・第八十六話「果てし無き流れを断つ為に(前編)」

・第八十六話「果てし無き流れを断つ為に(前編)」



 戦いは一旦終わった具体的な詳細については後述。核の炸裂の後、それによる被害が一切無かったにも関わらず、その場からは全員が姿を消していた。その後。TV新聞等は事を一斉に報じ始めた。正確に言えば、混乱からいち早く立ち直った……というよりは、どう報道するかを誰かに決められたメディアと自分で決めたと思っているが実質誰かに決められたメディア達が動いた。


 各地の一部メディアが独自意見を出す事もあったが、そんな意見は国際的にニュースを流せる大規模メディアに黙殺され、他国からは存在を認知されなかった。


 昨日からSNS掲示板等のインターネット媒体はすでに動いていた。それはリアルタイムから既にだが、尤も諸外国では反応が鈍い所もあれば国内の政治的派閥対立でそれぞれが別々の見解を掲げて相互否定に熱心で肝心な事実自体はほったらかしだったり、扇動されているものが入り交じったりしていた。そのへんは、既存のメディアと同じような状況のものは結構あった。


 事件の中心たる日本共和国内のインターネット媒体の反応がやはり一番鋭敏だったが、だが同時に中華ソヴィエト共和国の圧力干渉とそれに媚びる人間の忖度によりあれこれ検閲・規制を受け始めていた。だが事実上日本共和国が中華ソヴィエト共和国の影響下にあるとはいえ、インターネット環境上の違いから中華本土程検閲が効率的に行えない為、火の鳥型消せば増える炎上状態となっていたが。


 そんなTV新聞等のうち、ある程度纏まった報道方針曰く。


「信じられないような話だが、先日からの未知の惑星が見える現象、東京湾に出現した巨大生物については、ある種の未知の知的生命体の侵略によるものである」

「これに対し、この侵略に対する防衛に協力すると別種の未知の知的生命体が中華ソヴィエト共和国政府に協力を打診。中華ソヴィエト共和国政府はこれを受諾した」

「中華ソヴィエト共和国政府は各国政府に対し地球を守る為の協調を要請する」


 ぬけぬけと、荒唐無稽に。だが事実なのだ、そう、ハリウッド映画等でもあったでしょう、こういう事が、今それが現実になったのです、と。それが公式公的な真実か、それともかつての独裁者曰く所の〈大きすぎて誰も疑わない嘘〉なのか、わからないままに広がる。聞く側も、言う側の大半も。


 あまつさえその宣伝の説得力を増す為、リアラの【真竜シュムシュの世界】による被害の無効化すら〈侵略からの防衛に協力する別種の未知の知的生命体〉=『全能ゴッド欲能チート』の力の行使の結果だと、それとなく流布される始末だ。


 それに対してインターネット媒体等の側は、未だに纏まりきっていなかった。検閲もあれば自由もあり、自由があればしかし争いもあり。中規模から小数の単なる対立ではない意見が掲げられてもそれは小さなものでしかなく、そして、インターネット媒体等の側が、それ自体はやはりある程度〈小さな側〉でしかなかった。


 この時代においてはまだ既存メディアと比して影響力を人の何倍も強く行使できる人間の数も違うが、それだけではない。万民が自由である媒体において旗幟鮮明にする事はそれだけで攻撃されるリスクを生むという万民が万民に対する圧制者となる中、何より大多数の力あるものが動く方向は常に利得のある方向で、故に国際社会は冷ややかに前者マスコミの誘導に従いはじめていた。スポンサーとなる国を大規模な資金を必要とするハリウッド映画がその国家の人道的是非はどうあれチヤホヤするように。


 そして真っ当な政治的手続きを取る事を是とする国はそうであるが故に、今や内部において二つの方向に極端に分化し別れ一切の妥協の無い相互否定に走る国が増え、離脱するのしないの、改正するのしないの、封鎖するのしないのと、やいのやいのと言い合うばかりで何も出来なかった。


