・第二十七話「竜と暴力と変革と(中編)」
・第二十七話「
何時もの通りの僅かな呻き声と溜め息が大多数の静寂を強調するナアロ王国首都闘技場から、国王エオレーツ・ナアロ、即ち
〈王に異議を唱える者は、王に挑んで構わない。受けて立つ。〉という掟の元、今日も挑戦者を打ち倒したのだ。もはや挑む者も疎ら、久しぶりの挑戦であり、それなりに策を誂えていたが……『
恐怖を以て見送る民達を無視し一人進む『
「ジャンデオジン海賊団と〈
かちかち、と、機械仕掛けの鳥は嘴を鳴らすと、そこから『
「そうか。他は」
それに『
「〈帝国派〉が動き出しておるのう。臆病者共にしては珍しい事じゃが、『
それに『
「『
「どうやらご懸念の通りのようですな」
言葉少なに、そのやりとりだけで十分だった。それは既に〈王国派〉が『
「やはりか。……珍しくやる気を出したようだが、正攻法では少々消耗させた程度で〈帝国派〉全軍を以てしても『
そして『
「普通にいけば、勝ち残るのは『
「普通に行けば、な。これ以上
そう言って『
「難しい匙加減じゃのう。〈
リアラもルルヤも派閥抗争の手段の一つとすら言い切りながらも、その上で更に対抗手段を整え、整えた上で対抗手段にも奢らない『
「『
「ひょひょ。またぞろ〈超人党〉〈軍人党〉の諍いが増えそうじゃのう。その不満は、後の戦にぶちまけて欲しいものじゃがな。ともあれ了解じゃ。それじゃあ、儂は切り札の準備を続けるぞい」
その決断に従い、機械仕掛けの鳥はこの間まで組織最大だった自派閥故に存在する派閥内党派についてひとくさりぼやくと、〈文明〉の声を出し終え飛び去った。
『
夜の船内。
「全く、これはいけないね、いけないともさ」
ハリハルラは小声で呟き、自室を出た。普段の大股歩きで夜中に騒がしくしてはいけないと、普通の歩調で歩きながら。
(このハリハルラさんの船で、この雰囲気は良くない、実に良くない。全くガルンったら! 何より、これが原因で負けたら堪ったもんじゃない?」
戦意が魔法に直結する
(何とか、しないとねえ)
ハリハルラは甲板に出た。甲板には他に誰もいないが、マストには交代制の見張員がいる。船長である彼女にもその当番はあり、今晩はたまたまその当番であった。丁度良い機会だ。潮風に吹かれ波の音を聴く事で頭をしゃっきりさせながら、思案する事にしようと。
「異常なし」
「りょーかい。おつかれさま」
蛇の様に音立てずまた月明かり以外の明かりも要さずするするとマストに登ったハリハルラは、大小二個のカンテラの置かれた見張り台に上がり、その場にいた船員に労いの笑みを浮かべた。船員は小さなカンテラを腰に下げ、縄梯子に足をかけて。
「船長こそ」
「大丈夫さ」
一旦足を止めた海賊は暫く思案して、上手い言葉が思い付かなかったらしく、そうとだけ言って。それでも十分嬉しいよとハリハルラは、魚の尾鰭の様な
そして、カンテラとしては大きいけれど周囲と比べれば随分小さく感じる明かりを、そんな小さな明かりでは到底消せない燦然と輝く星月、そして深い深い暗い海。
それら全てを感じながら、ハリハルラは考えを巡らせる。
起こった事、行動、行動が反射的であった事、その後の表情の変化、そこから考えると。つまり、リアラはそれまで意識していなかったが、人としてルルヤの事を愛しているのだ。だから、ガルンが告白した時に、取られるのは嫌だ、と思った。そして、その後のガルンの言葉で、最初は恋愛について細かく考えた事も無く好意を向けられた事自体を喜んでいたが、それまで家族みたいに思っていたリアラへの思いがもっと別の好意かもしれない可能性に気付いて……けど、それは、
「ガルンの馬鹿、余計な事を……」
思わず小声で呟く声に本気で苛立ちが混じった。ガルンに悪意は欠片も無かったのはわかる。あいつはそういう事で相手の心を揺さぶって恋愛の駆け引きをしようとする男ではない。だが、あいつは余りにも単純で、動物的だ。至極当然に、人間は誰でも繁殖したいし繁殖しようとするものだし繁殖は義務だと思っているのだろう。……そうでない奴もいるし、そうである事を嫌う奴も、それをどうかと思う奴も……上手く思考が纏まらない。
