・第十七話「鉱易砂海の女達(後編)」

・第十七話「鉱易砂海の女達(後編)」



 結論として『神仰クルセイド欲能チート』の提案を呑む事になった。「街を攻撃すると『神仰クルセイド』が不利になるなら休戦期間を設けるという提案など呑まずによいのではないか」と、民を守るべきものとして言える訳がないというのと、何より〈相手の軍団の情報を得られる〉という利がある為だ。初見殺しが多い欲能チート行使者との戦いにおいて、これはこちら側の情報もある程度相手側に渡るという不利を補って余りある。


 尤も、その利を以て交渉を呑ませる事は、『神仰クルセイド』としては想定通りなのだろうとも言える為、危惧は尽きぬが。


 ともあれ教団が着陣するのには今暫くの時間がかかる。それ故に一旦『神仰クルセイド』は去ったのだが……律儀な事に相互理解の一貫としてと称し自らの教団の経典を土産の様に置いて……しかし、その一旦の時間は、敵の底知れなさを強調する事になった。去り際、『神仰クルセイド』にリアラは問うた。


「ところで、その特徴的な黒装束……〈不在の月ちきゅう〉では〈聖戦ジャックジャック・ザ・ジハード〉と呼ばれていませんでしたか?」


 かつて地球において原理主義テロリストであったのか、と、著名な黒装束のテロリストの名を出し問うリアラに対し、『神仰クルセイド』は笑って、予想外の答えを返した。


「はは。あんな小物と一緒にして貰っては困るな。無論、KSカリフステイトの奴隷狩人共ともな。まして、私は、地球的に言えば唯の背教者カーフィルだ。……一つの質問には一つの質問をだ、子供。そちらについての情報はある程度得ているが、詳細を確認させて貰おう。お前は転生者で、元日本人で、そして、先のカイシャリアⅦの戦いで、地球に神は居ないと言った。それであっているか?」

「……あっているよ。神は、改めて詳しく言うと居ないというか、少なくとも居ると思えた事、居ると感じられた事はなかった、ってところだけど」


 問い返しにわずかに戸惑いながらも、相手が答えたのにこちらが答えないのは信義に悖り面子も立たぬと答え返したリアラ。それに、『神仰クルセイド』は去り際、再び笑った。嘲笑でも愉悦でもない、快活な笑い声だった。


「ははは。そうか! やはりそうか、日本人。休戦交流期間を設ける事にして良かった。続きはまた後日だが……お前は私に似ているかもしれん。あるいは仲良くなれるやもしれん。では、また会おう!」


 ……その謎めいた言葉。悪辣な罠という敵愾心と嗜虐的な言動という軽侮のあった『惨劇グランギニョル欲能チート』や『経済キャピタル欲能チート』とは違う、一種独特の覇気。そして何より、お前は私に似ているという言葉は、中々に不安感で心に揺さぶりをかけるものがあった。リアラ自身の心と、リアラ達と共に戦うと決めた者達の心を。


「ふん! 似てるってんなら、神々も精霊も魔と似てるし真竜シュムシュ帝龍ロガーナン魔竜ラハルムも似てるけど、似ているだけで同じだってんなら、そういう区別があるわけないじゃん!」

「!」


 その一瞬の淀んだ空気を、鋭剣の如く断ち切ったのはルルヤの一言であった。強いばかりで女らしくないと自嘲する彼女ではあるが、その強さは、正に良く鍛え上げられた刃の様に美しく、そして何より。


「……ありがとう、ルルヤさん」


 その刃の如き美しき強さが振るわれるのは、悪への復讐としてであるが、誰かを守り救う為でもある。それが優しさでなくてなになのかと、そして、優しさが人として女性としての美質である以上、ルルヤさんが女の子らしくないなんて事はない、と、リアラはいつも思うのだ。


「いや、当然の理屈だっての」


 敬愛に瞳を煌めかせ見上げるリアラに、ルルヤは長髪と頭を掻き上げながら、怪訝さと照れの入り交じった表情で答えた。そんな様子は、自分の美しさを自覚していると言った癖に、あくまで心の美しさに対してとはいえ、まるで柄にもない美を誉められて照れるようで。


