・第九十三話「人の光は全て物語(前編)」

・第九十三話「人の光は全て物語(前編)」



「ぬううううっ!」


 グレートシャマシュラーを操縦しながら、己が欲能チートで模倣した異能を全開にして操縦技能を高めるのに加え支配下に置く全ての装備を『交雑マルドゥク』はフル活用した。


 グレートシャマシュラーの全身から迎撃を発射する。〈日のシャマシュラー〉の融合光砲、〈月のシンナンナル〉のPFプリズムフレキシブルレーザー、〈火のネルガリオン〉のプラズマボンバー、〈水のエンキナー〉の絶対零度領域とアイスバインド、〈木のマルドラブル〉のハイパーレールガン、〈金のイシュタール〉の超硬度金属砲、〈土のニヌルタン〉の激震動波。対空砲火・迎撃に使える全ての兵器を全身から撃ち放つ。


 複雑に屈折した軌道を空中に描くレーザーが、大爆発が、空中に突如発生する氷塊が、砲撃が、空間が歪んだかのように見える空気の振動が身長百数十メートルの巨体の全身が火を吹いたかのように炸裂。


 更に〈月のシンナンナル〉の〈月の爪〉、〈金のイシュタール〉の超弾性金属打撃と超展性金属触手、〈土のニヌルタン〉の激震砕拳を起動。対空砲火を掻い潜って接近する相手を叩き落とすべく振りかざす。


 そこに事前射出された機動攻撃端末型〈傑証けっしょう〉『星なるかな知恵の天道ムル・アピン』の魔法光撃、沿岸に召喚され起動する自律人型機動兵器クレインクインPのオメガ・ドライバ・バースト。


 その圧倒的な破壊力が再生取神行ヘーロースと量産型取神行ヘーロースを払う為に東京湾一帯を染め上げる。この濃密な砲火の中を飛び回る、『全能ガイア』の発射した武器めいた光球達に。


 光球と射撃は次々ぶつかり合う。光球が軌道を変える……攻撃が直撃して吹き飛ばされたのだ。だが逆に言えば、対空砲火に使う程度の火力では、弾き飛ばす事は出来ても劣化コピーと量産型共でありながら、流石にリアラとルルヤをこれまで苦しめてきた平均的な普通の世界であれば単独で覆滅可能な悪神共、グレートシャマシュラーの武装が、機体を構成する星王機神の必殺技に相当する武装とそうでない武装では威力の差が大きいとはいえ超兵器をもってしても尚撃墜出来ていないという事だ。


(墜とそうとなれば準主力級必殺技副武装か、主力必殺技が必要か! それが数百! こちらの手駒はあっという間に解けていっているというのに……!)


 『交雑マルドゥク』は分析する。再生取神行ヘーロースと量産型取神行ヘーロースを撃墜するとなれば、確実に潰すなら流石に『全能ガイア』には通じなかったものそれでも威力においては有数の〈火のネルガリオン〉単独の最大火力であるテラフレイムと、それすら上回るネルガリオンと〈水のエンキナー〉の合体技である一兆度の熱と熱的死を同時にもたらす矛盾領域、〈木のマルドラブル〉の電磁気力そのものを操るオメガサンダー、そして〈日のシャマシュラー〉の次元の狭間から無限の熱量を組み上げ放つ無限熱量砲・通称セイオウ攻撃。それが〈宙のグレートシャマシュラー〉に合体する事により強化された、無限の熱量に加え無限の空間による圧殺をも加えた超セイオウ攻撃。


 この超セイオウ攻撃こそ『全能ガイア』を殺しうる切り札と考えてはいたが他の攻撃も充分桁外れの代物、対『全能ガイア』攻撃手段を想定した物だ。テラフレイムが通用しなかったとはいえ雑魚払いに使う事になるとは、と苦虫を噛む『交雑マルドゥク』だったが。


 ZDOM! ZGAN! BAMBAMBAM!


