・第十六話「鉱易砂海の女達(前編)」

・第十六話「鉱易砂海の女達(前編)」



「ここはマルマルの町だよ」

「ブフォッ!?」

「リアラどうしたの!?」


 夕闇迫る赤茶けた砂漠の中に立つ、無数の大天幕と幌荷車小屋、掘り抜かれた自然岩や日干煉瓦や焼煉瓦や鉱滓煉瓦による建物で出来た町。その入り口で、町の人間に挨拶を受けた旅人二人組の内一人、丈の短いマントを羽織った愛らしい赤毛の少女がやおら盛大に噴いて噎せた。もう一人、側面に開閉可能のスリットの入った貫頭衣に近い丈が長くシルエットの細いマントを羽織った青白い髪の凛々しい美少女が気遣い名を呼ぶ通り、赤毛の少女は〈最新の真竜シュムシュの信徒〉リアラ・ソアフ・シュム・パロン、そしてならばそれを不慣れで少し雑で普段話す混珠古語の厳しさが無い現代混珠語で気遣った青髪の少女は〈最後の真竜シュムシュの継嗣〉ルルヤ・マーナ・シュム・アマトに他ならない。彼女達二人は今、鉱易砂海へと来ていた。


「けほっけほっ……いえ、大丈夫です。昔もここに来て、慣れたつもりだったんですけど、久しぶりで。まあその、なんでこの地方の挨拶に慣れが必要だったのかは、ちょっと故郷の復讐みたいなもので、話せば長くなるんです、失礼するつもりは……ごめんなさい」


 メタ的な話だが鉱易砂海でのエピソード群での初っ端から初台詞でいきなり噴いたリアラは、案じるルルヤと町の人に相違って謝ると息を整えた。


(参ったなあ。前にソティアさんやハウラさんと来た時とおんなじミスを)


 地球でも単に良い日を、良い朝をというような挨拶だけではなく、「貴方の神に敬意を」や「ご飯食べた?」や「平和を」といったような意味のある言葉を挨拶とする場所があるが、ここ、鉱易砂海における挨拶が、この「ここは○○の町だよ」と、自分が今いる町の名を言う事なのだ。


 嘘ではない。これにはちゃんとした歴史的文化的な理由がある。


 ここ鉱易砂海はその名の通り、〈大陸の背骨〉山脈と並ぶ混珠こんじゅ全土でも珍しい様々な鉱産物がある地域で、砂漠の各地に採掘場があり、採掘とそれを輸送し辺境や諸島海と交易する事が主な産業なのだが、同時に旅をするには難儀な土地でもある。


 まず第一に乾燥し昼は暑く夜は寒く所々にある鉱石を埋蔵する岩石砂漠やオアシスを除けば極めてランドマークに乏しい一面の砂漠である。


 第二に魔法的天災としての幻覚蜃気楼や似たような現象を起こし太陽の位置や星の配置を歪め天測を妨害する魔物があり、更に砂鉄が大量に混ざっていたり磁鉄鉱が地下を走っていたり更には磁力を操る魔物もいる為に方位磁針も当てにならぬ地域もあり極めて迷いやすい。無論魔法を使えば方位探知も可能だが、第一の理由により体力精神力の消耗が激しい状態で、魔法をどのように使うかの配分は頭が痛い問題で常には頼れない。


 そして第三に魔物に直接襲撃される危険性、魔物から慌てて逃れて方位を見失う危険性がある。


 故にこの鉱易砂海では、迷うという事は恐れられている。それ故に風や砂やオアシスや鉱山の精霊と契約しその方位を教えて貰う等民は様々な対策を取るのだが、とにもかくにも位置情報というものが重要視されるのだ。実際、〈間違った町についてしまった話〉〈別の鉱山の積み荷を気づかず受け取ってしまった話〉〈違う魔法の泉の水を汲んでしまった話〉等、位置情報を間違えたが故の悲喜劇に纏わる民話が数多くこの地には存在する。それ故に、都市間の人口が常に流動的である以上、挨拶する相手が旅人である可能性は常に存在する。


 故にこそ出会う人は互いに「ここは○○の町だよ」と言い合い、相互の位置情報を交換し会う、それが挨拶となったのだ。余談ながら、砂漠で旅の途中で出会った場合は、「○○から来たよ」と、最後に立ち寄った町の名を挙げる事になっている。


