第二章

・第十五話「Next:続きから始まる現状戦況」

・第十五話「Next:続きから始まる現状戦況」



「いやあ、えらい事になったね、どうも。酷ぇ騒ぎだ」


 異空間から己の部屋に再出現し『旗操フラグ欲能チート』はその平凡な、しかしそれなりの愛嬌が無いでもない一応青年ではあるが少年と言っても通りそうな顔にへらりとした苦笑を浮かべた。


 それはこの混珠こんじゅ世界を侵略する悪行地球人転生者の秘密結社、新天地玩想郷ネオファンタジー・チートピアの大幹部十弄卿テンアドミニスターたる彼の不人情を象徴する表情であった。同じ十弄卿テンアドミニスターの『惨劇グランギニョル欲能チート』『経済キャピタル欲能チート』が、彼らが行使する超常の力たる『欲能チート』に対しある程度の耐性を持つこの世界の人間、真竜シュムシュの勇者を称する……彼ら玩想郷チートピアにとっては甚だ理不尽で皮肉な事に……古代竜を信奉するビキニアーマー姿の女戦士二人内転生者一名に討ち取られたというのに、仲間意識の欠片も無く。


 そして、己と同格の相手が討ち取られ、件の二人のビキニアーマー女戦士は自分達玩想郷チートピアに身内を殺され、復讐心に溢れ、未だ健在で戦いを挑んできている、即ち、いつ自分にも襲い掛かってくるか分からないというのに、恐怖や不安の様子も無く。


 それは、愚かしい想像力の欠如なのか、対外的には同格とされていても己の方が実際は勝っているのだから己は負けも殺されも滅びもせぬという自負か。それとも。


十弄卿テンアドミニスターまでもが殺された。それも二人一度に。二対二でこれなら、敵は平均的な十弄卿テンアドミニスターの力を上回る奴が二人。単純に考えればそうなりますからねえ」

「正確に言えば、お前が伝えた情報だけで考えればそうなる、だろ、『情報ネット』」


 傍ら、確かに同じこの場所に表の顔においては属している相手だが、勝手に人の私室に転移出現した華やかで煌びやかな吟遊詩人の装いをした糸目の男に、緑衣の少年はうざったそうに言い、そしてその意図を問うた。


「何の用だよ、連合帝国筆頭宮廷詩人さん」

「なあに、どうやら、諦めも絶望も無い様子ですので。同じ〈帝国派〉として、今後について玩想郷チートピア会議では話せない内々の打ち合わせをしようかと。どうですか? 帝室顧問冒険者殿」


 互いに表の階級称号で呼び会う、十弄卿テンアドミニスター旗操フラグ欲能チート』『情報ネット欲能チート』。その互いの呼び名は、そして窓の外に見える風景は、一つの恐るべき事実を示していた。


 窓の外の風景は、八つの丘の間を二つの川が流れる土地に広がる巨大な町並みだ。


 巨大な街を囲む尖塔を繋いだ八角形の城壁と優美なアーチを描く十の大門。


 八角形の土地全体を覆う放射線状と八つの丘の頂点から始まる放射線状とが複雑なレースの網目を織り成す道路と清浄化の魔法を護岸に刻印された水路、川を跨ぎ区画や塔や神殿や廟や城櫓を繋ぎ屋根を完備し建物としての機能を持つ橋。


 八つの丘の中心に座し列柱と尖塔とアーチとそれらを繋ぐ壁とドーム屋根で出来た宮殿、城壁と宮殿を連絡する貝殻のような螺旋塔に花弁のような出窓や狭間を備えた城櫓、八つの丘の頂点に建ち様々な神々や精霊や英雄聖人を祀る様々の様式で建てられ祭祀信仰の場としてだけでなく衛生保健等様々な役割を果たす神殿、そして大きな民間の建物は何れも雪白・砂黄・海青・夕赤・樹緑の石に草花や命煌めく川や神話伝説を象った浮き彫りとタイルを飾って造られ、小さな民間の建物や軽量を求められるものや屋台等の簡易な建物は木造だがそれらも樹液と油の塗料で保護された精緻で際密な寄木細工で一手間加え住民に美を与えていた。


 馬車や騎獣や人々が行き交う路地は石で葺かれ、様々な出店も清潔に並び活気を、真鍮・青銅・石・樹液塗木の彫像や水時計を備えた噴水が彩りを添える。


 即ち此処こそ〈人類国家〉の衣鉢を継ぐ混珠こんじゅ最大の国パルネイア・アイサヴィー連合帝国、アウェンタバーナと並ぶ双都が一つ、エクタシフォン。


 そして連合帝国筆頭宮廷詩人とは宮廷に出入りし詩歌を奉じる事を許された吟遊詩人の中で最秀とされる者にして吟遊詩人が諸々の風聞と事件や人物を吟じる報道者としての役目を持つ事から相談役としての権力を持つ存在であり、帝室顧問冒険者とは皇帝一族からの冒険の依頼を受ける縁故を持つ冒険者。


