・第四十三話「復古物語ラストマーセナリー ザ・サポートバトル」

・第四十三話「復古物語ラストマーセナリー ザ・サポートバトル」



「うーむむ……」


 〈戦争戦災対策国際会議〉の第一回目後、退出したアドブバ首長は宿に戻り、どっかと長床椅子に腰かけると、頭巾ごと乱暴に頭を掻いて唸った。


「まるで蜃気楼を掴むようだ。まずいな」

「鉱易砂海ではそう言いますか。諸島海では〈水面の影を掴むようだ〉、と言いますが……私も同じ思いです」


 隣席に腰かけたボルゾン提督も同意した。



((復興と支援の話は確かに必要だが、今必要なのはそれよりも新たな戦争を防ぐ為の手段だと私は提案させて頂きたい))

((何を言われます首長、鉱易砂海の被害は甚大ではありませんか。魔の発生が懸念されます。それは鉱易砂海だけの問題ではない。四代目魔王が出現したらどうするのですか。民を哀れと思いませんか?))

((そうは言っていない。そう思うからこそ、一連の事態を食い止めなければならないと私達は主張しているのだ。傷口に回復魔法をかけずに輸血をしても血は流れ続けるばかりだと言う事だ))

((真唯一神エルオン教団もジャンデオジン海賊団も壊滅したではありませんか))

((それで終わった訳ではない。ナアロ王国の問題がまだある。それに……))

((……まさか例の、組織の陰謀などと言う……))

((あれは陰謀論等では無い。現に起こっている事だ))

((帝国アカデミーの見解は……))

((書学国の最新研究結果を参照していただきたい。資料は此方に!))

((ですが……))



 鉱易砂海と諸島海双方の手応えが無い事を示す表現そのままの会議でのやり取りを、アドブバとボルゾンは焦燥と立腹と共に回想した。


 〈戦争戦災対策国際会議〉は〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉にとっては、戦災復興以外の全てが暗証に乗り上げていると言って良い出だしであった。


 確かにそれは、リアラが例えるならば地球の国連での会議で大真面目に陰謀論を信じさせようとするに近しいレベルの話だと言えるかもしれない。


 だが、混珠こんじゅの歴史においては〈不在の月ちきゅう〉からの転生者は歴史に実在している。


 問題なのは欲能チートだ。過去の転生者にも欲能チートを持っている者が居たらしい、というのは、漸く研究で仮説が見えてきたレベルの話だ。その欲能を、即ち魔法とは別種の法則に則った魔法より遥かに強大な力を持つ者が100人以上存在し国際的秘密結社を構成している。それは魔法が存在する世界である混珠においても寧ろ、なまじ魔法が存在するが故にその魔法による世界法則体系から逸脱している欲能チートは宛ら科学的物理法則以外の力が存在しない地球において魔法や超能力を語るに等しい。


 辛うじてリアラの【真竜シュムシュの眼光】が魔法的にそれを知覚しうる希少な力ではあるが、個人の適性による特殊な追加効果である上に、そもそも真なる竜術自体数万年も使用者が表だって現れた事は無いのだ。


 地球で例えるならば、世にそれまで知られていなかった一人の人間が超能力や魔法の存在を立証する理論を構築しそれをもとに魔法や超能力を検知する機械を発明したと主張しているに近い。


 だが、ここは混珠こんじゅだ。地球ではない。


 魔竜ラハルム達と帝龍ロガーナン一族が、限定的で効果が劣るとはいえ、それぞれに竜術をある程度使う事ができる。


 欲能行使者チーターの、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの暴虐を語る解放された被害者がいる。ガインバ爵国等、この件で協力し共に声を上げている国もある。


 これまでの戦いで敵側から奪取した内部資料もあるのだ。


 それら全てを捏造や虚言だと?


