・第七十六話「異世界転生へようこそ! (後編)」

・第七十六話「異世界転生へようこそ! (後編)」



「……まさかお前が策を使うとはな」


 『交雑マルドゥク』は渋面。ルルヤは血が喉に絡んだ咳混じりの苦笑で答えた。


 そしてボロボロのルルヤの【真竜シュムシュの巨躯】が語る。轟く戦場の音、逆転した戦況を感じながら。


「策と言える程のものではないさ。だが、貴様等は私を侮り見下していた。脳筋女めとな。正直腹が立っていたし、侮りも見下しもお前らの決して許せない本質の一つだ。故に利用させて貰った。お前らが価値を侮り踏み潰す者達の為に」


 その苦笑の下にはしかし同時に真剣な怒りがあった。


(この怒りこそが我等の力の本質。私はそれを、否定しない)


 理不尽に、卑劣に、悪意に。そういった悪とされるものに対し怒るからこそ、私達の復讐は辛うじて正義に近い。そうでないならばそれは単なる逆恨みであり悪に寧ろ近い。……胸の内に酷く暴力的な感情が溢れんばかりに沸き上がる。ルルヤ自身は【真竜シュムシュの血潮】の効果の故に体験した事は無いがストレスを貯めた状態で強か酒を飲んだ時の様な、今にも心の均衡が崩れそうな、普段よりも遥かに些細な事に怒りが爆発しそうになる、導火線に火花を散らす火薬めいた、『増大インフレ欲能チート』と戦った時のような暴走寸前の状態で、ルルヤは必死に意識して隔離し抱え込んだ理性で、己の内にマグマのように貯まる怨嗟を制御する思考を巡らせた。


 何者にも怒らない人間は稀だ。そういう人間が理性的によりメリットのあるやり方を説く事で私達より非暴力的に物事を進められた可能性はあるだろうか。


 リアラを見る。欲目かもしれないが、可能性は少ないだろうと少なくともルルヤは思う。当たり前の人間のように怒るからこそ、当たり前の人間がついてくる。それでいて当たり前の人間より厳しく、自らをも傷つけ苦しめる程怒るからこそ、当たり前の人間を律する事ができる。


 だからこの戦況は、怒り憎しみそんな自分自身に傷つく私達だからこそたどり着けた状態だ。


 皆の魔法攻撃で燃える『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】。再生が追い付かない。仮に戦っているのが二人だけで、再生している『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】を攻撃するのを『交雑マルドゥク』や『文明マキナ』が阻止していたら、こちらが無限地獄で擂り潰されていただろう。


 だが状況は逆だ。ナアロ王国軍を指揮していた欲能行使者チーター達は力を盛り返した真竜の力を得た戦士達に討ち取られ、そうなってしまえばナアロ王国軍は瓦解してしまう。となればそれと戦っていた各国の軍が自由となり、支援射撃を行える。


 暴れ回る『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】を支援射撃で倒す事は不可能だったろうが、叩き潰された状態から再生しようとしている『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】に再生速度を上回るダメージを与えるだけなら可能だった。


 そして本来それを阻止可能だった筈の『文明マキナ』はそれどころではなかった。


「バカな、バカなバカな……!?」

「あう、う、くあ、ああああああ……!!」


 悶絶する『文明巨躯メカシュムシュ】の内側から膨れ上がり裂けていく胸部。響く『文明マキナ』の混乱した叫び声を伴奏に、誕生する赤子めいた声をあげ、その中から、蛹から羽化する成虫のように身を仰け反らせ、もがき、脱出しようとしているのは。


「『反逆アンチヒーロー』、ラトゥ、ルハ……!?」

「ああああああっ!!」


 DOA-BAOUN!


