・第二十九話「僕等は一つじゃない(前編)」

・第二十九話「僕等は一つじゃないWe are not one pieces(前編)」



 BAUN! BAUN! BAUN!


 VOHYU! VOHYU! VOHYU!


 諸島海を支配するに至ったジャンデオジン海賊団とそれに服従させられた海軍と、それ以外の海賊団との一大海戦が、諸島海各海域で発生していた。


 投石機の曲射が先ず唸りをあげる。それにより射程距離の短い弩砲の直射が続く。彼我の港艦から発信した水騎兵を石散弾で射つか、味方の水騎の迎撃と各艦に搭載された弩砲での迎撃に委ね敵艦を岩弾で射つか、岩弾に魔法付与が可能である場合いかなる魔法を付与するか。


 陣形、風向き、戦況、彼我の戦力、その他数多くの要素。それによってその判断の最適解は様々に変わる。それを見抜くのが船長の技量だ。


「近づけるんじゃねえぞっ! 癪だがな!」「合点承知!」


 海賊船長の指示に従い、船員達が櫓櫂を漕ぎ、帆布を動かし、弩砲を放ち、船内の船員が旋回式投石機の《労働倍力》が付与された土台を回し、投石機操作員が防盾の中で石弾を装填し錘を調整する。


「錘二つ減らし! 旋回終わり! 撃ェッ!」「取り舵! 櫓櫂集漕ぎ方合わせ!」


 石弾が、太矢が飛ぶ。衝撃が表面を削り、そこに火矢が打ち込まれる。その火が必死に消火され、飛び散った木片で負傷した船員が搬送される。敵艦の旋回式投石機や弩砲を撃ち抜き破壊する。マストが軋み、彼我の何本かの櫓櫂が折れ飛ぶ。艦が旋回し、同航戦を保とうとする。その艦と艦の間を、敵味方の水騎が大海狼に牽かれ地球のモーターボートじみた速度で疾走し、戦車チャリオット戦の様に戈やそれに相当する漁具鉤や鉛の錘を振り出す戦釣竿や刺銛で打ち合い、大海狼同士が噛みあい、弩砲や投銛で敵艦や敵水騎を撃ち、時には敵艦への切り込みを行う。


 漁師兼業の血の気の多い荒くれが多い混珠こんじゅの海賊達は、本来商人とその被雇用者が主な政府海軍より切り込みを積極的に行う。だが、此度の戦いではそうはいかなかった。敵方も主力はジャンデオジンの海賊、『増大インフレ欲能チート』の力を受けて異形の怪物と化した『増身賊』デフォルメデビル『屍劇オブザデッド欲能チート』の動屍アンデッドだ。動屍アンデッドは浄化する必要がなく粉砕すればいいという事が分かったとはいえ、白兵戦は敵の方が強いのだ。故に、間合いを保つ事を優先した海戦をせざるを得ないが……


「親分、いけてますぜ! 奴等、海軍の連中を末端としてしか使ってやせん!」

「馬っ鹿野郎! それはそれで不味いだろうが! それに!」


 その戦法をジャンデオジン海賊団に抗う者達が通せたのには理由がある。それは敵側の編成だ。


 裏切りの可能性と効果を減じる為か、ジャンデオジン海賊団は武力と欲能チートにものをいわせ、海軍の人間の中から心弱き者を『増大インフレ』の力で悪心増大を行い『増身賊』とし、一部の抵抗者に至っては先んじて動屍アンデッドの牙にかけて動屍アンデッドとし〔これが病の一種であり浄化系ではなく病気治療計の法術で対抗可能という事は知られていたが〕、それ以外の者は櫓櫂を漕ぐ等の雑役に配分し独立して扱わせず指揮下に組み込むという手をとったのだが、確かにこれは謀反を封じ雑役を担当していた海賊も戦闘に積極投入できる事にはなるが、海軍側の連携を破壊し、戦意の無い海軍兵を奴隷めいて使役する事で結果的に櫓櫂動作の効率定価を招き、白兵戦闘力を上げても白兵戦の間合いまで切り込めないという事態を招いていた。


 それは現状においては反ジャンデオジン海賊連合を利してはいたが、しかしそれは拮抗が崩れた段階での海軍の離反抵抗が望みがたいか弱小化することでの犠牲増大を意味するし白兵戦距離に踏み込まれた際の危険性も跳ね上がる。そして何より……


「KIIIII!?」「KIIIII!?」


 艦を直衛していた二隻の水騎を曳く大海狼が、片方はチェーンソーシャークの群れに切り刻まれ、もう片方はネッシャークに首を咥えられ空中高く投げ飛ばされる!


