第三章前編

・しゅむしゅフレンズだい34わ「おんせん(前編)」

しゅむしゅフレンズだい34わ「おんせん断章ではありません、第三章本編です(前編)」



「GEOAFAAAAAAANNNN……♪」


 かぽーん……


 【真竜シュムシュの咆哮】と言うにはあまりに暢気な、伸びをする声が、湯煙と波立つ湯の向こうから聞こえた。湯気の向こうには、蒼銀の髪と白い肌。


 本来鋭い赤い瞳をとろりと緩めて入浴を楽しむのは、最後の真竜の継嗣ルルヤ・マーナ・シュム・アマト。


 ここは諸島海の島のひとつ、クラジュ島。火山島である本島は、諸島海唯一の温泉があり……


「嗚呼、ほぐれる……滅茶苦茶な連続負傷と【真竜シュムシュの血潮】の自己再生の狭間でぎしぎしに軋んでいた骨と筋と関節が……」


 そのクラジュ島にある温泉宿〈大山波〉亭の温泉にルルヤは浸かっていた。温泉宿というと転生者であれば和風のそれを連想するかもしれないが、南国の森と海と山に囲まれたそこは、古代ローマの浴場であるテルマエやトルコのハンマームやイランのギャルマーベを混淆した上で南国風にしたものに大食堂付宿泊施設を添えたような建物だ。


 『増大インフレ欲能チート』ガゴビス・ジャンデオジンとの戦いで瀕死の重傷を負ったルルヤは、【真竜シュムシュの血潮】による回復だけでは治療が追い付かず、温泉で体調を整え治していたのだ。負傷と再生の連続で骨格等ダメージを負ったまま強引に繋ぎ直された状態になっていて身体機能が低下する程であった為、ルルヤは故郷の知識により、温泉は大地の霊力が涌き出る場でもある為【真竜シュムシュの地脈】に近い効果を微弱だが継続的に発動するとして、この地での療養を必要としたのだ。


「そして、こう、あれだ、血が足りない分の補給……」


 そう呟きながらルルヤのしなやかな手指が動くと、ぷっかりぷっかりと浮き流れて来た果椰子〔地球で言うココヤシとオウギヤシとナツメヤシの中間のような果実〕の実を掴んだ。良く見ればその実は頂点に穴が開けられている。果椰子はこうして穴を開けておくと果汁が発酵し、1日で酒になる。


 それをルルヤは白い喉を鳴らし椰子の実のように豊かな胸乳を温泉の波間に揺らしながら飲み干すと、次に流れて来た肉椰子〔地球で言うアブラヤシとサゴヤシとパンノキの中間のような果実。果肉の味はパンノキやサゴヤシデンプンと鯨の脂身の中間に近い〕の殻を加工した器の蓋を開ける。


 するとそこには魚、海老、頭足類、貝、鯨、亀等といった海産物が、あるものは生で味付けされ、あるものは蒸され、あるものは香辛料をつけて焼かれ、あるものは煮込まれ、様々に調理されて殻の浮力の限界を超えて沈まない程度に山盛り。今度はそれを豪快に食らう。……【血潮】による回復を過剰に連発して体力を消耗した分の栄養補給だ。さっきのかぽーんという音は、この椰子殻の器達がぶつかりあう音だったのである。


 一見戦後に温泉で豪遊している様にしか見えないが、実際頬が上気しているのは温泉の温度のせいだけではなく酒のせいもあるのだが、ともあれこれまで【地脈】【血潮】の併用にも関わらず戦後に回復期間が必要な程の負傷だった事はかつてなく。


「……覚悟は何時もしていたが、今度ばかりは、死ぬと意識した」


 もう一度酒器を干すと、ほう、とルルヤはため息をついた。


 生きる事の歓喜、死の恐怖、生きる事を奪われた人々への痛恨、敵に復讐として死を与える事への是非。様々な感情が、その豊かで美しい胸の内をよぎった。


(だが、やはり)