「どうすれば、いいかな」
ぽつり、ハリハルラは呟く。そもそも神歴時代に姿を消したという
「あの、すいません。船でご厄介になってるんで……あっ船長」
「ふぁっ!?」
等と夢中になって考えていたら、見張りの交代要因が来た。しかもそれはリアラだった。ハリハルラは驚いて、そして。
「あー!?」
「わー!?」
落っこちそうになった。船に生まれ船に暮らす諸島海の民として、あり得ないレベルの動揺であった。
幸い、間一髪リアラが支えた。
「あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
とはいえ、ズッコケても船長は船長だ。そうお礼を言った後、ハリハルラはこう切り出した。
「……見た所、あれこれ思い悩んで夜風にでも当たろうと思ったら見張りの交代要員に出会って、一人になれる場所を探してたって事を告げたら、船員がそれなら見張り台はどうだいと言って代わりに見張りをする事になったって所? ……そうだとするなら、当然ハリハルラさんがここにいるのも承知の上で船員もここに寄越したわけだから。勿論一人にしてもいいけど、相談をしてもいいし、ただ傍に黙って居るだけでもいいよ? 何、
「……凄い。……それと、有り難う御座います。それじゃあ、話を聞いて貰えますでしょうか、先ずは」
見張り交代員と出会ったのは船内の廊下。それなのに、全て言い当てられた。これにはリアラも、流石に目を丸くしたのだった。そして、好意に甘える事にした。
「僕は。……ルルヤさんの事が大好きです。けど、その大好きの、細かい区分が良く分からないんですよ」
そしてリアラは、とつとつと語りだした。
「……僕は、〈
自分を。
「けど……恋愛というものが、よくわかりませんでした。モテたいとか、女性と、その、性的な関係になりたいとか、そういう欲求が。女性と付き合っている自分でありたいから女性に好まれようとするとか、性的な体験をしたいから女性に好かれようとするとか、そういうのは、その、なにか違う気がして。何か、嫌だったんですよ。その人を好きになるというのはその人の人格に対して好意を持つと言う事であって、異性だからとか外見が好ましいから好きになるというのは違うんじゃないかなって」
抱え続けていた違和感とそれへの疑問を。
「もちろん、それは、僕が嫌だなぁって思うだけで、一般的な事ではないと言うのは分かってますし……鉱易砂海の人達の、性的な事への割りきった考え方は、好もしいと思いました」
補足説明を。
「だから、〈
過去を。過去を語る時、リアラの声にはいつも哀切の色が混じる。
「勿論、ルルヤさんの事は可愛いと思いますし綺麗だとも思いますけど、可愛いからや綺麗だから好きになったんじゃなくて、酷い目にあっている僕の為に怒り悲しんでそれを守って戦ってくれる心を持っている人だから好きになったんです。むしろ、同性同士だって事が……自分でも潔癖性だって思ってるんですけど、僕がルルヤさんを好きだっていう感情は性欲発情の類じゃないんだ、っていうのが、むしろ、嬉しかった位で」
そしてリアラは己が先程感じた、内心の苦しいうねりについて吐露した。
「……なのに。その、ガルンさんがルルヤさんに告白した時、何だか……凄く、嫌な気分になって。こんなの、今まで、感じた事無くて。思わず立ちはだかったけど……こんな事するのは、僕は、実はやっぱり
胸苦しげに、リアラは呻いた。えずくように荒く息をつき、顔をしかめて俯いた。何とか思いを吐き出して……少し息をついて。暫く俯いた後、おずおずといった様子でハリハルラを見た。
「……難しいね。それでも、船に乗って、見張りを手伝ってくれた。となれば君はハリハルラさんの船員だ。命の恩人である事にも加えてね。船長として一働きしなければ、船長と船員は役割が違っても船の仲間としては平等という海賊の仁義に悖る」
火香枝をカンテラに突っ込み、火を付けて燻らせ……ハリハルラは暫く考えた後、それでも、言葉を続けた。
「……そうだね。
元気付けるようにハリハルラはリアラと顔を会わせて微笑みかけた。
「そこは絶対に安心していい。そう思うよ」
「……ハリハルラ、さん」
