・第八十九話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(後編)」
・第八十九話「復古物語ラスト・マーセナリー 傭兵猟兵と青春の騎士物語(後編)」
〈絶え果て島〉までは何竜時? これから行くさ、あと僅かだ。とでも言うべき状況。身支度を整えた
整えた身支度は、前回の戦いで
一足先に塒を出た。しゃんと背筋を伸ばし、先頭に立つ。
「よう、小僧」
「おう、おっさんか」
そこに居たのは、諸島海以来の戦友であるガルンだ。前はおっさん呼ばわりにいちいち突っ込みを入れていたが慣れたのか諦めたのか、笑って受け入れる……いや、厳密に言えば、
そして
勿論、彼もまたあの戦いの後配布された作成済みだったが前回には間に合わなかった護符【
「ごっつい格好だな」
「どうにも武骨者でな、肉体に頼った戦しか出来ん」
ひゅう、と軽く口笛を吹く
「……憧れだったよ、そういうのさ……今も」
「
口笛の後、
「おっさんは強いな」
そんな感情を溢す自分に、己もだ、己も不得手な事は山程あるからな、と答えたガルンに、
思えばガルンはこの戦いで、一度は敗北を認め零落れきった身から再起したという意味では稀有な存在だ。それは、とても強いのではないか、と。
それは、改めて愛する女達の命運がよりその手に重く掛かって感じられた事から来る己の命の覚悟や仲間や友と誓い合った覚悟とはまた違う感覚故であったが。
「お前達や、女騎士達は強く無いのか?」
「……いいや。あいつらは強いよ。皆強いさ。そして、俺も絶対に強い」
素朴だが堅固なガルンの問い返しに、
敗北から立ち上がったのは、フェリアーラもユカハも同じだ。
そして自分も、玩想郷との戦いより前の事だったから考えに入れてなかったが、やがり敗北から立ち上がっている。その時の的は今の敵より後から考えれば遥かに弱かったろうが、自分も今より遥かに弱かったのだから、気構えとして違う所は無い。それは、自分が集めた他の仲間達も同じだ。
「不安からの気の迷いだったな……助かった、おっさん。やっぱ人生の先達ってのも大事なもんだな」
腐った戦乱の世界を作った大人達である傭兵共と戦ってきた自分だが……この日々で漸くまともな大人というものを見れたとガルンだけではなく何人かを思いながら、だが間違いなくガルンのおかげでそれを改めて認識し噛み締める
「それを用意出来ないのは大人の不徳というものだ。俺は遅く差し伸べられた手というに過ぎん」
本来大人がちゃんとしているべきだったのだというガルンらしからぬ真っ当なそれに対する謙遜に、
そちらと連絡役をしたミレミから聞いている。ガルンと共に戦った反
鉱易砂海での戦いでも、生き残った者を庇って倒れた者は多い。それは、何処でも代わりは無い。
「大人も子供も、命は何時でも必死に生きる事に変わりは無いさ。平和にゃ平和の、乱世にゃ乱世の必死があるだろうよ」
故に油断はしない。今の気の迷いを乗り越えた。そうして進む。
「先には不安もあるだろう。厄介もきっとあるだろう。だけど良い事もあるだろう。そしてそれなりの自由もあるだろう。つまり、明日はあるだろう。生きる者には、いや、死んだ者にだって明日はある。誰かに何かを残せたか、伝えられたなら」
俺もあんたも、沢山託された、沢山託した。俺達の周りの皆も、沢山託した、沢山託された。支えあっている。だから、大丈夫だと
「俺達に明日はある、か」
顎を撫してガルンは笑った。
「俺達か。俺達という言葉がこれ程良い言葉だと、初めて知った」
それは単純な、リアラとルルヤの関係や過去の求愛等、竹を割ったようにさっぱりと水に流しあってきたが故に乗り越えてきたが、獣の様に単純であるが故に時に騒ぎや悩みの種を意図せず蒔いてしまったガルンという男にとって、ある種の福音あるいは解脱であった。