 それでも、この戦いを止める訳にはいかぬ。復讐心の為もあるが、何より、あれの同胞が為すであろう暴虐を阻止せねばならぬという思いは一層強まった。


 不殺のアメコミ・ヒーローの話をリアラから聞いて、逮捕された悪人が脱獄して人を殺した話について「つまりそいつは自分が殺人者・犯罪者の同類になりたくないという個人的理由で他人が殺される可能性を許容した、自分の為に他人を見殺しにしたのだな」と嫌悪した程の責任感と潔癖さが入り交じった気質の故だが〔一応リアラは出版社の意向等の都合もあるのだと説明した〕。


(無論、これは極論だし、必殺とは死刑と同じく誤殺の危険と常に紙一重だ)


 それが極論であり、危険である事もルルヤはまた熟知している。敵であり地球では凶悪なテロリストでありながらも高潔に振る舞った『神仰クルセイド欲能チート』や、鉱易砂海・諸島海での戦いより以前の日々断章の出来事の経験からも。いずれこの道を歩むリスクと真正面から対峙する羽目に陥るかもしれない事も。


(それでも、やはり、だ)


 だが全てを考えに入れても、そもそも今度の戦いや『増大インフレ欲能チート』の存在は、下手をすれば混珠を滅ぼしうるものだった。戦いを止める訳にはいかない。それに比べれば己の死の恐怖は論外だとルルヤは思う。これを見過ごして生きるのは死ぬより辛いのだから。怖いのは、ただ、大事な人の死だけだ。……だけど、その大事な人が今度の戦いでは自分を助けてくれた。


「助かった。本当に助かった。……本当に強くなったな。これからも、よろしく頼むぞ、リアラ。お前は私の誇り、私の一番大事な竜卵たからだ」


 だから同じ温泉に浸かる、夕日色の髪と健康的な肌、ルルヤより少し小柄だが逆にもう少し豊かで柔らかい体をした愛弟子、リアラ・ソアフ・シュム・パロンにその成長を祝福し、少し寄りかかるように肌を触れ合わせ、目を細めた。


「ええ……ルルヤさんを助けられて、本当によかった。けど……もっと早く、ルルヤさんが苦しむ前に助けたかった……」


 リアラもまた、二羽の水鳥が身を寄せ合うように、ルルヤと身を預け合う。


 リアラもまた戦いに対する思いはルルヤと同じ。そして、強くならなければという思いも。リアラはルルヤをよりよく助け支える為に、ルルヤは、愛弟子に追い付かれつつある〔とルルヤは認識しているが、いまだに基礎的な能力においてはルルヤの方が大幅に上である。リアラの活躍は、あくまで土壇場の応用力の爆発によるものだ〕が、追い抜かれる訳にはいかないと。


((もっと、強くなる))


 二人、思い同じく。こうして休憩している間も、その手段を考えている。


 ちなみに殆ど全裸寸前になるまで破壊されたルルヤのビキニアーマーも、真竜シュムシュそのものの鱗を加工した生体鎧であった為【地脈】【血潮】により修復が可能であり、現在湯船に漬けられその中でぺきぺきと自己修復をしている。【真竜シュムシュの骨幹】により形成しているリアラのビキニアーマーより頑丈だが一度破壊されるとこのように手間がかかるため一長一短と言えるだろう。


 温泉に浸かっているのは、二人と一着だけではない。



「じゃんじゃん食べてくれよー。こんなん、お礼の内にも入らないんだからさー」


 諸島海の顔役の一人、海森亜人シーエルフ〈神官海賊〉ハリハルラ・ハンテ・ハレーティンもまた蒼髪を纏めそのほっそりとした小柄な体を湯と湯気に晒し、時々温泉と繋がった厨房に追加注文をこまめに入れている。


 そして彼女だけでもない。


(凄い二人の世界だなあ……)


 そんな二人の様子に、自分の人間関係も省みて羨望と希望の入り交じった表情で思わず見とれているのは自由守護騎士団団長ユカハ・シャラ・ミティアニク。そう、諸島海の戦いにおける最終局面で来訪した辺境諸国の船にのって来ていたのだ。