 それ故にそんな国家の一つである日本共和国は、誰もが嫌だと思う状態のままで身動き一つ取れなかった。あくまで上品な理解の希求と声を限りの否定的罵声の間で、何も起こせず、何も起きなかった。唯富者と独裁国だけが動き支配する。


 そんな雰囲気はあくまで時代の空気であった。一部はそうだが全部ではない。だが、そうではない限り全部が何となく断念し従う程度には一部の量は大きかった。


 だが、そんな絶望的でがらんどうな現実に抗う物語が、それでもその時代の片隅で紡がれていた。



「……ふう」


 翌朝。とあるカラオケ・シャワー・コインランドリー等まで備えた複合的インターネットカフェの複数人用大型個室。目を覚ました緑樹みきは身支度もそこそこに昨晩行っていた事の反響を確かめる為、フリック入力よりキーボードが好みの為愛用している小さく薄いノートPCを打鍵する手を一旦休め、軽く背伸びをした。発育が地味とはいえ若い肢体は、少々疲れたがまだ行けるけど軽くストレッチと休息が必要だと彼女の魂に訴え、作業の一段落を以て彼女はそれに従う事にした。


「おはようございます、和柴わしば先輩」「ん、おはよ、歩未」


 小さく欠伸をし、スマートフォンをいじりながら洗い終えた顔の目を擦る歩未あゆみが朝の挨拶をして、軽く返事する緑樹みき


(流石にあの子も、興奮であまり眠れなかったみたいね)


 彼女もまたそれを使いすべきと思った事をしていた事を緑樹みきは知っている。


(この奇跡が、時間的には長く続くかどうかは分からないんだから)


 戦いとしては激烈なので物語としては長いかもしれないが、この奇跡的な再会は、奇跡的な再会であるが故にそう長続きしないのではないか。物語を綴る経験を持つが故に緑樹みきは考えた。


(それにしても……これから、どうなるんだろう)


 そして先を思った後、緑樹みきは昨日を回想した。



「きゃあああああああ! 「~~~~!?」


 猛烈な轟音に耳と肌を叩かれながら、それにかき消される叫びを緑樹みき歩未あゆみの二人は上げた。お台場某展示場某所。轟く戦闘の最大の轟音と閃光が炸裂した。それは本来ならば沿岸部は確実に壊滅している筈だろう光と音だったが……二人は無事であり、焼け爛れる事も、黒焦げに砕け散る事も、建物が崩れ押し潰される事も無かった。耳が聞こえなくなる事すら無かった。


「……お兄ちゃん!?」


 映像は途絶えていた。それにいち早く身を乗り出した歩未あゆみが叫んだ。海を踏み締め巨大な敵を砕いていた、兄が変身した巨大生物の姿が消えていた。歩未あゆみは兄を案じ探し駆け出した。


「待って! 私も!」


 キノコ雲がかき消えていく。本来なら死んでいる筈だった。死んでいないのはやはり彼の力で、そしてまだ死んでいないし破壊も放射線被ばくによる異常も無いのだからその力はまだ続いていて彼は生きていると確信しているが、それはそれとして若い感情の迸るまま突っ走る歩未あゆみを、緑樹みきもまた思いを込めて突っ走って追った。


 そして、岸壁。


 BASYA!


「ぷはぁっ!!」「お兄ちゃん!」「正透まさと!」


 大きな波めいた水音を立て、水面に飛び出るリアラを二人は見た。変身後のように髪の毛は解けていたが、激闘を繰り広げ疲労しているとはいえ肉体を変身前後で再構築した故か血塗れの重傷という訳ではなく、二人はほっとして。


「痛み分け……って言い張るには、ちょっと、微妙、かな……?」


 ぜいぜいと息をつきながら、リアラは呟いて。


「そんな」

「流石にラスボス相手に1ラウンドで決着をつけるのは無理でしょ……」


 苦笑し自嘲したリアラに、歩未あゆみ緑樹みきはそう答えて。


 ZAPPANN!


