・第十八話「白昼の真唯一神(前編)」

・第十八話「白昼の真唯一神エルオン(前編)」



 マルマルの町を睨み据えるように停車する〈真唯一神エルオン教団〉の移動天幕達。その周囲を守る黒ずくめ黒覆面の警備兵が、はっとして武器をわずかに上げた。


 青天白日、暑い砂漠の大気の中を、揺らぎの向こうから砂を踏みしめ、歩んでくる二人の人影。


 長短のマントのフードを、二人は脱いだ。露になるのは、蒼銀の長髪を靡かせる刃の様に鋭い美貌の少女と、赤銅の三つ編みを揺らす中性的な清廉さと愛らしい魅力を併せ持つ美貌の少女の顔だった。


「ルルヤ・マーナ・シュム・アマト、リアラ・ソアフ・シュム・アマト、両名ですな。教主より、客人として遇するよう仰せつかっています」

「こちらへ」


 それに対し、〈真唯一神エルオン教団〉の警備兵二人は、見惚れる事も〔少なくともその覆面の上にまで現れる事は〕無く、そう二人の名を呼んだ。彼ら〈真唯一神エルオン教団〉と敵対する真竜シュムシュの信徒達を。


 それが、彼らの教主の結んだ条約、休戦期間階段の為の命令であるが故に。



「ようこそ、古き竜シュムシュ、日本人。対話に応じてくれた事、改めて礼を言おう」


 移動天幕が円陣を成した内、広場めいて区切られた土地で、『神仰クルセイド欲能チート』はその法術によるものか空中に浮かべていたジャンデオジン海賊団に対する抵抗者に関する情報のホログラフ……地元海軍と海賊の反応、蛮人戦士の参陣等の情報が一瞬見えた……をかき消すと、二人を出迎えた。両手を広げ、鷹揚に、堂々と、自信満々に。


「マルマルの街への非攻撃宣言、此方も改めて礼を言っておこう、『神仰クルセイド』。玩想郷チートピアの人間に礼を言う等、考えもしなかったが。だが、対話に応じる事と、話し合いで解決する事は、全くもって同一ではない。それは間違えないでもらおうか」


 ふてぶてしい程の余裕で出迎える『神仰クルセイド』に、同じく高飛車な程堂々とルルヤは返答した、のだが。


「…………」

「「どうした?」」


 直後敵対する二人が同時にリアラに目をやった。その当のリアラは、何か、ひどく場違いなものを見たような呆気に取られた様子と、日本語の知識が中途半端な外国人が入れた変てこ漢字タトゥーを見たような胡乱さをあわせ持った表情で。


「……何でTOMITAのHi-Luckeyなんですか?」


 戦車チャリオットの朱塗りの車体や鳥蛇ハウロズの鞍に白く刻まれた地球のアルファベットを読み上げた。それは、地球におけるリアラの故郷の自動車メーカーの名前と、そのメーカーが生産するピックアップトラックの名前だ。


「? ? ?」

「郷愁、愛着、験担ぎ、というところだな。TOMITAのHi-Luckeyはいいぞ。特に、電子機器をつけすぎてそれらが故障しやすい最近の奴より、保存状態のよい中古に限る。壊れるということを知らぬ不滅の車だ! 日本人、あの車を作った祖国の過去の栄光を誇らねばならぬぞ!」


 おいてけぼりになってきょとんとするルルヤを尻目に熱く語る『神仰クルセイド』。それを見て〈聖戦ジャックジャック・ザ・ジハード〉じゃないんならこいつ英国の自動車番組フルアクセルの司会クラーク・ジェレミアソンか? いや、あの人はまだ死んでなかったよな、と、一瞬思いかけ、しかし他の要素からするにやはり幾ら何でもそれは無かろうと思い直し……テロ組織KSの一員である事を否定した『神仰クルセイド』だが、この極度に頑丈なピックアップトラックに執着する要素、テクニカルとして愛用した軍事組織の人間ともやはり思える……と、この交流期間を情報収集の機械と捉え問おうとするリアラだが。


