・第八十九話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(後編)」

・第八十九話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(後編)」



 〈絶え果て島〉までは何竜時? これから行くさ、あと僅かだ。とでも言うべき状況。身支度を整えた名無ナナシは、前を見据えていた。


 整えた身支度は、前回の戦いで真竜シュムシュの力を得た上半身諸肌脱ぎの出で立ちではない。真竜の力は受けたままだが、今回は以前の黒い革防衣レザーアーマーと似て非なる、それに要所を防御する装甲を追加した装束を身に纏っている。


 一足先に塒を出た。しゃんと背筋を伸ばし、先頭に立つ。


「よう、小僧」

「おう、おっさんか」


 そこに居たのは、諸島海以来の戦友であるガルンだ。前はおっさん呼ばわりにいちいち突っ込みを入れていたが慣れたのか諦めたのか、笑って受け入れる……いや、厳密に言えば、名無ナナシの表情と口調には、その人生と率いる部隊の特徴両方から考えれば稀有な、大人の男への信頼と敬慕があった。そういう感情を育む切っ掛けとなった人間の一人だと理解しての絆だ。そうでなければ、お互い不本意な渾名をいつまでも通すような人間ではない。


 そして名無ナナシと違いガルンは普段の肌も露な軽装からがっちりとした重装鎧を装備し、背中と両腰等に以前用いていた『鮫影シャークムービー欲能チート』から手に入れたシャークオリハルコニウムトライデントだけでなく幾つもの武器を装備した姿だ。


勿論、彼もまたあの戦いの後配布された作成済みだったが前回には間に合わなかった護符【真竜シュムシュの加護】を受け、最後の大戦に参加する一人である。


「ごっつい格好だな」

「どうにも武骨者でな、肉体に頼った戦しか出来ん」


 ひゅう、と軽く口笛を吹く名無ナナシ。にやりと笑うガルン。


「……憧れだったよ、そういうのさ……今も」

他の部族の狩り場は豊かに見える隣の芝生は青い、という奴だ……お互いにな」


 口笛の後、名無ナナシは少し目を伏せ睫毛を揺らし己の華奢な肩を抱いた。今は【真竜シュムシュの加護】を受けて力を増したとはいえ、それでも同じ比率で強化された結果上回る豪傑は大勢いる。というか、力ではフェリアーラは遥かに上だし、ユカハ相手でも技量を含まない力では勝てる自信があるとは言えないのだ。


「おっさんは強いな」


 そんな感情を溢す自分に、己もだ、己も不得手な事は山程あるからな、と答えたガルンに、名無ナナシは素直な敬意を捧げた。


 思えばガルンはこの戦いで、一度は敗北を認め零落れきった身から再起したという意味では稀有な存在だ。それは、とても強いのではないか、と。


 それは、改めて愛する女達の命運がよりその手に重く掛かって感じられた事から来る己の命の覚悟や仲間や友と誓い合った覚悟とはまた違う感覚故であったが。


「お前達や、女騎士達は強く無いのか?」

「……いいや。あいつらは強いよ。皆強いさ。そして、俺も絶対に強い」


 素朴だが堅固なガルンの問い返しに、名無ナナシは改めて勇気を噛み締めた。


 敗北から立ち上がったのは、フェリアーラもユカハも同じだ。


 そして自分も、玩想郷との戦いより前の事だったから考えに入れてなかったが、やがり敗北から立ち上がっている。その時の的は今の敵より後から考えれば遥かに弱かったろうが、自分も今より遥かに弱かったのだから、気構えとして違う所は無い。それは、自分が集めた他の仲間達も同じだ。


「不安からの気の迷いだったな……助かった、おっさん。やっぱ人生の先達ってのも大事なもんだな」


 腐った戦乱の世界を作った大人達である傭兵共と戦ってきた自分だが……この日々で漸くまともな大人というものを見れたとガルンだけではなく何人かを思いながら、だが間違いなくガルンのおかげでそれを改めて認識し噛み締める名無ナナシ


「それを用意出来ないのは大人の不徳というものだ。俺は遅く差し伸べられた手というに過ぎん」


 本来大人がちゃんとしているべきだったのだというガルンらしからぬ真っ当なそれに対する謙遜に、名無ナナシは苦渋の影を見た。


 そちらと連絡役をしたミレミから聞いている。ガルンと共に戦った反玩想郷チートピアの転生者達は何人も倒れたという。その最後の戦いでナアロ王国軍の欲能行使者チーター達もまた総崩れとなり滅んだが、数で数えるのは非情の始まりというもの。救えなかったという想いが、差し伸べられるのが遅い手という言葉になったかと理解する。


