・第八十八話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(前編)」

・第八十八話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(前編)」



 ほんの少し前後し平行する同時間軸上、混珠こんじゅの朝。


 決戦の舞台は北限の地〈絶え果て島〉。『永遠エターナル欲能チート』は先の戦い以後根拠地にしていたこの島に座して、異界の偽竜を繰り出し各地を空襲させていた。


 混珠こんじゅ側の戦力の大半を、各地の防御に磔にする為だ。偽竜そのものは欲能チートを使わないし、魔竜ラハルムや魔獣の範疇の強さだ。だがその数は、全土を襲撃するに足る。


 民を見捨てては混珠こんじゅの戦士とは言えぬ。民を見捨てて戦えば、その時点で混珠こんじゅという世界の文明の在り方の放棄であり、敗北に等しい。


 混珠こんじゅが生き残るに値するのでなければ生き残らせる為に戦う意味等無い。故に本来なら『永遠エターナル』と戦闘可能な戦力を増やす為リアラの残した竜術付与の護符を魔法的に複製し生産する事に殆ど力を割けなかった。その為の余力は寧ろ『永遠エターナル』に逃げ回られ各個撃破の消耗戦を強いられる事を防ぐ為の、結界や《大転移》等の準備に費やされた。


 即ち現在リアラの護符による竜術付与、言わば【真竜シュムシュの加護】を与えられた戦士達で『永遠エターナル』を討つ。そうすれば混珠こんじゅでの戦は決着し、〈不在の月〉に赴いたリアラとルルヤが『全能ゴッド欲能チート』と『交雑クロスオーバー欲能チート』を討てば全ての戦いは終わる。もし討てねばリアラとルルヤが『全能ゴッド』『交雑クロスオーバー』を倒せても恐らく混珠こんじゅは持つまいし、そうなれば二人にもどんな影響が出るか、『全能ゴッド』『交雑クロスオーバー』の二者が影響を与える手を持っていないとは少なくとも思えぬ。


 つまり、これは全て取りこぼせぬ一つの戦いの一局面の開幕。


 そしてここは観測結果を伺いつつ《大転移》で〈絶え果て島〉へ飛び込む為の拠点の一つ。前日までは人里の防戦に参加でき、かつ条件の厳しい《大転移》の設営を満たせる場所の一ヶ所たる結界をしつらえたとある山小屋、なのだが。


「やっちまったな……色んな意味で」


 戦災孤児傭兵団〈無謀なる逸れ者団〉団長、名無之権兵衛・傭兵・娼婦之子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチは、臥所から身を起こしてそう呟いた。


「……やっちまった、って言うような、嫌な事じゃないのがまた悩ましいンだが」


 リアラが聞いたら驚くだろう、いつも堂々とした名無ナナシ少年らしからぬ、何とも気恥ずかしくも悩ましげな声音。顔を片掌で軽く多い半身を起こした四半森亜人クォーターエルフの細いが鍛え抜かれた肢体、上半身は服を脱いで寝た白い肌を、毛布が滑り落ちる。


「ったく……こちとらは、寧ろ気遣ってたってのに……気遣われても、いたか」


 自分は初心ではないと認識していた。ややこしい人生経験は豊富だ。望まない事が沢山、望んだ事も結構な数。なのに、顔を覆っても少しだけ尖った耳が赤い。それは要するに、単純な関係や敵対的な関係、落ち着いた好意による関係の経験は山程あっても、これ程深く強く切実な事態は流石に初めてだからだ。己もまだまだ子供だったかと名無ナナシは認識する。


「まさか全員纏めて一緒でいい、なんざ……受ける方も言う方も対外で、それを是とするなんて、我ながらこんなに節操無かったか、俺……いやまあ、世界を変えようとしてたな、俺。ある意味素で貪欲か……」


 一人早起きした名無ナナシと伴寝の臥所には、ユカハ、ミレミ、フェリアーラ。二人の女と一人の男の娘が、一繋がりの獣の群れのように、絡み合うようにして一緒にまだ眠っていた。戦に敗れ、様々なものに裏切られ、故郷を奪われ、辛い過去を生きてきた三人。だからこそ名無ナナシはやや慎重に距離を取って接していた三人が、それでも今幸せそうな顔で。



