・第九十九話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(後編)」

・第九十九話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(後編)」



 時系列は若干前後する前回末尾の出来事に至る経緯を描写しよう


 混珠こんじゅの空を突き破り、現れ、そして彼方へ行き過ぎる僅か前。『交雑マルドゥク』が消滅して、ほんの一瞬の後。地球。東京湾。引き続いていた『全能ガイア』との決戦。


「がぁああああああああっ!!!」

「「おおおおおおおおおっ!!」」


 リアラとルルヤの怒りの叫びが同調した。【融合巨躯】の全身の駆動も同調する。超光速、それも完全な一撃。それが半ば砕かれた顔面に激昂し掴みかかる『全能ガイア』の体の真芯を捉えた。


 精妙な速度と重力の解放、結果の発動と終息と制御。無限質量の力が『全能ガイア』の体に炸裂し。


 ZGAAAAAAAAAANN!!


「「やった……!?」」


 見続けていた緑樹みき歩未あゆみが叫んだ。インターネット上の事を祈りながら見守っていたファン達もざわめいた。『全能ガイア』が、砕け散った!


「いやまだだ!」


 だが即座にルルヤが叫ぶ、リアラもその感覚を共有し気を抜かぬ。


「……………くっくっくっくっく……」


 事実一瞬の後、周囲の空間に『全能ガイア』の笑い声が響き渡った。


「神は死なぬ。死を司るが故に。死ぬのは、お前達だ」


 おお、見よ。砕け散った破片が、無数の欲能チートの複合による限りなく全能に近い力によって甦っていく。……砕け散った破片の全てが! 『交雑マルドゥク』が溶かした腕の溶け滓や、先程割れた顔面の破片すら!


「「「「……!!」」」」


 それは流石に対峙する者全員が戦慄させられる光景だった。


 『全能ガイア』。『全能ガイア』。


 『全能ガイア』、『全能ガイア』、『全能ガイア』、


 『全能ガイア』! 『全能ガイア』『全能ガイア』『全能ガイア』!!


 全ての破片が『全能ガイア』として再生する。無数の『全能ガイア』がわらわらと!


 だが恐怖はそれだけではない!


「『交雑マルドゥク』も死んだ、この地球の転生者をもう少し集めたかったが、もうこれ以上それに拘るのも面倒だ、どうせ次の地球もその次の地球もあるし、全ては完全全能をてに入れてからどうとでもすればいい。もう、地球ごと潰してくれよう!」


 地球を悲鳴が覆った。


 嗚呼、空に! 空に!


 分裂はそれだけではなかった。元より真の全能に限りなく近い存在、物理的な肉体の器等如何様にも出来るのか。空の全てを『全能ガイア』の姿が覆い尽くした。地球と同サイズに巨大化した『全能ガイア』が大気圏越しに覆い被さるように!


 それは攻撃ではなかった。攻撃の前兆でしかなかったが、全世界の人間の精神がそれに慄いた。それに自ら崩壊しそうになった。


 だが。それを阻止せんと飛び立つ光がある。


「さ!」「せ!」「る!」「かぁあああああああああああああっ!!!!」


 リアラとルルヤの声が共に叫んだ。リアラは守りたいと思う人を守る為に。ルルヤもまた同じく、そしてそれに加えて愛する人の故郷を守る為にも。


「!!!!」


 【融合巨躯】がその長髪を振りかざした。歩未が見せた髪を多頭竜の鎌首へと変える魔法アレンジ。それにより【陽の息吹よ死の骨よ、縛れブレスバインド・ボーンバインド】を広範囲同時発動。全ての『全能』取神行分身実体に髪から発した鎖を縛り付ける!