 のだが。地球からの転生者としては、この挨拶はどうにも、古いコンピューターRPGで〈話す〉コマンドを村人に使用して得られる典型的な〈情報をプレイヤーが得る為のわざとらしく説明的な台詞〉を連想してしまうだろう。しかもこの鉱易砂海の玄関口の町がよりにもよって伏字めいたマルマルなのだ。元日本人には特に辛い。前も経験していたのに吹き出してしまったのも仕方ないと言えるだろう。


 いや、しかし思えば、エネミーにエンカウントする事しばしば、地図も無いような古いコンピュータRPGの世界の住民は、正にこの鉱易砂海の民と同じような理由で、あのプレイヤーから見れば如何にも説明的と思う言葉を発していたのかもしれないとリアラは思った。


 余談だが、実際に海である諸島海以外でも、この砂漠である鉱易砂海、草原の島〔かつては半島〕である草海島、混珠こんじゅ最大の湖である内海湖と、海の名を関する地名が数多い。これは混珠こんじゅそのものが海に浮かぶ世界である事から、大いなるものを例えるのに海という名が広く使われる為だと言えるだろう。


 ともあれ。


「わあ……!」


 街中に入った二人だが、その途端ルルヤは顔を輝かせた。それは町の活気の故にだ。流石は貿易の要。牧歌的な彼女の故郷とは、無論懐かしき在りし日のウルカディクこそ最も心安らぐ場だったのだろうが、何もかも違う光景がそこにはあった。


 秩序だって平和で穏やかな所に風雅を添える事を尊ぶ辺境諸国ともまた違い、鉱易砂海の町は実に派手やかで賑やかだ。


 そこら中にある旅人の天幕や幌小屋からは旅人達がそれを中心にして町が形成されるオアシスやカナード井戸から水を汲み、水以外にも飲む為の乳や果汁や酒や茶、使う為の石鹸覇王樹サボンサボテン〔良い匂いのする消毒性を帯びた水分を含むスポンジ状の内部構造を持つサボテン。棘ごと皮を剥いた物をおしぼりや簡易の身体や髪の洗浄、洗濯等に用いる〕や香油薬油を持った商人が駆け回り旅人達を出迎える。


 そして輸入の食材や香料、産出の金銀銅鉄、宝石に硝子、魔法触媒や鉱酒精〔魔獣等の魔法生物の死体が数千年単位で発酵する事で発生する燃料。地球でいう石油に近く、混珠こんじゅの土歴精は地球と違い原油ではなくこれの固体成分である鉱蝋から作られる、厳密に言えば地球のそれとは別物。神話時代や過去の魔王との戦いから、鉱易砂海と草海島、〈大陸の背骨〉山脈において主に産する。数千年後後の再生産を祈願し、魔法生物の死体を算出地点近くに埋める風習が存在する。燃料として使用されるが、地球のように環境を破壊する程には大量には存在も使用もされてはいない〕等様々な物が商われる市が立つ。


 更に原材料だけではなく山亜人ドワーフ〔〈大陸の背骨〉山脈に等住まう同胞と違い褐色の肌を持つがそれ以外は変わりない同種〕や人間の鍛冶屋が金属を精錬しては様々な製品を作り上げ、精霊や様々な神々への祈り大道芸人が芸を披露して銭を投げられ、武芸者が鍛練を指導し、道路脇に設えられた座席で戦棋が指され、宝石貨・金貨・銀貨・銅貨・鉄貨が行き交う。


 辺境諸国の町に降りた時も、実際ここ程ではなくとも物珍しくはあったのだろう、本来なら。だが、未だ悲惨な過去に日が近く……それに比して今は、敵の幹部を討ち、無二の仲間であるリアラとの絆も深まり、言わば感受性を取り戻した状態だ。


