・第九十六話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(前編)」

・第九十六話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(前編)」



 超セイオウ攻撃が終わった。否、途中で止められたのだ。本来の超セイオウ攻撃であれば、それが終わった後に残るものは何もない。


 攻撃に巻き込まれた『全能ガイア』の取神行ヘーロースは、バリアを割られ、顔の前に翳した白亜の両腕が焼け焦げ装甲の一部が融解していた。それは『全能ガイア』にとって初の損傷で、セイオウ攻撃は『全能ガイア』に対する有効な攻撃手段となりうるという『交雑マルドゥク』の読みの正しさを結果が証明していたが、しかし同時にそれが完遂されなかった事も示していた。


 スウ、と、まるで書き直すかのように奇妙に無機質に、その両腕の損傷が回復していく。それを威圧的に見せつける『全能ガイア』。無駄だ、効いてはいないと言うように……だが、その威圧の効果もまた不完全だ。何故なら、他にもっと注目を集める存在があるからだ。


 ここまでリアラとルルヤの戦いは苦戦が続いていた。だが逆転と逆襲の手がかりも無く只管苦戦を続けていた訳ではない。逆転の布石は既に打たれ、逆襲物語の為に刃は既に抜き放たれていたのだ。


 ZDOM……!!


「ッ……!!」


 背後の爆発音を聞き、コックピットを解放し自ら戦っていた『交雑マルドゥク』がばっと反応し背後を振り仰ぐ。爆発はグレートシャマシュラーの機体から発していた。背中から首筋にかけて、内側から爆発が発生しめらめらと炎と煙が上がっていた。機体全身の発光体が消灯している。


 端末に視線を走らせる。予想通りの、『交雑マルドゥク』にとって最悪の結果が表示されていた。次元接続システム機能停止。あの爆発はそのほんの余波に過ぎない。グレートシャマシュラーをグレートシャマシュラーたらしめる次元の間を破って流入するエネルギーの流れがかき消されていた。


 即ち最早、グレートシャマシュラーは無限の攻撃力と無限の再生能力を失った。スーパーロボットたる所以、鋼の神たる拠って立つ超越性の根拠を失った、唯の兵器を満載した人型の機械に過ぎなくなった。


 残る〈傑証けっしょう〉も少ない。『交雑マルドゥク』の力の源であった二次創作〈とある矛盾の最低最強〉の元ネタ達が戦っていてもこの結果になったかどうか、あるいは二次創作の主人公そのものであればどうなっていたか。分からぬ。だが何れにせよ。


「まさか、やってのけるとは……」


 『交雑マルドゥク』は、己の勝機が激減した……零になったとはまだ認めぬ……事を理解しながら、背後を振り仰ぐ事も計器を見る事も止め、眼前の相手を見た。


「僕は、考えて、手助けを頼んだだけです。殆ど全部、皆の力ですよ」

「ぬかしおる……」


 そう答え、静かにそこに佇むのは、リアラでもルルヤでもなく、リアラでもルルヤでもあった。【巨躯】ではあるが、柔和なリアラの【巨躯】でも、竜そのもののルルヤの【巨躯】でも無かった。大きさは二者を足したサイズではなくリアラの【巨躯】より少し大きい程で、リアラの【巨躯】に似た、女神めいた姿ではあった。だが、何もかも違う。


 真珠銀とシャンパンゴールドの薄く繊細なカラーリングは、白刃の如き銀の肌と、金と赤銅、二色の幾何学紋様に。


 頼りなく無防備にすら見えた肢体には、ルルヤの【巨躯】の鱗を加工したような黒いビキニアーマーが装着されて。


 その容姿はリアラのものでもルルヤのものでもなく、二人の印象を混ぜ合わせたような顔と二人の魅力を共に備えた肢体で、翼はルルヤの黒い竜の装甲皮膜でもリアラのステンドグラスめいた妖精の羽でもない、天使や女神のような白い鳥の翼、尾に相当する部位は尾針めいたリアラのそれより長く怪獣めいたルルヤのそれより短く、踝より手前辺り程までの長さのしなやかで細い尾となっている。


