・第二十八話「竜と暴力と変革と(後編)」

・第二十八話「竜と暴力と変革とドラゴンボーリョク・レボリューション(後編)」



 翌朝!


 どうどうと波を蹴立てて、大小様々な海賊船が諸島海のあちこちを駆け回っていた。海賊船は基本的には皆改造船舶であるが、それでも城艦に相当するもの、港艦に相当するものに大別されるが、どちらの種類も何隻もある。


 特徴としては海軍の艦が基本的には正式採用された同型艦が多数存在するのに対し、海賊艦は同型が存在しない事、そして、諸島海政府や諸島海外の存在に対し抵抗活動として海賊好意を行うという性質上、地球で言う通商破壊活動を行う第一次・第二次大戦の水上艦の様に一見すると普通の船に見える仮装を施しているものや、単独行動時の汎用性を持たせる為大型弩砲を装備して港艦としては砲撃力があるものや城艦でありながら水騎積載能力を持つ物などの変り種があり、攻撃力よりも速度と防御力に重きを置く船が殆どであるのが特徴だ。


 そのなかでも一際目を引くのは神殿風の法術装備が施された〈神官海賊〉ハリハルラ・ハンテ・ハレーティンの港艦〈波巻く祈りライミンダ〉号と、一際華美な装飾の施された黒い城艦〈魔嵐〉パックルーブラ号だろう。


 〈魔嵐〉パックルーブラ号はかつて三代目魔王軍に所属していた魔術装備の施された艦であり、中破漂流難破していたそれを発見した男、様々な海獣や動珊瑚・大真珠貝等の亜獣級希少生物に挑み商品価値の高い対象を狩り取る挑戦的な博徒か剣闘士めいた派手男〈冒険漁商〉デックニー・デバロップが船長を勤めている。


 だが、本来ならこの二隻より人目を惹いたであろう〈我らの島〉号、速力優先の海賊船が多い中で唯一防御力と攻撃力を優先した設計の双胴の超大型艦、三代目魔王軍の時代において諸島海政府海軍の旗艦として使われていたものが戦後の復興期において民間転用で払い下げられ、巨体を活かして最大規模の海獣を狩りそのまま洋上で解体製品加工する水産工場機能と複数の漁船の洋上拠点を兼ねる小規模の浮島として戦後の復興期において諸島海の人々の胃袋を支え、そのまま諸島海漁師の顔役である〈大船長〉オルシス・オルゾォールの持ち船となり一朝事有る時は島を離れる事になっても反抗を行う為の移動拠点となるようにと海獣狩用としては過剰な巨大城艦の火力と漁船母艦機能を応用した港艦としての水騎運用機能を併せ持つ、言わば海賊達の総旗艦というべき諸島海最大の海賊船の姿はない。


「オルゾォールの爺様を助ける為もあるが、爺様の船団を除くとはいえこれだけ一度に動くとは、中々壮観な光景だなあ。こいつぁ、それこそ三代目魔王海軍との海戦に次ぐんじゃないのか?」


 優秀な城艦でありながら同時に軽快な〈魔嵐〉パックルーブラ号の舵輪を操りながら、同艦の装備である魔法通信機を使い、〈波巻く祈りライミンダ〉号の艦橋と通信を繋ぐと、デックニーはハリハルラに話しかけた。


 そう。諸島海政府と海軍を降伏させたジャンデオジン海賊団はハリハルラをボルゾンが捕らえようとしたのと同じ様に、オルゾォールの海賊団に海軍からの交渉を通じて奇襲を行った。顔役であったオルゾォールは交渉を受けない訳にいかず、また立場故にハリハルラとボルゾンのような小規模な会合と言うわけにもいかず、逃れられず捕らえられた。


「だろうね……死出にはいい航海日和かも」


 遥か水平線を見据え青い髪と魚鰭状の海森亜人シーエルフの耳を靡かせるハリハルラは、暗灰色の長髭長髪を潮風に靡かせる巌の如く厳めしい男である〈大船長〉オルゾォールの顔を思い出しながら、静かにそう答えた。その言葉に白目勝ちの目を剥いて尖った顎を引く驚きの表情を見せると、デックニーは魔法通信機に小声で問いかけた。


