・第九十話「物語への扉(前編)」

・第九十話「物語への扉(前編)」



 地球。東京湾。


 その日は、雪が降っていた。うっすらと、一掃け掃いたようにだが、灰色を白く染め上げていた。


 歩く者も居ない白い白いコンクリート岸壁に、ひら、と、四つの足跡が刻まれた。逸れに続く足跡を持たない唐突で孤独な、超自然の足跡。だが同時に、見えないながらもそれは紛れもなくそこまで長い旅を続けてきた足跡でもあった。


 ひらと舞い降りてその足跡を雪に刻んだのは、雪空にはあまりにも儚げな、肌も露な少女達。


 金色のビキニアーマー、蒼銀の長髪、赤い瞳、雪のように白い肌の凛々しい美少女、真竜シュムシュの継嗣ルルヤ・マーナ・シュム・アマト。


 黒鉄色のビキニアーマー、夕日赤銅の三つ編み髪、金色の瞳、健康的な肌と魅惑的な少女の肢体。真竜シュムシュに今や並び立つ者、リアラ・ソアフ・シュム・パロン。


 この地球に今ただ二人の竜。統合と調和にして傲慢な天を穿つ反逆の担い手達。


「【寒くないか】」

「大丈夫です。ルルヤさんは?」

「【勿論、大丈夫だ】」


 白い息を吐きながら短く言葉を交わし、顔を見合わせて二人は笑った。お互い同じ事を思っていた訳だと。絶対の支配、必中必殺すら拒絶ずる世界の断絶、古の理たる防御竜術【真竜シュムシュの鱗棘】で守られていて寒くも無い。砂漠の砂海でも暑くは無かったのだから当然だが、それでも、見た目寒そうに見える事に変わりは無い。


 それ故に、そして、お互いへの思い故に、という訳だ。


 寒くは無かったが、笑い、心が暖まった。二人は前を見た。


「【来たか】」

「呼ばれたからな」


 空中からの声にルルヤが答える。欲能チートの力が高まる気配を感じたから来たのだ。見上げる空には『交雑クロスオーバー欲能チート』エオレーツ・ナアロが、灰色の空の中に紛れそうで尚紛れないモノトーンのコートを翻して浮かんでいた。灰を拒絶する黒白。


「『全能ゴッド欲能チートも、もうすぐ来る」

「ああ、来たければ来させればいいさ」


 リアラと『交雑クロスオーバー』が次いで言葉を交わし、そして頷きあった。


 相互に理解していた。リアラ達も『交雑クロスオーバー』も、この地球においては世界全てに抗う者だ。お互いにも、地球にも、『全能ゴッド』にも。どの道全てを越えなければ望みは成就しない。であるならば、戦う数を限る等些事で不要。


 故に『交雑クロスオーバー』は唱える。取神行ヘーロースへ変神する詠唱を。


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

我は数多を知り、我は数多を愛し

我は数多を体得し、我は数多を憎む

過去を変える。宇宙星の空ウラノス/アヌを怨み葬る。

今を忌む。空と風と地クロノス/エンリルを食らい地に染める。

未来を乱す。全天統べる力ゼウス/、マルドゥクの全開の鉄槌で。此こそが我が現実なり!

取神行ヘーロース、『継承大権・神群統王タイラント・マルドゥク』!!」


 仮面が消え、紅碧の金銀妖眼アレクサンドライトヘテロクロミアが光る、その身を次元の歪みが覆う。だがそれは尋常の規模にあらず。形はかつて混珠こんじゅから地球に来る事になった時に発生した次元奔流のに似て竜巻の如く、高さは次元奔流の様に世界を貫く程では流石に無いが、前回リアラが戦った『偽真竜・泥天樹バベル・ジグラット』に匹敵するかそれ以上に大きい。


 前回で複製した竜術を完全にモノにしたのだ。竜を象らずとも良い程に。であるならば、偽真竜バベルを使う必要はもう無い。竜術の魔法力効率を上げる為に竜を象る此方と違い、『交雑マルドゥク』最大の力は竜を象ったものではなく、そして竜を象っていないものでも竜術を使えるようになった以上、魔法力効率より戦闘力を優先する判断はこの場合必然だ。故に、今度はそれを使うつもりなのだ。即ち、全力全開の最後の勝負。