 無論悪辣な国家規模の組織が、十分な利得があるのならば、その規模の捏造を行う事は不可能ではないだろうし、そんな大規模な嘘が分かる者には見破れたとしても、それでも尚厚顔無恥に国家の公式見解として押し通す事は、地球ではある事だとリアラは言っただろうが……


「昨晩の戦いまで、あやふやにされている。暗闘とはいえあれほどの規模、あれほどの轟音、あれほどの破壊を」


 目の前で起こった事すら揉み潰された。昨晩の戦い。リアラとルルヤが新たな強敵に遭遇したという。二人の切り札である【真竜シュムシュの地脈】に敵が対策を立てて来たという状況、それに更に加わる重圧。


 ボルゾンもその戦いに加わっていただけにその重圧感は尚更重い。


「俺達が頑張って被害を抑えた結果だッてンなら、皮肉なこったぜ。尤も、頑張りと言うならリアラちゃん達の頑張りには及ぶまいがよ。その及ばない程の頑張りが悪用されるなんざ、腹立たしいにも程がある」


 昨晩の戦いについて、ボルゾンに同調し謙遜した台詞を加える四半森亜人クォーターエルフの少年。児童傭兵団〈無謀なる逸れ者団〉団長、名無之権兵衛・傭兵・娼婦の子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチ


 実際、昨晩の戦いでエクタシフォンの都が焼き尽くされても不思議は無かった。それを一区画の数ヵ所に流れ弾が飛んだ事による火災や家屋倒壊で済ませたのは、犠牲者が出なかった訳ではないにしろ奇跡的だった。


 が、ある意味そのせいで、事を隠蔽しようとする何者かにとってはさぞ隠蔽し易かっただろう。いっそ被害がもっと出ればよかった等と言う者は〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の中には決して居ない。が、敵のしたり顔を思えば腹立たしいと、名無ナナシは苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。


 尚、そのついでにさらりと流しているが、火力の怪物であり徹底的に真竜シュムシュ対策の施された未知の強敵相手に、延々一晩戦って最後までそこまで被害を減らして引き分けに持ち込んだリアラとルルヤの戦いは無論英雄的だが、名無ナナシ達の戦いもその全てを語り尽くすには同じく枚挙に暇がないとはいえ、及ぶまいが、と言う謙遜で済ませられる程簡単なものではなかった。


 例えば名無ナナシとボルゾンの二人は、昨晩このような怪異に遭遇した。


「くひ、けひゃひゃははははは、ぼおおいずあああんどがぁあいず、あいたかったぜぇえええええ……、一人足りない顔も居るがな! 知ってるかぁあ、おぉい。怪物には……続編が、あるもんなんだぜぇええええ!! 」


 第一陣であった『邪化矮鬼チートゴブリン』を退けた名無は次の行動の為に移動しており、諸島海使節団の避難を先導していたボルゾンと合流し。


 そこに、二人の血の臭いを嗅ぎ当てたように現れた狂乱する怪物がいた。


 そいつは見覚えのある姿をしていた。


 そいつは魚類だった。だから名無は叫んだ。


「『鮫影シャークムービー欲能チート』!?」


 そいつは腐っていた。だからボルゾンは叫んだ。


「『屍劇オブザデッド欲能チート』!?」


 そして二人は驚愕し、顔を見合わせ、二度驚愕した。


「「死んだ筈だろ!? え、どっちだあれ!?」」


 そして、その腐った鮫の怪物は名乗りをあげた。


「けげ、けへへ!爆発四散したとは言われたが死んだとは言われてねえからなあ! 鮫の残骸がゾンビ化したのさ! もう俺が『鮫影シャークムービー』だったのか『屍劇オブザデッド』だったのかも分からねえ、私は、もう、唯の『屍鮫モンスター』! とにかく! てめえら! 今度こそ! 食い殺してやるぁああああああ!!」


 腐り歪み狂った直立二足歩行の鮫の死骸とでも言うべき怪物は死臭漂う発酵ガスでがぼがぼと噎せるように嗤いながら、狂ったうわ言第四の壁めいた地の文言及を叫びながら咆哮し、その咆哮は呪詛の如く、同じく腐った鮫人間共をわらわらと呼び出す。


 ……リアラが見たら「〈ウルトラオドロキマン〉で魔倅カリグラとマスターQがニコイチでリサイクルされて出てきた再生悪魔・魔混マスターカリグラかお前は」と言った後誰に通じるんだろこのネタと悩み、そしてその後改めて真顔になりそうな有り様だった。