「ふっ、あはっ!」「あは、可愛いっ」「うん、うん」「……いいねぇ」


 ルルヤが切り裂いた空気と、その表情に、ルアエザが灯を灯すように笑い、女達がどっと続いた。


「そうそう、そうだともさ! ああ、似ているだけで大違いなものなんて、幾らでもある。気にしない気にしない、改めてよろしくさね!」


 そう言って、率先リアラの手をとってぶんぶん振るルアエザ。


「勿論だとも。大体、あいつらこそ、それこそ口では神を語りながら、やってる事は単なる侵略、匪賊や魔王軍と似ているという事に気づいているやらいないのやら! いや、天晴れな言葉だルルヤ君!」


 そして、ぱちぱちとアドブバも拍手をして同意を示し不安を祓い……リアラとルルヤの、一先ずマルマルの町で過ごす時間が始まった。



「ええと、その……」


 先ほど中断させられたやりとりについてからか、それ以外の事についてからか、少し戸惑うリアラに対し。


「それじゃ、『神仰クルセイド』との前にアタシ達と、体と体の交流、しようじゃない♪」

「っ!? (////)赤面」「っ!!」「おうわっ!?」


 意味深げにルアエザが笑い、リアラが赤面し……そして、ブオッと突風が吹いてゆったりした衣装に帆の様にその突風を食らってアドブバが転倒する程の勢いでルルヤがリアラとルアエザの間に割って入ったりもしたのだが。



「……な、なぁんだ、そういう事ですか」

「ジョークよ、ジョーク」


 ……まあそれは、この後、戦いの前に 出陣壮行の宴席が設けられる、その場で舞踊を共に披露しないか、その為に一緒に練習をしないか、という話だったわけだが。


 それならばむしろ是非、と応じたリアラとルルヤは彼女達の舞踏は先ほど見たのでと、こちらも舞踏を披露した。


 レパートリーは、旅を始めた時よりも増えている。


 ウルカディクの古歌と【真竜シュムシュの武練】の鍛練を兼ねた舞踊、その舞踊のリズムとルルヤの声に会わせ躍りながら歌えるようウルカディク外の神話や伝説を元にリアラが作った新たな歌、各地で踏んだ舞台で交流の上教わった歌と躍り、地球の物語を混珠こんじゅ風に翻案したものを元に作った歌と踊り、初期はリアラに【武練】を教える事が大事だった為武練の鍛練を兼ねる躍りが主だったがある程度実力がついてきた今は鍛練を兼ねる曲も欠かさないもののそれ以外の普通に躍りとしての美しさや面白さを優先したものも行うようになっていて。


「はー、綺麗な躍りだねえ。キラキラしてる。華ってより、いい宝石や名剣のキラキラ。甘い飲み物でもお酒でもなく、凄く良い水みたい」

「……一本芯の通った歌と歌詞。歌も歌詞も主な歌い手の声と動きにあわせられている。ルルヤの凛々しい美しさ、それを、丹念に活かそうとしている歌と踊り。幾つかの耳慣れない節回し、聞いた話からすると、リアラの考案? そうだとしたら、ふふ、リアラはルルヤの事、とても良く見てる。二人の仲の良さがわかるわ」

「体の軸にブレが無いし、動きに無駄がない。速い上にしなやかだ。これは、強い訳だ。特にルルヤの足捌きは、武術者が見たら凄みを感じる」


 それを見て、エラルが感覚的に、ペムネが理論的に、ラルバエルルが武寄りに、と三者三様の方向から躍りを評価し、好評を博した。


「いや、皆さんに比べると僕は……」

「里の昔からの歌と踊りは古いとか武張り過ぎとか言われるかと思ったけど……」


 リアラからすればルルヤは兎も角自分の声や踊りにはそこまでの自信がないので、またルルヤも特有の事情と自分の女らしさへの自信の無さから謙遜するが。


「「いやそんな事はないでしょリアラ」ルルヤさん!」「……(////)赤面


 と、その後お互いに、こっちは兎も角そっちは彼女達の目から見ても絶対凄いって! と言う、その声と横を向く動きがばっちりシンクロしてしまい、思わず二人揃って赤面して。


