・第百話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(決着編)」

・第百話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(決着編)」



 激烈極まりない死闘に必要のない感覚が削ぎ落とされ、長い長い主観的認識時間が逆に圧縮され、全てが白黒静止画の断続と響き合う音楽のように抽象化される程に続いたそれは、しかし、終わる時が来ようとしていた。


「らぁああああああああああああああっ!!」


 ルルヤが吼える。前後左右の空間と時間と次元から無数に襲いかかる『全能ガイア』の分身達が次々砕け散る。地球の有志と、混珠の全てと、混珠に集った様々な世界の住人達と、ラトゥルハ達から託された力と。世界一つ分以上の【真竜シュムシュの地脈】の力を受けて、世界間を埋め尽くすような光弾や死んだ世界をぶつけるといったそれを力では遥かに上回る攻撃を、最低限の力を添えて反らし跳ね返しぶつけていく。周囲全てからの攻撃が、周囲全ての敵を倒す力となる。空間を捻じ曲げ合う神の戦。破片から生まれた分身達は己の攻撃を反撃反逆逆襲と叩き返され、次々と砕け散り、長い長い一瞬という矛盾した時間の果てに、『全能ガイア』分身体は遂に全滅!


 残るは一時は星を覆う程に巨大化した本体のみ。今は【融合巨躯】より少し大きい程度の大きさになったのは、最早互いに超絶の力を得ての束ねた全てのぶつけ合いであるこの戦いにおいて過剰なサイズ差は無意味故か。


 その『全能ガイア』の姿が更に変わった。取神行ヘーロースの白い体にあった赤と黒と金の模様が、より複雑に、左右非対称に広がる。そして、その手には巨大で二股の切っ先が特徴的な奇妙に歪な剣が現れた。


「ハッ……どうした! その程度かぁああっ!!」

「ッ……くああああっ!?」


 その剣を投擲! 反らしきれず腕を抉られる【融合巨躯】! ルルヤの苦悶! 全身から合計十二の光の翼めいたエネルギーを噴射し突貫する『全能ガイア』! 投擲した剣を己の腕に念力めいた力で引き戻し、振り下ろす! 分身を滅して尚揺らぎ無し!


 SWASH!


 「「何の……!!」」


 剣劇! リアラとルルヤの声が入り交じった反骨宣言! 【融合巨躯】の手にもまた、光と闇の入り交じった一振りの剣! 受け止め、斬り合う!


 斬り結ぶ! 斬り結ぶ! その剣は、今のリアラとルルヤだからこそ辛うじて受け止めきる事ができているだけで、本質的には滅びそのものだ。流石にそこまでは守る訳にも行かない既に滅んだ後の世界や生命の存在しない世界が一振りで砕け散る!


 JYAOOOOOOO!


 世界と世界の狭間の空間ですら、削り取られ消滅する。まるで紙が破れたような音を立てて。いや、あるいは実際に、世界という名の物語を書いた紙を裂いて物語を破壊していると錯覚するような超自然的恐怖を煽る感覚のそれは具現。


「それでも僕達は! 愉悦シャーデンフロイデにも支配にも力にも欲にも、永遠にも救いにも耽溺しない、お前に屈する形で救われはしない! 自分が思うそうありたい自分である事を捻じ曲げて救われるなんて、救われたなんて微塵も思えるもんか! 自分を曲げた事を悔いて得る救いなんて何の意味も無い!」


 横溢する死、滅び、消滅の中、リアラは逆襲の心を歌う。抗うという宣言のまま。それは緑樹みきと同じ結論で……普通の少女の中にも逆襲の心はあるのだと。【融合巨躯】に、裂けた世界の狭間に開いた裂け目、最早どこに至るのかも分からぬ恐怖の道を潜り抜けさせながら。


 罪悪感を抱えた救済なんて無限の責め苦だ、命は救済を欲するものだと言っても、他者を踏みにじっての救済なんて真っ平御免だし、そう思う心を消してしまったら自分では無くなってしまうのと同じ事だと。


「人間はそんな生き物ではない! 少数者め!」


 『全能ガイア』は激怒した。『全能ガイア』にはリアラが分からぬ。人を転生させ、欲望を満たさせて生かしてきた。だがそれへの否定には人一倍敏感であった。


「地球で! 貴様等が! 貴様等の仲間が! 少数者である事を忘れたかッ! 」


 奇怪な剣を構え体当たりめいて突撃を繰り返し、受け太刀した【融合巨躯】に受け太刀越しに波動を飛ばして傷を入れながら、剣を掴んでいない方の手で掴み掛かり、掴んだ部分の物体を分解し振り払われるまでダメージを更に与え、それは人ではないと吠える。


