・第九十八話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(中編2)」

・第九十八話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(中編2)」



「手前等如きがっ……!」

「何が如きだ! 『全能ゴッド』の傭兵!」


 フェリアーラ、ミレミ、ユカハと共に『永遠ズルヴァーン』〈戴冠せるもの〉の周囲で命懸けの剣舞を舞い続ける名無ナナシが、4つの肉体の半数を撃破され漸く焦りの表情を浮かべながらも見下しを辞めない相手に叫ぶ。


「何だと!?」

「今を生き続ける永遠って対価で雇われて、その為に武器を振り回して人を殺し、奪い、虐げる! その有様は……俺の敵だって事だよ!」


 それは皮肉であり、己への鼓舞。相手が傭兵だと言う事で、己が殺すべき相手だと宣言する。


「つまり僕の敵で!」

「「私達の敵だ!」」


 ミレミが叫び、ユカハとフェリアーラが切りかかる。防具を使い捨てる事でダメージを低減できる魔法があるとはいえ、鍔迫り合いをすれば武器を破壊されかねないという状況は多対一とはいえ極めて困難だ。切り飛ばされた〈戴冠せるもの〉の服の切れ端が浄化魔法で消える。逆に言えば、肉に刃が届いていない


「『闇の多面体』!!」

「ミレミ!?」


 苛立ち異界攻撃魔法を弾幕めいてぶちまけ状況を打開しにいく〈戴冠せるもの〉。ユカハ、フェリアーラ、名無ナナシはかわすが、それが更に後方のミレミに襲い掛かる。普段なら連携でミレミへの攻撃を防ぐが『闇の多面体』の威力が強すぎてかわすしかない。必死に声をかける名無ナナシ。戦闘前に交わした言葉が脳裏をよぎる。


「大丈夫っ!」


 KYUOOOONN!!


 だいぶボロボロになってしまった派手でかわいらしい装束が二色翻る。ミレミを抱き抱えて飛ぶ、『魔法少女マレフィカエクスマキナ』姿のミシーヤも加わったのだ。


「やれる!?」「やる!!」「よし!」


 一瞬の交錯。ミシーヤはミレミを降下させ更に飛ぶ。一人で『永遠ズルヴァーン』〈妹なる少女〉と戦うラトゥルハの元へ!


 その一瞬の言葉の交錯、それは、〈戴冠せるもの〉をここからこの場のメンバーで倒せるかという確認だ。それにミレミは是と答えた。その意図が、【真竜の宝珠】で全員に共有される。


「舐めたなっ!! ライトファンタジーハーレム野郎がぁああっ!!」


 間合いを取ったのは意図通り。勝つのは己だ、ここから眼前の相手を薙ぎ倒し、青息吐息の残りの生存者も諸共殲滅してやると〈戴冠せるもの〉は切り札を切る。


 打ち振られる『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』。呪的一閃。上空を飛ぶ偽竜達はその剣が食らった魂達だ。それは艦隊に迎撃されているが、剣の犠牲者はそれだけではない。


「「「「「「OOOOOOOOOOOO!! !! !!」」」」」」


 剣から『死者の軍勢』が溢れ出る。それは玩想郷チートピアの『永遠エターナル欲能チート』として切り従えてきた者達だけではない。それよりももっと古く。〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉であった頃からの、望んで殺した敵と呪いで殺した仲間達。


「舐めてないさ! 僕が舌で触れたいのは名無ナナシだもん!」

「ドサクサ何いってやがるハーレムは関係ねえ良し悪しの全てじゃないよ!? (////赤面)」

「それは貴方だけじゃ」「ないだろう!?」


 憎悪と軽蔑をミレミは笑い飛ばした。杖を掲げる。赤面しながらも名無ナナシはその魔法に呼応する。ユカハとフェリアーラだ。そして少年達と女達は、切り札を返す。名無ナナシは叫びはじめた。その声に、魔法が発動する。


「お前が永遠と名乗る程昔から先んじているとしても! 俺達の世界が滅んだ世界の残骸から出来てるんだとしても! それでもと言ってやる!」


 『死者の軍勢』に抗うのもまた同種の存在。彼等彼女らが背負ってきた思い達だ。即ち、地球の軍事力に蹂躙され果てた自由守護騎士団の先達にして本来正規の男の騎士達、そして、これまでに名無ナナシが共に生きてきた、生きる為に戦い、戦災に踏み躙られ消えていった子供達。それが【真竜の地脈】の応用で【霊の軍勢】となる。これこそ、彼等彼女等の竜術と組み合わせた切り札だった。『死者の軍勢』と【霊の軍勢】が激突する!