 要するに昨晩、三人全員に愛していると告白された。どれか一人を選ばなくてもいいと言われて、それにはいと答えて、三人全員の告白を受け入れた。つまりそういう事だったが、どういう感じだったかは省略せねばならぬとはいえ、どういう事だったかは語らぬ訳にはいかぬ。ここはあくまで地球ではなく混珠こんじゅで、今まで描写されてはいなかったが、一夫多妻・一妻多夫・多夫多妻は混珠こんじゅでも稀だが全員の同意があるのであれば違法ではなく無い訳ではない事だとしてもだ。それは数多の玩想郷チートピア欲能行使者チーターが力で洗脳し人を殺してまで欲した境遇だったが、名無ナナシ達のそれはその境遇を欲した結果ではなかった。その違いはある意味、玩想郷チートピアの歪みそのものだったのかもしれぬ。理由と過程を無視し、傷つく事無く、ただ己のみ感情移入を、結果かいらくだけを求めた。転生者の全てがそうではないし、玩想郷チートピアの中においてもそれが全てではなかったかもしれないが、その方針を以て世を制覇し、それを以て圧政を敷いたという点で、混珠こんじゅに対しても転生者に対しても、二重の意味でそれは邪悪だった。



 ともあれ。事の引き金になったのは、名無ナナシが編み出したとある専誓詠吟だった。正確に言えば編み出したというか。過去にあったものをリアラが残した調査資料から発見した、というのが正しいか。


 その専誓唱吟は特定の魔法をアレンジするというものではなく、魔法の使い方のアレンジで、勇者がその勇気による莫大な魔法力で魔法の威力を爆発的に増大させる行為のアレンジと言うべきものだった。


 魔法力とは気力と体力の総合であり、限界を越えて魔法を使えば意識を失うか肉体を内から損傷し血反吐を吐いたり血涙を流して死に至る事もある。普通は意識を失う方が先で後者となるのは稀だが、ぎりぎりに競り合っている状況で魔法力が尽きたら意識を失えば確実に死ぬ戦況は普通にあるし、魔法力が尽きてから意識を失うまでの一瞬でしに至る傷を追う事になる場合もあるだろう。


 これは煎じ詰めれば自分の命をリソースにするという発想であり、知恵を働かせれ他人の命を使う等というのは言語道断の邪知とされ歴史上悪しき錬術れんじゅつ王がそのような手段を用いては成敗されそれらの類いは禁術とされてきたが。


 他人を犠牲にしない自己犠牲の範疇の中でも、リソースとして使えるのは今この場の命だけなのか? という方向性の知恵も出てきて。


 その結果がこの専誓詠吟、名を《刹無せつな》。寿命を代価に魔法を行使する術。


 使えば全力のルルヤにも引けを取らぬ力を得られる。だが仮に生き延びたとしても戦後何年何ヵ月生きられるか翌日死ぬか、それは使用魔法力量次第。



「これで最後だ」


 と名無ナナシは思ってそんな専誓詠吟を使う準備をしようとした。だが。


「そ、そんなのダメ!」

名無ナナシ……酷いよ、僕達を置いていく気……?」

「命を張るのは大人の騎士が先だ、その専誓詠吟は私に預けろ、子供は使うな!」


 ユカハ・ミレミ・フェリアーラに、バレて総スカンを食らったのだ。


「駄目じゃねえだろ!? 世界の命運掛かってんだぞ!? どっちにしろ死ぬ可能性すごく高いんだぞ!? これ使えなくて死んだら元も子も無いじゃん!」


 三対一の猛抗議に、名無ナナシは焦って抗弁した。世界の為だし戦の理だ、と。


「理屈じゃないのよ馬鹿ぁっ!」「ぶげらっ!?」


 常ならば、何でもありの傭兵の〈戦争〉を騎士の〈合戦〉で制する学びの弟子でもあり、騎士としての民の為に命を投げ出さんとした事もあるユカハなら折れる余地もあるかもしれぬ言葉だったが、ユカハはこの日感情を爆発させそれを拒んだ。


 ……その結果が鉄拳制裁だった訳だが。


「籠手つけた状態でグーは止めろ姫さん!? 決戦前だぞ!? 騎士さんフェリアーラが真似して俺が明日戦場に出れなくなったらどーする!?」

「……む、確かに」

「拳振りかぶった状態でそういえばって顔すんのやめてくんねーかな!? 騎士さんの場合魔竜と真竜の【膂力】の能力強化が両方掛かってんじゃん!?」


 ユカハが殴った後次に自分も殴る心算で構えていたフェリアーラ相手に戦支度してない時にモロに食らったら首がもげるわ!? と猛抗議する名無ナナシだが、グーとか竜術二倍は止めろと言っていても、思わず手が出る事自体は否定しないあたり、名無ナナシも分かってはいた。皆の好意も、皆の心配も、悲しみも怒りも。