 瞳は片方がリアラの金、片方がルルヤの紅。髪は、朝焼けの終わり際とも夕焼けの始まる手前とも見える、一部は薄青、一部は薄赤の入り交じった色で、金色の瞳がある頭の側の一房だけを細い三つ編みにして垂らし、後ろ髪はルルヤの髪型を思わせる奔放な長髪、長短細太の四本角が王冠のように生えていた。


 その背後に非現実的な【黒い光月の息吹】で真竜シュムシュの紋章が一瞬描かれ、そして消えた。


 そしてリアラとルルヤ二人自身は、具体的にどうなっているのかは二人にとってもややあやふやなのだが、リアラはルルヤと共に、恐らくはこの言わば【融合巨躯】の中なのだろう空間にいた。不思議な光に満ちていて、二人とも裸なようなのだが、体自体がほんのりと発光し、更に【非現実の光線でアンリアルライト】を使ったようにビキニアーマーめいた光が胸元や腰に収束し局部は見えない。


 言わば光のビキニアーマーというべきそれから同じく光で出来た糸のようなものが何本か伸びて【融合巨躯】と繋がり、周囲の空間と繋がりロボットを操縦桿を介して操縦するのと違うタイムロスの無い【融合巨躯】の制御を可能としている。光の糸は四肢を動かすのに支障はなく、二人とも、【融合巨躯】を己の肉体のようにも感じていて、二人の意思が共に【融合巨躯】を動かす。二人同じ場所にいるようでもあり、リアラとルルヤがそれぞれ自分の目と同じ色の瞳の中に外から見える事もあり……正直リアラも完全にどうなっているのかは把握しきれなかった。二人の【息吹】の効果を重ね合わせる事を勝算として考えてはいたが、ここまでの結果になるのは想定以上だったので、半分くらいはぶっつけ本番なのだ。半分予定して導いただけ十分凄いと言えるが。


 その両腕は、先程までの『全能ガイア』と『交雑マルドゥク』の弾幕を懸命に跳ね返していたのと同じ構えで、今は弾幕が止んだ為、静かに構えられていた。溢れる程の力の交差の結果として両手は焦げて煙を上げていたが、それがじわじわと回復していく。


 その手にあったのは、ルルヤが攻撃を跳ね返すのに使う黒い円環だけではない。そこに光の円環が加わり、光と闇を備えた二色の円環。それはリアラの陽の【息吹】、今や光だけではない完全な陽の属性として、地球の太陽が象徴する熱量や核融合、太陽の質量の属性をも操り始めた力だ。


 その両腕が、『交雑マルドゥク』操るグレートシャマシュラーの超セイオウ攻撃を防ぎ、そしてそれによりグレートシャマシュラーの次元接続システムを破壊していた。


 『交雑マルドゥク』を倒すには、グレートシャマシュラーの切り札である超セイオウ攻撃を使わせるしかない。グレートシャマシュラーの言わば本体である次元接続システム、多次元間を収奪されるエネルギーの流れを破壊する為に、グレートシャマシュラーが別次元からエネルギーを取り込む流れそのものを攻撃する必要があるからだ。


 そしてグレートシャマシュラーに超セイオウ攻撃を使わせる為にはリアラ・ルルヤと『全能ガイア』の戦闘における手札をある程度引きずり出させ、超セイオウ攻撃を出せば倒せると判断させ、その上で纏めて超セイオウ攻撃を行える好機を『交雑マルドゥク』が罠と疑わないあるいは罠かもしれなくても使わざるを得ないタイミングを作らなければならなかった。


 それをここまでにリアラはほぼ成し遂げ、足りぬ部分は心理戦と舌戦で補った。だが如何にして〈別次元からエネルギーを取り込む流れそのもの〉を攻撃したのか。


 行った事自体はシンプルだ。次元間のエネルギーの流れから無限の攻撃を引き出す超セイオウ攻撃。つまり、超セイオウ攻撃をたどれば次元間エネルギーの流れそのものである次元接続システムに行き着く。そして、真竜シュムシュの力を帯びる攻撃は絶対や無敵を否定するが故に、ここまで極まった竜術ならば抽象的存在である次元間のエネルギーに流れすら命中する事ができれば破壊できる。