 沼に大きな意思を放り込む様な水音と共に『文明巨躯メカシュムシュ】の生体部分が弾けた。そこから生じるのは不完全なラトゥルハの【真竜シュムシュの巨躯】……それは奇妙な表現ではあるがかの如く腐っていたが、その首の根本から【巨躯】が繭であるかののように、裸体のラトゥルハが肩から先を這い出させていた。驚くべき事にかつて機械だった部分まで生身になっている。赤子のように喘ぎながら、必死の表情で、泥沼から這い上がろうとする様に足掻いていた。いや、それよりも驚くべき事は。


「何故、生きて、何故っ……!?」


 まず驚くべき事はそれだったが、何度も叫ぶ『文明マキナ』に対して、ルルヤはぴしゃりと切って捨てた。


「何度も言わせるな。要するにラトゥルハを殺す気だとお前のゲスな思考が思うような動きでラトゥルハを切り離そうとしていると更に見せかけ、実はラトゥルハの近くに接触し、【真竜シュムシュの宝珠】の効果を上昇させその意識を覚醒させたのさ」


 具体的にどうやったかはこれから話すさ、死んでなかったら聞くがいい、とばかりに、ルルヤは一旦話題を切ると、『文明マキナ』を無視して『交雑マルドゥク』に視線を向けた。


「〈不在の月〉には将棋やチェスやシャトランジといった、混珠の戦棋に似た遊戯があると聞いていたが、その内のチェスで例えるなら。『交雑マルドゥク』、お前は私というクイーンの駒を取ろうとするあまり、ルークもビショップもナイトも失った。下手な指し手だ。……当たり前だ、お前は所詮神でも何でもない、唯の人間だ。である以上、知恵と力を得たのと十全に使いきれるかは別だ。この状況は必然だよ」


 事実、状況は大どんでん返しを迎えていた。各地の欲能行使者チーターは撃破され、ナアロ王国軍は崩壊しつつあった。それにより〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉と諸国軍の戦力が自己再生の途中であった『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】を攻撃している。これでは自己再生は間に合わぬ。『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】はこのまま絶命する。そして最早玩想郷チートピアに従う義理もない、切り捨てた筈のラトゥルハに臓物を内部から食い破られている『文明マキナ』もここまでだろう。即ち紛れもなく過去最強の敵の一人だが、最早『交雑マルドゥク』は一人だった。


「チェスで例えるなら、お前はクイーンであると同時にキングでもある。お前を取れば、それで終わる。そして、お前はもう取れる」


 それに対して『交雑マルドゥク』はそう反論したが、ルルヤは首を振った。


「私は確かに真竜シュムシュの宗家で、こうして今回策も使ったが、所詮どう足掻いても私の気質は戦士だ。キングの器ではないよ……キングはリアラだ。どうもお前は、私のリアラに単なる敵味方の敵愾心と言うには複雑な、否定的な感情が強いようだが」

「あんな奴如きがキングだと? 笑わせるな」

「そら、言った通りの対応だ。その類の発言を、私は何度も聞いたぞ……だからお前は私のリアラに負ける」


 即座に飛び出した『交雑マルドゥク』の言葉に、ルルヤは微かに笑って……目を開けると少しリアラにすまなそうな視線を向けた。


「悪い。どうしても言わずにはおれなくてな」


 その言葉がどれ程リアラのプレッシャーとなるか。ルルヤは詫びるが、しかし。


「すまないが、許してくれリアラ、リアラにはもっと……迷惑をかけてしまう」


 そういうしかないんだ、許してくれ、と、表情で語った。リアラは俯いて首を振る。やめてくれという意味ではない。


「迷惑だ、なんて……そんな事……!僕が、もっと、早く来れてれば……!」

「お前は、全く。だが、だからこそ……済まない、言葉を紡がねば。それは、ラトゥルハを『文明マキナ』から自由にする為と、皆の為に必要な魔法になる言葉だ。もう少し、時間を稼いでくれ」


 血を吐きそうな程罪悪感を噛み締めたリアラに慰める為に苦笑してそう言うと、ルルヤは背筋を伸ばした。最後に改めて言っておかねば。ルルヤは【真竜シュムシュの咆哮】を使い、己の声を戦場全体に拡大した。本当の意味での魔法を使う。言葉という魔法。人の心を変える思いという魔法を。それがラトゥルハの為になり、それだけでなく皆の為になる、敵である『文明マキナ』を倒す力になると。その言葉をリアラは受け止めた。


「【さて、皆……済まないが、一旦お別れの時間が来たようだ。だから今の内に、何を見聞きしたか、何をしたか、何を思っているかを言い残しておく】」



 GA! GA! CRASH!