「うわああっ!?」

「調子にのれる程マシな状況じゃねえ! 水騎戦でもこっちが不利なんだ! 死ぬ気でやらんかぁ!」

「が、合点承知!」


 そう言いながらも船長が吠え、銛を投じネッシャークの長い首にある鰓を貫く! 鰓から血を噴いてのたうつネッシャーク! 船員も気合いを入れ直し、這い上がってこようとする水陸両用の鮫共を櫂槍で叩き落とす!


「今じゃ諸島海はどこでもこの地獄か! ……更に酷い地獄もあるってな、一体全体どうなってるやら……!」


 船長は唸る。決戦の海を思って。



「法術障壁展開!」「隠秘術障壁展開!」


 決戦海域、ジャンデオジン海賊団母港での海戦は、案の定更に熾烈を極めていた。それは、各地での撹乱攻撃とは違う理由があった。


 即ち、という事だ。彼我入り乱れる乱戦にしなければ、真竜シュムシュの勇者との戦いで隙が出来た瞬間にいつガゴビス・ジャンデオジンから広範囲殲滅攻撃が飛んでくるか分からない。しかし、ガゴビス・ジャンデオジン以外のジャンデオジン海賊団の幹部級戦力を、真竜シュムシュの勇者以外の味方の強力な戦士で少しでも受け持たなければ、その分だけ勝率が低下する。そして、味方の強力な戦士と言えど、それは死命を振り絞って漸くある程度可能になるもの。


 即ち、味方の強力な戦士にその任を果たさせる為には相手の通常戦力を引き受ける戦力が必要になる。この海域に船団を送り込まない事は出来ないのだ。


 故に突撃は必須、さりとて白兵戦では敵が優勢。それを辛うじて耐え凌がせるのは、突入した艦である〈波巻く祈りライミンダ〉号と〈魔嵐〉パックルーブラ号の装備だ。〈波巻く祈りライミンダ〉号は法術を、〈魔嵐〉パックルーブラ号は魔術を〔デックニーはそれを魔法装備に封じた魔を通じて魔術を行使する隠秘術という形で運用しているが〕、艦船規模に展開する事が可能な機能を有する。それを使い防御魔法を展開、艦首衝角を振りかざし二艦は突っ込んだ。


 だが、敵の攻撃は更に激しい。向こうからも衝角戦を次々挑んでくる。


「櫓櫂衆、右全力左半力8息30秒! その後右半力左全力12息45秒!」

「当たるかっての!」


 自らの衝角も、深々と当てれば相手の艦体に固定されてしまう。それは最終的には避けられないのは覚悟の上とはいえ、ハリハルラもデックニーも見事に舵輪を操り伝声管で櫓櫂の動きを指示しながら、敵の衝角をかわし、自艦の衝角で敵の片舷の櫂を薙ぎ倒し、船尾の櫓や舵を突き崩し、おっとり刀で迎撃に出た前衛艦隊を突き崩して突破、操船不能とし敵戦力の半分を後方に置き去りにして白兵戦に参加できぬようにし。その上で、敵軍本陣の衝角を避け、敵の船腹に自らの衝角をめり込ませる!


「艦首結界解除!」

「ぶっぱなせぇい!」

「艦首結界再展開っ!」

「撃てぇえっ!」


 そこから結界を開けては投石機と弩砲を見舞い、閉じては投石機と弩砲を装填し、再び開けて撃ち放つ! だが!


 VZZZZZZZZZZZZ!


 BZZZZZZZZZZZZ!


「来るぞぉーっ!」


 敵はやはり恐るべき存在。砲撃で打ち崩された味方の船に構わず接舷し、鮫と動屍アンデッドを大量突撃! 死んでも惜しくない戦力を防御魔法に突っ込ませてぶつけ防御魔法を消耗させ、崩し……遂に雪崩れ込む!