「弱く未熟で紛い物の世界などっ!!」


 玩想郷チートピアに踏み躙られる世界等弱小、己が率いる『死者の軍勢』に及びもつかぬと叫び返し、〈戴冠せるもの〉は異界の大魔法を構築する。『刻呪の杖』。《王神鎧》や艦隊をも吹き飛ばす力。


「だからこそ継承できる! だからこそ成長できる! お前を! 超えていく!!」

「貴様等如きがぁああっ!!」


 名無ナナシは叫び続けた。新しいからこそ、古きものの良き所を継ぐ事が出来る。新しいからこそ、古きものから継いだ部分があるからこそ出来た余裕で、新しく先に進む事が出来ると。故に、お前を超えて見せると。


 叫ぶ〈戴冠せるもの〉。旧き者。その叫びは怒りと動揺だ。彼もまた旧きものだが、絶対最古ではない。彼の剣も『死者の軍勢』もまた、より古き者を継承し、それを上回ってきたものだ。永遠を忌みながら耽溺し手放せず、遊惰の最強者にして処刑者でありつづけて忘れていたツケが襲い掛かる。


 故に今、古きを継承し新しき玩想郷チートピアを更に新しく上回ると。そう叫び『死者の軍勢』の只中を突っ切り奇襲してきた少年達と女達に、〈戴冠せるもの〉の異界魔法は一手遅れた。あるいはそれは剣以外の力に頼った不徹底故もあったか。


 最初に突き立ったのは、飛翔してきたミレミが槍めいて構えた杖だった。確かに言う通り、優位に立ちつつあった〈戴冠せるもの〉の『死者の軍勢』に押されつつあった【霊の軍勢】のエネルギーと自身の魔法力、普段は全員に行き渡らせていた支援魔法をこの場の少数者と己に限定しに一点集中した勢いで超音速の鏃となる。森亜人エルフの英雄が放つ矢の如く。


 本来、超音速程度では〈戴冠せるもの〉の迎撃をかいくぐる事等出来はしない。それを為せた理由は四つ。


 一つは、自身が『刻呪の杖』を使用しようとしていた事。『闇の多面体』を同時使用しての迎撃が出来なかった。


 二つは、死者達の戦い故だ。『死者の軍勢』と【霊の軍勢】との激突は周囲に合戦場を構築していたが、それは同時に隙を生む妨害となり、更に単に眼前の敵を破砕しようとしていた『死者の軍勢』に対【霊の軍勢】は自分達の勝敗を考えず激突の間に生者達がこの戦場を突破する為の道を作る事を考えて動いていた。


 三つは、時を同じくしてこの場で最も剣技に長けたフェリアーラが動いていた事だ。彼女の一撃は至極単純な剣の術理に基づいていた。剣の平の部分でものを切れる実体の剣は存在しない。平手打ちの様に、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の平に叩き付けたのだ。魔法の炎を全開にして、唯一瞬隙を抉じ開ける為に。


 そして四つは。名無ナナシが放った逆襲の言葉だ。物語世界を外側から見て言葉の刃で切り刻む残忍者に対しての反論にもなっていたその言葉が、一方的に物語の登場人物を攻撃する側だと思い込んでいた『永遠ズルヴァーン』の心の隙を突いた。


「(ありえん……!!)おおおおおおおっ!!」


 それでも尚、剣を握る手を焼かれ、剣を弾き飛ばされかけながらも〈戴冠せるもの〉は剣を手放さなかった。己の肉体を損壊させる程強引に剣を振り戻す。冠を砕き、頭蓋をも砕く程の魔法衝撃を受けても尚。


「《頼むぜ、皆クハリハーシャ》ぁあああああっ!! !」


 名無ナナシが懐に飛び込んだ。皆から戦闘前に集めた魔法を束ねて短剣に乗せ撃ちこむ切り札が心肺目掛けぶち込まれる。異形化した欲能行使者チーターを吹き飛ばす程の威力はあるが、本来取神行ヘーロース相手には不足の力。しかし、全員の力が前よりも増大していればどうだ。束ねれば、その力の増大全てが重なって凄まじい力となる。更に、その言葉は皆への呼び声だ。


「ええぇええいやああああああああっ!!」

「おおおおおおおおっ!! !」


 嵐を巻き上げ、飛び込む名無ナナシと逆に駆け上がるような軌道。ユカハが振るう魔法剣である《風の如しルフシ・バリカー》が、竜巻の槍となって横から〈戴冠せるもの〉の胴を貫通!