 人は、今はまだ現実ではない明日を想像する頭脳を得た結果、知恵という最強最悪の毒牙を得て、代価として明日の果てである死を知った。


 人は、地球には実在しない神々という物語を夢想し死の恐怖を一時的に克服したから文明と言える巨大な群れを構築する事が出来た癖に、より良い明日という物語を信じて幸せを得る為に自分で神秘という物語を殺して死への恐怖を甦らせた。


 人は、21世紀になっても尚奪い合い資源を使い尽くして滅びるが先か新技術を発展させるのが先かというチキンレースを時の果てに滅びる事が確定した宇宙の上で繰り広げている。


 人は、人類文明がどうなろうが自分は死ぬし文明の進歩で万が一寿命が延びても宇宙の滅びを越えるには更なる奇跡が必要だという事を日々必死に意識の外に追いやる矛盾した、あるいはそれにすら気づかない愚鈍な、半端な存在。


 昨日と同じ今日、今日と同じ明日が続き、幸せに暮らしましたとさという、最も些細な童話の一行めいた平穏さえ、何時か明日が終わるが故に絶対叶える事の出来ない哀れで儚い生き物。


「人間を愛する神様がいるなんて私『全能ゴッド』が出現するまでは嘘だった証拠の無い戯れ言を死ぬまで信じ続ければ死ぬ事も怖くないなんていう言葉や! 執着を絶つ即ち結局何もかも自分の命も程々以上に大事に思わず失ってもいいで済ませば自分の命もどうでもいいから死ぬ事も怖くなくなるなんて言葉! そんな世迷言を科学と現実で吹き散らかして自分の首を絞めた、自分の理想すら自分の欲望で裏切り自分達を自分達で苦しめる愚かな猿共! そんな人類を救済するのが! この! 私だっ!」

「よくもまあ、全てをそこまで冒涜出来る……!」


 地球人も、地球の宗教も哲学も思想も文明も科学も社会も政治も全てを冒涜して恥じぬ『全能ガイア』に、ルルヤが嫌悪で抗う。剣を剣で受け止め、苦痛に顔をしかめながら、肉を引き千切るように食らいつく分解の掌を腕を掴んで剥がす。反撃の蹴撃!


「それが人だ! 私はそんな人間の産み出した結果だよ! 都合のいい物語がぁっ!」

「ハ、貴様が言うか!?」


 そのルルヤに『全能ガイア』は食いついた。重力と熱を【息吹】で込めた蹴りを受け若干後退し間合いが開いたが平然と再突撃。ルルヤは若干の驚きと共に抗う。お前こそ地球人にとって都合のいい物語じゃなかったのかと。『全能ガイア』の意外な一面!


「だからこそだ、同類……リアラのヒロインがぁっ!」


 再度、激しく剣戟。その狭間、舌鋒もぶつかり合い火花を散らす。貴様はリアラの救い、甘やかしだ、貴様も私が罪悪なら同様だという『全能ガイア』の攻撃に対し、ルルヤはその攻撃を払い退け、そしてその言葉にも反論する。


「支え救い救われる事は、人と人との関係として何も問題は無い、私とルルヤは、支えあっただけだ!」

「ご都合主義だっ!」


 恋愛も! 救済も! 全ては欲望だと、それをそこまで綺麗に満たすお前は私達と同じご都合主義だと、『全能ガイア』は取神行の仮面めいた顔の口を開いた! 機械めいた偶像の中から生じる禍々しい牙! 秀麗な白面が醜悪に歪み牙を剥き食らいつく! だがそれを、がっきと掴んでルルヤは止める! 抗う!


「ご都合主義、か。都合の悪い物語など、大半は『惨劇グランギニョル欲能チート』と同じだ! 好き好んで都合を悪くして物語を作った時点で他人の物語の都合等どうこう言えんわ! 私の好みは違うと言うだけだ、私は私の望む者を愛する!阻む貴様の都合の論などぶっ倒してな!」


 自分を貶めようと放った『全能ガイア』の言葉を、それも所詮物語の一つの形に過ぎないと剛毅にルルヤは吹っ飛ばす!