「……ほら、仲良し」

「似てて、違ってて、でも似てる。支えあってる。お日様とお月様だね」

「反射まで息ぴったりとは。どれ程一緒に動く事に慣れる鍛練したんだろうな」


 それを、我が意を得たりとペムネが祝福するように笑み、エラルが二人の個性を的確に例え、ラルバエルルが物凄く真剣に真に受けた解釈をして。一拍の後、そんな状況の面白おかしさにリアラもルルヤも皆合わせてどっと笑った。成る程、この僅かの間にペムネが理論的ながら人の心の機微も良くわかる事、ラルバエルルが体育会系だがその負の側面である上下意識やライバル意識の無いさっぱりした女である事、ふわふわして見えるエラルだが芸術的感性は極めて鋭敏である事、そして何よりお互い歌と踊りが大好きである事が理解できた。この催しは相互理解には良い案であった! そしてまた、趣味が同じは何よりの絆。初対面の距離が一気に縮まった。


「いいね。うちらの芸風との相性も面白そうだよ。清冽と豊穣、上手い具合に相互に引き立て合えれば最高だ。ちょいとお互いの踊り方や闘い方を確認しあいながら、打ち合わせしてみようじゃないか」


 そうルアエザがいい、そして手取り足取りの交流が始まった。



「ターンのコツは、こっちだとこういう感覚で」


 ルルヤは、ルアエザ・ラルバエルルと、まず踊りの動きについて話し始めた。それはダンスの仕方、運動の癖の理解と改善であると同時に、武術談義であもあり。


「うん、円の動きは、アタシらんとこでも大事にしてるし、わかるわ。うわー、何度見てもスカートの中が見えない」


 体捌きのうち旋回について自分達のやり方を披露し大事に丁寧にこなすルアエザを見て、ルルヤはうんうんと頷き。そして、足から腰へと、歩みでる、重心を移動する、重心の移動を傾ける、旋回する、 それらが見事に連動し大きな力となって長く刃が仕込まれたスカートが派手に回転するのに、そして凄く際どく翻っているにも関わらず下着が見えない、つまりある程度手を添えているとはいえ、どこまでスカートが翻るか、翻らせる腰の動きかというのを完全に理解し制御しているという事に感嘆した。相当、できる使い手らしい。


「気になるでしょ? 気になったところを、こう!」

「あはは、そりゃひっかかるわ! それに、いい蹴りだ!」


 そして、バッバッバッバッバッ! と激しい音を立てて繰り出される蹴り技。それは殆ど蹴りというか間合いと威力と早さを併せ持つ棍や短槍の動きで、豪奢な履き物に仕込まれた刃が、視線を奪われた男の股間、内股、鳩尾、脇腹、喉笛を貫く様子がありありとルルヤには感じ取れた。


「そうそう。そこは武術も踊りも同じ。引き付けて、我を忘れさせる。それがアタシたちの〈舞闘武踏〉。男だけじゃなく獣にも効果あるのよ。馬や鳥蛇ハウロズのような頭の位置が高い獣より、肉食の亜獣や魔獣、岩牛や鉄犀や魔猪みたいな草食・雑食でも頭の位置が低い奴に対してだけど。スカートがロングでもミニでも、目に近い場所でヒラヒラするのは気に障るし……さっき見せた通り、ロングのほうのスカートの裾と靴に刃を仕込んでるからね。岩牛や鉄犀や魔猪なんかは、体は頑丈だけど目鼻は敏感だから、そこをすぱってやると」