 つまり後必要なのは、無限の攻撃を遡上してその根元を撃てる、そんな論理だ。


「もうやめようって言って、止めるようなら復讐者にも転生者にもなってないよね」

「勘違いも増上慢も甚だしいぞ。たかが超セイオウ攻撃が、俺の最後の切り札だとでも思っていたか?」


 【融合巨躯】はリアラの声で語り、『交雑マルドゥク』は拒絶した。趨勢は決まったという降伏勧告等無粋、それは分かっているけれど、昨晩育んだ絆と言うには敵対してきた事実が重すぎる感情故にそれでも言わざるを得なかったリアラと、それでも尚誇りにかけて、ここまで眼前の勇者の敵手として、己もまた趨勢を覆せんで何とすると拒む『交雑マルドゥク』と。


「そうだ。君達は好きに満足して好きに死ねばいいんだ、それができるかは君達次第だけど……生まれ変わってよかっただろう? さあ、これで満足して、最後の戦いに突撃しながら死ぬといい。尤も……」


 ZDOOOONN……


 そんな二人の関係を包括して抱きとめる形で残酷に無視し、『全能ガイア』が、大きく両腕を開いた。問答無用の、双方殲滅の構えだ。


「チッ……!」


 未だ諦めていない『交雑マルドゥク』が舌を打つ。切り札はある。だが、再現なく垂れ流される『全能ガイア』の圧倒力を前に、それをどう通すかを必死に思考する。


「君は問題だな、神永正透かみながまさと。その力、冒涜だ……」


 そんな『交雑マルドゥク』よりも、『全能ガイア』は遂に無視できなくなったリアラを見る。何をしたのかを、見て。


「……その姿になって、強くなった。二人が重なって、力の密度が倍になったけど、重なった理屈はいい。それだけじゃ、あの超セイオウ攻撃とかいう兵器の威力は超えられない。問題はそれによって何を出来るようになったかだ。……お前。光の速度の限界を越えたね」


 その理を見切る。


「ええ。この姿は、リアラさんの【真竜シュムシュの世界】によるもので、それによってより強く使えるようになりましたけど……手品の種はそれです。一応、ここまで研究を重ねて伏線も張ってましたよ?」


 リアラは同意した。それは正に、現実への物語の勝利だった。まず、その光速の論理から語り始めると、以下のようになる。


 超セイオウ攻撃にカウンターを入れて次元接続システムを破壊した理は単純だ。先程まで行っていた重力【息吹】による攻撃反射、それの極限だ。


 無限の熱量をねじ曲げるには、同じく無限の力が要る。【真竜シュムシュの地脈】でも、本来それは不可能だ。では、何処から無限なんていう概念を絞り出したか。


 ……かつてリアラは断章第十二・十三話で、飛行魔法に陽の【息吹】を応用する事で光の速度で飛行できるのではと思い付き、試した結果相対性理論に阻まれてアインシュタイン的に死にかけた。噛み砕いて言えば光速に近づくにつれ質量は増大するからだ。


 だがリアラは気づいた。己の傍らにはルルヤがいる。重力を操る彼女が。


 後は原理は簡単だ。光に近づく程に増える質量をルルヤの力で相殺する。そうすればアインシュタインを欺く事が出来る。その状態で、光に至る瞬間の、本来無限に質量が増大するから光に辿り着けなくなる領域のエネルギーを解放すれば、無限に手が届く。それによる己と世界へのダメージは【真竜シュムシュの鱗棘】と【真竜シュムシュの世界】で防ぐ。後者が無い状態では危険極まりなく不可能であったが、今ならば可能。


 最後の切り札として、リアラは過去からそれを考え続けていた。そして辿り着いた。無論気付くだけで出来るだけの事ではなく様々な条件を揃え終わった結果だ。リアラの【世界】が無ければ周囲への被害が恐ろしくて使えないし、使えるようになっても【地脈】だけでは辿り着けない威力を出せるとはいえ光速に至る事自体には【地脈】等による莫大な魔法力が必要だ。


「今君は地球の物理法則をハックした訳だ、チート野郎め」

「語るに落ちてるよ、クラッカー」


 ハッキングに準えてチートとお前と何が違うという『全能ガイア』に、ルルヤはその例えを逆手に取って返す。ハッキングとはホワイトハッカーという言葉があるように、それを悪意を以て行う事をクラッキングと言う。それと同じ技術を使ってそれを止める側に回るのをホワイトハッカーと言う。後は言わずもかなだと切って捨てた。