「だが確かに、私たちは限りなく近い。本質的には同じものだ。異世界転生とて、本来は悪いものでは無かったのに……しかし、それを憎悪の対象にしてしまったのは異世界転生そのものだ」


 その表情とその言葉は静かだった。地球で物語を知り更に成長したその心は、今や『全能ガイア』の言葉を、異世界転生を受け止め理解した上でそれと超えんとする。


「何、だと!? 何を言う! 私の何処が間違っている! 違うなら貴様等が衆生共全てに今すぐ救いか悟りを授けて見せろ! 私は出来るぞ! 地球の愚民共全てを救ってやる! 何故阻止する! 貴様らの復讐への我執だろうそれは! この、反救世主アンチメサイアが!」


 『全能ガイア』は狼狽した。故に反救世主と、我が数字666を刻む者のみ救うと嘯く、古い竜の力を受け継ぐ七頭十角緋色の獣と共にある羊の角を持つ黙示録存在と叫ぶ。


反救世主アンチメサイアで、我執で結構! 全てを救い裁くと豪語する傲慢で貪欲な救世主じゃなくていい! この広大な諸世界、様々な物語の中で、一隅のみを救う謙虚な反救世主アンチメサイアでいい! 蓋の閉じた甕の水面に月は映らない救われたいと思わない人間を救う事は出来ない! けど!」


 糾弾を、しかしリアラは臆さず受け止める。自らの穢れを知り尚進む事を止めない、己が全知全能ではない事を知る者であるが故に。


「僕達が救えない部分は、僕達の仲間や、僕達に影響を受けた誰かや、僕らとはまた違う物語の誰かが救うと信じている!」


 そして己以外の物語を知り、肯定する存在であるが故に! 自己の限界を知り尚理想を尊ぶ事、他者の善を知り尚尊ぶ事、そのどちらも、唯我独尊の神たる『全能ガイア』には出来ぬ事!


「無論、私もルルヤを補おう。そして言おう。緑樹みきは私を、物語の女神のようだと称えてくれた。生憎私はそこまで大した奴じゃないが、あえてその名を借りて僭称しようじゃないか。物語の女神がリアラに加護を与えたとて別段ご都合主義じゃないぞ輪廻転生の女神。何故かだと? 何故って物語だってそりゃ、物語を尊重する形で愛してくれる奴の方が好きだろうよ!」

「む、無茶苦茶な事を! それは依怙贔屓……!?」

「物語も人を必要としている、人も物語を必要としている、そういう事だ! 無論そうでないものもあるだろうが、お前達が異世界転生にしてしまったというのはそこだ! 物語にも人にも人と物語と現実の関係にも様々な形がある、お前達はそれを踏みにじり、押し流した。異世界転生以外を虐げ、異世界転生の中ですら、序列を作り強弱を作り過剰競争を起こして過激に走らせた!」

「独善を……!」


 ルルヤの言葉に『全能ガイア』がたじろぎ押される。だが、そのルルヤの言葉に付け入る隙を見つけ反論を加えようとするが。


「無論、僕達が尊ぶような物語のあり方もまた本来は全体の一部!」


 独善はどちらもだという反論をしようとした『全能ガイア』の機先を制するのはリアラの言葉だ。欲能による予知や読心が【真竜シュムシュの鱗棘】で制限されている以上、二人コンビで戦うリアラとルルヤの方が頭と行動の回転が早い。だが二対一は卑怯等と今さら言う権利が『全能ガイア』にあろうものか。そもそもは組織を率いていたのであり、そこから多くの者を後でやり直し救えばいいと見捨て使い捨て離反を招いたのは『全能ガイア』自身! 因果応報、それは彼女が使い潰した『永遠ズルヴァーン』と皮肉にも同じく! 神らしからぬ後悔に焼かれる『全能ガイア』、そして続けてリアラが叫ぶ!


「僕達は少数者だし、理想は儚い。人の心の中には確かに言い訳しようもない程邪悪が中心に座っている! 怒り、憎しみ、恨み、鈍い! 人の命の中心にもどうしようもない程苦しみが詰まっている! 傷つき病み死ぬ! それがホモ・サピエンスって生き物だ! だけど! この憎悪と恐怖と苦痛と欲望の詰まった肉の袋は……それでも神様や正義や人道や優しい世界を夢見る! それもまた、人間なんだ!」


 人は、それでも物語を必要としているし、欲しているし、物語を作ることが出来るし、それに殉じる事も出来る。そうではないという人間も、無意識に社会や良識や道徳や常識や歴史といった、当人が物語ではなく現実だと思っている物語を必要としているし、社会を通じて物語を必要だとする人間と支えあっている。