「すっごいね、まるで祭りじゃない」


 雑な現代混珠こんじゅ語で感嘆するルルヤ。故郷では想像した事も無い程の活気だと。


「南方は総じて賑やかですからね」


 それをリアラは少し内心で喜ぶ。彼女が元気なのは、嬉しい。……これからそれに水を差さないといけない事が、少し疎ましかった。


「けど、やっぱり、前に来た時から、変わってます」


 そう言って視線と表情でリアラは示し……ソレをみてルルヤは表情を引き締めた。


 歓待を受ける旅人の幾割かは負傷者や避難民であった。飛ぶように飲食物が出回っているわけだ。飲まず食わずで此処まで辿り着いた者達が数多居るのだから。


 鍛冶屋達の仕事ぶりが次々と進んでいく訳だ。そこに準備されているのは、全て武器防具と戦闘用魔法装備であった。武芸者の指南と共にそれは戦への備えであった。


 そして祈りを捧げる者達は、迫る戦の苛烈さを示していた。その何人かは、打ち砕かれた像の残骸に祈りを捧げ、ある者は祈りに比して余りに小さな反応……純粋な祈祷に対する精霊の感謝反応の乏しさや、傷の手当てに魔法を使った時の低下してしまった術の効果……に対し、重病人や瀕死の怪我人を労るように精霊に必死に語りかけ、甚だしきはある者は、完全に効果を失った霊術に、己が契約した精霊が失われた事を悟り嘆いていた。


 大道芸人達は、そんな人々を慰める為に芸を行っていた。


 即ち。鉱易砂漠には戦火があり、それがここに迫りつつある事を示していた。


「噂通り、ね」


 戦人の顔で、亜改めて街の風景をルルヤは見る。ここに来たのはその為だ。各地の精霊を滅ぼし神殿を征服し何れは神々をも滅ぼさんと、この地において拡大し大陸中央へと攻め上らんとしている真唯一神エルオン教団。それはすでに、辺境からの鉱易砂海における玄関を越えたところの最初の大都市とでもいうべきこの場所が、最前線となる程にその征服面積を広げている。


「だけど」


 戦への怒りだけではない表情で、ルルヤは町を見渡して言った。


「それでもやっぱり、この町は大したもんだわ」


 それは感嘆であった。この最前線の町への。


 戦火が迫っても尚、人々の間に歌があり、躍りが、語りが、遊戯があった。そして何より物語があった。


 混珠こんじゅにおける信仰の祈りは、初めて亜獣を狩った狩人、初めて魔物を倒した戦士、初めて他者を守った女騎士の戦いや、土地に恵みを齎し人を守った精霊の活躍、機知に富んだ農夫の頓知や、黄金の精霊リラキヘンフに公正な取引を誓い純度を精密に表し取引の公正を加護する事を誓わせた商人の愛と友情と丁々発止の交渉の貿易旅行等〔砂海では特にこれに纏わる信仰が多い〕、信ずる神の加護を受けた偉人や精霊そのものの物語と切っても切れない。


 祈る事は物語る事、信じる事は物語と呼応し、良き物語を綴った良き歴史を助ける神々や精霊に帰依を新たにし、我も又歴史という物語の良き登場人物たらんという事という側面を大きく持つ。故に今、町は人々を勇気づけ癒さんとする物語が響き渡っていた。そして町辻の大道芸人達は、信じた精霊を失ってしまった民の心にも、その代わりの物語を与えようとしていた。


「♪ーーーーーーーーーーーーーー♪」


 ペダル式の機構と金属薄片とで複雑な音響効果がかかる金管楽器ブィングラキ、皮革を用いた小さなポンプに繋がった鍵盤と金管が繋がり鍵盤楽器と金管楽器の中間めいた音色を奏でるチーマ、魔法付与により轟くが如き音を響かせる弦楽器スエレベレ等、種々様々な楽器が豊かな髭を震わせる男達によって奏でられる中、樽めいてふくよかな女性吟遊詩人が、太々しい声で歌詞のない声楽を歌っていた。


 嵐のような、心臓の鼓動のような、荒々しく引き裂かれた怒りと悲しみの胸の内をなぞるようでもあり、雄々しい力を示すようであり、大いなるものの足音のようでもあり……つまり、複雑な感情に寄り添いながら、沈む心に対し意識を高ぶらせつつも、それでいて、さあ悲しむより怒れ戦えというほど押し付けがましくなく……生きねばという意思を思わせる、人生という物語は少なくともここで終わりではない、まだ続いているという事を示すBGMのような楽曲を奏でていた。


 リアラとルルヤが旅芸人として食べていけたのは……打倒した玩想郷チートピア構成員の資産の奪取や非公式の冒険活動の結果もあるが……伊達ではない。混珠こんじゅにおいて、歌、踊り、物語、娯楽は強い意味を持ち、殊に吟遊詩人は高い社会的地位を持つ。


 ここには混珠こんじゅの信仰が、文化が、文明があった。ここは混珠こんじゅであり続けており、そして混珠こんじゅであり続ける事を諦めず、抗い続けようという誇りと命の輝きがあった。


