第三章前編
・しゅむしゅフレンズだい34わ「おんせん(前編)」
・
「GEOAFAAAAAAANNNN……♪」
かぽーん……
【
本来鋭い赤い瞳をとろりと緩めて入浴を楽しむのは、最後の真竜の継嗣ルルヤ・マーナ・シュム・アマト。
ここは諸島海の島のひとつ、クラジュ島。火山島である本島は、諸島海唯一の温泉があり……
「嗚呼、ほぐれる……滅茶苦茶な連続負傷と【
そのクラジュ島にある温泉宿〈大山波〉亭の温泉にルルヤは浸かっていた。温泉宿というと転生者であれば和風のそれを連想するかもしれないが、南国の森と海と山に囲まれたそこは、古代ローマの浴場であるテルマエやトルコのハンマームやイランのギャルマーベを混淆した上で南国風にしたものに大食堂付宿泊施設を添えたような建物だ。
『
「そして、こう、あれだ、血が足りない分の補給……」
そう呟きながらルルヤのしなやかな手指が動くと、ぷっかりぷっかりと浮き流れて来た果椰子〔地球で言うココヤシとオウギヤシとナツメヤシの中間のような果実〕の実を掴んだ。良く見ればその実は頂点に穴が開けられている。果椰子はこうして穴を開けておくと果汁が発酵し、1日で酒になる。
それをルルヤは白い喉を鳴らし椰子の実のように豊かな胸乳を温泉の波間に揺らしながら飲み干すと、次に流れて来た肉椰子〔地球で言うアブラヤシとサゴヤシとパンノキの中間のような果実。果肉の味はパンノキやサゴヤシデンプンと鯨の脂身の中間に近い〕の殻を加工した器の蓋を開ける。
するとそこには魚、海老、頭足類、貝、鯨、亀等といった海産物が、あるものは生で味付けされ、あるものは蒸され、あるものは香辛料をつけて焼かれ、あるものは煮込まれ、様々に調理されて殻の浮力の限界を超えて沈まない程度に山盛り。今度はそれを豪快に食らう。……【血潮】による回復を過剰に連発して体力を消耗した分の栄養補給だ。さっきのかぽーんという音は、この椰子殻の器達がぶつかりあう音だったのである。
一見戦後に温泉で豪遊している様にしか見えないが、実際頬が上気しているのは温泉の温度のせいだけではなく酒のせいもあるのだが、ともあれこれまで【地脈】【血潮】の併用にも関わらず戦後に回復期間が必要な程の負傷だった事はかつてなく。
「……覚悟は何時もしていたが、今度ばかりは、死ぬと意識した」
もう一度酒器を干すと、ほう、とルルヤはため息をついた。
生きる事の歓喜、死の恐怖、生きる事を奪われた人々への痛恨、敵に復讐として死を与える事への是非。様々な感情が、その豊かで美しい胸の内をよぎった。
(だが、やはり)
それでも、この戦いを止める訳にはいかぬ。復讐心の為もあるが、何より、あれの同胞が為すであろう暴虐を阻止せねばならぬという思いは一層強まった。
不殺のアメコミ・ヒーローの話をリアラから聞いて、逮捕された悪人が脱獄して人を殺した話について「つまりそいつは自分が殺人者・犯罪者の同類になりたくないという個人的理由で他人が殺される可能性を許容した、自分の為に他人を見殺しにしたのだな」と嫌悪した程の責任感と潔癖さが入り交じった気質の故だが〔一応リアラは出版社の意向等の都合もあるのだと説明した〕。
(無論、これは極論だし、必殺とは死刑と同じく誤殺の危険と常に紙一重だ)
それが極論であり、危険である事もルルヤはまた熟知している。敵であり地球では凶悪なテロリストでありながらも高潔に振る舞った『
(それでも、やはり、だ)
だが全てを考えに入れても、そもそも今度の戦いや『
「助かった。本当に助かった。……本当に強くなったな。これからも、よろしく頼むぞ、リアラ。お前は私の誇り、私の一番大事な
だから同じ温泉に浸かる、夕日色の髪と健康的な肌、ルルヤより少し小柄だが逆にもう少し豊かで柔らかい体をした愛弟子、リアラ・ソアフ・シュム・パロンにその成長を祝福し、少し寄りかかるように肌を触れ合わせ、目を細めた。
「ええ……ルルヤさんを助けられて、本当によかった。けど……もっと早く、ルルヤさんが苦しむ前に助けたかった……」
リアラもまた、二羽の水鳥が身を寄せ合うように、ルルヤと身を預け合う。
リアラもまた戦いに対する思いはルルヤと同じ。そして、強くならなければという思いも。リアラはルルヤをよりよく助け支える為に、ルルヤは、愛弟子に追い付かれつつある〔とルルヤは認識しているが、いまだに基礎的な能力においてはルルヤの方が大幅に上である。リアラの活躍は、あくまで土壇場の応用力の爆発によるものだ〕が、追い抜かれる訳にはいかないと。
((もっと、強くなる))
二人、思い同じく。こうして休憩している間も、その手段を考えている。
ちなみに殆ど全裸寸前になるまで破壊されたルルヤのビキニアーマーも、
温泉に浸かっているのは、二人と一着だけではない。
「じゃんじゃん食べてくれよー。こんなん、お礼の内にも入らないんだからさー」