 即ち混珠こんじゅ既存国家最大勢力の最中枢に十弄卿テンアドミニスターが二人までも潜り込み、玩想郷チートピアの影響力が連合帝国を捉えているという事である! 十弄卿テンアドミニスターはより下位の玩想郷チートピア構成員を多数自勢力配下として従える。この都に、連合帝国に、潜入し干渉する転生者、果たして如何程か。


「いーだろ、座りたきゃ適当に座りな。んで、何から話すかだがな。お前、んだ?」


 そして『旗操フラグ』と『情報ネット』は語り始めた。これまでとこれから、玩想郷チートピア真竜シュムシュを。


「ええ、ええ。実際には『経済キャピタル』『惨劇グランギニョル』が得ていると思っていた地の利を奪い取るように恨みの力を得たからこそ、真竜シュムシュの女達は勝利した。確かに、一対一、素の破壊力では、『邪流』が通じないという相性不利もあっても、『取神行ヘーロース』のほうがカタログデータは上です」


 玩想郷チートピアの会議では、それより遥かに断片的なデータしかないように振る舞っていた『情報ネット』は、いけしゃあしゃあと詳細な分析結果を捲し立てる。


「ですが何しろ、私達は恨みを数多買っている者が多い、似たような事は何処ででも起こりうる、用心するに越した事は無い……というのがまあ、情報操作の建前。で、本音は、これで下位の者達の統括がやり易くなる事です。強い敵は恐怖による結集と隷従の種です」


 それだけではなかろうと思いながら『旗操フラグ』は『情報ネット』の言葉を聞き、そしてそんな己の考えも『情報ネット』は承知の上であろうなと考えた。お互い、そういう奴だ、と。


「何にせよこれで、玩想郷チートピアはより組織化されてビキニアーマー狩りに赴く訳です」

「各派閥に分かれた上で、な。この一連の騒ぎの中、どの派閥が滅び、どの派閥が生き残り、どの派閥がビキニアーマーを狩るか。それが、最終的に玩想郷チートピアが誰の率いるどういう組織になってそれに支配されるこの世界がどーなるかも決めるって訳だ」


 そう、自分達が属す組織が行う戦いについて皮肉げに言い合い……よってたかってビキニアーマーに血眼って、と、さすがに客観的に冷静に皮肉ぶるにはちょっと、と笑いあった後、やっぱ『惨劇グランギニョル』が考えた〈長虫バグ〉って渾名は大事だな、と言い、二秒程「可笑しい奴を亡くした」と心無く黙祷し、二人は本題に入った。


玩想郷チートピアの主な派閥は、人前に姿を見せない第一位『全能ゴッド』と、〈絶え果ての島〉に引き篭る為に玩想郷チートピアに所属した第二位『永遠エターナル』を除いて四つ。私達二人とその仲間、連合帝国を中心にこの世界の既存の支配層に食い込んだ〈帝国派〉、第四位『増大インフレ』とその手下達ジャンデオジン海賊団を構成する〈海賊派〉、第六位『神仰クルセイド』とそのシンパ達真唯一神エルオン教団に帰依する〈教団派〉、そして最大派閥、第三位『交雑クロスオーバー』が支配するナアロ王国に属する第七位『経済キャピタル』第八位『惨劇グランギニョル』第九位『文明サイエンス』とその配下達が所属する〈王国派〉」

「その〈王国派〉が今回コケた訳だ。『経済キャピタル』『惨劇グランギニョル』、その配下共の壊滅」


 派閥を数え上げる『情報ネット』。起きたことを語る『旗操フラグ』。


「未だ新しい十弄卿テンアドミニスターは選出されず、そして流石にこの打撃、ナアロ王国の拡大は一時停止。即ち、己の派閥と勢力を広げるチャンスって訳だ。それに加えて玩想郷チートピアにおける順位は、欲能チートの強さとそれを使って得た地位と権力、つまり己のあり方を世界に押し付け世界を従える力の強さで決まる。この機に勢力を拡大すれば単に派閥を広げるだけじゃなく、自派閥から新しい十弄卿テンアドミニスターを出せるかもしれないって訳だ。もっとも、これまで一方的に言うこときかせてた部下が同格の同盟者になるっていう諸刃の剣でもあるけど」