「ええ。ここは、立派なところです」


 ルルヤの呟きにリアラは、ここ、という言葉に、鉱易砂海と混珠こんじゅ、二重の意味を込めて同意すると、歩みを進めた。このマルマルの町を、鉱易砂海を、混珠こんじゅを守る為の戦いを行うにあたり、必要な準備を行う為に。



 二人が訪れたのは町の中心部、首長宮殿と並んで特に大きな建物である大劇場だ。自然石の基盤の上に複数種類の煉瓦と泥を組み合わせて壁を構築し開閉式の天幕天井を張った、この町の建築用式の集合体のような建物。……この町で玩想郷チートピアと戦うにあたって共闘すべく書簡で連絡を取った相手が、面会場所として指定してきたのがこの場所だった。


 劇場には多くの客がいた。この町の人間、鉱易砂海各地からの旅人、鉱易砂海外からの旅人。多くの地元民はこの劇場の演目が客を飽きさせない魅力と更新頻度を有している事を示し、砂海各地からの旅人達の様々な顔ぶれは、この困難な状況でも彼らが同胞に支援を欠かしていない事、また思えば辺境諸国において鉱易砂海からの貿易商は見ても避難者を見かけなかったのは、彼らが自分達の地域の問題は自分達で解決しようと助け合う美質を有している事を示していた。


 ショーは様々なものだった。訓練された亜獣が芸をして子供達が歓声を上げ、古式ゆかしい伝統演劇に老人達が満足げにうなずいた。そして様々な年齢の見目麗しい青少年や男達が各自のタイプといい仲良さげな仕草といい実にいい意味であざとく歌って女達がきゃあきゃあと騒ぎ、そして一際見事に美しい女達が色気を振り撒いて躍り、男達の野太い声と少年の上ずった叫びが天幕を揺らした。老若男女共に楽しませ、そして、老若男女が互いに互いの嗜好や欲望を、否定せず許容しあう文化がそこにはあった。


 開演前の暫くの間、娯楽に耽っている場合だろうかといぶかしんでいた避難してきた旅人や、どこか憂鬱そうな顔をしていた市民、そして同じく玩想郷チートピアの賊軍に晒されている諸島海からの行商達が、鉱易砂海の現状を交えて諸島海書勢力は和平交渉や降伏を図るべきか徹底抗戦すべきかと青筋たてて喧々諤々論議をし他の客に喧しいと怒られていたものまで、気づけばそういった負の感情を少なくとも一時忘れていた。


「リアラ。そーいえばこーゆーの、どっちが好き?」


「あっ、ええと……」


 ふとルルヤが、その過去を知るが故に、女性向けと男性向け、リアラは今どっちが気に入ったの? と思って尋ね、リアラも、この体になってから最初は大分戸惑い、この間もうっかり名無ナナシに押し倒されかかったときにドキドキしてしまった自己の性的状態の不安定さを思って、確かにこれはそれを確かめる良い機会かもしれないと思って、改めて思い返したが……


「……僕はやっぱりルルヤさんの歌が一番ですね」

「嬉しい事言ってくれるじゃない」


 それと比べちゃうからよくわかんないや、と、へにゃりとした笑みをリアラは浮かべ、ルルヤは、満更ではないどころではない笑みを浮かべてぎゅっとリアラの肩を抱くと頬と頬を擦り付けた。


「しかし、実際見事ね。アタシ達も旅芸人してるけど、学ぶ必要があるかも」

「うん。僕達も芸でお金貰ってる身で言うのもなんだけど、彼女らプロですね。一応元男としてここは小声で言うと、これはエロい。僕達のがお色気なら、ああいうのをセクシーとかセックスアピールとかセックスシンボルとか言うんだと思う」

「やっぱりまだそっちのほう男性としての意識が強いんじゃない? ……アタシも、女の魅力として、血族の誇りに賭けて顔でもプロポーションでも劣る気はないけど、大人の色気は負けてるなあ、とは思ったけど」

「どうだろ……うっひょーとは思うけどドキドキハァハァはしないというか、昔と感じ方が何か違うような気がするんですけど、単純な肉体的な差なのか何なのか……っていうかルルヤさん、美少女だって自覚意外と強いですよね。僕と比べて色っぽいって言われる回数少ないの気にしてましたし」