「本気で殉じられる人間が少数だとしても……それは必然だしそれでいいと思う。誰もが物語を書いていたら読む時間が少ない奴ばかりになるし……同じように誰もがこんな風に実際に異世界で戦いなんて繰り広げていたら、漫画もアニメも見る暇も無い……すっかりファンタジー世界の住人になっちゃったから、生前はSFも好きだったのに、今じゃSFみたいなメカとは戦う以外の事が出来やしない」


 苦笑するリアラ、リアラの表情を写す【融合巨躯】。地球に一瞬帰って、久々に見た地球の漫画やアニメ。やっぱり、大好きだった。泣きたくなるくらい懐かしかった。ルルヤさんや沢山の人に出会えた事、救えた事、勿論かけがえの無い大切事だけど、それで無くしたものがあるのもまた事実で、どちらも大切なものだった。


 有限の人生、何かを得る事は何かを無くす事。自分にとって大事なものの割合を出来るだけ増やしていければと思うが、だからといってその過程で無くす物が無価値な訳じゃないと違いを肯定する。


「『全能ガイア』、君の言う事には確かにそうだという部分は沢山ある。死は怖い、現実は辛い、強くなりたいと思う、愛されたいと思う……皆から正しいと思われたい、それは誰にだってある」


 僕にだって。そう声無く語り胸を押さえるルルヤの傍らにリアラがすっくと立ち、それでいてがんしゅうの笑みを浮かべてその胸に当てた手を取った。背筋を伸ばして、全てを胸張って受け止めているが、張った胸の中にそういう要素が、私だって無いわけじゃないさと、混珠こんじゅの代表として同意する。その上で、続きを促す。故にリアラは胸を張って背筋を伸ばし続けた。


「僕は僕自身悟っちゃいないし、誰もが悟れると思いもしない。だけど『全能ガイア』、君の理に対して別の理を唱え続ける事は止めないし、その理で救える人を、救える限り救いたいと思う。人の弱さ愚かさに寄り添うから、この短い手で救える範囲にいる人を信じるとかいって人を放り出したりする程無責任じゃない」


 衆生全てに悟りを授けて見せる事は出来ないけれど。自分自身悟れはしないし救われる事も難しいけれど。


「それでも、何度でも言うし、自分自身が完全にそれに合一出来なくても、努めて信じる。現実という死に物語は負けないし、力と正しさは違うし、愛される事より愛して救う事を欲してこそ愛が得られたと思うし、正しさとは間違う事を恐れ続け考え続け間違っても考え直す事故に真っ直ぐすぎる危うさにも数の力にも独善にも我欲にも負けちゃダメだし、例え世界が敵に回り救いが見えなくてもそれは捨てない! この言葉の果てに一つの救いがあると叫ぶ!」


 これまでの全ての欲能行使者チーターと全ての欲能チートを併せ持つ、それらの人格と欲望の様々な側面をも有する『全能ガイア』に、これまでの言葉全てでもって抗う!食らいつこうとする『全能ガイア』の顎目掛けアッパーカット!


「そんなもの、貴様等だけの……!!」

「少なくともゼロではない! それにこれで全てでもない! そして少しの力でも……頑張れるとその少しの皆に示せる! 皆が頑張ればこれ程までになったぞ!」


 ZDDDDDGAMGAMGAM!!


 アッパーカットを食らいながらも尚食らいつかんとする『全能ガイア』の遮断をルルヤが抉じ開ける。剣と剣で打ち合わせると同時に、拳で蹴りで翼で【真竜シュムシュの長尾】の効果で文字通り長くした尾で、『全能ガイア』の掴みを打ち払うと同時に何連続もの諸平行世界に轟くが如き打撃を放つ!