 同時に〈戴冠せるもの〉が剣を強引に降り戻す、その動きに《硬き炎カドラトルス》を鍔迫り合いさせたままのフェリアーラが同調、相手の動きを自分の動きに変えながら、自らの剣を相手の動きの勢いに乗せて振り切る!


 名無ナナシ、ユカハ、フェリアーラの攻撃は、同時にある意図を持っていた。胸部を爆砕する名無ナナシの《頼むぜ、皆クハリハーシャ》は、胸郭の根本を断つ事で腕の分断を狙っていた。ユカハの刺突も胴越しに相手の剣持つ腕を狙っていた。フェリアーラの《硬き炎カドラトルス》の滑る動きも、腕と胴の両断を狙ってのものだ。


「………………!! !? ? ?」


 その三連携が完全に決まった。腕を滅茶滅茶に吹き飛ばされ、五体をバラバラに粉砕されて〈戴冠せるもの〉は吹き飛んだ。


 だが!


「皆剣から離れろぉおおおおっ!! !!」


 名無ナナシは尚叫んだ。そして駆ける。


 剣が。四本に分裂した『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の内、使い手の肉体を失った三本が飛ぶ。最後の一本の元へ! 全魔法力を使い果たして膝をつくミレミ、フェリアーラ、ユカハが最後の力で跳び下がっての無事を確かめ名無ナナシはそれを追う!


 ラトゥルハが戦う『永遠ズルヴァーン』〈妹なる少女〉。片腕を失い最後の一人。だが。


「逃すと思うかぁああああああっ!! !!」


 追い詰められて尚狩るのは己だと猛り狂う。飛来した三本の『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』が、その身に融合していく。最初から持っていた一本もだ。剣から離れようと、剣は逃しはしないと。


 〈妹なるもの〉だった存在は変形していた。四本の魔剣を構成していた超自然の黒鉄が欠損を補い明らかに体積を無視して全身を多い、四面四腕、刃鉄を捩り合わせたような異形の魔人へと変貌した! 取神行第二形態デフテロヘーロース!?


 突撃するラトゥルハと飛翔するミシーヤ、それを追う名無ナナシがそれに挑んだ。


 ラトゥルハの両手から混珠こんじゅには存在せぬ核の【息吹】アトミックブレスの刃が閃く。ラトゥルハ自身の【世界】の効果で辛うじて耐えているが、機械化を無くした肢体には反動があまりにきつい力。振れて一撃限り。取神行第二形態デフテロヘーロースにはあまりにも時間が限られているように思われた。


「それはオレ達の台詞だぁああああああっ!! !!」


 だがそれでもラトゥルハは吼えた。今や最後の一人となった《永遠ズルヴァーン》に。オレ達、と。そう、正にそのとおりだった。最早《永遠ズルヴァーン》は一人。


 それに対して。


「行ったろう『全能ゴッド』の傭兵! 最後まで! 俺は戦うってなぁ!!」


 《風の如しルフシ・バリカー》と《硬き炎カドラトルス》を、名無ナナシは振るった。倒れるユカハとフェリアーラの傍らを駆け抜けながら受け取っていた。前者なら兎も角後者は本来到底彼の膂力では二刀流では振れぬ。仰向けに崩れ落ち倒れていくミレミがその膂力の足りない腕を指差し、祈り、囁き、念じ、詠唱した。【霊の軍勢】が、最後に一振りする間その腕を支えた。彼の物語の終着を、彼の物語に縁を持った数多が支えた。