 空いた順番が第七位と第八位というのがポイントだ。下の者が繰り上がるにせよ空いた順位に新規の者が補充されるにせよ、万年十位である現状をよしとする『情報ネット』と位階にさしたる興味を持たない『文明サイエンス』を除けば、新しい十弄卿テンアドミニスターは基本的に既存の派閥の領袖達にとっては下位者となる。直接的な戦闘力が必ずしも順位に直結する訳ではないが……それでもやはり例外はあれどより上位の者が強い傾向にある。そして、思惑が対立した場合、通るのは強い者の意見であり、派閥における意思決定もそれに準じる。即ち。


「リスクとメリットでは、メリットが上回ると判断する事になるわけだ。つまり、〈王国派〉以外の派閥は、動くし、動かざるを得ない。少なくとも〈海賊派〉と〈教団派〉は確実にこの機に一気に勢力を広げようとするだろーな。どちらも派閥に十弄卿テンアドミニスターが一人だけで、それでいて首領はどっちも腕自慢の武断派で〈王国派〉〈帝国派〉を追い落とそうというやる気満々、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。ついでに言えば根拠地の位置関係が近く、反りも合わないライバル関係と来たもんだ、お互い、遅れはとれねーだろーよ」


 禁欲的な『神仰クルセイド』と仲は良くない『旗操フラグ』だが……といってもそもそも誰も彼も自分の我執が第一な十弄卿テンアドミニスター同士に本質的な友情は成立の余地がほぼ無い訳だが……それでも、それとは別に『神仰クルセイド』の事を評価している。先程思考の過程で思った〈十弄卿テンアドミニスターの戦闘能力は基本的には序列の上下に従う〉という法則の例外、それは『神仰クルセイド』の事だ。第四位である『増大インフレ』と『神仰クルセイド』が争い、引き分けたのを『旗操フラグ』は目撃している。それを思い返す。



 ……


 …………


 ………………


セイィッ!!」「アッ!!!」


 ZDOOOOOOOOOONNNNMMMMMM!!!! !!!!


 『増大インフレ』の攻撃が作り出した極大の爆裂。砂浜の砂が舞い散り、一瞬後『神仰クルセイド』の突撃がそれを切り裂く。高速飛翔に伴う突風が砂煙を切り裂き、その向こうに見えるのは『神仰クルセイド』の配下軍勢が、全て先ほどの『増大インフレ』の攻撃の大規模爆風爆弾MOABめいた爆風から守られた事実。そして『神仰クルセイド』の徒手打撃と『増大インフレ』の拳が激突した。衝撃波が爆発し、『神仰クルセイド』は黒衣を爆風に靡かせ、『増大インフレ』は金髪を爆風に靡かせ、揺るがず互角に打撃を押し合いながら、下位構成員ならば余波だけで粉砕される激突の中睨み合い続ける……



 回想しながら、『旗操フラグ』はそのド派手な戦闘を通じて再確認する。十弄卿テンアドミニスター同士の戦いにおいては『邪流』が互いに打ち消しあう為結果的に純粋な総合戦闘力の比較になるのだが、『神仰クルセイド』との互角の戦いは断じて『増大インフレ』が位階に比し弱いという事を意味しない。むしろ、現状で能力の戦闘以外への応用性の乏しさや粗雑さを除けば第三位『交雑クロスオーバー』に殆どひけをとらないと言われる強豪十弄卿テンアドミニスターであり、更に尚成長途上である事は脅威以外の何者でもない。能力的な相性もあるが、それと戦える『神仰クルセイド』が優秀な戦士なのだ。


「そーいう訳だけどさ。俺達がどーするかって、そっちでは何か考えてんの?」


 状況を把握した上で『旗操フラグ』は、『情報ネット』を試すようにだらけた姿勢から横目を使い問うた。


「前提として私も貴方も、お互い現状は人知れず静かに振る舞いたい、という事から始めましょうか。貴方は一つ一つの運命操作による悲喜劇をじっくり味わいたいという欲望の為に、私はこの世界の情報の流れを支配する目的の為に。貴方と私の欲能チートを使えばありとあらゆる偶然と情報を自在に動かし、連合帝国を事件と情報でどちらの方向に動かすのも自由自在、他派閥の攻撃も〈長虫バグ〉の攻撃も可能ですが、それは望ましくない。第一にはその目的の為ですが、第二には連合帝国は最大の国家とはいえ軍事力では『文明サイエンス』を擁するナアロ王国には現状到底及ばない。無理はできないし、さりとて『交雑クロスオーバー』の拡張主義には対抗しなければならない。そしてこれまで行ってきた『増大インフレ』との〈表向きは帰順だが実質的な同盟〉という交渉と『神仰クルセイド』との〈真唯一神エルオン教の連合帝国における国教化による合流〉は共に失敗」