「これは、混珠こんじゅの皆と、緑樹みきさんと、歩未あゆみと、二人に力を与えてくれた僕達の物語を愛してくれた皆がくれた力だ。それを誰にも、バカにさせはしない」


 だが、リアラが当初想定していた【光速の限界を越える力】は、あくまで更に微細な、ぎりぎり1発撃てるか撃てないかの最後の切り札だった。それをこれほどまでの運用を可能としたのは、あくまでリアラの力ではない、皆の力だ。更なる追加の条件を揃えてくれた、皆の力。それが最終的にルルヤの【真竜シュムシュの世界】に繋がる……ここからはそこに至るまでの道筋だ。


 リアラは、『交雑マルドゥク』『全能ガイア』が傍受していたように、ずっと皆と【真竜シュムシュの宝珠】で繋がりあっていた。それによりある事を頼んでいた。


 それは即ち、この地球における【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】とは、即ちリアラが何らかの力で緑樹みき歩未あゆみに情報を伝えていたのか、緑樹みき歩未あゆみが二人の何らかの力か二人の力以外の何らかの現象により混珠こんじゅの情報を受け取っていたのか、そのどちらかという事の確認だ。


 即ち、この戦いの真っ最中に【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】を更新出来るかどうか。それも混珠こんじゅの描写を。二人は、やってみた。そしてやってのけていた。即ち、答えは後者だった。


 何故それが出来たのかは……繋がった時、二人は確信という程ではない何となくだが、直感的に理解した。恐らく、存在しないと思われていた魂が存在し輪廻転生していたように、魔法が今彼女達の傍らにあるように、そして何より、元々物語というものが本来決して直接繋がりえぬ他者の心を動かすように。混珠こんじゅが今こうして相互に影響を与えうる状態だったからこそ気づけただけで、その全てがそうとは限らないが物語を綴る事の幾割かは元々異世界を観測する事だったのだと、物語の世界は、確かに私達の傍に実在し、私達の心は物語を通じて世界と繋がる力を元々ある程度持っていたのだと、物語を通じて心と心が響きあうという奇跡があるのだから、奇跡はそこにあると信じられるのだと……そしてそれが更なる力を齎した。


 二人はそれを、【真竜シュムシュの宝珠】で思考力を強化して平行思考しながら、竜術の中でも最も地味な一つである、間合いを伸ばす=遠隔に物理的な力を及ぼす念力【真竜シュムシュの長尾】で、【息吹】や弓矢で攻撃を行いながら、キーボードとタブレットを叩き続けてる事で実行した。


 その結果、【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】を書く事が出来た。インスピレーションが湧いた。そしてそれが紛れも無く今の混珠こんじゅの中継である事を二人は証明した。それは混珠こんじゅとの連絡を生んだ。竜術を行使できる状態で二人が混珠こんじゅをリアルタイムで認識した事で、その結果世界を跨いで【真竜シュムシュの宝珠】による文通が繋がった。発する事の出来たメッセージはあくまで断片的なものだった。


 【確かめて】と前話で描写したように。メッセージはそれだけ。ただ、目に写る戦いの光景を、胸の内の思いを、今地球でこのそれらの総合である【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】に心を震わせる読者がいるというその人々の反応を、それに合わせて繋げただけ。【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】という物語を綴った事が、その【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】という物語にすら良い影響を与えると信じて。それが何かを起こすと信じて。


 そして、無言の内にそれに答えたものがいた。


 既にここに展開する【真竜シュムシュの世界】は、リアラのものだけではない。


 詳細はこの後二人が投稿し更新するその物語次回九十七話の中で語られるが……



 その描写の本来次の話の一部の断片。混珠こんじゅ、〈絶え果て島〉。


「何が起こった。何をした。それは『全能ゴッド』が定めた転生の法則には無い。……それは何だ!?」

「……少しの〈悪さ〉だよ。オレにしかできない、かどうかは分からないが、オレが思い付いた、ちょっとしたルール違反。それが、オレの【真竜シュムシュの世界】だ」


 『永遠ズルヴァーン』が狼狽し目を剥き叫んだ。それにラトゥルハが、彼女が一度も浮かべた事の無い悲しく優しい表情で答えた。その背後には、弱弱しくも確かに揺らめく燐光で構築された真竜シュムシュの紋章。ラトゥルハが、【真竜シュムシュの世界】を展開していた。


