・第二十六話「竜と暴力と変革と(前編)」

・第二十六話「竜と暴力と変革とドラゴンボーリョク・レボリューション(前編)」



「それで、おめおめ戻ってきたって訳かよ?」


 奪ってきて早々上面を開けた蒸留酒の樽にジョッキを突っ込みがぶりと干しながら男は嘲笑った。強い酒精を中毒する程煽りながら、欠片も酔う気配を見せず、略奪した味をつけて焼いた豚の足をばりばりと食い千切り咀嚼しながら下品に顎をしゃくり、 逆立つ金髪、鞣し革の様な褐色の肌、表情を歪め異形の紋様めいて隆起する筋肉を持つ男は眼前の二人に話せと促した。


「どうせ、世にB級映画の種が絶えない様に、ゲームで幾ら倒しても沸いて出る様に、私たちの手駒は再生産が効きますからね」

「対象も、美味しいトコを先に食われたら怒るだろ? 『憤怒サタン』の奴も仲間外れは嫌だろうし」

「はっ。笑わせるってばよ。お前等、竜を食える器か?」


 『屍劇オブザデッド欲能チート』と『鮫影シャークムービー欲能チート』の報告を受けて、飲み干す為に飲むといった風に酒を呑み、食い散らかす為に食うといった風に肉を食らう男……『増大インフレ欲能チート』ガゴビス・ジャンデオジンは、見るだにムカつく顔で嘲笑った。


「……食いますよ。キャプテンがご執心なのは強い竜の方ですからね」

「食ってやろうじゃねえか、大将。弱い方の竜じゃ食い足りないんでしょう?」


 それに『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーは、闘争心を滲ませて答えた。『増大インフレ』は、強き者を屠る事を好む。部下の反逆は大歓迎だ。故に、部下への態度は必然的に抑圧的かつ挑発的となるだが、『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーも、おめおめ餌になる心算は無かった。


 十弄卿テンアドミニスターへの昇格。それを虎視眈々と狙っていた。自分達の欲能チート十弄卿テンアドミニスターになりうる余地があり、そうなれば『増大インフレ』とも勝負になると。そこにあるのは主従でも団体でも無く、緊張感に富んだ、隙を伺いあう群れとも言えぬ一つの生態系だった。


「っとに冗談じゃねーですよ! 俺だけおいてけぼりとかマジたまんねっつの! 簡単な仕事だから化け物を使える奴がいいからって! 結局化け物使いじゃ対処できない相手が来てんじゃねえかよ!」


 そこに、もう一人の欲能行使者チーターが現れた。目付きこそ悪いが、野性味はあっても悪いとは言えない容姿をした、角と赤い肌に黒白の逆転した目を持つ魔族の少年。即ち、先程『鮫影』シャークムービーがその名を出した『憤怒サタン欲能チート』。


「絶対! 二匹目を仕留めるのは俺だかんな! 見ててくださいよ、親分!」


 名前と種族から分かる通り魔王候補たる〈七大罪〉の一人でありながら、自分の軍団を持たず『増大インフレ』に服従しているだけあり、他の二人と違い『増大インフレ』に忠誠を抱いている様子だったが。


「……邪魔したらぶっ殺すかんな。あのちんけな化け物使いが原住民相手に晒してくれた無様みてーな様にしてやんよ」

『物襲』アタックオブザの事かぁ? 『物襲』アタックオブザの事かーぁ? !」

「上等だぜ」


 逆に『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーとの仲は最悪な様で。そしてまた、魔物の肉体と欲能チートをあわせ持つ『憤怒サタン』に一歩も引かぬ様子からは、『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーが主張した『自身の戦闘能力を強化できる切り札がある』というのは、やはりはったりではないという事だ。『憤怒サタン』もまた、ジャンデオジン海賊団という油断のならぬ獣だらけのサバンナめいた生態系の中で、『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーと敵対する獣の一頭であった。


