・第七十八話「〈不在の月〉へ……(中編)」

・第七十八話「〈不在の月ちきゅう〉へ……(中編)」



 虚仮脅かし。吹かし。ハッタリ。狂人の戯れ言。


 普通ならそう言われるだろう『全能ゴッド』の言葉に、だが混珠の天地はしんと静まり返った。それは『全能ゴッド』の纏う異常な迫力の為だ。〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉は【真竜シュムシュの鱗棘】の効果を受けている故に洗脳的な力を受け付けない。であるのに彼らまで黙らせる、その『全能ゴッド』の言葉には、一種の威圧的な迫真の説得力があった。


「教えてあげるよ。そもそも、私の宇宙に、地球以外に生命の存在する星は無かった。だから地球の全てが滅ぶその時、最後の一瞬だけ、私は宇宙唯一の観測者となった。……地球の科学の仮説であるだろう? 観測者効果とか人間原理とかマクスウェルの悪魔とかシュレディンガーの猫って奴、まあ、人間原理といっても私は言った通り地球の化身だけど、原理は同じだ。ともあれ詳しい事は理解させるのが面倒だし意味も興味も無いから省くけど、要するに宇宙唯一の存在となったから、その瞬間、私の認識が宇宙の全てとなった。私という存在の形が、それに沿って宇宙を歪め、私だけが例外的に、時を遡り生まれ変わった……そら、原理が同じだろう? これが欲能チートの始まりさ。そして、その力で私は、幾度か地球の歴史に寄り添った」


 その言葉は混珠こんじゅの人間の想像を遥かに越え、地球人の転生者達にも本来であれば強い衝撃を与えるものだったろうが、残り少ない現世代の地球人転生者は流石にここまで生き延びただけの事はある強靭な精神で、その衝撃的な情報を受け止める。


「毎度同じさ。大体同じ歴史を歩み、生命が栄え、人類が生まれ、神々を信じ、国家を形成し、科学を発展させ、神々を忘れ、そして滅びる。核戦争で全てを焼き尽くして滅びる事もあれば全ての資源を使い尽くしても尚宇宙進出が出来ずに滅びる事もあった。今度の地球は温暖化で人類種が滅びるルートかな? 幾つかのパターンでは人類滅亡後他の生物が生き延びる事もあったが、私の認識する範囲では大抵人の置き土産やら何やらでそう栄えはしなかったな。そんな風に、例えばローマがロムルスを祖とするローマではなくレムスを祖とするレーマだったりしたような細かい誤差もあったが、幾度も人は空しく死んでいった。自分が自分の信じる宗教や神話のあの世に行くと確信して死んだ人間の魂はそれらの宗教神話のルールに則った流れに乗り、それらの宗教神話の消失と共に薄れ消えていった。そうでない魂の内、心残りなく死んだ奴や死ぬ事について何も考える事も無かった奴は動物と同じく勝手に消えたが、それを除く死ぬ事に絶望した魂は、等しく私のものとなった。私はそれを、幾つもの世界に生まれ変わらせてやった」


 朗々と語る声は一種の詠唱。地球の古代北欧における呪的口論センナに近い。既に兵士達の戦いは一段落しているから長々会話を行えるが油断は禁物。こういう理由があるから我が勝利とお前達の敗北は必然という主張は、心の力が魔法となりエゴの強さが欲能チートとなる世界での心理的な戦いは勝敗を決する物理的な戦いに等しい。そしてそれだけではなく既に欲能チートの不可視の力場が満ち、戦場が形成されている。


「最初は好みに合う世界に放してやった。それで救われた世界もあったけど、木に竹を接いだ様な急激な変化で数世代後に滅んだ所も多かった。そりゃそうだ、元々私達の地球は滅びに向かう事が決まった世界だ。魔法や超能力がある世界、宇宙がエーテルで満ちた世界、巨大ロボットが神々めいて奇跡を起こす力を持つ世界、逆に邪神が命を虐げる為に永続させてる世界、この水の宇宙の他の泡、大いなる青いグランブルーな空の宇宙、昨日と明日が繋がらない一話単位で物語がリセットされる宇宙、一定の時間でループするループものや終わらない日常を繰り返す宇宙、世界が一冊の書物である宇宙、時系列が矛盾した後付け多すぎで破綻した宇宙、時々やり直すリランチする宇宙……良い宇宙悪い宇宙色々あるけれど、地球のある宇宙は冷厳な物理法則とエントロピーに支配押され只管に滅びに向かうとりわけ悲惨な宇宙だ。そこから色々なものや考えを持ち込めば、救われる世界もあるが、滅びる世界はもっと多い。で、だ。人間君達。欲しいものが足りなくなったらどうする? 奪ったり増やしたりするよね?」