「……ヤバいかい?」


 予想以上にハリハルラの戦況分析は危機的だ、と、それに面くらい、そして映像と音声を伝える巻物型魔法通信機の紙表面に自在に動くインクが描き出したハリハルラの表情を横目で見て、それが本気だという事を悟るデックニー。砂海を救った売り出し中の勇者が来たというハリハルラからの情報があったからこそ、海軍の降伏で騙し討ちにされた爺様を取り戻せ、逆転と逆襲の時だから皆帆を掲げろと各地の海賊団が連合したわけなのだが。


「ヤバくないわけがあるもんか。本来、海賊っていうのはこうして分散して各地で抵抗するのが基本さ。だからこそ民間海軍じゃなく海賊と呼ばれる訳だよ。けど、ジャンデオジンの連中が使う化け物相手じゃ、バラけるのは本来危険さ。さりとて集まっちゃ、魔王か何かみたいな大規模魔法じみた攻撃をするガゴビスの糞野郎相手じゃ纏めて吹っ飛ばされかねない。……こうしてバラけたって、奴等とかちあう船はやっぱり1発で吹っ飛ばされうる。海軍の連中が尻尾振ったのも、〈我らの陸〉号の後継艦〈大羅針盤〉号を含む艦隊一つ、丸ごと消し飛ばされたからだそうだよ。勇者達がいなけりゃどうしたって勝算ゼロ、我ながらボルゾン相手に意地を張って啖呵を切ったのは大いに無茶だというのは分かってた位さ」

「……海軍の連中の気持ちもわかるね」


 ハリハルラの答えに引き笑いを浮かべかけるデックニーだが、軽口もハリハルラの表情を見ては引っ込んでしまった。恐怖と罪悪感を抱え、それでも尚、何かを守る為や何かを成し遂げる為には自分だけではない命まで危険に晒さなければならない人間の表情。デックニーとて船長。己の夢見た冒険に、己の船の船員の命を危険に晒す仕事だ。その業の重みを自分もまた引き受けなければならない事は、分かっていた。


「……勇者様達も、またそうさ」


 各地の抵抗勢力と共に戦うという事は、同時に、彼らにも戦う事と死ぬ事を共有させてしまう事でもある。恐らく復讐を始めたより初期の戦い《第七話》ではそういう事もなかったのだろう。戦いが拡大した事による重い現実を、勇者二人もまた胸に抱えている様子で。個人として二人に接したハリハルラとしては、想いに惑う年頃の少女二人が、更にそんな物を背負う事が悲しかった。


 だがそれでもハリハルラは戦わなければならないと思った。それは海賊として、自由と平等と博愛という理想の裏と、それが捨てられた時に何が起きるかを魂が知悉している為で。……そして、それが実際にまだ起こっていない事を内心祈っていた。


「だからこそのこの作戦だよ。だけどそれも、成るかどうか……」

「……確かに、ボルゾンなら、見抜くかもしれねえ」


 船長会議でハリハルラが出した作戦は明白なものだった。オルゾォール海賊団を制圧し海軍を従え勝ち誇るジャンデオジン海賊団の母港に、少数の英傑で撹乱攻撃を行い敵の大将格の連中を押さえ、相手がそれに対処している最中に最精鋭の船団を接近させ、慌てて展開する相手艦隊に、風、潮、魔法全てを使って殴り込ませる。


 混戦になれば大規模攻撃で纏めて吹き飛ばされる事は避けられる。現在諸島海は制圧下にあり、勢力を他の全か遺族団を併せたのに匹敵する程肥大化させているジャンデオジン海賊団は各島へと船団を展開していっているが、大将格が母港にいるのは確認住みだ。各地に散っている増大海賊とそれが強制的に従えている海軍なら、海賊たちにも勝機はあるし、形勢が此方に傾けば諸島海海軍も敵に従い続ける理由は無くなる。敵の大将ガゴビス・ジャンデオジンは強力かつ殲滅力に長けるが、一人しかいない。こうすれば、何とか勝負にはなる。


 鉱易砂海が全軍を城に固めての防御の戦だったのに対し、それと正反対の各地で撹乱を行いながら殴り込む攻撃作戦。〈真唯一神エルオン教団〉と違い狂暴なジャンデオジン海賊団には、これしかない。


 しかし、危惧はある。真竜シュムシュの勇者がガゴビスを倒せなければ各個に撃破されうるし、どころか敵本陣に突入する集団はガゴビスが一定時間以上自由になるだけでも危険度は跳ね上がる。そしてボルゾン・ボーン・ボロワーは海軍の中でも俊英。ジャンデオジン海賊団が海軍の人材を用いれば、見抜かれてしまう可能性がある。見切られてガゴビスに先手を取って行動されればそれだけで各個撃滅の可能性は跳ね上がる。