「【……お前の友人達に同意だな】」


 イルカが跳ねるような水音を立て、水中から飛び上がるルルヤを、二人は見た。


「【早く決着をつけねば混珠こんじゅが心配だが、リアラが生き続ける限りリアラが混珠こんじゅの皆に授けた力が有効であり続けるし、勇み足で私達が討たれれば希望が潰える……悩ましい事だが】」

「……です、ね」


 キラキラと、水滴が散る。リアラが息を整え、白魔術を用いた。海水が浄化され、二人の体が綺麗に乾く。軽く打ち振られたルルヤの蒼銀の髪が靡いた。


「わあ……」「……!」


 その時、歩未あゆみ緑樹みきの二人は、初めてルルヤの姿を直接見た。


 歩未あゆみは、宝石箱が開いたか花園に踏み込んだ様な少女の小さな歓声を溢した。


 緑樹みきは、圧倒されて息を呑んだ。


(何て、綺麗……!)


 リアラも、正透まさとの面影をはっきりと残しながらも、同性としても驚く程可愛らしく魅力的だった。かつてと違う、男の子が惹かれるタイプでありながら同性に嫌われない奇跡的なバランス。……昔の自分と同じような髪型を選んでいた事、緑樹みきは少し嬉しかったが。


 ルルヤの美はそれともまた違う。澄んだ空気の中に咲く植物、美しく躍動的な野性動物や自然の絶景の如き神々しい美。リアラの魅力的な愛らしさと、確かに魅力的ではあるがより魅力より美に寄った姿。艶やかな黄金と透き通る宝石の違いか。


「『全能ゴッド』は姿を消した。今は、一旦戦いは一区切り、という事だろうな。どうせ今回の戦いの情報を活用してろくでもない事を仕掛けてくるだろうが。リアラ、休みつつ、手だてを考えよう……流石にここから飲まず食わず眠らずで消えた相手を差がしに行くのは、無謀というものだろう」


 ぼちぼちと夕闇が迫りつつあった。文明の違いというよりは総人口の違いという面も強いが宇宙から見た地球程には夜の面が光る訳ではない混珠こんじゅは、姿を隠しつつある。故にルルヤは、焦りを制御しながらそう提案して……


 BETYA……!


「【それで貴様はどうするんだ。第二ラウンドが所望か】?」

「え」

「きゃあっ!?」


 じろりと横目を使った。水音を立てて岸壁に這い上がったもう一人に対して。


 歩未あゆみ緑樹みきが驚き叫ぶ。バッとリアラが二人を庇う。


「体で庇う必要はもう無いだろうお前は。そんな心算は無い、今日はもう看板みせじまいだ」


 そいつは、『交雑クロスオーバー欲能チート』は、着け直した仮面に張り付くびしょ濡れの髪をかき上げ緩く笑った。


「【野放しにするのも何だが、一緒にいるのも面倒だな】」

「……ですね。どうするつもりなんですか、『交雑クロスオーバー』、貴方はこれから。事と次第によっては……」

「後数時間もすれば俺もお前らも『全能ゴッド』の手回しで指名手配だ。その二人もな」


 睨み合うルルヤ、リアラ、『交雑クロスオーバー』。思わせ振りで挑発的な言葉。だがその洞察は事実だろう。実際今リアラはそれについて考えを巡らせようとしていた。大方これから、敵性知性体だの何だの精一杯僕達のアニメチックな容姿を誤魔化すしかつめらしい言葉を付けながら報道がなされるか、あるいは裏からひっそりと手が回されるだろう。あの悪神は、そういう手がまかり通る地球そのもので、だからこれまで戦った転生者達の地球的な邪知を全て併せ持っているから、必ずそうなると。


「何が望み? 何を取引しようとしているの?」

歩未あゆみっ!?」


 そこに、歩未あゆみが意を決して口を挟んだ。精一杯の強い瞳で『交雑クロスオーバー』を見て、その意図を先んじて察する。


お前リアラの妹だけあって中々聡いな。単刀直入に言えば、俺も今晩泊まる場所どころか、払う金にすら手元不如意でな。金を払え、そうすれば多少は『全能ゴッド欲能チート』の嫌がらせを邪魔してやる。決着は一休みしてからだ……」