「想像するだけで痛くなりそう」


 物騒な話題を、戦人同士の豪放さと女同士の気の置けないぶっちゃけたはしゃぎぶりで話し打ち解けていくルルヤとルアエザ。技芸と戦をする者同士、話が合う。


混乱さパニクらせて暴れさせれば、相手の隊列も酷いことになるしね。それに女相手でも、服装に武器を仕込んでいる時点で十分剣呑な戦い方だし」

「馬や鳥蛇相手にはどうするの?」


 スカートを使った戦法の想定範囲からは微妙に外れる、と言った相手に対して、ルアエザに変わって答えたのはラルバエルルだ。面々のなかで武張ってはいるが、リーダーとしてのルアエザのそれとは違う良い意味での先輩的な面倒見のよさがある。


「そこは手持ちの道具の出番だ。今日は使わなかったけど、舞台での踊りに使う事もあれば、戦場の踊りに使う事もある道具が、いろいろある。例えば……」


 道具係のパキラと話すと、確かに踊りの道具とも見えるが、その実武器としての質感も併せ持つ複雑な物を何種類か持ち出した。


「うわ、これどーやって使うの?」


興味津々のルルヤに、ラルバエルルは次々と道具を手にとって使い方を説明した。


「こうやって、こう。弓矢や魔法への対策にもなってる。シンプルな普通の丸盾と曲刀を使う事もあるが、他にもこういうのとか、こういう楽器状のここから射撃する武器等もある。楽器型の奴には武器だけではなく魔法装備にもあって、スタッフにはそちらが得手って奴もいるし、アドブバは切った張ったは不得手だがそれの名手だ。あと、流石にこの場には持ってこれないけど、乗り物もある」


 長いポールを持つパラソルは、ポールダンスのように絡めてよし番傘のように隠してよしの踊り道具でありながら竿の両端は尖り傘は開閉するように上手に細工された金属、つまり槍でもあり盾でもある。これなら騎兵突撃にも弓射撃にも対応できそうだ。次に取り出されたのは金属繊維と魔法生物や亜獣素材の糸で編まれた派手な布で、これはうまく動くよう細工が施されていて翻らせて防御手段にも攻撃手段にもなるもので、他にも盾としても武器としても使える扇やジャグリング道具型の投擲武器や、武器や魔法装備としての機能がある仕込み楽器等、出てくる出てくる。それはシンプルな片手剣のみを得物とするルルヤには実に物珍しいもので。


「へえー……! アタシは、素早く振れる、【真竜シュムシュの長尾】の効果で伸ばせる間合いの倍率が上がるし延びた間合いが全部斬るか刺すかの攻撃になる、そもそも斬ると刺すを選べる、相手の武器との鍔競りの技を巧く使えば素手と違って相手の武器と拳以外の所への攻めに転じやすいって事で片手剣と、術を打つ、殴るのもあるけど突く掻く突っ込む抉る掴んで捻る折る引き寄せる崩すと色々出来る手技を使う為の片方素手を組み合わせたやり方が癖になってるけど、リアラは色々工夫して武器を使い分けるタイプだから、リアラに使わせても面白そうだね、こーいうの」


 自分と違いハウラが教えた護身術も混ざっているのと向き不向きの適性から武器そのものを切り替えることを好むリアラならこういうのも上手く使うだろうな、というルルヤだが、そういいながら見せた、剣を握っている事を想定したくるくるとした手首の動き、そして手指の仕草。


 それに、ラルバエルルはぞくりと魅了された。何と変幻自在、その先に握った剣が死の毒蛇のごとく動くだろう手首か。何と獰猛、それにかかった肉体がさぞや惨く折られ抉られ千切られるだろう餓竜の顎門あぎとの如き手指か。


「……我慢できなくなってきたな。組手、いいか?」

「いいよっ」


 思わずそう口をついて出たラルバエルル、勇猛果敢なのだろう。文字通り、体と体で分かり合おうじゃないか、性的じゃない意味でだけど、と、ルルヤは応じ笑った。



「出陣前の壮行会な訳ですから、やっぱり勇ましい演出のほうがいいですかね?」


 一方リアラは、ペムネ、エラルと、壮行宴席そのものについて話し、どういう風にやるかについて相談し始めていた。


「うーん、どうかな。あたしはむしろ楽しいほうがいいと思うな。だって楽しいし。それっていいことだから、戦うわけだし。あたしたちが娼婦の仕事もするのは、恵まれてるぶん他の人を助ける為ってのもあるけど、それもある筈でしょ?」