「何が「真なる教えの成立の歴史に一切打算はあってはならぬ」だ、狂人め」


 『情報ネット』の思考を進めながらの呟きに、『神仰クルセイド』が圧倒的に向こうに有利な交渉を蹴り飛ばした時の発言を思いだし、腹立たしげに『旗操フラグ』はぼやいた。


「となれば我々〈帝国派〉のとるべき道は〈海賊派〉〈教団派〉と協調する事無く、〈王国派〉と正面切って事を構えないまま〈王国派〉相手に将来的な十弄卿テンアドミニスター数の均衡、理想を言えば優位を得る事ですね。『文明サイエンス』がいる以上、通常へ威力の質ではどうしても差が出る訳ですから出来れば十弄卿テンアドミニスター数の優位、最低でも欲能チート行使者数の優位は必要です」

「その方針の為にどうするんだ? それと〈長虫バグ〉共への対策を怠って馬鹿社長キャピタル死体性愛者グランギニョルの二の舞は嫌だぜ?」


 こいつさっきからだらけ続けてこっちにばかり喋らせて、という『旗操フラグ』への不満を糸目の奥へと押し隠し、『情報ネット』は結論を話す事にした。


「各地に点在する十弄卿テンアドミニスターの所属していない下位欲能チート行使者勢力の〈帝国派〉への統合に注力します。私達〈帝国派〉は大っぴらな侵略戦争をしていない以上、他の派閥より〈長虫バグ〉達からすれば攻撃対象として優先順位が低い。実際〈長虫バグ〉からすれば〈王国派〉が最も明白な玩想郷チートピア勢力であり、かつ今回の一件で決定的に対立しより詳細な情報が〈長虫バグ〉側に渡っています。そしてそれに加え確実に、それより先にこの状況で動き出した〈海賊派〉〈教団派〉と〈長虫バグ〉は衝突します。目の前の暴虐を捨て置けはしないでしょう。〈長虫バグ〉対策としては、そもそも〈帝国派〉である事自体が現状においては対策と言っていい。それを売りにして工作を仕掛けましょう。〈海賊派〉か〈教団派〉が〈長虫バグ〉を倒してしまえば勢力が増大するリスクがありますが、〈長虫バグ〉という最大のリスクが倒れる事自体は安心材料ですしね」


 妥当な論だなと『旗操フラグ』は思ったが、だが同時に足りない部分もあると考えそれを補足せんとする。実際、本来『旗操フラグ欲能チート』は、運命をどういう方向に転がすかを考えてフラグを立てる必要がある以上策略を必要とする欲能チートであり、十弄卿テンアドミニスターに成り上がった以上、その能力は勿論ある。だらけているのは痴愚故では無く唯単に欲望に忠実なだけだ。


「あと要るのは〈海賊派〉〈教団派〉が負けた場合負けた連中の残党を取り込む工作をかけとく事、それともう少し積極的な手に出るんなら、確実に倒せる場合〈長虫バグ〉と〈海賊派〉〈教団派〉が殴りあってお互いが消耗しきったタイミングで横殴りをかける準備もしておく事、だな。しくじれば〈長虫バグ〉がこっちに噛みついてくる以上、本当に確実に殺れる時に限るが。連合帝国としちゃ賊を討つ大義名分はあるんだ、〈海賊派〉か〈教団派〉目掛け軍を動かす事事態は容易いしな、後は〈長虫バグ〉を巻き込みゃいい。他の問題は、取り込んだ勢力やこっちの仲間を十弄卿テンアドミニスターの空きに捩じ込むにゃ、それだけ手柄が要る事だが……」


 無論『情報ネット』も『旗操フラグ』の戦況操作能力とそれを行使する知性を買っている、だからこそ組んでいるのだ。唯、兎角雑事を放り投げてくる悪癖には辟易せざるを得ない。こっちが辟易している事や仕事を押し付けられてる事が、愉悦と相手が公言しているだけに尚更。しかし組む利がそれを補って余りあるのだから仕方がない。


「非恭順者を罪をでっち上げ粛清すればよいのですよ。命惜しさに〈長虫バグ〉に組織を売ろうとしたとか。情報操作は私の独壇場で、貴方の仲間は〈処刑官〉だ」

「……ま、そーなるわな」


 にっこり笑って公然の秘密を方言する『情報ネット』。それに対し、一拍の吟味の後、そっけなさげな口調で『旗操フラグ』は答え、『情報ネット』は更なる思考を胸の内で巡らせた。


