・第九十七話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(中編1)」

・第九十七話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(中編1)」



 ほぼ同時、混珠こんじゅでの決戦も激闘となり、死闘に至り、決着へと加速していく。


 ZDDOOOOONN! DZBAAAANN!!

「小世界のガラクタが……『刻呪の杖』の前には無力と知れ!」

「……!!」


 《王神鎧》が爆発した。『永遠ズルヴァーン』〈紅なるもの〉の放った異界の攻撃魔法が胴を貫通したのだ。奇妙な魔杖を放つその攻撃魔法はそれどころか《王神鎧》を貫通、沖合の軍船数隻を爆発四散せしめた。悲しむべき事に、その中には諸島海でジャンデオジン海賊団との闘いを勝ち抜いた〈魔嵐〉バックルーブラ号までもが含まれていた。


 だが〈紅なるもの〉はギデドスが刺し違えた筈では? 嗚呼、何と言う事か。その体は胴が脊髄まで切り裂かれているのに平然と立ち上がっている。『永遠ズルヴァーン』は二度と転生をせずに済むようにその肉体を動屍アンデッドと化しているのだ。


「貴様らの様なオリジナルだかパロディだかオマージュだかの区別もつかぬ、雑多な寄せ集めの世界等に、私を止められると思ったか! 我こそは〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉! 転生者の中の転生者! 皆殺しだ!


 『永遠ズルヴァーン』は嘲り叫ぶ。世界外からのメタフィクション視点で、我らの物語こそ至高、貴様等の物語は陳腐だ、勝つのは我らだと。膝をついて崩れ落ちる《王神鎧》。半壊したコクピットから転げ落ちるルマ。逆転の手段は潰えたか?


「嗚呼……」


 ラトゥルハが噛み締める。不毛な苦い過去を。教え込まれセッティングされた敵愾心で戦いに酔っていた頃、己はこれと同じ事をしていたのか。これ程の罪を犯していたのか。これに気付けず生きてきたのか。戦場に溢れる死者の魂を感じ取り、それを教えられる。涙が止まらない。


 この時、地球側からの【真竜シュムシュの宝珠】の接続があった。それが様々な視点をラトゥルハに齎し、リアラとルルヤを愛する人の心が、その戦いの意味が、より深く魂に突き刺さり、ラトゥルハの心を変えていた。


「ああ……!」


 だがラトゥルハが噛み締めるのは罪だけではない。……この選挙区と己の運命への逆転と逆襲の布石もだ。罪を犯し、敗れ、その果てにここに辿り着いていなければ見えなかったものだ。


「成程、負ける訳にはいかないよな……お父様ルルヤお母様リアラも、強い訳だ……!」


 【真竜シュムシュの宝珠】、【真竜シュムシュの地脈】……そして、【真竜シュムシュの宝珠】。ラトゥルハが竜術を編み上げる。


 そう、ラトゥルハの【真竜シュムシュの世界】はそれによって発動した。地球側の頑張りがラトゥルハに影響を与え、ラトゥルハの【世界】がリアラの【世界】を作った。二つの戦場は、独立して戦いながらも相互に知恵と勇気を与え合い響き合う。現実と物語の理想的な形のように。


「……オレにも出来たぜ、本当の、戦う理由……!」

「ふん? ……トドメだよ!!」


 既に重傷のラトゥルハが尚足掻く、その意味に気付き、『永遠ズルヴァーン』〈妹なる少女〉がその前に潰そうと踏み込む。だが、生き足掻くラトゥルハ! 幾撃もの刃が肌をなぞり、傷が増える、だが死なぬ! ギリギリで受け、かわし、耐え続ける!