 鉱易砂海での戦いでも、生き残った者を庇って倒れた者は多い。それは、何処でも代わりは無い。


「大人も子供も、命は何時でも必死に生きる事に変わりは無いさ。平和にゃ平和の、乱世にゃ乱世の必死があるだろうよ」


 名無ナナシはリアラに教わった〈不在の月〉の日常を思った。しきりにそれが全てではないと前置きしていたが、それでも確かにそういうものもあるのだろう、灰色で不正義な平和と繁栄、その下で取り溢されていく命の話を知っている。


 故に油断はしない。今の気の迷いを乗り越えた。そうして進む。


「先には不安もあるだろう。厄介もきっとあるだろう。だけど良い事もあるだろう。そしてそれなりの自由もあるだろう。つまり、明日はあるだろう。生きる者には、いや、死んだ者にだって明日はある。誰かに何かを残せたか、伝えられたなら」


 俺もあんたも、沢山託された、沢山託した。俺達の周りの皆も、沢山託した、沢山託された。支えあっている。だから、大丈夫だと名無ナナシは返した。


「俺達に明日はある、か」


 顎を撫してガルンは笑った。


「俺達か。俺達という言葉がこれ程良い言葉だと、初めて知った」


 それは単純な、リアラとルルヤの関係や過去の求愛等、竹を割ったようにさっぱりと水に流しあってきたが故に乗り越えてきたが、獣の様に単純であるが故に時に騒ぎや悩みの種を意図せず蒔いてしまったガルンという男にとって、ある種の福音あるいは解脱であった。


 俺達は影響を与え合う俺達である時点で明日を救われているとは、考えてもみなかった、と。


 無論、この世においては大悟さえ永遠ではない。それはそれとして、救えなかった後悔への納得出来る代価だの、生きた事に納得出来る栄光だの、良き伴侶が欲しいだの、そういった欲望はこれからも沸いて来るだろう。それが自然だ。


 だがそれを引っくるめて、それが満たされて救われる可能性は勿論あるし、満たされずとも救われる可能性もある。兎に角何にせよ明日はあるのだと、全く逆の方向で悩んでいた少年から伝えられたのは、なんという跳ね投げ槍〔岩に当たった投槍が角度を変えて別の獲物に当たるような思わぬ偶然による幸運を意味する狩闘の民の言い回し〕かと、ガルンはこの世の面白さを噛み締め、失った戦友への憂いに対し、戦友を継いでゆく想いで背筋を伸ばした。


「ああ、明日はある」


 ガルンを救った事で、改めてそれを噛み締め、名無ナナシ自身も救われた。その原動力は勿論、前の夜に無我夢中で何度も何度も、喉が枯れる程叫びそして聞いた言葉によるものであった。


「ユカハ、フェリアーラ、ミレミ」


 改めて名をしっかりと噛み締めるように呼ぶ。絆を誓う。ミレミトに関しては、ミレミと名乗る事を決めたその思いを尊重しあえてそう名を呼びながら。


 愛してるぜ、と小さく呟いた。明日に素面で正面から堂々と言う為に。



 ちなみにその女達含む男の娘だが、勿論彼女達も出撃の準備を整えていた。というか、名無ナナシが先に外に出たのも、身繕いと着替えに対するエチケットであった訳だ。


 実際まあ、勢いに任せて至り、そこからは引っ張り溜め込んだ関係の爆発として激しく燃え上がったが、翌朝となっては気恥ずかしさも戻ってくるし、姦しい遣り取りも沸いてくる。


「ふう……(////赤面)」

「ユーカハっ♪」

「ぴゃあ!?」


 昨晩の熱を残し、身繕い化粧を終えながら熱っぽく溜め息をつくユカハ。一足先に身支度を終えたミレミが、ユカハの背筋をつつっとなぞりながら鎧を手渡す。


「体調大丈夫? 皆、昨日はどったんばったん大騒ぎだった訳だけど……」

「ちょっ!? そ、そゆ事言わないで……(////赤面)」


 ミレミにそう声をかけられ、ユカハは顔を押さえてへたりこんだ。こちらも名無ナナシと同じくお互い新調した出で立ちで、ミレミは名無ナナシと同じような前の紺色の革防衣レザーアーマーをアレンジしたような姿、ユカハがこれから身に付けようとしているのは、自由守護騎士団の制式鎧とリアラが配布した【真竜シュムシュの加護】によるリアラと同デザインのビキニアーマーを組み合わせたようなデザインの鎧姿だが。


