワーフ。口髭の男は、それに応えて静かに頷いた。


「……『神仰クルセイド』を倒せば、敵は瓦解します。ですから」

「うん。君達が『神仰クルセイド』に挑むから、防御優先で、だね。わかっている。将軍にも伝えているさ」


 案じた表情で語るリアラに、アドブバ首長が頷いていた。念押しをするリアラの緊迫をむしろ解きほぐそうとするように。そして同時にアドブバは、あくまで落ち着いてそう相槌を打つことで、二人で周囲の兵達にそれとなく作戦を伝えているのだ、という体裁を整える事で、リアラの緊迫を押し隠し、周囲に伝わらないようにした。


「引っ掻き回して攻撃を惑わせるのは、アタシたちの十八番さ。ここは一つ熱心な信者さん達も堕落させちゃおうじゃない。アンタ達こそ敵大将の事、しっかりね?」

「……ああ、任せてくれ。貴方達にも色々教わった。……この砂海に響くのは奴の教えではないと、示してやる」


 彼女達の魅了する舞闘があの凄まじいまでの信仰者である『神仰クルセイド』の配下にどこまで通じるか、ルアエザの請け負いにも僅かに不安を覚えるリアラだったが、そっちこそという言葉に、変わってルルヤが答えリアラの肩を抱き……リアラも、自分の動揺は士気に関わると理解し……死中に活を求めるしかなく必死だったカイシャリアⅦとはまた違う、これから数多の命を背負うのだという内心の不安を制御し、それに励まされ表情を整え直し頷いて。


「戦いが終わったら、また踊りましょ♪」


 そんな二人の様子を見て、ルアエザはにっこりと笑うと、自然自分達に注目を集める兵士達に、さあ、真竜シュムシュの継嗣が請け負った、勝って生き残ったら、また楽しませてあげる、という風に告げた。


「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」


 兵士達が沸き立つ。


「おおよ、忘れられんともさ!」「また見たいぜ!」「次も、あんたと一緒に!」「竜の嬢ちゃんの踊りも見たいぜ!」「出来れば付き合いたい!」「馬鹿欲張りすぎ!」「好きだー!」


 戦いが始まる。その前に、せめて楽しい感情を伝えあう。自分にも恋慕愛情を込めた声をあげる兵士達に、リアラは笑顔で答えた。……先程のルアエザの発言は微妙に死亡フラグではないか? いやいや、そういうフラグは意識して言及すれば却って避けられるものと唐突に抱え込むはめになった別種の不安を必死に押さえ込みながら。


 戦いが始まる。



 機先を制したのは、音楽だった。


「……頼んだよ、私にできない事はね。私は私に出来る事をする。〈髭面達ヒゲメンズ〉、いくぞ! 《黄金の精霊リラキヘンフ》よ、《芸趣の精霊レケムマウ》よ、この戦に英雄譚の如き加護を!」


 JYAGYWAOOOOOOONNNN!!


 DOUDOUDOU!!!


 市民を避難させた首長宮殿の前に盾のように陣取る本陣。多数の魔法装備で囲まれた舞台の上で、首長アドブバは傍らに控える軍権を預ける将軍にそう言い置いて、〈髭面達〉のメンバーに叫び、そして演奏を開始した。アドブバは武術も軍略も不得手だ。だがその代わりに、《黄金》《芸趣》二種の精霊を同時に信仰し両方の加護を得る事ができる。その力を活かしての彼の戦いがこれだ。黄金で買い揃えた魔法装備が彼のバンドが奏でる楽曲を洗浄全体にとどろかせ、芸趣の霊術《霊曲》が、この音楽を耳にする見方全員を強化する!