 故にルルヤの声が響く中、リアラは襲い掛かる『交雑マルドゥク』と切り結んだ。ルルヤの声を聞き逃すまいと神経を使い、それを妨げる『交雑マルドゥク』に更に怒りながら。


「食い止める! けど……ルルヤさんの声を聞きたいのに、もっと、話したいのに! 邪魔な! 奴!」

「はは、邪魔してやるさ! 苦しめ苦しめ! 大体、何で邪魔なんだ、苦しんでいるんだ? これが最後の別れだと分かっているんじゃないか? 自分に自信のない酷い奴だな。女の期待に答える自身の無い不実な奴だな、ハハッ!」


 『交雑マルドゥク』は指摘する。お前はルルヤがこれからどうなるか知っている。ルルヤはそんな自分をお前が何とかしてくれると信じている。だがお前は自分を信じる事など出来ぬだろう。ルルヤを失うと思っているだろう。その怒りはその証拠だ、お前はルルヤを助ける術等無い、ルルヤは死ぬ、助からぬ、と。


 その最中、ルルヤは語った。己がした事を。それは、要約すれば自分一人より皆を選んだという事だ。


 ルルヤは帝龍ロガーナン家の伝承を語った。真竜シュムシュは伝承によれば怒りと恨みを力に変える代わりにそれによって狂う。


 敵はそれを利用し、自分に大量の負の怒りと恨みを注ぎ込みに来た。竜の戦士達が死ねば自分は流れ込んできたそれに押し流されてしまうだろう。だが、それは敵である『竜機兵ドラグーン』達が撃墜されても同じだ。そしてそれ以外の、ここまで大規模になってしまった戦場で犠牲になる皆全て、味方の竜がそれを悲しみ敵の竜がそれを殺す戦場故に流れ込んでくる事になる。故に『竜機兵ドラグーン』とも戦わぬ訳にはいかなかった。


 ならば、自分がそれを全て引き受ける。自分を失う事を前提とする。そうすれば、自分が抱え込んだ力、自分が踏み留まる為にこれまで使ってきた勇気の魔法力を、他者に回す事が出来るようになる。自分は堕ちる事を前提として沸き上がる怒りと怨念を自我を失うまでの間に皆に少しでも多い勝ち目のある戦場を作る為に自分諸共使い切ればいい。


 その境地に至る事で、皮肉にも竜術の力がここに至って更に研ぎ澄まされた。それにより【真竜シュムシュの咆哮】、敵を威圧し、言葉無き者と語らう竜術の後者の効果で、地に満ちる死者の想念と会話した。


 その無念を全て私に寄越せ、その代わり理性を取り戻せ、私がその為の力を貸してやるから、力として誰に使われるかを選べるようになれ。その上で、私に同意する者は生きる者達を助けろ、私に同意せぬ者は恨むのならば私を恨め、と。



 皆がその光景を見上げていた。その声を聞いていた。ガルンや狩闘の民の兵達は峻厳な崇拝の表情で。ユカハやフェリアーラら自由守護騎士団や諸国の騎士達は尊敬と無念の入り混じった表情で。帝国の兵達は衝撃を受け、諸島海の船乗り達は吼え、砂海の男女はならばせめてと己の持ち場で奮い立った。名無ナナシとミレミは児童傭兵達の動揺を抑え、思いに応える者となるは今ぞと吼えた。