「この悲しい戦いに……この転生の掟に……!」


 そして、ラトゥルハは己の【世界】を叫んだ。


「少しだけルール違反を許してくれよ! 【世界】!!」


 少しだけルールが変わった。それは地球にも影響を与えた前話でも断片的に先行して描写された、重大な変化の一撃。


「何が起こった。何をした。それは『全能ゴッド』が定めた転生の法則には無い。……それは何だ!?」

「……少しの〈悪さ〉だよ。オレにしかできない、かどうかは分からないが、オレが思い付いた、ちょっとしたルール違反。それが、オレの【真竜シュムシュの世界】だ」


 『永遠ズルヴァーン』が狼狽し目を剥き叫んだ。それにラトゥルハが、彼女が一度も浮かべた事の無い悲しく優しい表情で答えた。その背後には、弱弱しくも確かに揺らめく燐光で構築された真竜シュムシュの紋章。ラトゥルハが、【真竜シュムシュの世界】を展開していた。


 それはとある悪役令嬢ではなかった少女が、裏切り者達が、特に陳腐な転生者達のうちの一人が、最後に優しさを知って消えた信仰者が、ほんの少し残したものに起因していた。


「ッ!? 何だ……!?」


 『永遠ズルヴァーン』全員の動きが不意に鈍った。どころか、その体の末端が、じわじわと分解されて消滅し始めている。


「術式を変えてもらったのさ!」

「がッ……!?」


 ラトゥルハが反撃! 『永遠ズルヴァーン』〈妹なる少女〉の片腕を切断! 剣を握った方の手ではないが、初の痛打!


「……対屍鬼リビングデッド浄化魔法だと!? お前の【世界】は……」

「そういう事!」


 瞬時に『永遠ズルヴァーン』は悟る。これは混珠こんじゅの魔法だ。屍鬼リビングデッドを祓う為の。だがそれはあくまで混珠こんじゅの〈無念の魔霊が屍に宿った魔族〉である屍鬼リビングデッドを祓うものであり、死者が動く理屈が異なる『屍劇オブザデッド欲能チート』が作ったものや己のような動屍アンデッドには通用せぬ筈だった。


 そのルールを少しだけ曲げたのだ。曖昧にしたのだ。混珠こんじゅの対屍鬼リビングデッド浄化魔法の効果対象に異界の動屍アンデッドを含むように!


 そしてそれをラトゥルハが通信魔法で艦隊に伝え、神官であるハリハルラが艦隊全体で展開していた〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉を支援する魔法の中に対屍鬼リビングデッド浄化魔法を加えたのだ!



「偽竜の数は十分減った!射撃武器に後は任せて魔法使いは全て浄化に回れ!」

「《大いなる海よ、命の輪廻で死を清めよ……》!!」


 ボルゾン提督の巧みな指揮が既に『永遠ズルヴァーン』の呼び出した偽竜達を駆逐し、浄化魔法参加者を最大化。中でも魔法に長けた神官海賊ハリハルラの祈りが、それを束ね〈絶え果て島〉を包み込む!



「ッ……!?」


 『永遠ズルヴァーン』〈紅なるもの〉が傷口を侵食する浄化に気を取られた直後、背後に気配を感じた。振り返ろうとする。一拍遅い、だが強引に間に合わせ……炸裂! 斬!


 〈紅なるもの〉顔面に攻撃魔法が炸裂すると同時に、再びその胴が深々と切り裂かれた。今度は、完全に両断される!


「馬鹿な……!?」


 背後。《王神鎧》の操縦席から振り落とされて倒れ付したまま攻撃魔法を放ったルマと。その攻撃魔法を目晦ましに〈紅なるもの〉を両断し、立ち上がったのはその〈紅なるもの〉の背後からの攻撃と切腹じみた自身の反撃で二重に串刺しとなり瀕死だった筈のギデドスと。


「ええ。馬鹿みたいな話でしょ? ……それでもね、私の最後の些細な未練はね。この人を救ってあげたかったのよ。唯の私として。悪役令嬢でも何でもない私として」


 その傍らに、居る筈が無い者。いや、居るのではない、ひと時、ギデドスに宿っているだけだ。半透明の、それは霊魂。かつて『悪嬢アボミネーション欲能チート』と呼ばれた少女、エノニール・マイエ・ビーボモイータの魂と思い。それがギデドスを癒していた。ギデドスだけではない、撃破された《王神鎧》から転落したルマも、やはり余命幾許もない瀕死だったその折れた骨も露な背中を、兄の傍らに立つ死者であるエノニールがそこに歩み行く間に一撫でしていった結果、立ち上がれない大火傷程度までであるが辛うじて攻撃魔法を一発放てるまでに回復させたのを感じていた。