 余裕は無い。『星なるかな知恵の天道ムル・アピン』とクレインクインPはたちまち全滅した。量産型取神行ヘーロース共は本来のグレートシャマシュラーのそれよりも複数の異能を組み合わせる事で遥かに強化されたバリアで防げているが、再生取神行ヘーロースの攻撃は異能強化バリアをすら貫いてグレートシャマシュラーにダメージを与えてきている。尤もシャマシュラーの力である次元接続システムの自己再生能力を以てすれば、少々のダメージどころか理論上不滅に等しく、まず本来ある程度同格の筈の存在達を物ともしていない凄まじさは揺らがぬが。


「だがイレギュラーの可能性は排さねばならん!」


 牽制の対空射撃を続けながら圧倒的攻撃力・防御力の代わりにその部分は並な機動性を補う、次元接続システムによる短距離テレポートを連続発動して『交雑マルドゥク』はグレートシャマシュラーの位置取りを調整する。本来サブパイロットを必要とする完全な機体の制御を超人としての能力で完全に行う。次元接続システムの部品さえ揃えていれば絆やサブパイロットの自我自体は必要としないシステム故に『交雑マルドゥク』はこの機体を選んだ。


 量産型取神行ヘーロースと再生取神行ヘーロースを打ち払い不要のダメージを避け勝率を揺らがせる要素を潰さねばならぬ。そしてその攻撃は最大効率で行われなければならぬ。


「俺は勝つ、俺は滅ぼす、地球を、世界を! 何事にも何者にも揺らがず! どんな手を使ってでもっ!」


 コクピットディスプレイの画像には『全能ガイア』と、その眼前で因縁ある人間を材料にしたと思しき量産型取神行ヘーロースを含む取神行ヘーロース軍団の攻撃を食らうリアラとそれを庇わんとするルルヤの【真竜シュムシュの巨躯】。


 それを砲火に巻き込む。女神と竜の苦悶が更に強まる。だがこの程度では死なぬだろう。取神行ヘーロースの群れと『全能ガイア』共々、更なる最大威力の攻撃の嵐で纏めて殺してやる。そして『全能ガイア』の攻撃をリアラ・ルルヤを盾にする事で防ぎつつ、二人の背後を取り射撃し続ける事で二人をこちらの攻撃から脱出せんとするには『全能ガイア』の側を突破せねばならぬと駆り立てる、その為の挟み撃ちの構え。


 因縁の相手程度にペースを乱すというならば、リアラ、お前ら等俺の敵ではない。それを是として付き従うルルヤ等尚更だ。


 そして、異世界転生で世界を救うのだという狂った神としての理に執着し続けている『全能ガイア』にも負けぬ。


 勝つのは己だと、『交雑マルドゥク』はただ一人、戦術を極め己が負けぬ理を積み上げる。



 TYDDDDDDDDDDDD!!


「うああああああああああっ!」「ぐ、うっ……!!」


 リアラとルルヤは光の牢獄の中にいるも同然だった。天の星々よりも眩い大都会の明かりじみた、お前はどの明かりの中にいるのだ、お前が所属する明かりはどの程度の代物だ、それがつまりお前の存在の程度だと暴き立てるような、隠れるところのない世界。


 未だ昼間の戦場でそうとすら思わせるのは、その凄まじいまでの閃光の密度と、意識を揺さぶり朦朧とさせる程の衝撃と苦痛だ。


「ハハーッ! 一方的だぜ!」「ブルってやがる!」「死ね死ね死ねーっ!」


 『全能ガイア』に操られる……操られているといったほうがまだましの愚かしさのその走狗たる量産型取神行ヘーロース達と、無言で駆動する再生取神行ヘーロース達。百を越える光球がリアラとルルヤの周囲を雀蜂の群めいて渦巻き、光球体から更に地水火風等様々な攻撃が放たれ打ち込まれる。


 基本理論自体はここまで何度か対処してきた機動攻撃端末のそれに近い。だが数が桁違いであり、一つの意思に導かれ動いているのではなく、駆り立てられ強化された野蛮で貪欲な自我が勝手に、強化された思考速度を以て飛び回っている。


 異能の流れを読むリアラの【真竜シュムシュの眼光】は、つまり『全能ガイア』が遠隔操縦しているわけではない状態では個々の動きを読む事に効果を完全に発揮する訳ではない。


 相手の思考の真偽を読むルルヤの【真竜シュムシュの眼光】も……


(煩い……見苦しい……!)


