・第七十九話「〈不在の月〉へ……(後編)」
・第七十九話「〈
それは、静かな力の発動であった。
「ほう?」「始まったか」
中天に立ちはだかる、輝く
共に様々な力を用い先を読み謀略を重ねてきた二者。『
「いや……」
だが一瞬後自ら違うと『
「リ、アラ……!」
くぐもった獣めいた声で、ルルヤが驚き呟く。自らの前に浮遊し、運命からルルヤを庇い立ちはだかるように【
大仰な詠唱も、紋章の展開以外の目に見える世界の激変も無い。攻撃的な何らかの作用も見えない。立ちはだかるリアラの表情は静かだった。
「それは、何だ。お前、どうやって……」
『
過去の真竜に関する【
「僕達はゲームのキャラクターじゃない。経験値ポイントを貯めればスキルがぽんっと生えてくる訳じゃない……!」
それに対するリアラの返答は、奇しくも『
「ならその力、どこから!」「皆からです!」
静けさの中からの、傷だらけでも尚凛とした叫び。
しかしその返答の根幹は『
「土壇場の覚醒なんて……ルルヤさんから貰った【宝珠】の知識で足りないなら! 研究を続けてくれてた書学国のロド先生の研究結果を足して! 譲って貰った
望む覚醒を強いようとした『
「ちいっ……!」
『
静かで脅威が感じられない筈の力を、それでもなぜか無意識に警戒せざるを得ないと感じて。
その隙に、リアラとルルヤは言葉と思いを交わした。
「リアラ、お前、私は後は頼むと言って……!」
「分かって、ます!」
感情の詰まった、張り裂けそうな思いを詰めた声で、リアラは短く答えた。……過去の感情が甦る。【
((嫌です、そんなの嫌です、絶対に嫌です! やめて、やめて下さい!?))
《大仕切直》直後、大量に押し寄せた情報。その中にあったルルヤからの連絡。
俯いて、傍目には表情を見せないながら、リアラの心は切り刻まれ、苦悶し、絶叫していた。何度も何度も、嫌だ、やめて、と、【
((そうは言ってもな。もう、やってしまったのだ……すまない、見捨てられなかったんだ、仕方がなかった……))
だが、ルルヤからの返事はこうだった。
怒れる事ではなかった。戦える事でもなかった。否定できる事でもなかった。見捨てられないのは正しいし、既にもう行われてしまった事は戻らない。
((だから、後を頼む))
だからそれに、リアラは分かりましたと答える事しか出来なくて。
「『
「それでもです!!」
ルルヤの詰問にリアラは感情を爆発させた。頬を伝うは血か涙か。
「それでも嫌に決まってるって! 助けられたら助けたいって! ルルヤさんに言われたから我慢したけどホントはやだって! 言ったでしょう!!」
「リアラ……」
「だから言います。あの時はまだ手が無かった。けど平行してずっと考え続けてました。今、その可能性を掴みました!」
哀切を込めてリアラは訴えた。
「助けさせて下さい……駄目だなんて言わないで下さい! 僕にとってルルヤさんは、世界と同じ位大切です! どっちも! 助けて! 見せます!」
世界と愛する人、どちらを助ける? という問いが、しばしば物語で語られる。
だがこう考えられないだろうか。愛する人を犠牲にせねば守れない世界には守るだけの値打ちが無い。愛する人だけ助けても、世界がなければ愛する人をいかせない。この二択、本来両方助ける以外有り得ないのだと。故にリアラはそう叫んだ。
ルルヤは、僅かな沈黙の後。
「全く。ラトゥルハを助けたのは、私が怨念に呑まれ自我を失った時、リアラが私を助け出せるかというテストでもあり、それに成功したから、きっとリアラも出来る、大丈夫だ、と、励ます心算だったんだがな」
「えっ」
「そこまで伝える暇がそこから今までの間に無かったのは悪かった」
「……(
そう言って苦笑した。そこまでルルヤの意図が深いものだとは理解出来ていなかったリアラは、勢い込んでいた事の気恥ずかしさに少し赤面した。我ながらよくもまあ赤面するだけの血の気が残っているものだと思いながら。
「勿論、ラトゥルハ、お前を助けたかったのも事実だ。だが、そこから先はお前次第だ。忘れるなよ……!」
「……ああ、全く、大した夫婦だぜ……分かってるさ、やった事も、やる事もな」
参ったぜ、御馳走様、そして、覚悟はしていると。そんな光景を見てラトゥルハは答えを返した。
「いい加減にしろ!!」
二人
リアラの【世界】。それは、竜術の奥義というには一見すると余りにもささやかなものだった。世界に対して己の法則を付与する、その掟はただ一つ。
【この竜術を展開して自分が加わる戦闘で周囲の仲間に被害を出さない】。確かに、この力ならば『
「『
『
ZANFINITY!