 死者が生者に手を貸す。それは【真竜シュムシュの地脈】の効果だ。この混珠こんじゅではそれはあり得ない事ではない。だが。


 ありえない。欲能行使者チーターは再転生しない。それが今の世界のルール、『全能ゴッド欲能チート』が変えようとしていた事。


 故にギデドスを放っておいても死ぬと判断し〈紅なるもの〉は《王神鎧》への攻撃を優先……《王神鎧》をガラクタと罵り事実一撃で破壊しながらも、《王神鎧》を意識した結果、《王神鎧》の影響もあって〈紅なるもの〉は斬られた。この奇跡めいた例外事象だけが原因ではない、様々の要素が組み合わさった結果だった。


「……それを変えたいと思った。ほんの少しだけ。救いたいって思える奴だけ。ほんのちっぽけさ、あくまで効果は【地脈】に転生者の死者の魂も乗るってだけ、この一戦が終われば今度こそ消える。それ以上は無理だったし、【地脈】でも救えない生者も救えない」


 『永遠ズルヴァーン』〈妹なる少女〉と切り結ぶラトゥルハが噛み締め絞り出す。これは都合のいい奇跡ではない。僅かな力だ、だが。


欲能チートの様な魔法を……!」

「それでもこれが、オレがやれる、オレだけが出来る事だ……! この戦いを終わらせる為に! オレ達として!」


 主たる『全能ガイア』の大目的を部分的かつ不完全とはいえ奪ってのけたが如き力の行使に流石に動揺を隠せない『永遠ズルヴァーン』に対し、欲能チートと魔法の戦いを終わらせるとラトゥルハは叫んだ。それが玩想郷チートピアを知り、転生者を知り、異世界転生チートに逆に潰されていく転生者の魂を知ったラトゥルハ、転生者であり転生者でない人造存在が出来る、すべき事だと。


「誰が馬鹿だと笑うもんかよ、俺が馬鹿だと笑わせるもんかよ。俺の、妃をな」

「……ちょろい人。だけど、大好きよ」


 ギデドスの剣の切っ先が、『永遠ズルヴァーン』〈紅なるもの〉の心臓を貫いた。ギデドスの言葉が、一度顕現し戦いが終われば再び消えゆくエノニールの心を貫いた。憎まれ口一つと、告白へのOKと共に、エノニールはギデドスの命となり力となる。


「俺はそれでも、力を貸さねえ」


 全てへの救いではない。ラトゥルハの体は、同時に無数の欲能行使者チーターの怨念で焼かれている。その中に、一つ混じった声をラトゥルハは確かに聞いた。


「俺の死も俺の恨みも俺だけのものだ。俺はそれでも許せない。ミアスラも同じだ。例え『交雑クロスオーバー』の奴が何を言おうがだ。だがな……」


 だがな、と、そいつは言った。


「……だからこいつは御都合主義じゃねえ。これで勝てたら、御都合主義のハッピーエンドじゃねえ。勝ち取った成果だ」


 そいつはそう言って消えていく。その背中に、気力を使い果たして意識を失う間際のルマが、生前彼と縁のあった女の生き残りである彼女が、小さく囁いた。


 それは声にもならない祈りで、だけど、霊である彼には感じ取る事が出来た。彼が死者だからこそ聞く事が出来た、彼が死者にならなければ言ってもらえない奇跡の言葉だった。


「貴方と正しい道を歩んだ上で一緒のままだったら、死んでもよかった……死んでも納得できた。皆、そう思ってた」


 死にたくもなく、何も手放したくもないからこそ、悪に組し、悪を成し、秘密を作り、結果すべてを失った彼、即ち『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンに、たった一つ残された言葉。彼の周囲の霊たちも、それに同意して。それは、愛の鞭ではあるが、確かに静かな愛の言葉でもあった。


「ああ……ああ……」


 静かに、今度こそ穏やかな表情でゼレイルは消失した。それは正に、ただ一度の尊い死も正しかろうが、少しでも悲しみを削げれば、という、ラトゥルハの、ラトゥルハが皆から学んだ祈りの結実だった。


 そしてそれとは別に、ラトゥルハにもう一つ、ほんの少しの力が加わる。何も分からずに死んだのを自覚して恐れ慄き、己が知らなかった自分達の行いの真実にショックを受け……悪人で終わりたくないし、ゼレイルを悪人で終わらせたくないからと言って力を授けたゼレイルの最初に死んだ仲間、テルーメアがラトゥルハの中にいた。