 この力は先にも言ったとおりあくまで皆から貰ったもの、その集大成だ。つまり、もう既に、私達は二人ぼっちなんかじゃない。そして、物語の書き手が一人でも読者がいれば一つの世界を認識し一つの冒険を観測し綴る程の力を発揮できるように、私達は一つの思いごとに一つの世界程の力を出す、と。


「これは誰もが通せる訳じゃないのは百も承知だけど、そんな僕達を見てくれた人の何人かは、同じように一つの世界程の力を出し、それは私達を相互に更に勇気づけあい、力づけあい、繋がれる、一つにはなれずとも一連の流れになる事くらいは! 一つ一つの命の限界を越えて、人の心の動きとして、それぞれの物語が残る限り、いや、自分の物語の形が無くなっても、影響の影響という形で別の物語に影響を与えていく! 全然別の物語とも響き合い伝わっていく! 例え地球が滅んでも、僕達が混珠こんじゅを見出だしたように、きっとどこかの誰かに繋がる! これが僕に言える精一杯の救いだと言い続ける!」


 それでも尚その頑健重厚な体に損傷を見せぬ『全能ガイア』が攻撃を体で受け止めながら体当たりをぶちかまし反撃を放つ。リアラとルルヤの竜術による二重のバリアを張って尚血反吐を吐く【融合巨躯】だが、それでもルルヤの攻撃はリアラに勇気と時間と言葉を与えた。即ちリアラなりの救いの力を。故に言葉を打ち返す。


「だから『全能ガイア』、君の救いを問い糺す! どうして、あんな救い方しか出来なかったんだ! 堕落と破戒を誘うような欲望の全肯定という形でしか人を救おうとしなかった! どうして!」


 血を吐き問うリアラに、『全能ガイア』は苦笑した。最初は、苦笑だった。


「丁度良く救済を待っている都合の良い世界がそうそうあると思うかい!? そういう世界をいちいち作る、つまり最初から絶望させる為に世界を作った事もないでもないよ? はは、それはそれで罪深いさ、どこかで危機に陥り救われたがっている誰かを欲するという事自体もだけど! それくらいなら過程をすっ飛ばしてもいいし、それに何より、異世界転生そのものが願望即ち欲望から生まれた、欲望は原理の根本だ……それに、何より」


 だが苦笑が牙に変わる。露に剥かれるその牙は『全能ガイア』の本質で。


「それこそが地球、それこそが人間、それこそが私の救いたいものだからだよ」


 ……あるいは『全能ガイア』なりの地球への愛なのかもしれなかった。


「地球の人間は、邪悪なものも中途半端なものも一杯いる。私は、そいつらを等しく愛している。善は誰にだって愛される。邪悪なものと中途半端なものは、私が愛してやらねば誰が愛してやるんだ。掬い上げる過程で多少擦れあって削れてしまうのは仕方がないが、私は地球人を愛しているんだ。だから」


 そして、その愛は逆鱗だった。


「だから地球が、地球人が、他所の清らかな世界に、劣っているなんて許せない。私の愛する地球の人間は、邪悪で中途半端でも清らかな世界より凄いんだって救ってやらなくちゃ、私が、私が地球人を救ってやるんだ! 物語を踏みつけるなと言ったな! よくも言ったな物語! 理想で! 現実を! 踏むなあああああああああっ!!」


 『全能ガイア』、絶叫。叫びだけで【融合巨躯】の肌を切り裂き装甲を砕き弾き飛ばす。その目は星の滅びを見た。その声は死すべき定めの命、英雄になれない命、全ての普通の人間の怨嗟の叫び。本来、地球を背負って戦う英雄が担うものの中に含まれる闇。お前は全てを救える存在ではないと言う物語に対する怨嗟。


 そしてそれは、地球に物語を踏む事を許すまいとしたリアラ、故郷の世界を踏みにじるものに抗ったルルヤと同じ叫びだった。それは人間存在の根本、自分は自分だ、それを踏み躙っていいものだと勝手に定義するな、バカにするなという尊厳の希求。


((分かった。分かっている。けれど))


 リアラとルルヤはそれを理解した。異世界転生を理解した。だがその上で。


「一番弱くて儚い、欲望を持つ事も出来ない奴等も救ってこそ神だろう! 現実を物語が踏んでいるのではない、現実を踏み躙っているのは現実そのものだ!」

「!!?」


 救われぬ者を救ってこその神だし、そもそも現実に救いが無いからこそ救いが必要なのではないのか。その言葉で『全能ガイア』を穿った。


 本来、異世界転生とはそういうものではなかったか。救われる人が居て、救う人もまた救われて。何時から、救われる者は救う者の為に存在する引き立て役に、救う者は己のエゴを世界に押し付ける事をご都合主義で許された愚者だと揶揄されるまでに成り下がった? 一つ一つの過程に、そんな意図は元々無かった筈だった。巨大な流れが、偶然や故意の逆行を混ぜ、更なる勝利を求める貪欲と更なる快楽を求める盲目痴愚が、即ち欲望が段々と個々ではなく全体を濁らせていった。