 羽を広げる。上を睨みあげる。暴虐なる天に抗う。


「大、丈夫!!」


 【融合巨躯】が愛しい兄の声を振り絞って叫ぶのを、歩未あゆみは確かに聞いた。


「大丈夫です」


 だからそれを、皆に伝える。


「あれは私のお兄ちゃんです、死んでいた筈なのに生きていて、あの恐ろしいものを倒す為にここに来てくれました」


 言葉で、電子で。果てへの飛翔の間際、兄が炸裂させた思いを皆に述べ伝える。


「……様々な物語で。切り刻まれようが魂を引き抜かれようが機械の体を動かす為の電源を止められようが、妹の為ならお兄ちゃんは負けないものだと、お兄ちゃんは私にそう言ってくれました」


 二人身を寄せ合って愛した物語のように。これで永遠の別れではないと必死に祈り信じながら。


正透まさと! ルルヤ!!」


 緑樹みきが感情を炸裂させて叫んだ。行かないでと言えない思いと、負けないでという思いと、何より生きてという思いと。友情と愛情と。


(ああ)


 再び去る愛憎入り交じる地球を、再び別れる愛する人達を。万感の思いで最後にリアラが見た。


(守る)


 ルルヤは念じた。この玩想郷チートピアとの戦いはこれで最後にする。地球も混珠こんじゅも守って見せると。一心に。地球を踏みしめ、この飛翔の先の混珠こんじゅを見据えて。


 光速機動、その、更に先へ。


 超光速。


 そして。


 【融合巨躯】が光となって天を覆う『全能ガイア』に激突した。地に蔓延った『全能ガイア』の分身達を強引に牽引して。


 何が起こったか見る事の出来る者はいなかった。それは物理現象を越えた出来事だった。空が裏返り歪み突破され、大気圏がどうこうとか宇宙空間がどうとかいうのではない、世界の壁に空いたその穴に、『全能ガイア』と【融合巨躯】が吸い込まれた。


 全感覚的な一瞬の衝撃。それが去った後、そこに残されたのは『全能ガイア』と【融合巨躯】がいない青空だった。


 だが、物語が去った訳ではなかった。世界の裏側から神秘の実在が浮上し、奇跡を示したその日。確かに変化はあった。


「……改めてもう一度、皆さんに伝えます。それでも、物語はあるのだと」


 歩未あゆみは、人々に呼び掛け、語り続けた。語り手は彼女だけではない。


「……おい、驚いたでいいのかよ。この騒ぎをよ……俺達もちょっとばかり、奇跡を起こしてみたいと思わないか?」


 中華ソヴィエト共和国軍の手先としての戦いを拒んだ日本防衛軍隊員の中に、そう呟く者が出た。


(正直半分自分がおかしくなったんじゃねえかと疑ってるが……それでも、ああ、だめだ、止まらねえな……止まらねえ、それが、生きるって事なのかもな)


 どこからか聞こえたように思えた声は確かに存在するものだったと、その隊員は認識していた。その瞬間よりはっきりと見た。異世界・混珠こんじゅで戦うかつての戦友村井庄助の姿を。それは歩未あゆみ緑樹みきも特別な存在ではないということになるが、それは逆に、その奇跡は普遍なのだと証明する事で。


 それら少しづつの積み重なりで、人々の意識はほんの少し変わった。政治的な衝撃も勿論あった。日本共和国の運命は大きく変わっていく事になる。そして、激動の時代を生きる人々にも、様々な影響があった。歩未あゆみ歩未あゆみ正透まさとの父母も、緑樹みきも、【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】を愛した人々も……


 いや、まだその未来に達するかは分からない。まだ戦いは続いている。



 時系列は再び若干前後する。


 その後、【融合巨躯】は『全能ガイア』と争い合いながら混珠こんじゅに一瞬帰還し、その戦いを人々の心に刻み、そして再び去った。


 地球と混珠こんじゅ、二つの世界から思いと絆を拾い集めながら。


 【融合巨躯】は、リアラとルルヤは、ルルヤの他者の力を後押しする【世界】の効果とラトゥルハの贖罪の思いからなる【世界】を繋ぎ合わせ更に成長した。その力で光速を更に越え、世界と世界の間の壁を越え『全能』を弾き飛ばしたのだ。世界と世界の間、決戦の場へ。



 そこは、宇宙に似ていた。


 太陽系、銀河系、銀河群、銀河団と星々の集団がより大き集団に属するように、原子の構造が描き方によっては太陽系や銀河系に似るように


 宇宙を内包する様々な世界が虚無の間に点在するそれは宇宙に似ていた。あるいは構造は異なるとはいえ同じ夜空を持つ地球と混珠こんじゅの出身者であるリアラとルルヤの魂が、理解できる形としてそう認識しているのか。