 各地に散った竜の戦士達が力を増し、それぞれの土地で生存を得て、敵が戦術を切り替え、各地で勝利を得る事が出来たのはこれが理由だと、ルルヤは語らなかった。語らずとも聞いて皆それを理解していた。


「【私はそうした。そうするべきだと思ったからだ。自分の命を自分の意志で使うべきと思った形で使う。それは魂達にもそう言った。皆も自分の望む自分のありたい自分である為に命を使ってくれ。私がこの旅を通じて見た、美しく優しく生きる皆よ。……それと、自分がそれに当てはまらないのではないか、自分は自分の理想とする善であれぬのではないかと怯える者よ、君達に伝える。どうか、こう思って欲しい、と】」

「ルル、ヤ……お父様……っ!」

「あばあああああっ!?」


 そしてその言葉は、ラトゥルハを強く刺激する目覚めの呪文となった。意識を取り戻したラトゥルハが、【巨躯】の残骸の肉塊から裸の上半身を抜け出させ、【巨躯】肉の残骸を身に引きずりながら見上げて呟いた。『文明マキナ』が悲鳴をあげた。


「おお、おおお……『交雑マルドゥク』、助け……」


 肉が弾け蝉の抜殻の如く割れた。崩壊していく『文明巨躯メカシュムシュ】の胴から、『文明マキナ』が変形していた機械部品が抜け落ちていく。【血潮】の拒絶反応で、竜を象ったその機械が錆びて崩壊し始めていた。『文明マキナ』は助けを求めて呻いた。


「貴様はもう用済みだ、そこで勝手に死ね!」

「あばぁっ!? あ、あんまりじゃあ……!」


 『交雑マルドゥク』は吐き捨て、そちらを見もせず口を象った飾りがついたフォークじみた投擲武器を『文明マキナ』へ射出。突き刺され『文明マキナ』が呻く。それも『交雑マルドゥク』が有する力の一つ、思能力〈餓えた狩人ハングリー×ハンター〉。効果は限定的な他者の能力や記憶の奪取。


 すなわち、用済みになった『文明マキナ』から、今後の目論見に必要な能力とそれに関する記憶だけを乱暴にぶっこ抜いたのだ。


白鳥の歌スワンソングって奴か、泣かせるじゃないか。俺の予定通りだ、『文明マキナ』を倒す為のこの演説が終われば、俺の願いは達成される!」


 その引き抜いたデータを『神定む天命の書板トゥプシマティ』で分析し、やはりルルヤに魔法的に暴走状態に成り得るだけのルルヤ本人のではない恨み憎しみの力が貯まっている事、堪えているだけの事、それも限界を迎えている事、故に最後に辛うじて意識が残っている内に言葉を伝えようとしている事を確かめながら、『交雑マルドゥク』はリアラを攻め立てんとした。


(だが油断はしない。もっと痛めつけて堕とす。こいつは侮らない。逆転の手を売ってこないとも限らない。リアラを嬲ってリアラ自身の心で憎しみと絶望に堕とすか、殺してリアラの無念をルルヤに注ぎ込むか! どっちにしろ使ってやるよ!)


「お前が代わりに堕ちてやればよかったのになぁぶべらぁっ!?」


 その、寝取り男めいた邪悪な下種顔での『交雑マルドゥク』の言葉が悶絶の叫びとなった。


「それで確実にルルヤさんが助かる証拠を得てるかルルヤさんから止められてなければやってたに決まってんだろがクソが! 無駄になったけどそうする時・そうした場合の手も幾つか考え取ったわ! 物語好きの先読み妄想力舐めんな!」


 リアラは叫んだ。怒りの表情で。リアラの拳があらゆる反応と防御と回避と結界とバリアを無視して『交雑マルドゥク』の顔面に突き刺さっていた。その拳の速度が、一瞬理解や予測や想定や防御の道理を越えたのだ。