「そういえば、日本人。〈JJジャーニー〉の連載はまだ続いているかね? 石田歳三先生はお元気かな?」

「へっ!? い、いや、僕が地球で死んだ時はたしかまだ第八部が月刊誌で連載してた筈ですけど!? そ、その後は知らないけど……何で〈JJジャーニー〉!?」


 気さくな口調になった『神仰クルセイド』の予想外の先制質問に、それどころではなくリアラは驚いた。〈JJジャーニー〉、それは長らく連載されているリアラの居た日本の漫画で、石田歳三とはその作者だ。ジャンルは強いて言えば超能力異能バトルものだが、独特のモダンでスタイリッシュな画風、精緻な頭脳戦、特徴的なポージング、人間性について深く考えられた名言等で知られ、名作として名高いのだが。『神仰クルセイド』のこれまで見せた個性・行動から推察される前世来歴からすれば突拍子もない話題で、リアラは大いに面食らって。


「〈JJジャーニー〉のOVAで宗教の扱いがどうこう、というニュースを切っ掛けに知ってな。そのニュースとそれへの反応では批判されていたが、それ以来、神は神それはそれと私は当時思って、色々読むようになってな。中には異教的すぎるものもあったが、そういうものにも面白いものも中々あって……まあともあれ、一番気に入っているのは今でも〈JJジャーニー〉だな」

「そ、そうなんだ……」


 そういえば確かに昔OVAになって、その中における些細なある描写に抗議があったとか何とかあったような、と、リアラは思い返し。……この、玩想郷チートピア十弄卿テンアドミニスターにして軍事的征服者である人物に僅かに親近感を持たせられた事に困った。かつてはその初期作品をある程度楽しんだ事もあった脚本家が前世の『惨劇グランギニョル欲能チート』は躊躇なく仕留める事ができたが、あれは眼前に余りにも酷い光景があり、怒りがあった為でもある。動揺がえらい事に繋がった事件断章第二話もあった。心を揺らがせぬようにせねば、と、リアラは胸の内思い。


「……これ」

「おお」


 その間、少しの間話題から外れた格好になってしまったルルヤが、少し憮然とした『神仰クルセイド』に、彼が土産のように置いていった経典を突きつけた。リアラは少し内心ごめんと思い、そして、その様子から『神仰クルセイド』は次に続く言葉を察した様子で。


「読んだぞ」

「どうだった?」


 一応、経典にはちゃんと皆で目を通した。そう答えるルルヤに、『神仰クルセイド』は莞爾として笑い、感想を問うた。


「……お前は本当に玩想郷チートピアの転生者で、十弄卿テンアドミニスターで、この地の侵略者なのか? ……そう言いたくなる程度に、基本的な内容は真っ当な教えだったな」

「一神教の教義としては凄く洗練されていて、基本的には妥当だと思います」


 ルルヤはそう自分でも予想外の感想を述べ、リアラはそれに同意した。地球に存在した一神教の、民族の歴史の中で育まれたが故の細かい齟齬や、弟子の個別の解釈が入ったが故の不一致や変質、古い時代に作られたが故の非合理的な因習、そういったものがそれには当然一切無い。


 混珠こんじゅのここまでの歴史の経緯と擦り合わせる為に、これまでの混珠こんじゅの歴史を 批判的に総括した上で、〈故に真なる神が来た。己を唯一の神たらしめる事で、世界を救う為に。人に自由意思を与え、良しとして育まれてきた世界に、人はこれまでよく頑張ってきたが、今こそ最後の救いを示し、人がそれを選ぶ事を見る事で、これまでの歴史の中での成長を確かめる為に。〉と語るという所が一神教としては世界創造に関する経緯が特殊となっているが、善を進め悪を戒め神の愛を説く、至極真っ当な一神教だった。……本気でその教義で世界を統一し、世界で唯一の宗教になろうとしている事以外は。