「「「「「「「「「うわああああああああっ!?」」」」」」」」」」
瞬間、世界が眩く輝いた。周囲に展開する『
「……確かに」
「「「「「「「「「「……あれ? こ、これは……まさか……」」」」」」」」」」
だがそれは唯の確認だ。見よ、何も傷ついてはおらぬ。『
「リアラちゃん……!」「リアラさん……」「リアラ……」
〈
……いや。
「くッ……」
その斬撃で唯一人傷ついた者がいた。それはリアラ自身だ。自分自身に対してのみ限定して使用した【
「リアラッ!?」
「確かに、完全ではない」
ルルヤが叫んだ。『
それはリアラの切なる傷ついた救済への祈り。積み重ねた痛みがあればこその救い。その力は、ルルヤの身を蝕んでいた真竜の力の反動たる怨念からすらルルヤの身を守っていた。だが、その痛みの形故に、それはリアラ本人を守りはしない。
それは世界のあり方を愛し、それを害する【エゴを阻止するというエゴ】を持つ、己自身の心や魂についての評価が控えめな魂が使う【世界に己の心象による法則を付与する力】とはどういう形になるだろうか、という形の答え。静かでささやかで、だが堅固で少し歪で、しかし。
「問題ないな。要はお前から先に仕留めればいいだけの事」
分析を終えて『
「哀れなこと」
『
しかしそれは、侮りを招く程に静かな力だが、ルルヤは。
「リアラ、お前って奴は……」
「すいません……」
そう、呟いて。それに。リアラはややしゅんとして。
「いや、すまないな、それはこちらの言葉。改めてそんなお前の在り方について考えた上で、それでもいい、それがいい、それでいい。そう言いたかったんだ」
そんなリアラをルルヤの今や回復した麗しい少女の声が励ました。リアラの顔が、ぱっと明るくなって俯きから跳ね上がった。
リアラのその【世界】は、静かで小さく堅固で歪で、だけど優しく。故に、更に大きな力を呼び、世界をより大きく動かすのだ。
「……何だい、それは」「……」
『
『
「傷の形の心を、それでも傷を受け止めて形にするのは大変だったろう。その勇気、私は敬意を表する。再起してもなお心の傷や揺らぎを忘れない事も、私は肯定する。それこそが、私達を制御するのだからな。故に多少歪でも、そんなもの後から何とかしていけばいい。私は、それが世界の敵との闘いと世界の統合への抱擁と言う二面を持つ
対してルルヤの表情は晴れやかだ。その【巨躯】の頭部の上に、再びルルヤの幻像が復帰する。ルルヤはその少女の貌で、リアラに強く優しく微笑んだ。リアラは、そんなルルヤに、ぐちゃぐちゃな表情を笑わせてみせた。人は物語の力で強くなれる。それは、断じて『
「だからお前達、特に『
至極真顔で言うルルヤの声に、力が漲った。
「後からだと? 何を……大体、この局面で何をノロケ話を!」
「言ったろう、私も勇気を出す為さ!」
『
「【
吼える。【
流石の敵達も驚かざるを得ない。計算をどれ程積み重ねても、
(勇気ってそういう……!?)(ああ! その通りだ!)
何しろ身内のリアラすら驚く程の大胆さだ。確かに勇気、勇者の所業。肯定しルルヤは言葉を天に放つ。
OOOOOOOO……!