「……それを、世界に対して行った、と?」


 問わずにはいられない。会話をする必要があった。相手がこちらにわざと問うよう仕向けてきたのは明白だ。こちらの言動を己の掌に置き、それを自覚させる事で威圧する為に。だが、相手に言葉を挟める状況を維持する必要がある。矛盾を見いだした時突く為に。


「その通り。そう、数多の世界の幾つかは、地球の空想から生まれたのさ。転生者の欲望を満たす為、ちょうどいい踏み台、引き立て役、もっと言えば……いや流石に下品に過ぎる例えは止めておこうか。ともかく、生け贄を並べた天国として、世界は消費させるようになった……『永遠エターナル』とはその頃からの付き合いでね」

「この混珠もその一つ、と言うには、集まった情報は違うと言っているけど」

「……まあ、そのくらいは気付くだろうね」


 己に言及された『永遠エターナル』が肯定に頷く中、リアラは言葉を挟んだ。消費される為の世界として作られたのであれば、複数の世界が入り交じった世界であるという観測結果や仮説、そこから来る真竜シュムシュ欲能チートに対抗できる理由と辻褄が合わないと。


 それは『全能ゴッド』も肯定し、そしていよいよ真実が明らかになる。


「そうやって貪って、過去に壊した世界の残骸が集まって生まれたのが混珠こんじゅだ。滅んだ幾つもの世界の欠片が集まり、それらの世界の魂の残骸がこの世界の意霊となった。この世界の始まり、精霊や神々の元であった意霊も、元を辿れば全て過去に滅んだ地球の人間の魂、転生者なのさ。前世を覚えていないだけで。そう……」


 悪意を込めて、『全能ゴッド』は呪わしい事実を宣告した。


「お前達の世界は食い滓で、お前達の魂はお前達の敵と同じ物で出来ている」

「……言ったろう? お前達も俺の復讐の相手だとな」


 それに従う様子ではないが、『交雑マルドゥク』がそう補足した。


「それが、どうした」


 それに、ルルヤが抗う。混珠こんじゅの人間として。


「私達は私達だ。何で出来ていようが、私達の自我は私達のものだ。体が所詮他の生物の屍を分解した物質の塊であろうと私達の体で、自我が脳の存在に束縛されているとしても、それでも私達は私達だ。遡れば世界は一つでも、自分が何かを決めるのは自分自身だ!」

「更に言えば。お前達が食い散らかしたものから混珠が生まれたからといって、それは間接的な原因であっても直接的な原因ではないだろう。態々欲能チートに抵抗できる存在である【複数の世界が入り交じった存在】を自分で作る理由が無い。もし危険性を甘く見て造ったのなら、そんな馬鹿は大した存在じゃない。だからどっちにしろその似非神様面の主張等、恐れるに足るものか!」


 気高くルルヤは存在の尊厳を吼えた。宇宙にすら自分にすら負けないという教えを皆に伝えた。


 そしてリアラも理を尽くし叫んだ。言葉の力で皆の勇気を作り上げた。


「おおっ!」「そうだそうだ!」「負けるものか!」


 圧迫・圧倒されていた眼下の混珠こんじゅの民達が、気勢と同意と団結の叫びを挙げる。言葉の対決はさながらラップバトルの如し。


「その通り。厳密に言えば直接造ったというより私達の行いの結果が造ったものだ。といってもその過程で君達という妙な物が出来たからね、意霊の中に『永遠エターナル』を混ぜ混んで、ずっとこの世界について監視し、干渉してきた。真竜シュムシュの崩壊の因子を混ぜ混んで、真竜シュムシュの祖ナナや王神の探索を失敗させ、その血に最初の恨みを刻み込んだりね。そして何より、ここまで布石を重ねた。その布石を、『交雑マルドゥク』が自分の目的の為に、せっせと条件を満たしてくれた」


