・第七十六話「異世界転生へようこそ! (後編)」
・第七十六話「異世界転生へようこそ! (後編)」
「……まさかお前が策を使うとはな」
『
そしてボロボロのルルヤの【
「策と言える程のものではないさ。だが、貴様等は私を侮り見下していた。脳筋女めとな。正直腹が立っていたし、侮りも見下しもお前らの決して許せない本質の一つだ。故に利用させて貰った。お前らが価値を侮り踏み潰す者達の為に」
その苦笑の下にはしかし同時に真剣な怒りがあった。
(この怒りこそが我等の力の本質。私はそれを、否定しない)
理不尽に、卑劣に、悪意に。そういった悪とされるものに対し怒るからこそ、私達の復讐は辛うじて正義に近い。そうでないならばそれは単なる逆恨みであり悪に寧ろ近い。……胸の内に酷く暴力的な感情が溢れんばかりに沸き上がる。ルルヤ自身は【
何者にも怒らない人間は稀だ。そういう人間が理性的によりメリットのあるやり方を説く事で私達より非暴力的に物事を進められた可能性はあるだろうか。
リアラを見る。欲目かもしれないが、可能性は少ないだろうと少なくともルルヤは思う。当たり前の人間のように怒るからこそ、当たり前の人間がついてくる。それでいて当たり前の人間より厳しく、自らをも傷つけ苦しめる程怒るからこそ、当たり前の人間を律する事ができる。
だからこの戦況は、怒り憎しみそんな自分自身に傷つく私達だからこそたどり着けた状態だ。
皆の魔法攻撃で燃える『
だが状況は逆だ。ナアロ王国軍を指揮していた
暴れ回る『
そして本来それを阻止可能だった筈の『
「バカな、バカなバカな……!?」
「あう、う、くあ、ああああああ……!!」
悶絶する『
「『
「ああああああっ!!」
DOA-BAOUN!
沼に大きな意思を放り込む様な水音と共に『
「何故、生きて、何故っ……!?」
まず驚くべき事はそれだったが、何度も叫ぶ『
「何度も言わせるな。要するにラトゥルハを殺す気だとお前のゲスな思考が思うような動きでラトゥルハを切り離そうとしていると更に見せかけ、実はラトゥルハの近くに接触し、【
具体的にどうやったかはこれから話すさ、死んでなかったら聞くがいい、とばかりに、ルルヤは一旦話題を切ると、『
「〈不在の月〉には将棋やチェスやシャトランジといった、混珠の戦棋に似た遊戯があると聞いていたが、その内のチェスで例えるなら。『
事実、状況は大どんでん返しを迎えていた。各地の
「チェスで例えるなら、お前はクイーンであると同時にキングでもある。お前を取れば、それで終わる。そして、お前はもう取れる」
それに対して『
「私は確かに
「あんな奴如きがキングだと? 笑わせるな」
「そら、言った通りの対応だ。その類の発言を、私は何度も聞いたぞ……だからお前は私のリアラに負ける」
即座に飛び出した『
「悪い。どうしても言わずにはおれなくてな」
その言葉がどれ程リアラのプレッシャーとなるか。ルルヤは詫びるが、しかし。
「すまないが、許してくれリアラ、リアラにはもっと……迷惑をかけてしまう」
そういうしかないんだ、許してくれ、と、表情で語った。リアラは俯いて首を振る。やめてくれという意味ではない。
「迷惑だ、なんて……そんな事……!僕が、もっと、早く来れてれば……!」
「お前は、全く。だが、だからこそ……済まない、言葉を紡がねば。それは、ラトゥルハを『
血を吐きそうな程罪悪感を噛み締めたリアラに慰める為に苦笑してそう言うと、ルルヤは背筋を伸ばした。最後に改めて言っておかねば。ルルヤは【
「【さて、皆……済まないが、一旦お別れの時間が来たようだ。だから今の内に、何を見聞きしたか、何をしたか、何を思っているかを言い残しておく】」
GA! GA! CRASH!