(……さてはて、この状況、『全能ゴッド』にとって、どこまで計画通りで、どこまでそうではないのか……何れにせよ、少なくとも他の十弄卿テンアドミニスターの動きは、今のところ私にとって、この一件が始まってからの予定通りではありますが……)



 同時刻。〈絶え果て島〉。


「ははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 『永遠エターナル欲能チート』は、岩窟の中、混珠こんじゅの様式ではないが現代と知る限りの過去の地球の歴史の文化にも当てはまらぬ装飾意匠の椅子に腰掛け、白面の美貌を自ら壊すように大口を開け笑っていた。己が出席しなかった異空間における玩想郷チートピアの会議の様子を遠隔透視しながら。


「どいつもこいつも、レベル低すぎだっつーの! お前もそう思うだろ!?」


 そう、誰に言うとでも無く独り言にしては大きすぎる声で語り、『永遠エターナル』はがしゃがしゃと剣帯を掴んで鞘を鳴らした。揺さぶるのをやめれば、無論、音も止む。


「………………・」


 奇妙な表情を『永遠エターナル』は浮かべた。卑屈な安堵と、未練がましい寂しさの入り交じったような表情であった。そして、剣帯と鞘を離した。


「ま、まだ出番は無さそうだな。こっちにとっちゃ、それがいいんだけどさ。はっ、永遠に出番が来なきゃエターすればいい、打ち切られちまえばいいんだ」


 尚、雑な口調で暫し呟き、何を対象にしたとも分からぬ雑言を吐き散らした後。


「『全能ゴッド』、『全能ゴッド』、御身に死と肉を捧ぐのは、暫く先になりそうだ……尤も、御身は正に全能、何を捧げられる事も必要とすまいが」


 ……至極藪から棒に、宇宙的で、故に神秘的とすら錯覚しそうな程の虚無の表情で、『永遠』は呟いた。


 その、『永遠エターナル』の見つめる先。ゆらり、半透明の幻影が蠢く。灰と緑の入り混じった衣を纏い、ルルヤのそれとは風合いが異なる赤い瞳を燃やし青い長髪を靡かせる、褐色の肌の、美しい女の姿。その姿に向けて、『永遠エターナル』は語りかけていた。即ち、これこそが『全能ゴッド』。……彼女は、『永遠』のその全てを、掌の上にあるが如く、傲慢な慈しみを以て『永遠』を見返した。


 『永遠エターナル』の虚無の瞳が見るのは、『全能ゴッド』の管理者の笑みが噛み締めるのは、果たしていかなる運命か。



 カイシャリアⅦ解放より暫くの後。リアラとルルヤは、運命目掛け、真正面から対峙し、その方向へと再び歩きだそうとしていた。


 山間の彼方此方から、押し付けられた混凝土コンクリートの建物を、奴隷の足枷の証であった社屋を、砕き建て直す音が響く中、リアラは谷を見守る位置に復興に先駆け建てられた、それまで弔う事すら許されずにいた犠牲者達を悼む墓碑の前で、祈っていた。


 ハウラとソティアの体は、ルトア王国の郊外に埋葬せざるを得なかったが、持ち歩いていたハウラの小さな遺品を、此処に納めたのだ。故郷に帰れるように、と。


 混珠こんじゅの弔いは信仰により供物や祈祷に相違があるが、共通特徴として〈命の喪失を悼む為に命を消費するべきではない〉という戒律があり、自然石や自然樹木等を墓標とするか既に別の用途に切り開かれた土地を墓所に用い、切り花ではなく鉢植や祈りを捧げた後樹木から取りその後挿し木とする花枝を供える。そうして、死者の霊魂や神々との絆を抱き締めるような混珠こんじゅの祈りの姿勢を取り、目を瞑るリアラ。その傍らには、同じく祈るルルヤとミシーヤ。ルルヤはマントを羽織った旅立姿で、ミシーヤは、隷従の証拠であったセーラー服や背広を布地にバラし仕立て直して、新たな狩山亜人ドワーフの革衣を作る前の仮の衣服として革衣と同じ形に繋いで纏っていた。


 祈りを終えリアラは立ち上がり振り返り、ルルヤとミシーヤに頷き、言った。


「……もう、大丈夫です」



 リアラとルルヤが連峰に暫時留まったのは、休息と復興の手助けという目的もあったがそれ以上に、ナアロ王国軍が再占領の為の軍事侵攻を行った場合、例え激戦を経た直後の体であっても迎撃し、撃退か最悪でも避難の時間を稼ぐ為でもあった。