 だがそれでも名無ナナシは、理屈じゃないと言うユカハ達に説得を試みた。ならばと理論と感情両面を込めようと努力しながら。


「いいか落ち着いて考えろ。まず前提条件からだ。俺の目的は傭兵制度を無くす事で、姫さんの目撃は騎士道が貫かれる世界を守り自由守護騎士団を残す事で、騎士さんはその姫さんに仕えてんだろ。二人は戦後まで生き残る必要はあるけど俺の目的は達成する為に必要な敵を倒し尽くしゃその後は姫さん達に維持されるだろうから戦後生き残る必要は必ずしも無いっていうか、ここで命張るんなら俺だろ!?」

「僕は!? 僕達はってのも背負った上で言うけど僕は!? 名無ナナシがそう言うんなら僕達だっていいじゃん!?」


 まずは落ち着かせんと論理でそもそも戦う理由について話す名無ナナシに食いついたのがミレミ。団の副団長故に団員の代表としてという心もあるが、それ以上に。


「俺の目的は傭兵と〈戦争〉の根絶だ、っつったろ……お前ら、それにちゃんと付いてきてくれたじゃねえか。だから、報われてほしいんだよ……ちゃんと傭兵辞めて、それで、傭兵ってもんがこの世の中から無くなる、そうなって欲しいのさ」

「……僕達は、僕達の後に戦乱に追い立てられ食い詰め奴隷や傭兵になる子が出ないなら。傭兵の辞め方は生きて辞めても死んで辞めてもいいよ? 名無ナナシと一緒なら」


 詰め寄るユカハに微笑む名無ナナシ。切々と語るミレミ。森の若葉みたいな瞳に、朝露めいた涙を浮かべて。戦場では、血反吐を吐きながらも呪文を止めない子が。


「そいつぁ……お前と一緒が嫌って訳じゃない、お前らに死んで欲しくないのさ」


 名無ナナシも思いを表す。いつも不敵な少年の顔が、珍しく年頃の繊細さを帯びた。


「死んで欲しくないんだよ。死んで欲しくないんだ、こんなもん使ってもいいってくらいにさ。死なないで済みゃ、それだけで御の字だ、この戦況はな。腕一本足一本で済んでもまだ儲けものってレベルだろ……」


 それを考えれば寿命が縮むくらい何だ、と言う。それは確かに間違ってはいない、間違ってはいないが、と、続けて言い募ったのはユカハだ。


「それは私達も同じだよ。ルルヤさんたちと名無ナナシが居ないなら、私達がどうなっていたかなんて知ってるでしょ……死んで欲しくないのは当たり前でしょう。勿論名無ナナシの言う事も分かる。けどそれだったら。私もそれを使う。二人で少しづつ使えば、二人ともそんなに酷いことにならずに済むかもしれないじゃない……名無ナナシも似たような事リアラちゃんに言ったでしょ……」


 一緒に戦うという事は一緒に死ぬ覚悟をする事だ、名無ナナシは戦って死ぬ自由を奪うなとリアラに言ったじゃないか、貴方が寿命を削るなら私も削ると。


「今更俺がいないとなんて言うなよ。姫さん達ぁ立派だ。俺の人生の大事な成果の一つだ。折角助けた大事なその命、俺が生きて成し遂げた事の証、散らして貰っちゃ困る……やるからには勝つ。勝った後の世界にゃ、戦争屋より姫さんが要るだろ」


 そう言うユカハに対して、名無ナナシは戦後の事を語った。負ければ全部無くなる以上負けた後の事を考える必要は無いが、勝った後の事を考えるなら、誰が生き残った方がいいかの優先順位はある、と。


「それは……でも、そんな無機質で〈不在の月〉的な言い方……」


 そう言われると責任感の強いユカハは怯まざるを得ぬ。だがそういう冷たく非常に割り切り過ぎた考え方は暗黒社畜都市カイシャリアに代表される〈不在の月〉の文化だ、守るべき混珠こんじゅのそれではないと、折々リアラが地球全部がそうじゃないと都度言っていたもののやはり定着してしまったイメージで語り抵抗するユカハ。