「え? えーっと……?」


 だが、ちょっとのっけから躓いた。リアラの提案に異を唱えるエラルだが、天才肌の説明不足なのか、明確な意図があっての発言だというのは分かるのだが、説明の過程が虫食いにすっ飛んでいて、即座に意味をつかみかね、リアラは困惑の表情で目を瞬かせた。


「ああ……エラルの言葉は、私が通訳します」


 それを見て助け船を出したのはペムネだ。通訳でいるのは、仲間の事を良く理解しているのだろうし、そして。


「お願いします」「うん、任せた」


 それに頼むリアラだが、言った本人であるエラルも欠片も説明を追加するつもりなくペムネに丸投げを即座に宣言するのだが。


「貴女って人はもう……感性は随一なんだけど、感覚でしか考えないし話さないんだから、ただ、実際、私も最初はリアラと同じ考えだったんですが。成る程、エラルの言うようにしたほうが、いいかもしれません」


 それに呆れ嘆息するペムネがそれでもちゃんと通訳するのは、エラルの感性にペムネの理性が一目置いているという事に他ならない。


「と、いいますと?」


それを理解しリアラは身を乗り出し熱心に詳細を求め、エラルは答えた。


「彼女の言葉を翻訳すると、こういう事です。……戦う前から戦うことばかりで頭を一杯にすると気疲れする。それに、私たちが何故戦うのかと言えば、生きるためであり、なぜ生きるのか、また生きる為に選ぶのが戦いなのかというのは、前者は即ち生きたいから、それが快楽であれ信仰であれ愛や恋や肉親の情であれ友情であれ絆であれ娯楽であれ生きることが楽しい・生きる理由生き甲斐があるからであり、後者は即ち隷従の道を選んで生き延びてもそれは呼吸と鼓動と新陳代謝は保たれるが生きる意味生きる理由生き甲斐を奪われるから、それを失っては生きる意味がないから命を懸けてでも戦ってそれを守ろうとする。そのために戦うのだから、その戦う理由を再確認し楽しむ事により、心を解きほぐしつつも、これを失ってなるものかと戦える、これをまた楽しみたいと思って生き延びられる、そう思える演目のほうがいいだろう……というのが、まずは前半部分、今回の戦についての話」


 あの単文だけでこれだけの理論の存在を理解したペムネに驚くべきか、一見の印象と短い言葉に反しこれだけの思想を内包するエラルに驚くべきか。いや、驚くべきは確かに我が意を得たりと頷くエラルと察するペムネの間に共有される絆とこの理そのものだ。


「……ああ。……ああ、うん、うん、わかる……それ、凄くわかります」


 それは正に生きる事を苦しみや死の付随物に変えてしまう『経済キャピタル』や『惨劇グランギニョル』と戦い怒り吠え抗いリアラが辿り着いた境地で、この思いを共有できる事に深い驚きと感動と心強さをリアラは抱いた。故にその言葉と表情にも深い思いが滲み、それがエラルとペムネにこの人は理解と理念を共有できる人だという思いを伝播させる。


「そして、後半の話は、アイツが来る前に話していた、私たちの仕事の範囲の話になりますけど……いいですか?」

「っ、はいっ」


 故に話は、先程から延び延びになっていた、楽団と戦士だけではなく何故娼婦の仕事もしているのか、という話になった。


「私達がそういう活動をする理由は、いくつかあるのですけど。一つは、信仰の為。私達は《芸趣の精霊レケムマウ》を信じる身でもあるんだけど、《芸趣の精霊レケムマウ》が、《精霊》であって《神》ではない理由は知ってる?」