「迎え撃てぇえっ!」


 だが、それはハリハルラも読んでいた。一部の弩砲や水騎用武器を取り外し乗員の武器として装備させていただけではない。


「WOOOOOOOOOOOFF!!」


 本来水騎を牽引する大海狼。鰭型の四肢と巨体を持つが、アシカよりも素早く鰐やカワウソ並みに地上を移動できる。それは艦上を移動するには十分な速度。それを利用し、水騎騎手と大海狼に訓練を施し、いざという時水騎を曳くのではなく乗手が大海狼に跨がって甲板上で白兵戦を行えるようにしていたのだ!


「おらあああああ!」

「食らってやるぜええええっ!」


 だがそれでも尚、『増身賊』の欲望に突き動かされた突撃は止まらない。


「くそ、揃いも揃って、頭目いちばん真似とモドキれっかコピーしかいないアホ面を、押し付けてきてんじゃないよっ!」


 しかしハリハルラが魔法の杖を構え、銛と投網を構えるデックニーと共に船員を従えて激突する!


「そこを、どけえええ!!」



 そして、その目指す先では、この戦いの渦潮の、更に中心的な激流の如き戦闘が始まっていた。


「畜生! 畜生がぁっ! 邪魔を、しやがってっ! 俺を、怒らせたら、死ぬって事、思い、知らせ、て……!」


 『憤怒サタン欲能チート』が、怒れば怒る程再現なくあらゆる力が増していく己の欲能チートを前回に、手傷を回復し、その怒りの力で己に奇襲を見舞った新顔の敵を粉砕しようとする。『怒り続ける限り際限なくパワーアップする』欲能チートは、『増大インフレ欲能チート』に最も近しいという自負がある。こんな餓鬼、鎧袖一触、一発で粉々にしてやると、怒り呪い猛る……


「……あへっ……?」


 その形相が、突如、呆けたように蕩け崩れた。それは、怒りではなく、快楽。


 直後両目と喉笛を投じられた短剣が貫き付与魔法が炸裂、こと単純な破壊力ではジャンデオジン海賊団において『増大インフレ』に次ぐ存在であった〈七大罪〉『憤怒サタン』の、余りにもあっけない最後であった。


「てめーの同類が使ってたヤクの味はどうだ、糞海賊が。快楽とやらに廃人にされながら怒れるンならやってみやがれ、っと!」


 投じた短剣に変わる短剣を防具から引き抜き構え冷徹に吐き捨てる名無ナナシ。一投目の短剣には魔法付与だけではなく毒をも塗布していたのだ。かつて潜入捜査しリアラと出会う切欠になった極悪『色欲アスモデウス欲能チート』が使った麻薬めいた快楽毒を! しかし直後慌てて飛び退く事になる。奇襲で一体を葬ったとはいえ……


「生憎私には通じませんよ! 死体ですからねえ!」

「俺にも通じねえなあ! 人間用のはよぉ! 鮫だからなあっ! 最もそれ以上に刺さりゃしないんだよそんなチャチな攻撃はよぉっ!」

「生憎今ので品切さ! この! 化け物共! ちっ!」


 迫る、それぞれ異形の怪物、長舌多眼多頭鉤爪多巨腕皮翼の『最終異形動屍王』ラスボスハイゾンビクリーチャーと神秘超金属鎧鮫人間『超古代文明鮫王』アトランティスシャークタリアンロードに変身した『屍劇オブザデッド欲能チート』と『鮫影シャークムービー欲能チート』。飛び退いた甲板が『屍劇』オブザデッドの巨腕で砕け散る中名無ナナシは更に魔法を込めた短剣を投じ炸裂させるも、『鮫影』シャークムービーは無傷!


「鮫めがっ!」

「無駄無駄ぁ! シャークオリハルコニウム製の鎧は神秘の金属! 魔法を付与しようがこいつの防御は抜けん! 無敵だぜ!」

「何だよシャークオリハルコニウムって!?」


 続くガルンの櫂槍の一撃を腹に受けるもやはり無傷で高笑いする『鮫影』シャークムービー。適当吹いてるんじゃねえと怒る名無ナナシだが、そんな与太話以下のZ級映画が元ネタの妄想でも、力になる事が欲能チートの恐ろしさだ!


(しかも、実際身体能力も大したもんだ、素早過ぎて中々隙を狙うのも……?)

