・第二十六話「竜と暴力と変革と(前編)」
・第二十六話「
「それで、おめおめ戻ってきたって訳かよ?」
奪ってきて早々上面を開けた蒸留酒の樽にジョッキを突っ込みがぶりと干しながら男は嘲笑った。強い酒精を中毒する程煽りながら、欠片も酔う気配を見せず、略奪した味をつけて焼いた豚の足をばりばりと食い千切り咀嚼しながら下品に顎をしゃくり、 逆立つ金髪、鞣し革の様な褐色の肌、表情を歪め異形の紋様めいて隆起する筋肉を持つ男は眼前の二人に話せと促した。
「どうせ、世にB級映画の種が絶えない様に、ゲームで幾ら倒しても沸いて出る様に、私たちの手駒は再生産が効きますからね」
「対象も、美味しいトコを先に食われたら怒るだろ? 『
「はっ。笑わせるってばよ。お前等、竜を食える器か?」
「……食いますよ。キャプテンがご執心なのは強い竜の方ですからね」
「食ってやろうじゃねえか、大将。弱い方の竜じゃ食い足りないんでしょう?」
それに
「っとに冗談じゃねーですよ! 俺だけおいてけぼりとかマジたまんねっつの! 簡単な仕事だから化け物を使える奴がいいからって! 結局化け物使いじゃ対処できない相手が来てんじゃねえかよ!」
そこに、もう一人の
「絶対! 二匹目を仕留めるのは俺だかんな! 見ててくださいよ、親分!」
名前と種族から分かる通り魔王候補たる〈七大罪〉の一人でありながら、自分の軍団を持たず『
「……邪魔したらぶっ殺すかんな。あのちんけな化け物使いが原住民相手に晒してくれた無様みてーな様にしてやんよ」
「
「上等だぜ」
逆に
だが同時に
「いずれにせよ、これで分かりやすくなったてばよ」
にやりと笑って『
「楽しみになってきたぜ。『
そして、笑い顔を更に一段深く歪めて、こう、告げた。
「……前祝いもな」
他者に災厄を予言するが如き、嗜虐的な禍々しさで。
その頃ルルヤとリアラは
まず改めての挨拶の後、欠けた経緯の補完……即ち
銃に屈した己を恥じ、地獄の鍛練を重ねた事。その為に戦場を往来して生死の境をさ迷い精霊や悪霊を見た事、数百年前の伝説にある銃に似た武器を知り銃と戦える力を得んが為に遺跡に潜り、石棺の中に下級の銃に近い武器を使う魔族を見つけ甦ったその魔族と戦い勝利した事、魔法の装備を求め怪しの塔をよじ登った事、ナアロ王国に生息地を追われた蟲猿や翼蛇等の知恵有る魔獣の群れを押し止めるべく決死の冒険の中で更に己を鍛え上げた事、その果てに戦乱に更に身を投じるべくこの諸島海に至り、
「その、石棺の遺跡の話! 詳しく教えてくれませんか、遺跡の場所、謂れ、年代の手がかりになりそうな事とか、覚えてるだけでいいです!」
「お!? おお、うむ……」
それに先にバニパティア書学国で得た情報、そして先の戦いで掴みかけた気づきから、何事か推測・研究を始めているらしきリアラが食いついて熱心に根掘り葉掘り尋ね……それにより少々話が横道に逸れ時間を余分に使ったが……いずれにせよガルンは余り多弁をせぬ男だ。例え己が鍛え直した武勇を誇示したいとしても。故に、彼は簡素に語り終えた。
「中々、腕を上げたようだな」
「応とも」
しかしそうであれ、その冒険譚をルルヤは好んだ。先の戦いでの振舞いと合わせれば、彼女自身卓越した戦士である為、その鍛練とそれを行わせしめた精神の発奮は想像がつく。
「……もう一度言おう。見事だ」
故に、ルルヤは改めて、心底の感嘆を彼に与えた。リアラに言わせれば
原始的な魔法の様に? 否。それは実際、精霊や神たる意識の世界に接続する権利を以ての魔法事象を、個人の意思で行う極小の魔法だ。これと同じ個人の意思による世界法則への接続をより効率的かつ大規模に行うのが