 しかし何れにせよ、既に舵は切られた賽は投げられたのだ、後は風で決まる人事を尽くして天命を待つ。それをデックニーも理解し、己の船の活動に集中する。


(本当に。際どい勝負に付き合わせて、悪いね、リルヤ、リアラ。君たちには、報われてほしいと思うよ)


 船が戦場にたどり着くまで、少しの時間がある。ハリハルラはそう内心呟きながら瞑目し、昨晩の会話を回想した。



 海森亜人シーエルフであるハリハルラも五感は相当鋭敏であり、法術もあり、見張り台の上から甲板上のルルヤとガルンの会話を、リアラと一緒に聞く事ができた。それは類似した系統の法術使いであり四半森亜人クォーターエルフである名無ナナシも同じだ。


「手合わせをしよう。昼間に、戦いぶりは見た。見事だ。だが、より正確にお前の力を知りたい」


 ルルヤはそう言った。複雑な感情の籠った真剣な声音で。


「分かった」


 重々しくガルンは応じた。此方も真剣だ。混乱を招いたとはいえ、その思いは純情。そして、思いを糧に磨いてきた力が、思った女の眼鏡に適うかは、男という己への単純な誇りも懸かって、更に重みを増していた。


「っ……」「?」「ひそひそ」「!」



 リアラは固唾を呑んで状況を見守った。その横で名無ナナシは無言のジェスチュアでハリハルラに状況を問い、ハリハルラは名無ナナシにその答えを耳打ちし……成る程、の表情で名無ナナシは頷いて、思案の表情でリアラを見守った。


 ちなみに名無ナナシが訪れたのは、近々の戦況報告と、諸島海の一件に関する辺境祖国の動きの先触れとして辺境諸国の有力勢力の一つである自由守護騎士団の使者になり、それと辺境諸国で得た連合帝国とナアロ王国の動きに関する幾つかの情報を携えてきていたのだが、今の回想においてはそれは本題ではない。本題はあくまでこのルルヤとガルンの手合わせだ。


 結論から言おう。


「ぬわーーーーーーーーーーーっ!!」


 ヤケクソ気味というか大人げないというか力加減ができていないというか色々な感情をぶちまけるように乗せてというか、そんなルルヤの滅茶苦茶な威力で放たれた殺さない手加減以外は全力前回な一撃でガルンは盛大に仰け反りながら吹っ飛んだ。


「「あ」」「あ、ああああああああああーーーーーーーーーーっ!」DBON!


 仰け反ってぶっ飛んだガルンは丁度マストの見張り台の横程を頂点として落下し……頂点の一瞬仰け反ったガルンとリアラの目があった……甲板上にあった真水樽の上面をぶち抜いてその中に落下した。これでケガしないあたり、ルルヤの手加減もあったとはいえガルンも大概凄いが。


「ふっ確かに強くなったがまだまだだな今後の精進に期待するぞせめて私と互角の勝負が出来るようになってからだなプロポーズだの何だのはそれからなので今は一旦そういう話はおいておけいいなというかそうしろ私はそうするからな!?」


 うわあ、と聞いていた悩んでいた筈のリアラまでもが流石にそれは酷いとドン引きするレベルの無茶ぶりを超絶不器用な棒読みでぶちかますと。


「……分かったな! 私は好きにしたからな! リアラも好きにしろ! 大体、血液を霊薬化する【真竜シュムシュの血潮】には、肉体年齢の加齢速度低下や寿命の増大に対しても相当に効果がある、考える時間は、たっぷりあるんだからな!」

「それを先に言って下さいよーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!? ? ?」


 ちゃんと見張り台上の面々に気づいていたらしくルルヤはそう叫び〔後で船員たちに煩いと怒られたが〕。後者について完全に初耳だったリアラが、この悩み何だったんだと血を吐くように絶叫して見張り台から転がり落ちかけハリハルラと名無ナナシが慌てて救助した。