 そう、『全能ガイア』は、どれ程侵略的で邪悪で狂っていようが、異世界転生で地球人を救おうとする女神である事に変わりはない。『全能ガイア』のここまでの組織への放任主義も行動の矛盾点も諸々の不徹底も、全てはそれに由来している。故にその糾弾は、救うべきものを最後には全て救えるのだからと切り捨ててきた『全能ガイア』の、異世界転生以外の物語を蹂躙するだけでなく小さな異世界転生の物語をその濁流で押し流してきた矛盾に、異世界転生そのものの力で皹を入れた。


「僕達は小さく儚い、無力で、すぐ消える……巨大な流れの中の小さなものだとしても……それでも、小さくても一つの世界だ。そんな僕達という小さな世界同士が繋がる事が出来る物語は、小さな奇跡だ! だから、僕達の小さな奇跡が、他の世界に影響を与えて、また小さな奇跡を生んで、繋がって、繋がって……!!」


 歩未が語った事をリアラはまだ覚えていた。シャーロック・ホームズの例え話。物語が現実に干渉する。世界が物語を作るように。それは入れ子構造の無限、覗き込めば恐ろしいと感じる事もあるが、それは無茶な論理である事を承知で押し通せば無限の実在証明だ。自分の人生の中に夢という別の物語があり、今の人生もまた誰かが見る夢かもしれないように。昨日の記憶と今朝起きた記憶が本当に連続しているかを疑う余地だってあるように私達もまた誰かの読む物語かもしれないが、だからといってそれを恐れるには値しない。私達が物語でも物語が私達に影響を与えるように私達もまたその誰かに繋がっていく。


 そこまで極端な事を言わずといい。誰かが物語を書く。それを読んだ誰かが少しでもそれに影響を受けた物語を書く。それは、その物語が続いたという事だ。影響は残る。続いていく。感想を語り合った結果でも、思い付いたまま笑いあった与太話でも、共に遊んだ記憶でも。


 どこかの誰かに繋がっていく。誰かの心の中で生きられると。少なくともそう信じられる。この宇宙が滅んでもこの宇宙を読む誰かに伝わる可能性はゼロではない。物語は繋がっていく。だからこそ物語は永遠に近いと……永遠は無いかもしれないとしても夢見る権利はそれでもある。人は己が定めた目的を達すれば死に打ち勝てると叫んだかつてのリアラの言葉を補完する、届く限り全ての人へ向ける、死への勝利に付け加える要素を今ここに語り歌う。


「だからここまで来れた! 色んな皆がいたから! 現実があって、物語があって、だから現実を生きる命が心を保って生きられるように! ……異世界転生チートじゃなくても、地球の人の魂は救える。あらゆる物語に、人の魂を救う力はある。だから僕は貴方と戦う。貴方に勝つ。貴方を止める為に!」

「止める為に、だと……この、私を……!?」


 様々な物語同士の対等な繋がりの肯定。欲望ではなく人の心の為にある物語。人の心を支える物語が、現実に虐げられ否定され破壊される事の無い世界。それこそが死への勝利に付け加える未来への歌であり、そして、それが異世界転生という救済に抗う形である以上……それは『全能ガイア』の存在を穿つ言葉となる。止める、という、その言葉に込められた慈悲めいた響きに、『全能ガイア』は混乱した。


混珠こんじゅは一度だって自分から地球を踏んでいない。物語が現実を踏みにじるのは、それを誤って使う者が現れた時だけだ。そうでないのに物語に踏まれたと感じるなら、それは愛も目的も無い殺伐の為の殺伐でしかない物語を読んだ時か……」


 ルルヤが言葉を繋げる。吹き飛ばされた間合いをはかり、最後の一撃の為に構えた剣に魔法力をリアラと共に注ぎながら。


「諦めて、妥協して、見捨てて、自分が理想を裏切ってしまった事に罪悪感を感じている時だろうさ」

「~~~~~~~~~っ!!」


 猛り狂う復讐者であったルルヤは、その復讐の旅の終わりに、全ての元凶にただ静かにそう告げた。そして、静かな言葉だからこそ、それは芯を突いた。


 心が傷つくのは心があるから。お前も、お前達もまた、物語に救いを求める心傷ついた者、本来物語に救われるべき私達と同じ存在だった。唯、本の少し知恵と力の使い方が私達と違っていただけだったのだ、と。『全能ガイア』が、呻いた。