 画一的な腐敗鮫人間は最早拘りも趣味も嗜好も、即ち個性も自我もない。それはもう、『鮫影シャークムービー』でも『屍劇オブザデッド』でも、転生者ですらなかった。ただただ、欲能チートを生む歪みだけが残った哀れな怪物でしかなかった。


「前より、レパートリーは少なそうだが……」

「だからといって侮れる相手じゃねえ」


 ボルゾンは片手で帽子を掴み、もう片手で懐をまさぐった。大きな頭に似合う帽子の中には、小振りだが肉厚な舶刀、懐から出した拳にはじゃらりと巻き付けた太い鎖があった。


 名無ナナシはいつもどおり全身に帯びた短剣の内一本を掴むと、それを一振りした。するとその柄がたちまち延びて、一本の槍となった。ケリトナ・スピオコス連峰から買い入れた魔法武器、新たに誂えた武装だ。


 だが眼前の怪物は、以前の黄金の鎧とは違う冥府の様な黒紫色の鎧を装着している。片や防御力が、片や再生地からが厄介だった相手が合体してその両方を備えてくるとなると、正直使役する兵力が単純な力押し専門になった点を補って尚余りある危険だ。少なくとも、この場で倒せる気は全くしなかった。


 その上、複雑な戦況は混沌を強いる。ここにその後、玩想郷チートピアに動かされた連合帝国兵と、それとはまた別の連合帝国独自の特殊戦力がやってきて、更に大変な事になり……それはまた別の物語後のエピソードで語られる事になるが……



「あれと同格以上がうじゃうじゃか。……恐ろしい層の厚さだ。加えてそれ以上の力が真竜シュムシュの勇者を拘束している」


 ……ともあれそういうわけで昨晩結局決着はつかず、寧ろ二、三度死にかけ、魔法治療によって何とか外面上痩せ我慢で体面を保っている有り様だ。それは今二人が浮かべる表情に疲労の影を落とし、礼服と軍服の下に未だ地の滲む傷跡を残す程の難敵であった。じわりと滲む負傷による悪寒を堪え脂汗を拭うと、ボルゾンは改めて戦況を噛み締めた。だが、それは恐怖したのではない。その分厚い頭骸骨の内側で、策を巡らす為だ。


「君達もそうだが、ルアエザ君達も、次の講演までお色直し、等と意地を張って居たが……少なくともこの状況は長く続けられそうにない」


 アドブバ首長は眼前の仲間達と、一休みしている舞闘歌娼撃団の面々について危惧する。一晩目の一戦で、既に前回の激戦に近い消耗だ。過去と違い犠牲者は出ていない。だが、このままでは何日持つかという問題のレベルだろう、これは、と。


「昨晩はガルン君が助けてくれたとはいえ……〈七大罪〉もあれが最後の一人ではない……残りの数に関する情報が入ったのは幸いだが」


 アドブバ自身は支援能力はあれど戦闘能力は無い。しかし、昨晩はその支援をすら断ち切る恐るべき敵だった。それは〈七大罪〉の一人、『嫉妬レヴィアタン欲能チート』だった。



「お客さんは?!」

「下がった、けど!」

「……こりゃ相性最悪だね」

「くそ! アタシ達は燃料同然か!」


 ペムネの問いに、エラルが珍しいくらい真剣な表情で答えた。普段と逆に。彼女達は護衛をしているだけではなかった。各国の使節団を歓待し……昼間の護衛錬術れんじゅつ兵等の暴走についての意見交換の雰囲気を和らげる手助けをしていたのだが。


 よりによってそこへの襲撃。しかも、下水道に海水をぶちこみ『邪化矮鬼チートゴブリン』とそれを操る『退廃エログロ欲能チート』を撃退した直後の隙を突こうとしての突貫だ。諸島海に出現した怪物が再出現して鮫とゾンビというか鮫ゾンビが暴れている場所もあるという。相手側の上層部は此方の水攻め策を読んで一部を犠牲に追撃を目論んだか。お客様を楽しませ守る事は彼女らの誇りに関わる問題だ。故にふわふわしたエラルも必死になる。


 幸い使節の脱出には成功させたが、敵は恐ろしく手強い。既に衣装に付与した《散華》の防御霊術効果も相当使い、あっという間に露出度が上がってしまっていた。


「『女殺ミソジニー欲能チート』や『男殺ミサンドリー欲能チート』の同類め……!」


 ルアエザが唸る。苦戦の原因はそれだ。此方と相性の悪い敵。これも、相手は此方の誰がどこを守るかを見切っている事に他ならない。


「『嫉妬沸騰しっとふっとう』ーーーーーーー!!」


 ZZZDOOOOOOOOOMMMM!