「今回駆けつけただけで風呂まで借りていいのだろうか……」

「気持ちはわかるが、気にする事ぁ無いさ」


 明るい褐色と艶のある濃い褐色の肌を温泉の湯に濡らす、屠竜者ドラゴンスレイヤーフェリアーラ・スィテス・タムシュロスと〈舞闘歌娼演撃団〉のラルバエルルもいる。フェリアーラはユカハに同道し、は仲間達と共に鉱易砂海から派遣された船に乗っていた。


 無論、その他の面々もいる。ジャンデオジン海賊団の驚異に対応するための諸島海海軍の動きの結果発生した集合。そこにおいて、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアを知りそれと戦う者達の大半が顔を会わせる会合となった、この状況を活かさない手はない。それは、ここに来る前からそれぞれ皆が考えていた。


 ルアエザもペムネもエラルもその他劇団員達も、自由守護騎士団の騎士達の一部もだ。表向きの隠船団と諸島海政府との会合とは別に、この温泉地に、これからの為の抵抗者達の会合が組まれたのだ。新たなる戦いは、実に華やかな美女達の花園から始まった。



 尚、以下は抵抗者達の会合や今後の方針からすれば関係のない余談であるが、男湯では。


「……よし。存分に暖まった。覗きに行くか」


 蛮人戦士ガルン・バワド・ドランが、聞き捨てならぬ事を口走っていた。


「おいおっさん」


 突っ込むは、筋骨隆々の巨漢と華奢な美少年と外見は正反対だが一足先に訪れ彼と共に戦った少年傭兵隊長、名無之権兵衛・傭兵・娼婦之子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチ


「俺は顔の掘りが深いだけでまだ二十代だ!ええい、もうおっさんでいいが兎も角!俺の故郷には、女の風呂を除いて女が嫌がらなければプロポーズの成立と見なすという風習があるのだ」

「拒否られねー訳ねーだろ」


 呆れ顔で名無は湯から上がり洗い場で筋肉を躍動させ準備運動をするガルンを見る。それにしてもこの男、ノリノリである。ルルヤへの愛は命を捨てていいと嘘偽りなく言う程に一本気なのだが実にしつこい。


 リアラとしてはこんなムキムキでむくつけき生命力溢れる「君のためなら死ねる○わしみずくん」は気持ちは一応ありがたいけどリアクションに困るというところだが。


「共に戦いを潜り抜けた弾みで何か心境に変化が起きている可能性はあるだろう!?貴様は自信が無いのか!?」

「おっさんよりも面にも付き合いにも自信はある! 混浴が成立する可能性すらあると自負してらぁ!」


 しかし名無ナナシもまたリアラに惚れてる身。生まれ故に男女の仲については年齢より遥かに大人だが、そう言われればついつい張り合ってしまうものの。


「だけど俺ぁ、団長だからな。一人だけ覗きに行く訳にもいかねぇし、さりとてこの数ぞろぞろ連れて覗きはどう考えてもうまくない」


 そう答えて、湯船の縁にしなやかな肢体を寄りかからせる名無ナナシ。男湯のほうには事実少年傭兵達もおり、これはこれで歌唱劇団の面々が逆に覗きに走りそうな光景ではある。


「ふふん。……ならば貴様はどうだ? ひとつすっきりとけりをつけるのも悪くはないのではないか?」

「ふむ」


 挑発的に軽く笑うが同時に少しつまらなそうに、今度はガルンは諸島海海軍提督のボルゾン・ボーン・ボロワーに声をかけた。唸るボルゾン。ハリハルラの歓心を巡って色々と行き違いのあった二人だが、共に戦った今、その行き違いを水に流すならぬお湯に流すとしようと、さっぱりガルンは提案した。


「私はいいよ。いや、覗きはしないが、けりをつけるにしてももう負けるつもりはないという意味でな。幼馴染みでね、子供の頃から見慣れた体だし、ついでにいえば子供の頃からプロポーションがそう変わってる訳でもないからな。さりとて、他の誰かを見たいわけでも無いし」


 そしてボルゾンも、覗きは断るものの、湯に流す事についてはそう答える事でさっぱりと同意した。


大猩々ゴリラのおっさんはさー、その彼氏面を肝心の彼女の前で出来なかったからこれまでダメだったんだと思うぜ?」

「う、うるさい!」


 が、二人の間で決着をつけても、結局ハリハルラとの間できちんと結論を出した訳じゃないじゃん、と名無ナナシに突っ込まれて動揺するところは、まだまだである。


(ま、俺も色々、まだまだだけどね)