「ああ、任せておけ」


 暗赤の肩鎧を着けひっつめた灰色の髪と鋭い眼光を有する無精が、それに答える。累代、デバルド家に仕えてきた将軍だ。彼が軍の指揮を取る。


「魔法使いは全員防御魔法展開に注力! 敵を防御線へ引き付けろ! その過程で敵魔法力反応を伝達する、所定人員はも最寄の高魔法力反応者を連携し迎撃だ!」


 幾つかの魔法装備とリアラが休戦期間中に必死に大量準備した竜術護符の内《眼光》を構えながら将軍は指令を飛ばす。


 避難者からの情報には、〈真唯一神エルオン教団〉の使用する法術は、既存の神に勝る唯一神を称するだけあり極めて攻撃力に秀でるとある。魔法攻撃同士の打ち合いは不利だ。魔法は防御につぎ込み、弓射に対し城壁を盾に有利を取り、野戦ではなく攻城戦、最悪市街線に持ち込む事で騎兵の利を潰す。《神捧》の法術で欲能チートの代わりに高い戦闘力・魔法力を得た相手は味方の腕利きの連携で……精兵の数で劣る所を、索敵と地の利でどこまで耐えられるか。


(だがそれでも、最善を尽くすだけだ。)



 ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!


 ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!


 ZDOOOOOOOOOOOONNNNMMMM!!!!


「うへぇ、なんてぇ法術だよっ……!!」


 金茶の髪の若者は仲間の兵と共に城壁に身を隠しながら、マルマル中の魔法使い達が死力を絞り維持する防御魔法と城壁を揺るがす〈真唯一神エルオン教団〉の法術攻撃に呻いた。雑兵でありながら全員がまるで大魔法使いの攻撃力だ。


「ぐわあっ!?」

「うわ、危ねぇ! 伏せろ! くそ、こっちだ!」


 城壁が一部くだけ地理、巻き込まれた兵が倒れる。破片が飛ぶのを慌てて伏せてかわし、伏せたまま男は後方治療担当の神官を呼び、倒れた兵を後送させる。


 防御魔法が抜かれ、城壁が砕かれ始めた。長くは持たない。だが。


「けど……どうやら将軍さんの読みもまんざらじゃないみたいだな……!」


 だが辛うじて、破局的大打撃は避けられそうだと、兵達は武器を握り直した。敵法術攻撃は魔法防御を抜き城壁をぼろぼろにしたが……そこで途切れ始めた。


 敵は一般兵でも大魔法使い並の破壊力を持つ法術を与える神を信奉しているだけだ、一般兵全員が大魔法使いという訳ではない。なら、魔法攻撃力が高くても使用可能回数は一般兵並、即ち自己強化魔法に回す魔法力を考えれば魔法攻撃は長くは続かない。防御魔法に全力を注げば、短期決戦なら対抗可能、全て力を注いで防ぎきるべし。《神捧》で高い魔法力を得ている転生者は、欲能チートを封じた分のそれを自己の戦闘力即ち自衛力工場に使うのだから、それ以外の短時間の猛攻を防げればよいのだと、リアラの分析を基にマルマル防衛軍が立てた作戦は一先ず図に当たった。


「行くぞ。反撃の先陣は」「ワシらが切る」


 そして、弓兵の肩を叩き。口髭の男と顎髭の山亜人ドワーフが前に出た。



 GASYA!


 一歩前に出た山亜人ドワーフが盾を構える中、口髭の男は背負っていた絡繰を展開した。それは、板発条と金属の骨組を組み合わせたもので、背負い篭のような状態から左右斜め上に、傘の骨組み、あるいはスノコの様な構造の翼型に開いた。そしてその骨組が保持するのは……無数の投槍だ。投槍が連なって翼になっているかの様に、そして、男がその屈強な腕を背中に向けて曲げれば、正に丁度良く翼の先端に保持された投槍を、その手に掴んだ投槍器に引っ掻ける事が出来る様に……


「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?


 口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を右手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇ハウロズが悲鳴を上げ転倒!


「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?


 口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を左手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、右翼骨組先端に投槍を装填!


「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?


 口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を右手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、左翼骨組先端に投槍を装填!


「フンッ!」VON! ZDOM! KEEEE!?