「!? 、生意気な!」


 混乱し、それを制御し怒号し、『交雑マルドゥク』は力を増した。〈ニューエンジェル〉能力を一層強くしそれに伴い光輝く度合いを増す。〈緋王鉄拳クリムゾンブースト〉の出力も増す。


「お前が弱いから! 愚かだから! 無能だから! 『旗操フラグ』の女を殺すような罪深く主人公失格な屑だから! 『情報マスコミ』の仲間を生贄にする下衆な策謀に引っ掛かる主人公失格な屑だから! お前の女ルルヤは死ぬしお前も負けて死ぬんだよ! 認めおぼおっ!?」


 怒り挑発し罵倒する『交雑マルドゥク』の言葉の末尾が再び悶絶の叫びとなった。


 『交雑マルドゥク』は認識する。さっきまで一合毎に折れて作り直していた剣と盾が強度を増している。もう幾ら打ち合っても折れぬ。更に速度が上がってきている。剣がぶつかると同時、剣同士が打ち合い競り合った点から振り子の様に剣を握った拳を動かしてのアッパーめいた【真竜シュムシュの武練】の拳撃で顔面を再度強襲したのだ。


「僕の罪がお前を殴る事やルルヤさんに何の関係があるってんだボケぇ! 僕がどんな奴だろうが! お前のやる事が大量虐殺で! それを殺してでも止めたくて! ルルヤさんが助けたい人な事に! 何の代わりがあるってんだよ死ねや!ついでに言や僕は主人公の心算もないというかルルヤさんとダブル主人公の心算でいるっていうか主人公だから完全無欠のノーミスでなきゃならんという法も無いしンな法があったらワンパターンの物語しかなくなるだろ馬鹿が!!」


 更に打撃二発! 三発! メタ発言すらする程リアラは本気でキレていた。『旗操フラグ』との決着で、ルルヤから伝えられた真実で、箍が外れたのか? 否、確かに怒りもまた力にはなるし言動に押さえきれなくなった怒りが出まくっているが、それだけでここまで限界を越えられる筈も無し。


「台詞に割り込んで顔殴るの止めろ大して効いてないのに格好悪いだろ糞が!」


 GWAKKINN!


 怒鳴り返し殴り返す。攻撃が激突。大気が轟く。『交雑マルドゥク』は〈レベルセカンド〉等、更に幾つも能力は同時に発動させている。シュウシュウと体のあちこちから湯気が立ちぺきぺきばきばきと再構築される、呼吸がコオオオと鳴り響く。それがすぐに止まる。少しエンジンを吹かすか少しファンが派手に回ったPCの様に。複合的な回復術と新陳代謝強化で『交雑マルドゥク』の受けた二度の打撲は即座に癒えた。だが。


(言ってる事はキレてはいるがそりゃまあその通りではある。だが、それ以上に何か掴んだか? ええい、攻撃は痒い程度だが、鬱陶しいし、要警戒だ!)


 長い長い糾弾に遂にキレても当然だし知った事かと避けんでも確かに相互全否定であるこの戦いにおいてそれはある意味正しい。失敗について糾弾を受ける事と善と思う事の為に戦う事を平行させて何が悪い、前科者に在任は正義を為す資格がないのだから目の前で車に轢かれそうな人間を見捨てろと言う奴がいるか? そんな主張が正しいか? んな訳あるか! という理屈も間違ってはいない。つまりこいつは手強い。倒れない。激しく打ち合いながら、『交雑マルドゥク』はそう認識を改めた。



「【真竜の名において皆に希望を与えたが、その力にも限界はある。だが、伝えねばならない事はそれだけではない】」


 そしてルルヤはその間にこれまでだけでなくこれからも語る。それはラトゥルハの覚醒による『文明マキナ』の撃破だけではなく、『竜機兵ドラグーン』に止めを刺す皆に、迫り来る破局的破壊、『全能ゴッド欲能チート』の降臨の気配を感じ、それが来る前に皆の心に覚悟を与える為必要な事だった。〈浄化監理局〉の伝言、そこから理解した事を。