 過去に収集したものに加え此処の社長室や学園長室から押収した情報に記された十弄卿テンアドミニスターの連携の度合いから、その可能性は異派閥間では極めて低いが同派閥間であれば、連携・追撃を行う可能性は、そもそも過去に玩想郷チートピアの幹部が外敵によって打倒されたという実例が無かったとはいえ十分考えられた為、実に緊迫感のある時間であった。……連峰に蓄積されていた死者の霊魂は、その念を晴らし輪廻と霊界への道に帰っていたからだ。もう一度十弄卿テンアドミニスターと連戦となれば、どうなるかわからなかったが、それでも退く事は考えられなかった。


((世界は、穢されても美しいな。故郷から離れ、こう思ったのは初めてだ))

((……ええ。僕も混珠こんじゅに来た時と同じ様に、今も混珠こんじゅは美しいと思います))


 そう、覚悟を決めて敵が迫り来たならば見つける為、山の頂から周囲を見渡しながら、連峰の峡谷を見下ろし、二人交わした会話の記憶は、非常に鮮烈なものだった。幸い、短時間での急襲は無かった。いや、幸い、ではない。必然であった。


 ナアロ王国の侵略の停止。それは真唯一神エルオン教団とジャンデオジン海賊団の躍進、殊にナアロ王国から遠い前者と違い沿岸の何処にでも現れうる後者によるナアロ王国沿岸部をも含む無差別襲撃への対応が必要となった事、そしてそれに加え……辺境諸国の内数カ国の支援と兵力派遣の下、〈ケリトナ・スピオコス連峰で行われた犯罪行為に対する調査・救助・治安回復〉の為、自由守護騎士団の派遣が決定された事が、その理由だからだ。


 敵の混乱・内紛と、味方の存在。前者は彼我の規模の比較からいえば電撃的と言っていい速度での敵幹部への攻撃による、後者は之迄の人助けによる、抵抗の挙げた成果だ。そしてそれだけではなく、自由守護騎士団の派遣に正式なお墨付きを与えた諸国の内には、かつてリアラが、ハウラやソティアとともに旅をしていた頃、ソティアの知恵によって幾つかの事件を解決した事により覚えの目出度かった国もあった。かつての冒険が、今力になったのだ。その時に感じた懐かしさと涙の出る様な追憶と感動は、今もリアラの胸で燃えている。嘗て過ごした日々が、確かに人を助け、縁を結び、更なる人を救う礎になったのだという胸の奥に明日への活力が漲ってくるような感覚。その二つの効果により、敵が自由守護騎士団に竜術の護符が配布され対欲能チート行使者戦が可能である事を知っているかどうかは分からないが少なくとも大々的に対抗されるという経験の無かった玩想郷チートピアに警戒と現状分析で足を止めさせる事は出来たようだった。そして。



「自由守護騎士団の皆様は、信頼のおける人達です。それに、この様子なら、今暫くは情勢は静かでしょう。それでも、もし何かあったら、自由守護騎士団の人達に《早文》の法術を頼んで下さい。あの時はそれを使える人が居ませんでしたけど……今度こそ、飛んでいきますから」

「分かったわ。大丈夫、今度こそ、守り抜くわ。おかげさまで、奴等から奪えた力もあるし。……本当、何から何まで……それなのに、また戦いに行くのに、助太刀もできなくて……」


 祈りを終え、体力を回復したリアラとルルヤは、新たなる戦いへと赴こうとしていた。調べ上げた新たな情報から判明した各地の玩想郷チートピア勢力の内、一際の侵略と暴虐を尽くす、真唯一神エルオン教団とジャンデオジン海賊団と戦う為に。


 それに対し竜術により操る力を逆に支配下に置いた事で本来『惨劇グランギニョル』の死と共に消え去るはずだった『魔法少女』マレフィカエクスマキナ『超人英雄』セミテオスエクスマキナの力が一部の少年少女に残ったから安心してくれと言い、しかしその力を以てしてもここを守るので精一杯で手助けができない、と恥じ入るミシーヤに対し、リアラとルルヤは。


「いいえ、いいえ! 路銀も用立てて貰いましたし、養生もさせて貰いました!」

「それに、そもそも玩想郷チートピアの支配から脱した地が広がる事、玩想郷チートピアの存在を知りそれに抗う覚悟を決めた人間が増える事、それ自体が大きな手助けだ。そういう方針はリアラが考えてくれた事でもあるが、何より私の心に勇気をくれる。戦いの最中には、数多の加護までくれたのだ。既に、貰いすぎる程に貰っているさ」


 悪神の狂気を跳ね返し啖呵を切ったと思えぬ初々しい口調でリアラは答え、伝統を保つ狩山亜人ドワーフのミシーヤ相手故に故郷流の古語でルルヤは堂々と英雄的に答えた。


「……それに、これ以上奢られては、いかな真竜シュムシュの信徒でも呑み過ぎてしまう」


 そう茶目っ気の効いた笑みを乗せて。自由守護騎士団が来ると解り旅立つ事を告げた昨晩は、解放当日の夜に勝るとも劣らぬ感謝と見送りの宴で。今はその翌日早朝、皆の見送りを受け街を出た後だ。その言葉に、漸くミシーヤもリアラも笑った。


