・第八十七話「果てし無き流れを断つ為に(後編)」

・第八十七話「果てし無き流れを断つ為に(後編)」



「どう、思う? こうして過ごす、今を」

「どうとは、何だ」


 深夜。互いに見張りあい、寝転がり、眠らぬまま、リアラは小さく『交雑クロスオーバー』に問いかけた。


「今も世界を滅ぼしたい?」


 それは、もしもこの問いで『交雑クロスオーバー』が揺らげば、という思いも僅かに無いでも無かったが、それ以上にやっはり、『旗操フラグ』のような悲劇はもう嫌だ、一縷の可能性でもそれを防げればという思いが何より強くあった。


 〈死人は噛みつかん〉、古い冒険小説にある言葉だ。不殺の理由を完全否定するわけでもなく、死刑廃止論が地球では一定の割合を占めているとはいえ、目の前で殺し続ける奴が数多くいる状況で、それは紛れもなく人を救う為の言葉になる。あの時の悔いは唯一つ、それは戦いの中で死んだ一人の敵側の女が、自分が悪事をしているという自覚すらなかったという唯それだけの事。それはそれこそ死刑廃止論者の言わんとする所だが、戦場でのそれが生き残った人をどれ程虐げるかを名無ナナシが叫んだように、それに拘って敗北していては失われたものが余りにも多すぎた。


「勿論だ。かつてより荒れ果て、容易く『全能ゴッド』に操られるこの地球、滅ぼさずにいられるものか。貴様の身内も……いや、それは何れ結論が出る事か……ともあれ」


 そんなリアラに対し、吐き捨てるように、揺らがぬと『交雑クロスオーバー』は答え。寧ろ逆にリアラを揺らがせるような思わせ振りな発言をするが、それにリアラの表情が揺らがないのを見て、頭を振り、しかし更に問いかけた。


「お前こそどうだ。この世界を思うが侭に壊したり変革したりしたいと思わないのか。お前を拒む、お前が愛する美しい混珠こんじゅと異なる堕落したこの世界を」


 地球を否定する者と、混珠こんじゅを肯定する者と。それは正反対のようで限りなく同一ではないか、と、『交雑クロスオーバー』は問うた。


 それは誘惑でもあり疑問でもあり以前から思っていた事でもある。リアラの頭脳ならば、手段さえ選ばなければ、もっと狡猾な策も出来たのではないかと。もっと恐るべき、憎んだ全てを殺し尽くす存在になれたのではないかと。


「生きるという事は、世界と関わる事だ、否応無くどうしても。人の未来は人の領分にあるもののみが自分達の力だけで切り開いていくべきだ、なんて、悟りきっているんだか上から目線の自然保護官気取りだかな事を言うつもりは無いよ。けど」


 その問いにリアラは応じる。もしもこの戦いにかって、その時まだ生きていたら、戦い抜いて得た力を持ったまま世界と向き合う事になったら。否応無く変わっていく世界と関わる事になるかもしれないし、そうなった時何もしない事を選ぶ事は難しいから、世界に影響を与える事になるかもしれないだろうとも。


 だけど、それにリアラは〈けど〉をつける。


「けどそれでも僕は、君達みたいにはならない。それは、僕がそういうの好きじゃないから、というのもあるけど」

「謙遜の過ぎる奴だな」

「……大好きな人達の為、ってのも、他者の為であると同時にその人を大事だと思う自分の為でもある、からね」

「言ったそばからまた謙遜、だからお前は……」


 好きじゃない、好みじゃない、美しくない、気にくわない。要するにそういう事と言うリアラに、失った者も今傍らにいる者も含め他者との絆と誓いという理由もあるだろうと指摘する『交雑クロスオーバー』。リアラはそれに確かにそうだけど同時に私情混じりでもあると念入りに自分を分析し、それへ謙遜を再度指摘した『交雑クロスオーバー』は、そこである納得を得た。