諸島海の顔役の一人、
そして彼女だけでもない。
(凄い二人の世界だなあ……)
そんな二人の様子に、自分の人間関係も省みて羨望と希望の入り交じった表情で思わず見とれているのは自由守護騎士団団長ユカハ・シャラ・ミティアニク。そう、諸島海の戦いにおける最終局面で来訪した辺境諸国の船にのって来ていたのだ。
「今回駆けつけただけで風呂まで借りていいのだろうか……」
「気持ちはわかるが、気にする事ぁ無いさ」
明るい褐色と艶のある濃い褐色の肌を温泉の湯に濡らす、
無論、その他の面々もいる。ジャンデオジン海賊団の驚異に対応するための諸島海海軍の動きの結果発生した集合。そこにおいて、
ルアエザもペムネもエラルもその他劇団員達も、自由守護騎士団の騎士達の一部もだ。表向きの隠船団と諸島海政府との会合とは別に、この温泉地に、これからの為の抵抗者達の会合が組まれたのだ。新たなる戦いは、実に華やかな美女達の花園から始まった。
尚、以下は抵抗者達の会合や今後の方針からすれば関係のない余談であるが、男湯では。
「……よし。存分に暖まった。覗きに行くか」
蛮人戦士ガルン・バワド・ドランが、聞き捨てならぬ事を口走っていた。
「おいおっさん」
突っ込むは、筋骨隆々の巨漢と華奢な美少年と外見は正反対だが一足先に訪れ彼と共に戦った少年傭兵隊長、
「俺は顔の掘りが深いだけでまだ二十代だ!ええい、もうおっさんでいいが兎も角!俺の故郷には、女の風呂を除いて女が嫌がらなければプロポーズの成立と見なすという風習があるのだ」
「拒否られねー訳ねーだろ」
呆れ顔で名無は湯から上がり洗い場で筋肉を躍動させ準備運動をするガルンを見る。それにしてもこの男、ノリノリである。ルルヤへの愛は命を捨てていいと嘘偽りなく言う程に一本気なのだが実にしつこい。
リアラとしてはこんなムキムキでむくつけき生命力溢れる「
「共に戦いを潜り抜けた弾みで何か心境に変化が起きている可能性はあるだろう!?貴様は自信が無いのか!?」
「おっさんよりも面にも付き合いにも自信はある! 混浴が成立する可能性すらあると自負してらぁ!」
しかし
「だけど俺ぁ、団長だからな。一人だけ覗きに行く訳にもいかねぇし、さりとてこの数ぞろぞろ連れて覗きはどう考えてもうまくない」
そう答えて、湯船の縁にしなやかな肢体を寄りかからせる
「ふふん。……ならば貴様はどうだ? ひとつすっきりとけりをつけるのも悪くはないのではないか?」
「ふむ」
挑発的に軽く笑うが同時に少しつまらなそうに、今度はガルンは諸島海海軍提督のボルゾン・ボーン・ボロワーに声をかけた。唸るボルゾン。ハリハルラの歓心を巡って色々と行き違いのあった二人だが、共に戦った今、その行き違いを水に流すならぬお湯に流すとしようと、さっぱりガルンは提案した。
「私はいいよ。いや、覗きはしないが、けりをつけるにしてももう負けるつもりはないという意味でな。幼馴染みでね、子供の頃から見慣れた体だし、ついでにいえば子供の頃からプロポーションがそう変わってる訳でもないからな。さりとて、他の誰かを見たいわけでも無いし」
そしてボルゾンも、覗きは断るものの、湯に流す事についてはそう答える事でさっぱりと同意した。
「
「う、うるさい!」
が、二人の間で決着をつけても、結局ハリハルラとの間できちんと結論を出した訳じゃないじゃん、と
(ま、俺も色々、まだまだだけどね)
と、
「そうか、帰ってきたら感想を聞かせてやろう。では、いざ!」
ともあれ、ガルンは出発し。
ZDOOOOONN……BIM! BIM! BIM! ……ZZZNNN……
女湯との境目の森の中で、何重ものトラップの炸裂音が木霊した。
「……害意無く近づいた俺なら兎も角、スケベ心が害意に含まれるかは向こうの心境次第だと思うけど、害意があるとより敏感になる【
「ふむ、とはいえ苦痛にも声一つ漏らさないとはガルンくんも流石だが、それは想定通りだ。そして流石に羞恥心の強い面々は脱衣場に殺到するだろう。そこにさも何が起こったのか心配したという体で駆けつければ、集団で移動しても肌くらいはある程度拝めるし女性陣からの非難も悲鳴と盥くらいで済むと思うわけだが、どうだね?」
名無の分析に、それは全て想定通りの事だ、と、ガルンを捨て駒の囮としたある程度安全策な覗きの可能性を計算してのけるボルゾンに、一瞬
「俺らも事の次第は知ってた筈だってガルンの言い訳については多数決で白を切る口裏をあわせりゃよし、か。流石は諸島海の提督。知恵者だな」
「少年傭兵隊長、君もな」
そして雄二人、駄目な友情を確認しあい……
「おおい何があったっ!?」
「大丈夫か!?」
「「って……何ぃ!?」」
そして脱衣場に乱入した少年数人
「み、見えない!?」
「何だ、この光は!?」
風呂から上がってきた女性陣の裸体の際どい部分をピンポイントで隠す謎の光!
