・第七十七話「〈不在の月〉へ……(前編)」
・第七十七話「〈
《王神鎧》の肩に立つ『
「あ、あれは……」
しかし人々がざわつくのはそれに対してではない。
《王神鎧》の更に上空、『
「な、何でだ? はっきり見えすぎる……」「あ、あんなに高くに居る筈なのに、まるですぐ上から見下ろされてるみたいだ……」「うう……」
上空だ。あくまで人間としての姿だ。小さく見えにくい筈だ。なのに、その存在がどういう訳か途方もなく大きく感じられる。はっきりと見える。
「やあ、一段落ついたかな? 身の程知らずなイレギュラー達」
強烈な違和感に当てられて気分が悪くなる人々のざわめきを無視して、『
「……相変わらず遊惰で驕慢な奴だ。漸くあの世の縁から這い出してきたか……最悪の転生者たる俺達に相応しい、最悪の輪廻転生の女神よ」
「女神……という事は、やはり……」
腹立たしげでありながら挑発的で嘲笑的でもある微苦笑を『
「漸く私の正体に辿り着いた? いいや、そうじゃないわよね、
くすくすと笑う『
(……これは)
リアラは見えざる力を見る【
「不信心者である
そして夕焼けの中、『
「貴方達地球の命は、この蒼い水を赤い溶岩が掻き混ぜる中生まれ」
蒼い髪を指で弄び、それを赤い瞳で見て。
「青空の大気を吸いながら、褐色の土の上を歩き回り」
蒼い髪から手を離し、褐色の頬を同じ色の指で擦り。
「そして人は真っ赤な火を弄ぶ事を何より好み、緑の木々を切り払い、灰色のコンクリートで私の装いの色を大きく変えたのに……もう、分かったでしょう?」
赤い瞳を細目、緑と灰色の二色の衣を揺らして『
「……寡聞にも、地球が生きていたとも死んだとも、聞いては居ないんですけどね。ガイア理論とか例え話とかそういうのは別として」
その動作で暗示する。即ち……だがそんな事がありうるというのかと、リアラは確かめるべく慎重に問う。警戒していて尚流石に緊迫し、まさかという表情で。
それに『
「どう思うかは勝手。私は唯告げるだけ。私は『
「……!!」
人間どころか、厳密な意味での生物ですらない転生者。どころか、時間軸を共有する存在ですらない、と。いや、それ以上に。
「そんな事が、ありうる……と?」
流石に混乱するリアラに応じるように言葉を溢したのは『
「さあ、な。謀反の為にずっと調べていたが……少なくともあれが本当に我々と時間・空間的に異なる別の地球から来たらしい事、自分をそうだと信じていることは分かるが、それ以上は分からん。俺達の地球の未来なのかそれとは違う平行世界の地球なのか、滅んだ人類の最後の一人が発狂して自分を地球の化身だと思い込んだのか、実在した神がトチ狂ったのか、地球の意識という設定の超AIだったのか、本当に言う通りなのか……それは俺の力を以てしても分からん」
『
「ついでに言えば『
「
「どうだかな。色々な物語の中には、記憶をでっち上げられて自分が宇宙人だと思い込んでいたロボットや、作り上げられたばかりなのに存在しない先祖代々の伝統と過去の武勲を誇るロボットも居たぜ」
補足して『
「はー、ほー、ふーん……パクリ野郎風情がそういう事言っちゃう?」
「パクリじゃねえ二次創作だ、テメエが言えた義理か時代遅れの古典的転生者モドキが。
そしてお互い、凄惨な、共存不能な怒りの表情で悪口雑言を応酬。『
そんなやり取りも含めた全てに対して、『
そして、それらを無視してリアラに向き直り、言葉を続ける。
「愚かな人間。神も仏も仙人も天国も地獄も輪廻も神秘も否定して、自分達で自分達の魂を否定し、物質的な豊かさを生きている僅かな間だけ貪る事の代わりに、自分達が唯始まった瞬間から最大でもたった百年と少ししか保たずに消滅する化学反応でしかないと定義して。大体そもそも異世界転生が実在する事すら知らなかったのに、何を知っていて、何が理解出来て、私の主張の真偽を審議出来る存在だと思っているの? お前達の魂は、お前達の全ては、神亡き星地球の神である私が保証しているというのに。わざわざ異世界転生という更に新しい福音を与えてあげたと言うのに」
全てを嘲笑い、それでいて恩寵を与えているのだと語る。救ってやっているのだ、愛してやっているのだと。
そしてその行いについて、そもそも魂の存在すら知らなかったのだから、人間に地球に魂があってそれが輪廻転生するかも分からない無いのだから否定のしようもないだろうと、確かにそれはそうなのだがとしか言いようもない事を語る『
「過去の転生者の記憶を、調べました」
そしてその情報は、リアラの調査結果と恐るべき事に一致していた。
「キリスト教によるローマ多神教世界観の崩壊、十字軍の失敗、イスラム教による中近東の多神教やゾロアスター教の征服、フス戦争、コンキスタドールと宣教師による中南米文化の破壊、近代化、進化論、現代化。地球と