「そういう奴だからこそ、か」

「そういう阿呆だからこそ、美しいものを尊び、戦い続ける事を諦められない」


 闇の中だがお互い超人同士、互いの表情は分かる。くすりと二人は笑いあった。


「阿呆で馬鹿で、現実じゃ爪弾きで地に足のついてない口先だけの空回りをして終わるかもしれんだろうが、それがお前の、正義の味方としての素質なんだろうな。スーパーパワーを持ってるからじゃなく、世界を善くしたいと行動するからスーパーヒーローだ、ってコミック作家の言葉があったが。行動する事を放棄して自己の安寧に安逸にはまりこむ奴とは、流石に違うな」


 声を出さずに呵呵と笑う『交雑クロスオーバー』に、リアラはむくれて唇を尖らせた。


「けなしたいのか誉めたいのか、紳士的になるつもりなのか相変わらず精神攻撃したいのか、どっちなんだよ」

「さあな、俺も分からん。分からんが、俺は俺である事を止めんし、お前をここでどうこうするつもりもない。俺は俺の復讐を俺のやりたいように……俺は好きにする、お前も好きにしろ。道徳的優位なんて戯言を誰が振り回すもんか」

「凶悪な〈好きにする〉だなあ」

「理想の形の違いだな。お前は、清らかで善美なものを愛するから、自分も理想に逆らう事が出来ない。俺は……」


 じっ、と、『交雑クロスオーバー』をリアラが見る。かつて彼が曲がりなりにも救済の物語を紡いだ事を知る者として。


「俺はより良きものを、痛快を、不完全の破壊を望んだ。そうでないと見なしたものを破壊する事をだから躊躇わない」


 その視線に『交雑クロスオーバー』はそう答えた。若干の言い繕いの自覚と、少しのある疑問を押さえながら。


「俺の理想もお前の理想も、違うが対等だ」

「分かってる」


 重い想いを、『交雑クロスオーバー』はリアラに返す。二人は想いのやりとりを続ける。


「……『旗操フラグ』ともこうしていれたら。『同化ドラッグダウン』について聞けていたら……」


「あいつ自身の胆力の無さ、視野の狭さ、我欲、理想じゃなく欲望で、頭脳じゃなく下半身で考える気質のせいだろう?」

「誘惑には乗らない。相手が弱いからだと言い切ってしまえば、君達と同じになる。覚悟はする。踏み潰しすらする。けれど、次を止める心算が無い以上……過去の問題については考え続けないと……」


 先程も『交雑クロスオーバー』が匂わせた言葉で思い出した事を反芻するリアラ。『交雑クロスオーバー』の言葉は、許しか誘惑か。


「……真竜シュムシュの教えか?」

「それもある。ルルヤさんは、とても大切な人だから。それを信じると、それを愛すると、考えて決めて、その判断が正しいか間違っているか、今後どうするかを、考えて決めているのは僕だけど」


 ルルヤはそれほどまでに大事かと問う『交雑クロスオーバー』。大切だと答えた上で、自分が考えて決めた事だ、考えて信じると選んだ道だ、信じる事を選んだ自分がいる、だから今でも信じられるし、その上で考えて行動できると答える。


「良い物語を綴っているな」

「どうだろう……完璧じゃないよ」

「そんな事はどうでもいいさ。少なくとも俺にはな。どうでもいいと思わないからお前なんだろうが……望みの侭の完璧な人生なんて、滅多に手に入るもんじゃない。本当に素晴らしい望みの侭の人生なんざごく少数。少数じゃないのに望みの侭の人生だなんてのは、違いに気づかない馬鹿か、余程しみったれた願いしか持ってない奴さ。例え神に成り上がっても、それ以前の惨めな過去は付いて回る。過去も忘れた化け物にでも成り果てない限りはな。とにかく、大事なことはだ」


 くつくつと『交雑クロスオーバー』は笑った。リアラの言葉に、己の答えに。お互い朝日が出れば殺し会う相手にクラスメートみたいに親し気に……いや、お互いクラスメートの殆どは親しい仲でも無し。なら何だ? 友か? 何れにせよ理解は深まる。こいつリアラは、狡猾を封じたからこそ、この金剛石めいた強さがあるのだと。


