・第四十四話「私達が悪役なのはどう考えてもお前らが悪い!」

・第四十四話「私達が悪役なのはどう考えてもお前らしゅじんこうが悪い!」



 これはアレリド・サクン・パフィアフュとリアラ・ソアフ・シュム・パロンがこのエクタシフォンで初めて顔を会わせた時の回想である。



(すいません、でした)

(……)


 涙を滲ませ頭を下げるリアラを、アレリドは抱き止め抱き締めた。


(娘が、命を賭けて君を守ったのでしょう? 君は命を賭けて、娘がしようとした事をしてくれているのでしょう? 君は娘の家族も同じだ。私の娘の子、私の孫も同じだ。私は父親失格だった、娘の生きる道を示してやる事ができなかった。だから、あの子は自分で道を切り開いて……成果を挙げて。それにすら、私は何も出来なかったのだ。せめて、君に償わせてくれ。……娘の人生を紡いでくれて、感謝している)


 手紙を、事前に伝えてはいた。返事も伝わり、家に招かれてもいた。それでも、手紙では伝えきれなかった、面と向かって初めて伝えきれた思いがリアラをどれ程救った事か。彼は許し、そして手を貸してくれた。



 宿泊する宿の一室で、その思いをもう一度噛み締めるように手紙を眺めた後。ビキニアーマーを飾り立てた踊り子装束のリアラは、ルルヤに振り返った。


「本当に、大丈夫ですか?」

「ああ、見た目ほど悪くは無いよ」


 そう答えるルルヤもまた。ビキニアーマーを飾り立てた踊り子装束姿。破壊された肩鎧や手甲・鉢金も修繕されている。だが、普段と違い腰に巻いている帯布は、その下に傷を塞ぐ呪文包帯を隠していた。


 それは昨晩の戦いであった『反逆アンチヒーロー欲能チート』、欲能行使者チーターにして真竜シュムシュの戦士である半機械の人造転生者ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマトの杭撃パイルバンカーで貫かれた傷だ。屠竜武器を鋳潰し作った杭はルルヤの腹に風穴を明け、真竜シュムシュの鱗でできたルルヤのビキニアーマーの損壊回復に【真竜シュムシュの地脈】の力を多く使った結果もあるが、その傷は未だ治りきらぬ浅からぬものであった。


「それにしても、まさかあんな奴が出てくるとは。複雑な気分だ」

「複雑?」

「脅威であり、冒涜であり。同時に数少ない真竜の血族でもある訳だ、ラトゥルハは。それも、その、私達の血を継ぐに近い形の。敵に対しそう思うのは、少しお人好しが過ぎるか? 」


 身繕いしながら二人は会話を交わした。……ラトゥルハについても。少しルルヤは複雑な表情を浮かべ。


「上手く言えないけど……〈人が好い〉事が〈付け入られる隙がある〉という意味になる世界は嫌です。だから、僕の血族でもありルルヤさんの血族であるとしても、なら尚更あの子に殺戮をさせる訳にはいかないと、僕らが止めないと、と、そういう方向で血族として考える事が出来るならって、思うんですが」

「ああ、それは……そうだな、確かに。迷いではなく、そういう決意にしようじゃないか」


 ラトゥルハが自分達二人の子を名乗った事については、敵ではあるがそれ以外の部分をどう認識すればいいかは実にに難しかったが、今は二人はそう語り合い、一先ず納得して話を進めた。玩想郷チートピアとの今後の戦い、自分達の戦力と手札について。


「とはいえ【真竜シュムシュの地脈】が此方の生命線で、つまり敵から見れば急所でありアキレス腱である事は承知の上でしたからね。……完全に万全の状態まで持ち込めるという訳ではありませんが、例の対策を使えば、短時間なら全力はいけます」

「ああ。私も、断じて昨日の私が今の全力では無い。昨日の戦いで、新しい戦い方について一段階掴めた。まだ、一番の高みに手が届いた訳ではないが……」


 リアラは語った。相手側も【地脈】を同時使用することにより過負荷で犠牲を出す事による【地脈】破りについて、この日が来る事を考えこんな事もあろうかと用意していた、ある程度の対策案はあると。