俺達は影響を与え合う俺達である時点で明日を救われているとは、考えてもみなかった、と。
無論、この世においては大悟さえ永遠ではない。それはそれとして、救えなかった後悔への納得出来る代価だの、生きた事に納得出来る栄光だの、良き伴侶が欲しいだの、そういった欲望はこれからも沸いて来るだろう。それが自然だ。
だがそれを引っくるめて、それが満たされて救われる可能性は勿論あるし、満たされずとも救われる可能性もある。兎に角何にせよ明日はあるのだと、全く逆の方向で悩んでいた少年から伝えられたのは、なんという跳ね投げ槍〔岩に当たった投槍が角度を変えて別の獲物に当たるような思わぬ偶然による幸運を意味する狩闘の民の言い回し〕かと、ガルンはこの世の面白さを噛み締め、失った戦友への憂いに対し、戦友を継いでゆく想いで背筋を伸ばした。
「ああ、明日はある」
ガルンを救った事で、改めてそれを噛み締め、
「ユカハ、フェリアーラ、ミレミ」
改めて名をしっかりと噛み締めるように呼ぶ。絆を誓う。ミレミトに関しては、ミレミと名乗る事を決めたその思いを尊重しあえてそう名を呼びながら。
愛してるぜ、と小さく呟いた。明日に素面で正面から堂々と言う為に。
ちなみに
実際まあ、勢いに任せて至り、そこからは引っ張り溜め込んだ関係の爆発として激しく燃え上がったが、翌朝となっては気恥ずかしさも戻ってくるし、姦しい遣り取りも沸いてくる。
「ふう……(
「ユーカハっ♪」
「ぴゃあ!?」
昨晩の熱を残し、身繕い化粧を終えながら熱っぽく溜め息をつくユカハ。一足先に身支度を終えたミレミが、ユカハの背筋をつつっとなぞりながら鎧を手渡す。
「体調大丈夫? 皆、昨日はどったんばったん大騒ぎだった訳だけど……」
「ちょっ!? そ、そゆ事言わないで……(
ミレミにそう声をかけられ、ユカハは顔を押さえてへたりこんだ。こちらも
「僕は大丈夫だけど、でもいくら羽生やせるからって足腰が立たないと流石に……」
「大丈夫よ!?(
「その意気その意気♪」
続く指摘に立って叫ぶユカハだが、そう言われてしまってはいつまでも恥じらってもいられない。
「……だが一番体の調子を心配すべきはよってたかられた
真顔でとぼけた事を言うフェリアーラに突っ込みを入れねばならぬからだ。
「フェリアーラ。体は大丈夫だろうけど、精神的にふわふわしてちゃ駄目よ?」
「……分かっていますとも。何、この想いは恥じるような事ではない、そう信じられると思います。誰に対してもそう言い、胸を張りましょう」
身内に懸念を示すユカハだが、フェリアーラはむしろ精気も気力も充実した様子でそう堂々と返答する。
「ええ、そうね……こういう感覚的な例えはどうかと思うけど、すっとしたけど、ずっしりとした感じもしてる。バランスが取れてると思うわ」
ちなみにフェリアーラはユカハと違い、自由守護騎士団の鎧よりリアラのビキニアーマーに近いが肩アーマー・手甲・脚甲に大型のパーツが取り付けられたものを着ていた。
とはいえ、落ち着いた覚悟の微笑で答えるフェリアーラはやはり年長の騎士、浮わついてはおらず、しなやかさを増したと言ったところか。
……お互い女としてタフでハードな人生を強いられてきた身だ。だからこそ、何か救われたような気分でふわふわと昇天してはたまらぬというものだが、それをフェリアーラは分かった上で、昨晩の行いは間違いではないと言った。そしてそれはユカハにも通じた。
間違いではないと信じられる。だから戦後の面倒も乗り越えられる、乗り越える為に頑張れると信じられるから、今死ぬ訳には行かないとも思えるし、生きねばと思える理由にもなると。