 貴方の声が力になるという言葉、『全能ガイア』も口から出任せをいっていた訳ではない。迸る悪意の群れが『全能ガイア』の補助もあってか大量の情報となりルルヤの【眼光】に負担を掛ける。イコールではないがイメージとしては、ニヤニヤ動画やバチバチ動画等のある種の動画投稿サイトでの動画を隠す程の大量の字幕段幕の様に。


 尤もそれらはあくまで攻防における確率をほんの数%ずらす布石とでも言うべきもので、そもそもの弾幕量が圧倒的だ。数百の量産型共が一匹あたり何百何千の攻撃を放ち、それは最早さながら『全能ガイア』を中心に回転する天動説的銀河!


 加えて加えられる攻撃はそれだけではない。『交雑マルドゥク』が自らに攻撃が向かうのを阻止する為に放つ弾幕も、リアラ・ルルヤ目掛けても飛ぶように巧妙に調整されていた。二人からすれば、丁度挟み撃ちを受ける格好だ。更に言えば『交雑マルドゥク』が自分に向かう攻撃を減らすという事は、その分攻撃はリアラとルルヤに集中するという事に他ならない。


「あぐっ……!?」


 痛撃を受けリアラの【巨躯】がよろめいた。【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミングフォトンブレス】を使う暇もない攻撃攻撃攻撃!


「ぬうう……!!」


 つんのめるリアラを広げた羽で覆うようにして庇うルルヤの【巨躯】。分厚く鱗で装甲された甲羅めいた翼がたちまちボロボロになっていく。


 ギリ、と、リアラの、ルルヤの、食い縛る歯が音を立て、口腔に溢れる血が滲む。二人それぞれの二色の怒り。


(リアラ……!)


 黒い【巨躯】でリアラを庇いながらルルヤが噛み締めるのはリアラへの想いだ。突きつけられる汚濁、踏みつけてくる現実、そして絡み付く因縁とリアラの過去。彼が自分を責め苛む源のそれら、何故リアラがそんな目に会わねばならないのか、何故そんな目にあわねばならなかったのか。それら全てから身を捧げ身を挺してもリアラを守りきれずまたそんな己の姿でリアラを傷つけてしまい、力不足に悩む事すら更にリアラを無力感で傷つけるかもしれない尾を噛むようなウロボロスめいた想い。嗚呼、この心を支えてくれるお前に、この身は何が出来るのだろうという愛情!


(ルルヤさん……!)


 【真竜シュムシュの世界】でそれ外の全てを庇いながらリアラが噛み締めるのは、世界を担う重みとルルヤに支えられる事への、世界は守れても想い人には守られる事への切ない想いだ。


 既に核弾頭何発分どころの騒ぎではないような威力の攻撃を【真竜シュムシュの世界】で受け止めている。世界に法則を付け加え【真竜シュムシュの世界】とて竜術の一種だ。それは言わば精神力で世界崩壊を押し止めているに等しい。精神力と肉体への負荷がどちらもリソースとなる混珠こんじゅの魔法のルールも加えて、リアラはその魂と体とで地球を背負っているに等しい。心身に、凄まじい圧力が掛かる。それでも尚、共に担うルルヤを想える気概よ!