 ルルヤも語った、次は、より強い本気の戦法でいけると。


 しかし二人の表情に油断慢心はない。裏を返せば余裕もない。それは、相手もまたそうであろうと推察しているからだ。


「問題は敵の切り札の残りの枚数ですね」

「ああ。少なくとも手合わせして感じたが、ラトゥルハの全力はあんなものではない。こちらが隠し持っていた手とラトゥルハの残りの力、それと、十弄卿テンアドミニスター

「ええ。敵の最終的な想定が、ラトゥルハの力でこっちの【地脈】を封じて、その上で十弄卿テンアドミニスターまで繰り出しての袋叩きまで考えているのは確実でしょう。昨日のあれは、恐らく試運転」


 ラトゥルハも全力ではないし、敵の作戦も本腰ではない。それはリアラ・ルルヤに共通の認識であった。


「相手が次で本気で来るか、こちらがまだ手札を隠していると判断して、それを吐き出させるまで牽制を続けるか……」

「前者で来ても対処できるように気構えしながら、後者で来た時の為に、出来る事を少しでもして手札を増やし状況を変えていく、という訳だ」


 身支度を整え、ルルヤが立ち上がった。頷いてリアラも続く。二人とも踊り子の姿。踊る事と、下級貴族で下級官吏であるアレリド・サクン・パフィアフュの協力。


 果たしてそれをどう、〈手札を増やし状況を変えていく〉に繋げるのか。

 二人とも、それを見据えた表情だった。その道を認識し、そのメリットを理解しリスクを噛み締めた表情だった。



 そして一方その頃、それに対して新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアがどうしていたかと言うと。


「臆病者共」

「いや、俺もまあ、連中にゃそう思うよ? そう思うが、お前がソレ言うのは……」


 ビーボモイータ治爵邸。〈帝国派〉十弄卿テンアドミニスター五人の内二人、『悪嬢アボミネーション欲能チート』エノニール・マイエ・ビーボモイータと『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンは茶席を設え会談し、『旗操フラグ』は『悪嬢アボミネーション』の憤懣やるかたないといった風の膨れっ面に苦笑していた。


「確かに私は特殊取神行パラクセノスヘーロースの特性的に自分が前線に出て命を危険に晒す必要が一切無い訳だけど、それはそれ、これはこれよ」

「ひでぇダブスタを見た」


 『悪嬢アボミネーション』の取神行ヘーロースは特殊で、自分が取神行へーロースの姿になる事も可能だが、己の欲能チートで強化し自分に洗脳恋慕させた下僕男性である『恋僕ファンメル』を取神行ヘーロース化させて戦わせる事が出来る。複数人を変させると一人当たりの力は落ちるが、いずれにせよ自分の身を危険に晒す事は無い。


 だから『悪嬢アボミネーション』は積極攻撃を提案した。次で十弄卿テンアドミニスターも動員し『反逆アンチヒーロー』によって【地脈】を封じた〈長虫バグ〉共を殲滅すべきだと。


 それに対し『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』が反対した事に臆病者と憤っていた訳だが、そりゃ自分の身は安全なのだから積極策も提案しやすかろうという反論を『悪嬢アボミネーション』は豪快に棚上げして居直った。それには、同じく積極攻勢を主張した『旗操フラグ』も、流石に突っ込みをいれざるを得ないが。


「まあ、〈王国派〉と〈帝国派〉としての政治的綱引きとしては、唯々諾々というのもなあ。お前の場合、時間が経過して正体が割れればそのメリットが無くなる訳だから、腹が立つのも仕方はないが」


 玩想郷内の政争として仕方ないのだと『旗操フラグ』は『悪嬢アボミネーション』を窘める。


((『反逆アンチヒーロー』との共闘が嫌なら自分達が前線に出ずとも倒せる程に〈長虫バグ〉を弱体化させられる策を一定期間内に対案として示せ。さもなくば〈除虫屠竜デバッグドラゴンスレイ〉作戦に対するサボタージュ、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアに対する裏切りと見なす))


 『反逆アンチヒーロー』の同士討ちフレンドリーファイアを気にも留めぬ暴れぶりに、共闘を拒み憤る『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』に、『交雑クロスオーバー欲能チート』は最終的にそう宣告した。これに対し『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』は、ならばそうすると十弄卿テンアドミニスターが出ずとも倒せるレベルまで〈長虫バグ〉を弱体化させる策を立ててやる、と応じた訳だが。