 と、名無ナナシも自分も色々決着をつけてない事を自覚していない訳でもないのだが。


「そうか、帰ってきたら感想を聞かせてやろう。では、いざ!」


 ともあれ、ガルンは出発し。



 ZDOOOOONN……BIM! BIM! BIM! ……ZZZNNN……



 女湯との境目の森の中で、何重ものトラップの炸裂音が木霊した。



「……害意無く近づいた俺なら兎も角、スケベ心が害意に含まれるかは向こうの心境次第だと思うけど、害意があるとより敏感になる【真竜シュムシュの角棘】を突破できる程隠密活動の腕を磨いたという自負があったかぁ知らねぇが。リアラちゃん、ルルヤの姐さんの裸を守る為っつって入浴時に周囲に魔法のトラップかましたな」

「ふむ、とはいえ苦痛にも声一つ漏らさないとはガルンくんも流石だが、それは想定通りだ。そして流石に羞恥心の強い面々は脱衣場に殺到するだろう。そこにさも何が起こったのか心配したという体で駆けつければ、集団で移動しても肌くらいはある程度拝めるし女性陣からの非難も悲鳴と盥くらいで済むと思うわけだが、どうだね?」


 名無の分析に、それは全て想定通りの事だ、と、ガルンを捨て駒の囮としたある程度安全策な覗きの可能性を計算してのけるボルゾンに、一瞬名無ナナシは目を丸くして。


「俺らも事の次第は知ってた筈だってガルンの言い訳については多数決で白を切る口裏をあわせりゃよし、か。流石は諸島海の提督。知恵者だな」

「少年傭兵隊長、君もな」


 そして雄二人、駄目な友情を確認しあい……



「おおい何があったっ!?」

「大丈夫か!?」

「「って……何ぃ!?」」


 そして脱衣場に乱入した少年数人大猩々ゴリラ一匹を待ち受けていたのは。


「み、見えない!?」

「何だ、この光は!?」


 風呂から上がってきた女性陣の裸体の際どい部分をピンポイントで隠す謎の光!


「専誓詠吟【非現実の光線でアンリアルライト】。目眩ましの一手として少々馬鹿らしいかなと思いながらも考え付いたんですが……まさか発想源深夜アニメと同じ用途で使う事になるなんて」


 嘆息するリアラ。そして。


「そしてこれまであまり使ってなかったんでアンタ等には一々説明してなかったけど、アタシの【真竜シュムシュの眼光】の特殊効果は、観察眼の強化による真偽・意図の看破だ。『惨劇グランギニョル欲能チート』はこれへの対策として味方への情報開示を制限したりしていたが。……後は分かるな?」


 そして、つまりどさくさまぎれの覗きという意図はお見通しだと、【真竜シュムシュの血潮】で酔いを覚ましたルルヤが牙を剥く様な笑顔を浮かべ。



 あとは、少年達と大猩々ゴリラは魔法のトラップで重爆されたガルンと同じ位に反省する破目になったとだけ言っておこう。


「……実はひっそりとさりげなく女湯に入っていたけど気づかれなかったボクは無事だったけどね」


 という男の娘ミレミもいたりしたが。胸の薄さはハリハルラと似たようなものだが……良くを誤魔化せたな。



 同時刻。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア・亜空間議事堂。


「『全能ゴッド欲能チート』様のお言葉をお伝え致します」


 諸島海を目指す連合帝国の船に乗っていたものの洋上で三人もの十弄卿が激突する異常事態と成った後、幻影で『旗操フラグ欲能チート』の取神行化前の姿を出す等していたが、その後自分も幻影を使い『旗操フラグ』と共に船団から退出した『情報ネット欲能チート』が、居並ぶ欲能行使者チーター十弄卿テンアドミニスター達の前で宣言した。


