最終第四章
・第八十話「ふるさと地球へ来て(前編)」
・第八十話「
GG……GGGG……GG……
地に落ちた、死にかけた蝉の羽音。それを聞いて、最初はそう思った。
それが自分の背中から出ている事に気づいて……リアラ・ソアフ・シュム・パロンは、自分が背中を上にした状態であまり清浄とは言い難い水に浮かんでいる事に気づいた。
「ぶわはっ!? げほっ!? えほっ!? 何っ、うぇっ、何処だ、ここ!?」
噎せながら水音をさせて起き上がる。
それを、見た。
〈肉の来世〉。
看板だ。肉屋の。このタイミングでなんて屋号だ、というか。
「え、〈肉の来世〉って、日本語で……」
2年も混珠にいたせいで、一瞬日本語に違和感を覚えた。だが、直ぐに感覚が蘇り理解する。つまりここは。
「日本だ!? ってここ秋葉原かよ!? じゃこれ神田川か!? えほっ、げほっ!?」
電器とオタクの町。見回せば看板の群れ。水音を上げ立ち上がり、叫び噎せ……
思えば、
『
「最後にルルヤさんが、飛べ、って、そう言ってくれて。それで【翼鰭】を開いた記憶はあるけど……」
半ば気絶しかけていた中、爆発を受け止めた反動によって次元奔流から地球に落下するタイミングが僅かに遅くなったルルヤがそう言っていたのを思い出す。ルルヤに庇われながらも、尚〈
そして【翼鰭】が展開している事から地球でも竜術がちゃんと使えるのが分かる。皮肉にも『
「……ルルヤさんに【
ざわめく心を必死で抑える。過去の記憶にはアクセスできるし思考加速も出来る以上機能は停止していない。だが、これまでの戦訓を思い出す。【宝珠】は、気絶や打撃で一瞬意識が飛んだという時にも【宝珠】へのアクセスが途絶え、その状態の相手の存在が確認できなくなる時がある。過去に、実際
だから、大丈夫だと思う事にする。そして。
「……どうしよう……」
そしてリアラは色々な事に途方に暮れた。
だが途方に暮れっぱなしという訳にもいかないので兎に角何とかどうにかした。
先ず第一に身繕いが必要だった。流石に神田川の水まみれは嫌な上に、
そしてそうなると困るのがお金だ。戦闘真っ最中だったから財布や日用品を持っていないというレベルではない、そもそも日本の通貨が無い……中々にヤバかった。
最終的に魔法で何とかした。
実際、竜術は使えるが白魔術が使えるかどうかは怪しいところもあったので確かめる必要があった訳だが、竜術を有する事で【複数の世界に跨がる存在である】条件は満たしている為か、一つの世界の力である白魔術を別の世界に持ち込む事も問題なく可能だ、という事らしかった。あるいは、言わば自分自身が複数の世界の複合体となっている為に、その中に格納されている、白魔術の根源である
安堵する。幾つかの専誓詠吟は、白魔術も組み合わせて発動する。この局面で弱体化している暇は無い。
そしてそういう事であれば、この状況を何とかする事も容易だ。下位の日常的な事柄に使う魔法は、魔法使用者の基本的な願いに直結する為かある程度共通している。故に旅人であれば魔法を使えるものであれば荷物量の低減の為に覚える事が多い浄化系の魔法で、体に付着した水を浄化させる事で洗う事は出来た。
服に関しては【
……直接触れられれば気づかれるだろうし、また人混みの中では見た目は誤魔化せても見えない尖った肩鎧が他の人にぶつかって相手が困惑する可能性があるのでそちらは【
ともあれそんな感じで、川から這い上がり、隠れて身繕いを整えた。【息吹】による偽装で、季節感ある白くふわりとしたセーターに紺色のスカート、黒いストッキングにブラウンのブーツという出で立ちに。
【角鬣】による知覚能力強化で警戒する事で、変身じみた服装偽装の途中を見られる事も無い。
(思えば、もう、白月の頃合い……冬か)
変装の参考にする為に道を行く人達を見、
「っ……(帰って、来たんだ)」
(会い、たいなあ。話したい、なあ)
ツンとくる、だけではなかった。ズキリと、胸が剣に刺されたように痛んだ。
愛する妹の
共に生死も分からない。だが、生きているなら、会いたい。会って、話がしたい。僕の死で心を悲しませなくていいんだと伝えたい。
だが残念ながら時間も無ければスマホも無く、今時数を減らした公衆電話も十円玉も無いのだ。
故にリアラは、思いを置いて活動を開始せざるを得なかった。
(まずは、情報収集)
ビルの隙間裏通りに入り、缶入りおでんを売る自販機とケバブ屋台が上手い具合に作った影、屋台のおっさんが余所を向いている隙に《
《
幸い、ここならではの手っ取り早い情報収集手段というものがある。
「うわー、やっぱり二年ぶりだと知らない漫画やラノベめっちゃ増えてる……連載追ってた作品も途中どうしてこうなったんだか……ええっ!? 何この展開!? 何でそんな事になってんの!?」
例えば本屋での立ち読みとか……
「って、ちっがーう!」
胸の痛みをごまかす為ついふらふら本屋に吸い込まれてしまったがこれは違う。
(((何だあのセルフ突っ込み美少女)))
ちょっと人目を集めてしまったのもあり慌てて移動。本屋から電器店。あちこちで売ってる時計を見るだに、そろそろ時間的にニュース番組が多いタイミング。