「【地球の巨大ヒーロー、ハイパーマンは、変身する時はアイテムを掲げるのだったか。生憎私達にはそういうものはないが】」


 それを二人立ち並んで見据えながら、ルルヤは少し軽口を叩いた。昨晩見た、実際インターネット媒体でもこの状況に似ていると語られていた地球の巨大ヒーローに関する知識。


「ハイパーマン・シンは、アイテム無しで、危機に陥った時変身します。ハイパーマン・アルファは、二人が手を重ね一つになって変身します」


 それにリアラが応じ、そしてより詳しい例を出した。


「【ならば、一つそれらの例を混ぜ合わせ借りてみるか。玩想郷チートピアが守らなかった地球の諺に言う、〈郷に入っては郷に従え〉という奴だ……私の【巨躯】はどちらかというと、ハイパーマンよりはドニラやダドルラみたいなものだが】」

「守護怪獣ダドルラはヒーロー怪獣ですし、怪獣皇帝ドニラもそれに近いことをする時もあります。らしさは僕が補いますし、ルルヤさんの事は誰より知ってます。誰にも否定させません……やりましょう!」

「【ああ!】」


 怪獣の名を挙げて己の【真竜シュムシュの巨躯】を例えるルルヤに、銀幕の中の著名な怪獣であるその二体についての詳細を付け加え、ルルヤを肯定し。


 そしてルルヤの力強い声の元二人は手を重ねた。【真竜シュムシュの巨躯】が発動する。



 閃光!!


 光の中を、ぐんぐんとルルヤの体が大きくなり、そして変化していく。真珠銀の肌を持つ光の女神が、星雲めいた光の奔流の中から姿を表し翼を広げふわりと着地。


 重力異変の激風と水柱が渦巻く中、ルルヤが仰け反って咆哮すると同時に全身が黒く染まり、黒いシルエットが竜へと変じながら巨大化し、浅瀬に豪快に着水。海底を轟音と共に踏みしめると同時、周囲に水飛沫が立つ!


 並び立つ銀の女神と黒い竜!



 だが、立ちはだかるはその両者に勝るとも劣らぬ偉容。同時、『交雑マルドゥク』が纏っていた次元歪曲もガラスが割れるように砕け散った。


 顕現するのは、冷厳なる鋼の神だ。


 全体としては重厚かつ直線的でありながら機体各部で合計七つの色に塗り分けられている為幾つもの意匠を強引に一つにした様に見える、立体の暴力とでも言うべき複雑極まりない構造。


 シルエットはルルヤの【巨躯】よりも尾が無く首が短い分だけ更に胴や四肢が逞しく太く、巨大な角と方と背部に背負う光背めいた構造物のお陰で、頭頂高はルルヤの【巨躯】より少し大きい程度だが印象としては1.5倍程の体積を感じる。


 GPOOOONN……!


 機体各部に六つ、そして冷酷な気配を感じる程表情の無い機械的な顔面に一つ、発光する球体が収まっている。それが奇妙な音を立て点灯する。顔面のそれは大きめの単眼のようにも見え、その発光は『交雑マルドゥク』の眼光、『交雑マルドゥク』の戦意だ。


「〈星王機神シャマシュラー〉の〈日のシャマシュラー〉……いや、〈星帝超神・ソラのグレートシャマシュラー〉……!」


 それの名をリアラは知っている。『交雑マルドゥク』がここまでに見せた力と同じ、他の物語の力。前回戦った〈ギルガ二世〉の下僕達よりも新しい、といっても前者も後者もある程度昔で、最近はリメイクやゲームへの参戦で触れられる事の方が多いだろうOVA作品のタイトルにして、その主役である巨大ロボットの名前と、設定だけ存在し後世のゲームへの参戦で登場した強化形態の名だ。


 そのように時を無視して再登場を続けるのは折に触れ語り草となりうる程の存在という証であり、日本のフィクションのジャンルにおいて確固たる一翼を担う巨大ロボットもの、その中で最強の機体は何かを語れば〈日のシャマシュラー〉は主役に限っても数百は存在するだろう無数のスーパーロボット達の中から十指に入り五指を伺う内の一体と言われている。


 だが、第一位と言えない理由は50mという小さい訳ではないが後発の機体と比べれば大きいとは言いがたいサイズ、原作におけるパイロットの能力、純粋科学の産物であり神秘・霊的な力に欠けている事、だ。