「僕は大丈夫だけど、でもいくら羽生やせるからって足腰が立たないと流石に……」

「大丈夫よ!?(////赤面)」

「その意気その意気♪」


 続く指摘に立って叫ぶユカハだが、そう言われてしまってはいつまでも恥じらってもいられない。


「……だが一番体の調子を心配すべきはよってたかられた名無ナナシではないだろうか」


 真顔でとぼけた事を言うフェリアーラに突っ込みを入れねばならぬからだ。


「フェリアーラ。体は大丈夫だろうけど、精神的にふわふわしてちゃ駄目よ?」

「……分かっていますとも。何、この想いは恥じるような事ではない、そう信じられると思います。誰に対してもそう言い、胸を張りましょう」


 身内に懸念を示すユカハだが、フェリアーラはむしろ精気も気力も充実した様子でそう堂々と返答する。


「ええ、そうね……こういう感覚的な例えはどうかと思うけど、すっとしたけど、ずっしりとした感じもしてる。バランスが取れてると思うわ」


 ちなみにフェリアーラはユカハと違い、自由守護騎士団の鎧よりリアラのビキニアーマーに近いが肩アーマー・手甲・脚甲に大型のパーツが取り付けられたものを着ていた。


 とはいえ、落ち着いた覚悟の微笑で答えるフェリアーラはやはり年長の騎士、浮わついてはおらず、しなやかさを増したと言ったところか。


 ……お互い女としてタフでハードな人生を強いられてきた身だ。だからこそ、何か救われたような気分でふわふわと昇天してはたまらぬというものだが、それをフェリアーラは分かった上で、昨晩の行いは間違いではないと言った。そしてそれはユカハにも通じた。


 間違いではないと信じられる。だから戦後の面倒も乗り越えられる、乗り越える為に頑張れると信じられるから、今死ぬ訳には行かないとも思えるし、生きねばと思える理由にもなると。


「よってたかった側が言うのも何だけど大丈夫だよ。睡眠時間は足りてるし、お互い細かい体調の具合が分かる程度には一緒だったし」


 部隊随一の魔法使いとして隊員の体調管理も担ってきたミレミの発言だけに信頼のおける分析であり、同時に名無ナナシとの付き合いの長さも示す言葉だった。


「良かった。……生き残ろうね、お互いに。名無ナナシの新しい名前の為にも」

「うん。名無ナナシには迷惑をかけどおしだし、悲しみはもう名無ナナシには要らない。四人で幸せと、新しい名前を送ろう」

「ああ、その通りだ」


 だから、ユカハもからりとそれを受け入れて言葉と想いを紡ぎ、ミレミもフェリアーラも想いを結び合わせる。


 名無ナナシは言った。最後の傭兵となるまで全ての傭兵を狩り尽くし、傭兵を辞める事で、その時初めて己は己になれる、その時まで己は名無し、無名の傭兵なのだと。


 それを終わらせる時は来る。これから戦う最後の敵を倒した先の未来に。


「よしっ!」


 鎧を着け終え、気合いを入れてユカハは立ち上がる。火照る体の中の熱を、気力活力の炎へと変えていく。変わっていくのを感じる。


 《風の如しルフシ・バリカー》を帯剣。【真竜シュムシュの宝珠】の【宝珠】文通ネットワークに接続。情報が次々流れ込んでくる。


「【諸国諸種族連合艦隊展開完了】」

「【各地の偽竜の出現頻度変わらず、防衛持続可能時間、一両日】」

「【〈絶え果て島〉の偽竜数急速に増大、敵、迎撃体制を構築と判断】」

「【諸連艦隊、対空対地魔法並びに魔法延伸武装射撃準備完了、作動異常無し】」

「【《大転移連絡網》、準備完了】」

「【〈舞闘歌娼撃団〉、準備完了】」


 【宝珠】文通ネットワークにアクセスできない各地を守る通常兵力からも、魔法通信で最寄のネットワーク参加者に繋いでの伝言の形で次々連絡が入る。人も魔も、それには等しく全てが加わっている。