「お前はお前の物語を愛している。お前の物語もお前を愛している。そして、お前とその敵はともかく、お前の愛する物語は醜悪な小物じゃない」


 あえて漠然とさせた話だが、全てを引っくるめた上で『交雑クロスオーバー』は評した。謙遜しすぎて物語から離れるな。物語を悲しませるな。物語を手放すな。物語はお前を愛していると。


 徐々に、二人とも声が小さくなっていく。夜。夢と現、眠っているものと眠ろうとしているものの狭間で。


 世界は、大変なものだ。『交雑クロスオーバー』が、リアラが呟く。


 現実も、その現実に立ち向かう物語も、やはり大変なものだ。僕が君達と戦えた理由の内訳は、僕の力はほんの少しで。


 また謙遜か。違う、そうじゃない、皆が立派なんだ、って言いたいんだ。混珠こんじゅの皆が、あの世界の歴史が、長い時間をかけて積み重ねてきたものがあるからだと。


 人と魔が手を結んだのも、四代目勇者と三代目魔王の物語があったからで……誰かがひょいひょいと、実は差別されている魔物に味方して本当は悪い人間と戦って勝って終わらせたとかじゃなくて……


 中々大した反骨じゃないか。自分の愛する世界の形を、見下す事は、世界の誰だろうが神だろうが許さない、と。


 ……そう、かも、ね……上から目線は嫌なもんだ、本当に……命がけになるくらい嫌なもんだ……ルルヤさんの教えも、そこが似てて……


 ……俺も許さない。俺を見下した世界を。見下したと思わせた世界を。


 ……


 ……お前はどう思う、俺を。俺の物語を。復讐の筈なのに世界と正義まで背負い込んだお前らの物語と違う、復讐の為に全てを捨てた物語を……



 ……僕は……


 ……どうした……言いたくないならいいぞ……


 ……実は……


 …………



(そこで、眠っちゃったんだよな)


 今のリアラが、夢に落ちる前のその時を思い出す。言えなかった答えを思う。言わなくていいと言おうとした『交雑クロスオーバー』の心を思う。



 そして、その後の夢を思う。


 眠りに落ちたあと、夢の女神に導かれたように、眠りは遥か混珠こんじゅへと飛び、繋がっていた。名無ナナシの眠り、名無ナナシの夢だ。


 無論唯の夢かもしれないが……そうではないのではないかと思えた。何しろ、この場で見る夢が唯の夢と思うには余りにも神秘に接してきたのだし、その神秘の一つである竜術による感知が、それは霊的なものであると感じていた。無論、そもそも常に今生きている全てが胡蝶の夢かもしれない疑惑は付きまとうが、それを言ってしまえばどうしようもない、故に論じるに値せずとする。


 ともあれ。夢の中、『永遠エターナル』との戦いを控え眠る名無と彼の見る夢を感じた。


 その、何だ。予想した方向と全く違って刺激的だったが……少なくとも無事なようだった。色々な意味で。具体的には、すぐに次の話で語られる事になるだろうが……


 先の戦いで亡くなった人もいる。戦いは続いているし、その戦いの犠牲者もいる。だが、国家の一地方を災害が襲った日にも人は煮炊きし視聴し会話し日々を生活する事で総体を維持し被災地の復興に結果的に繋がるように、あるいは戦地に於いて尚炊ぎ食い嗜好品を喫し会話し歌い兵営に可能な範囲の日常があるように、それらが咎められる事ではない正しい事であるように、彼らもまた逞しく日々を生きていた。


 僕達と同じように。僕達も同じく。



「さあて、と」


 実時間にしてみれば、ごく短い時間だった。魔法力を節約する為に、浴びたシャワーの残り湯をタオルで拭い、ビキニアーマーを身に付け、緑樹みき歩未あゆみの隣に少しの間腰掛け休んだ。ルルヤさんが出てきて、同じ身繕いを整えるまで。


「【私も、準備出来た】」


 そしてルルヤも身繕いを終えた。『交雑クロスオーバー』が先に出た以上、こちらもすぐ追い付かなければ。準備は整った。身繕いという意味だけではない。心の準備も、作戦もだ。戦いを再開する時だ。