 それに対して『全能ゴッド』は、お前達の存在等恐れる必要は無いのだと歌い上げる。運命は我が手の内にある、この世界が滅んだ世界の残骸の集合体であり、故に真竜シュムシュが複数世界間に和合をもたらそうとする原初の祈りという強い力であろうとしても。それは警戒済みで、その為に混珠の歴史に干渉もしていたと、既に対策済みだと、全てが、己に歯向かう『交雑マルドゥク』ですら自由意思と信じて己の思うがままに動くのだと、お前達が自分は自分だと歌った所で何程の意味があろうと。


「死んだ魂にたかる業畜生が。お前の手札が割れてないとでも思っているのか。お前の『転生者を産み出し、その転生者の欲能を自分も使えるようになる』能力は、確かに他のあらゆる転生者に勝るだろうが……俺の欲能チートの条件を思えば、お前は俺の力を使いこなせる訳じゃない。だからこそ俺はお前に抗える。異世界転生チートからしか力を汲み上げられないお前には負けん!」

「まあ確かにね。君の欲能は『自分が強く愛した他の物語の力を持ち込む』力だ。選択できる対象は力を使う者、自分自身の趣味嗜好によるからね。私にはそこまで沢山の物語への愛着は無い。そして確かに私の力は、要するに『部の欲を使える、故に』だ。本物の全知全能じゃない」


 その『全能ゴッド』の言葉に『交雑マルドゥク』が反応し、状況は三つ巴の様相を呈する。『全能ゴッド』はだが平然としたものだ。


「けど、それが何だい?」


 平然としたものだ。ほんの僅か、否定的に問い返しただけだ。


 ZDON!


「~~~~~~~~っ!?」

「……!!」


 だが、その一瞥。一瞬、何か光ったか?


 ……それだけで『交雑マルドゥク』が操る〈青騎士ブルーサマーズ〉の機腕の一本が吹き飛んでいた。


 無論、『交雑マルドゥク』もその力を使えばそれを修復する事や出来るだろうし、不可逆的なダメージではなく、リソースの削り合いの一環に過ぎない。だが。だがしかし、それはあまりにも雑作もなく、底知れない。


「それで十分だろう? 個々の欲能チートを、私は組み合わせる事が出来る。その組み合わせにおける応用の及ぶ範囲は殆ど事実上無限に近いし、本物の全知全能すら数多の世界を経てきた私の『邪流ジャンル』の前には屈する。相手が自分の造った世界一つで全知全能になっていても、無数の世界を束ねる私には及ばない。『邪流ジャンル』と『取神行ヘーロース』は因果律を無視する。単なる転生前と転生後や一つの世界の住人が別の世界の力を借りているだけ等とは違う、二つより多い、複数の世界の因子を併せ持つ存在でなければ例え全知全能でもそのルールを無視して対抗不可能とする。君は異世界転生チート以外の力を束ねて似た事が出来るようにはなった。それだけだ。一つ一つ欲能に及ぶかもしれない程のそれぞれの世界の選りすぐりの力を幾つも集めて、君と、君達は成程、並の欲能チートを越える存在になったと言っていいだろう」


 君達はと『全能ゴッド』は言う。『交雑マルドゥク』だけではなくリアラ、ルルヤ、竜術、混珠こんじゅの抵抗そのものを、ひとまとめに。



欲能チートはすなわち本来一つの世界を牛耳る主人公たる力だ。それを越える、何個かの世界に匹敵する存在なら、増え続ける欲能と世界の数で押し流せばいい。些細な個別の突出を塗り潰す流れブームの中には全てが屈する。その他の物語等無意味だ。同工異曲の中の変わり者も無意味だ。玩想郷チートピアはその流れブームそのものだが、〈帝国派〉もそれ以前に死んだ連中も、個々の欲能行使者チーターは幾らでも咲いて散ればいい。個々の存在がどうなろうとも欲能チートを求める魂の本流は止まらない。他の物語の可能性を削ぎ落としてそれは増大し続ける。その可愛らしく刹那的な欲望は全て私の物になる。『全能ゴッド欲能チート』を強化する。寧ろ組織の統制の為には、全てに救済をもたらす為余りにも突出した無駄な拘りを持つ奇妙な存在には消えて貰った方がいい。より容易く、平易に、同じものを愛し、同じ物語に満たされる存在ばかりになった方が、救済は容易だ。世界の供給を管理する側としては、有り難い事この上無い」