 ペムネは語り、リアラは答える。神秘について、倫理について。互いの知識について、触れ合わせ、知っていく。


「はい。神にならず精霊に留まった存在には、鉱易砂海におけるオアシスや鉱山毎に存在する精霊みたいに一つの土地の民とだけ結び付いているから広い信仰を持つ訳ではない存在や、水や風や雷や雨や火のように特定の集団と結び付く事を避けあくまで《採探の神ケルモナス》に協力したり〈耕農の民〉を通じて交渉や取引をする形を介して力を貸したり特定の土地に結び付きやすい火山を通じて土地の英雄に力を貸したりするような形でのみ人に関わる事を選んだ自然の精霊が一般的ですけど、《黄金の精霊リラキヘンフ》と《芸趣の精霊レケムマウ》は神になれたのにならなかった。《黄金の精霊リラキヘンフ》は、「富を蓄えた者に自動的に権威が付随するのは不正である。権威は自らの行いで得よ。富を蓄えるのは善ではなく富みは水と同じく良く巡らせ潤すためにこそある。富める者はそれに感謝し常に自他の為に富を使え。己の為にのみ使うな。蓄える為だけに稼ぐな。稼ぐ事は他者との関係性から恵みを得る事だからだ」と言って。そして《芸趣の精霊レケムマウ》は「芸や趣味は人を、自他を癒す為になるものだ。上から目線で恵んで貰って嬉しいものじゃない。だから神にはならない。己の才一本で食えるか食えぬか分からない者もいる芸趣の民に、崇められるのではなく対等に寄り添う。故に才能に恵まれた芸趣の民も、驕らず他者に寄り添いその為に才を使ってほしい」と」


 語り、リアラは思う。この知識を知った過程を。そして重ねて思う。この人も、同じように誰かから知識を受け継いでいる。そう改めて思うと、共闘者として大事に思う気持ちも強まる。


「……ええ、その通り。アドブバさんが気前が良いのも、富める者として他の存在に感謝するという《黄金の精霊リラキヘンフ》の考えに従っているから。私達もそれと同じ。恵まれているから、その分だけ寄り添うの。音楽や踊りじゃピンと来ないって人にも、焦がれて欲してどうしようもない人にも、憂鬱で辛くてそれを忘れるのにもっと強烈な気持ちよさが必要な人にも。そういうのじゃなくて、一晩一緒に過ごして口を聞いたりお話をしてくれる人や、優しくしてくれる人が必要な人たちにも。実際、交易と鉱山が主な仕事ってなると、《黄金の精霊リラキヘンフ》の考えがあっても、鉱山で汗流す人と公益で成功した人の違いに悩む人、ハードな仕事で稼ぐしかない流れてきた人や、出稼ぎの独り者や、商売のストレスや失敗で心がしんどい人とか、居たりするもの。最近じゃ戦争に犯罪に麻薬にと、益々悩みも増えますし。……もちろん全体の一部だけど、私達が寄り添ってあげる事で、私達が話を聞いて私達の話を聞いてくれて、生きる楽しみを思い出してまだ生きようって思えるようになって、いくらか気力を取り戻して元気になって、また頑張れるようになってくれる人がいる。それは素敵な事じゃないかしら? 男女の区別なく、男と女でも、女と男でも、女と女でも、男と男でも」


 ……そして何より、その言葉は、それを実際にやっているのだから、実に、優しい強さに貫かれていた。それはまさに聖性すらある哲学だった。そういう性的なことを、そういう男女の関係を堂々と誇るのは、地球ではあまり現代的ではないのかもしれないが、それでも。


「……ええ。立派なことだと、思います」


 地球出身の元男の身ではあるが、リアラはそれに、共感した。その表情に、理解してもらえた喜びの微笑をペムネは浮かべ、エラルは、信頼してたよ最初から、というように、そんなペムネも包み込むかのようにもっと大きく笑った。