 その中を飛ぶ、人型で動く世界と世界として『全能ガイア』と【融合巨躯】は対峙した。それもまた人間にとって世界とは自己の認識であり人間一人一人が一つ一つの内面世界を持つように、小構造と大構造が相似する構図だった。


 否、厳密に言えば『全能ガイア。増殖した『全能ガイア』達は更に数を増し、世界間を埋め尽くし物語を逼塞圧死させる濁流めいた無数の軍団となっていた。地球を覆わんとした巨大なものもそうでないものも十重二十重に【融合巨躯】を取り囲む。


「こんな領域まで来るとは……どこまで至る心算だ、お前達! そんな力を持っておいて、己等は正常な存在であるなどと、吼える心算か!」


 『全能ガイア』が叫んだ。お前達は既に竜ではない。これ程の存在が唯のファンタジーの竜である筈がない。インフレ展開め、なのに、未だに竜の心算かと。


「本来真竜シュムシュはこれ程の存在ではない。この力はあくまでお前達の存在に対する適応成長と、お前達の悪行に対し抗う皆の思いが、私達をここまで押し上げたに過ぎん」


 今や自分達がそれに抗い心と知恵での勝利を示した『増大インフレ欲能チート』すら慄く領域にまで到達してしまったが、これは本来の真竜シュムシュの姿でないとルルヤが答える。


「そう、これは、私、リアラ、地球の皆の思い、ラトゥルハの贖罪、混珠こんじゅの魂達、そしてお前達の一部、これまでの旅路、全てが結集した結果の奇跡……必要があってせざるを得なかった、この時の為の奇跡だ。お前が、異世界転生チートが強大であるからこそ私達がいる。そうならざるを得なかっただけで、これは手段の一つに過ぎん……リアラが『交雑マルドゥク』に示したように。リアラの言葉が、貴様の下衆な難癖を既に砕いている。故に、新たな脅威でもあれば再びこの領域に至る事もあろうが、この戦いが終わった後、私は貴様のような超越支配者としてあり続けはせぬ! 」


 ルルヤの清冽な覚悟が、『増大インフレ欲能チート』の影を払いのける。あれは戦いを楽しみ、戦いのみを尊び、力等の大小が全てであるからこそ悪だったのだ、と。


 そのルルヤの言葉は、リアラの思いを賞揚した。リアラの心に絆の火が更に強く暖かく灯る。


「……欲しくないのか」


 平坦な声で『全能ガイア』は言う。誘惑するように、拒絶するように、呪うように、怒るように、嘲るように。


「欲しくないのか。力を。富を。愛を。快楽を。支配を。愉悦を。やり直しを、奇跡を、完全を、満足を、天国を、命を、そう、再度の、そして永遠を……救済を! そうだ、この世界には永遠は無いんだぞ! 永遠等少しも欲しくない、訳が無いだろうが! 私に勝ってもお前達は何れ寿命で死ぬのだぞ! 私に従うなら、特例に異世界人であるルルヤを含めて生まれ変わらせてやる!それの何が不満だ!」


 その声に、その姿に。ラトゥルハの【真竜の世界】に呼応する事を拒んだ玩想郷チートピアの数多の転生者達の姿と声が重なった。


 それは『全能ガイア』の、玩想郷チートピアの、異世界転生チートの本質的なもの。


 どのような命にも存在するもの。欲望。より根元的な。その深い深い闇の底が、絡み付こうとする。絡め取ろうとする。


(永遠、か)


 全ての転生者の怨念を束ねながら、微かに『全能ガイア』は苦笑を抱いた。己が使い潰した、全ての転生者の中でも最も縁の深かった存在、『永遠エターナル欲能チート』。結果的に裏切ったに等しいが、それでも、永遠という言葉がこれ程転生者の願いの本質であったように、その存在は大事なものであった事を、改めて微かな痛みとして感じ。


(尚、許さぬ)


 それを使い捨てねばならぬ程に己を追い詰めた相手への敵意を燃やす。


「それは……!!」


 これまでの全てで培った勇気と、ルルヤに心に灯して貰った絆で、リアラはあらん限りそれに抗う。永遠など少しも欲しくない、訳があるか。確かに、極めて身も蓋も無い暴力的な言葉だが、暴力的なだけに力のある言葉だ。だが、しかし。