「私としては、有用な答えが出るかどうかは怪しいと思っている。あれは却って〈帝国派〉の弱体化を生むと思うわ」


 あんなの唯の売り言葉に買い言葉じゃないと嘆息し、『悪嬢アボミネーション』は香草茶を口にした。そして。


「私も皆を思って言ってるのよ。私の『恋僕ファンメル』は補充が効くけど、はそうもいかないでしょう?」


 かり。……かり、かり、かり。


 『旗操フラグ』が焼き菓子を噛む音が一旦止まった。直後、再開する。


「貴方の手勢、冒険者仲間という名目で抱え込んでいる〈処刑官〉は、相手に直接作用させる欲能チートだから、竜術防御のある〈長虫バグ〉やその仲間には役に立たない。〈帝国派〉が十弄卿テンアドミニスターを出さないのなら、その分の戦力を作戦と通常の欲能行使者チーターで補う事になる。そうなれば無駄死にする可能性があるし、それは貴方の勢力においては望む所ではないでしょう?」


 さく、さく、ごくん。


「まあやっぱり最善は、犠牲者は〈超人党〉の連中だけに留める、って所だな。あいつらは所詮は鉄砲玉と向こうの上層部も割り切ってるみたいだしな。連中の犠牲だけで〈長虫バグ〉を殺せれる策ならば最善だ。それに対して次善は俺もお前も自分の戦力を減らさず生き残った上で、それ以外の〈帝国派〉からの犠牲を〈王国派〉より弱体化しない範囲に留めるって所だよな。(……こいつ、何処まで知っている? あるいは、知ろうとしている?)」


 咀嚼音が一拍止まった以外一切外見に変化を及ぼさないまま、『旗操フラグ』は思案した。場合によってはこの場で『悪嬢アボミネーション』を殺す事まで考えて。


 何が何でも守と誓った二人。『常識プレッシャー』ミアスラ・ボースキーズと『同化ドラッグダウン』テルーメア・イーレリットス。それ故に『旗操フラグ』は対外的に自己を狂暴な存在と演出すると同時に、二人との関係についても入念に偽装を施していた。


 それに手を出せば十弄卿テンアドミニスターの怒りを買うと警戒させる程度には重要そうに、自分にとっての泣き所であると理解できない程度には偽装し。表向き〈処刑官〉として牽制の種になるから友好関係を保っていると見えるように、欲能チートの大半を使って運命を捻じ曲げているのだ。それに気づいたのであれば必要に応じては殺す。この間合いであれば『悪嬢アボミネーション』より己は強い、いや、二人を傷つけるようであれば、誰であろうと必ず殺す、と、笑顔の裏で殺し方を考え続ける『旗操フラグ』。


おっさんビッグブラザー犬っころロウは……貴方は走狗ではなくジャッカルだと信じて言うけど、あの二人は当てにはしない。〈長虫バグ〉の味方共が、第一帝龍太子ギデドスに接触を持ってるわ。だから、こっちで早々に手を打ちましょう。『情報ネット』と仲良いんでしょう? そっちはあなたに任せるわ。けど、宮廷工作は二人で。〈長虫バグ〉は宮廷に工作をかけるつもりでいるわ、多分。大義名分と協力と統一を得る為に。『大人ビッグブラザー』も『正義ロウ』も宮廷工作は考えてると思うけど、第一帝龍太子ギデドスを逆用して、その上で第二リンシア第四ルキンも操って、連合帝国を纏めて、帝国全体として〈長虫バグ〉を拒絶する……という考えでしょう? それじゃ遅い。そんなに悠長じゃ先に『交雑クロスオーバー』が動くし、それより先に『反逆アンチヒーロー』が痺れを切らす」


「そうなれば『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』は〈帝国派〉通常欲能行使者チーターでの物量作戦で妥協する。その前に第三帝龍太子ルマを通じて私達が状況を動かす。どう?」

「……いいね」


 『悪嬢アボミネーション』は長広舌を振るった。『旗操フラグ』は頷いた。


(……どうやら、安心できるか?)


 『旗操フラグ』は分析する。この悪女は、要するに、私たちにとって一番大事なのは自分のみの安全と自分の勢力で〈帝国派〉の安泰がその次に大事で『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』の優先順位はそれより下、それこそ〈帝国派〉から後継を出せる状況さえ整えられればいざとなれば切り落として自分達の勢力の人間を代わりに挿げてもいい存在ではないかと言っている。自分たちの勢力を守る為に、他の連中が傷ついても構わないから早めに状況を動かそうと。


(そういう理解なら、問題はない)

「それならいいわ。これから、第三帝龍太子様ルマも来るんだもの」

「マジか。本当に急いでるな、お前!」

(どんくさい事。……これが素ならだけど)