「そこまでは分かっているんだね。そう、その通り」
そしてリアラの調査結果を『
「私は、神秘を否定してしまった人間の為の神。奇跡や神秘を否定しておいてそれでも死ぬのが怖い人間の、こんな筈じゃなかったと思う人間の、こんな現実は嫌だと思う人間の、別の人生が欲しいと思う人間の、来世が欲しいという願いを、神秘が欲しいという願いを、幸せが欲しいという願いを、そんな欲望を満たしたいと思う魂の為の神様」
くすくすと『
「ここではないどこか、約束の場所を司る存在。輪廻転生の女神。貴方は女神様に選ばれました、早すぎる死や生前の苦しみを埋め合わせる為、これこれこういうチート能力を授けましょう。そんな貴方が活躍しちやほやされる為の、夢のようなファンタジー世界に生まれ変わらせてあげます、たのしもうね!」
異世界転生チートとは、要するにそういうものなのだと、メタ的に語る。欲望の充足であると同時に、救済の夢であるのだと。しかし、救済を語り、異世界転生を救済であると称えながら……それは酷く歪んでいた。滅びから生まれた神であるが故なのか、救う魂の形故に歪んでいるのか、理由等無いのか、それが人と地球の本質だと言う心算なのか、それは定かならぬが。
「要するにあの世、その中でも天国、楽園、浄土、来世。神話や宗教を失った哀れな人の為の新しい宗教としての異世界転生チート。貴方の辛い人生を修行と認めてあげましょう、貴方は救われる、私の手を取って。不滅の魂、天国の果実、神の酒、仕え奉仕する
極悪な猛毒を吐き散らかし、女神は嗤う。リアラは全身が魂まで総毛立つ程ざわつくのを感じた。
「……それが救済の一種である事は、認めます。でも。貴方のそのあり方は、それは、冒涜だ。それは冒涜そのものだ」
救う相手の邪悪を肯定し、救う為に他を踏み躙る。何より、その救いは、人と地球を、そしてその救済の為に虐げられる他の世界を、全てをその程度のものでしかないのだと貶める。地球の歴史も、地球の人類も、異世界に転生するものもそうでないものもひっくるめて地球の物語も、
「存在しない真っ当な神様を探していた『
「ああ、そうだよ。どっちも、皆、僕が殺して来た」
思わず呟くリアラに、自分で殺した相手への冒涜を糾弾する等、どの面下げてどの口で言うのやら、という『
「ええ。
「彼等の死を乗り越えて糧にして人間的に成長した?」
それは彼等を転生させてやった私に成長させてもらったも同然だよ、有り難いとでも思ったら? とくっそムカつく声色で問う『
「彼等を殺したからじゃない。『
ぐいと見下す『
「僕の存在意義は、その上で僕が決める、ルルヤさんに貰った言葉も、託された言葉も踏まえた上で。それでも僕は皆を守り冒涜を討つ存在と自分を定義して立つ。愛に対しても憎しみに対しても。彼等の中の何人かは僕を今でも呪っているかもしれない。けれど彼等と戦った僕として、僕は彼等をも冒涜する貴方と敵対する。僕は人殺しだ。けど、守られるべき尊厳までは奪わない。それを戯れ言と笑われても、僕の存在意義と僕の世界は僕が決める。それを是とする皆を守る」
紛い物の、歪んだ世界の理を体現する偽物の神に、不完全な人間が立ちはだかる。味方を背負い、敵をも勝手に背負い込んで。愚かにも、しかし、決然と。
眼下から声が聞こえる。少数だ。遠い。だが間違いなく〈
「……リアラ」
一際近くから、万感の思いを込めた声が聞こえた。それは酷くしゃがれて太い、巨大な獣の唸り声めいていた。
それは【
時間切れは近い。
ルルヤの声は告げた。リアラは唯、静かに頷いた。
『
(……これか)
それらを聞いて『
(この強さは、敵だ)
「……本当に、余計な事をしてくれたね、『
『
「
「はっ、今更
最早
「……
どうでもいい、と『
「輪廻転生は救いと、言った癖に。個々の魂を、どうしてそうも軽々に扱う」
「最終的にはどうにでもなるから」
糾弾するリアラの言葉に向き直ると、『
「確かに君達の魂が自我を保って転生するのは一度きりだと言った。この一度が欲望を満たすチャンスだと。嘘は言っていない。今の所はそうだってだけさ。後々どうにでもなるようになっている。その上でそう言っておけば皆、必死に欲望を燃やし、欲望で魂を歪め、欲望を叶える力を望み、
悪意を込めて。その悪意はリアラだけではなく、ルルヤを、その背後の
「そしてもうひとつ、大事なものを作った。何だと思う?」
「……皆! 忘れないで! さっきルルヤさんが言った事を! 僕達は、僕達です!」
故にリアラは叫んだ。先程ルルヤが皆に言った衝撃的な情報への覚悟を固めるようにと。改めて。答えは聞いていなかったのだろう、無視して『
「
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