故にルルヤの声が響く中、リアラは襲い掛かる『
「食い止める! けど……ルルヤさんの声を聞きたいのに、もっと、話したいのに! 邪魔な! 奴!」
「はは、邪魔してやるさ! 苦しめ苦しめ! 大体、何で邪魔なんだ、苦しんでいるんだ? これが最後の別れだと分かっているんじゃないか? 自分に自信のない酷い奴だな。女の期待に答える自身の無い不実な奴だな、ハハッ!」
『
その最中、ルルヤは語った。己がした事を。それは、要約すれば自分一人より皆を選んだという事だ。
ルルヤは
敵はそれを利用し、自分に大量の負の怒りと恨みを注ぎ込みに来た。竜の戦士達が死ねば自分は流れ込んできたそれに押し流されてしまうだろう。だが、それは敵である『
ならば、自分がそれを全て引き受ける。自分を失う事を前提とする。そうすれば、自分が抱え込んだ力、自分が踏み留まる為にこれまで使ってきた勇気の魔法力を、他者に回す事が出来るようになる。自分は堕ちる事を前提として沸き上がる怒りと怨念を自我を失うまでの間に皆に少しでも多い勝ち目のある戦場を作る為に自分諸共使い切ればいい。
その境地に至る事で、皮肉にも竜術の力がここに至って更に研ぎ澄まされた。それにより【
その無念を全て私に寄越せ、その代わり理性を取り戻せ、私がその為の力を貸してやるから、力として誰に使われるかを選べるようになれ。その上で、私に同意する者は生きる者達を助けろ、私に同意せぬ者は恨むのならば私を恨め、と。
皆がその光景を見上げていた。その声を聞いていた。ガルンや狩闘の民の兵達は峻厳な崇拝の表情で。ユカハやフェリアーラら自由守護騎士団や諸国の騎士達は尊敬と無念の入り混じった表情で。帝国の兵達は衝撃を受け、諸島海の船乗り達は吼え、砂海の男女はならばせめてと己の持ち場で奮い立った。
各地に散った竜の戦士達が力を増し、それぞれの土地で生存を得て、敵が戦術を切り替え、各地で勝利を得る事が出来たのはこれが理由だと、ルルヤは語らなかった。語らずとも聞いて皆それを理解していた。
「【私はそうした。そうするべきだと思ったからだ。自分の命を自分の意志で使うべきと思った形で使う。それは魂達にもそう言った。皆も自分の望む自分のありたい自分である為に命を使ってくれ。私がこの旅を通じて見た、美しく優しく生きる皆よ。……それと、自分がそれに当てはまらないのではないか、自分は自分の理想とする善であれぬのではないかと怯える者よ、君達に伝える。どうか、こう思って欲しい、と】」
「ルル、ヤ……お父様……っ!」
「あばあああああっ!?」
そしてその言葉は、ラトゥルハを強く刺激する目覚めの呪文となった。意識を取り戻したラトゥルハが、【巨躯】の残骸の肉塊から裸の上半身を抜け出させ、【巨躯】肉の残骸を身に引きずりながら見上げて呟いた。『
「おお、おおお……『
肉が弾け蝉の抜殻の如く割れた。崩壊していく『
「貴様はもう用済みだ、そこで勝手に死ね!」
「あばぁっ!? あ、あんまりじゃあ……!」
『
すなわち、用済みになった『
「
その引き抜いたデータを『
(だが油断はしない。もっと痛めつけて堕とす。こいつは侮らない。逆転の手を売ってこないとも限らない。リアラを嬲ってリアラ自身の心で憎しみと絶望に堕とすか、殺してリアラの無念をルルヤに注ぎ込むか! どっちにしろ使ってやるよ!)