「延々と虐げてきた、報いを受けろ自称永遠っ!!」


 ミシーヤが『魔法少女マレフィカエクスマキナ』の全力を開放。【世界】が、同じ『魔法少女マレフィカエクスマキナ』だった、本来希望を担うその名を玩弄する邪悪グランギニョルのチートに食い散らかされ潰えていった少女達の無念を力とした。そして虐げられ尚蘇ったケリトナ・スピオコス連峰の皆が復興の中で整えた数々の魔法武器を、『魔法少女マレフィカエクスマキナ』の力でミシーヤは呼び寄せ全部を全力で射出した。彼女の物語の終着を、彼女の物語に縁を持った数多が支えた。


「馬鹿なぁああああああああああああっ!!? ?」


 これまでの四体の姿を合わせた力を持つ筈の、敵全員を殺しつくせてしかるべき最後の姿である取神行第二形態デフテロヘーロースの四腕が二つまでそれで砕け散った。究極の一なる魔剣を打ち払う雑多な物語の集合体。だがまだ残り二本の腕が……


「馬鹿じゃ、ない! こいつらの事を馬鹿とは言わせない、お前だって!」


 道理を蹴っ飛ばすラトゥルハの両腕が、掌を焦がしエネルギーの刃を費えさせながらながら『永遠ズルヴァーン』の残り二本の腕を切り飛ばした。


 『永遠ズルヴァーン』の有するメタ知識が『永遠ズルヴァーン』自身を混乱恐怖させた。鋼と肉体で邪悪な魔を打倒する偉大な蛮族バーバリアン・ザ・グレート。様々な物語と死者の思いを束ね戦う。彼より古い諸々の要素と担う、彼より新しい英雄達。そして呪いを担う美剣士である己の発展系とでも言うべき、魔法を恐れず使いこなす美しき少女。彼より新しい要素を担う、彼の属する異世界転生チート達より古い英雄達。共にそれは呪われた英雄という普遍性を担った〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉と同じ。古来より物語は、古い物語を踏襲し新たな要素を加えて新しい物語となってきた。即ち奴と互角、あるいは奴を、デルリク・ボルニキラドを超えうる……


(奴?)


 一瞬、『永遠ズルヴァーン』は戸惑った。なぜ彼と。〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉は、デルリク・ボルニキラドは我自身の筈。いや、デルリク・ボルニキラドとは永遠に転生を続ける間の名前の一つ。それがどうした。『永遠ズルヴァーン』は。全ての転生者を上回る……


「お前だって! お前の物語はどうした! 馬鹿ぁああっ!!」


 ラトゥルハが、両腕が焦げて使えなくなった事を恐れず叫び、尖った肩鎧から全力で『永遠ズルヴァーン』に激突した。翼から全力で推進力を噴射し、激突した方と逆の竜の顎めいて変形させた肩鎧から更に【息吹】を推進力として噴射し、激突した方の肩鎧の尖った先端に【息吹】を付与し魔剣の刃鋼を焼き溶かしながら。噴射の方の【息吹】の毒を【世界】の効果で打ち消しながら。


 お前の物語はどうしたと。己の〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉の物語を放擲した『永遠ズルヴァーン』に、そして他の欲能行使者チーター達にも刺さる、前世無き転生者として作られた存在であるラトゥルハだからこそ言える言葉を、叫びながら。


「!! !? ? ?」


 その言葉に『永遠ズルヴァーン』は答える事が出来なかった。己は何か。己の物語は何か。


 それは唯否定し続けるだけの存在、己の物語とそれが体現する主題テーマを語るのを辞めた者には答えられない問いだった。眼前の相手達にはそれがあった。唯の自分達異世界転生チートへの否定的抵抗だけではない、己が栄光と欲望の為でなく踏み躙られる古き者と弱き者を守ろうとする意思テーマ、言わば良く生きるという物語の尊厳を残酷な現実から守りそれにより人間の心を繋げ救おうとする意思テーマが。


 『永遠ズルヴァーン』は狼狽した。己は〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉では無かったのか? その物語に飽き果てていたとしても、〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉としての物語は、主題テーマは、何処へ行った?