 目の回りに炎の入れ墨を入れた、リアラが見れば悪役プロレスラーめいているとでも言っただろう出で立ちの、ウツボと蛇と鰐を合成した竜にも似た姿をした魔族が女の声で叫んだ。『退廃エログロ』を溺死させた水を逆に操り水柱に乗るように出現し、その水全てを高圧熱湯へと変えてぶちまけながら。


「美しい顔美しい体を持ち男に媚びて奉仕する女! 女を男の下に下げる男の奴隷にして■■■■■を■■■■■■■■が!死ね! お前達の存在そのものが普通の女の敵! 美しさは普通への差別!存在するだけで他人を下に下げて上に君臨する悪! 死ね!」


 VAZ!!


「くあっ! ……『男殺ミサンドリー』と同じような事を!」


 あまりにアレ過ぎて一部伏字にせざるを得ないような発言をしながら『嫉妬レヴィアタン』が口から放った沸騰汚水高水圧カッターが、咄嗟に防ごうとしたルアエザの鉄扇盾をぶち抜き、その腕を貫通した。念入りな治療無くば酷い事になりそうな負傷!苦痛に呻くルアエザだが、盾として用を無さなくなった扇を即座に投擲武器として投げつけ、投げた腕の傷から血を流しながらも叫び返す。


「上だの下だの! アタシたちは自由にやってるのに、自由を叩き潰してアンタらが感じてる上下の争いに人の事勝手に争いに動員しようとしてんじゃないわよ!」

「事実上男の奴隷に発言資格等無いわぁ! ■■の■■が! 『嫉妬戦闘しっとファイト』!」


 VAZ! VAZ! VAAAAAZZ!


 聞く耳持たぬ伏字も止まらぬ『嫉妬レヴィアタン』の汚染高熱高圧水流乱射! 踊る動きでそれを避けるルアエザ! 『嫉妬し続ける限り力が際限無く強くなり続ける』その力は不意打ちで殺された『憤怒サタン欲能チート』の同類だが、奇襲で倒せなければその力がどれ程厄介かを見せつけられる戦いぶりだ。その暴れながらの発言は、あまりに一方的過ぎてルアエザ達にはどうしようもないものだったが。


「「「「団長!! !」」」

「だったら!」

「私達が言うっての!」


 DOM! DOM!


 ルアエザをラルバエルル達三人が助けに入ると同時、容姿によるお前の勝手な区分なんて関係ないとばかりにハムザやパキラ達踊る者ではなくそれを支える立場の普通の一般団員の支援投擲攻撃が次々と『嫉妬レヴィアタン』に着弾。


 更に!


「俺も言わせて貰おう! 言葉の暴力に言葉と暴力でな!」

「ぎゃぼっ!? 」


 建物の屋根からその高い身体能力で跳び跳ね、屈強な肉体を質量弾としたガルン・バワド・ドランが直撃! その手には諸島海で使った櫂槍ではなく『鮫影シャークムービー』から奪ったシャークオリハルコニウムの超硬度三又矛! 正に漁師に獲られる魚の様にウツボめいた姿の『嫉妬レヴィアタン』に突き刺さる!