「お前が代わりに堕ちてやればよかったのになぁぶべらぁっ!?」
その、寝取り男めいた邪悪な下種顔での『
「それで確実にルルヤさんが助かる証拠を得てるかルルヤさんから止められてなければやってたに決まってんだろがクソが! 無駄になったけどそうする時・そうした場合の手も幾つか考え取ったわ! 物語好きの先読み妄想力舐めんな!」
リアラは叫んだ。怒りの表情で。リアラの拳があらゆる反応と防御と回避と結界とバリアを無視して『
「!? 、生意気な!」
混乱し、それを制御し怒号し、『
「お前が弱いから! 愚かだから! 無能だから! 『
怒り挑発し罵倒する『
『
「僕の罪がお前を殴る事やルルヤさんに何の関係があるってんだボケぇ! 僕がどんな奴だろうが! お前のやる事が大量虐殺で! それを殺してでも止めたくて! ルルヤさんが助けたい人な事に! 何の代わりがあるってんだよ死ねや!ついでに言や僕は主人公の心算もないというかルルヤさんとダブル主人公の心算でいるっていうか主人公だから完全無欠のノーミスでなきゃならんという法も無いしンな法があったらワンパターンの物語しかなくなるだろ馬鹿が!!」
更に打撃二発! 三発! メタ発言すらする程リアラは本気でキレていた。『
「台詞に割り込んで顔殴るの止めろ大して効いてないのに格好悪いだろ糞が!」
GWAKKINN!
怒鳴り返し殴り返す。攻撃が激突。大気が轟く。『
(言ってる事はキレてはいるがそりゃまあその通りではある。だが、それ以上に何か掴んだか? ええい、攻撃は痒い程度だが、鬱陶しいし、要警戒だ!)
長い長い糾弾に遂にキレても当然だし知った事かと避けんでも確かに相互全否定であるこの戦いにおいてそれはある意味正しい。失敗について糾弾を受ける事と善と思う事の為に戦う事を平行させて何が悪い、前科者に在任は正義を為す資格がないのだから目の前で車に轢かれそうな人間を見捨てろと言う奴がいるか? そんな主張が正しいか? んな訳あるか! という理屈も間違ってはいない。つまりこいつは手強い。倒れない。激しく打ち合いながら、『
「【真竜の名において皆に希望を与えたが、その力にも限界はある。だが、伝えねばならない事はそれだけではない】」
そしてルルヤはその間にこれまでだけでなくこれからも語る。それはラトゥルハの覚醒による『
「【すまないが、時間が足りない。本当だったら聞きたい人、聞く必要の無い人達に配慮すべきだったろうが、時間がない、言えるだけここで全部言う】」
ルルヤは詫びた。今伝えておくしかないから、全てを打ち明けざるを得ない事を。聞きたくも無い事まで聞かせてしまうだろう事も。全ての者がそれに耐えられる程心が強いとは限らないのにと。
その後ルルヤは、今の段階に言える範囲で、端的に告げた。過去リアラが調べた情報から、〈不在の月〉からの転生者の存在は、
「【全部がそうだというのは違うと言おう。だが多分、
天下万民がどよめいた。流石のルルヤも、微かに声が震えた。それは、あるいは神々や精霊の起源が転生者と、魔法の起源が
これには二つの証拠がある。一つは
「【私達の混珠世界は、どうやら外部から観測した結果、普通の世界より変わっているらしい。そしてそれは私達の神々と精霊達が、そして有難い事に我が祖たる
彼らはそう言っていた。希望を与える為に、多少あやふやな所もある話だがルルヤは構わず強い口調で告げた。
この
竜が諸獣の要素を併せ持つのは統合の化身であるが故だが、この
「【もうじき答え合わせが始まる。敵の首領が、『
そうメッセージが、
はあ、とルルヤは息をついた。限界が近づいている。【巨躯】が、己の【息吹】に炙られて、黒焦げの様にその鱗の表面を変質させながら立ち尽くした。
「『開け、翼にして駿馬なる騎士の運び手、世界を越えるものよ』!」
「!? ちいいっ!」
(舌打ちをしたいのはこちらだ、この駄々っ子が! どんだけ泣きそうでも、粘り続けやがって!)