(一先ず今の雰囲気と、何か異常が起きているか起きてないか、第一報があったらざっと掴めるかな)
TVを販売するコーナーへ。色々なチャンネルを写し出してるTVの中、ニュースをやってる幾つかのチャンネルをざっと見る。
次に
軽い接触なので、つつがなくすぐ済んだ。
店を出る。……記憶の中より濃くなっている地球の冬の空気を改めて感じる。
地球人はどうせ滅ぶ、という『
(悪くなってる……いや、単純にそう言うのは老人子供の感想だ。だけどまあ……相変わらずか、そのままじわりと続いた、くらいはいってもいいかな。良くなったのはせいぜい……いや、せいぜいというにはとても重大な事だけど……)
リアラ・ソアフ・シュム・パロン、転生前の名を
思えば父母が過剰に優秀である事を重んじ、非情な家庭環境で彼を虐げたのも、そんな社会の反映なのかもしれないが……そのどこまでが間違った厳しい愛情で、どこまでが自分の老後の介護等を心配した打算だったのかは兎も角。
この地球ではその世相はその後も続いていた。戦災や原子力災害からの復興については、ある程度進んでいた。景気も、就職はましになったようだ。だが。
この日本共和国においては、中華ソヴィエト共和国の影響が増大し政治に影響を受ける事になり、敗戦時の民衆党政権がそのまま傀儡めいた影響を受け存続、中華ソヴィエト共和国の軍事基地が国内に設置され、中国地方が債務の代価としての租借という名の事実上の割譲、中国領中国地方というブラックジョークめいた俗称で呼ばれる始末。更にこれに乗じてその後、新羅共和国、高句麗ソヴィエト共和国、ロシア第二帝国に相次いで島嶼等小規模なものだが領土を割譲させられていた。
そして混乱状態にあるのは日本共和国だけではない。ヨーロッパもまたロシア第二帝国による大ウクライナ共和国征服と移民問題でヨーロッパ連邦が東西に分裂、当初の東連邦のイタリア王国が西側に寝返るのではという予想と裏腹に
中近東では、かつて『
そして何より災害だ。海外では既に南太平洋とインド洋の複数の国が海に沈み、インド洋の島嶼国家の国民は耐えかねて国家を畳みインドに国を挙げて移民、東パキスタン・ビルマ扮装に並ぶ新たな火種となっていた。
そして日本も。西日本大水害、紀伊半島大水害、横浜大水害、お台場地沈災……台風の度、線状降雨帯が出来る度、要するにほぼ毎年一回以上の頻度で都市一つに打撃を与える以上の規模の災害が起こっている。仮設住宅で暮らす人が居なくなる年が一年も無い。
世相は暗い。故に人心も暗いか。
(実際、ここに来るまでも違和感はあった……)
自分は何しろ
更に商業商品についても、他国の歴史や伝説や神話を元ネタにしつつ派手に改編した設定を持つ作品や歴史改変等の幾つかのジャンルも減り、全体的に何となく海外っぽくなっていた。意味もなく特定の
(……僕やルルヤさんみたいな
この日本共和国において捕鯨や相撲や残っていた神道の幾つかの聖域や古墳が無くなったように、じわじわとした声の力で消されてしまったのだろう。
それに比べれば、『
(まあ、オタクとしてもある程度は慎んだ方がいいんじゃないかみたいなものもどうもある程度改善されてるっぽかったけど……
そして監視カメラが増えている。流石に全てを多い尽くす程ではないが、確実に。先に《
(兎も角)
ここまでの情報は、実はそこまで、少なくともリアラの現状に直結する物では無かった。現状においてまず対峙する必要がある情報は……
(地球に帰ってきた。ここは
リアラは空を見上げる。今までの情報、過去の話は、寧ろ拾うのに苦労した。なぜならば、今は正に全世界が混乱する一大ニュースがあるからだ。
「知らない、
ここは
地球全土で大混乱の大ニュースになっていた。科学的に観測できず存在する筈のない、にもかかわらず人間には認識できる
(だけど当たり前だ。あの空の
世界は変わった。
既にこの世界での戦いは
(……それでも)
ここではないどこかにいる人を思う。
空に浮かぶ
この星のどこかで今も生きていると信じている妹を思う。
この星のどこかで今も生きていてくれればと祈る友を思う。
インターネットを通じて繋がった、顔は知らないが趣味嗜好やそこから明らかになる価値観は知っている、言葉を交わした事は無いが文章は声が届く範囲の他人との会話なんて比べ物にもならない程の量と濃さと熱さで交わした友人達の事を思う。ちっぽけで普通すぎる意識の向け方かもしれないが、漠然としたどこかの誰かではない人々を思う。
この星のどこかにたどり着いているだろうルルヤさんを思う。
(戦う、だけだ)
誓いを新たにする。
(それにしても、ルルヤさんは何処に……『
「こ、ここで新しい臨時ニュースです!」「え!?」
もう一度、【
「か、怪獣です! 怪獣、いえ正確には未確認移動物体ですがどう見ても怪獣らしいものが、特撮映画じゃなく、実際に怪獣らしきものが! 東京湾に!」
「えええええええええええええええええ!?」
TVの中、海面から跳ね上がるは紛れもなくルルヤの【
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