 『全能ゴッド欲能チート』『永遠エターナル欲能チート』の姿は無く、この場に集う十弄卿テンアドミニスターは四人。


 否。


 四人


「『正義ロウ欲能チート』」


 そう呼ばれたのは〈タロット〉の名を冠する欲能行使者チーター達の生き残り。輝く全身鎧を身に纏う騎士。


「『大人ビッグブラザー欲能チート』」


 そう呼ばれたのは立派な身なりをした、凍った金属を思わせる冷たく固い目を表情をした壮年の男性。


「『悪嬢アボミネーション欲能チート』」


 そう呼ばれたのは、豪華絢爛な蒼と黒のドレスを身に纏う、渦巻き波打つ豪奢な金髪と碧眼の美しいがいかにも嗜虐的な性格を感じさせる容姿をした少女。


「『暴食ベルゼブブ欲能チート』」


 そう呼ばれたのは〈七大罪〉の生き残り、銀髪金眼で呪術的な紋様の書かれたマントを羽織る魔族の青年。


「以上四名を、新たな十弄卿テンアドミニスターとして任命する。なお、『旗操フラグ欲能チート』を第四位に格上げとし、『暴食ベルゼブブ』が第五位、『悪嬢アボミネーション』が第六位、『大人ビッグブラザー』が第七位、『正義ロウ』が第八位、これを新たな序列とする」


 そう『情報ネット』は、ひいては『全能ゴッド欲能チート』は宣告した。


 新たな十弄卿テンアドミニスター十弄卿四名の誕生を。


 故にこの場にいる十弄卿テンアドミニスターの数は『全能ゴッド欲能チート』『永遠エターナル欲能チート』を除く八人。


 即ち十弄卿テンアドミニスター総数はその名の通り十人。それは、身命を賭して戦い抜いたリアラとルルヤの死闘の成果が、唯の宣告一つでリセットされたという余りにも圧倒的で邪悪で残酷な現実であった。


(狙い通り!)


 そして外面は淡々と職務に忠実に宣告を行った『情報ネット』……秘密とする真の欲能チート名は『情報マスコミ』であるが、内心は邪悪なほくそ笑みで弾け飛ばん程に喜悦していた。


 鉱易砂海と諸島海で戦いが繰り広げられている間、『情報マスコミ』と『旗操フラグ』ら連合帝国に規制する玩想郷内派閥〈帝国派〉は、小派閥の吸収、自勢力の伸長にひたすらに邁進した。


 『旗操フラグ』直属の部下達によって『情報マスコミ』がでっちあげた叛意で粛清対象となった中小勢力を粛清する事で『旗操フラグ』の位階を上げ。


 それに協力させる事で『正義ロウ』とその時点ではもう一人の有力十弄卿候補だった『乙女ヒロイン欲能チート』の勢力を増大させ。


 粛清によって発生した勢力図の空白を与える事で『大人ビッグブラザー』の位階を上げ上下関係を作り。


 その混乱に乗じて『乙女ヒロイン』を追い落とそうとしていた『悪嬢アボミネーション』を支援する事で、〈長虫バグ〉との和解や降伏を画策していた『乙女ヒロイン』を追い落とさせることで恩を着せて上下関係を作りかつ十弄卿候補とし。


 加えて、それぞれ四代目魔王となるべく勢力を伸ばそうとしていた〈七大罪〉のうちの『暴食ベルゼブブ』を秘密裏に裏から支援し、いざという時の他派閥への罠とするべく表向き同盟関係を秘密としたままその勢力を増大させ、ついには魔族領である草海島を制覇させた。


 かくして〈帝国派〉の多くの欲能行使者が十弄卿テンアドミニスター入りした。


 これで〈帝国派〉に所属する十弄卿テンアドミニスターは、『旗操フラグ』『悪嬢アボミネーション』『大人ビッグブラザー』『正義ロウ』『情報マスコミ』、秘密同盟を結ぶ『暴食ベルゼブブ』を加えれば事実上〈帝国派〉は六。


 ナアロ王国に所属する〈王国派〉は『交雑クロスオーバー』『文明サイエンス』の二、派閥の存在が先の諸島海でのいざこざで明らかに成った〈首領派〉が『全能ゴッド』『永遠エターナル』の二。