「ふ、改宗する気にはなったか?」

「残念ながら、〈神は人の子に自由意思を与えたことで人が自由を享受しただけでなく自ら産み出してしまった分断と対立に対し、人の手によりて分断と対立という過ちをを正す機会を与えられた〉という理由での征服戦争に、賛同する訳にはいかん」


 故に『神仰クルセイド』の勧誘を、ルルヤは切って捨てる。


「そうか。だが、構わんよ。ゆるりと見て回るといい、語り合おう。戦いの時までまだ時間はあるし、戦いの時でも、戦いのなかでも、戦いの後でもし生きていればその時でも、いつでも受け入れるし、そうでなければ打倒し先へ進むだけだ。何、混珠こんじゅ統一後に語られる歴史においては、お前達については悪しき存在ではなかったと記すと約束しよう。私が勝利した暁にはな。ついてくるがいい」


 だが、断られても『神仰クルセイド』は平然とした様子だった。両手を広げて、『神仰クルセイド』は己の教団の宿営地を示し。そして、自ら二人に宿営地を案内し始めたのだった。



 武器の手入れをしているものがいた。食事を、特に何を食うなという制限はないが無駄にせず感謝して食えという教義の下丁寧に調理し感謝の祈りと共に食する者が居た。鍛練をする者がいた。負傷者や病人や老人や子供を治癒する者がいた。経典を読み、その教義が語る倫理について確認しあい、通りすがった教主にそれを事前に知らされていたのか驚かず問い、『神仰クルセイド』はそれに極めて明確に答えを出して。


 ……総じて。いわゆる邪教を思わせる様な感じではなく、静謐で秩序だって……真っ当な信仰生活とすら思える要素もあった。ただ、だが、あまりにも。


「それにしても……一見しただけでは、誰が転生者で誰が混珠こんじゅ人か、区別がつきづらいな。それどころか、誰が誰なのかも分からん。基本教義に、外見や出自等で差別をするなかれ、というのがあったが……これはその為か? その為だとしても、これはあまりにもやり過ぎではないのか?」


普通に生活している筈なのに静謐と感じる程、皆すっぽりと布で顔を覆い隠した姿は無個性で男女の区別すらつかぬ。それを奇怪と指摘するルルヤに『神仰クルセイド』は。


「順を追って答えよう。まず、転生者と混珠こんじゅ人の区別がつかないのは当然の事だ。私の教団には、玩想郷チートピアの派閥の中でも現状においては随一の数である数十人の転生者が所属しているが……教団において尊ばれるのは信仰篤き者だ。転生者だから、欲能チート行使者だから尊ばれる等という事は無い。転生者より高い地位に就いている混珠こんじゅ人等数えるまでもない程多数存在する」


 一々律儀に説明していく。本気で、相互理解を望んでいるかのように。そうすればこちらが改宗し悔い改め味方になるとでも、思っているのだろうか? それにしては、改宗を拒む時の反応が妙に淡々としている。一体何を考えている、と、ルルヤとリアラはいぶかしんだ。


((数十人……!?))


 そして同時に、その情報に驚きも隠せない。カイシャリアⅦに居た転生者全てを会わせても尚比べ物にならない程多いどころか、下手をすれば、これまで屠ってきた玩想郷チートピアの転生者の数と比べてすら、あるいは。


 だが、それをおくびにも出さぬ。二人ともだ。あるいはこれを伝え威圧する事が目的か? と思いながらも、尚。怯えはせぬ。勇気を燃やすと、二人とも誓っている。だがそれとは別に、冷静に戦力や戦闘について考えを進めつつ、会話も続ける。


欲能チート等どうでも良い、とは、『経済キャピタル欲能チート』も言っていた事だが、滅私奉公さえすれば能力はどうでもよいというあれとは、似て非なる、と主張させて貰おう。あれは構成員の為になる思想ではなく、只管の支配だ」