「尤も、剣を捨てる訳にもいかない。私達もまた、ひとつの救いの形でしかないし、私達が切ってきたのとは違う敵もいる。多様性を盾に人の独立を侵す悪を為す奴もいるし、理想を悪に用いる奴もいる。不完全だ。だが」


 それでも、戦わない訳にはいかない。何故ならば。


「それが僕達と、『全能ガイア』、貴方の物語だ。終わらせなければ、僕達と僕達以外の全ての過去に報いる事も、今この心に感じている思いと今も続いている全てにけりをつける事も、先へ進む事も出来ない。僕達も、そして貴方も! 」


 リアラも共に剣を構える。地球と現実の化身でありながら同時に異世界転生という物語の化身でもある、優劣上下が物語と物語を綴り読む者の心すら知らず知らずに蝕む物語たる『全能ガイア』との戦いは、終わらせねば先へ進めない。誰も。


「だから、僕達は」「私達は」「……逆襲する」


 最後の魔法を織り上げる。世界の狭間で、だからこそ出来る、今この時限りの魔法を。それでもここまで戦ったからこそ出来る奇跡を。


「終わらぬさ、終わらぬよ、欲はまだまだそれでも尚燃え続ける。それでもか」

「「それでも。命が作る物語は、続けながら変わる事も出来るし、一旦終わってもまた新しく始められると、信じる。その未来を、貴方から取り戻す」」


 尚否定する『全能ガイア』と、二人【融合巨躯】と意識を同調させ声を揃えて言葉を交わし。そしてついに両者は最終的な激突に至る。


 『全能ガイア』は剣を翻しながら突貫した。周囲の時空が乱れる。奇妙に時間を、過程を連続して飛ばすように、距離を何度か無視して短距離ワープを繰り返すように何度も一足跳びに、空間諸共断ち斬るような斬撃。世界を歪めその背後に蒼き地球の姿を背負いながら、己が理に従った全ての地球の欲望の力をかき集め、『全能ガイア』は全身と武器を黄金に輝かせ、必殺の斬撃!!


「『死よ、人の世の理よファイナルゴッドガイアー』!!」


 リアラとルルヤもまた剣を構え、諸世界と繋がった。そこには様々な世界があった。物語の中の世界。その物語を観測する。別の物語の世界。物語を観測せず只管現実的だが他の世界に物語として観測されている世界。


 そこには多くの悲しみがあった。己が属する世界に圧殺されていく、小さな世界としての人々の魂。そして、滅んだ世界達の魂。


 混珠こんじゅの礎となった以外の異世界転生チートに踏み潰されて滅んだ世界達。直接滅ぼされた世界だけではなく、異世界転生同士の争いで滅んだ世界、他と比べ己の世界はつまらないのではと錯覚した神々さくしゃに放棄された世界ものがたり神々さくしゃ孤独に反応の無さに心を砕かれた結果滅んだ世界ものがたり観測者どくしゃの冷たさに神々さくしゃ諸共滅ぼされた世界ものがたり……


 現実リアルに負けた世界ものがたり現実リアリティに忠実であった為に滅んだ世界ものがたり、現実に屈服して歪んだ結果滅んだ世界ものがたり。そしてそれらの世界に属していた人々と、それらの世界の存在が心の支えになっていた人々。沢山の、沢山の世界。


 それら様々な世界の既に滅んだ魂の無念を【真竜シュムシュの地脈】で担う。未だ滅ばぬ世界の魂の悲しみにも寄り添う。抗う物語がいるのだと告げ、自分達の物語を示す事で勇気づけ、あるいは他の世界と傷ついた世界に手を取り合わせる。数多の世界を、自他の救いを願う祈りを束ねる。自分一人の救済を願う欲望に倍する思いを。


 響き合い、甦る活力からも、力を得る。力を齎す。救いを齎す。この一太刀で!


「【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】!!!!」


 剣が光と闇が入り交じり無限色数の輝きを帯びて天地を繋げる如く伸びる!


 その剣を掲げるように握り、振るう。身に余る力を、世界達を思う心で担う。


 翼を羽ばたかせ、相手の突撃に合わせる。切りかかる太刀筋に呼応する。世界と想いをぶつけあう一合なれど、あくまでリアラとルルヤ二人刻みあった武に沿って。踏み込み、剣と剣の激突、『全能ガイア』が鍔迫り合い越しにエネルギーを打ち込まんとする。その剣をリアラとルルヤが【融合巨躯】の剣の捻りに巻き込み、抉り、切り上げる、抗う!