「わ、私は、私はあああああああああああああああ!?」


 故にダメージに加えてのその言葉に『永遠ズルヴァーン』の自己認識は砕け散った。彼の正体は、〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉そのものでは無かった。その剣である『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』こそがその前世であったと、思い出させられた。彼を担ってきた〈永遠の決闘者エターナルデュエリスト〉達は無限に近い転生の果てに、輪廻を終わらせていた。人間の尊厳を得る為に神々と運命と永遠を否定したのだ。故に『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』はその呪いと共に破壊された。『全能ガイア』がそれを拾い上げ、かつての使い手達の姿と記憶を与えたのだ。


(ああ、つまり、己は。転生を避けたのでも無く。救いを求めたのでもなく。ただ、懐古を。その為に、この姿であり続ける為に……成程、勝てぬ、訳だ)


 かつて己という剣を捨てた使い手達の人が自らを尊ぶ為の永遠と神々の権威の拒絶という結論を否定する訳ではないがまた違う、人の心の尊厳を守る為に物語は守られねばならぬという結論に、拒絶された神秘だった魔剣は浄化され、『永遠ズルヴァーン』の自我は消失せんとした。だが、それが阻止された。取神行第二形態デフテロヘーロースは皹入り崩壊しつつ尚止まらぬ。


(最後まで役に立て、剣!)(『全能ゴッド』!? ……おお、これが報いか……!)


 忌々しいと、『全能ガイア』の思念が干渉する。因果応報、他の転生者を見下した己もまた道具に過ぎなかったという事実に激突した『永遠ズルヴァーン』の自我を鞭打ち焼き操り、刃が欠け切っ先が折れた剣を、尚鈍器として振り回す如くその肉体を操り攻撃を加え続ける。


「オレが味方するあいつ等は、昔を受け継ぎつつも、新しい物語を見るんだ! ……明日を否定する今も明日を馬鹿にする昨日も! 砕け散れぇえええっ!」


 ラトゥルハは叫んだ。『永遠ズルヴァーン』を打ち砕きながら突き進んだ。異世界転生チートと戦いながら、自分達の生き様テーマを示すという戦いも行い、その戦いそのものを下らないという嘲笑も打ち砕きながら。


「ギィイイイイイイイイ!!」


 『永遠ズルヴァーン』が、いや、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』が吼えた。腕の全てが落ちても、尚、存在そのものが剣であるが故に、その叫びそのものが刃になる。最早何故斬るのかも分からない、自らが弄び続けた剣の呪いに操られた使い手達の様に、『斬という結果』を振り回し続ける。座標を指定して発生させる『斬という結果』は、突進し続けるラトゥルハを捉えきれない。辛うじてその端がラトゥルハの肌を浅く裂くが、本体は間に合わずラトゥルハの後方に置いていかれる。『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の胸郭に、首に皹が入る。肩が崩れる。


「ィイイアアアアアアアアアアアア!!!」


 だが尚、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』が発生させる『斬という結果』が巨大化した! 終には、空間を、斬る!


「ッ!!!!!!」


 ラトゥルハと『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の周囲の空間が滅茶苦茶に切り裂かれた。歪む。かつて『交雑マルドゥク』が出現させた《越界の扉》の如く。世界に穴が開く。だが、明確に地球に向かっていたそれと違い、それは何処へ続くかも分からぬ、どころか、何処でもない世界と世界の狭間へと落ちていく危険な裂け目だ!


(避けられ、ない!)


 ラトゥルハは悟る。既に周囲の空間は歪んでいる。逃れられぬ。落ちる。だが突撃を続ければ、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』は倒せる。


「なら、やるっきゃねえだろ!」


 ラトゥルハは突進を止めなかった。償う。果てに至ろうと。それと呼応するように、戦場が鳴動した。それは、二つの世界で繰り広げられる戦いの共鳴だった。


 混珠こんじゅ世界の空が割れた。砕け散った空を分かとうとするものと繋がんとする者が、戦いの最終局面の空を駆けた。


 時間軸は再び若干前後するその経緯については次話で描写される事になる。それは。


「リアラ!?」「ルルヤ!?」


 目撃した者が口々に名を呼ぶ、この場の誰もが知るこの戦いを始めそして終わらせるだろう少女戦士二人、リアラとルルヤの姿を併せ持つ者。空を翔るは、地球の化身と混珠こんじゅの化身と、を兼ね備えた・・るき輝きの化身、【融合巨躯】だ。


 それと取っ組み合う、白亜の巨躯に赤と黒の模様が走った無表情で重厚な異形の神像。【融合巨躯】が髪から発した鎖めいた魔法が絡んだ取り囲む者が数体、正面対峙する者が一体の同型の複数体が存在するという驚くべき状況、だがそれが最後の敵、『全能ゴッド欲能チート』の取神行ヘーロースかと、誰もがその威容威圧に理解させられた。