「うん。本当、楽しいお見送りでした。……それじゃあ、また」

「ええ、また、よ。また会いましょう、姉さんと、アタシの、大事な人」


 この、二人としての挨拶を交わす為に。ミシーヤは見送りの後、山林を走破し墓碑に参ったのだ。……悲しみは胸の中に。だけど悲しみの上に、笑顔を交わせた記憶を重ねる事は出来る。ハウラの見守りを確信しながら、最後に抱き合い、そして別れ。


「行きましょう、ルルヤさん」

「ああ、行くぞリアラ」


 そして二人は、再びの旅立ちに踏み出した。その行く先に敵を見つめる瞳に、得た情報から知った敵の蛮行への怒りを宿し。


 その視線の先、彼女達が立ち向かう存在は、それぞれ、全く異なる地球の側面。



 即ち秩序。


「〈唯一〉を!」「「「「「「「「「「「〈唯一〉を!」」」」」」」」」」」


 それは、皆顔も頭も覆う漆黒の長衣を纏い、朱塗りの鞍を置いた鳥蛇ハウロズ混珠こんじゅ固有生物。鳥類と爬虫類の中間特性を持つ、脚を長大化させ駱駝と駝鳥の中間のように四つ足で走るようになった翼の無い陸棲翼竜といった姿をしている。竜種や魔獣ではなく、家畜化された亜獣〕を駆る軽騎兵と、同じく鳥蛇によって曳かれる大弩や軽投石器や魔方陣床と据付式旋回魔法巻物を備えた砂漠戦用に車輪に装置追加改造を施された朱塗りの戦車チャリオット混珠こんじゅでは戦車は攻城や攻軍に用いる大型投射兵器や魔法による攻防の為の大型魔法道具を機動運用する為に騎兵とは別に用いられ続け、サスペンションや左右独立車輪やハンドルを持ち、古代地球の戦車より遥かに性能で勝る〕を駆る戦車兵、そして同じく砂漠用改造車輪を備えた歩兵を格納した荷車、何れも黒赤緑白の四色に斜めに区切られた中央、鞭で縁取られた盾の上に、極度に抽象化された太陽・星・炎・光を融合させたような一つの意匠と、三日月・刀・十字・弓を融合させたようなもう一つの意匠を組み合わせた紋章を記した旗を掲げ、鉱易砂海を進む軍勢。真唯一神エルオン教団。


 何れも恐ろしい程完璧に整列し、そこにはその派閥に属する欲能チート行使者も入り交じっているというのに、それすら見分けがつかぬ程同一の姿。そして更にその軍勢を巨大たらしめる為、軍団は一際巨大なサーカステント程もある砂漠用車輪幌荷車を帆と多数の鳥蛇で曳く巨大車両を何台も引き連れていた。それは居住空間であり、その巨大さに比しての曳行する鳥蛇の少なさと常に周囲に渦巻き帆を膨らませ気温を下げる風と天幕に設えられた矢狭間はその天幕と車両が強力な魔法の加護により帆走を可能とされまた強化された城塞であり信徒皆兵である事を示していた。


 それを率いるは、先頭を行く戦車を自らストイックに駆り、皆と同じ装束を纏いながら、しかして無冠にして王者を上回る威風、武装にして聖人に勝る峻厳な威光を纏う者、即ち新天地玩想郷チートピア十弄卿テンアドミニスター第六位にして真唯一神エルオン教団教主、この世界に一神教の概念を述べ伝え全土の宗教的統一を目論む『神仰クルセイド欲能チート』、混珠こんじゅにおいて名乗るところの〈唯一の述伝者クハセ・マ・セヒトソ〉。



 即ち混沌。


「ヒャッハー!」「ヒィヤッハー!」「ヒャッハーッ!」


 それは、各地で略奪してきたらしき、船としての種別も推進方法も雑多な、大型軍艦からジェットスキーやモーターボート程度の小型のものも含む、しかし軍船改造混在だが何れも必ず武装を施された、波を嘲笑うように進む無秩序の船団だ。


 それに乗るのは、混珠こんじゅの船と同じ様にかき集められたと見える船を動かす為に奴隷的に使役される混珠こんじゅ風の装束を着た船員達と、それを支配する、露骨に文化の違う雑多で地球的で無国籍だが粋がったギャングスタかカラーギャングか麻薬カルテル構成員か何かを思わせる服装を南国風に露出度を上げたような出で立ちに地球風のタトゥーや傷跡をこれ見よがしに刻んだ屈強で野蛮で獰猛な悪漢共。