「さあ頑張って! 地球を守るのは君達自身! そして君達は自分自身を救うんだ!」

「ヒャッハーッ!」「おおーっ!」

「……お前は間違っている。地球に迷惑をかけるな。邪魔だ。害悪だ。死んでいるべきだったのだ、お前は」

「これ以上迷惑をかけず、大人しく死んでね!」


 愉悦を隠そうともせず煽る『全能ガイア』。国家の命令でも支配でもなく、示された欲得にむしゃぶりつく、リアラからすれば心の傷の権化たる過去の因縁、ルルヤからすれば地球自体への憎しみを助長する想い人の仇達。そしてそれに付和雷同する人間達と……ただ理解できない存在だからといって、実の息子を欲望や保身の為に見捨てるリアラ=正透まさとの両親。他と違って直接戦闘に加わるのではなく言葉で心を削いでいるだけだが、それは逆に言えばそれが息子だと教えられているという事で。戦国の過去等では当たり前の事だが、その時代から結局人は変わっていないのか。


 異世界転生チートなど経ずとも、ただ一皮剥くだけで、これが人の望み、人の世、人が肯定する現実だと『全能ガイア』は笑う。例え他国を侵略したり国内で虐殺や圧政を行っていようが、十分な武力を持っていれば経済制裁で済み、十二分の富を持っていれば形だけの非難で済む。それで済まさなければ経済的に損をするから。その方が、他人の命や人道より大事だから。全ては保身の為。それと同じだと。


「ぐっ……うっ……!」「ッ……!」


 故に、二人共通する想いとしての、真竜シュムシュの怨念を解きほぐしても尚、やはりその胸の内に燃える、世界への怒り、鈍い、憎しみ。気力を削ぐ雑音……クラスメートという名の獣の嘶きは、リアラに過去を思い起こさせる耳障りな音。いつも、望みを押し付けられてきた。望みに沿わないのであればいらないと言われてきた。ならば、こうなるのも必然かと。


 そうリアラに嘆かせる荒廃した世界は、かつてカイシャリアⅦで見た誇張された地球の断片とあまりにも類似した、ルルヤをして慨嘆せしめる地獄。神々亡き土地。ここまでの殺伐か。様々の物事を納得させられそうになる圧倒的なまでの、侵食してくるような荒廃。だが。


 だが、だからといっての地球への己等の想い、これは真っ当か。これが正義か。これは……露にして良いものなのか。その想いが二人にのし掛かる。


 現実という勝手の違う世界、地球人であり欲能行使者チーターではあるが、変わる事のない陽との悪性に、自分達はどうすべきなのかという迷いが心身を蝕む……


 その時。


 HYKAAAAAANN!


「……アガッ!?」

「「!?」」


 ……大爆音の只中。凄まじい一矢がそれを鎮めた。……その矢は量産型取神行ヘーロースのうち一体を、それも、リアラの生前の仇達の一人を撃ち抜き……『全能ガイア』の肉体に叩きつけていたのだ!


「あがああああああっ!?」


 『全能ガイア』の肉体は完全だ。貫通した鏃は刺さらない。体表をがりがりと滑り落ちながら、矢はさながら傷口に花火を突っ込んだかのような火花と化した。悶絶しもがき身をくねらせる量産型取神行ヘーロースの絶叫が響き渡り。


 ZBDOOOONN!!


 量産型取神行ヘーロースは、内側から綺麗さっぱり爆発四散した。


「何だ!?」「嘘だろ!?」


 動揺する量産型取神行ヘーロース共。動きが、止まった。


「数打ちのチンピラどもめ、相応しい無様さだな……だが……」


 笑う『交雑マルドゥク』だが、警戒は欠かさない。それが誰が行った攻撃なのかは見切っている。その攻撃が何なのかも見切っている。己と己のグレートシャマシュラーがその程度では揺るがぬ事も知っている。