 だが同時に『屍劇』オブザデッド『鮫影』シャークムービーにも、『増大インフレ』に対する強い羨望のぎらつきがあった。その存在を敵視しながらも、その力と支配と殺伐とした生態系から足抜けしようとするのではなく、その力を羨み、欲し、『増大インフレ』の様になる事を望み、あわよくばそれを越えんとする、『増大インフレ』という恒星から逃れられない惑星や衛星の様な、その野蛮の生態系に組み込まれた獣の飢餓があった。当人達の、知ってか知らずか。


「いずれにせよ、これで分かりやすくなったてばよ」


 にやりと笑って『増大インフレ』は宣言した。


「楽しみになってきたぜ。『神仰クルセイド』の奴を倒した奴を、オラが食らう。……おっぱじめるぜ、戦の祭りをよ!」


 そして、笑い顔を更に一段深く歪めて、こう、告げた。


「……前祝いもな」


 他者に災厄を予言するが如き、嗜虐的な禍々しさで。



 その頃ルルヤとリアラは前話後編だいにじゅうごわの様な状況に陥っていたのだが、具体的に何があったのか、そこから少々遡ると……


 まず改めての挨拶の後、欠けた経緯の補完……即ち過去だいろくわ出会ってから情報を聞き出した後、未遂という事もあり心挫けルルヤの【真竜シュムシュの眼光】で見てもこれ以上盗人をする心算も無かろうと見て取り諭した上で追い払った後、自分達はかの軍閥を打倒しその後も戦い続けていたと語った後、お前は如何なる経緯を経てこの海賊団にこうして在籍しているのかと必然ルルヤとリアラは問い、それにガルンは答え語った。


 銃に屈した己を恥じ、地獄の鍛練を重ねた事。その為に戦場を往来して生死の境をさ迷い精霊や悪霊を見た事、数百年前の伝説にある銃に似た武器を知り銃と戦える力を得んが為に遺跡に潜り、石棺の中に下級の銃に近い武器を使う魔族を見つけ甦ったその魔族と戦い勝利した事、魔法の装備を求め怪しの塔をよじ登った事、ナアロ王国に生息地を追われた蟲猿や翼蛇等の知恵有る魔獣の群れを押し止めるべく決死の冒険の中で更に己を鍛え上げた事、その果てに戦乱に更に身を投じるべくこの諸島海に至り、動屍アンデッドと戦う海賊達に出会い、雇われたのだ、と。それは正にまたもう一つの波瀾万丈の冒険であり、そして聞き捨てならぬ幾つかの情報の断片を含んでいた。


「その、石棺の遺跡の話! 詳しく教えてくれませんか、遺跡の場所、謂れ、年代の手がかりになりそうな事とか、覚えてるだけでいいです!」

「お!? おお、うむ……」


 それに先にバニパティア書学国で得た情報、そして先の戦いで掴みかけた気づきから、何事か推測・研究を始めているらしきリアラが食いついて熱心に根掘り葉掘り尋ね……それにより少々話が横道に逸れ時間を余分に使ったが……いずれにせよガルンは余り多弁をせぬ男だ。例え己が鍛え直した武勇を誇示したいとしても。故に、彼は簡素に語り終えた。


「中々、腕を上げたようだな」

「応とも」


 しかしそうであれ、その冒険譚をルルヤは好んだ。先の戦いでの振舞いと合わせれば、彼女自身卓越した戦士である為、その鍛練とそれを行わせしめた精神の発奮は想像がつく。


「……もう一度言おう。見事だ」


 故に、ルルヤは改めて、心底の感嘆を彼に与えた。リアラに言わせれば混珠こんじゅ人の身体能力は、地球における近代文明化以前の環境と身体活用が齎す強靭さと地球における近代文明化後に劣らない魔法文明による栄養と健康により平均的に地球人のそれより優れているとの事だが、だといえども限界はある。ガルンはその限界まで鍛えたが、鍛え直したのは筋肉だけではない。戦術、戦法、そして何より精神性、気力だ。