 そして、話題はその事に関する次の理由に移る。


「あともうひとつの理由として、同業の女達の為というのもあります。自慢じゃないけど砂海トップの劇団である私達がそういうところにあっけらかんと加わっていれば、色々複雑な思いを抱えてそういう仕事をしている人も、後ろめたくなくなるし。それにこういう界隈、貧困だとか犯罪だとか、そういうのとどうしても縁が切れない部分があるでしょう? そういうところを何とかする為というのも理由。今でこそ教団と戦ってるけど、元々はマナーの悪い客や悪徳女衒の運営する不衛生だったり不健全だったりする店や犯罪組織を叩くのが本業だったのよ」


 そして続く言葉は、先ほどの共存の優しさに続く、自立の強さ。そのどちらか片方だけでなく双方を有する事を誇るからこそ彼女たちは堂々といられるのだろう。


「逞しいですね。凄いと思います。けど……」


 けどそれでも、そんなに自ら危険と苦難を背負い込むなんて、いいんですか、と思わずにはいられないリアラの心配だが。


「……逞しくあれるんなら、その逞しさを、使っていいことができるならしたい、そう思うんですよ。貴方もそうでしょう? あなたと一緒に戦った名無ナナシも。そう思っているからこそ世を直す為に戦っている。人から見れば心配な話っていうのも、まあ、だからこそ私達も身に染みてわかるんですけどね」


 それはあなたたちも同じでしょ、と、ペムネは笑っていい、あ、と、自分達もまた進んで危険に突っ込む存在である事を脇においていたことを思いだし、恥ずかしげに微苦笑するリアラだったが、予想外の名前が出たことに驚いて。


名無ナナシの事、知っているんですか?」


 思ってもいなかったところに話が飛んで、リアラは少々驚いた。戦友であり、憎からず微妙な関係のかぶいた名を名乗る少年、〈名無之権兵衛・傭兵・娼婦之子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチ〉。言われてみれば、彼も娼婦に深い縁を持つ身。不思議ではないが。思わず問い、そして知ることになる。


「ええ。あの子と初めて会ったのは、あの子が十と一つの頃。それこそそういう、犯罪組織との戦いでね。どんどん治安が悪くなって、山賊まがいの傭兵や山賊そのものはや犯罪組織がどんどん増えて、無名の魔法使いや戦士が唐突に耳を疑うような大殺戮をしたり、魔王でもないのに〈合戦〉じゃなく〈戦争〉をする輩がうじゃうじゃ出てきた、こんな時代が始まって暫くしてからの話ね」

「…………」


 語りに聞き入り、リアラは改めてさとる。ハウラさんやソティアさんといた頃、冒険をしながらそういう事の噂は聞いていたしそれに関係する冒険をしたこともあったが、直接的に惨禍に巻き込まれたのはあれがはじめてだったが。ナアロ王国の遠さもあるが、玩想郷チートピアとその影響の侵食はやはり地域さが相当あり、自分達があの時まで味合わなかった辛酸を、もっとずっと前から舐めていた地域もあったのだ、と。混珠こんじゅの傷は、体感よりうもっと深い。もっと、頑張らねば。


「〈罪学の魔女〉とその弟子達が構成する〈背徳学会〉って奴等がいてね。傭兵をたくさんやとって、諸島海と砂海を繋ぐ船や、幌鳥蛇車団と天幕を使って、奴隷だの薬物だの禁忌錬術れんじゅつだの禁制品を商ってた。……私達がそこに殴り込んだ時、名無ナナシはそこの捕虜奴隷だったのよ」

「えっ!?」


 ……そしてその傷は、思ったより更に深く、隣人達の中にも刻まれていたのだと。名無ナナシの、育ちと親の事については聞いていた。だが捕虜奴隷という事は、戦って敗北し捕縛されたという事だ。そんな幼い頃から戦っていたという話も、そんな苦難を経ていたという話も、あの格好の良い美少年はおくびにも出していなかった。