「そっちはどうだっ!」


 海神ポセイドン気取りの三又槍トリアイナと鎧の手足や肩から生えた鮫の鰭と歯を組み合わせ象った回転鋸めいた刃を使い襲いかかってくる『鮫影』シャークムービーをかわしたガルンと名無ナナシは、ならばと続く『屍劇』オブザデッドを攻撃するが。


「無駄無駄無駄ぁあ! この私の再生力は! 倒せるものではありませんよぉ!」


 攻撃をシャットアウトする『鮫影』シャークムービーとは違い、攻撃は効くのだが即座に再生する。一度に全体を狙いにくい複数の頭部も何本もある腕も、爆破しようが切り落とそうが即座に再生。更に、口からは木材も金属も関係なく溶かす溶解ブレス、鉤爪を振り回し、体を変形させて職種を放ち、更に皮膜を広げて飛行する。


 そして、防御力・生存力が高いという事は即ち。


「ぐむっ!」「く、あ、ぐっ……かはっ!?」


 相手の攻撃を無視して無茶な攻撃が可能という事である。三又槍に対し櫂槍を合わせカウンターを繰り出したガルンだが、相互の勢いの乗った一撃にも構わず耐えた『鮫影』シャークムービーは突っ込み、そのまま鎧の刃と最大の武器である牙で食らいつき、ガルンの屈強な肉体に幾筋もの傷と血の筋を刻んだ。


 短剣を連続投擲する名無ナナシも、触手めいて延びた舌に絡みつかれ分泌液に防具を溶かされながら締め上げられ、更に骨折する程の勢いで甲板や帆柱に叩き付けられる!


 辛うじてガルンは鮫の食いつきを皮一枚に留め甲板を転げて『鮫影』シャークムービーの懐から逃れるが全身傷だらけ、ぎりぎり名無ナナシは相手が再生するとはいえ傷を受ける点を突き職種を切って逃れるが、防具と服があちこちずたずたに裂け、何ヵ所かの骨が軋み白い肌に痣が走った。


「しゃはっ。勝てねぇのは分かったか?」

「ええ、私達の狙いは転生者のビキニアーマーリアラ・ソアフ・シュム・パロン、あなたがたなど敵ではない」


 血と汗に筋肉の浮き立った肌をぬめ光らせるガルン、ぜえぜえと痣の残る喉を鳴らす名無ナナシに、『鮫影』シャークムービーは文字通り鮫のように笑い、『屍劇』オブザデッドは怪物の顔に似合わぬ冷淡な声で嘲笑するが。


「掠り傷程度で、良く吠える」


 出血は派手だが、命も当座の戦闘力も未だ失われてはおらん、何も問題はないと平然ガルンは答え。


「ふん。そんな偉そうな事は俺の細首程度へし折ってから言えよ、三下。リアラちゃんのところにたどり着く事すらできてねえくせに」


 くっと首を傾けて痣と首の細さを強調して晒しながら、名無ナナシは嘲笑を返した。その油断のない瞳に、思考の光をのせながら。


「さっき、お前らの中の最高幹部にも負けないとかほざいてたが……俺程度即死させられないんじゃ、一通り真似できるっつっても、所詮は唯の劣化コピーだろうが。そんなんじゃリアラちゃんどころか、俺にだって勝てねえよ」


 それは痩せ我慢だ。服の内側に仕込んでいた衝撃吸収の護符は、今ので幾つか効果を焼き切られて吹っ飛んだ。事前にリアラに貰った【真竜シュムシュの鱗棘】を《付与》した護符の効果の上でそれだ。ガルンもそれは貰っている……そうでなければ今の一撃で手足の一、二本は持っていかれただろう。


 それに加えて十弄卿テンアドミニスターの『邪流ジャンル』程では無いが、未知の精神干渉を周囲に放出していて、それを【鱗棘】の護符が防いでいるのが伝わってくる……名無ナナシは知る由も無いがそれは、それぞれ鮫映画とゾンビ映画の犠牲者がするような油断や判断ミスを誘う方向に思考を誘導せんとする精神干渉だ。『邪流』程の絶対的な効果ではないが、十二分以上に危険だ。


 だがだからこそ、勝ち目は薄いと悟りながらも、こいつらを挑発せねばならぬ。俺達が戦わねばならぬ。名無ナナシはそう誓う。


「……惨たらしく死にたいんだな?」

「いいでしょう。貴方達程度でも、首でも晒してやれば、ビキニアーマー自称勇者どもも動揺しようというもの。私達の武器になりなさい」

(姑息な性根が透けているぞ。だが、障害になるのは事実……)


 ガルンもそれは承知の上だ。己自信の名誉もあるし、こいつらはこいつらで、【真竜シュムシュの地脈】の消費の様子を無意識に伺っている事も承知の上で、それを自覚させぬように引き留めなければならない。人格の劣悪さと、戦力としての厄介さは別だ。そして何より。


(……死ぬなよリアラちゃん! その為には、出来るだけここでこいつらを……!)