 納得し安堵した『旗操フラグ』に、既に動いていた、この場で第三帝龍太子であるルマを呼んであるので来たら工作を仕掛けると告げて、お前俺が同意しなかったらどうする算段だったんだと目を白黒させる『旗操フラグ』に、内心『悪嬢アボミネーション』は疑いながらも毒づき、苛立った。


 こいつは贅沢者だ。『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』程ではないが、と、彼女は思う。自分達は悪役だと言う事に気づいていない、最も怠惰で弱い悪役の部類だ、と。


 〈長虫バグ〉は、この世界にとっての正義の味方だ。それを悪が倒そうというのだから……自分の命一つ守れれば上等だ。先程までの語りは、全部こいつを動かす為の餌だ。自分が勝ち残れるのであれば、はっきり言ってしまえばこいつもこいつの仲間も〈帝国派〉もどうでもいい。それほど恐るべき相手と認識し、打てる手を全て最速で打たなければならぬというのにどいつもこいつも愚図愚図と……


(だけど、絶対に負けないわ。これが終わったら、あの人形アンチヒーローにも接触を持つ。あいつらを、殺す。あいつらの存在そのものが、私たちを悪役としている)


 ……その認識が、こいつはまだまだ温い。いや、敵愾心はあるのだろう。だが、小市民特有の自分の側こそが普通であるという傲慢さが、まだ手緩い。私はもう既に奴ら〈長虫バグ〉が憎くてたまらないと、『悪嬢アボミネーション』は憎悪を滾らせる。『乙女ヒロイン』に対した時と同じ感情。それは自分が世界の主役で本来はないのだと知るものの主役への憎悪だ。本当に命懸けで生き残ろうとしているのなら、もっともっとどこまでも獰猛に邪悪になるしかないだろう、と、『悪嬢アボミネーション』は『旗操フラグ』に対し、あるいは世界やそれ以外に対し、どこか訴えるようにそう内心思考した。


「お呼ばれしたわ、エノニール。ゼレイルも一緒なのね」


 そして従者が来訪を告げ、第三帝龍ロガーナン太子ルマが現れ、そう『悪嬢アボミネーション』に話しかけた。『悪嬢アボミネーション』は、そんなルマを見て思う。彼女も〈長虫バグ〉がいる限り不憫な存在だ。真竜シュムシュの物語においては『旗操フラグ』に操られる悪役でしかない。そう思うと共に、改めてその上で彼女を利用しつくすべく『悪嬢アボミネーション』は胸の内で戦意を燃やした。


(私達が悪役なのはどう考えてもお前らが悪い!)


 そう、真竜シュムシュの戦士を呪って。



「ひょひょ、どうじゃった?」

「ストレスが貯まった!」


 一方その頃、ナアロの基地施設に帰還した『反逆アンチヒーロー欲能チート』ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマトに、『文明サイエンス欲能チート』ドシ・ファファエスは興味深げな口調で尋ね、それにラトゥルハは恐ろしく単純な回答を返した。


「爺、弾丸たま! それと飯!」

「ほいほい」


 そしてそのままどっかと腰かけると、ラトゥルハは散々野山を遊び駆け回って帰ってきた悪餓鬼が親に我儘に催促するそのままの口調でつっけんどんかつ横柄に催促。


 それに『文明サイエンス』は嫌な顔もせず、ラトゥルハが弾丸たまと呼ぶ指から発射する攻撃魔法の媒体である薬莢サイズの極小巻物の入った箱と、王国内企業のデリバリーとおぼしき混珠こんじゅらしからぬジャンクフードの山を置いた。


 ラトゥルハは腕部装甲の一部を複雑にスライドさせてロックを解除して開けるとそこに極小巻物をじゃらじゃらと流し込み、装填作業を両手で行いながら顔を突っ込むようにして即座にジャンクフードにかじりついた。両手を装填作業に使いながら獣のの様にギザギザの歯で器用にがじがじとジャンクフードを咥え上げては噛み砕き、飲み下していく。


「バイタルデータ的に、傷が痛いとかそういうストレスは無かったと思うたが、なにがストレスじゃったかの?」

「爺、馬鹿にしてるのか?」

「まさか。データ的に問題がない以上、わしには分からん事じゃからのう。気になった、というだけじゃよ」


 ばりばりと揚げ鳥を噛み砕き、じゃりじゃりと顎を動かして骨も髄も擂り潰して飲み下しながら、じろりと睨むラトゥルハに、ぬけぬけと一片の恐怖も無く『文明サイエンス』は接する。ラトゥルハも、さして興味なげに話を続けた。