 東京湾での戦いがそれから更に推移し、世界を飛び出し、飛び回り、この混珠こんじゅに再び飛び込んだのだ。その経緯は最後には語られる事になるだろうが、今はこの場で起こった事象、その混珠こんじゅ視点からの情報について語らなければならない。


 割れた世界の障壁を撒き散らし、それを【世界】の効果で徐々に再生させながら、英雄達は一瞬の別れをした。誰もが、様々な特別な思いを込めてそれを見た。


「「ラトゥルハ!?」」


 しかし残念ながらそれに専念してられる状況では無い。あまりに一瞬過ぎた。故にそんな中、名無ナナシとミシーヤが口々に叫んだ。無論リアラとルルヤへの思いも確かに抱いたが、それだけではなく、ラトゥルハの『永遠ズルヴァーン』を粉砕しながらの突貫が、その破壊と再生の只中に突っ込んだのだ。


「大丈夫だ! トドメは刺す! 刺すが! ちょっとそれには距離がな! 何、戦後の事を考えりゃ気まずいんでな! 少々ルール違反だが、トンズラさせて貰うぜ!」

「何を! 馬鹿な事を! 次元世界間が、そんな気軽に渡れる物だとでも! 漂流者に! なりたいかぁあああっ!?」


 ラトゥルハが笑う。『永遠ズルヴァーン』越しに『全能ガイア』が叫ぶ。ラトゥルハは突撃を続け『永遠ズルヴァーン』は砕けていく。だが、全て砕き切るまで突貫するとなると……世界の断裂に落ちる。トンズラであるものか、世界と世界の間に飛び込んでしまえば戻れるかどうかは分からない。それは決死のダイブ。だが砕け散りながらも尚『永遠ズルヴァーン』は危険だ。


「ッ……! 大丈夫!」「信じろ、私達も、頑張る!」


 リアラとルルヤも、咄嗟に叫んでいた。世界と世界の間を跳躍しながらの死闘の最中。一瞬帰り来て、また行き過ぎる混珠こんじゅ、別れを交わす暇も無い中で、尚誰かを救う為に動いた。ラトゥルハに、世界の狭間で死なないよう、どこかの世界に辿り着き、生き延び、混珠こんじゅに帰れる可能性を少しでも上げる為の魔法を、思いつくだけ付与する。自分達も勝てるかも帰れるかも分からず、戦いが終わってもし勝てた後に帰る努力を出来る余力が出来るかも分からないとしても。


「そっち、こそなっ……!!」


 ラトゥルハは、意地を張って不敵に笑った。だからラトゥルハも、出来るだけの力をリアラとルルヤに送った。少しでも勝てる可能性を上げる力を。


「シャアアアアアア!」「ッ……!」


 ラトゥルハが世界断裂に飛び込む一瞬前。『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の最後の残骸になった異形の頭が、頭だけになったが故にラトゥルハの束縛を逃れんとした。その喉笛に食らいつき、首を食い千切り、脳漿を啜って頭を乗っ取り生き延びんとした。


 世界を去る、最後の一瞬。


 Z!!


「……言ったろ、終わらせる、ってな」


 混珠こんじゅ最後の忌まわしい傭兵、暴力の走狗と成り果てた『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』を、名無ナナシが最後の力を全て乗せて投げた刃が貫いた。その暴力を終わらせる。混珠こんじゅに対しても、そしてある意味『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』に対しても。一筋積年の思い故の涙を流しながらも少年は過たなかった。限界を既に超えていたその頭部は声も残さず崩壊する。


(……さらば、友よ。汝は我の千倍も……)


 最後のそれ自身の思念は、過去への郷愁であると同時に、己を打ち倒した者への感慨でもあり、そして同時に己を使役したものへの、複雑な感情の断片でもある、それら全てを表す言葉だった。


 だが名無ナナシは、不完全な苦い表情でラトゥルハを見た。ラトゥルハは、気にするなと寂しげな微苦笑で名無ナナシを見た。可能であれば空間断裂に落ちんとしていたラトゥルハを救う事が出来たらと思って投じた短剣には鋼線が繋がっていたが、もうそれをラトゥルハに絡め引っ張り上げるだけの力が無い。荒れ狂う空間断裂がそれを妨害しているし、一瞬後には短剣の鋼線も空間断裂で切断されるだろう。最後の、別れか。