 関係を秘密にしている『暴食ベルゼブブ』を入れなくても五、名実ともに〈帝国派〉が最大派閥となったのだ。


「新たに十弄卿テンアドミニスターとなられた方々、おめでとうございます! 貴方がたは玩想郷チートピアに選ばれた! いやはや、これで〈長虫バグ〉共がのたうち回って必死に我等に噛みついて与えた心算の傷は、まるっきり全回復! 無意味無駄無効!これを知った〈長虫バグ〉共の絶望顔が見たいものですねぇ!」

(これで〈王国派〉はこちらの言う事を尊重せざるを得なくなる)


 晴れ晴れとしたイイわるい笑顔でそう〈長虫バグ〉即ちリアラ・ルルヤ達を嘲弄しながら組織の磐石と昇進者を寿ぐ『情報マスコミ』だったが、その内心はあくまで『交雑クロスオーバー』達〈王国派〉に向けられていた。


(貴方達の目的は知っている。ご勝手に、と言いたい所ですが、我々に迷惑はかけない、という条件を呑んで貰いましょう)


「だが、放っておけば、また何人入れ替わるか分からないのも事実だ」


 内心にんまりとそう明言せず迫る予定の『情報マスコミ』の意図を知ってか知らずか構わず、しかし『交雑クロスオーバー』はあくまで〈長虫バグ〉を侮るべきではないと主張した。


「それはまた不吉な事を」


 そう苦笑する『情報マスコミ』に対して、『交雑クロスオーバー』は続けた。


「敗北主義ではない。こうして心機一転した事を契機に、ここで〈長虫バグ〉共をきちんと潰しておくべきだと動議するという事だ。〈王国派〉と〈帝国派〉で」


 含みを持たせた口調で。先の諸島海におけるそれを狙った〈帝国派〉の『旗操フラグ』を妨害した『永遠エターナル』、そこに自分が介入して『旗操フラグ』を助けたという事実を派閥を明言する事で改めて想起させる。そしてそれは明言はしないが、同時に〈首領派〉と組まない事を選択しようという提案でもある。


「それは……協力できれば、な」

「ええ」


 それを察し『旗操フラグ』は『情報マスコミ』に視線を向けた上でそう返答し、それに『情報マスコミ』も追随した。『情報マスコミ』が万年十位であるとはいえ〈帝国派〉を主導するのはこの二人であり、他の新顔はそれに従う。


「〈王国派〉が協力を願うと言うのであれば、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの為、是非に」


 『情報マスコミ』は、ここぞとばかりに嵩にかかった。そちらがこちらに協力を懇願するのであり、こちらはそちらに対価を要求する、と、数の優位を基に、派閥の力関係を確定しようと。


「ああ、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの為に、全力を尽くさねばならない。その為には、より多くの戦力、より強い力が必要だ」

「……?」


 それに『交雑クロスオーバー』はそう答える。同意しながらも従ったのではなく、話題を更に発展させる。意図をいぶかしむ『情報マスコミ』に、そして『交雑クロスオーバー』は爆弾発言を投げつけた。


「『暴食ベルゼブブ』は〈王国派〉でも〈帝国派〉でもない。そして、四代目魔王は玩想郷チートピアに必要だが、『暴食ベルゼブブ』がそれでなければならない理由は無い」

(!?)


 その言葉の意図は明らかだ。『暴食ベルゼブブ』が秘密裏に〈帝国派〉でありながら〈王国派〉の誤判断を誘う罠としての役割を期待されて表向き所属を表明していない事を知った上で逆手に取り、これは〈帝国派〉への攻撃ではないと強弁して『暴食ベルゼブブ』を粛清しようとしているのだ。〈長虫バグ〉を打倒する為の力の結集・向上を口実として。


「故に新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの為に、行うべき事を行わなければならない。例え少数の犠牲を払ってでも、今、より強い組織が我々全体の為に必要だ……『文明サイエンス』」


 そして『交雑クロスオーバー』は『文明サイエンス欲能チート』に促し、『文明サイエンス』は笑って宣言した。


「弱体欲能行使者チーターには十弄卿テンアドミニスター就任をご遠慮願おうか! のう、『暴食ベルゼブブ』!」

「な……!?」


 動揺した『暴食ベルゼブブ』は一瞬縋る様に『情報ネット』を見た。『情報マスコミ』は無視した。


 『暴食ベルゼブブ』は周囲を見回した。『旗操フラグ』も、他の同期昇進者三人も同様であった。


(糞っ……!?)