「専誓詠吟【
嘆息するリアラ。そして。
「そしてこれまであまり使ってなかったんでアンタ等には一々説明してなかったけど、アタシの【
そして、つまりどさくさまぎれの覗きという意図はお見通しだと、【
あとは、少年達と
「……実はひっそりとさりげなく女湯に入っていたけど気づかれなかったボクは無事だったけどね」
という
同時刻。
「『
諸島海を目指す連合帝国の船に乗っていたものの洋上で三人もの十弄卿が激突する異常事態と成った後、幻影で『
『
否。
四人だった。
「『
そう呼ばれたのは〈タロット〉の名を冠する
「『
そう呼ばれたのは立派な身なりをした、凍った金属を思わせる冷たく固い目を表情をした壮年の男性。
「『
そう呼ばれたのは、豪華絢爛な蒼と黒のドレスを身に纏う、渦巻き波打つ豪奢な金髪と碧眼の美しいがいかにも嗜虐的な性格を感じさせる容姿をした少女。
「『
そう呼ばれたのは〈七大罪〉の生き残り、銀髪金眼で呪術的な紋様の書かれたマントを羽織る魔族の青年。
「以上四名を、新たな
そう『
新たな
故にこの場にいる
即ち
(狙い通り!)
そして外面は淡々と職務に忠実に宣告を行った『
鉱易砂海と諸島海で戦いが繰り広げられている間、『
『
それに協力させる事で『
粛清によって発生した勢力図の空白を与える事で『
その混乱に乗じて『
加えて、それぞれ四代目魔王となるべく勢力を伸ばそうとしていた〈七大罪〉のうちの『
かくして〈帝国派〉の多くの欲能行使者が
これで〈帝国派〉に所属する
ナアロ王国に所属する〈王国派〉は『
関係を秘密にしている『
「新たに
(これで〈王国派〉はこちらの言う事を尊重せざるを得なくなる)
晴れ晴れとした
(貴方達の目的は知っている。ご勝手に、と言いたい所ですが、我々に迷惑はかけない、という条件を呑んで貰いましょう)
「だが、放っておけば、また何人入れ替わるか分からないのも事実だ」
内心にんまりとそう明言せず迫る予定の『
「それはまた不吉な事を」
そう苦笑する『
「敗北主義ではない。こうして心機一転した事を契機に、ここで〈
含みを持たせた口調で。先の諸島海におけるそれを狙った〈帝国派〉の『
「それは……協力できれば、な」
「ええ」
それを察し『
「〈王国派〉が協力を願うと言うのであれば、
『
「ああ、
「……?」
それに『
「『
(!?)
その言葉の意図は明らかだ。『
「故に
そして『
「弱体
「な……!?」
動揺した『
『
(糞っ……!?)
「誰が弱体だと第九位。まさか俺か? それともお前のような
『
「そりゃあ勿論、これから
その威嚇を平然と受け流し、戦うのは己ではない、あまつさえ
フードの付いた黒いローブをすっぽりと被った
「
『
そも
強力な戦力ではあるが『敵を殺す事でその力を丸ごと手に入れ際限なく力を増す、敵を傷つければ傷つけるほど己の力を回復させ増大させる』効果の発動を既に幾度も積み重ねた己が
「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!
噛み付く加虐、牙剥く飢餓。
食らう為に狂い回り、
蹴落とし奪うが
根元的な攻撃性よ、
暴食こそ正に暴力の真。
詠唱!無数の虫が蠢く結界が形成され、その後に姿を表したのは、蝿をモチーフとした仮面とボディスーツに王冠を象ったバックルのついたベルトを締め羽の様に翻るマフラーを首に巻いた、意外にもヒロイックとすら言える洗練されかつ強壮な姿をした
「本来の目的じゃないがのう、準備運動という事で勘弁して貰おうかの。……許可は貰っておる。タカマ連村国のうち、村四つまでなら食ってよいぞ」
だがそれをこれから解剖するモルモットを見るような目で見て『
ローブの人影はそれに対し無言で答えた。
ローブの中から鋭く尖った籠手に包まれた様な手を出し、四本指を立てると、馬鹿らしいとでも言う様にひらひらと手を振り、その後、二本指を立てた。
即ち、二つで十分だ、と。
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