 地球風に例えるとフレンチカンカンとフラメンコとベリーダンスとフラダンスとポールダンスとフィギュアスケートを豪快に混ぜたような鉱易砂漠の舞踊サラムメマム、大胆なスリットが入りながらも見えそうで見えないよう絶妙な量のフリルを配置したロングスカートを派手に翻して装飾で彩られた美脚を激しく見栄隠れさせ効果的に曝しながら、足は見せても下着は見せない……しかもすごい際どいスリットに併せた「え、履いてないんじゃ?」と思うような下着なもんだからすこぶる見る側のバカな男心を煽る踊り子と、逆に凄いタイトなミニスカートとかっちりしたロングブーツで、お尻の肉の僅かな動きも余さずドギツく絶対領域と併せて強調しまくる程好くマニッシュでありながらも猛烈にフェティッシュな男心も女心も煽るような踊り子とが、絡み合うように踊る光景を身ながら、ルルヤとリアラは戦と戦の合間の一時という事で、随分砕けた会話をした。


「……性格女っぽくない自覚あるから、女っぽい所は大事にしたいっていうか」

「そんな事、ないですって」


 先の戦いの時の、心を救ってくれた言葉を思い。少し頬を染めて唇を尖らせ視線を背けるルルヤに、慈愛深い笑みを、リアラは向けて。


 ……直後どうやらお約束のオチ兼そういうのが好みな方向けとして同じサラムネマムをゴールデンなガチムチマッチョメンズがやるのが炸裂して「うへぁ、凄い脛毛」「筋肉で思い出したけど、『軍勢ミリタリー欲能チート』と戦う前に会ったあいつ、ちゃんと更正したかなあ」など、盛大にその雰囲気をぶっ壊されたりもしたのだが……



ようこそ初めましてここはマルマルの町だよ真竜シュムシュ教徒の方々。私がマルマル市の首長、アドブバ・ラド・デバルトだ」

「さっきの楽隊の人じゃないですか!?」

「その通り。楽隊〈髭面達ヒゲメンズ〉のスキエベレ担当でもあり、今日は吟遊詩人とのコラボセッションだったが普段は歌唱も担当している」


 ……ともあれ舞台が一段落した待ち合わせの時間に現れた、ゆったりした衣に身を包んだ皺と髭と下睫が目立つ、先ほど演奏していた時とは違う金の輪を嵌めた縦長の帽冠を被った細面でやや芸術家的な繊細さを持つ壮年の男性。その顔を先程見知ったリアラは驚き、首長は飄々と笑った。


「ここは私が治める町。 この町の雰囲気は言わば私の価値観だ。故にそれを見て君たちがどう思うかと反応の仕方で君たちがどういう人物かを知りたかった」


 懐から手紙を取り出し、首長は告げた。


「この手紙とカイシャリアⅦの崩壊で良き戦士である事は知れたたが、それだけではなく素の人となりも見てみたくてね。少々こそこそとした様ですまなかったが、宮殿の玉座と対面しては、儀礼がそういう面を見えにくくしてしまうかと思ってね」

「なーに、宮殿じゃなくて劇場で会おうって時に、そんな感じかなと思ってたから、気にしないよ」


 自由守護騎士団と他数人の領主、更に傭兵部隊〈無謀なる逸れ者団〉に一介の村長にケリトナ・スピオコス連峰の暫定新政府等と実に様々な面々からの様々な紹介状を眼前の人物と見比べるように、多くの人に支持されているという感慨を込めて手に取った首長とざっくばらんに会話するルルヤ。


「へえ、おっさんは気に入ったかい。おっさん戦だとヘタレだけど金払いとそーゆー所は信用できるから、こりゃ、一緒に楽しくやれそうじゃないか」

「ちょいちょいちょーおい何を言うかねルアエザ君、私ぁ金と人を見る目だけじゃなく音楽も得意だぞぅ!?」


 そこにそう言ってどやどやとやって来たのは、さっきまで舞台上で踊っていた男女と化粧品や大道具等のスタッフ達の為だ。首長に対しこれまたナチュラルにざっくばらんかつ失礼なやり取りだが、首長の方もわざとずれて振る舞い音楽の腕前を言って軍事適性の無さ否定しないあたり気のおけない仲のようだ。


 しかし、実際この劇場や外の飲み食いに、首長は自ら交易路や鉱山の整備や交易の主導で稼いだ私財を当時民に支援をしていると言うから、戦が得意分野でないだけで金払いの良さだけではなく払う金を民を労りながら稼ぐ手段も含めて出来る君主のようであり……そして彼女達はその軍事的な欠落を補う存在であった。