 リアラは頷き、立ち上がった。そして、歩未あゆみ緑樹みきに振り返った。


歩未あゆみ


 リアラは両手を広げ歩未あゆみは飛び込む様に抱きついた。先の戦いの訳もわからぬ遭遇戦、状況の確定と連絡の確立が第一の目的だった戦闘とは違う。今度は帰ってこれるか分からない。限界ギリギリを越える本気の殺し合いだ。生きて再び会えるか分からない。世界が滅ばないかも分からない。そんな戦いだと理解して。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


 何度も呼んだ。感極まって、想いが詰まって、言葉が出てこなかった。


 肌も露な胸が例え女のものであっても、その心臓の鼓動を歩未あゆみは覚えている。二人とも本当に幼かった頃。寂しい夜物語を語り聞かせてもらいながら抱き合って眠った。膝に腰掛け一つの本を読んだ。二人揃って同じアニメを、音を絞って一つのイアホンを分けあいながら、肩を並べて同じようにドキドキしながら見た。


(どうして、お兄ちゃんだって分からない訳があるだろう)


 〈のびえもん〉の1エピソードに出てきた、一目で未来から来た孫をそうだと悟った優しい祖母の台詞みたいだ、なんて。昔兄と一緒に見て、訳も分からず泣きそうになった物語の事を思い起こしながら歩未は理解する。あの時泣きそうになったのは、あの場で描かれた暖かい年長の肉親、守ってくれる人が、自分には兄がいても両親に愛されていない兄にはいなかったと悟ったからだった。私はずっと、あの祖母のようになりたかった。この兄のようになりたかった。いいや、なってみせる、って。


 慈しみの表情で妹の髪を、妹がまだほんの小さかった頃からいつも一緒だった日々のように撫でながら、リアラもまた理解していた。


 己が、どれほど穢れても理想を手放せなかった、最初のきっかけは歩未あゆみだったのだ、どれほど歩未あゆみに助けられただろうと。


 言葉は大して要らなかった。互いへの思いも、それによる互いの決意も、互いに間違いなく伝わった。


「……」


 そして歩未あゆみは無言のまま、もう大丈夫、絶対お兄ちゃんも大丈夫だから、というように抱擁を放すと、兄を親友のところに送り出した。



 その兄妹の抱擁の間、緑樹みきはもう一度、ルルヤと向き合って、握手をして問うた。


「……正透まさとの事、好きになった理由。そういえば直接聞いて無かったわね……教えてくれないかな」

「【答えよう】」


 不器用に真摯な女戦士の表情で、ルルヤは真剣に真実の想いを語った。


「【リアラは私に外の世界にも正しくあろうとする人がいると教えてくれた。山間の小天地という揺り籠に揺られていた、手足こそ伸びきったが世間知らずさは幼い童の様だった時に、この世の残虐を見せつけられた私に。必死に世に抗うリアラは……私の憧れで、私の英雄で。リアラが語り生きる物語が、私の生きる支えだった。勿論、戦いを続ける中で、そういう人は外の世界にもちゃんと沢山いるのだと知ったが、あの時、心に救いを必要としている私を救ってくれたのはリアラで、それからもずっと、一番強く私を支えてくれたのはリアラだった】」


 私は覚えている。善を否定し幸せを拒絶し正義の存在しない夜闇の空を飛び続けた記憶を。私は忘れない。その中で見つけた小さな光を。それが、私の長い旅路を照らしてくれる、私という月に光を与えてくれる太陽だったと。旅の中で、それは決して離れられない、心の天道となった。そう、告げる。


「……正透まさとはそういう物語が好きだった。どれほど世界が残酷でも、逃れられない宿命があろうとも、それでも正しくあろうとする物語が、そんな人を貴方は生きるに値するのだと励ませる物語が」


 緑樹みきは懐かしく思い出す。図書室で緑樹みきと椅子を並べた日々、夢見た物語を。それを、私との日々を含む過去を、緑樹みきは遠い遠い世界まで、決して手放さず、その胸に抱き締め続けていてくれたのだと理解する。