「俺が男だからとて何だと言うのだ!今ここで美貌を理由に女を殺そうとしている女のお前と!お前が女なのはさておき女を守ろうと戦っている美形とは言えぬこの俺との間に!お前が嫉妬する理屈があるか言ってみろぉ!」


 直線的で単純で社会通念や前提を疑うという事をせぬ一面的な所のある男のガルンだが、その単純さだからこそ言える直球、今目の前の敵を見てみろ、それ以外の事等知るかという暴論と暴力! それが今に限っては快刀乱麻の力となる! 出来るか言ってみろと言われ一瞬『嫉妬し続ける限り』という欲能チートの力が緩み、ガルンの攻撃は深々と突き刺さり、ルアエザ達が回復し体勢を整える時間を稼ぐ。


「煩い、お前、強い、妬ましい、男死ねぇええええええ!!」


 しかし尚も馬の耳に念仏! 欲能チート抜きの魔族としての力だけでも強力な『嫉妬レヴィアタン』は膂力だけで屈強なガルンと刺さった銛を引っこ抜き、尽きせぬ憎悪から生み出される無限の嫉妬心で欲能チートを再起動させ、咆哮し継続して暴れ回り……


 遂には夜明け時に敵方が総撤退するまでに、叫び狂いながら一切対話を成立させずに暴れ狂い続けたのだった。



「〈戦わねればならない時があるウォー・マスト・ゴー・オン〉、なんてな。姐さん方はプロだ。勿論俺達も」

「だがそれはジリ貧を続けていいという事にはならないよ。積極的に仕掛ける、言わば打って出る作戦が必要だ」


 持ちこたえられるだけ持ちこたえるさ、という名無にアドブバはそう返し、それには勿論名無ナナシも頷いた。


「ああ、ガルンのおっさんとミシーヤも、諸部族領がらみで動いたしな。これから俺も、姫さんと一緒にちょいと出張ってくる。ミレミも仕事だから、うちの一般団員を護衛につけるから何かあったらあいつらとフェリアーラに言ってくれ」


 打ち身と霊薬湿布と切り傷と呪文包帯でラッピングされた四肢を軋ませて、名無ナナシは立ち上がった。ボルゾンとアドブバもまたそれに続く。


「ああ。我々も、覚悟を決めて札を切る時が来たようだ。それが上手く行くよう、出来る限りの事をするさ」

「舞台は整えてみせる」


 頷く二人に、華奢な肢体の上から革防衣と鞘鎧をつけると擦れ違いざま掌を合わせハイタッチし名無ナナシは先に宿泊施設から出た。


 その後でボルゾンとアドブバは、客人を迎え入れた。


「どうも、お手紙では意見を交わしましたが……直接顔を合わせるのは初めてですな、首長陛下、提督閣下」


 丁寧に頭を下げる客人は、下級貴族の出で立ちをした老年に近い男性であった。穏やかで、人の良さそうで、優しげで、物腰も丁寧な、もとは黒かったのだろう灰色の波打つ髪をした男だった。首長アドブバと提督ボルゾンと比べれば、成る程この様に謙るのは自然かもしれないが。


「かねがねお会いしたいと思っていました。我らの救い主の恩人のお父上」


 その人の手を取り、頭を下げる事は無いと首を振ってアドブバは答えた。ボルゾンもそれに同意して頷く。


「そのように呼ばれる人間ではありませんよ、私は。出来る事は少なく、やった事は尚少なく、才気溢れる娘に安全に才能を活かす道も用意してやれなかったダメな親に過ぎません。ですが……」


 初老の男性は握手を終えた手で懐に入れた手紙をさすり、噛み締める様に呟いた。


 手紙の送り主にはこうあった。リアラ・ソアフ・パロンより、と。


 手紙の件名にはこうあった。ソティア・パフィアフュさんについて、と。


「このアレリド・サクン・パフィアフュ。ソティアに何も出来なかった償いとして、せめて……あの子に、娘の弟子リアラに、償いをしましょう」


 そして手紙の宛名には彼の名があった。今彼が名乗った名前。アレリド・サクン・パフィアフュ。リアラの師たる冒険者、ソティア・パフュアフュ。才を民の為に用いるべく下級貴族の家を飛び出した彼女の実家。その家族、父親の名前が。


「有難う御座います。お陰で助かりますとも。貴方の人生の積み重ね、それが今私達の力になります」


 ソティアの父の決意に、ボルゾンはそれをしかと受けとると誓って宣言する。


「さて、それでは。ひとつ勝負に出てみるとしましょうか」


 リアラとルルヤの戦いと平行し、様々な形での皆の戦いもまた繰り広げられる。

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