それに、リアラは、少し胸の痛みが解けていくのを感じた。
「ありがとうございます。その、ハリハルラさんだって、色々大変なのに……」
「ははは。なあに……まあ実際、敵はかなりヤバいけどさ。敵とは、それこそ戦う事は決まってて、後は勝つか負けるかは戦場で決まる事だ。これと比べればそう悩む事じゃないさ」
潤んだ瞳で感謝するリアラ。それに軽く笑って大したことないさと……
(戦う不安と罪悪感を、こんな風に飲み込もうなんて、情けないったらないな。けど、それでも、船長として背筋を伸ばしてないと……)
そう己の内心を笑い飛ばそうとするハリハルラだったが。
「いえ、そっちじゃなくて。その、これも戦棋の横見は読み五手増しで、いえ、僕みたいな恋愛クソ雑魚ナメクジの見立てだから手荒く外れてる可能性はあるから勢いで口に出したの今凄く後悔してるんですけど、その、ハリハルラさんもしかして、本当はボルゾンさんの事好きだけどボルゾンさんがいっつも紳士的かつ堅実かつ現実的で今回も死ぬ覚悟で戦う事を決めたのに分かってくれないとか思ってて、それで船に転がり込んできたガルンさんにちょっと靡きかけてたらガルンさんの本命がルルヤさんだって分かって別に本気じゃなかったけどそれはそれで心穏やかじゃないみたいな感じに見えたんですけど」
軽く背筋を伸ばして火香枝を吸い込もうとした瞬間、ついさっきの涙目感謝からいきなり先程までのガルンへの微妙な態度と昼の食堂でのボルゾンとの昔馴染みで気脈を通じてる割にぎくしゃくしてそうですれ違ってるけど敵対的じゃなく哀しみの混じった苛立ちな雰囲気についてリアラから質問が入り。
「げほはっ!?」
「え、直撃!?」
ハリハルラは盛大に噎せて悶絶しバランスを崩し。リアラはまさかの指摘的中&予想以上のすっごい動揺ぶりに仰天し、その結果。
「あー!?」
「わー!?」
ハリハルラ、落っこちそうになったアゲイン。船に生まれ船に暮らす諸島海の民として、あり得ないレベルの動揺、まさかの二連続であった。
幸い、また間一髪リアラが支えた。
「……ハリハルラさんは、ちゃらんぽらんな根無し海月だからね」
「まあその、踊り子してた時に、ルルヤさんが言動の真偽を見破る【
「ううっ……」
適当にそれっぽい事を言って格好付けてごまかそうとしたらフォローが入ってそれ以上ごまかし続けるのが惨めになり、ハリハルラは嘆息した。そして。
「……実際どう思う?」
と、今度は逆に相談を持ちかけた。
「正直ボルゾンさんは微妙に他人の様な気がしません」
それにリアラはそう答えた。そして今までのやり取りで気づいた事ですから……と、だからこれは貸し借りとか平等とかそういうのとは関係ないと思います、と付け加えた。それに、ハリハルラは感謝の表情で頷きそして考えた。
「……つまり」
「割りと
「……なるほどねえ」
そう言われてみるとハリハルラは、成る程、ボルゾンとは幼馴染みだけど、昔からどうしてだろうと思っていた部分が、理解できる気がした。
そして思う。気ままに自由に降るまい、対等に平等であろうとし、飄々と博愛的に誰にも接してきたつもりだったが。
と、そんな会話をしていると。
「あっ」
「っ!!」
不意に何かに気づいた様子でハリハルラが呟き。それに気づいたリアラが猛烈な勢いで見張り台の縁にひっついた。戦闘中もかくやという程、目を見開き耳をそばだて、【
……甲板上にルルヤが上がってて来たのだ。しかも、ガルンと一緒に、しかしそれに、リアラが驚く暇もなかった。
「……おいおい、どういう事だ? こりゃ」
「
直後もっと驚く破目になったからだ。
「何で、ここに?」
「いや、
訪れた理由を問うリアラに
「ええと、二人の協力者?」
「リアラちゃんの彼氏です」
「ちょ!?
「ああ、例のルルヤさんが言ってた……」
始まるすったもんだ。そして下ではルルヤがガルンに声をかけ……
考えが、思いが動き始めようとしているのかもしれなかった。
しかし何れにせよ、戦いはやってくる。暴力はやってくる。様々な全てを無視し、一切合切を、考慮も何も無く粉砕せんと。
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