「よってたかった側が言うのも何だけど大丈夫だよ。睡眠時間は足りてるし、お互い細かい体調の具合が分かる程度には一緒だったし」
部隊随一の魔法使いとして隊員の体調管理も担ってきたミレミの発言だけに信頼のおける分析であり、同時に
「良かった。……生き残ろうね、お互いに。
「うん。
「ああ、その通りだ」
だから、ユカハもからりとそれを受け入れて言葉と想いを紡ぎ、ミレミもフェリアーラも想いを結び合わせる。
それを終わらせる時は来る。これから戦う最後の敵を倒した先の未来に。
「よしっ!」
鎧を着け終え、気合いを入れてユカハは立ち上がる。火照る体の中の熱を、気力活力の炎へと変えていく。変わっていくのを感じる。
《
「【諸国諸種族連合艦隊展開完了】」
「【各地の偽竜の出現頻度変わらず、防衛持続可能時間、一両日】」
「【〈絶え果て島〉の偽竜数急速に増大、敵、迎撃体制を構築と判断】」
「【諸連艦隊、対空対地魔法並びに魔法延伸武装射撃準備完了、作動異常無し】」
「【《大転移連絡網》、準備完了】」
「【〈舞闘歌娼撃団〉、準備完了】」
【宝珠】文通ネットワークにアクセスできない各地を守る通常兵力からも、魔法通信で最寄のネットワーク参加者に繋いでの伝言の形で次々連絡が入る。人も魔も、それには等しく全てが加わっている。
一つとなった世界は、ある意味では神代への回帰であり、人魔の連携はあくまで三代目魔王と四代目勇者の和約により人魔併存が基礎となり、そこから一歩先に進んだもの。それらは、言わばこれまでの
だがしかし、その一歩は、大きな一歩だ。過去と未来の融合したこの光景は、紛れもなく
そして、この巨大ネットワークは、これまでの
勝ってもその後
(……私達は歴史の中にいる)
だがそれが、寧ろ逆にユカハを落ち着かせた。
私達は歴史を終わらせるのではない。過去の歴史の人々と同じように、歴史の中の一つの事件に関わるだけなのだと。その当たり前さが連帯感となる。
「【〈無謀なる逸れ者団〉、準備完了】」
「【
一瞬、昨晩の
その飄々とした文体は、いつもの名無で。
別々の内容の私信を同時に受信したミレミもフェリアーラも、いつものリズムで視線を交わした。
(ああ)
理解する。変化したもの、変化するものはある。だが。
傭兵猟兵は人になるだろう。騎士としての……辛く血塗れだが、しかし紛れもない青春であるこの日々は、この戦いで一つのクライマックスを迎えるだろう。
しかし。
「【〈自由守護騎士団〉、準備完了!】」
叫ぶように、叩きつけるように、【宝珠】文通ネットワークにメッセージを入力。
フェリアーラ、ミレミと共に、塒から大股に歩み出る。背中に【
ガルンもいる。それだけではなく他の〈
「【ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマト、準備完了!】」
この激動の状況を象徴する名乗りが【宝珠】文通の中に刻まれた。
彼女は叫んだ。
全くの想定外、予想外、あり得ない事態。流石に紛糾した。だが、
そしてその先触れは、ユカハ達自由守護騎士団が、最も直接的な仇とでも言うべき騎士団没落の元凶、『
言わばユカハの騎士道が救った命であり獲得した戦力なのだ、ラトゥルハは。
だからユカハは思う。
しかし、終わりではない。私も、名無も、皆も、
終わらない。終わりはしないと。そう信じる。信じつつも、それが全力より更に振り絞った力を尽くさなければ辿り着けない奇跡である事も理解して、同時にそれを希求する事に恐れも不安も無い境地に至る。
そして、傭兵猟兵と青春の騎士物語の、他の沢山の、無数の物語の一大クライマックスにして一つの通過点とせねばならぬ、『
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