「お前は違うとでも?」

「違うと言わせてもらおう、私の目的は、この地に単一の正義と平等と平和をもたらす事……その為に転生者を従え、玩想郷チートピアを制覇殲滅する。その為に活動している」

「「何だって?」」


 故に様子を伺いながら会話を続けていた二人だが、その言葉には驚いて思わず声を揃えて問い返した。玩想郷チートピアを滅ぼす? 十弄卿テンアドミニスターが? そして、目的が正義と平等と平和だと? これまでの敵とのあまりの差に、流石に驚かざるを得ない。そう語る相手の表情は、少なくとも大真面目だ。


「別に驚く程の事ではない。十弄卿テンアドミニスターはいずれも、最終的には玩想郷チートピアを己がものにとする事を大なり小なり目指している。要は制覇だ。制覇した後に、使うか潰すかの違いにすぎない。そしてこの服装の統一は……少々地球人に分かりやすく混珠こんじゅ人に分かりにくい話をするが、せっかく転生者と混珠こんじゅ人の二人なのだ、身内に説明してもらうといい。ともあれこの格好は、別に地球で言うKSカリフステイトの真似ではない。平等の為だ。男女共に、そう、男女共にだ、信徒全員がこうしていれば、転生者も混珠こんじゅ人も、山亜人ドワーフも魔族も無い。男も女も美も醜も無い。誰も只の信徒だ。女に肌を隠させるのが強制で差別というなら、女は化粧をしてヒールのついた靴を履けというのも、男は背広を着ろというのも本質的には同じ事ではないのか? 女の身から男に転生して改めて思うが、どれもこれも下らん。そんな下らん事で争うくらいなら全員同じ格好にしてしまった方がよい。そして同じ格好にしてしまうのならば、せっかくならば内面や信仰心と何の関係もない外見の印象で差が生じぬようにしようと言うことで、この格好と言うわけだ。その為に態々、熱を吸収する黒服を来ても暑くないよう服内環境を保つ法術まで作った程だ」

「えっ……それは……そ、そうだったんだ……」「……」


 しかし二人の反応をそれはどうでもいいことだとばかりに簡素に説明した後、服装についてむしろやや長口舌を振るって、そこで『神仰クルセイド』は言葉を切り、相手の反応を見た。リアラは『神仰クルセイド』が生前は女性だったことに少々驚いて、そしてまた、その論理の、あまりにも極端な主張に衝撃を受け、だが同時に地球の実例をあげそれを矛盾と糾弾するその言葉はどこか迫力があるとも感じてしまい。【宝珠】越しに内容を解説し伝えられたルルヤも、その論の理を感じとりながら、同時に理解する。これは、あの華麗な女たちへの、明確な対立であり、否定だ、と。


「……私の軍団に属する転生者は、数こそ多いが、大半は貧弱な欲能チートしか持たぬ。玩想郷チートピアのなかで他者に追い落とされ、隷従させられ、下僕とされるであろう連中だ。無論、だからといって哀れな被害者というだけではない。そういう者の中で尚も欲を捨てられぬ者は、概して苛立ちを下にぶつける者だからな。だが、そんな奴等でも悔い改めれば救われるとしなければ悔い改めようとはせぬ。故に、私はそういった、放っておけば虐げられ虐げる負の連鎖の再生産要員にしかならぬ奴等を束ねた」


 一方『神仰クルセイド』は次にそう語り、まず、リアラとルルヤに怪訝な表情を浮かべさせた。自らの軍団の脆弱性を公言する? 下級欲能チート行使者が無軌道に走らないようにしたという功績を示すために? 確かにそれは善行かもしれないが、しかし、どのみちそれらを束ねて侵攻を行っている以上……それにメリットとデメリットの帳尻がある情報公開か? あるいはこちらの油断を誘う罠? ルルヤは、その、嘘による僅かな変化も見逃さない【眼光】で『神仰クルセイド』を観察する。嘘をついている気配はない。ここまで一切、虚偽はない。ならば……?