「ああ、ご紹介しよう。我らが鉱易砂海が誇る〈舞闘歌娼演撃団〉の面々だ」

「よろしくねぇ。いやあ、そっちも旅芸してるって言うから、会いたかった! あたしはエラル、青い髪の子がルルヤちゃん、赤い髪の子がリアラちゃんだよね!」

「舞闘、歌……(////)赤面

「わあ、可愛い!」


 そう言って最初に挨拶してきたのは、ふわふわに渦巻く金髪にぱっちりとした蒼の瞳、一団の中でも一際柔らかで女性的な印象を与える肢体と穏和でコケティッシュな容姿の女。


 戦士でもあり、芸人でもあり、その、と、その細かく語呂を合わせて詰め込んだ風変わりな団体名に、その細かい意味を、転生者の翻訳能力のせいでしっかり気づいてしまい、少しどぎまぎするリアラに、娼の字のどこか陰なイメージなど無視した、天真爛漫と言っていい様子でエラルと彼女は名乗った。


「こーら、はしゃぎすぎない。新入りの団員じゃなくてお客様だよ? それも観劇じゃなく、奇特にも一緒に戦おうってお客様さ。ああ、あたしの名前は、さっき聞いたろうがルアエザ。この、舞台も踏めば戦場にも出るしかわいい男供の面倒も見る女達の束ね役さね」


 それをたしなめるのは、最初に首長に声をかけルアエザと呼ばれた女性だ。挑発的な魅力だけでなく知性とタフな精神を感じさせる艶かな褐色の長髪の女性で、リーダーを名乗ると、どぎまぎするリアラに対し豊かで張りのある胸を張って答えた。


「確かに、舞台だけじゃなく、そういう商いもうちの団はする。けど、そいつぁちゃんとした理由があっての事さ。いっぱいあるんで詳しい話は後だけど、少なくとも後ろめたい事でもなけりゃ嫌々やってる事でもないさ」

「誇り高く、自立した旅人達さ。私の町ともまあ、共闘関係で、真に残念ながら良い仲とか愛人とか主従とかではない。彼女達は自力で生き自由に選ぶ。共に戦う事を選ばれた、むしろ此方が光栄という所さ。尤もこの鉱易砂海では憧れの的なのだから、誰かの専属、誰かのものになど、彼女達自信が望まない限り成りよう筈も無しさ」


 そんなルアエザの堂々とした語りに、首長も同意し、社会的地位を保証する。


「わ、わかりました。あー、そーか、前に来た時にソティアさんが、次に来たら他にも知る事があるって言ったのは、あん時はまだ僕ぎりぎり16歳〔限定成年。混珠こんじゅにおける成年の権限の一部を付与される年齢。完全成年は18歳。限定成年以前だったので、厳密にはリアラはソティア・ハウラ両名と同行している時は冒険者ではなく冒険者徒弟という法的扱いだった。ハウラは幼いのは外見だけ。尚、名無ナナシ達〈無謀なる逸れ者団〉については傭兵業界が基本無法地帯〕になってなかったからか……」

「う、うむむ、そうか。な、成る程……」


 地球でも古代メソポタミア等では神々への信仰として性的産業に従事し神聖存在とされる神殿娼婦が居たという。例えばそれに類似した伝統が維持されたとかがあればその延長線上に彼女達のような存在もありうるのだろうと、そして滞在経験のある自分が知らなかったのは前回は年齢的にソティアさんが配慮したからなのかとどぎまぎを落ち着け納得したリアラだけでなく、隣で一見落ち着きを保ちながらも実は堂々と公然とそういう活動を開けっ広げに名乗る事に思わず素の古語が出る程面食らっていたルルヤも、同じように返事しつつもその表情にあるのが当惑ではなく知的な驚きと理解しようとする意思である事を見てとって、ルアエザはにっこり笑うと仲間達に続きを促した。


「そら、あんたらも挨拶しな」

「ラルバエルル。オレはどちらかといえば戦闘のほうが特技の側だからな。戦士としても腕前をいずれ見せてほしい」


「……私はペムネ。見ての通り魔族だけど……安全ですのでご安心くださいね」


 エラルとルアエザは長いスカートの衣装だったが、そう名乗った二人は、黒檀のように艶のある黒い肌に編み込んだ縮れ髪、一直線に切り揃えられたまっすぐな銀髪に抜けるような白い肌と対照的ながら、アスリートや総合格闘家のようなラルバエルルと耳が変わった触角か無機質なアンテナのような器官になっているという人ならざる特徴を持ちながらもクールビューティなペムネ、共に別々の方向性でタイトミニの装束がそそる程似合う女達だ。