「【すまないが、時間が足りない。本当だったら聞きたい人、聞く必要の無い人達に配慮すべきだったろうが、時間がない、言えるだけここで全部言う】」


 ルルヤは詫びた。今伝えておくしかないから、全てを打ち明けざるを得ない事を。聞きたくも無い事まで聞かせてしまうだろう事も。全ての者がそれに耐えられる程心が強いとは限らないのにと。


 その後ルルヤは、今の段階に言える範囲で、端的に告げた。過去リアラが調べた情報から、〈不在の月〉からの転生者の存在は、混珠こんじゅの知るより遥かに多かったし、その歴史はずっと深くまで遡れる。……神暦の昔まで、いや、それどころか。


「【全部がそうだというのは違うと言おう。だが多分、混珠こんじゅ世界の最初の最初、世界の誕生や意霊の存在にも転生者は関係している】」


 天下万民がどよめいた。流石のルルヤも、微かに声が震えた。それは、あるいは神々や精霊の起源が転生者と、魔法の起源が欲能チートと同じか近いものかもしれないという事だからだ。だが続けた。


 これには二つの証拠がある。一つは帝龍ロガーナン家伝来の意霊召喚儀式が玩想郷チートピアに利用され、『永遠エターナル欲能チート』が自らを意霊の一柱でかの如く仄めかせた事。転生者が混珠こんじゅ世界の成り立ちそのものに関係しているという証拠。もう一つが、しかしそれが全てではないだろうという希望の根拠。この世界を守ろうと最初に玩想郷チートピアと戦って死んだ〈浄化監理局〉という別世界の人間の伝えた情報。


「【私達の混珠世界は、どうやら外部から観測した結果、普通の世界より変わっているらしい。そしてそれは私達の神々と精霊達が、そして有難い事に我が祖たる真竜シュムシュが証拠なのだという】」


 彼らはそう言っていた。希望を与える為に、多少あやふやな所もある話だがルルヤは構わず強い口調で告げた。


 この混珠こんじゅ世界は、複数の世界が融合して出来た存在である痕跡があると。次元世界を渡る〈浄化監理局〉は言っていた。彼らの次元観測技術がそう告げているのもあるし、神歴のあやふやな部分、意霊が神になったのか人が意霊を取り込んで神になったのか判然としない神々が幾つかある事、錬術れんじゅつの起源、それらは元々、この世界に複数の別々の世界法則が存在した名残である可能性が高い事等。そしてそれを証明するのが、別の世界法則である欲能チートを無視できる真竜シュムシュの存在。神代において世界法則が確定していなかった・異なっただけではなく、神代においてはそれぞれの精霊が世界法則同士の戦いをしていたのであれば、それに耐えられる・耐え抜いた・それらを統合した存在である真竜シュムシュが、恐らく最初からその要素があり最終的にその要素がより強化された〈複数の世界法則を併せ持つ存在〉。


 竜が諸獣の要素を併せ持つのは統合の化身であるが故だが、この混珠こんじゅ真竜シュムシュは世界法則的にそれを体現する存在であるが故に別種の世界観による蹂躙である欲能チートに耐えられるのだろうと。そしてそうであるが故に、私達は希望なのだと。個別に存在する様々な世界全ての。この特殊な世界である混沌が炎の如く揺れ踊る宝珠たる混珠こんじゅこそが、欲能チートに抗える最後の最前線なのだと。


「【もうじき答え合わせが始まる。敵の首領が、『全能ゴッド欲能チート』が来る。感じる。あれは、あれこそが転生というものの根元だ。私が語った私達の旅路の果ての情報とその分析結果だけではない、更に恐るべき真実が叩きつけられるだろう……どうかそれに耐えて欲しい】」


 そうメッセージが、混珠こんじゅの天地に響き。



 はあ、とルルヤは息をついた。限界が近づいている。【巨躯】が、己の【息吹】に炙られて、黒焦げの様にその鱗の表面を変質させながら立ち尽くした。


「『開け、翼にして駿馬なる騎士の運び手、世界を越えるものよ』!」

「!? ちいいっ!」

(舌打ちをしたいのはこちらだ、この駄々っ子が! どんだけ泣きそうでも、粘り続けやがって!)