 それはどこか『惨劇グランギニョル欲能チート』と似ていた。他者が自分の代わりに踏みにじられる事を礼賛する支配欲とサディズム。


 それはどこか『経済キャピタル欲能チート』と似ていた。人の魂を升で量るように個々の可能性を無価値として管理せんとする支配。


 それはどこか『増大インフレ欲能チート』に似ていた。我こそが大いなるもの、我こそが力であると誇り、小さき者、弱き者を無意味であると蔑む暴虐。


 それはどこか『旗操フラグ欲能チート』に似ていた。安易な幸せにのみ耽溺し他者を省みず突出者を引きずり落とす衆愚礼賛。


 そしてどこか、それ以外の欲能行使者チーター達にも似ていただろう。しかし。


「人よりいい目を見たい。優位に立ちたい。強くなりたい。楽して持て囃されたい。そんなどろどろとした感情は言わば水の上を流れる油や泡のようなもの。要するに皆、救われたがっている。命はみなそう思っている。だから、その願いから、地球から私が生まれたんだ。異世界転生チートという救いが」


 その語りはどこか、欲能行使者チーターの悪とは言い切れない一面にも似ていた。それらの祈りや夢や恋に。即ち悪すら愛する、というよりは地球の人間を悪性の存在と定義した上で愛する感情があった。例え、個々の人間を愛していないとしても。


「最終的に、いずれ。いや、もう少しで。私は完璧な、全ての並行世界を統治する全世界全知全能となる。全ての欲能を束ねて。今回の世界では沢山の欲望が回収できた。それを束ね、組み合わせ、ただの全知全能ではない全平行世界における完全な全知全能を成し遂げたのであれば。もう生まれ変わる事は無いと消えていった魂達すら全て掬い上げ、救済する事が出来る。それぞれが望む範囲の前世の記憶と、全ての魂に自分の為に踏みにじれる世界を、それぞれの世界において全知全能とそれに耐えうる魂と永遠を与えよう。更にもう一度、いいや何度でも転生する権利すら与え、あらゆる平行世界を使い、無限の輪廻転生、即ち不死、無限の欲能チート、即ち全能をもたらそう。過去永劫未来無限、全ての地球に生まれた全ての人の魂が、主観的には全知全能の神となって救済される……存在目的が神を無くした哀れな人間の救済だけど個々の人間の魂自体は雑に扱う女神様は嫌いですか? なんちゃってね」


 死と新生。正に異世界転生の化身。それこそが『全能ゴッド欲能チート』だった。


「その為に貴方達のいる地球に異世界転生モノのライトノベルを流行らせたのも私。哀れな人間を救済する為に異世界転生チートブームを作り出したのも私。全ての異世界転生チートものの作者とその作品とそのファンは私の下僕に等しい」

「そ、それは……」

私が影響下に置く地球においてはあくまでこの物語世界の中における設定においては、ね」


 その存在はあまりにも危険だ、色んな意味で。正に『交雑マルドゥク』が、我らの女神と言った通りの存在。しかしそれは荒ぶる女神だ。生み、もたらし、奪い、滅ぼす。母なるイメージで語られる事が多いが常に災害で人の命を奪い不幸を作り続ける自然、寿命のある生命のみをはびこらせた死の世界である擬人化された地球そのものだ。人めいた俗も確かにあるが、その在り方は地球の魂を自称するだけの事はある。


「それ以外の物語の繁栄は許さない。地球以外の世界の繁栄は許さない。私は地球だけを救う。地球に生きる人間達を。故に、その糧となって滅びなさい。ファンタジーの世界、そしてその住人達よ」


 故にその荒ぶるあり方は、異世界転生チートという物語に属するものを語りながら、物語に処刑を宣告する。


「『交雑マルドゥク』。そして貴方も。地球わたしへの反逆を許す訳にはいかない。今生の命を終えてもらう。大丈夫、私が全世界全能を手に入れたら、また生まれ変われる。その時は、貴方の地球を再現した異世界を、何度でも何度でも滅ぼさせてあげる。それを心から楽しめるように生まれ変わらせてあげるから」

「ふざっけるな! 絶対に! お断りだぁッ!」


 その言葉に、血を吐くように『交雑マルドゥク』は絶叫した。当たり前だ。それは正に、全てを茶番にしてしまう『全能ゴッド』のあり方の最も獰悪な一面の最大の顕れ。存在に賭けて絶対に『交雑マルドゥク』には許容できぬ。


「それは僕たちの台詞だ!」

「ああ、踏み台にされるのも使い捨てにされるのも、御免被るっ!」


 それはリアラとルルヤ、混珠の民全てにとってもだ。叫びが重なる。思いがぶつかる。均衡が乱れる。それ即ち、遂に直接激突の戦いが始まる事を示していた。



 DBAWW!!