 ……そういう性質があるから〔攻撃的な竜術や、戦傷を即座に急速回復できる程の強度で竜術を行使できる程の者は、それこそ混珠こんじゅ一般社会で法術が浸透していても攻撃魔法を使えるのは冒険者や騎士や軍の関係者の一部でしかない様に隠れ里にもいなかったから侵略を受ければ脆かったとはいえ〕数千年単位で人口問題を起こさず隠れ里を運営出来た〔侵略した『複製コピペ欲能チート』が、ハイエルフとかいたら複製を作って高く売ってやるぜ、と言ったのもあるいはそれを誤解した事が原因か〕訳だし、ルルヤの故郷ではそれが常識だったのと、元々人間とエルフとドワーフと獣人と魔族各種族で知的生命体の種族ごとの平均寿命は別々という事が混珠こんじゅでは当たり前だったせいも、このすれ違いが発生した訳なのだが……


 ともあれそんな次第で、幸いにも血統の継承だのに関する悩みは一旦置いておける、となったようだった。


 だが、例えそうだとしても、ガルンの鍛錬が成就しプロポーズの条件を満たす可能性もあれば相手の寿命が延びるわけでもなくそしてまた古代の真竜シュムシュ教徒が現存しては居ない以上寿命の増加も有限ではある事等を思わねばならない以上、何時かは答えを出さなければならない話題であり、それは二人とも認識はしたのだが……それでも、今リアラとルルヤの胸を焼いていた奇妙な感覚が、一旦は大分収まったのは、良かったと言うべきではないだろうかと、ハリハルラは思った。


 永遠はこの世にはない。だがそれでも、今が永遠に続けばと思うのは人の宿命さだめだ。永遠でなければならないと思うのは病だが、永遠を思う事を頑なに否定し刹那の切なさのみを肯定するのもまた病なのだから。


 まあ……あれ? もしかして、僕も一旦置いておく事にした自分の感情について、もし万が一最終的に恋愛感情であると結論付ける結果になった場合、ルルヤさんにその思いをぶつけようと思ったら「せめて私と互角」の条件満たさないとダメなの? と、その後で気づいてリアラが頭を抱えたりもしていたのも、ハリハルラは見たが。


 そしてその後……



 と、そこまで回想をした時。


「船長ーーーーーーーーーっ!!!」


 船員の叫びが木霊した。


「港が見えました上手く行きやした、港ですぜ! けど、くそっ……滅茶苦茶だ!」


 それは開戦を告げる言葉であり、同時に……デックニーとの会話の間に噛み締めた「起こって欲しくなかった、それでも抗わなければならない理由」が、やはり避けられなかった事を告げていた。


「……っんにゃろうっ!!」


 目を見開き、ハリハルラは逆上した。眼前の光景、燃える港に。



 ジャンデオジン海賊団が本陣を置くその島は完全に好き放題にされていた。戦いと殺しを好む『増大インフレ欲能チート』とその欲能チートの力で悪性を増大させられた配下、そして鮫にせよゾンビにせよ人を食らう存在が暴れる事を好む『鮫影シャークムービー欲能チート『屍劇オブザデッド欲能チート』の好き放題である。


 町は殆ど戦災にあった瓦礫の山となるまで打ち崩され、住民は餓え、殺され、嬲られ、虐げられ、死体を晒され、互いに争いあう事を強制させられていた。ほぼ完全な、地球における内戦で国家秩序が崩壊した地域の再現であった。


 そしてそれは、完全に降伏を決意した諸島海国家と海軍の思考の範疇を越えた事態であった。それまで、ジャンデオジン海賊団は戦闘において町を略奪する過程でやはり既存の混珠こんじゅの勢力では魔の出現を恐れ行えぬ苛烈な破壊を行ったが、その過程で従った者を団に加えこそするものの、略奪したもので贅沢三昧をするばかりであった。つまり破壊は略奪の為の手段であり、略奪は欲望を満たす為の手段であった。


 ならば諸島海政府が降伏し政府の蓄えから彼らに富が注がれ欲望を満たせば、欲望を満たす為の富を得る為の手段であり略奪の為の破壊は止む。どころか、自分達に貢納を行う土地を焼き払う等自分達への貢納を減らす全くの無意味。地球の史実におけるモンゴル軍も逆らった都市は破壊したが降伏した都市は破壊しなかった。諸島海政府は海軍の力を完全にジャンデオジン海賊団が上回ったと悟った時点でそう考え、降伏前に辺境諸国並びに連合帝国に密使を送っていた。


「最早諸島海だけでの対処は不可能である為やむなく降伏する。これ以上の拡大を防ぐ為同盟してジャンデオジン海賊団と戦ってほしい。その時まで服従したように見せかけておいジャンデオジン海賊団と連合帝国・辺境諸国が戦う時は蜂起する」