 過去の戦い第七話でルルヤが述べた通り、混珠こんじゅにおいて精神力や気力は極めて原始的な魔法の様に昨日し、十分高まれば魔法を帯びぬ攻撃に対し高い耐性を持つ【真竜シュムシュの鱗棘】にも通用する一撃を繰り出せる。


 原始的な魔法の様に? 否。それは実際、精霊や神たる意識の世界に接続する権利を以ての魔法事象を、個人の意思で行う極小の魔法だ。これと同じ個人の意思による世界法則への接続をより効率的かつ大規模に行うのが錬術れんじゅつだが、ガルンが属する狩闘の民の諸部族から発した〈狩闘の神々ジャリタンハ〉の法術は、それとは別の気力の発展形に近い極めて単純なものだ。


 精霊との同盟による霊術の併用に長けた採神ケルモナス航神タツワミノエスの法術、乗騎の強化や守護の結界と蹄で蹴られたような衝撃を与える攻撃法術等が特徴の牧神テフハエツラ法術、大地に影響を与えたり鎌や鋤鍬による一撃や焼畑等の開拓に関わる行為を模した耕神コムルス法術、錬術れんじゅつを抑制する形で取り込んだ地神タダイトク法術、捕縛や分析や認識強化や誓約による自己強化等幅広い王神アトルマテラ法術、個々の属性に特化した霊術、呪詛や戦の再現や悪意の具現化に長けた嗜虐的で攻撃的な魔術、構築や分解や変化や魔法装備の作成や直接的なエネルギーの行使を得意とする錬術れんじゅつ


 それらに対し狩闘の神々ジャリタンハが信徒に与える法術は、極一部の例外を除けば只管事故の五感や身体能力や反射神経や第六感等の強化に終始する。獣と戦う事が全てであった古の暮らしそのままの加護。だがしかし、それに特化しているからこそ、その方面における力は高い。ガルンの今の身体能力が、気力による強化だけではない事は明白だ。それは即ち、狩神の加護を得られる程に精神を研ぎ澄ましたからだろう。


 〈採神ケルモナスの平和〉〈航神タツワミノエスの自律〉〈牧神テフハエツラの守護〉〈耕神 コムルスの団結〉〈王神アトルマテラの秩序〉〈金霊リラキヘンフの繁栄〉〈芸霊レケムマウの癒し〉〈地神タダイトクの哲学〉とは主要信仰の徳目だが、そこにおける狩神ジャリタンハの徳目とは何か。それは〈狩神ジャリタンハの克己〉である。彼が己の弱さを克服したことは明らかであり、それは諸神の行状を正す存在である真竜シュムシュの信徒として、今だ道半ばと自己を律さんとするルルヤには好ましく。


 そして何より古き良き混珠こんじゅを愛するルルヤにとって、それこそ一族がウルカディクの隠里に住まう前と変わらぬような狩闘の民は懐かしく、それが銃によって卑屈に歪められた姿は腹立たしかったが故に、ガルンの再起とその鍛え上げた己の力によって異常な存在銃やチートに抗うあり方はルルヤとしても喜ばしかった。


 実際リアラからも、彼は唯の力自慢の荒くれ者から、最近では問題のある表現かもしれぬが所謂古い時代の文章表現にいう所の〈高貴な野蛮人〉というべき存在になったように見えた。



 のだが。いや、それ自体は何も間違いではないのだが、その克己心を彼に齎した動機の内一番大きな要素が、ルルヤにとってもリアラにとっても予想外で……


「俺は銃使いや銃と同じ異常な力を持つ者共に勝ってみせる。実際、既に一人仕留めた。お前達の言う、欲能行使者チーターを。これからもだ。お前たちの敵と、俺も戦う」


 それをガルンがまた、真っ正直に包み隠さず、直球に最短に一直線に告げた事が、件の状況を引き起こしたのだ。


「お前達に追い付いて見せる。お前達に、いや、ルルヤ、お前に並び立ってみせる。俺はそう誓った」


 その宣言は【真竜シュムシュの地脈】を使った時のルルヤの全力を思えば荒唐無稽とも思えるものだった。事実、ガルンはルルヤの全力を知らぬ。しかしガルンは限りなく真剣であったし、その表情は、仮に知っていてもかつて銃に狩り立てられた時とは違い、恐れなくそれでも尚それを成し遂げんとするだろう決意があった。