 一つとなった世界は、ある意味では神代への回帰であり、人魔の連携はあくまで三代目魔王と四代目勇者の和約により人魔併存が基礎となり、そこから一歩先に進んだもの。それらは、言わばこれまでの混珠こんじゅの歴史の集大成だ。


 だがしかし、その一歩は、大きな一歩だ。過去と未来の融合したこの光景は、紛れもなく混珠こんじゅの歴史がまた一ページが捲られたものだ。


 そして、この巨大ネットワークは、これまでの混珠こんじゅには存在しなかったもの。リアラが持ち込まざるを得なかった〈不在の月〉の知識を元にしたものだ。


 勝ってもその後混珠こんじゅには様々な変化が、歴史の大きなうねりが訪れるだろう。そもそも〈不在の月〉や転生者との関係が今後どうなるかもまだまだ未知数だ。


(……私達は歴史の中にいる)


 だがそれが、寧ろ逆にユカハを落ち着かせた。


 私達は歴史を終わらせるのではない。過去の歴史の人々と同じように、歴史の中の一つの事件に関わるだけなのだと。その当たり前さが連帯感となる。


「【〈無謀なる逸れ者団〉、準備完了】」


 名無ナナシの書き込みだ。そして、ユカハ宛の私信。


「【姫さん、準備はいいかい?アーユーレディ、レディ?】」


 一瞬、昨晩の名無ナナシの、意外な程可愛い顔や、セクシーで挑発的な顔、そして最終的な普段よりもっとワイルドな顔、色々思い出しかけるが。


 その飄々とした文体は、いつもの名無で。


 別々の内容の私信を同時に受信したミレミもフェリアーラも、いつものリズムで視線を交わした。


(ああ)


 理解する。変化したもの、変化するものはある。だが。


 傭兵猟兵は人になるだろう。騎士としての……辛く血塗れだが、しかし紛れもない青春であるこの日々は、この戦いで一つのクライマックスを迎えるだろう。


 しかし。


「【〈自由守護騎士団〉、準備完了!】」


 叫ぶように、叩きつけるように、【宝珠】文通ネットワークにメッセージを入力。


 フェリアーラ、ミレミと共に、塒から大股に歩み出る。背中に【真竜シュムシュの翼鰭】、眼前には《大転移》の門と、名無と。


 ガルンもいる。それだけではなく他の〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の主力、【真竜シュムシュの加護】を授けられた者達も皆、等しく繋がり、各地に展開したこの門の前にいる。


「【ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマト、準備完了!】」


 この激動の状況を象徴する名乗りが【宝珠】文通の中に刻まれた。玩想郷チートピア側からこちら側についた元十弄卿テンアドミニスター


 彼女は叫んだ。玩想郷チートピアにつくしかないと思い込まされて、悪事をしなければならない状況に追い込まれて死んだ奴らの仇を取る為に玩想郷チートピアという在り方と戦いたい、その後どうなるか細かい事は考えてないし知ったこっちゃないけど、私はこの命をそういう風に生きると決めた、嫌だ、お前は敵だと言われても、私は玩想郷チートピアと戦うし、そっちから攻撃されても反撃はしない、と。


 全くの想定外、予想外、あり得ない事態。流石に紛糾した。だが、十弄卿テンアドミニスターではあるが、どちらかといえば作られた命である。また、砂海等での投降者の処遇を厳正に行った過去が、積み重なってこの状況を作った。


 そしてその先触れは、ユカハ達自由守護騎士団が、最も直接的な仇とでも言うべき騎士団没落の元凶、『軍勢ミリタリー欲能チート』の降伏した手下達を、あくまで捕らえた賊徒として正式に裁いた事に由来している。


 言わばユカハの騎士道が救った命であり獲得した戦力なのだ、ラトゥルハは。


 だからユカハは思う。


 しかし、終わりではない。私も、名無も、皆も、混珠こんじゅも。


 終わらない。終わりはしないと。そう信じる。信じつつも、それが全力より更に振り絞った力を尽くさなければ辿り着けない奇跡である事も理解して、同時にそれを希求する事に恐れも不安も無い境地に至る。


 そして、傭兵猟兵と青春の騎士物語の、他の沢山の、無数の物語の一大クライマックスにして一つの通過点とせねばならぬ、『永遠エターナル欲能チート』との戦いが始まる。

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