 それはとある悪役令嬢では無かった少女が、裏切り者達が、特に陳腐な転生者達のうちの一人が、最後に優しさを知って消えた信仰者が、ほんの少し残したものに起因していた。



 今はこの断片ぶぶんのみを語ろう。平行した世界で相互に運命が変更されていく。リアラの光速行動を助けていたリアラの力以外の【】には、ラトゥルハの【世界】も、二つの世界の【真竜シュムシュの地脈】が繋がった事も含まれていた。リアラの【世界】は、【リアラが存在する戦場】に作用するモノである為、混珠こんじゅ側には作用しない。混珠こんじゅ側の戦場は、彼等が自らの意思で引き受けた戦場だからだ。だがリアラとルルヤの戦いが、それを応援する地球人もいる事が、混珠こんじゅを応援している地球人もいる事が、抗っているのは混珠だけではない事が混珠こんじゅ側の戦意を高め、そしてまた地球側の戦いの情報……文章的な連絡は断片的であったが、見た事、聞いた事等の共有も行っていた……それが混珠こんじゅ側に影響を与え、更にここからは相手側もそれを知った以上秘密めいた仄めかしではなく更に様々情報が流れ込み力となる。


 そしてラトゥルハの【世界】はそれだけでなくルルヤの心に変化を齎し、混珠こんじゅとリアラ・ルルヤを繋げていた。後者は【真竜シュムシュの世界】を二つの世界において繋げた。リアラの心に混珠こんじゅからの魔力も流れ込んでくる。それがこの奇跡めいた積み重ねの結果の為の土台となる。そして前者は。


「私の復讐の旅も漸く終わる」


 ルルヤは静かな心境で呟いた。前者は、ルルヤの心に力を齎していた。


「憎しみを捨てるとか復讐を止めるとか、そういう悟った風な事を言う訳じゃない。ただ……」


 それが、ルルヤの【真竜シュムシュの世界】を作った。


「私達の復讐は必要な事だったし、壊すより多くを救ったと言い続けよう。その上で、復讐より今は、助けたい人がいる。守りたいものがある。通したい理がある」


 その結果が、今のルルヤとリアラの姿、【融合巨躯】だ。


「ラトゥルハはラトゥルハなりの形で、己の心を素直に表す事を教えてくれた。リアラの切なる願いを心の形にするあり方と併せて、私も漸く私の心の形を明らかにする事が出来た……意外と私は他人思いに尽くすタイプだったようだ」


 自分への皮肉と誇らしさと穏やかな感情が混じった笑みをリアラは浮かべた。


「リアラの力になりたい。私達の物語を愛してくれた人々に報いたい。だから、リアラに、皆に、もっと寄り添って、作りたい、可能性を。救いを。その手助けをしたい……それが出来る世界であってほしい。それが私の【世界】だ」


 皆を守りたかったリアラ。曰く所の【ルール違反】、詳細な力は混珠で作用するが具体的な内容は次話に譲らざるを得ないが例外的な奇跡を望んだラトゥルハ。その二人を見て、皆を助けたい、助けられる力として皆に寄り添いたいと望んだ。旅路の果ての思いであり、過去に山間の小天地で無意識に抱いていた複雑な思いの結実でもあった。


 それがルルヤの【真竜シュムシュの世界】の掟で。【融合巨躯】は、ラトゥルハの【世界】に助けられながらもルルヤの【世界】が作用した結果、融合して力となるという形でのその世界法則の具現が成された一つの結果だった。


「優しい世界だな、それは」


 『交雑マルドゥク』は、『全能ガイア』への皮肉げな視線を飛ばして、苦笑し、美しいものを見るめで、ルルヤとリアラの【融合巨躯】を見た。しかし。


「だがそんな優しい世界を踏み潰して取り除けないと、俺が滅ぼしたい地球に届かないなら……それがどれだけ優しく美しい世界でも、踏み潰して進むだけだ。例え、その可能性がどれ程だろうとも」