精霊との同盟による霊術の併用に長けた
それらに対し
〈
そして何より古き良き
実際リアラからも、彼は唯の力自慢の荒くれ者から、最近では問題のある表現かもしれぬが所謂古い時代の文章表現にいう所の〈高貴な野蛮人〉というべき存在になったように見えた。
のだが。いや、それ自体は何も間違いではないのだが、その克己心を彼に齎した動機の内一番大きな要素が、ルルヤにとってもリアラにとっても予想外で……
「俺は銃使いや銃と同じ異常な力を持つ者共に勝ってみせる。実際、既に一人仕留めた。お前達の言う、
それをガルンがまた、真っ正直に包み隠さず、直球に最短に一直線に告げた事が、件の状況を引き起こしたのだ。
「お前達に追い付いて見せる。お前達に、いや、ルルヤ、お前に並び立ってみせる。俺はそう誓った」
その宣言は【
だが。
「その上で言おう。
重ねて言おう。その直後に示されたその決意の根元が、ルルヤにとってもリアラにとっても予想外、即ち驚きであり……否。ルルヤにとっては驚きであったが。
「ルルヤ。俺はお前に惚れたぞ! 俺がお前に釣り合うに相応しい勲功を挙げたら、俺の妻になってくれ!」
リアラにとっては爆弾だった。
「だめっ!!!」
直後、リアラは反射的にガルンとルルヤの間に割って入り……
そして現在に至る。
「……って事?」
「あっはい」
「何があったと思ったら、もう……」
面くらいながらも、「待った待った、説明してくれたまえよ!?」とハリハルラが言った事で、一先ず三人も落ち着いた。そして、改めて何があったのかを聞き出しリアラに確認したハリハルラは。
「……いきなり何言い出してんのさ」
と、ガルンをジト目で問い詰めた。
「主観的には何もいきなりではないぞ? 俺はずっとそう思いながら武者修行をしていたのだ。あの場では碌に言葉もかわせなんだが、一目惚れとは落雷の様なものだ。唐突に落ちてきて、かわしようがなく、当たれば黒焦げに燃える」
「客観的にはいきなりだよ! 何さそれ、今迄一度も聞いた事無かったんだけど!?」
「確かに故あって、としか言ってなかったな」
ハリハルラは割りと本気でさっきまでのリアラと同じ位慌てた口調でガルンに問いただすが、それにガルンはこれはうっかりしていたという感じでといった様子で応答する。そして、その比喩が、何気に
「ところでリアラ、ダメって何だダメって」
「えっちょっ、ルルヤさん!?」
「い、いやだって、リアラだって
「あれ告白って言うにはムード違ったじゃないですか!?
それと平行して、リアラとルルヤもまたすったもんだしていた。割って入った事に帰ってきた反応にリアラがショックを受け、それを見たルルヤもまた別の意味で何か複雑な感情的ショックを胸に受けた様子で慌てて言葉を続け、それにリアラが頭を抱えるが。
「おおっ!!」
「わっぷっ!?」
そのやり取りの様子を聞いて、興奮した表情でずずいとガルンが身を乗り出した。その表紙につっかかっていたハリハルラが体を外されてつんのめる。
「私に恋愛感情を持つ男がいたのはうれしいぞ。美しいと言われる事はあったが、いつもリアラの方が可愛いとかセクシーだとか魅力的だとか男に実際言い寄られるとかしてるしな……いやまあ『
「そんなに気にしてたんですかそれ!? それまだ引っ張ってたんですか!?」
ショックと呆れの入り交じった表情で叫び突っ込むリアラ。何でまた自分が今まで見た中で一番美しい人だと思ってる相手にこんなしょーもない嫉妬をされなければならないのか!
(……ちょっと頬を膨らませてるルルヤさんもかわいいけど! ええい、世の男共に見る目が無いから……いやガルンみたいなのがうじゃうじゃ居ても困るからええとええと……!?)