そしてそれは空念仏ではない。夜空になりつつある空が、奇妙にうねった。水満ちる宇宙に浮かぶ泡の中の世界である混珠。言わばその泡の表面が波打ったのだ。
「あれは、確かに……! ルルヤさんの竜術がここまで至り、可能にしたか!」
必然驚愕する周囲の兵達の中、〈
「【私達の信徒が、私に怨念に呑まれるなと、生きろと言っている!皆に生きろと言えと私達に願っている!私達はそれに値すると!】」
続くルルヤの言葉。リアラの至った境地を寿ぎ、リアラが与えてくれる信頼を喜び、それを以て天に訴える。
「貴様!」「させません!」「させんのはお前に対してだ!」「それもです!」
それを阻止せんとする『
「【その意気に答えずして何が
「不完全さをごまかす気か!?
『
「ごまかさぬ! 押し通す! 【我等が生きるに値するというなら答えよ! 諸神諸霊に共に担わせ、我等に降りか狩る怨念を晴らさせよ! リアラに、私に、ラトゥルハに、成長の余地を与えよ! 肯んぜぬなら、今ここで私を天罰で殺せ!】」
だが構わずルルヤは叫んだ。リアラへのこぶと……己の信仰対象への叩きつけるが如き暴挙めいた要求を!
「な、なんて事……!」
非難ではなく寧ろ感嘆の混じった驚きを感じるユカハ。仮に手段があっても自分には絶対にアレは出来ない。神に等しい存在に、あんな要求をぶつけるなんて。
「しかもあれ、考えられてるよね。この局面で断るのは、たとえ
ミレミが傭兵らしい分析で苦笑した。断って天罰を下せば、
そして、ルルヤがそれを吼えた理由も何となく分かった。これは、うまく言えないが、良き転生者や外の世界の人間達の為に、
「生臭宗家、信仰を道具とするか!」「
敵味方の叫びに攻防が交錯する。嵐となって渦を巻く。混乱、激烈、相互必死に伯仲し、故に混沌。そして。
「【ったく、しょーがないわねー……んなら、気張りなさいよ、子孫っ……】」
どこからか、飄々として生意気な、少女の声が聞こえた気がした。金褐色の髪をした、世界に抗う勝ち気な、けど普通の少女。それは
大昔に冒険の旅を繰り広げ世界を救っただろう、単純明快に世界を許せないから世界と殴りあった、シンプルだった昔の時代の
「ど、どうなった……?」「な、何も起こってない、よね?」「つまり……」
そう、天は鳴動した。だが、天罰は無かった。魔法がある世界において、何も起こらなかった事が即ち奇跡の証明となる逆説。ルルヤの全身から、瘴気めいた気配が消えた。即ち、言わばここに新約は成ったのだ。
ZDGAM! BAOOOOM!!
しかし感慨に耽る暇等無し。即座に連続して戦況は動く!
「おのれぇえっ! こんな事で!止まるものかよぉおおおおっ!」
『
「今更何を……!」
リアラは叫ぶ。新約は成った。ルルヤは最早暴走する事は無い。『
「諦めるものかよ! 諦める位なら最初から生まれ変わらない! 俺達は改心なんざしないのさ! ……お前達が世界を歪めるなら俺も歪める! 魂まで殺す術は後からでもいい! 地球もこの
血反吐を吐きながら『
(何て、無茶苦茶!)(だが……!)
それは人の手による天変地異、否、世界崩壊の危機。それは世界そのものを己が為に浪費する
(ふん……!?)
しかし『
「防がないと!」「ああ!その為には、やむをえんか!」
リアラとルルヤもそれを察している。【宝珠】や通信魔法を交えて考えを共有している為声に出す部分は断片的だが。
「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」
二人揃っての絶叫。【
「う、うおおおお!?」「リアラ!?」「ルルヤ!?」
光と闇と歪みが、激突し、跳ね回り、絡み合い……天に届く柱の如き巨大なエネルギーの竜巻と化した! 人々の驚愕の叫び、祈りの言葉がそれに向かって響く。
「すまん! 皆! 暫しの別れだ! だが……! 」「きっと! ……きっと、世界を!」
その中、リアラとルルヤは必死に皆に言葉を伝えた。二人は『
「決着は地球でか、いいだろう! 思い知りなさい物語! 現実の重さを!」
『
「『
その叫びは命令だ。『
「私が地球でこいつらを消している間に
「なっ!?」
1ミリも単独行動する主君の危機を感じる事も無い、と言わんばかりの平然にして超然とした微笑を浮かべ、
「ライトファンタジーの者共、思い知るがいい。ダークファンタジーの暗き手が、如何にお前達を凄絶に蹂躙するかを。如何にお前達の流れを絶ち、暗い運命の嘆きを被虐的な喜びとさせるかを! 」
『
「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!