 そして大気が鳴動し如く全てが動いた。


「開け〈越界の扉〉!!」

「【GEOAAAAFAAAAAAANN】!!」


 一瞬で〈青騎士ブルーサマーズ〉の損傷部分を回復させた『交雑マルドゥク』の命令で、血涙を流していた巨大女神像が扉を開き異界への転送能力を発動する。扉の向こうは『交雑マルドゥク』が変身し取神行ヘーロースとなる時に周囲に張り巡らす障壁である次元断裂に似た奇妙な異次元の色彩を呈していた。そして女神像の血涙を流す目から光が出ると、トラクタービームめいてそれがルルヤの【巨躯】を引きずり、吸い込もうとし始めた。同時にルルヤの【巨躯】が薙ぎ払う様に【息吹】を発動。〈越界の扉〉と『交雑マルドゥク』と『全能ゴッド』に攻撃を仕掛ける!


「まだ動くか!」


 〈青騎士ブルーサマーズ〉を機動させ回避する『交雑マルドゥク』だが、既に全身に重石をのせ疲労困憊の上病を患い酩酊までしているがの如き状態の筈のルルヤの【巨躯】が戦闘を尚継続した事に驚愕した。〈越界の扉〉が直撃を受けて揺らぐ。大半は〈扉〉の穴に吸い込まれ何処とも知れぬ世界と世界の間にばらまかれたが、フレームに当たる部分はどうしても出てくる。元は神器である為そうそう壊れはしないが長くは持たない。


「こうなったら……!」


 それを見て『交雑マルドゥク』は〈青騎士ブルーサマーズ〉の使用を解除し別のものを喚び出そうとする。元々そうする心算ではいた。もう二、三発の攻撃で完全な暴走状態に追い込み、その後幾つかの能力を併用した合体メカに『文明サイエンス』から奪った力を混ぜて強制結合し【巨躯】を操る心算でいたが、このままではそうもいかぬ。ならばと別の装備を喚び出さんとする『交雑マルドゥク』に。


「させるか!」「うくぉっ!?」

「やりなさい」「うわぁっ!?」「ぐわぁっ!?」


 そこにリアラが体当たり!更にその直後。二人を諸共に吹っ飛ばそうと『全能ゴッド』が操った《王神鎧》の拳が二人纏めて弾き飛ばした。吹っ飛ばされくるくると空中を回転するリアラと『交雑マルドゥク』。


「何をするかぁっ!」

 ZGDOOOONN!


 その《王神鎧》にルルヤの【巨躯】が皹割れた声で怒号し、体当たりをぶちかます。激しく火花を散らし後退する《王神鎧》。正に三つ巴か……


「何をする? 要するに、全員殺す。特に貴方と『交雑マルドゥク』を」

「な……ぐああああああああっ!!?」

 ZGZDOOOOOOONN!!!!


 三つ巴、その認識を嘲笑うが如くルルヤの【巨躯】の眼前に『全能ゴッド』が出現。地球に害する意思を持つ『交雑マルドゥク』、その道具となりうるルルヤ、それを目の敵にしての圧倒的な力の行使。『交雑マルドゥク』も〈傑証けっしょう〉を使った攻撃でルルヤにダメージを与えていた。だがあれはルルヤ側が拘束を強引に引きちぎった事によるダメージや、他の能力や装備を使用した上で、使用した〈傑証けっしょう〉を使い捨てに爆破しての威力だ。


 それを、『全能ゴッド』は。


「な、あ、こ、拳……いや……」

「一見、そう見えただけだ。だが……」


 素手の拳一発で十数ミエペワ数百メートルも吹っ飛ばした。いや、厳密に言えばそれは拳を介して多数の欲能チートを組み合わせて打ち込んだと、リアラも『交雑マルドゥク』も見切るが、しかし尚、その力はあまりにも圧倒的だ。


「まあ、もう、こいつはとっくにがらんどうだからね」

「ルルヤさん! ルルヤさんっ!」


 『全能ゴッド』自身は平然とルルヤの弱体化を語るが、リアラはそれどころではない。濛々たる土煙に向け、声と【宝珠】通信と通信魔法全部で必死に呼び掛ける。それ程の凄まじい一撃だった。