 そしてそれは当たっていた。慌てて心配そうにしていたリアラに『交雑クロスオーバー』は妹を誉め、リアラは少し嬉しそうにしたが、それは兎も角物憂げながらも実にぬけぬけとした要求。


「……お金っていうか、今晩大人しくするなら、泊まる場所を整えるわ。正透まさと達は貴方を野放しに出来ないだろうし、私達、正透まさとの傍を離れないから」

緑樹みき!?」

「……いいだろう。リアラ、いちいちハラハラした表情で視界の隅をチラつくんじゃない。お前の【真竜シュムシュの世界】がある以上、毎度心配する事も無いだろう」


 それを緑樹みきが呑んだ。またハラハラするリアラに、寧ろ逆に『交雑クロスオーバー』が突っ込みをいれる程だったが。


「後、『全能ゴッド』の嫌がらせの妨害だけど、周りに迷惑をかけるんじゃないわよ」

「……図太いな、面白い女だ……分かった、そうしよう」


 当の緑樹みきは、寧ろ逆に言葉を捻じ込んだ。恐らくハッキングで電子マネーを作るなどをしない以上、妨害手段というのはある程度雑なものなのではないか、と。


(少しでも、何か、助けに)


 そういう思いからではあったが、仮にもちょっとした世界なら単騎で滅ぼせる超越的存在相手によくもまあ、と、押し込まれた『交雑クロスオーバー』が感心する程で。感心しながら同意する。


「そんな乙女ゲーの俺様キャラみたいな台詞を結構な顔と声で言っても晩御飯のおかずは増えないわよ、好みのタイプは別だから」

「そんな心算あるわけないだろう……俺の望みは地球の皆殺しだぞ」


 挙句この反応では無心した立場とはいえ、これには思わず『交雑クロスオーバー』も苦笑い、といったところで。乙女ゲー云々の言葉にはリアラも反応しやきもきしていたが。


「【流石リアラの友だな……では増えないか? 晩御飯のおかず】」

「ごめん、流石に予算的に無理」

「ちょ、ルルヤさんっ……」


 お腹が空いていたのか晩御飯のおかずの言葉によりによってルルヤが美形を活かした超真剣な真顔と女性としてのイケボおっぱいのついたイケメン的な声でそんなとぼけた反応をして、財布的に無理なんだという事実が明らかになってからはリアラどころか全員笑うしかなかったが。


 そんなこんなで、その晩は5人で過ごしたのだ。


 そこら辺のお店で食料も少し買い求めた。インターネットカフェでは注文できないものもあるし割高なものもある。その上でインターネットカフェでも食品を注文し、五人分の夕食を整えた。


「そこはそれ、色々と、ほら、即売会とかバイトとかあるし」


 お金について心配するリアラにそう答える緑樹みき。少し鼻が高い。飲み食いの欲に興味なさげな『交雑クロスオーバー』は無機質に何も言わず、というか、女の中に男が一人の状況について。