 原作の姿である〈日のシャマシュラー〉に更に原作では敵だった他の星王機神である〈月のシンナンナル〉〈火のネルガリオン〉〈水のエンキナー〉〈木のマルドラブル〉〈金のイシュタール〉〈土のニヌルタン〉を合体させた後世に追加された強化形態である〈ソラのグレートシャマシュラー〉はルルヤの【真竜シュムシュの巨躯】に優る巨体となるようにサイズの不利をある程度克服し、そしてパイロットが『交雑マルドゥク』であり、その欲能チートによる様々な特殊能力の影響を受けている時点で残り二つの弱点であるパイロット能力と神秘属性の無さという問題を克服。


 原典から二重に離れ、最強を越えた超最強から更に武装と外見は同じだが全く別物の領域に進化した存在だと言えるだろう。


 『交雑マルドゥク』自身の取神行の名であるマルドゥクの名を冠する〈木のマルドラブル〉はあくまで敵の一体でしかないのが皮肉といえば皮肉だがその上で尚全てを奪い尽くし己を頂点とする神話体系とするのは、多くの神々がその祀る都市の栄枯盛衰を反映して頂点を奪い合ったメソポタミア神話の再現でもある。


「はは、如何にも、その通りだ!」

「確か〈とある矛盾の最低最弱〉じゃ次元制御システムだけの使用がメインで、シャマシュラーは腕だけ出現させて使ったけど、グレートシャマシュラーは出てなかったと思ったけどな……! どういう理屈だい!?」

「続きで出す心算はあったんだよ、その前に炎上騒ぎで自殺したがな! はは! 書きたかった、動かしたかったんだ、これを! 懐かしい構想だ、漸く実現出来た!」

「くっ……そりゃ嬉しい筈だよね……」


 偽真竜バベルの後にシャマシュラーを出してくる事は想像していたし機体サイズ差を補う手は何かしてくるとは思っていた、そしてそれならばこれが可能ならば確実にこれを選ぶだろうと思ってはいたが、どういう理論で出した、というリアラの確認に対し、楽しげに笑う『交雑マルドゥク』の様子は、憎い地球と好敵手に叩きつける力を誇る哄笑というよりは公開できなかった物語を公開できたような歓喜で。


 リアラは生前物語を見る側で作る側では無かったが、音楽を作る事はあったのでその気持ちは、少し分かった。


「【……昨晩少し見たあれの強化版か、どれだけ強い?】」

「動いてる戦闘シーンはゲームデータでしか知る事はできませんでしたが、殆ど出せば勝ちの裏技や二週目用ボーナスデータみたいなもんでしたね……けど」


 前夜見た動画の中に、ちらっと〈必殺技1発で敵を粉砕しまくるシャマシュラーの動画〉が……この局面の可能性を想像していたリアラのチョイスで……混じっていた為、話が早いルルヤ。


「更に強くなっていても、データがあるなら倒す事は不可能な存在ではありません。トドメの手は此方で考えます、一番の必殺技に当たらないようにして、限界まで追い込んでください!」


 それに対しリアラは決然、気力知力合わせ答える。


「【分かった、ならば勝つ!】」


 そのリアラになればと快活堂々ルルヤは答える。それならばその道を切り開いて見せるのが己の使命と。


「その意気だ! やれるものならやってみろ! 決戦に相応しからざる陣立てで来た分かってない奴より余程戦うに快いというものだ!」


 対策が出来ていようがハッタリだろうが、掛かってこい良き敵よと『交雑マルドゥク』。知力体力判断力気力運、全てをぶつけて塗り潰しあうのは前提条件なのだから。そのくらい何かあって当然と……寧ろその場に加わる第三者をこそ揶揄する。未だ全力を尽くさぬ心算かと。