 否。


「リアラーーーーーーーーーーーッ!! !!」


 ミシーヤが、叫んだ。万感の思いを込めて……私もまた貴方のように誰かを、そして貴方の心を救える力になると。二人が出来ない事をして助けると。その思い故に、最早ラトゥルハの世界間漂流は避けられないものと思ってそれを少しでも支える為の魔法を構築したリアラとルルヤの思惑をすら超える。


 ミシーヤの魔法が名無ナナシと、ラトゥルハに咄嗟にリアラが付与した魔法に作用し干渉した。名無ナナシの放った鋼線を操りラトゥルハに巻き付ける。そしてラトゥルハにリアラが付与した世界間の環境に耐える為の魔法をワイヤーに繋げる。一瞬後断絶する筈だった鋼線が空間断裂に耐える。そしてミシーヤは名無ナナシを掴んで尽きた力の代わりとなる。ラトゥルハを、空間断裂が危険な部分を山なりの軌道で超えるように、一本釣りめいて引っ張り出した!!


 リアラもルルヤも名無ナナシも目を見開いた。ラトゥルハが、助けられた。空間断裂が飲み込む範囲から抜けた。漂流者とならずに済む。それは逆に、戦後にややこしい事態嗚が待つかもしれぬ混珠こんじゅに残る事になるが。


「助かった! 助けた! 何とか! する! ……御武運を!」


 ミシーヤは叫んだ。リアラもルルヤも、その場にいた他の全ての全員に向けて。端的に。リアラとルルヤが使った力もあり、ラトゥルハを助けられた。彼女の法的地位とか面倒くさい問題は何とかする。私達は大丈夫だ。勝った。だから……


 ラトゥルハがその状態に陥る事を危険として必死に対応しようとした場所で戦う貴方達に、どうか勝利と幸運と帰還を祈る、と。


「っ、あり、がとう!」「私達も、負けん!」「おのれ……!!」


 リアラとルルヤ。再び世界の狭間に消える一瞬前。感謝を必死に叫ぶ。混珠こんじゅの皆の力、自分達だって超える事が出来る可能性の豊かさ、それに勇気づけられて、最後の手勢を失った怒りに燃える『全能ガイア』と対峙しながら……遥か彼方、世界と世界の狭間の戦場へと、再び飛び込んで消えた。空間断裂も、消滅する。



 そう、混珠こんじゅでの戦いは終わった。


「……勝ち鬨は、まだだ!」


 だがそれは混珠こんじゅの戦いでしかない。混珠こんじゅは忘れない。この世界を助けてくれた者達の事を。名無ナナシが最初に叫んだ。まだ生きる皆全てが、それに従う。


「術式転換! 通信・遠距離支援に切り替え! ……繋ぐんだ! 思いを!」


 皆、空を見上げた。そこに、祈りを捧げる。


 そこには、混珠こんじゅの外で、世界の外で、最終最後の戦いを続けるリアラとルルヤの姿が、混珠こんじゅの青い空にうっすらと超自然的な気配のシルエットとして写っていた。それは、新たな神話じみた荘厳な奇跡。


 それに向かい、あらゆる魔法と竜術、【真竜シュムシュの地脈】【真竜シュムシュの世界】を繋げ、勝利よあれ、思いよ繋がれと、あらん限りの応援の祈りを捧げる。


 どっか、と、名無ナナシと名乗っていた少年は腰掛けた。力を絞りつくし、もう座るしかなかった。ガルンや、ミレミや、ユカハや、フェリアーラや、皆の隣に。もう出来る事は、祈る事だけ。他の出来る事やる事は、全部やった。少年は最後の傭兵ラストマーセナリーでは無くなった、もう、名無ナナシではないのだ。


「……頼むぜ、ルルヤ、リアラ」


 定めた生き方から開放された少年は。少なくとも今ひと時は脅威から開放された世界に座り、空を見上げ友に祈った。


 混珠こんじゅ世界誰もが祈る、その一人として。一つの物語となってリアラとルルヤとその結末に一体化し力を注ぐ。その行く先は、リアラとルルヤの物語と共に次回以降の最終決戦へと続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る