「向こうでは良い女等幾らでも抱けた。だが、それより俺は目的を優先した。今更興味も無い」


 こう答えた程だ。そこは逆に信頼できた。


 寧ろ。


「【混珠こんじゅでは一度混珠こんじゅの食材で作られたものを食べただけだからな】」


 と、ルルヤの方が見た目に反して積極的に興味を示していた。


「【混珠こんじゅの食べ物より、酒とかスープとか穀物製品とか、全体に味が澄んでいる感じだ。雑味がないが、私の慣れからすればさっぱりしすぎているかもしれん】」

「農薬と肥料の大量使用を前提とした地球とは、作物の品種改良の方向性とかも違いますからね」

「【後、同じ味の調味料が使われている事が多いな。何かこう、どれも出汁の味が似ているというか】」

「化学調味料でしょう。均質な味のものを大量生産する、底上げという意味じゃ悪いものじゃないんですけど」


 等、リアラとあれこれ受け答えし、文化の違いに戸惑いもしたが。


「【混珠こんじゅに勝りはしないが劣る程ではない、悪くないな】」


 最終的には、敵の故郷でもある日本の料理であるが公正に味わいを評価し楽しんでいる様子だった……さらっと未成年なのにめっちゃ平然と飲酒してたけど。


 実際五感が相当敏感である故に、上陸してすぐは大気の匂いの違い等も気にしている様子だったが、流石にすぐ慣れたようで。



 そして折角複合的インターネットカフェを使うのだ。整った設備を交流に使わねば損というもの。勿論休息中であり戦時中であるという事を忘れてはいないが。


「【~~~~~~】♪」「~~~~~~♪」


 軽く、カラオケで歌う等した。ルルヤは地球の歌を知らない? 成る程確かにリアラに伴奏を鳴り物や魔法でさせながら混珠こんじゅの歌を歌う事もあったが。旅芸人の日々でしばしば披露した〈新しい歌〉は、リアラの知る地球のレパートリー即ちアニソンやその影響を受けてリアラが作曲したもので。


「これ、お兄ちゃんが教えたの?」

正透まさと、貴方こんな子に色々教え込んじゃってまあ……」

「地球の皆との大事な思い出だもん。それが別の世界に、地球が悪い影響を与えてる世界に、少しでも良い影響になる、楽しんでもらえる……とても良い事じゃない?」

「~~~♪」


 めっちゃノリノリで、本物のファンタジー世界の住人であるルルヤが、リアラと一緒にアニソンを大熱唱。流石に歩未あゆみ緑樹みきには驚きだったようだが、リアラは平然、というよりは、心底、祈りとしてそう答え。


「ん」

「そうよね」


 そう言われれば、歩未あゆみ緑樹みきも、納得どころか寧ろ胸に熱い思いが込み上げ、リアラに同意する。


 リアラとの思い出が蘇り、懐かしい絆が今も続いている事を再確認すると同時に、同じ文化を共有する仲間としてのルルヤへの思いも深まり強まる。


「それにしても」

「上手い……」

「「流石旅芸人」」


 勿論それだけではない。旅芸人暮らしをしていたルルヤの歌は、地球の芸能界でも通用する程で、無料で聞くのが申し訳ない程だと思い二人あゆみとみきは感想の声を揃えて聞き惚れる。


(ふふ、久々だな♪)


 自ら武弁を持って任じるルルヤも、旅暮らしの中歌を愛好していて。前回歌ったのは連合帝国首都公演以来。日数的にはそうでもないが体感時間的には随分歌っていない気もして、一足先に旧交を温めたリアラだけでなく彼女にも良い休息となった。


「ふふー」

「「いや、貴方おにいちゃんも凄く上手くなってるけどなんでルルヤさんの分も得意そうなの。いやこんだけこんなに音あってるとかのは教え方凄くがとても正確なの分かるけど……」」