 糞山の王ベルゼブブの名を冠する欲能行使者チーターとしては皮肉なような相応なような悪態をつき、『暴食ベルゼブブ』は憤怒の形相で『文明サイエンス』を睨んだ。


「誰が弱体だと第九位。まさか俺か? それともお前のような老骨じじいか?」


 『全能ゴッド』が定めた位階において己の方が上位である。位階は戦闘力だけでは無く権力等を総合して判断されるが劣る心算は欠片も無いぞと、威圧し、威嚇する。


「そりゃあ勿論、これから十弄卿テンアドミニスターでもない相手に負けるお前さんじゃよ。とはいえ、これは別に『全能ゴッド』の判断ミスという訳ではないのう。何故なら、この戦いがデビュー戦なのじゃから。しかしまあ十弄卿テンアドミニスターを殺せれば、当然十弄卿テンアドミニスターになれるじゃろう? そういう訳じゃ、後任は決まっておる、安心して死ぬがよいぞ」


 その威嚇を平然と受け流し、戦うのは己ではない、あまつさえ十弄卿テンアドミニスターですら無いとのうのうと言い放つ『文明サイエンス』。その傍らに、すっと現れる人影。


 フードの付いた黒いローブをすっぽりと被った正体不明者ミステリアスなパートナー。肩幅が奇妙に広く見える事くらいは見てとれるが。


お前サイエンスの『発明品マクガフィン』か? 『文明サイエンス』。『邪流ジャンル』の効果をすり抜けるガラクタを作ったとは聞いていたが……舐めるのも大概にしろ。そいつを壊したら次はお前だ!」


 『虚無ウチキリ欲能チート』の情報は聞き及んでいた。それはあくまで十弄卿テンアドミニスターが存在する戦場で〈戦力として勘定できる〉程度。断じて匹敵するレベルではない。


 そも十弄卿テンアドミニスター同士の戦いなら兎も角、十弄卿テンアドミニスター以外の欲能行使者が十弄卿テンアドミニスターを打倒して下剋上した者は『交雑クロスオーバー』ただ一人。原則的にほぼ有り得ぬ事象だ。


 強力な戦力ではあるが『敵を殺す事でその力を丸ごと手に入れ際限なく力を増す、敵を傷つければ傷つけるほど己の力を回復させ増大させる』効果の発動を既に幾度も積み重ねた己が欲能チート十弄卿テンアドミニスターの証たる取神行ヘーロースの力が加わればそんながらくた等敵ではないと『暴食ベルゼブブ』は取神行ヘーロースに変身!


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

噛み付く加虐、牙剥く飢餓。

食らう為に狂い回り、

蹴落とし奪うが美味うま快楽けらく

根元的な攻撃性よ、

暴食こそ正に暴力の真。これこそが我が現実リアルなり!

取神行ヘーロース、『欲界暴力・天地理王ダークヒーロー・バアル』!」


 詠唱!無数の虫が蠢く結界が形成され、その後に姿を表したのは、蝿をモチーフとした仮面とボディスーツに王冠を象ったバックルのついたベルトを締め羽の様に翻るマフラーを首に巻いた、意外にもヒロイックとすら言える洗練されかつ強壮な姿をした取神行ヘーロースであった。


「本来の目的じゃないがのう、準備運動という事で勘弁して貰おうかの。……許可は貰っておる。タカマ連村国のうち、村四つまでなら食ってよいぞ」


 だがそれをこれから解剖するモルモットを見るような目で見て『文明サイエンス』は傍らのローブの人影にそう謎めいて禍々しい指示を出し。


 ローブの人影はそれに対し無言で答えた。


 ローブの中から鋭く尖った籠手に包まれた様な手を出し、四本指を立てると、馬鹿らしいとでも言う様にひらひらと手を振り、その後、二本指を立てた。


 即ち、二つで十分だ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る