『
『
「ひ、ひ、遂に、世界を越える、か。こりゃ、面白い……最後の最後に見捨てられたが、覚悟の上じゃ、構うものか。楽しかった、楽しかったぞ……わしは、今度こそ、わしの望むがままに、好きに出来たぞ……」
その荘厳な光景を見て、地面に転げた『
「……いいや」
哀れなものを見る表情で、それを見下ろす者がいた。
「オレはまだ生きてる。オレは、まだまだ生きる。お前に使われて暴れていた時より、きっともっと凄い事をしてみせる。悪行の報いに追い付かれるまでに、な」
それはラトゥルハだった。世界全土を励まし導くが如く語るルルヤの【咆哮】に促され、遂にその体を再構築し這い出していた。体を再構築した時の変化か、長く伸びた髪で素裸の体の一部を隠しながら、ルルヤの声を聞く表情でそちらを見ていたのから顔の向きを変え、あらゆる思いを噛み締めた、初めて肉親と死に別れる子供の様な表情で『
「お前はそれを見れない。残念だったな……お祖父様」
『
「おおお」
そしてそれは、過たず二色の意図を、両方死に還る老学者だったものに伝えた。
「おおお、おおおおお、おおおおおおお……」
その満足に未練の亀裂を刻むという断罪と、その裁きとそれ以外にもお前の残した物がここにあるという引導と。
「時よ……伸びろ、まだ、世界は、こんなにも面白い……おお……無理か……」
「ああ……お休み、お祖父様。いい夢を。世界の続きはオレが見る。それを夢に見ながら眠れる事を、何に祈りゃいいかも知らねえが、祈ってるよ」
「……お主は、楽しめよ……」
「ああ。あんたの分もな」
それに、末期の吐息めいた声を吐きながら、『
そして最後にルルヤは告げた。
「言い過ぎかもしれんがあえて言おう。世界や人に傷や穢れがあろうと、善を目指すなら、その在り方次第によっては許されるべきだと。人が最初から性善なものなら善はそうあって当然なものとなってしまい、それでは善から輝きや美が失せてしまう。鳥が飛ぶようなものと言えば格好はつくが、言ってしまえば単なる生まれつきなら、蚊が血を吸う時に痒みを与える事や、蟷螂が共食いをするのと同じだ」
いや、それらの生物種を侮蔑する訳ではないが……乙女として卑近な生理現象に例えるのもあれだと思ってな、と言い置いて語る。
「それに花の種の様にきっとお前の心の中に善の因子はある筈だという励ましは尊く聞こえる事もあるが、それでは善になれないと自分を責める奴が可哀想ではないか。善に成れぬと嘆く者と、善でなくてよいと開き直り欲を貪る者と、悪を是とする者が同じ枠に入る事を私は許せないし許さない」
強いばかりだと自己を思う、だが優しい人だと思われる女はそう語る。
「善になれるかどうかは分からない。完全な善にはなれはしないかもしれない。だが、生来ではない善に至れる者がいる事は美しいし尊いし、善になろうと挑戦する事は偉大だ。私はそう言いたい。誰かを励ます時もそういう方向から励ましたい」
善なるものにならんとする事にこそ価値がある。善に背を向け欲に従った者達とそれは明確に異なると。
「
そうルルヤは演説を締め括った。不安定なこの世界の為に。そして愛するリアラの罪と救いの為に。リアラはその言葉を受け……心に力が宿る思いを、ルルヤの愛を噛み締めた。戦乱の
ZANZANZAN……ZUN!
その空気を断ち切る様に、ルルヤの予言通りに空間が切り裂かれた。《大転移》の魔法と似て非なる形で、切り裂かれた空間を通り物質が転送されてきた。それは巨大な音を立て祀都アヴェンタバーナ近郊のこの戦場に着地した。巨人の鎧の如き存在、『
その肩には、空間を切り裂いた者が立っていた。『
そして同時にそれすら露払いにして、上空に巨大な力が出現した。何の音も光も伴わず。だが、全員が、空間を切り裂いて現れる《王神鎧》よりそれを見た。理由もなく、魂が激烈に戦慄し、その気配を見上げずにはいられなかったのだ。
そしてそれはそこにいた。空にぽっかりと浮かんでいた。唯の少女の姿でありながら、居並ぶ巨大なる者達より強烈な威圧感を放つ存在。蒼い髪、褐色の肌、赤い瞳、灰色と緑色の二色の装束に身を包んだ少女。『
「さあ、この物語も最終局面だ。哀れな地球の魂も、どうでもいい
それは告げた。邪悪な宣戦布告を。
「異世界転生へようこそ!」
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