 それを我が事のようにリアラが得意そうにし、それに歩未あゆみ緑樹みき、二人揃って突っ込みをいれるが。


「まあそこはプロデューサー的な」

「「そ、それは分かるわる……」」


 アイドルものの物語だのゲームだのが山ほどあるこの界隈。リアラの比喩は的確で、それは二人あゆみとみき揃って納得せざるを得ない。


「【ふん、お前も歌ってみるか?】」

「なっ、く、『交雑クロスオーバー』?」

「……いいだろう」


 途中、興が乗ったルルヤが、まさかの『交雑クロスオーバー』にマイクを投げ、彼が歌う一幕そらあったりした。


「【中々上手いじゃないか】」

「ええ……」


 これが意外と、やっぱりジャンルはアニソンであるが上手だったりして、ルルヤが笑い拍手をし、リアラも驚いたりして……


 カラオケに関してはそんな所だったが、それ以外にも特徴的な思い出があった。



 夜。備え付けのシャワールーム。


「【成る程、これがシャワーか。混珠こんじゅの浴場も立派なものがあったが、混珠こんじゅには無かったからな。こう使うのか】」

「だからって何で私と……(////赤面)」


 緑樹みきはルルヤと一緒にシャワーを使っていた。湯船なら使い方は分かるがシャワーは使い方がわからんのでと言われ浴室に引っ張り込まれた緑樹みきだが、ルルヤの裸体に元々裸みたいな格好だったが全裸になっても綺麗な人だ、よく見ると意外にも背の低いリアラの方が胸が大きいようだけど十分立派で張りとか凄いしどっちにしろ自分よりずっと大きい、等とどうでもいい事を思いながらも、タオルで必死に胸を隠しながら、何故リアラではなく自分なのかと問う。


「【……私は、まあ、歌と踊りと戦以外は大した事は出来んし、見目形以外は女らしくないと思うが……リアラはそうではないと言ってくれるが……兎も角だ】」


 それは何度も指摘されてはいるんだが、と、ルルヤは苦笑しながら答える。


「【……リアラの大事な友人と二人だけで話したかったというのが一つ。後はまあ、その、何だ……んん、上手く言えんな……ガルンの時というどうもこういうのは苦手で……ああガルンというのは混珠こんじゅでの戦友でな……ともあれ、私が言うのも何だが……リアラはあれで自己評価が低い。だからその……お前は、地球にいた頃のリアラを、愛しているのだろう? それに、今、触れてやれないでいる事を怒らないで欲しい。私はお前を大切に思っているリアラにも、リアラが大切に思っているお前にも、傷ついて欲しくも悪くなって欲しくもないんだ】」

「……本当にね」

「?」


 体を洗いながら散々言い淀む所は、実際言う通り「歌と踊りと戦以外は大した事は出来ん」という自己主張と変わらない所を感じるし、だが緑樹みきがリアラというか正透まさとの事を男女として愛していた事にリアラより先に触れに来る事、それもあくまでリアラと緑樹みきの為にというのは、「大した事は出来ん」訳でも「女らしくない」訳でもないというリアラの指摘もその通りで、二重の意味で「本当にね」と言わざるを得ないと緑樹みきは感じその表情をルルヤはいぶかしんだ。


正透まさとが好きなんだもの。正透まさとを責める訳無いじゃない。それに、正透まさとが好きな人の事も……正透まさとが貴方の事を好きになった理由も分かるわ」


 緑樹みきは吐息をつく。だがその表情に憂いは無く涼やかな納得の色があった。


「女神様みたいって思ったけど、そうじゃない。私達の夢の結晶、物語の化身みたいだけど、確かに生きてる立派な人。貴方は奇跡みたいで、でも、確かに実在してるのね……私達の夢みたいな貴方を、何で穢せるものですか」


 物語を愛さなければ生きていけないオタクが、意中の男が物語の化身めいた女を愛する事を糾弾出来る筈も無し。その気持ちは誰より分かるのだから。


「【う? い、いやあ、よく分からんが兎に角よし、としておくが……】」


 私達の夢、というのは、少し理解が難しかったルルヤであるが、誉められて悪意も感じられぬのであれば悪い気もせず安堵する。


「大体、女の子らしくないって思うの、違うって正透まさとにも何度も言われたでしょ」

「【んむ、確かに言われた、それを受け入れ反省もした……なのに、すまんな】」


 とはいえ、悪い癖の指摘には、しまったという顔をせざるを得ないが。


「【ん? 何で何度もって分かって……】」

「いやそれはその、まあ多分そうでしょって事で……それより、いつまでも裸で話し合うのも何じゃない……?」


 確かにリアラには何度もそう言われたが、複数回と私は言ったか? といぶかしむルルヤに緑樹みきはそう答え、それにルルヤは納得する事にして。


「【そうだな、体、洗ってしまおう。背中流してやるぞ、わーしゃわーしゃ……】」


 スキンシップ、である! ルルヤの清らかな程白い肌が緑樹みきのこれもきめ細かやかな肌に絡む、地球の石鹸などが興味深く、ルルヤとしては楽しいらしかった。


「ってきゃあっ!? ちょ、見えっ……」


 対してタオルを押さえて慌てる緑樹みき。その理由は。


「【まあ何だ、私の女らしさコンプレックスは、冒険があったわけではないが昔立ち寄った町で他の踊り子に貧乳コンプレックスくらい頑固と言われたからな、分かっているが中々止められない……おぅ】?」