 口髭の男が筋肉を浮かび上がらせ、投槍を左手に持つ投槍器に引っ掻け投擲! 凄まじい速度で風を切る投槍が弓矢を射かける教団軽騎兵に命中! 乗騎の鳥蛇が悲鳴を上げ転倒! 同時に発条が作動、右翼骨組先端に投槍を装填!


「フンッフンッフンッフンッフンッ!!!」


 投擲投擲投擲投擲投擲!! 敵から降り注ぐ矢を、時に山亜人ドワーフの盾に、時に城壁とその周辺に配置された障害物の残骸に身を隠しながら男が次々に投槍を投擲!


「うおおおおおっ!!」


 負けじと、敵も味方も叫び矢を放ち、狐目の青年も、的確に何度も大弓を放つ! 的中! だが、敵の法力は攻撃法術以外のものがまだある! 傷を癒し、身を守り、身体機能を強化し敵兵が突撃を開始する! 曲刀と槍を振りかざし攻め上がる!


「来んかぁい!!」


 それを迎撃するのは神殿鎧の山亜人ドワーフだ。その手に取る武器は、何と振り香炉! 本来は鎖で吊り、振る事で祈祷に香煙を振り撒く法具だが、この山亜人ドワーフの持つ振り香炉は何処も彼処も重厚頑丈巨大に作られ、はっきり言ってしまえば振り香炉の機能も併せ持つ棘付鎖鉄球だ。


「でいりゃああああ!!」CRAAAAASH!! 「うわあああっ!?!」


 棘付鎖鉄球振香炉が炸裂! 敵攻城梯子を破壊! 棘付鎖鉄球振香炉が薙払! 敵兵を転倒させる! だが!


 SLASH!


「ぬおおっ!? ええい、《御山の恵みと我らを繋ぐ炎よ》!」


 薙ぎ倒した敵兵の向こうから現れた更なる敵兵の人たちが、山亜人ドワーフ作造の頑丈な金属盾を容易く両断した。その下の手甲まで切り込まれ、山亜人ドワーフの腕から血が滴った。転がるように山亜人ドワーフは二太刀目を盾の残骸を振り払いながら避け、掲げた振り香炉から振り撒かれる煙を魔法で炎に変え、吹き付けて反撃し間合いを取る。直撃、ダメージにはなったが、せいぜい牽制程度、敵は炎を振り払い突撃し間合いを詰め曲刀をかわした山亜人ドワーフを殴る!


「ぐおおっ!!?」


 屈強な山亜人ドワーフの体が城の床に叩きつけられバウンドし反吐を吐かされる。とどめを刺さんと教団兵は曲刀を振りかぶり。


「ヌウンッ!」CRASH!」「助かった!」


 その追撃を防いだのは、投槍を短槍二槍流に両手に一本づつ持った口髭の男。投げる為の短い物とはいえ二本の槍をまるで太鼓の撥の如く軽々と同時に力強く振るい、折れよとばかりに叩きつける! だが決定打にはならぬ! 黒装束が鎧の如く、さらに空中を浮遊する盾が召喚され自動防御! 繰り出される反撃の刃!


「《欲能神捧兵セルフバインド》だ!」

「のようじゃな! やりおる!」


 肌を裂く反撃の刃に血の糸を引きながら彼は叫んだ。《神捧》の法術であえて欲能チートを封じる事によって強力な魔法戦士となった教団の転生者だと。山亜人ドワーフも応じ、全力を叩きつけるべく筋力と法力を解放!


「ヌンヌンヌンヌンヌンヌンヌンヌンッ!!!! !!」


 短槍打撃を連打! 連打! 連打! CRASH! 敵盾硬度に槍一本破損! 背負絡繰から槍補充! SLASH! 敵反撃、短槍切断、鎧裂かれ胸筋裂傷! それでも止まらず背負絡繰から槍補充! 連打連打連打!