 名無ナナシはその頭上に、ひしひしとした死の気配を感じていた。……リアラとルルヤが立ち向かう相手の、絶望的なまでの力が本能と第六感にかける圧力を。


 あれと戦うだけで二人とも限界以上の極限状況だ。それは間違いない。だから、こいつらがそれより弱くても……ほんの僅かでも向こうの勝率をこれ以上下げる訳には行かない。ただそれだけの為に、命を捨てても食らいつかねばならぬ状況だと!



(……この男)


 その名無ナナシと同じ危惧を、ルルヤもまた感じ取っていた。口調こそ奇妙にわざとらしく訛らせおどけているが、掛け値なしの怪物だ、と。


(気力の力だけで飛んでいるのか……何て奴だ)


 気力意思力精神力が限定的かつ原始的な魔法として機能する。それはこれまでに第七話等でも語られた混珠こんじゅの法則の一つだが、それが魔法よりも遥かに効率が悪い物である事もまた事実。覚悟を決めた戦士が渾身の気力を込めた刺突が物理攻撃を減衰する防御魔法を打ち破りうるといった領域の話だ。


 飛ぶ魔法すら比較的希少であるにも関わらず、気の力で飛ぶ等本来あり得ない事。もしそんな事が可能だとするならば、気の力が常人の数万倍等というレベルではない事を示している。


 ましてジャンデオジン海賊団は、〈真唯一神エルオン教団〉と対立していたし、『増大インフレ』の方が新天地玩想境ネオファンタジーチートピア十弄卿テンアドミニスターとしての地位は上なのだという。こんな効率の悪い方法で『強力な独自の魔法体系を創造する』『神仰クルセイド欲能チート』の力と互角以上だったとするならば、その力の程は恐るべき脅威。


 それを察したのはルルヤではなく、魔法等の力を【真竜シュムシュの眼光】の個別特性で見る事ができるリアラで、【真竜シュムシュの宝珠】の記録機能の応用による文通でルルヤに無言で伝えたのだ。


 正直一目見たその姿とその口調は、リアラからしてみればまるで故郷のメジャーな人気少年漫画の登場人物を粗雑に取り混ぜ模倣した様な珍奇きわまりないものでむしろ目撃した時は『鮫影』シャークムービーを最初に見た時に近いレベルの困惑を一瞬感じたのだが、脅威度はそれとは別に恐るべきと言う事もまた見て取れた……名無ナナシとガルンの戦闘介入により『鮫影』シャークムービー『屍劇』オブザデッドとリアラが、『増大インフレ欲能チート』とルルヤが戦うのではなく、最初から二人揃って向かい合う事ができたのは幸運だった。


「それにしても、おめえも中々人気者だなあ。あの海賊共も、『神仰クルセイド』の奴が征服する心算だった連中も仲間なんだってな?」

「……それが、どうした?」


 酷く気安い口調で話しかけてくる『増大インフレ』。今にも戦いが始まるのは間違いがない。空気は極端な迄に張り詰めている。なのにの、飄々。


(一体、こいつ、どういう奴だ……?)


 故に答えるルルヤも眉を潜め、無言のリアラも、奇妙な不安を覚えた。


「人気者ってなあいいよなあ。だが、俺の方がもっと人気者だってばよ。何しろ強いからな、この諸島海も混珠全部も、何れ俺を崇めるようになるぜ。そう、人気ってな、やっぱり強さだってばよ。地球の漫画でもよ、一等売れてるのはやっぱり、強い奴が戦って勝つ漫画じゃねえか。そして現実の戦場でも、戦って勝つ奴が富を得る。この世界の英雄だって、要するに強い奴だったんだし、お前らだってそうなんだろ? 強くて勝って来たからこそ、ちやほやとファンが増えやがる」

「強いだけが英雄の理由なんかじゃない、強いだけの悪は、いつかは討たれます!」

「そして、悪いが仲間達が命がけで戦っている、無駄話ではない続きがあるなら、戦いながら言ってみるがいいっ!」


 薄笑いを浮かべ頭をがりがりと掻き、ヘラヘラと楽しそうにいう『増大インフレ』に対し、しかし戦わねばならぬ。リアラはその理を否定しながら【真竜シュムシュの骨幹】で矛を、ルルヤは剣を形成し、決然と攻撃開戦!