「……聞いてなかったのね。あの子は苦労を言わない子だから……。あの子が望むかはわからないけどあの子には優しくしてほしいから、聞いたことは言わないでいいと思うから、聞いて。私達もあとであちこちから話を集めて知った事なんだけど。あの子は初期から荒れてたひどい土地の生まれで、傭兵相手の酷い苦界稼業を強いられてた母親を殺した傭兵を九つの時に初めて不意打って殺して以来、ずっと恨んで見て覚えた傭兵の戦法を逆手にとって、復讐に傭兵相手専門の通り魔をその幼さで一年も続けて。、それでも最後には数の差に負けて捕まって一年。耐えて耐えて、奴隷商の所にいた他の子供奴隷達を説得して励まして技を仕込んで、一人じゃなく部隊で戦う方法を学んで、蜂起したのが丁度私達が踏み込んだ当日。内と外との共闘で、あの子の初めての戦争での勝利を手伝って。それからの付き合いって訳。……あれから三年、旗揚げ当時以外の団員も増えて、立派になったもんだけど、まだまだ子供なのに……嫌な世の中ですよね」


 そして、リアラは知った。その過去のより一層の壮絶さを。一人の復讐者から、傭兵団に至る物語を。壮絶さを背負い尚秘める少年の誇りと、彼を案じるペムネの思いと共に。そして、嫌な世の中への嘆きと共に、受け取って、思った。


「……それ、は」


 確かにそうだ。けど、名無ナナシも無論覚悟してやってる。でも、確かにそれでもそれはそうだ、と、リアラは改めて強く思った。だから、言おう。きっとおそんな世の中を終わらせ、変えて見せると、リアラは、


「まあそれはそれとして、あと、割りと純粋にHな事が好きでそういう仕事をしてる子もいるわ。主にエラル。あと、私も魔族だから、吸精ドレイン的な事もできるけど」

「ぶふっ!?」


 言おうと息を吸い込んだ瞬間、すっごくぶっちゃけた上に生々しい上にこれまでと違って理も信仰も義もへったくれもない第三の理由をぶっつけられて噎せた。


「女にも性欲位あるのに、男はお金払わないとムラムラ解消出来ないのに、気持ちいい事してお金貰っちゃうって、ある意味我ながら可愛いって狡いよねー」

「~~~~っ!? (////)赤面


 そして、これまでの誇りのこもったそれとは別ベクトルのあっけらかんとした軽いぶっちゃけをエラルがぽんぽん生々しく言うもんだから、思わずリアラの頬が耳まで真っ赤に染まって。それに、にひひ、と、エラルは笑って。


「まだまだ子供ねー。オチをつけないと重い話になっちゃうじゃない。折角劇団のオチ担当してるんだからさ、笑って笑って♪…・けどまあ、本能に難癖つけるのは、魚に砂海で生きろっていう様なものだよ。アタシ達女だって、いい男を侍らせて酒を飲みたい! だから、男がアタシ達みたいな美女のセクシーダンスを見る事もそれと同じなんだから、男がそーゆー事思うのはきちんとお互い様で認めなきゃって思うのよ、認めないと商売上がったりだし」

「……大人だなあ、いろんな意味で」


 ジョークだよ、半分はね、というようなエラルの言葉に、過去の話からの気分転換だったんだ、と、正に、気負い込みすぎてもよくないというエラルの段取り論通り、重苦しさは消えたことに気づいて、リアラは苦笑して。



 その時。


「……なかなかやるね。頼みにしてるよ。これならいつでも一緒に踊れる」

「こちらこそ。驚いたぞ、出したのは、実力の何割だ? 頼もしいことだ、だが何れにせよ、同じ舞台で踊る時の感覚は肌で掴めたな」

「さあて、こっちは一通り動きの確認済んだけど」


 一頻り手合わせを終えたルルヤとラルバエルルが、互いににやりと笑って敬意を表して腕を絡め組み、こっちは踊りの息はあったけどそっちはどうだい、と、ルアエザが声をかけて。


「「「あっ」」」


 こっちは段取りについて考える流れだったのに、気がつけば宗教談義過去語りで細かい所まで詰めてなかった、と、指摘されて気づくリアラ、ペムネ、エラルだったが。


「なあに、まだ夜は長い。戦にはまだ時間がある。まだまだ話す時間はあるさ」


 そう、ルアエザが構わず言って。


 交流は、その後も続いた。

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