「『溶鉱炉大鍛鎚』ッ!!」CRASHBTOOMM!! 「ぐわああっ!!?」


 その乱打で拘束した隙に山亜人ドワーフが棘付鎖鉄球振香炉に爆炎を纏わせ《欲能神捧兵セルフバインド》に叩きつけた! それで辛うじて有効打、絶叫と共に炎に巻かれ吹き飛ばされ城壁から転落!


「手強い……!」


「この強さレベルが数十か……!」


 この地では知られた戦士二人だが、手傷のみで勝利し、山亜人ドワーフが回復法術を唱えるとはいえ、それが二人がかり必要だった相手が後数十、それに加え頭一つ抜けた相手が二人。……更に言えば、これでも既に相当相手の優位を打ち消している筈なのだ。


 唯一の神の絶対性を象徴するとして、〈真唯一神エルオン教団〉の法術は、本来欲能チート級の必中必殺性を強制する高位法術が存在する。他の鉱山都市、オアシス都市が次々落とされていったのはその力の為だ。だが、例え相手が魔法であれ、運命を歪めるがごとき絶対は、戦闘前に【真竜シュムシュの地脈】との併せ技でリアラが大量生産した護符で阻止できるし、『神仰クルセイド』自体をリアラとルルヤが押さえこんでいるのだ。


「「だが、戦える!」」


 故、戦力差にも尚意気軒昂! そして、それに加え!



「ああ、そうさ!」

「……行くぞ!」

「……ショウタイム、です!」

「いくよぉっ!」


 戦場に花が咲き誇った。ルアエザとその仲間達が、ラルバエルルが、ペムネが、エラルが、美しい足を閃かせ飛び出したのだ。ルアエザの優美な手指が大扇を開き、ラルバエルルが肉感的でありながら引き締まった肢体を、ペムネがしなかやで細さが逆に艶となる肢体をタイトなコスチュームに浮き立たせながら躍動して傘を開き、エラルが布をふわりと閃かせ。それらの特殊繊維と魔法強化による強靭さが矢を払う。美しい女達の扱う鮮烈な色の扇、傘、布がぱっと開く様は正に花。


「そぉーれぇっ!」


 急速に間合いを詰めながらまず第一段の反撃はペムネから放たれた。ロングスカートを翻し、その裏に格納していたジャグリング用の道具を模した暗器を次々投擲。それらには魔法の力が込められていて……


 BOM! BOM! BOM!


「ぬわあっ!?」


 煌めく煙、とでも言うべき《惑乱》の霊術が舞台演出のように炸裂し、教団兵の感覚と認識、そして精神力をかき乱す。練度の高い者は耐えるが、急速拡大した教団兵、如何に鉄の規律と徹底した均質化を誇ろうが、どうしても練度の差は出るもの。更に《惑乱》だけではなく棘と刃を破裂させる攻撃用霊術《棘花》が混じっているものだから、なまじ耐えた者が突破しようとしてダメージを受ける事になる。


「この程度!」

 それでも精鋭にはその差を《神眼》等の唯一神法術で見切り無傷で捌く者もいる。だが隊列は十分に乱れ、直ぐに劇団の面々は一瞬のアイコンタクトと共に得意とする間合いへ!


「はぁいっ!」


 ルアエザの足が翻った。ロングスカートが花弁の様に翻る。その中から現れる殆どヒップまで露な生足。《惑乱》で集中力を乱され思わずそれに目がいった雑兵は、直後にそれが最後の光景となった。見開いた目を襲う、スカートの縁に仕込まれた暗器刃、そして豪奢な装飾が刃を兼ねる履物を履いた足!


「がぎゃあっ!?」


 悲鳴を上げてもんどりうつ敵兵。《欲能神捧兵セルフバインド》程の強度ではないが、一般兵もその黒衣を法術《神衣》で強化している。だが、露な部分を狙えばそれも関係なし。しかも、この攻撃の狙いはそれだけではない!