「違わねえな!」


 同時『増大インフレ』もまたその手に武器を生成! 手にするのは長大な棒! リアラはそこに瞬間的な欲能チートの行使を見ていた。『増大インフレ』。増やす欲能チート。精神力から直に鉄を作り出す【骨幹】と違い、それを使って頭髪の一本を一瞬で『長さを増やし』『太さを増やし』『重さを増やし』『硬さを増やし』て、棒術に使える武器としたのだ!


「そいつをこれから、力で教えてやるってばよぉっ!」


 その長棒で薙ぎ払うようにしてリアラとルルヤの攻撃を止め『増大インフレ』も反撃、戦いが始まった!


 VABABABABABABABABABABABANN!!


 『増大インフレ』の戦法は、獣の如き猫背の姿勢から、長い棒を更に長く突き出すように片端近くを握って、猛然と剣が袈裟切る如く鞭が撓るが如くびゅんびゅんと連打する、地球における東洋の棒術杖術とは随分と違う術理によるものだ。その様は嵐か獣か、凄まじく速く、凄まじく重い! 圧倒的な速度と力!


「これが『増大インフレ』……! うわぁっ!?」


 乱打の猛襲にたちまち主導権を取られ、突き込んだ矛の穂先を粉砕され共学するリアラ。『増大インフレ』。その欲能チートは『只管な、正にインフレじみたパワーアップ』。予測してはいたそれを身をもって理解する。


 圧倒的な力と速度とそして硬度重量を強力に拡張された武器。鉄鋼とそれを基とした合金の範疇で理論最大値の強度を誇る【真竜シュムシュの骨幹】で作られた矛が、それを上回る子供の妄想の様な出鱈目な頑丈さと力にまるで電動鉛筆削りに突っ込まれた鉛筆の様に易々と砕かれ削られていく。しかも二対一であるのに、手数で全くひけをとらないどころか……


(【骨幹】で再構築し続け、防御を優先だ! ここは私が! その後に……)

(っはいっ?」


 【真竜シュムシュの宝珠】による竜術通信によって、ルルヤがリアラに指示を下す。リアラは即座に砕けかけた矛を頑丈さを最優先した鉄棍に再構築、【骨幹】をこまめに使用して適宜崩壊を直しながら、防御を優先して敵の攻撃を防ぎ、手数の潰し合いに於いて貢献する方向に頭を切り替えた。そしてルルヤが武を振るう。


「確かに猛然たるものだ。シンプル故の速攻、攻撃的で制圧的な武……」


 ルルヤも、そして流石のリアラも知らなかったが、『増大インフレ』の動きは幾つかのアフリカの伝統武術における棒術の動きににたものだ。それを、欲能チートによる猛烈な力と速度で本来バランスのよい武装というにはあまりにも重くした棒を嵐の如く叩きつける魔技と化したもの。


 ルルヤもそれを【骨幹】を使い再構築し続ける鉄剣で捌く。『功夫カンフー欲能チート』の多彩な技や、フェリアーラが振るい『経済キャピタル欲能チート』が奪い用いていた長い白兵戦武器実用の歴史の中で 洗練された武器の打ち合い方の膨大な蓄積から選り抜かれた長い白兵武器実用の歴史の中で洗練された混珠こんじゅの武、『神仰クルセイド欲能チート』の独特な刀法〔その真相は『神仰クルセイド』が個人的に古伝文献を収集した中世の中近東における武器術と実践我流の混合〕と比べれば単純で術理自体はルルヤにとっては恐れるに足りぬ。だがしかし、それを尚補って余りある……


「おらぁっ!!」

「うわぁっ!!?」


 ZZBAAAANNNN!!!!


 圧 倒 的 な 力 !