 だが。


「その上で言おう。真竜シュムシュの裔、ルルヤ・マーナ・シュム・アマト」


 重ねて言おう。その直後に示されたその決意の根元が、ルルヤにとってもリアラにとっても予想外、即ち驚きであり……否。ルルヤにとっては驚きであったが。


「ルルヤ。俺はお前に惚れたぞ! 俺がお前に釣り合うに相応しい勲功を挙げたら、俺の妻になってくれ!」


 リアラにとっては爆弾だった。



「だめっ!!!」



 直後、リアラは反射的にガルンとルルヤの間に割って入り……


 そして現在に至る。



「……って事?」

「あっはい」

「何があったと思ったら、もう……」


 面くらいながらも、「待った待った、説明してくれたまえよ!?」とハリハルラが言った事で、一先ず三人も落ち着いた。そして、改めて何があったのかを聞き出しリアラに確認したハリハルラは。


「……いきなり何言い出してんのさ」


 と、ガルンをジト目で問い詰めた。


「主観的には何もいきなりではないぞ? 俺はずっとそう思いながら武者修行をしていたのだ。あの場では碌に言葉もかわせなんだが、一目惚れとは落雷の様なものだ。唐突に落ちてきて、かわしようがなく、当たれば黒焦げに燃える」

「客観的にはいきなりだよ! 何さそれ、今迄一度も聞いた事無かったんだけど!?」

「確かに故あって、としか言ってなかったな」


 ハリハルラは割りと本気でさっきまでのリアラと同じ位慌てた口調でガルンに問いただすが、それにガルンはこれはうっかりしていたという感じでといった様子で応答する。そして、その比喩が、何気に以前第二話でルルヤが言った事が回りまわってリアラとルルヤに帰ってきていた。


「ところでリアラ、ダメって何だダメって」

「えっちょっ、ルルヤさん!?」

「い、いやだって、リアラだって以前に総集編で名無ナナシから好意を持たれていたじゃないか! リアラだけモテるのはずるいぞ!」

「あれ告白って言うにはムード違ったじゃないですか!? 名無ナナシの顔の良さでセクシーなムードは出てましたけど告白のムードとは違うじゃないですか!? あれ羨ましかったんですかまさか!? というかその……!?」


 それと平行して、リアラとルルヤもまたすったもんだしていた。割って入った事に帰ってきた反応にリアラがショックを受け、それを見たルルヤもまた別の意味で何か複雑な感情的ショックを胸に受けた様子で慌てて言葉を続け、それにリアラが頭を抱えるが。


「おおっ!!」

「わっぷっ!?」


 そのやり取りの様子を聞いて、興奮した表情でずずいとガルンが身を乗り出した。その表紙につっかかっていたハリハルラが体を外されてつんのめる。


「私に恋愛感情を持つ男がいたのはうれしいぞ。美しいと言われる事はあったが、いつもリアラの方が可愛いとかセクシーだとか魅力的だとか男に実際言い寄られるとかしてるしな……いやまあ『色欲アスモデウス欲能チート』なんぞに言い寄られても嫌悪感以外の感情なんて欠片も発生しようはないのだが……」

「そんなに気にしてたんですかそれ!? それまだ引っ張ってたんですか!?」


 ショックと呆れの入り交じった表情で叫び突っ込むリアラ。何でまた自分が今まで見た中で一番美しい人だと思ってる相手にこんなしょーもない嫉妬をされなければならないのか!


(……ちょっと頬を膨らませてるルルヤさんもかわいいけど! ええい、世の男共に見る目が無いから……いやガルンみたいなのがうじゃうじゃ居ても困るからええとええと……!?)