「そうそう狙わせるかぁあひぃんっ!?」


 僅かな露出部である目元を庇う等、警戒は容易と顔を守るよう上段に武器を構え突貫する次の兵が、直後雄叫びを情けない悲鳴に変えて白目を剥き失神昏倒!


「そうそうそこばかり狙うわけないでしょ!」


 扇で相手の武器の手元を押さえ防ぎながら、ルアエザは容赦なく踏み出した相手の股間を相手が踏み出した足の反対側から爪先で抉るように巧みに一撃! 惨い!


「何……どうやって!?」


 だが、《神衣》で黒衣は鎧以上の防御力を得ているのではなかったのか!?


「それは、動いてる所を、ねっ!」「!」


 驚く敵味方に、相手の懐に胸の谷間を除かせるように飛び込みながら、そのまま蜻蛉を切り相手の視界をスカートで塞ぎながら首を蹴りルアエザに続いたエラルが叫ぶ。味方にそれを伝える為に。即座に、一部の味方はハッと反応した。


 最初の投擲攻撃、あくまで撹乱目的で威力は低かったが、突破に失敗した敵の体でダメージを受けているのは全部ではなく、爆発を全身で受けたにも関わらず特に関節部分に傷が多い。成る程、服を鎧にしても、関節部分に硬度を与えてしまえば動きが阻害される。今エラルが蹴った者も、エラルの動きに思わず反応し顔を動かした首根っこ!


 ……なまじ身体強化しているせいで激しい戦闘挙動中も彼女達の美を目で追う反応ができてしまうのが却って不味い。そしてリアラは危惧していたが、やはり兵の質の斑から色仕掛けにかかる者も多い。まして撹乱用の霊術まで用いているのだ!



「その程度の浅知恵っ!」


 一人目の兵を蹴ると同時に更に跳び、足を 首に絡め太股で頭を挟む様にして二人目を投げ飛ばすエラルと仕込刃スカートをまるで回転丸鋸パズソーの如く振り回しながら戦扇を繰り出し槍や剣を払い武器を握る手を打ち踏み込んでは蹴りを放つ流れるような旋舞で雑兵を薙ぎ払うルアエザに、精鋭が迫る。


 信仰心と練度に長けるらしき先程の《惑乱》《棘花》を防いだ《欲能神捧兵セルフバインド》と更に、高いレベルの魔法力を持つ信仰心に秀でた精鋭である得物を槍とした騎兵部隊もだ。その装束は他の者が掛かった《棘花》の効果範囲にいても直撃ではなかったとはいえ無傷であり、高位の者には関節の隙も少ないと見て取れる!


「頼みます」

「気を付けろ!」


 《欲能神捧兵セルフバインド》をぺムネが、騎兵部隊をラルバエルルが迎撃する。艶やかに身を擦りつけあうようにすれ違って背中合わせになり、その瞬間、ペムネは己が手にしていた傘を既に白兵の間合いだからとはいえ大胆にもラルバエルルに譲渡、素手となる。



 GYUOOOOONNN!!!


「首長、いいタイミングだ!」


 アドブバの《霊曲》が一際激しい曲調に入る中、ラルバエルルは騎兵と対峙した。槍と、鳥蛇の嘴が襲いかかる!


「ッハッ!」


 ラルバエルルは傘を騎槍じみて閉じた状態で突きながら開いた! 槍が撥ね飛ばされ、傘の縁の刃が鳥蛇を傷つける! 鳥蛇が竿立ちとなり敵兵落馬!


「むんっ!」


 見得を切りながらラルバエルル、傘の重さを逆に自らの体を動かす遠心力にするようにして踊る動きで旋回! 反対側の手に持った傘を操り次の敵騎兵にも同じ一撃! 4人の中ではパワーのあるラルバエルルだからこそ出来る二傘流!