「もっとも、なかには無害な癖に捕まえ従えるのだけは面倒なので、放っておいた奴もいるがな。第111位の『立食タチグイ』等、日本人、お前の国の妖怪のようなもので、各地の汁麺屋を移動し一店一食蘊蓄話や風格で煙に巻いてそしらぬ顔で無銭飲食するだけの、至って微害な代物だ。独特のだみ声をした眼鏡の犬種獣人で……まあ、どうでもいいか」


 話がそれた、と、『神仰クルセイド』は苦笑し、構わず語り続けた。そのどうでもいい情報に、リアラは何となく、過去に見たアニメの中で怪気炎をあげ長口舌を振るう眼鏡メガネの登場人物を思い浮かべたりしてみた。……思い浮かべた声優の声のイメージが怖いくらい似合いそうだった。


「だが、雑魚共と侮らぬほうがいいぞ。教えてやろう。我が教団の法術には、失ったもの、あるいは持ちながらあえて封じたものの代わりに力を与える《神捧》というものがある。腕を失えばその代わりになる程度の念力を得る。視力を失えば聴覚がそのぶん発展するし、自ら戦場において後退を禁じる・片手だけで戦う等宣言する事で、それによって得る降りに倍する力を得られる。……ちゃちな欲能チートでも封じれば力となる。より強く封じれば封じるほど得る力は強い。唯一無二の固有の力であれば尚更な。つまらぬ詐欺や姑息な逃げ隠れにしか使えぬような欲能チート行使者でも、戦闘用欲能チートの所持者や一流の魔法戦士に匹敵する存在へと変える」


 それはやはりルルヤの【眼光】が見て取った通り油断を誘う心算の虚偽かという疑惑には当たらないという事実を裏付ける発言で、そして中々脅威的な話だった。守るマルマル軍の中にも舞闘歌娼劇団等一流の使い手はいる。これまでの『神仰クルセイド』の言動から、それらの戦闘能力は正面からの正々堂々の戦いの為の力だろう。だがそれでも、これは、マルマル軍と教団の戦いは、地力においては教団側が有利である可能性が高いという事だ。


 それが紛れもない事実である事は、二人をつれ陣幕を閲兵めいて闊歩する『神仰クルセイド』に対し礼を欠かさぬ兵達の中に、図抜けて高い魔法の力を持つ者がいる事がしばしばリアラの【眼光】に見てとれた事からも伺える。


「また『女殺ミソジニー欲能チート』や『男殺ミサンドリー欲能チート』といった、強力だが過激で危険な欲能チート行使者を……どちらも如何にも地球人らしい、対立する相手を攻撃する事しか考えぬ者達だったが……切り従え、教化した。大人しくなり、教団の戦いによる戦死者を含めても、犠牲者の数は減ったと断言しよう。疑うなら統計資料を出してもいい」


 そして続く、教団の大義の誇示と戦力情報の開示。やはり戦力の誇示による威圧と、此方の戦術を限定する目的か。恐らく名前から想像出来る通りの二人の欲能チート行使者は、戦場で相手を狙い済まして暴れられれば恐らく対策をしなければ致命的な結果を招くだろう。


 その名を『神仰クルセイド』が唱えた時、教団員の中にいる二人が、静かに一礼した。


(『必勝クリティカル欲能チート』の奴と、気配がまるで違う)


 その二人が『男殺ミサンドリー』と『女殺ミソジニー』だと、リアラは【眼光】で見てとった。欲能チートの効果は読んで字の如し、対象とする自分と違う性別の者に対して限定だが『必勝クリティカル』と同じようにあらゆる対決に勝利する力。欲能チートの通じる相手には最悪の敵であり、通じない時は欲能チートを封じ《神捧》で力を得る。捨て置けぬ危険な存在だ。……性差というものを、あるいは異性をどれほど強く憎めばこうなるのか、僅かにリアラは怖気を漢字、そして、思えばそれをも上回る力を得ていた『必勝クリティカル』の、呆れるほどに稚拙で別の意味で怖い理性の欠落した狂暴な全能感を思いだし、その半分程度には狂暴だったであろうこの二人が、飼い慣らした番犬や軍馬のように静かにしているのを見て、それをここまでにした『神仰クルセイド』の影響力の強大さを思った。