「大体名無ナナシ、身も蓋もない事言うと、四半クォーターの君より純血エルフの僕の方が寿命ずっと長いじゃん! 置いていかれるの日頃気にしてるんだよ!? 君に使わせるくらいだったら君より寿命長い分僕が全部突っ込んだほうが絶対マシじゃん!?」


 そこに大声で割って入り、これまた前提条件からどんでん返ししてきたのはミレミ。確かに名無ナナシは外見年齢だけ老けないが寿命は人間と変わらぬ四半森亜人クォーターエルフで、ユカハもフェリアーラも人間だが、ミレミは人間より遥かに長寿不老の森亜人エルフである。寿命を武器として消費するリスクは一番少ないと主張できる。


混珠こんじゅにも無い訳じゃないセンシティブな部分にぶっこんでくんなよミレミ!?」


 種族間寿命格差というややこやしいところでアドバンテージを取ろうとしてくるミレミに焦る名無ナナシだったが。それどころではなく。ある意味それは、ユカハにも火をつけた。


「私の自由守護騎士団長としての時間が長くなくても、貴方と私が結婚して家が継がれてれば、その後をフェリアーラやミレミが補佐してくれれば絶対大丈夫よ!」


 ぎゅっと名無の手を取って、どころか掴んだ手を自分の胸元に抱き締めて。内容こそ悲壮な覚悟ではあるが、要するにそれはこれまで名無ナナシが放置してきた、リアラがそのうちなんとかしないとヤバいんじゃないかと危惧していた、名無ナナシへの複数の恋愛感情が、この場で遂に炸裂したという事だった。


「ちょ、ちょっと待てユカハ!?」

「待てないわよ!? もう言っちゃったわよ!?」

「そ、それは……(////赤面)」


 それも、物凄く直球な形で。あまりにもストレートな告白で。自分で火をつけた問題であるが、年齢の割に人生経験豊富な名無ナナシも狼狽せざるを得ない。


「落ち着け……はしたないというには余りに切実だ。もう少し考えが必要だろう」

「……」


 そこにフェリアーラが割り込み、いっぺんミレミとユカハから名無ナナシを肩を抱いて引っ張り引き剥がす。嘆息してじっと見る。そのテンションは分かるが、子供と若者がそんな切羽詰った事を言い合うのは止めろ、長い人生を共に生きたいと思わないのか、現実は現実だが熱くなりすぎて最善である事を忘れるなよ、と。


 酸いも甘いも人一倍噛み締めた大人の女の視線に、言われずともそういう意図を悟って、流石に一旦落ち着いてしゅんとするユカハ。


「そういう理由ならそもそも戦う事だけが得手の私が先陣を切るべきじゃないのか? 話がずれ始めているのは承知の上だが……私なら死んでも構わないだろう。無論ミレミの言も確かにその通りだ。何にせよ名無ナナシ、お前は残れ。残って……ユカハ様の傍に居てやってくれないか」


 それを見て頷くと、フェリアーラは覚悟を決めたように静かな口調で語った。


「騎士さん……」「フェリアーラ……」「フェリアーラさん……」


 だが。


「「「落ち着かせ方と話の結びが微妙に結び付いてなくないないか!?」」」


 BOOBS♪


 名無ナナシを引っぺがした後、自分の胸の谷間に名無ナナシの顔を突っ込むように手元に引っ張り寄せてる事に名無ナナシからは突っ込みがユカハからは非難の叫びが入る。因みにミレミは、「フェリアーラ、恐ろしい人!」と、既にその意図に気づいた様子でショックを受けた表情をしていた。


「いや、戦後にユカハ様が名無ナナシを娶られる事を前提にしても、私は側室でも別に構わんな、と思って、ここはその為に魅力をついでにアピールしておこうと……」

「ちょ、フェリアーラ!?」

「やべえ、一番落ち着いてると思った相手が一番欲望に正直になってきた!?」


 一番控えめに落ち着いていると思われていたフェリアーラのまさかの暴走に別々の方向性ながら二人揃って泡を食うユカハと名無ナナシ。だがそれは、同時にフェリアーラなりの配慮でもあった。表情からそれが分かる。一歩引くだけではなく、自分があえて崩れる事で、場を和ませたのだ。まあ、ついでに欲望をぶっぱなしてはいるが、それは対価というものだろう。