 戦局は逆転を起こしていた。ルマもギデドスも力を使いつくし〈紅なるもの〉を倒した直後精魂尽き果て気絶し倒れたが、彼より先へ、敵の元へ、戦士達が進む。直接対峙する者以外も、ある者は艦隊の支援魔法が浄化魔法に切り替わった分を補うために支援を飛ばし、ある者は援護射撃で突撃血路を開き、また戦場を分断する事で『永遠ズルヴァーン』分身体の連携を寸断し複数の場所で多対一の状況を作っていく!



「らぁああああっ!」「はっ! はっ! はっ! はっ!」「さあ、酔おう、リズムに、そして、心おきなく……《夢葬》!」「《情矢》!」


 『永遠ズルヴァーン』〈地球の姿〉を、舞闘歌娼撃団とガルン・バワド・ドランが取り囲んだ。様々な仕掛け武器と〈舞闘武踏〉による攻撃と連携、《芸趣の精霊レケムマウ》独自の霊術による更なる対屍鬼リビングデッド浄化魔法。更に魔族出身のペムネが放つ魔術、艶やかな紫色の光の矢。既に追加装甲は剥げ飛び何れも普段よりも露出度が上がり裸同然の彼女達だが、血を流しながらも尚舞い踊るように凄絶に他戦い続ける。音楽が聞こえる。命が果てるまで止まらない、命を果たすとも乗り続けたいリズムが。


「『闇の多面体』よ!」「~~~~~っ……!!」

「むうううんっ!」「ちいっ!」


 〈地球の姿〉の体の分解が加速する。それでも尚攻撃を全て剣で切り払い抗いながら、更に迫るペムネの攻撃魔術に黒い宝石を飛ばす異界の攻撃魔法を放ち迎撃する〈地球の姿〉。《情矢》を『闇の多面体』が打ち砕き、ペムネの肩を射抜いた。だがペムネは舞を止めぬ。血の糸を引き舞い続け、霊術を維持し連携を維持する。


 それにガルンが食らいつく。更に『闇の多面体』を連射せんとする〈地球の姿〉に猛然と突きかかり殴りかかる。


「なら貴様から死ね! こっちの命はまだまだある! 死目掛けて突っ込んで来い!」


 GAGAGAGAGAGAGAGA!!


 猛然と翻る〈地球の姿〉が振るう『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の刃。シャークオリハルコニウムトライデントが、地球の製材機械に突っ込んだ木材のように砕け散っていく。


「望むところだぁっ!!」


 SMASH! ZUNN!! CRAASH!! !


 その刃はガルンの身も刻んでいく。武器は既に使い果たした。鎧もあらかた砕け散った。だが、木っ端微塵となる最後の瞬間、シャークオリハルコニウムトライデントだったものをガルンは猛然と振るった。


「がっ! ごっ!? このっ……!」


 石突が〈地球の姿〉の腹を撃った。穂先を切り落とされた切断面が竹槍めいて〈地球の姿〉の肩を突いた。反撃の刃が最早根めいた状態となっていたそれを両断した、だがその二本になった棒を硬鞭めいて更に叩き付ける!


蛮族バーバリアンがぁあああああああっ!!」


 〈地球の姿〉の、先に突きを受けていた方の肩が砕け散った。だが尚片腕は健在。この時、ガルンの体にはラトゥルハの【世界】により、轡を並べて戦いここまでの戦いで散っていった玩想郷チートピアに抗った欲能行使者チーター達の魂が宿っていた。偽者の勇者だったがそれでも共に戦った、護符と装備の制限からここに来れなかった弟の思いを背負い、ガルン自身勇者としての精神性を得ていた。その力を以ってしての片腕粉砕。その力を以てしても尚片腕粉砕。


 届かぬと〈地球の姿〉は攻撃を繰り出した。『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』が変形する。跳び下がる〈地球の姿〉の手の中で、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』は剣から禍々しい自動拳銃の姿へと変貌していた。銃。ガルンにとって敗北と、全ての始まりと、地球の力の象徴。


 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!

「【おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお】っっ!! !!」

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!