「事実、ここに至るまで、話が教団は戦いこそしたが殺戮はしなかったぞ。誘いこそしたが、強制もしなかった。ここにいるのは戦いに敗北し、己が崇める政令より我らが神が勝る事を認め、我らが神に帰依した者達だ。勝利したオアシス・鉱山国家の者たちには、ただ布教し貢納させただけだ。不況を受け入れぬ者に強要する程日まではない。勝ち続ければ、いずれ平伏し、改宗が遅かったことを悔やむだけだからな」


 堂々と『神仰クルセイド』はそう宣言した。情報開示の解釈に知恵を砕く二人に、己が自信を、己が威風を、己が教団の大義と成果を掲げ、圧倒せんとするように。そして。


「……と、私は私と我が教団についていろいろと語ったわけだが。次は、そちらについて話を聞かせて貰えるだろうか?」


 そう『神仰クルセイド』が問うた時……それが目的の一つか、と、ルルヤは悟った。色々長々語ったのは、要は此方に、此方は語ったのにそちらは語らない気か、と、疚しさを押し付けて己が目的とする話題から逃さない為。……万が一逃れれば、恥と疚しさが心の力を弱めるやもしれぬ。それも、恐らくは狙った上で。


「……いいですよ。何について?」


 故にルルヤは無言でうなずき、リアラはそう相手の発言に応じて。


(……さて、ここからが本題だな……こいつの、狙いは)


 ルルヤは内心漸く掴んだ相手の魂胆を、手強い奴だ、実際『経済キャピタル』等とは混珠こんじゅの諸法則への理解度と会得ぶりという意味で段違いで隙も油断も無く巧みだという警戒感を込めて呟き【宝珠】を使用。普段なら、自分から交流を申し出たとはいえこれほど自分達の情報をまるで敵に塩を送るが如くぽんぽんと露にするメリットなど何もないように一見思える。油断慢心の謗りを免れ得ない行為と……


 だが、否。【神仰】の眼光には一分の慢心も油断も無い。むしろ言葉ではなく剣を打ち込んでいるかのような鋭い眼光だ。その意図を、ルルヤもリアラも察する。……魔法とは即ち信仰と心の力。心揺らげば魔法も揺らぎ、それは敗北に直結する。それを、二人とも身に染みて知っている。この交流は、秘密の優位程度では此方は倒せぬと見切っての、あくまでそれよりも此方の方が有効と戦術的に判断して振るう、心を揺るがそうとする言葉の刃による切り合い、それこそが本題なのだ……!



「禅問答をしようではないか、日本人。日本人はよく禅問答をするのだろう? 日本のアニメでは、巨大ロボットに乗って戦いながらでも禅問答をするではないか。ここまで色々と教えたのだ、そのぶん色々と答えてくれ、」

「いや、それはちょっと……!? いえ、問答自体はいいんですけど……!?」


 そう理解し油断無く心構えしようと思った所に、またも『神仰クルセイド』は気さくな口調で面食らう言葉を奇襲めいて投げてきた。オタクであるが故に、日本の禅文化とロボットアニメあるあるを誤解した面白外人の典型めいた言動に覿面にリアラは調子を乱さざるを得ないが、これが素のボケなのか、それとも装って毒牙を打ち込む隙を作る蛇の狡猾なのか、判然としない。潔癖で熱心な信仰者で堂々とした武人といった風でありながら、同時に恐ろしく食えぬ男だ。


「成る程。問答か。よかろう。何を問い、何を答えとし、何を語るかで、貴様の教え、貴様の魂、しかと見極めさせてもらおうではないか」

「無論だとも。しかと我が教え、我が魂、受け止めて貰おうではないか」


 だが、ルルヤは一切の動揺無し。真っ向から『神仰クルセイド』を受け止め。此方の心底を試す算段だろうが、それは此方も同じ事だぞと、牙剥くように笑い。


 そして『神仰クルセイド』も、覆面の下でルルヤを真正面から見据え、炎の様に笑った。

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