「ではっ!!?」
「ええっ、ど、どうなんだい!?」
慌てているのに関係無くルルヤさん可愛いした挙げ句に思考が堂々巡りに嵌まり込むリアラ。これはまさか脈有りか!? と、更に詰め寄るガルン! 体勢を建て直し、改めてこの騒ぎ一体どうなるんだというんだ、と、ハリハルラが身を乗り出して。
「だがしかしまあ、とりあえず告白された事に満足はしたし、ガルン、お前の再起は好もしいが、うん、やはり、あいにく、私にはまだどうも恋愛というものがピンとこんな。……何しろ今は大好きな弟子で家族のリアラが一番大事だし、故郷に居た頃にも友達しかいなくてな、大好きという感情は分かるが、恋愛というもの、まだしたことがないからな!」
ずどどどっ!?
まさかの、見てくれに反してお子ちゃまじみた恋愛感情未発芽宣言に、リアラガルンハリハルラは揃って折り重なってずっこけぶっ倒れた。
「な、何だかなあ……その見た目とあの強さで、ちょっと……まあ鈍感や奥ゆかしすぎるのやらと違って、ある意味それはそれで可愛いげっぽくはあるけど……」
折り重なった中で一番上だったハリハルラが苦笑しながら起き上がった。それに続いてガルンが起き上がり、顎を撫し唸る。
「ううむ……だが今はまだ分からんという事ならば、この先にチャンスはあるか?」
不屈の男であった。
「……さてな。なんにせよ、今は復讐と戦いが、そしてその中で己を律すべき正義と守るべき者達が、私の心を占めている」
それにルルヤは、竜の横顔で答えた。水平線の彼方の敵を見据える、美しくも猛々しい竜の表情。それは遥かで、俗世とは一線を引いたような凛として潔な気を纏っていた。が、しかし、それにルルヤは付け加える。
「そして、恋するより愛するより、今は一人の弟子の方が大事だ。大丈夫だろうがリアラ、いつまでも男の下で潰れてるんじゃないっ」
「え、あ、はいっ」
差し伸べられた手を掴み、慌てて立ち上がるリアラ。ルルヤは、必要以上に大いにぎゅっと手をしっかり握り力を込めてリアラを引っ張り上げた。
一瞬リアラは、ハリハルラの顔をみていた。その反応を、そしてそもそも事の発端となったハリハルラとボルゾンのやり取りを思い出していた。あれ、これって、もしかして、と。そこに見いだした感情と人間関係は、もし推測が当たっていれば、少々複雑なのではないかと。
けれども、それどころではなくなる。
「……だが、戦いは何れ終わる。勝つ気なのだろう? 勝って復讐を終え、その後も生きていくつもりなのだろう? その後、どうするのだ。どうなるのだ、
直後、リアラは知る事になった。複雑なのは、自分達も同じなのだと。ガルンは問うた。それに、ルルヤは。
「……さあて、な。今はまだ、そこまで考える暇はないよ」
ガルンのその問い、最初に告白を受けた時とは違う、少し苦い驚きを感じた表情で答え……視線をそらし、リアラを見た。
(え?)
そして、驚いた。少し、ぎょっとするに近い位に。リアラの表情には、苦悩と悲しみの影があった。失った仲間を思う時と、同じ位の深い影が。
そしてそれを見た瞬間、ルルヤ自身の胸に、戦闘の窮地においても感じた事がない、というか、今までに感じたもので比較できるものと言えば故郷の滅亡位しか無いような。疼痛のような感情が沸いた。
(何、だろう。これは)
ルルヤは胸の内呟いた。リアラは、家族のように大事な、いや、最後の同族と言ってもいい、とても大切な。
(何、だろう、これは)
リアラもまた胸の内呟いた。ルルヤは、女神の様に尊い、いや、何よりも誰よりも支えてあげたい少しでも力になりたい、とても大切な。
二人は、己の内にある切実な感情に戸惑った。
ガルンはそれをみて唸り……そして二人を見るガルンを後ろから見ながら、ハリハルラもまた。
意図せずに、何かが動き始めようとしているのかもしれなかった。
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