「メイキャッパーのハムサや。お嬢ちゃんら肌綺麗やねえ」

「衣装係のパキラよー。服や布の商いもしてるから、入り用だったら言ってねー」


 そしてそれ以外の踊り子達や裏方達も、わいわいと挨拶をする。裏方達はさすがに踊り子達と比べれば花がなく地味な容姿だが、しかしどこか力強く、堂々として好ましい印象を湛えていた。


「ど、どうも。改めてはじめまして。真竜シュムシュ教徒見習い兼勇者見習い、リアラ・ソアフ・シュム・パロンです。この度は、一身上の都合による復讐心並びに非人道行為に対する義憤により、反真唯一神エルオン教団同盟に参加させて頂きたく参りました」

「こっちも同じ、義によって助太刀ってとこでやってきた。教えに忠実って胸はって言える程じゃないけど真竜シュムシュの信徒で祭司の跡取り、勇者修行中のルルヤ・マーナ・シュム・アマト、よろしく」

「そして私がお前達全員の敵、〈唯一の述伝者クハセ・マ・セヒトソ〉だ。改めてよろしく」


 !?


 SWASH!! GIKIIINNN!!


「……落ち着け。仕掛けるつもりもなければ理由もない」

「……ならその理由をいってみろ……!」


 驚愕。凄まじい金属音。そして、さらりと自然にしかし唐突に割り込んだ声の主とルルヤの間に交わされる、鋭い眼光と息詰まるような声音、そして剣と盾の軋み。


「なっ……!? (〈唯一の述伝者〉、『神仰クルセイド欲能チート』の名前! どうやって此処に……欲能チートによる隠密!? いや、それだったら僕の【真竜シュムシュの眼光】で察知できた筈……空間転移だとしても、徴候は見えた筈……!?)」


 斬りかかり防がれたルルヤに一拍遅れリアラが驚愕しながらも身構えようとする直前、ばさばさと周囲で衣擦れの音がした。


 ルアエザとエラルのロングスカートの一部のフリルが床に落ち……その結果、ロングスカートの裾に仕込まれた薄くしなやかな金属箔の刃と一定間隔で飾りの様にぶら下がる分厚く小さな菱形の刃が露になっていた。同時ラルバエルルとペムネのミニスカートに強烈な深さのスリットが走り、ロングブーツのあちこちから刃が飛び出した。それが彼女達の武器であり臨戦態勢だと分かった。落ち着いた即座の反応は味方として頼もしかったが、それ以上にこの状況の衝撃と敵への警戒のほうが勝った。


 そう、正に臨戦。いつ現れたか気づかせる事も無く大劇場の臨席に腰掛けた黒衣黒覆面の男は、自らを真唯一神エルオン教団の長と、つまり十弄卿テンアドミニスター神仰クルセイド欲能チート』であると名乗ったのだ。


(あ…ありのまま、今、起こった事を確認するとだ! 〈私は身内で顔合わせをしていたと思ったら、何時の間にか敵首領と対峙する最前線にいた〉……な…何が何だかわからないような話だが、実際劇場の外に十重二十重に警備兵を変装させ配置したこの状況で何をされたのか見当もつかん……頭がどうにかなりそうだ……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ、断じてない……もっと恐ろしいものの片鱗を味あわされた……)


ドドドドドドドドドド……、と、連打される鼓の如く驚愕に脈打つ己の心臓音を幻聴しながら、アドブバは首長の誇りで必死に驚愕を己の顔には出さなかった。あくまで事業と統治と音楽に長けこそすれ戦闘力を持たない己はこの場で戦闘開始となれば高確率で死ぬが、それでも……


「……ああ、確かに、私も知りたいな、それは」


 軽く息を吐き、微苦笑を浮かべてアドブバは『神仰クルセイド』に対しルルヤの発言に同意した。眼前に差し出される、盾を出現させたリアラの手、己を守ろうとしてくれている少女。そして傍らに立つルアエザ達。何より、最も早く反応し、今、『神仰クルセイド』が空中に浮かべた盾に剣をぶつけ睨みあうルルヤ。