 それでも尚、止まれない、否止まらないと宣言する。


「それには、同意だね。私も、ああいう優しい世界は……許せない。君のその反逆を、地球への憎悪を、今は肯定しよう」


 そして『全能ガイア』は、己への反逆者でもある『交雑マルドゥク』に、意外な程優しい言葉をかけた。それはこれまでのような、罠でも皮肉でも無かった。


「分かっているさ……リアラ」


 支配ではない優しい世界を望んで、それを形にしても尚、戦わなければならない。それをルルヤは受け止めた。その上で、優しさを捧げた愛する人を支える為、問う。


「はい、分かっています」


 複雑な言葉は要らなかった。己に似て非なる形の物語と復讐に生きる『交雑マルドゥク』。それを受け止めるかというルルヤの言外の問いに、リアラは頷いた。


「いくぞぉおおおおっ!!」「消えろ!!」


 『交雑マルドゥク』が吠えた。『全能ガイア』すら叫んだ。そしてリアラもルルヤも。


 地球での最後の戦いが始まった。


「行きます!」「行け!」


 阿吽の呼吸で二人は肉体を制御し、互いに魔法を掛け合い二人分の意識で一つの肉体を倍の回数動かす。光速行動は、まだ長時間は持たぬ。だが一瞬一瞬成長し続けている。リアラが【融合巨躯】を走らせた。まだ再度光速には至らない。


 その現実より先に『交雑マルドゥク』は動いた。未来を見て尚動いた。再度の光速行動より先に仕留めると。


 進路上に最後の〈傑証けっしょう〉を弾幕射出する。残存サブ動力に己の力を加え補い以てグレートシャマシュラーを飛行突撃させる。


 考え無しの連射ではなく全て効果を積み重ねての構築。雷が金属と金属の間に網を張り、放たれた衝撃が跳ね返り、隙間を回転する刀身が縫う。


「取ったッ!!」


 傷を負いその間隙を馳せ抜けるリアラは追い詰められた。それは『交雑マルドゥク』の射線上、極めて高度な四次元チェスめいて。


 その射線を埋めるのは最後の最後に引っ張り出してきた切り札の〈傑証けっしょう〉。巨大な穂先に七つの節を持つ槍、いや槍というよりは先の尖った塔を武器として構えているのに近い。


 これは〈Destiny/Duel in the Dark〉最強の武器、〈地球王アルリム〉の〈傑証けっしょう〉……その鞘たる『七天穿つ叡知の塔エ・テメン・アン・キ』。星の全ての属性をかき回し分解する知恵の力。それを潜り抜けてもそこにこそ真の刃、始源絶後の究極の一撃、星産みを司る星海の力、『全世統べる天意の塔エ・ドゥル・アン・キ』の一撃が来る。それは【融合巨躯】をリアラ・ルルヤごと纏めて滅ぼし更に『全能ガイア』すら穿ちうる力。遂に辿り着いた『交雑マルドゥク』の最後の力の奥底の更に底。


「伝えて、やれっ!」「はいっ!」


 だがルルヤはリアラを信じて叫ぶ。リアラも真っ直ぐ『交雑マルドゥク』を目指して翔ぶ。敵である『交雑マルドゥク』の想いにすら答えを伝えてやると二人は思いを一つにして二人が一つとなった【融合巨躯】は翔ける。


 空中戦! だが敵は無論『交雑マルドゥク』だけではない!


「ふ、せっかくだから」


 『全能ガイア』はそんな様子に微笑んだ。それは嘲笑というよりは、穏やかで慈愛の篭った憫笑で。


「少しは『交雑マルドゥク』君の勝率を上げてあげようか! 救ってあげよう、慈悲で!」


 そう言うと『全能ガイア』が動いた。光弾発射を再開しながらもそれまでの棒立ちではない飛翔突進を同時に行う。侮蔑的な慈愛を撒き散らかしながら。


「何のっ!」「勿論そうだろう、からねぇっ!」


 【融合巨躯】の姿が一瞬霞んだ。弾幕がすり抜ける。幻や非実体化ではない、一瞬の光速行動による回避だ。


 しかしそれを読んでいたからこその突進だ。同時に『全能ガイア』は【融合巨躯】に接近していた。


「そして諸共消えて貰おう、可哀想な『交雑マルドゥク』と、せめて心中して貰おうか!」


 DBANN!