 おぞましい事に、そいつらは既に純粋な意味での人間の形ではない。ある者はまるで大海老の鋏のように両腕を己が胴程にも巨大化させ、ある者はまるで蝦蟇のように巨大な胴を持つ。上半身のみ肥大化し極度に短い足を持つ者、巨人の如き体と頭より太い首がまるで魚のように括れ無く胴と繋がり腕と脚の比率も歪なアンバランスに巨大化した者、人間を噛み砕ける程巨大な口と顔と頭を持つ者、飛蝗のように長い足を持つ者、異常に柔軟な軟体生物の体を持つ者。


 これこそは、黒字に白髑髏の地球式海賊旗に、〈∞を鷲掴みにする拳〉の意匠を加えた旗を掲げるこの一団、ジャンデオジン海賊団の長たる新天地玩想郷チートピア十弄卿テンアドミニスター第四位『増大インフレ欲能チート』ガゴビス・ジャンデオジンの力、その一端。『増大インフレさせ、パワーアップさせる』能力を己の手下に用いる事で、体の一部の大きさを増大させ、巨大な異形の強力な怪物的海賊へと強化したのだ。更に言えば、ガゴビスはこの混珠こんじゅでそもそもかかる悪漢集団を形成する為に、その力をもって人々の悪心と己への忠誠や暴力衝動、服装・刺青文化等への憧れを増大させる事さえしてのけていた。応用性に乏しいと言われる者の力の極一部でありながら、『荒廃アラシ欲能チート』の力全てを上回る悪しきその力。抵抗する意思を固めた者をすら洗脳する程ではないが、それ故に、増大した悪心を、抵抗者達をその力で蹂躙する事で満たすべく海賊団は進む。


 そんな異形達の中で稀に居る普通の人類種〔人間、亜人等を統合した表現〕の姿をしたままの者は、これもどれも憎らしげで剽悍な面構えの、増大させられた身体ではなく自前の欲能チート力を恃みとする欲能チート行使者共だ。尤もその中には、己の欲能チートの力でもって増大者共よりさらに凶悪な怪物の姿を取っている者も居たが。


 何れにせよその者達も、『増大インフレ欲能チート』、獅子の鬣のような金髪を靡かせる、橙色の簡素な衣と鞣し革のような皮膚ではち切れんばかりの異常隆起筋肉を包んだ暴力と格闘の権化のような最も好戦的な面をした男は、諸島海を踏み潰して進む最大の船に設えられた貪欲に飾り立てられた玉座に傲慢に君臨する。



 『神仰クルセイド』『増大インフレ』何れも、その蹂躙が進み行く先に居る敵を見据えていた。


「良き敵だ。竜よ。お前達は良き敵であり、良き存在だ」


 『経済キャピタル』と『惨劇グランギニョル』の死を知り、『神仰クルセイド』が感じたのは感嘆と敬意。


「食らい甲斐が本当にありそうだってばよ、堪らねえ……!」


 『増大インフレ』が感じたのは、極上の美女や美食を前にした様な貪婪な欲望。


「願わくば我が神の教えに、お前達が従う事をこそ祈ろう。その教えを打ち倒そう。古き竜。さすれば我が神の教えはより権威を得る。世界はより〈唯一〉に近づく!」


 何故なら『神仰クルセイド』は己が神を信じるがゆえに。如何なる力にも己が教団は屈さぬ。教団はかつてカイシャリアと学園の独自行動による鉱易砂海への進出と交戦しそれをはね除けた。己と同じくそれを乗り越えた竜を讃えるが、その竜よりも更に素晴らしい世界を、その竜にすら願わくば齎さんという己が神の絶対性を信じていた。


「戦う! 勝つ! 必ず! あいつらを殺せる程度の奴なら、久しぶりにちょうどいい相手だ! もっと、強くなれる! オラ、わくわくしちまうぞ!」


 何故ならば『増大インフレ』は、己が力を知るが故に。『経済キャピタル』と『惨劇グランギニョル』ならば、二柱纏めて己は滅ぼせる。ならば敵は己にとっては勝負になる敵、それを己は打倒する、己は常に更に強くなるのだから、己と互角以上程度であれば必ず勝つ。そしてそれ程に強い相手を殺せば、己は更に強く成れる。どこまでいける? どこまでも行く中で、今回はとびきり良い糧になりそうだと!



 故に。真竜シュムシュの娘達と欲能チートの悪しき神々の、新たなる神話が再び始まる!

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