(彼女達を信じて共に戦うと決めたのだからね)


 それがアドブバの首長としてのあり方、戦い方だった。


「ふむ」


 『神仰クルセイド』は、己と対峙するルルヤを、取り囲む女達を、そして言葉を投げ掛けた首長と、ルルヤに反応速度で遅れをとったとはいえ素早く守るという別の役目を果たしにいったリアラを見、そして〈理由〉を語り出した。


「一つ。まず、真竜シュムシュの勇者よ、先のカイシャリアⅦ解放は私も《神眼》の法術で観察していた。見事な戦だったな。しかしあの戦いはお前達二人だけの力によるものでも、それに民の蜂起を加えた力だけによるものでもない。『惨劇グランギニョル』と『経済キャピタル』の悪行が溜め込んだ、死者の霊と山の精霊の怒りの加護を得たからこそだ。《神炎》や《神病》等、を用いれば、この街を一撃で滅ぼす事は容易い。だがそんな事をしてどうなる? 将来の信徒を不必要に減らし、お前達に燃料をくれてやるだけだ。このままでもこの町はお前たちを応援するだろうが、死者の魂丸ごとのほうが、生者の死なない程度の何割かの生命力よりも、魔法学的には大きいと言うからな。それが既に明らかになった以上そんな事をするほど私は馬鹿ではない」

「……」


 それは、事実としては確かにそうだが、死者の魂や精霊を燃料と言われたことは、まるでお前達は他人の不幸を食って力を得ているのだと言うようでもあり、些かルルやは苦い表情を浮かべた。


(《神眼》? ……我が神の法術?)


 一方リアラは、『神仰クルセイド』は隠す心算はないようだったが、その言葉に驚いていた。教団と言い神と言っても、それはあくまで欲能チート取神行ヘーロースとしての力だけで、法術を実際に講師しうるとは思っていなかったのだが。聞きなれない術名、それを語る自然で自信満々の法術であることに誇りすら込めているような口調は、本当に神として法術を使用できるようになる欲能チートないし取神行ヘーロース、という事なのかと。


 もしそうなのだとしたら、欲能チートで強い魔法を作ったのかあるいはこの男が余程魔法を鍛錬したのか、それともその両方か、何れにせよ凄まじい使い手だ。混珠こんじゅの魔法において探知系と隠密系どちらの魔法の効果が優先されるのかは、使い手の力量次第。それは、転移魔法の徴候察知においても同じ事。魔法の熟練度に関して……この男はリアラよりも腕前に秀でているという事になる。


「二つ。それに、ここにこうして現れた手段である《神隠》の法術は、不意打ちに用いる事は我が教団の教義において、事の初めからの圧倒的劣性時や非力なる者の自尊自営の最後の手段として以外は禁じられている。我らが神こそが唯一の正義ならば、その戦士は条件が万全ならば確実に堂々と正面から勝利できる。そう、我らはこの地に正義を敷かんとしているのだから」

「正義……」


 その言葉は、侵略を受ける立場である女達もアドブバもましてリアラとルルヤも鼻白むものであったが、それを『神仰クルセイド』は承知の上という表情で覆面で分かりにくいが続けた。


「三つ。そして最後に、何より、諸君らは良き敵だ。即ち、我が教団の布教を受け入れるのならば、良き信徒、良き兵となろう。無闇に殺すつもりはない。そう、女達よ、首長よ、そして何より真竜シュムシュの勇者達よ。私はお前達に改宗し仲間になってほしいのだ」


 故にそう理由を語り終えた後、『神仰クルセイド』はこう付け加えた。


「……無論、諸君らはそもそも良き敵であるが故に、下りはすまい。私も、他人が正義と語る事を押し付けられる苦痛というものは知っている。その上で尚、今この混珠こんじゅにはそれが必要である、そう考えている。かつての私の敵もそう考えていたのだろうという苦痛を噛み締めてな。故に、私が求めるのはごく些細な事だ。私は街を直接攻撃しない。民草を傷つけず、捕虜の命を保証し、敗者に罪を問わぬ。その代わり、一定期間の交流の自由と、戦争に及ぶ際時間を取り決めての正面からの堂々とした会戦にて決着をつけ、敗者は勝者に従うという取り決めをしたいのだ」


 ……それは少なくとも、これまでの玩想郷チートピアとは全く違うアプローチであった。

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