「ではっ!!?」

「ええっ、ど、どうなんだい!?」


 慌てているのに関係無くルルヤさん可愛いした挙げ句に思考が堂々巡りに嵌まり込むリアラ。これはまさか脈有りか!? と、更に詰め寄るガルン! 体勢を建て直し、改めてこの騒ぎ一体どうなるんだというんだ、と、ハリハルラが身を乗り出して。


「だがしかしまあ、とりあえず告白された事に満足はしたし、ガルン、お前の再起は好もしいが、うん、やはり、あいにく、私にはまだどうも恋愛というものがピンとこんな。……何しろ今は大好きな弟子で家族のリアラが一番大事だし、故郷に居た頃にも友達しかいなくてな、大好きという感情は分かるが、恋愛というもの、まだしたことがないからな!」



 ずどどどっ!?



 まさかの、見てくれに反してお子ちゃまじみた恋愛感情未発芽宣言に、リアラガルンハリハルラは揃って折り重なってずっこけぶっ倒れた。


「な、何だかなあ……その見た目とあの強さで、ちょっと……まあ鈍感や奥ゆかしすぎるのやらと違って、ある意味それはそれで可愛いげっぽくはあるけど……」


 折り重なった中で一番上だったハリハルラが苦笑しながら起き上がった。それに続いてガルンが起き上がり、顎を撫し唸る。


「ううむ……だが今はまだ分からんという事ならば、この先にチャンスはあるか?」


 不屈の男であった。


「……さてな。なんにせよ、今は復讐と戦いが、そしてその中で己を律すべき正義と守るべき者達が、私の心を占めている」


 それにルルヤは、竜の横顔で答えた。水平線の彼方の敵を見据える、美しくも猛々しい竜の表情。それは遥かで、俗世とは一線を引いたような凛として潔な気を纏っていた。が、しかし、それにルルヤは付け加える。


「そして、恋するより愛するより、今は一人の弟子の方が大事だ。大丈夫だろうがリアラ、いつまでも男の下で潰れてるんじゃないっ」

「え、あ、はいっ」


 差し伸べられた手を掴み、慌てて立ち上がるリアラ。ルルヤは、必要以上に大いにぎゅっと手をしっかり握り力を込めてリアラを引っ張り上げた。


 一瞬リアラは、ハリハルラの顔をみていた。その反応を、そしてそもそも事の発端となったハリハルラとボルゾンのやり取りを思い出していた。あれ、これって、もしかして、と。そこに見いだした感情と人間関係は、もし推測が当たっていれば、少々複雑なのではないかと。


 けれども、それどころではなくなる。


「……だが、戦いは何れ終わる。勝つ気なのだろう? 勝って復讐を終え、その後も生きていくつもりなのだろう? その後、どうするのだ。どうなるのだ、真竜シュムシュの血筋は。お前で最後にしていいものなのか?」


 直後、リアラは知る事になった。複雑なのは、自分達も同じなのだと。ガルンは問うた。それに、ルルヤは。


「……さあて、な。今はまだ、そこまで考える暇はないよ」


 ガルンのその問い、最初に告白を受けた時とは違う、少し苦い驚きを感じた表情で答え……視線をそらし、リアラを見た。


(え?)


 そして、驚いた。少し、ぎょっとするに近い位に。リアラの表情には、苦悩と悲しみの影があった。失った仲間を思う時と、同じ位の深い影が。


 そしてそれを見た瞬間、ルルヤ自身の胸に、戦闘の窮地においても感じた事がない、というか、今までに感じたもので比較できるものと言えば故郷の滅亡位しか無いような。疼痛のような感情が沸いた。


(何、だろう。これは)


 ルルヤは胸の内呟いた。リアラは、家族のように大事な、いや、最後の同族と言ってもいい、とても大切な。


(何、だろう、これは)


 リアラもまた胸の内呟いた。ルルヤは、女神の様に尊い、いや、何よりも誰よりも支えてあげたい少しでも力になりたい、とても大切な。


 二人は、己の内にある切実な感情に戸惑った。


 ガルンはそれをみて唸り……そして二人を見るガルンを後ろから見ながら、ハリハルラもまた。



 意図せずに、何かが動き始めようとしているのかもしれなかった。

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