「うおおっ!」


 続く敵兵が騎乗用長曲刀を身を乗り出し薙ぎ払ってくる。二傘を繰り出した隙を狙ってだ。更に鳥蛇も嘴を繰り出す。ラルバエルルは豊かな胸を揺らしながら、スリットを活かして大胆に足を開いて身を沈め。


「セイィッ、ヤッ!」


 地面に突いた閉じた傘を棒高跳びめいて使い逆立ち跳躍! スリット入りタイトミニが翻って鳥蛇と騎手を幻惑する。鳥蛇は本来影響を受けない高い頭を振り下ろしたせいだが、いずれにせよ、そこで見下ろす騎手の顎を跳ね上がったラルバエルルの足が蹴り砕く!


「死ね! 女ァッ!!」

「っ、ずいぶん、熱心ね……!」


 同時ペムネは苦戦を強いられていた。何しろ相手が強い。猛然と法術で強化された曲刀を振り回す。魅了する余地も無く予備武器である曲刀で応戦したが刀を刀で切られてしまった。こちらも服に施した、布地が消し飛ぶ代わりに一度だけその部分へのダメージを相殺する《霧散》の霊術で何とか直撃は堪えたがこのままでは斬られる。


「逃げられるものか! 殺れお前ら!」


 下がるペムネ。それを背後から襲う他の教団兵。絶体絶命か。


「……逃げないわ。来て……」


 否。ペムネは《欲能神捧兵セルフバインド》から身を翻し他の兵の胸元に殆ど身を預ける様に飛び込んだ。腕を取り胸に押し付け、一瞬戦場には場違いな程の悩ましさ含んだ声音と吐息を敵兵に吹き掛ける。瞬間、芸趣霊術《惑乱》に加え魔族としての《魅了》を追加! 自我を操られる程流石に柔では無かったが、一瞬体の制御を奪うには十分!


「せいっ!」「ぐわぁっ!!? ああああーーっ!!!?」


 その一瞬でペムネは相手の腕を取り、手を取り合って踊るが如き動きから敵兵の体を払い、真唯一神エルオンの法術で強化された敵兵の刀を相手の腕ごと掴んで突き出す事で《欲能チート神捧兵》の《神衣》を突破、深々と刺し貫く! 致命傷にならなかったがそのまま敵兵を投げつけて、二人諸共城壁から転落させる!


「ふう……」


 何とか一息つくペムネ。男衆も彼女達の戦いぶりからヒントと士気を受け猛然と応戦・支援射撃でその隙を作ってくれた。ルアエザ、ラルバエルル、エラルもそれぞれ手元の敵をあしらって集まる。


「まだまだ来るぞぉ!」


 山亜人ドワーフの叫びが響き渡る。ここまではいい。だが、《欲能チート神捧兵》はまだ数多居る。加えて『神仰クルセイド』が真竜シュムシュの二人に掛かりきりとは言え、敵も当然こうなれば、束になって此方の精鋭を潰しに来る筈だ。


「ここから先は、集団での踊りの経験の差で勝負よ」

「行進と歌舞劇の勝負だねっ」


 ルアエザが決める。エラルが補足する。精鋭同士の複数対複数ならば、連携の差で数のさを補うと。徹底的な統一と、個性同士の組み合わせによる相互補完、どちらが勝つのかの勝負だと。そこを意識して活かそうと。


「更に強い魔法力反応、か」


 口髭の双槍使いが、将軍からの魔法による情報を受ける。《欲能チート神捧兵》の中でも特に凶悪な二人、『男殺ミサンドリー』と『女殺ミソジニー』も来る。対欲能チートの竜術護符を使う。無論、これは通常の意味での防御強化としても効く。だが敵とてそれを承知で、強力極まりない欲能チートだからこそ封じる事で莫大な力を得る《神捧》を使ってくる筈。


 何処までやれる。いつまでやれる。


「……やるだけやらねばな。舞台、共に踏ませて貰おう!」

「頼むよ!」


 タフに笑い、男は女と並び立つ! 仲間を信じて、神のみを信じる者に抗う!

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