「く、もう対応してきたか! ぐうっ!」


 直後、再度の光速行動による回避を【融合巨躯】は行えなかった。衝撃に苦悶し叫ぶ。これまでの光弾ではなく『全能ガイア』は、己を中心に巨大な光のドームを展開する完全に隙間の無い攻撃を行う、だけではなかった。


 それは同時に二重に【融合巨躯】の背後からも出現する二重の壁で、攻撃が発動した瞬間には前後左右どちらにも逃げ場なく塗り潰されていた。【融合巨躯】の光速行動があくまでテレポートではない事を見切ったのだ。


 更に同時に背後から連続着弾する最後の〈傑証けっしょう〉達。だが……


「どけぇえええええええっ!!」


 全ての黒幕に対し今はどいてろ邪魔だお前の相手をしている暇はないと、これ以上無い挑発となる言葉と共に、【融合巨躯】は詰まった間合いを踏み込んで拳を叩きつける! 光速行動!


 ZGGOGARANAAAAANNG!!


「ッ~~~~~~!!!!」


 『全能ガイア』の表情の無い顔が、それでも尚驚愕の気配を放った。轟音と共にバリアが砕け地理、超セイオウ攻撃でも表面の融解に留まっていた腕が、片腕とはいえ肩まで粉微塵に砕け散った!


 流石に一歩後退する『全能ガイア』。その隙に、【融合巨躯】は再度『交雑マルドゥク』に迫った。すさまじい、太陽よりも巨大、いや、それどころではない力の気配を感知!


「ううぉおああああああああああああああっ!!!!」


 『交雑マルドゥク』が吼えた。その肉体が変容した。突撃しながら、全身が金色の粒子へと分解していく。立ち上る粒子となりながら、姿の輪郭を、表情を保ち、意思を保ち、武器諸共エネルギーの奔流となっていく。グレートシャマシュラーも諸共だ。巨大な、意思あるエネルギーの槍となる。


(諦めない! 絶対に! 殺す、殺し返す! 地球! 地球ぅうううっ!!)


 地球を守るリアラ目掛けて。リアラ諸共地球を滅ぼそうという憎悪と殺意を宿した光の竜となる。装備も、転生後の肉体も、記憶も自我も魂そのものも全てこの一撃のエネルギーとする。これが終われば完全に消滅する。それでもいいから殺すと呪う。


「『三千』! 『大千』!!」


 魂と成り果てながらも、『交雑マルドゥク』は最後の奥義を繰り出そうとしていた。


 『三千大千壊尽絶消』。文字通りの数のおのれとつながるありとあらゆる物語の力を完全に使い尽くす奥義。己が二次創作で引用した複数の世界の力と法則を併用した結果、あまりに強力になりすぎてその二次創作においても本編では言及されこそすれ遂に使われなかった力。連鎖発動系能力とマジックアイテムを破壊して限界を突破するブーストと集団の力を一つに束ねる力と他幾つかの融合。


 使えば、億の世界を滅ぼす力を得る。使用した物語がこの世界から完全に消滅するというデメリットを得る事で。


 己が、自分の二次創作に使う程愛した世界が消える。だが構うものか。そもそも物語を生んだ地球を憎み、消そうとしていたのだ。地球を消せば物語も消える。何も、問題は、無い、筈だ。


 それは複数の世界が爆発する無限の嵐。最早無限を幾つぶつけられるかの極限インフレ領域と化したこの戦闘において尚力で受け止める事は出来ない強大な力……どこかで『増大インフレ』が、そしてその力も有する『全能ガイア』が笑う気がした。だから。


「……〈とある矛盾の最低最弱〉」


 それが発動せんとした正にその時。一瞬早く。


 吐息がかかる距離で、リアラは『交雑マルドゥク』に最後に語りかけた。『交雑マルドゥク』が生前書いていた小説の名を読んだ。一瞬だけの光速行動を、言葉を伝えるのに使った。


「読んでた。僕も妹も。僕の生前は、本当に辛かったから、世間でどう言われても滅茶苦茶に全てを覆し突き進むあの荒唐無稽な物語が、無茶苦茶なのは承知の上だけど、あの時は……嫌いじゃなかった。それと君の前作品、〈冬のアイリとUFOクリスマス〉の二次創作、悲しいを通り越して丁寧に作られ過ぎたわざとらしい無力感が胸糞悪いと、少なくともあの時の悲しい世界に憤る僕達には感じられたエンディングを殴る為だけにアイリが人類を滅ぼす二次創作〈セカイ最後のクリスマス〉も、同じ理由で好きだった」