 だが、己のグレートシャマシュラーが打ち払う事に留めて他者の隙を伺っていたとはいえ、こちらがまだ撃破しきっていないものを撃破したのだ。


「何故お前達に、そんな力が」

緑樹みきさん!? 歩未あゆみ!?」


 故に『交雑マルドゥク』はコックピット内でそう呟く。クローズアップされた映像に映る二人を見ながら。


 故にリアラは叫ぶ。その強化された知覚能力で見つけた……お台場の催物展示場屋上に、かつてのリアラとルルヤのように立つ、和柴緑樹わしばみき神永歩未かみながあゆみの姿を……


「ちょっ、えっ……ええーーーーー!?」


 ……リアラやルルヤと同じ様な真竜シュムシュの力を得たビキニアーマー少女戦士の姿となった二人を見て驚愕し。何故なら、【真竜シュムシュの世界】だけでは不安で残った護符の予備を渡していたとはいえ、戦えるような力を与えてはいなかったからだ。


「っ、驚いてる場合でも細かいこと気にしてる場合でもないからっ! (////赤面)」

「きっ、気にはしない! というかそれどこじゃない!? 説明して!? ……そうしている構えは、懐かしいけど……!」


 赤面し裏返りかけた声で緑樹みきが叫ぶ。声がこの距離で伝わる。【真竜シュムシュの咆哮】。


 ……気にしてる場合じゃないという〈細かいところ〉は、生成されたビキニアーマーにパットをいれる余地が無い為かリアラに対して張っていた見栄がバレたそこはルルヤもシャワールームで見た事を言わずにいたバストサイズの件かもしれないが、正直二人が前線に出た時点でリアラは胃袋がしめやかに爆発四散しそうな程痛かったのでそれどころではないが……胸部装甲が中身のボリュームの無さを全くもって隠さずぺたんとしているのは兎も角、そのデザインは、今の緑樹の姿勢と合わせると、弓道を思わせるもので。リアラの脳に前世の記憶を、弓道部員でもあった彼女の凛とした射の姿勢を思い出させてくれた。彼女は達人だった。


 そう、緑樹みきはその手に巨大な弓矢を持っていた。和弓の形を基本とするが更に大きく機械弓めいた改良も施され矢や弦に至るまでが【真竜シュムシュの骨幹】で作られた、人間では誰も引けまい兵器級威力の強弓。更にこれも鉄の矢の先には歩未あゆみが手を翳し、そこに鏃としてリアラの【陽の息吹よ、切り裂けフォトンブレス・ブレイド】と同じ、いや寧ろ勝るエネルギーが込められていると思しき光の切っ先が取り付けられていた。歩未あゆみのビキニアーマーはやや飾り気が多く少し昔のファンタジーの魔法使いめいた印象だ。


「説明するよ、お兄ちゃん」


 冷静を保った歩未あゆみの声。やはり【真竜シュムシュの咆哮】で響き渡り、【真竜シュムシュの宝珠】で同時平行して伝わる。


「お兄ちゃんたちが戦いにいった後、私達に、というか、緑樹みきさんの所に『全能ゴッド』が来た。……お兄ちゃんをあげるから、独り占めしたいなら一緒にルルヤさんを殺さないか、って」

「っ!?」

「……勿論、断ったわ」

「……」


 衝撃的な妹の発言にリアラが驚く暇もなく緑樹みきが言葉を続け答えた。『全能ガイア』が、厭わしげに吐息をついた。


 緑樹みきは思い出す。昨晩の事を。



「……勿論、断るわ」

「君はバカかい?」


 あの時も、今のように即座に緑樹みきは答えた。『全能ゴッド』は、褐色の美貌に当惑と皮肉と嘲笑を浮かべた。


「断って得るメリットなんて無いだろ?」

「それは一旦置いといて、受けてメリットを得る保証は?」


 やや腹立ちの混じった『全能ゴッド』の重ねての問いに、冷静に緑樹は答えた。『全能ゴッド』はその冷静さに感じ入り、表情を誠実なものに改め背筋を伸ばした。歩未あゆみが、もし納得がいったらどうするのかと気を揉む中、二人は冷静に議論した。