 更に速度と威力を増した一撃が一瞬にして極超音速に到達し、気力の篭った事で【真竜シュムシュの鱗棘】にも影響を与えうるようになった衝撃波で空気を爆発させる! 受け止めたにも関わらず爆裂衝撃波でリアラが強化し再構築を続けていた鉄棍が破断、吹き飛ばされかけ必死に【真竜シュムシュの翼鰭】を羽ばたかせて体勢を建て直す。


 しかしその間、二人に向かっていた『増大インフレ』の打撃嵐は猛然ルルヤ一人に集中する事になる。『経済キャピタル欲能チート』『惨劇グランギニョル欲能チート』二柱を圧倒し、『神仰クルセイド』が二身一心で迎え撃ったリアラとルルヤの連携を、単独で、それも、力で突破……!?


「だが」「『増大インフレ』ッッッ!!」「させるかぁっ!!」


 そうはさせじと、その瞬間ルルヤは反撃に転じた。二対一から一対一になる戦局の悪化に起死回生を狙うだろうからそれを更なる一撃で制するという『増大インフレ』の考えを読んだ上で。


 『増大インフレ』が欲能チートを更に発動させた。大きく振るった棒を構え直し再度振るおうとする隙を突くだろうルルヤに対して、その動きを釣りだして逆に突かんとする、構え直してから再度降るという一瞬を省略する奇手にして殺手。毛髪から欲能チートで棒へと変えた武器を、更に爆発的増大。長さを増大された棒は一瞬で、極超音速で対手の腹を竜の鱗にも通じる気力を込めて打ち貫く杭打撃パイルバンカーと化す。


 それをルルヤは読んでいた。のみならず、リアラと【宝珠】竜術通信で図り、この状況を作り誘い込んでいた。


 直線的な杭打撃をくるりと踊る様に斜めにかわす。衝撃波を【鱗棘】で無力化し、回転を斜めにのせ、更に重力操る月の【息吹】を付与した斬撃。それに呼応する、


「【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】!!」


 吹き飛ばされた勢いを利用して後衛に展開し、武器を持たぬ一瞬に両手指を広げての【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】! ルルヤの背後から回り込む奇襲は、その全弾を『増大インフレ』の耳目に着弾させる徹底的攻撃!


「【リアラ・ソアフ・シュム・パロン、真竜シュムシュの名と共に希う! 奪われた島々よ、冒涜された神々と精霊よ、征服させられた海よ、虐げられ殺められた人々よ、その魂よ! この海域とその命を愛し守らんとする我等に答え、我らと】!」

「うおおおおおおおっ!!!」


 その普通の敵ならばそれで必殺の攻撃を煙幕に、更に重なるリアラの【真竜シュムシュの地脈】の詠唱に乗った、殺し尽くして尚殺するルルヤの追撃。先の一撃で付与した【息吹】で動きを縛り、空振りさせた杭打撃を放った棒を踏みつけ蹴飛ばして懐に入り込み、棒を蹴り飛ばす反動、翼の加速、剣への【息吹】の付与、先の【息吹】の付与で重く落下する相手の肉体との交錯その全てを乗せた刺突をその口中へと叩き込む!


「【地脈にて繋がりたまえ】!」

「食らえぇえっ!!!」


 【真竜シュムシュの武練】で言う降り下ろす重力活用である〈天〉、踏み込む反発活用である〈地〉、左右の空間と遠心力の活用である〈界〉、全てをフル活用し魔法に仲間との連携を加えた正に混珠こんじゅ武術の、【真竜シュムシュの武練】の極致というべき一撃だった。『増大インフレ』の欲能チートが際限なき自己強化なら、その身体強度は『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』並の可能性すらある。それを考慮しての迷い無き全力全開。


 白き陽の熱線と黒く吼える月の重力が『増大インフレ』の顔面を塗り潰す様に炸裂し……


「ああ、そうだ。【地脈】とやらを使えば、これくらいは出来るだろうよ……!」

「っ……(やはり、更に手強いっ……)」


 その炸裂の後に響いたのは、笑みすら含んだ『増大インフレ』の声だった。その筋肉で歪んだ笑みを浮かべる顔に、確かに傷はついていた。だが、本来ならば頭蓋が爆裂していて然るべき連撃に比して、その傷は出血する程度のもの。しかも、それらも見る見るうちに回復し。


「オラは戦えば戦う程強くなる。おめえらは、この世界の力を借りて強くなる。おめえらを殺せば世界をも越える力を手に入れられる……」


 ばりり、と、ルルヤの剣の切っ先を噛み砕きながら、『増大インフレ』は笑った。


「食らうぜ、てめえらをよ」

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