 二人の物語を束ねた一撃が激突する! そして……!



 何処とも知らぬ場所。


 いや、その風景を、神永正透かみながまさとは知っていた。知っていたからこそ分からなかった。ここがその場所なのかどうか。まさか、という想いがあった。


 過去か、未来か。それすらも分からない。ここが実在の場所なのかも、ある種の心象風景めいた異空間なのかも。


 そこは河原だ。ごくありふれた地球の河原。……地球で神永正透かみながまさとが死ぬ事になったあの日あの場所あの河原。


 その川の水に半身を浸かりながら川岸に流れ着いている自分に、リアラ・ソアフシュム・パロンに転生した筈の少年、神永正透かみながまさとは気づいた。かつての少年としての姿。遠くには明かり。警察のサイレン。自分は助かるのか、助かったのか。これまでの全ては夢だったのか? 心の何処かに誰かが語りかけた気がした。そう思えば今までの全てを無かった事に出来るぞ、力の責任も辛かった事も背負い込まず普通に戻れるぞと。それは不思議な確信があった。ここで諦めてしまえば楽になれると。


 正透まさとはその確信に否を唱えた。リアラ・ソアフ・シュム・パロンに生まれ変わった事も、そこで得たものも失ったものもした事もそこでの未来への不安も全て受け止めると誓った。そう最後の誘惑を払い除けた瞬間、それが見えるようになった。


 【融合巨躯】の解除されたルルヤが倒れていた。それを同じく取神行ヘーロースが解除された状態の『全能ゴッド欲能チート』が、殺そうとしていた。その手には光の刃。最後に残った欲能チートの一欠片か。ルルヤは倒れ無防備だ。立ち上がろうとする正透まさと。最早己の内に、一欠片の魔法も残っていないのを感じる。それでも正透まさとは走った。かつてと同じように。己の意思で唯の路傍の石を掴んで。


 『全能ゴッド』は、地球の女神は見た。最後の誘惑を払い除け、己に向かって唯の路傍の石を振り上げる少年を。


 倒れたルルヤに振り下ろそうとしていた己の手の内の光の刃は、最後の誘惑をはねのけた少年の、唯の路傍の石に及ばない。届かない。間に合わない。奇跡の力が。何たる皮肉。


 『全能ゴッド』は、地球の女神は思い出した。己が救おうとした人の子らが、木々から降り、恐る恐る地上を歩き始め、最初に石を振り上げた時の事を。


 『全能ゴッド』は、地球の女神は思い出そうとした。あの時、まだ獣だった人は、どうして石を振り上げたんだったか。


 仲間を守る為だったら、人は私が思う程どうしようもないものではなくその清らかさを保っていたのだろう。己の腹を満たす為や奪う為だったら、人は、ほんの少しは成長したのだろう。


 何れにせよ、ありのままの人の悪性を肯定しようとした己への、確かな抵抗であったと、『全能ゴッド』は、地球の女神は悟った。



 それは幻だったのか、共有した心象風景だったのか、周囲の事象が書き変わった結果だったのか。何れにせよ、それは一瞬。


 剣と剣、最後の想いと想いの激突が互いを打ち砕きあった。取神行ヘーロースが、【融合巨躯】が砕け散る。取神行ヘーロースの奥に融合し埋もれていた『全能ゴッド』の姿が露となる。そこへ、光のビキニアーマーが【融合巨躯】と繋がっていた光の線を千切れさせ失いながら、手に手を取って一瞬の幻から今の姿となったリアラと意識を取り戻したルルヤが飛んだ。二人で一つの刃を握り共に振るった。二人の最後の一撃が『全能ゴッド』を切り裂いた。


 『全能ゴッド』はリアラとルルヤの顔を見た。戦いを終わらせんとする、その一心に加え様々な思いを、混珠こんじゅへの、地球への、物語への、現実への、転生への、命への、そして『全能ゴッド』への想いを束ね、悲しくも強く駆け抜ける顔を。強く……『全能ゴッド』が、異世界転生チートが、あってもなくても新しい未来へ進んでいく顔を。


「そうか……すまなかった……」


 『全能ゴッド』は答えを得た。眼前の二人や、『永遠エターナル』達使い捨てた者、『交雑クロスオーバー』の様に歯向かわれて拒絶した存在、『旗操フラグ』のような非情の歯車で挽き潰した者にそう詫びると、静かに目を瞑り涙を零し、刃を受け消えていった。戦いは終わった。

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