「【……貴女方との日々が、リアラをそうしてくれた。それが、私と私達の世界全てを救う。貴女もまた、私達の救世主だ】」


 ルルヤは告げる。敬愛と感謝を。緑樹みきはそれを受け取った。そして後ろでそれを聞いて、耳まで真っ赤にして瞳を潤ませるリアラに、緑樹は微笑んだ。


 リアラはほろほろ涙をこぼした。でも泣き声一つ立てなかった。泣き言一つ言わなかった。その涙は私の為に流してくれてるんだと、緑樹みきは分かった。


 あの人、ルルヤは、私に出来なかった事を正透まさとにしてあげられたんだとも分かる。きっと多くの人が、様々な事を彼にしてあげたのだ。


 それでも、緑樹みきがいなければ今にまで辿り着く事は正透まさとには出来なかったのだと。自分も他の誰にも出来ない事を正透まさとにしてあげられた、特別の一人なのだと。だから、今に至るまでの全ての友情も愛情も皆等しく尊く。


正透まさと……」

「分かってる、私も」


 私と正透まさとが過ごした、あの図書室の昼下がりに、確かに意味はあったのだと。私には生まれた意味があった。生きた意味があった。この愛は報われていたのだと。


 あの日、あの川で失って始めて気付いたこの思いも。


 そうだ。死別して初めてこの胸の友情は愛情になった。それまでは友情だった。友情が愛に変化したのか、友情と思っていたのか変化したのかは、そんな事分かりはしない。分からない事が分かっている。リアラが、今、それを理解した事も。


「大好きだよ……大切な友達。大好きだよ、愛してる」

「僕も、です」


 抱擁しあう。リアラも自分を愛している。なら、細かい事なんてどうでもいい。



 抱擁の終わった後。思春期を力とした少女達の翼が羽ばたき、戦場へ飛んだ。



 ……そして、リアラとルルヤが居なくなった後。


「……それで? 決戦すっぽかして何の用よアンタ。プロポーズ? 一応昨日イベントがあったようなもんではある『交雑クロスオーバー』相手なら兎も角、いやそっちも一本もフラグ立てた覚えないし、何より正直余韻台無しで心証最悪で、話半分くらいも聞く心算無いんだけど」

「えっ!?」


 不意に緑樹みきが背後に向かって声をかけた。きついほど強く。これまで緑樹みきより積極的に未知に対処していた歩未あゆみはそれに気づけず、その声に驚き後ろを振り返る。


 そこには。


「すっぽかしちゃいないさ、これは、あくまで幻としての分身だよ。君を害する力は無いし、私はこれから君の友達、君が愛した男と戦う事に代わりはない。あらゆる力で押し潰し、私が勝利する事も」


 そこには『全能ゴッド欲能チート』がいた。当人曰く幻として。事実、その姿は実体ではなく、窓ガラスに写る反射としてだけそこに存在していた。だが幻であれ、そこにおぞましい邪知を秘めて。


 反射越しに見据えながら、『全能ゴッド』は緑樹に語る。楽園の蛇のように。


「君の友達、君の愛した男、君を無二の親友と尊敬して止まない、君じゃない女と添い遂げる男」


 毒の言葉を、背後から緑樹みきに注ぎ込む。幻影がもう一体現れた。今度は立体映像。振り返った緑樹みきの更に背後から抱きすくめるように絡みついた。決然とした表情で振り返った緑樹みきだが、僅かに片目の目元を引き攣らせた。幻影に感触は無い。だが。誘惑する。ルルヤが妬ましくはないか、リアラが呪わしくはないかと。


「私に帰依するなら、ルルヤは消える。正透まさとが私に逆らった罪も消える。正透まさとは君のものになる。どうする?」


 そして告げる。寝返らないか、裏切らないかと。正透まさとを独り占めに欲しくないかと。従うなら、くれてやるぞ、と。


 歩未あゆみは息を呑みながらも、『全能ゴッド』に対峙し、そして緑樹みきをみた。緑樹みきは……

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