 と。本来ならば連合帝国・辺境諸国と同盟を結んで戦うべきであったがジャンデオジン海賊団の勢力拡大が急すぎてそう出来なかったものの、諸島海政府も無策ではなかったのだ。帝国が既にジャンデオジン海賊団の同類である新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアに侵食を受けている事を知ってはいなかったが、辺境諸国にも手を尽くしていた。


 だが、ジャンデオジン海賊団の狂暴さと理不尽さはその構想を完全に破綻させた。ガゴビス・ジャンデオジンの命令の下、突然ジャンデオジン海賊団は方針を変え、降伏した諸島海の村や町を破壊し始めたのだ。


「うおお……うおおおっ!!?」


 磔じみて帆柱に長釘で打ち付けられ、その光景を見せられてボルゾンは絶叫していた。その姿は痛め付けられ重症で見るからに痛々しかったが、そんな己の手傷より、自分達の判断の甘さが招いたこの地獄への罪悪感から絶叫していた。痛めつけられても耐え抜いた為悪趣味な意図によりこのようにされ……そしてその意図は実際図に当たっていた。


(愚かだった! 降伏して時間を稼ごう等と……ああ! ハリハルラ! ハリハルラはきっとこうなると! だから死ぬとしても徹底抗戦をと……?)


 胸狂おしく自分達政府海軍の判断を悔いるボルゾン。その次の帆柱にはオルゾォールがやはり釘で打ち付けられ、此方は更にヅタボロにされ最早声も出る様子もない。 彼に至っては、


「殺されたくなけりゃあ、こいつを痛め付けるんだってばよ」


 と、かき集めた民をガゴビスがけしかけ、徹底的に痛め付けられたのだ。痛め付けないもの、痛め付け方が手緩い者は殺され、痛め付けたものも既に仲間になりうる己の欲能チートで伸ばしうる悪性を持っていた奴は選り出したからと、


「殺されたくないというのは、オラ、よく分かったってばよ。よくまあこいつを痛め付けてそれを訴えたよ、けどよ、お前たちが殺されたくないってのは分かったが……だからといってそれでオラがお前たちを殺さない理由があるかってばよ?」


 と言い、嗜虐に笑いながらガゴビスは全員を血煙に変えた。


 絶望に暗くなりかけるボルゾンの視界。そこに……港から慌ただしく出港するジャンデオジン海賊団の船に突っ込む海賊船が見えた。


「っ……!」


 片目の視界は塞がっていた。強く殴られ過ぎて、片耳も少し怪しかった。だが、見えた。聞こえた。その船の艦橋に煌めく青い輝きを。


 輝きは、片手で舵輪を握りながら、ボルゾンの姿を確認する為に掴んでいた望遠鏡を、その惨状に取り落としながら叫んだ。


「ボルゾーーーーーーーンッ!!!!」

(来て、しまったのか)


 ハリハルラだ。名無ナナシからの辺境諸国で得た情報、諸島海政府と海軍も密使を発す等唯降伏するのではなく手を高じていたのだという事実に込められたボルゾンの思慮に対しての余りにも惨い結末への悲嘆を織り混ぜ、死ぬな、という思いを込めて叫んでいた。その涙混じりの大声を聞き、ボルゾンは絶望的な心境で祈った。


(どうか……)


 空を飛翔する、黒翼と煌翼の二人の竜に。


(こいつらから、ハリハルラを守ってくれ)


 と。


「来ましたかっ! ビキニアーマーッ!」

「今度はしょっぱなから出し惜しみナシだっ! 見せてやるぜ、俺の切り札をな!」


 『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーだ。船室から飛び出しボルゾンが括り付けられている柱の近くまで走り出ると……ボルゾンの事はガン無視である、人質など不要と己の切り札に自信があるからだ……『屍劇』オブザデッドは注射器を取り出し己の首に突き刺した! 『鮫影』シャークムービーは……腰に真鍮色の鮫とチェーンソーの動力部分を組み合わせたような大きなバックルのついたベルト変身アイテムを出現させた!