 『交雑マルドゥク』は、リアラも堕とそうとする事を諦めて形振り構わず間合いを取った。逃走とも言える振る舞いに一瞬それを許したリアラが舌打ちするが、内心それよりも更に『交雑マルドゥク』は苛立っていた。その『交雑マルドゥク』が間合いを取る事に専念してまで放った呼び声に呼応して現れたのは、小山程もある荘厳なる門扉、これこそが『越界の扉』だ。黄金作りで、巨大な翼を持つ女神を思わせる意匠。その大きさは、ルルヤの【巨躯】を通す事が可能な程だ。


 『交雑マルドゥク』はそれに手を翳した。その体から巨大な魔法力が流れ込み、膨大な量の術式が編み上げられ……本来の原作では遠く離れた主人公を救いに行く為の離れ離れとなった仲間の集結に使われた力が、侵略に悪用する為に使われる。目を閉じた女神の彫刻が苦悶の表情で目を見開き、彫刻の目から血が涙として迸った。



「ひ、ひ、遂に、世界を越える、か。こりゃ、面白い……最後の最後に見捨てられたが、覚悟の上じゃ、構うものか。楽しかった、楽しかったぞ……わしは、今度こそ、わしの望むがままに、好きに出来たぞ……」


 その荘厳な光景を見て、地面に転げた『文明巨躯メカシュムシュ】の残骸が、目の光を明滅させながら笑う。


「……いいや」


 哀れなものを見る表情で、それを見下ろす者がいた。


「オレはまだ生きてる。オレは、まだまだ生きる。お前に使われて暴れていた時より、きっともっと凄い事をしてみせる。悪行の報いに追い付かれるまでに、な」


 それはラトゥルハだった。世界全土を励まし導くが如く語るルルヤの【咆哮】に促され、遂にその体を再構築し這い出していた。体を再構築した時の変化か、長く伸びた髪で素裸の体の一部を隠しながら、ルルヤの声を聞く表情でそちらを見ていたのから顔の向きを変え、あらゆる思いを噛み締めた、初めて肉親と死に別れる子供の様な表情で『文明巨躯メカシュムシュ】の残骸、即ち『文明マキナ』を見て、ラトゥルハは呟いた。


「お前はそれを見れない。残念だったな……お祖父様」


 『文明マキナ』は憎むべき存在だ。自分を利用し、使い捨てる為に作った。そんな事はわかっているラトゥルハだ。だが、短い人生の中で、憎しみもあったが、それ以外のものもあった。だから苦しめばいいという思いも、罪を裁く事で引導を渡す思いもあって、その言葉をラトゥルハは口にした。


「おおお」


 そしてそれは、過たず二色の意図を、両方死に還る老学者だったものに伝えた。


「おおお、おおおおお、おおおおおおお……」


 その満足に未練の亀裂を刻むという断罪と、その裁きとそれ以外にもお前の残した物がここにあるという引導と。


「時よ……伸びろ、まだ、世界は、こんなにも面白い……おお……無理か……」

「ああ……お休み、お祖父様。いい夢を。世界の続きはオレが見る。それを夢に見ながら眠れる事を、何に祈りゃいいかも知らねえが、祈ってるよ」

「……お主は、楽しめよ……」

「ああ。あんたの分もな」


 それに、末期の吐息めいた声を吐きながら、『文明マキナ』の残骸は機能を停止した。最後にラトゥルハに、楽しめと言い残し。ラトゥルハは、己の見分が末期の夢としてどうか伝わるようにと祈り、老人を見送った。