「都だ。混珠こんじゅとしちゃでかい街だろうが、オレにとっちゃ狭っ苦しい上に脆いし煩い。あんな所で、まだ秘密裏の暗闘に留めろって、オレの体の設計考えた奴の言う事じゃないだろう」


 あくまで本題はこれからだとラトゥルハはストレスを口にする。あれだけ盛大に何も考えずにぶっ放していた様に見えながら、交戦条件についての不満を。


「何じゃ、忘れとったのかと思ったぞい」

「耄碌め。お母様リアラが流れ弾をある程度減衰させられる程度の火力にしてたろうがよ。そうすれば防ごうとするだろうから隙は出来るだろうと思ったが……庇い慣れてる。殺し慣れしてるのと同じくらいにな。堪らないな、楽しくて。経験したことは無いが、とびきり大物の魚を釣ろうとしてぎゅんぎゅんとしなる竿を引っ張り揚げようとしている時や、今惚れてない相手を手練手管で自分に惚れさせようと口説いてる時や、知恵の輪や金庫の鍵を腕力で引き千切るんじゃなく解いて開けようとしてる時や、相手の論理の矛盾を突いて論破しようとする時に人間が感じている快楽に近いんだろうが、もっと強いだろうな、これは。楽しい。ああ、楽しかった。だけど」


 次善に確かにそう言い置いたとはいえそれを気にしているとは思わなかったと言う『文明サイエンス』に、一見気にせず振る舞っていると見せかけて実は交戦条件の範囲で相手に隙を作りそれをこじ開けられるか試していたんだ、と、ラトゥルハはあきれ声で答えた。さては言うほど交戦規定を重視していなかったな、と。その上で、面倒くさくてストレスは貯まったが楽しめない程ではなかったと言いつつ置いた上で。


「大体、全力で撃ってたらあんなもんじゃ済まないのは、過去のお父様ルルヤの戦闘を見てりゃ分かるだろ? まあ、縛りプレイも中々楽しめたが……縛りプレイじゃ殺れなかった。殺ろうと思って全力を出したら、あんなちゃちな都、紙箱か積み木か薄焼菓子を蹴散らかすようなもんだ。オレの本気じゃ跡形も残らない。都を破壊しないのとお父様ルルヤお母様をリアラ殺すは両立しないだろ」

「お前に与えたが〈長虫バグ〉にまだ使っておらぬ力が幾つかあるが、その内幾つかは上手く使えばそこまで周囲を破壊するもんじゃないじゃろ。まだ全力前回でなければやれぬと決まった訳でもあるまい?」

「確かに狙いが絞られるのもあるが、派手に射ちまくったほうが効率がいいし、使えばどっちにしろ流れ弾が四方八方飛ぶ。精密攻撃も出来ない訳じゃないが……」

「じゃないが?」

 自分と相手の力を考えれば小手先の技で蹴りが付くとも思えないしちまちまやるのは面倒さいとぼやくラトゥルハに、まだ色々玩具はあるぞとでも言うように囃し、出来ないのか?と挑発する『文明サイエンス』。それに対しラトゥルハは、戦闘中に見せる狂奔からすると驚くほど静謐で知的な、自己に関する哲学的思考の表情で呟いていた。


「どれが一番楽しいかは、どういう生き方戦い方が良いかは、まだ考え中だな。最大に燃え盛るのが楽しいか、ぎりぎりまで工夫するのが楽しいか。それと……」


 蛇のような目を『文明サイエンス』に向けると、そこに危険な輝きを宿して。


「……オレは何なのかも考え中だ。兵器か、魔か、欲能行使者チーターの怨霊か。入り混じったオレの感情は少なくとも唯の人間なんかじゃありたくないと言ってるし、〈長虫バグ〉に膝を屈するのは死んでもごめんだと思ってる。だが、そもそもオレを【地脈】封じの道具と考えた戦略に従い続けるのも、果たして最善か、とな」

「ひょっひょっ!」


 その獰猛で自由な目を見て、興奮した様に『文明サイエンス』は叫んだ。


「こりゃ面白いわい。お前、ワシの『発明品マクガフィン』の中で、最高傑作かもしれんな」


 その笑いに、ラトゥルハはフンと鼻を鳴らして答えた。


「そうでないと思っていたのか、耄碌め」


 未だ自ら意図せぬが、自分の命を生きようとするものがたりのしゅじんこうであろうとする生命の表情で。

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