「数十兆円の四散を持っている人間なら、1億ポンと放るくらい気軽に出来るだろ? それと同じさ、君程度の願いを叶える等捨て扶持に等しいし、私に害は無い」

「貴方が私にメリットを与える上でリスクが無いって事が問題なんじゃないわ。そのメリットとやらがホルマリン漬けの脳が見る夢だったり、正透まさとの形をした貴方の人形かもしれないって私の危惧はどうなるの?」

「その場合を君が識別できはしないと思うし、仮に識別できない嘘ならそれでも君は幸せを感じるだろうし、そもそもそれをいったら今こうしている瞬間だって夢の類じゃない保証も無いけど?」

「そこまで言い出したらキリが無いって事は分かってる。だから、都合のよすぎる話ってのはそれだけで疑わしいんだけど」

「……『全能ゴッド欲能チート』は地球人を異世界転生で救う神だ。それを信じてくれなければ、まだ不安定な神様としてはどうしようもない」


 そういう『全能ゴッド』の、視線と表情を緑樹は見た。人生経験と創作経験全てを振り絞って考えて、それが未熟な部分がある事を承知の上で顔に出来るだけ出さないようになや見抜いて、その上で。


「それは嘘ではないように思えるわ」

「そうかい」

「だが断る、わ」

「何故だい」


 正直一生に一度くらい言ってみたかった台詞でもあるけどそれは兎も角、と緑樹みきは内心思い、『全能ゴッド』もそれに気づいて微妙に心証を悪くしながらも理由を待った。お前もし理由がそれオンリー言ってみたかっただけだったら許さんぞという表情で。


「理由は三つあるわ。一つは、正透まさとが好きだからこそ彼に無理強いはしたくない。二つは、ルルヤの事も、友達として好きになったから。三つ目は、私自身の誇りの為よ。恋敵ぶっ殺してもらいましたなんて記憶を一生持って生きていく? 御免だわ。記憶を消しゃあいいってもんじゃないわよ。あんたが信じられるられないの話より、人に脳味噌委ねる程悪い意味でバカな度胸持っちゃいないわ、私」


 もしもあんたが善なる神として振る舞っても、私が嫌、とにべもなく。だけど、本気で誇りの為に、神の誘惑をさばさばと緑樹みきははね除けた。


「ごめん四つあったわ。四つ目は、インターネット小説投稿者博元裕央ひろもとゆおとして、よ。語ってきた物語に、読者に嘘はつけない」

「その君の、いや君たち二人のもう一つの顔について話がある」


 だがまだ話は続く。……その後に、後から思い付いて少々ばつ悪げに追加した三つに収まらない四つ目。、それに『全能ゴッド』は炎の赤い瞳をぎらつかせ、歩未あゆみにも話しかけた。……歩未あゆみは動揺しない。緑樹みきが、その、博元裕央ひろもとゆおという名を出した時点で、すでに覚悟の表情だ。


「【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】。貴方たち二人が合作して博元裕央ひろもとゆおのペンネームでカキヨミに連載している異世界ファンタジー小説。貴方たちも勿論気づいていると思うけど……」


 『全能ゴッド』は語る。禁断の情報を。


「ええ。けど、お兄ちゃんの、神永正透かみながまさとの転生と冒険そのものだった」


 歩未あゆみが同意する。禁断の事実を。これまで断片的に二人の仕草に現れていたように、二人はある程度リアラとルルヤの戦いの旅について知って、いや、ある程度というレベルではなく。


「私達が何故お兄ちゃんの戦いを物語として受信出来たのか。何らかの奇跡なのか、私たちが実は微弱な異能者だったのか、世界と世界の間で稀に発生しうる事なのか、第二章で〈お前程自我エゴが強いのに欲能チートを持っていないのは不思議だ〉と言われたように実はお兄ちゃんも気づいていない物語を伝えるだけの微弱な欲能チートを得ていたのか、貴方じゃない別の神様の思し召しか、夢の世界の力なのか……」