 リアラは思い出を語った。荒々しく若い文章で、だけど、それでも、若さ故の鋭さに光る所があった。商業作品では出来ない無茶の魅力もあった。不完全さも沢山あったが、痛快さも、面白さも確かにあったのだと。


 『交雑マルドゥク』は、目を見開いた。その手が止まった。


「それは」


 震える少年の声がわなないた。暖かな胸に抱かれた驚きのように。昨晩第八十七話見せた意外な程の自分への情、そして、お前は俺の物語をどう思うと聞いた時の、奇妙な言いよどみ。その理由が、それだというのか。それは、何よりかつて物語の書き手だった少年の心を刺した。


「ずるいぞ、お前、そんな……嘘じゃない証拠が、どこに」

「炎上した作品として知ってるんじゃなくて、愛着を持って読み込んで無けりゃ、ここまで貴方の攻撃に対応できる訳、無いでしょ。……君が混珠こんじゅでした事は、許されない、許す訳にはいかないけれど。それとは別に……この言葉を君に告げる事は、するべき事だと思うから」


 ちょっとずるだよね、ごめん、と、リアラは笑った。この言葉がトドメに救いにもなりうる事を知っていて、ここまで言えずに言わずにいた。血まみれで、自嘲で、でも優しかった。それは『交雑マルドゥク』の魂に焼き付いた。『交雑マルドゥク』はもう戦う事が出来なかった。救われるに値しなくても救おうと思ったというリアラの言葉が猛き復讐の心を討った。


「……この世に地獄は無いだろうが、もし今後『全能ガイア』の司る輪廻転生をお前達が止めて、世界の法則が変わって、地獄ってもんが出来たなら」


 無論仮にお前が勝っても、んな都合のいい事は無いだろうがと、お互いそれは分かっていながら、冗談めかせて、ただ最後にリアラの心に幾らかの救いの対価を投げる事が出来たら、そう思って『交雑マルドゥク』は呟いた。


「地獄で『旗操フラグ』と『常識プレッシャー』と何より『同化ドラッグダウン』に言っておく。リアラに祟るのは止めろ、ってな……俺の魂をお前は救った。だから、お前の魂は俺が救ってやる」


 リアラが目を見開き、震える息を呑んだ。直後轟風がリアラの傍らを通過した。はっとリアラはその向こうを見た。


「ッ、こんなもの……無駄だ……! 折角、満足いく死を、与えてやろうと……!」


 背後で通常の光弾と違い自身の体程もある巨大光弾を掲げていた『全能ガイア』。明らかに『交雑マルドゥク』諸共全員吹き飛ばす心算でいただろうその顔に『七天穿つ叡知の塔エ・テメン・アン・キ』が突き刺さっていた。仮面じみた顔の片目を射抜き、ドリルめいて回転し抉り続けている。『三千大千壊尽絶消』を加えてはいない故に複数世界を滅ぼす無限を超える力は無い。だが『全世統べる天意の塔エ・ドゥル・アン・キ』の発動、即ち世界を滅ぼす力の発動までは止まらない。『全能ガイア』の言によればそれ程の威力でも穿てても尚殺すまでに至らず回復されるだろうが、今こうして現に巨大光弾が焼失し攻撃どころでは無くなっているように、痛打とはなるだろう。


「があああああああああああああああっ!!!!!!」


 『全世統べる天意の塔エ・ドゥル・アン・キ』が炸裂する。『全能ガイア』の顔半分が吹き飛ぶ。それでも尚自己再生していくが……この一撃は、紛れもなくリアラを助ける為の一撃だった。


 はっとなって、リアラは『交雑マルドゥク』に振り返った。……もう彼は居なかった。あの一撃は照れ隠しでもあったのか。恨みを昇華されて、静かに燃え尽きて消滅していた。残ったのは、彼の物語だけ。最後の攻撃を止めた結果、それは、残っていた。


 リアラは一筋の涙を溢した。自分達によく似た復讐者の最後に。

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