「っていうか名無ナナシ。女性関係がややこしくなったからって、かっこよく死に逃げして誤魔化そうとしてない?」

「アホっ!? いくら何でもそんな事の為に死ねるか!?」


 それを認識し批判的に割り込む、フラグ踏み倒す為に死ぬ気じゃないだろうねと心配して釘を刺すミレミの言葉に、んな訳あるかそんなギャグみてえな死に方してたまるかと叫ぶ名無ナナシ。少し場の空気が温まる。


 そしてミレミのその言葉と名無ナナシの返事が、事態を最終局面へと動かした。


「だったら」「私達」「どうすればいいの……?」「ううっ」


 ずい、ずい、ずい、と、ユカハ、フェリアーラ、ミレミ、三人が纏めて詰め寄った。この人間関係をどうするの、と。……縋らざるを得なかった。この、世界が、自分の命が終わるかもしれない一瞬に。散々な過去を生きてきた三人は、欲さざるを得なかった。それは弱さであるが、人としての必然で。


 戦場では恐れ知らずの名無ナナシもたじたじとなったが……腹を括って本音を語る。


「……子供の頃からこの方、傭兵が憎い、〈戦争〉が憎いで走ってきて。幸せはそれを根絶する事、くらいに思ってたし。助けた奴を沢山巻き込んだ。誰かに求められる幸せなんて、最初は考えた事無かった」


 戦にも色にも慣れた筈の少年に年頃の繊細と過去の心の傷が滲む。そうだ、傷だらけなのだ、少年も少女達も。だから強く迫り、寄り添いたいと思い、だから悩み、それでも離れられない。


「……俺は、俺を求めてくれる奴がいたら、皆、大好きだ。全員幸せになって欲しい。それが俺も幸せだ……リアラは俺と友達でいる事が幸せだからそうしたし、俺も、それで幸せだ。俺は、どうしたらいい……」


 その答えの声色は、寧ろ切ない吐息めいていた。愛されることを不馴れながら愛する、何時も必死に恰好をつけて皆を励ます事で愛を表してきた、切実で繊細で戸惑った心。限界ぎりぎりで露わになった、剥き出しで裸の少年の心で。


 それは喜劇めいて姦しくがっついていた三人を真面目にさせるものだったが……落ち着かせるというよりは、真面目にさせるものだった。彼女達の心も裸にならざるを得なかった。


「「「……」」」


 三人は顔を見合わせ、名無ナナシを見た。三人の思いは一つだった。この恩人の少年が愛おしい。この少年を幸せにしたい。不幸にしたくない。諍ったり身を引いたりして自分達が寂しくなれば、この子は悲しむだろうと。名無ナナシの側にも三人の側にも、ほんの少し、名無ナナシとリアラがくっつかなかった事が影響しているかもしれないが……この場合、結果的にそれは良く影響した。それ故に、三人は、争いあわない事にしたからだ。ユカハの唇が名無ナナシの唇と重なった。名無ナナシがはっと目を見開いた。ユカハが引いた。今度はミレミが、名無ナナシが驚く暇も無く。そしてミレミが引き、フェリアーラが。それは傷ついて歪になった彼女達の心が、互いの傷を埋めて組み合わさる為にそれしか選べない答えだった。傷ついて欲しても尚仲間を慮る心だった。


 柄にも無くどきどきする名無ナナシの手に、ユカハとフェリアーラが指を絡めた。そしてミレミが名無ナナシの胸にそっと縋り付いて……名無ナナシは常の強い笑みを取り戻すと、三人に次々と口づけを返した。返された側がもっとドキドキする程魅惑的な表情と味わいのキスを……



 ともあれ、そんな事があった翌朝だ。


「……責任重大になっちまったなあ、おい。俺みたいな根無し草にゃあ、随分な重さだが……」


 翌朝。諸島海のハリハルラから貰った火香枝を銜香炉に詰めてくゆらせ、一人早起きした名無ナナシは苦笑した。裸の上半身を起こし、女達の肉体に視線を沿わせながら。始めた時は、何れ路地裏で一人死ぬかと思ってたのに。団を持ってそうそう団員を残して死ぬ訳にはいかない責任を抱えて、気がつけばこの状態だ。


 《刹無せつな》は全員で持つが、使わなければ死ぬという時だけ使う。出来るだけ余裕がある者から担い、負担を分け合う。そういう事になった。


「……俺みたいな瘋癲にゃ、有り難い限りの重石だ。死ねねぇなあ、こりゃあ」


 銜香炉を噛み締めて、名無ナナシは苦笑した。寝そべった女達も微笑んだ。

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