「「【【あああああああああああああああああああああああ】】っっ!! !!」」


 火を噴く魔法銃。轟く雄叫びと突撃と女達の叫びと。


 ガルンは叫んでいた。今の彼の身には竜術が宿っている。【真竜シュムシュの咆哮】が使える。だが、【咆哮】はあくまで機構を利用した射撃攻撃に特に強い効果を発揮するが、敵を気力で上回った時、敵を恐れさせその攻撃を逸れさせる事が出来る、そういう魔法だ。心が勝っていなければ意味は無い。


 ガルンは、射撃を跳ねのけて進んだ。


 だが、更なる射撃が襲い掛かった。


 ルアエザとエラルが前に出て叫んだ。【真竜シュムシュの咆哮】。二人掛かりでだが、彼女達も銃に抗った。その間をガルンが駆け抜けて、〈地球の姿〉に追いついた。


 だが発射を終えた瞬間、〈地球の姿〉は『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』を剣に戻していた。突っ込んでくる相手に振り抜く。蛮勇は、真っ二つだと。


「「!!?」」


 男二人の驚きが交錯した。斬られたのはガルンではなくラルバエルルだった。濃褐色の長身が血を噴き上げる。だがラルバエルルの表情は満足げだった。砂海での戦いで、彼女達を庇って散っていった男達が居た。……ガルンはその彼等ではない。その借りを、返したかったのだ。


「むううんっ!!」


 ガルンが雄叫びと共に、振り抜かれた『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』を〈地球の姿〉の手ごと掴んだ。真剣白刃取りではないが、それに極めて似たというか実際的にはそれにほぼ等しい、本能的な術理。


 〈地球の姿〉の腕にその無限に等しい時間が積み上げた魔力が流れた。ガルンのその倍の太さもあろうという腕の筋力と、無限ならざる有限な存在達の幾つもの魂、全存在、即ち一つの小世界が複数抗った。


 一瞬の拮抗の中。


「~~~~~~!!」


 斬られたラルバエルルが声にならぬ声で尚抗う。馬鹿な、と〈地球の姿〉。確かに両断した筈、既に防御のまやかしは全て切り飛ばした。『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』ならば、武器で受けようとしても、混珠こんじゅの武器では受け止める事等……


 叫びながらラルバエルルは掲げた。その体が完全に切り裂かれなかった原因を。


 それは一振りの剣だった。かつてラルバエルル達が戦った……


「『神仰クルセイド』の……!!」


 『神仰クルセイド欲能チート』の《神剣》。その真の金剛不壊は、『鮫影シャークムービー』のシャークオリハルコニウムトライデントの比ではない。膂力の差で受けきれず切り込まれたものの、刃そのものは折れず曲がらず、ラルバエルルの心臓を守っていた。私を乗り越えたのであれば、最後まで勝ち抜いてみせろという、『神仰クルセイド』の声がラルバエルルの耳に響いて消えた。


 ラルバエルルの手から《神剣》が飛ぶ。ガルンが、〈地球の姿〉の腕を抑えるのと逆の手を掲げそれを掴んだ。高らかと掲げる如く。その剣に如何なる謂れがあろうと、神秘にも物質にも縛られる事無く自由に振るう刃。その光に血と汗で光るガルンの筋肉が荘厳な陰影を作る。それはさながら英雄の青銅像。


「違う……お前等が〈偉大な蛮族バーバリアン・ザ・グレート〉である筈が……!!」


 〈地球の姿〉はそれをどこかで見た筈だという思いを否定した。己より古い、地球神話のヘラクレス等の偉丈夫と直結したが如き古の、悪しき理外の力を鋼の剣と鋼の如く鍛え上げた野生の肉体で打ち祓う鋼の男。


「知るか、違うも違わぬも……!!」


 ガルンは力の限り剣を振るう。その背には担う魂達の姿があった。その身にはあるいはその瞬間、ラトゥルハが僅かに【世界】の法則に融通を効かせた結果、何時の時代にもいた普遍的な英雄達との繋がりが生まれていたかもしれなかった。


「俺は唯俺として勇み生きる! だけだっ!! !!」


 だがそれより何より、その心には勇気が燃えていた。動きを封じられた〈地球の姿〉の頭を、《神剣》が叩き割った。

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