「この戦いで語る! 答える! 苦痛に耐える命で、誘惑に耐える魂で、暴虐に抗う武で、僕達の心と言葉で! かかって! こいっ!!」

「「「「「「堕ォォォォちろぉおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」」


 世界間が激震する。全ての『全能ガイア』が絶叫する。それでも、リアラはそう叫ぶ。戦いと答えを紡ぐ。


 そんなリアラに、【融合巨躯】の中で一瞬ルルヤは、よく言ったぞ、という視線を向け。リアラは、死地でも確かに満足し微笑んで。


 そして、戦いが始まった。


 竜の女神と滅びの巨神が世界と世界の間を経巡り争い合うその姿は、世界と世界の間の空間を激烈に猛然と掻き乱した。生まれ出ずる最中の新たな世界に一瞬のイメージを投影し、新たな世界の神話の一つとなった。滅んだ世界の残骸を掻き回し新たな世界が生まれる切っ掛けとなった。だがそれでも、生まれたての世界も老い行く世界も、リアラは滅ぼさせはしなかった。


 それは最早神話的で、概念的で、文字通り筆舌に尽くしがたい戦いだった。筆舌で語り尽くし書き尽くせぬ戦いであった。


 あまねく世界の間を巡りながらも、最早空間も時間も大きさも小ささも無意味な戦いであった。


 ある時は生物の存在しない死んだ星を投げ合い、銀河を飛び越え、宇宙の外壁の上で殴り合い、更に生命の存在しない死んだ宇宙をぶつけ合った。


 ある時は幽霊のような非実体としてその世界の人々が行き交う街角を見えない風となって行き過ぎ、時にミクロ化して細胞の中を泳ぎながら戦い、分子と原子の間を飛び交いながら戦い、またある時はある世界の人の心の中で争った。


 そうきっと、今この物語を読む貴方の心の中でも、誰の心の中にもいる理想と現実として争いあった。


 それは忘れられぬ程濃密な一分と一秒だったようにも思えた。極大の規模の飛翔ワイドスクリーンバロックに耐え五十億日と五百億日を一足に飛び越えたようにも思えた。


 その過程で、混珠こんじゅ世界に一度戻り、底を通りすぎ、ラトゥルハとすれ違った。


 そう、あの時第九十八話である。混珠こんじゅ世界の空が割れ、『全能ガイア』とその分身体を引き摺った【融合巨躯】が一瞬混珠に現れ、ラトゥルハが世界の狭間に墜ちかけたあの時。


 この凄絶な戦いの中で生まれた数少ない者。罪に塗れている。同じように罪に塗れた者達を殺してきた。それでも。生きろとリアラとルルヤは祈った。何も生まれないのは、あまりにも悲しすぎる。故に出来る限りの事をしようとして。


 それをミシーヤが超えて見せたというその時目撃した光景は、二人の心を強く勇気づけた。混珠こんじゅは自分達の力で二人を超えた事が出来る。それがどれ程心強く誇らしいか。更なる力を得て、二人は飛び去って。


 そしてリアラとルルヤの戦いは、【融合巨躯】が割れた世界が修復され飛び去った後も、混珠こんじゅの空に移り続けていた。それだけではなく、地球の空にも。それは物語が繋がり続けているが故の奇跡で。


 緑樹みきが、歩未あゆみが、空を仰ぎ祈った。複雑な表情で、歩未あゆみ正透まさとの両親が空を見上げた。変わりつつある、行動しつつある様々な日本共和国国民達がそれを見上げ、別世界の読者達即ち貴方達がこうして読み、それぞれ様々な思いを抱き託した。


 リアラとルルヤは、人々の声と心と想いを集めた。


 その過程で滅んだ世界を掻き回して新しい世界を幾つも産み、新しく生まれた世界や隣を通りすぎたまだ若い世界にその姿を写し、新しく生まれる世界の無意識や、若い世界の生まれたての民達にその印象を店、様々な世界の神話となった。一つの物語が、他の物語が書かれる時有形無形に参考になり影響を与えるように。

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