 ……タイミング悪くそんな内容の昔の思い出を語っていた時にルルヤは気づいてしまった。無い、と。更に無い、と。つまり。Aカップ寄りのBカップを自称していた緑樹みきの胸はパッド入れてそれで、パッド無しだとA、いやもっと下……


 SPANK!


「【うっきゃああああああああ】!?」「よりによってっ!? (怒)」


 怒りの緑樹みきの掌がルルヤのおっぱいを直撃だ!


「【ぐおおおおお……ここは【鱗棘】が効かないんだぞ……今まで幾多の強敵が突く事の出来なかった弱点を……】」

「あわわ、ご、ごめん!」

「【……やるじゃないか】」

「ほんといい人ね貴方、マジごめん……」


 だからこそビキニアーマーで守っている数少ない部分をしばかれ悶絶するルルヤ、流石に悪いと謝る緑樹みき。そして辛い時程にやりと笑えみたいな表情で親指を立てるルルヤに心底和解せざるを得ない緑樹みきであった。



 我ながら流石にちょっとあれはあんまりだったなあ、と苦笑しこめかみを押さえる回想中の緑樹みき。実際直後にルルヤの叫びを聞き「どうしたの!?」とリアラが騒ぐ程で。とはいえあれである意味心の垣根が取れた事もあり、その後は極めて親しく過ごせた。



「【これが漫画か。こっちが電子書籍って奴だな? ふふ、リアラから口伝えに物語を教えられてはいたが、生で見るのは初めてだ。緑樹みき歩未あゆみのお勧めを教えてくれないか? 字は読めないので内容も教わりたいが……】」

「いいわよっ、私はこれね」

「私はこれっ」


 その後はパジャマ姿で施設に置かれていたものやスマホのソフトで見れるものなどを眠るまで歩未あゆみとリアラも交え漫画やライトノベルを読んで過ごした。『交雑クロスオーバー』は話題にはそこまで積極的には加わらなかったが、漫画を読む事は共通していたのが、何とも不思議な雰囲気であった。


「【おお、これもいいな。ん? これは……リアラ】」

「……何が言いたいか分かりましたよ」


 勧めた漫画やライトノベルをルルヤは楽しんでくれた。リアラも、生前は知らなかった新しく刊行されたものを楽しんで読んでくれた。その過程で何か気づいたようだったが……


(ずっと、貴方に勧めたかった。貴方が読んでどんな顔をするか。どう思うか。それについてどう一緒に話そうか……ずっとそれを思っていたのよ、私も歩未あゆみも)


 趣味を共通する亡き友にどうしても思う、新しい物語を見せてあげたかった、一緒に読みたかったという事を叶えられ、二人とも泣く程嬉しかった。夢のように幸せで。そんな一時がそれだけではなく、二人の助けにもなったようで誇らしく。



 そんな時間を緑樹みきは回想した。その後は就寝し、雑魚寝めいた状態で中々眠れず、またしなければと思う事を画面の光量を他の人の迷惑にならないように絞ってしていた為疲れてもいるが……楽しかった。自分達の学校では高等部になってからなのでまだ未体験だが、学園祭の準備や修学旅行めいた楽しさという奴なのだろう。


「おはよう、緑樹みきさん、歩未あゆみ……」


 洗面台を使い終えてリアラが出てきた。赤銅の髪がよく梳かされ煌めく。


「おはよう。ルルヤさんは? それと……」


 それと、『交雑クロスオーバー』は。そう問う緑樹みきに、リアラは。


「ルルヤさんは、朝の鍛練で……『交雑クロスオーバー』は、先に出たよ」

 

 そう答えて。リアラもまた、それに関して昨晩を回想した。

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