「私はゾンビ映画も好きですが、ふふふふ……転生者のビキニアーマーリアラ・ソアフ・シュム・パロン、貴方なら気付いているかもしれませんが、ゾンビが出るゲームも好きでしてね……ゾンビ最上位互換のグロテスクなボスキャラは、やはり不可欠だと思うのですよ! 最終戦闘ラスボスエントリー『最終異形動屍王』ラスボスハイゾンビクリーチャー!」

「切り札……それは俺自身が鮫になる事だ! 見せてやるぜ何であれ節操なく取り込む鮫映画の無限の補食力ッ! 〈シャークタリアンシャーク+レプタリアン〉! 〈アトランティスシャーク〉! 鮫映画製作シャークナイズド『超古代文明鮫王』アトランティスシャークタリアンロード!」


 注射液が血管に流れ込み、ベルトが電子音声を発しながらエンジンめいて作動した瞬間。二人は姿を変えた。『屍劇』オブザデッドは言う通りゾンビが出てくるTPSゲームサードパーソンシューティングのボスキャラじみた、長い舌に数を増殖しぎろぎろと四方を向く眼球と剥き出しの乱杭歯の牙を持つ醜悪な複数の頭部と異常肥大筋肉と長大な鉤爪を持つ複数の巨腕に白衣が肉と融合して皮膜とレザーコートの中間めいた外套を纏う怪物『最終異形動屍王』ラスボスハイゾンビクリーチャーに。 『鮫影』シャークムービーもまたその宣言の通り爬虫類人レプタリアンの鮫版じみた怪物が神秘的な意匠の施された金色に輝く鎧を纏った『超古代文明鮫王』アトランティスシャークタリアンロードと自称する姿に!


「変身した!? 何その姿!? っていうか、いや、怪物使役に変身って……!」

「そうだとも! 『邪流ジャンル』以外は、『惨劇グランギニョル欲能チート』にひけはとらねえ! これが十弄卿テンアドミニスター候補の力だぁああっ!」


 リアラの混乱と驚きに得意の叫びをあげ、挑みかからんとする『鮫影シャークムービー』。


「冗談じゃねえ! やい、ビキニアーマー2号リアラ・ソアフ・シュム・パロン! てめえを殺すのはこの『憤怒サタン欲能チート』だぁっ! 『俺がそこまで行けねぇなんて、腹が立って仕方がねえ』!」


 更に『憤怒サタン』もそれに加わった。背中から悪魔じみた羽を生やす。それは魔族の肉体と『怒れば怒る程強くなる』欲能チート効果の合わせ技!


 だが!


「あがっががががぎゃっがあああああ!? あがーっ!?」


 ZZZZZZZZZZZZZZ……CBAN!!


 不意に飛んできた短剣二本がその『憤怒サタン』の首に突き刺さった! 電撃稲妻熱風! 電撃稲妻烈風! 短剣に込められた魔法が発動し、高圧電流で踊らせた後……圧縮した大量の嵐の風を、喉笛気管をパンクさせる様に爆発させる! 悶絶し倒れる『憤怒サタン』!


「「何ぃいっ!?」」


 HYUPAUN! ZAPPAAANN!


 『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーが驚愕すると同時に、甲板縁から鋼線が飛び水柱が上がった。水騎を駆り鋼線付短剣を飛ばしそれで飛び移ってきた名無ナナシと、叩きのめした水騎や鮫を踏んづけ跳び渡り船まで飛び上がったガルンだ!


「俺も相手だ、化け物共!」「助太刀するぜ! リアラちゃんは食わせねぇよ!」

「筋肉野郎と」「新顔か! 邪魔ぁするなぁ!」「が、げほっ、ち、畜生っ!?」


 ずんと着地し雄叫んで櫂槍を構えるガルンと、ひらり着地短剣を何本も指に挟んで何時でも走れる姿勢をとる名無ナナシ。それに対しとっとと蹴散らしてリアラに向かうとばかりに『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーが襲いかかる! 奇襲を食らった『憤怒サタン』も、唯の魔族だったら首が千切れて死んでいたが、欲能チートで肉体を再構築しようとする!


 そして。


「……貴様が、この地獄を作った奴か」

「応。そうだってば。そして」


 ルルヤは峻烈な怒りの表情で対峙していた。部下共の誰より速く、ドン! とした威圧感を纏い羽も無いのに空中に浮遊し見下ろすが如く待ち受けていた『増大インフレ』に。


「おめえを、食らう」


 そして『増大インフレ』は、貪欲に食らいつくが如き獰猛で攻撃的な笑みを浮かべた。



 戦いだ。……暴力が、やってきた。

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