 GYTAGYTAGYTAGYTAGYTAGYTAGYTAGYTA……

 SWGOOOOOOOOOOONN……


 空を切る戦闘機、地を踏み鳴らし今度こそ湾岸一帯に展開する戦闘車両。無論沖合いには水面上も水中も、東京湾を封鎖して艦隊が展開している。


 だがそれは幾ら欲能で強化しようとも最早戦力として数えられる存在ではない。故に『交雑マルドゥク』はそれを率いる『全能ゴッド欲能チート』に吼える。舐めるな下衆、と。


「全力を出してくれと懇願するなんて、ハンディキャップマッチで負ける引き立て役の発言だと思わないか?」

「とっとと取神行ヘーロースを出せ、基本ボス。隠しボスが待ってるんだ、ボタン押してターン進める時間が面倒だって言ってんだよ」


 思い上がるな雑魚と嘲笑する『全能ゴッド』にゲームの例えで反論する『交雑マルドゥク』。


 『交雑マルドゥク』が気にくわないのは、要するに精神的妨害の材料であるこれらは、つまりリアラとルルヤの為のものだと言う事だ。


「君達の思い上がりを正すとしよう」


 その増長は隙で許さぬと殺意を向ける『交雑マルドゥク』と、無論無言だが警戒最大のリアラに纏めて『全能ゴッド』は告げる。良くある教訓に、邪悪な嘲笑を乗せて。


「私が与える異世界転生を、辿り着く旅ジャーニーを拒むのならば。赴き還る旅クエストになるのは必然だろう。……そういう物語では最後にこう告げられるもんさ。ファンタジーの世界で得た成長を持って現実に帰れ、ここはお前の本来いるべき世界ではないってね。異世界転生に逆らった以上、異世界からは追放だ。現実的に砕いてあげるよ」


 それは確かに異世界を訪れるファンタジーでしばしば語られる主題テーマ。だが、それがこれ程醜悪になるか。『交雑マルドゥク』は苛立ちに顔を歪め、リアラは抗う決意を固め。



 そして同時。混珠。〈絶え果て島〉。


 年中雪で真っ白な〈冬の列島〉の中において、最も北にありながら灰色の岩を剥き出しに、陰鬱ながらも他の島々程の寒さを持たない不可思議の島。


 その不可思議の理由はこの男だったのか、だとすればこの男は、混珠こんじゅ誕生以来からこの場所に居座っていたのか。


 『永遠エターナル欲能チート』デルリク・ボルニキラド。島の中心にある洞窟、闇の中から歩み出て、洞窟外の岩に玉座めいて腰掛け、待ち受ける。


 その頭上には暗灰の雲、否、雲と見紛う程の無数の偽竜の群れだ。『永遠エターナル』が無数の輪廻転生で経験した竜の使役を元に、半身たる魔剣『災禍を呼ぶものテンペストコーザー』が食らった魂を変成させた能力。


 混珠こんじゅ最後の十弄卿テンアドミニスター新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア最後の戦力。しかしその力は、最後だが組織の首領たる『全能ゴッド欲能チート』に次ぐ。単体でありながら複数であり、国家をも上回る、世界全土を蹂躙する軍勢でもある。


「来たか」


 沖合いを物憂げな紅眼で見る。沖合いに展開する混珠こんじゅ軍艦から光が迸り、艦と艦とを繋いでいく。遥か上空から見れば、島を囲う巨大な魔方陣を描いていると、居ながらにして『永遠エターナル』は認識する。


 船の上では神官海賊ハリハルラが魔法を広げ、ボルゾン提督が指揮を飛ばす。


 『永遠エターナル』が立ち上がり詠唱する。


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

古は偉大なり

今に良いものは無し

偉大なるものはいつも過去にあり

挑む者は要らず

意味無し忌むべし、此こそが我が現実なり!

取神行ヘーロース、『過去無限・現在夢幻イモータル・ズルヴァーン』!!」


 『永遠ズルヴァーン』の姿が、〈戴冠せるもの〉〈紅衣なるもの〉〈妹の少女〉〈地球の姿〉の四つに分裂する。


 同時に周囲を、幾つもの輝く《大転移》魔法門が取り囲んだ。


 偽竜の群れが、雨のように艦隊へ、《大転移》魔法門へ襲いかかる。艦隊が対空砲火を吹き上げる。


 そして。



「「「いくぞおおおお!」」「「「おおおおおおっ!」」」


 《大転移》魔法門が開いた。名無ナナシが、フェリアーラが、ミレミが、ユカハが、ガルンが、ルアエザ・エラル・ラルバエルル・ペムネの舞踏歌唱撃団が、ギデドスが、ルマが、ラトゥルハが、ミシーヤが……


 これまでの戦いの中でこの局面に挑める程に鍛え上げられた【真竜シュムシュの加護】を受けた戦士達が、『永遠ズルヴァーン』に挑みかかる。



 混珠こんじゅ、地球、そのどちらでも、世界の命運を賭けた戦いが始まった。

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