古は偉大なり
今に良いものは無し
偉大なるものは何時も既にあり
挑む者は要らず
意味無し忌むべし、之こそが我が現実なり!
そして詠唱!
「さあ、終わりの時だ!」「ッ……!」「リアラ!」
それらが周囲目掛け襲いかかる! リアラの心が乱れかけた。それが『
そしてそもそも
「構うな! 行け!」「でも!」
それは一人の人間が下せる決断ではないという事を、
「俺達から戦う自由を奪うな!」「ッ……! !」
それは刹那故に短く、端的で、故に鋭かった。
戦う自由、生きる尊厳。それを命賭けて自分達は貫いている。だから
「分かったっ!」
自由と尊厳を奪うは
「なら死ね」「ッ……!?」
それら全てを無視して『
「……大丈夫、大丈夫だ。世界が滅びそうなピンチでも、世界が優しくなんて無くても、リアラとルルヤ二人ならきっと何とか出来る。これまでも二人は、世界を守ってきたんだ!あのでかい
血を噛み締めたしかめっ面から、無理に絞り出した微笑を滲ませた声で、
「……いつも、ありがとう。皆が居なきゃ僕達は、きっと何度も死んでる。何て、お礼をしたらいいか」
「何、まだ忙しいんだ。報酬は後でいいぜ。さ、お互いもう一仕事だ、さっさと行きな」
涙声でリアラは感謝し、笑って
「っ……さぁて……!」
「ふん、
生きた以上、
「皆、仕事だぜ。〈この世界で最後の傭兵になる為に〉……さ、やろうか!」
「っ……ああ!」「隊長を援護しろ!」「今回復を……」「リアラ!ルルヤ!ここが私達が!」「任せて行け!」「負けるなよ!」「負けないから!」
至近距離に迫る『
「う、お、おおおおおおおおっ!!!!!」「ぬうううああああああっ!!!」
その思いを受けリアラは吼え、次元奔流を全力で押さえ込む。ルルヤも吼える。ガタガタの【巨躯】を再構築しリアラを守る。再構築も『
(分かった、頑張る!君達のお陰で生きる、戦う勝つ!)(だから死ぬなよ!)
リアラとルルヤ、共に魔法で皆に今は一先ず最後となる言葉を送る。皆の思いに答えると。皆の思いを担い背負うと。……この思いを思えば、己のふがいなさなど嘆いている暇はない。唯、全力を尽くすのみ。お前は愛されているのだと言われたのなら、お前達も愛されているのだと返す事に全力を尽くすのみ。この思い、この救いの形は、転生になんて負けはしないと。『
「負けるものかあああああああっ!!!」「あはははははははははは!」
それに足掻く『
(それでも、と。たとえどうあれ、この物語を僕は担い続ける!)
リアラは今それを受け止めきって進む。それでも尚己と同じ物語を生きる皆を救う為に、その物語の一人であり続ける。
リアラの戦いもまたそうであるように、人は生きるだけで他者を傷つける生き物かもしれない。発言が思わぬ方向に響く事もあれば、事故を起こす可能性は常に付きまとい、唯生きている事で救わず変えなかった事が理由で平行して貧困や諍いで死んでいく人々がいるように。
だが、同時に生きるだけで他者を救う生き物でもあるのだ。何気ない呟きが生み出した笑いが誰かの心を明るくさせ自殺を阻止することもあり、生計を得る手段が誰かの為になり、綴った物語の続きを読みたいから生きる人がいるかもしれず、楽しんだ物語への感想がその物語を書いた人の生きる理由となり、ただ生きるだけで経済が回り買った物を売っていた人々が糧を得る。
リアラにも、戦いの結果で救い共に戦う皆が教えてくれたように。
故にリアラは生きる。己は生きる理由があると、生きるに値すると信じる。心を奮い立たせ戦いの真の最終局面に立ち向かう。
現実で満ちた青き星、〈
逆襲物語ネイキッド・ブレイド、まだ、いま少し
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