 歩未と緑樹は二人で一つの【博元裕央ひろもとゆお】というペンネームで小説を書いていた。【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】を。既にこの地球のインターネットで、あくまでごくごく一部の者が予言の書めいて話題にしはじめているそれを。


 緑樹みきは考えて、覚悟していた。それが何故なのか、今口にしたそのどれでも構わないと、どうであっても、私達の進む事は変わらないと。


「逆だとしたら?」

「逆?」

「貴方達が物語を書いたから神永正透かみながまさとは転生した。貴方達は私と同じ輪廻転生の女神、そのまだ若い雛。だから私は貴方たちに特別に誘いをかけている」


 だが、神は楽園の蛇の笑みを浮かべ尚誘う。悪魔が変じた楽園の蛇ですら神が手作りした乙女を堕落させるのだ。神自らの誘惑の威力は如何程だろう。


「あるいはあれは正透まさとでも何でもないのかもしれない。貴方達が無から作り出した、前世は神永正透かみながまさとだったと思い込んでる沼の泥で出来た人形めいた何かスワンプマンかも?」


 『全能』は二人の間に立ち、互いに向け合う視線を遮る。禍々しい蝕のように。


「そのどちらか知りたいと思わないかい? 彼を好きにしてしまう事を悔やむより、それを知れない方が一生後悔すると思わない?」


 笑い、差し伸べられる手。舞い踊る古代の神像めいたポーズで、『全能ゴッド』は両手をそれぞれ歩未あゆみ緑樹みきに差しのべた。緑樹みきの肩が震えた。美しい悪夢のように奇妙な、何もかもが崩壊していくような感覚。そして。


「……私はお兄ちゃんが私達が作った物語だとも、リアラ・ソアフ・シュム・パロンがお兄ちゃんを象った泥人形だとも思いません。だから、貴方に従いません」

「!」

「……何故? その言葉に、どういう意図が?」


 決然歩未あゆみが宣言した。抗う論理を探し悩んでいた緑樹みきがはっと顔を上げ、誘惑の笑みを浮かべていた『全能ゴッド』がくわっと目を見開き、心を砕くような目で問うた。


「……」「!」


 歩未あゆみは答えなかった。抗ったが、流石に論理が追い付かない様子で。だがそれは無駄でも無意味でも無謀でも浅慮でも愚かでも無かった。それは勇気だった。何故ならば、その瞬間緑樹みきが理を思い付いたからだ。


「少なくとも私達が作った泥人形じゃないわ。だって、ルルヤが言ってたもの。戦いがなかった話での出来事を。そんな話、私達書いてないもの。伏線も存在しないもの、って事は、作り事じゃないわ、多分!」

「た、多分て。じゃあ、前者の説はどうなのさ。いや、大体、そんな多分は水掛け論だよ? 分かってる?」


 そんな決然とした凛々しい表情で多分とか言うなよと若干驚き呆れつつ『全能ゴッド』は問いを重ね揺さぶりをかけたが。


「書いたが先か転生が先か、それは世界五分前仮説や胡蝶の夢の類で、そして確かにそう言ってしまえば、これは水掛け論です。ですがだったら私は、私達は、好きな物語の方を選びます。シャーロック・ホームズがファンからの脅迫状と出版社からの札束でコナン・ドイルに往復ビンタを決めてライヘンバッハの滝つぼから這い上がってきたように、物語が現実の人間に影響を与える事等幾らでもあるのだから。好きな物語を貫いて現実に勝つに至ってみせます」

「お前……!」


 歩未あゆみも割って入った。途中、緑樹みきと視線を合わせ、互いの意志を確かめ。あやふやな論かもしれなくてもと、やはり決然と拒絶する。『全能ゴッド』は、最早己の誘惑では彼女らを変えられぬ事を悟り激昂した。物質編成で空中からじゃらじゃらと紙幣黄金宝石を出してやったり肉体を若返らせたり見かけ美しくしたり人造の異性を宛がうだけで幾らでも従うそこらの人間と違って……