 そして最後にルルヤは告げた。混珠こんじゅへ、そして、リアラへ。


「言い過ぎかもしれんがあえて言おう。世界や人に傷や穢れがあろうと、善を目指すなら、その在り方次第によっては許されるべきだと。人が最初から性善なものなら善はそうあって当然なものとなってしまい、それでは善から輝きや美が失せてしまう。鳥が飛ぶようなものと言えば格好はつくが、言ってしまえば単なる生まれつきなら、蚊が血を吸う時に痒みを与える事や、蟷螂が共食いをするのと同じだ」


 いや、それらの生物種を侮蔑する訳ではないが……乙女として卑近な生理現象に例えるのもあれだと思ってな、と言い置いて語る。


「それに花の種の様にきっとお前の心の中に善の因子はある筈だという励ましは尊く聞こえる事もあるが、それでは善になれないと自分を責める奴が可哀想ではないか。善に成れぬと嘆く者と、善でなくてよいと開き直り欲を貪る者と、悪を是とする者が同じ枠に入る事を私は許せないし許さない」


 強いばかりだと自己を思う、だが優しい人だと思われる女はそう語る。


「善になれるかどうかは分からない。完全な善にはなれはしないかもしれない。だが、生来ではない善に至れる者がいる事は美しいし尊いし、善になろうと挑戦する事は偉大だ。私はそう言いたい。誰かを励ます時もそういう方向から励ましたい」


 善なるものにならんとする事にこそ価値がある。善に背を向け欲に従った者達とそれは明確に異なると。


混珠こんじゅの人々の魂の恨みや呪いや悲しみや憎しみを知って、私は益々皆の善と正義の輝きを美しいと思う。性善であるより、恨みや呪いや悲しみや憎しみを抱えながら、尚不完全でも善であろうとする皆を、とても、美しく思う……皆、美しくあってくれ。その心を、負けさせないでくれ。それが、私の願いだ」


 そうルルヤは演説を締め括った。不安定なこの世界の為に。そして愛するリアラの罪と救いの為に。リアラはその言葉を受け……心に力が宿る思いを、ルルヤの愛を噛み締めた。戦乱の混珠こんじゅの為の言葉であると同時に、これは紛れもなくルルヤからリアラへの愛の言葉だった。



 ZANZANZAN……ZUN!


 その空気を断ち切る様に、ルルヤの予言通りに空間が切り裂かれた。《大転移》の魔法と似て非なる形で、切り裂かれた空間を通り物質が転送されてきた。それは巨大な音を立て祀都アヴェンタバーナ近郊のこの戦場に着地した。巨人の鎧の如き存在、『全能ゴッド欲能チート』に操られた『機操ロボモノ欲能チート』が操縦する二重傀儡《王神鎧》。


 その肩には、空間を切り裂いた者が立っていた。『永遠エターナル欲能チート』デルリク・ボルニキラド。黒衣纏う白面紅眼アルビノの美青年。そしてその剣、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』。


 そして同時にそれすら露払いにして、上空に巨大な力が出現した。何の音も光も伴わず。だが、全員が、空間を切り裂いて現れる《王神鎧》よりそれを見た。理由もなく、魂が激烈に戦慄し、その気配を見上げずにはいられなかったのだ。


 そしてそれはそこにいた。空にぽっかりと浮かんでいた。唯の少女の姿でありながら、居並ぶ巨大なる者達より強烈な威圧感を放つ存在。蒼い髪、褐色の肌、赤い瞳、灰色と緑色の二色の装束に身を包んだ少女。『全能ゴッド欲能チート』。


「さあ、この物語も最終局面だ。哀れな地球の魂も、どうでもいい混珠こんじゅの魂も。改めて言おう。この物語へ……」


 それは告げた。邪悪な宣戦布告を。


「異世界転生へようこそ!」

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