「う、あ、あ……」


 それにルルヤは答える事が出来ない。【巨躯】の瞳孔が激しく見開かれては収縮する。その巨体はがらんどうな器をハンマーで叩き壊した様に鱗が罅割れ剥がれ落ち、中にあるべき肉が瘴気めいた暗黒空間になりかけていた。咄嗟にリアラが受け止めようと張り巡らせた【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を大重量故に打ち破って倒れ伏し、周囲にいた兵士達を巻き込まぬ為打ち振った翼が折れていた。ルルヤの声は震えた。それはリアラの過去の戦いに悔いがあればこその人々をぎりぎりで守れた結果だったが……ドクン、と、巨大な拍動音が不吉の前兆として響いた。近くにいた兵士達が慌てて後退した。割れた鱗の自己再生が暴走し、歪に逆立つ。


「ふん、今のが最後の一押しになったか。だが、あれは俺に必要だ。これ以上壊されては困るな!」

「『永遠エターナル』、今回の異世界はここまでだ。かつてない程の欲能チートを回収する事が出来た。皆精一杯思うがままに生きて死んでいった。実に良かった。彼ら彼女らも死んだとはいえ転生前とは比べ物にならぬ濃い人生をたっぷりと味わえて良かった事だろうし、私の力も大幅に増した。救済はもうすぐだ。今回の成果は十分だ」


 そんなリアラを平然無視し、『交雑マルドゥク』の『青炎の蛇槍シウコアトル』と『天なりし石雷の斧ウコンバサラ』による炎と雷を片手に宿した無数の欲能チートで発生させる多重次元歪曲で防ぎ、感慨深げにこれまでを非人間的視点で振り返りながら『全能ゴッド』は『永遠エターナル』に語りかけた。


 『永遠エターナル』は恭しく頷き、常に嘲笑的だった美貌を宇宙的な無表情とした。


「正に、その通りです。此度の仮初もこれにて幕引き。名の通り永遠に、我が身を我が剣の呪い、法と業の鍔競り合いより救いたまいた御身に支え続ける者に、此度もご命令を」


 その口調もまた別人。あるいは、これが劣化し歪む前の本質に近いのか、しかし、リアラや『交雑マルドゥク』がその正体候補として語る彼と似た物語とは明らかに違う。


「命令する。この異世界を消去せよ。《王神鎧》は好きに使っていい」

「おお、『全能ゴッド』よ、『全能ゴッド』よ、御身に血と魂を捧ごう!」


 魔剣『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』が抜き放たれる。歓喜と共に、しかしほんの僅か、その魔剣に最早人格が存在しない事に対する奇怪な違和感を滲ませた笑みで。


「そ、総員……!」「っ、皆っ!!」「ええい……!」


 『永遠エターナル』に最早生体コントロールユニットと化した『機操ロボモノ欲能チート』と制御剣が委譲された《王神鎧》が、『永遠エターナル』と共に周囲に集まった兵に向き直る。兵達は身構える。実質巨大な《王神鎧》より『永遠エターナル』の方が遥かに恐ろしい存在であるのを認識出来ているのはせいぜい〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉とそれに近しい者達くらいだが、それでも抗おうとした。


「それと、地球わたしを上回ると僭称する幻想に、お仕置きをしなくちゃいけないね」


 だがそれに『全能ゴッド』は更に絶望を乗せにかかる。


「『情報マスコミ』+『増大インフレ』同時使用。範囲・効果拡大。〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉よ、真竜シュムシュ、絶望せよ。この異世界のお前達以外の全てが、これから敵になる」


 『全能ゴッド』は義務感と敵意が入り交じった表情で宣言する。『永遠エターナル』は自分だけでも滅ぼせるだろうがと思いつつも主の座興を優先する。『交雑マルドゥク』は己の欲望に関わらぬので無視。


「「「「「「「「「「「…………!!!!!」」」」」」」」」」」


 その宣言は初期から戦い欲能チートを良く知る〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉に絶望的衝撃を与えた。広範囲化の為には報道に乗せる必要性で効果が限定される『情報マスコミ』の洗脳を『増大インフレ』の効果で増幅させられたら、全ての民が発狂し襲いかかってくる。そんな状況、耐えられる筈が。


 そして『全能ゴッド』の全身から光が放たれる。圧倒的な洗脳情報を含んだ気力光。


「させるものかああああああああああああ!!!」


 それに、空中に日月の如く燃え光る、巨大な真竜シュムシュの紋章が立ちはだかった。

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