「度しがたい面倒くさい選り好み激しいクソオタクめ! もっと安易に救われろよ、畜生が! いいだろう! お前達が何をしようとしているか分からないとでも思っているのか? そんなもので何とかなると思っているのか? やってみろ! やってお前達のファン諸共全員で地獄に落ちるがいい!」



「……そして『全能ゴッド』の幻像は姿を消したわ。で、そしたらその後……真竜シュムシュの力が私達に宿ってた。護符と複合しての形だけど、真竜シュムシュ信徒としての信仰の条件を満たしたみたい。だから私達は、やるだけやっちゃう事にした訳。どの魔法をどう使うかは、それこそこれまでの物語をつぶさに見てきたからよく知ってるしね……」


 そんな『全能ガイア』の捨て台詞をまで語って、緑樹みきは決意を改めて宣言した。戦うと。はらはらせずにはいられないリアラを納得させる程強い瞳で。


「ここまでやらかした以上来年度の私達の平穏の可能性はゼロね……来年度があるならだけど」

「それ昨晩見たドニラのダイジェストどうがで聞いた台詞だな!? 確かVSデスブラスタの奴だ! はっはは!」


 堂々たる緑樹みきの立ち振舞いに、痛快なりと笑うルルヤ。


 そしてリアラは、二人の思わぬ力の存在に気づいていた。高い視覚能力で認識した、歩未が見せたスマートフォンの画面。幾つかに分割されて表示された、小説投稿サイトのページや、SNSやインターネット掲示板の反応。


 そこには【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】を通じて、この出来事の真相を語り、そして世間が報道する敵対の呼び掛けに従うのではなく、この物語を愛する者はリアラとルルヤの為に祈って欲しいという呼び掛けへの反応が記されていた。


 無論ファンならざるものからの大量の反対もあった。


 だが、そこには確かに、【逆襲物語ネイキッド・ブレイド】読者からの応援の力があった。……作品に感想を言い、応援をしてくれた。作者に続きを書き続けさせてくれた力が、同じように、今物語の主人公達を応援する。様々な、受け取る側にとっては宝石のように輝き燃料のように熱い言葉。それは、知らずの内にその登場人物となっていたリアラとルルヤの胸すら何故か熱くするものがあった。そして、魔法により、言葉は力になる。即ち……


「【真竜シュムシュの地脈】!? で、でも……」


 二人が量産型取神行ヘーロースを倒す程の魔法力を発揮した理由を悟るリアラ。しかしまだ納得が完全にはいかない部分もある。それに歩未あゆみが語る。


「分かってる。うん、頑張って書いてるし有り難い感想も幾つも頂いてるけど、世界人口とか『全能ガイア』が味方につけてる人数からすれば、多い訳じゃない。でも、凄く、凄く力が沸いてくるの。作者として当然の事だけど……」


 価千金の魔法力だ。作者たるもの、読者一人からの愛でも世界と戦える。心の底から歩未あゆみはそう確信して語る。緑樹みきも同じ表情だ。一つ一つの言葉を、深く強く、いとおしげに眺めた。一歩間違えば一瞬で命違う失われる戦場という地獄に立てる程に強く。そしてその上で、歩未あゆみはある仮説を加える。


「ひょっとしたらそれだけじゃないかもしれない。私達が博元裕央ひろもとゆおって名前でお兄ちゃんの物語を感じて書き留めたように、私達の地球以外の平行世界での地球でも誰か別の人が、例えば博元裕央ひろもとゆうおうとか名乗って、少しの違いはあるかもしれないけど、同じような物語を書いているのかもしれない。その世界の読者の魔法力も、流れ込んでいるのかも」


 歩未あゆみはそう分析した。【真竜シュムシュの地脈】についてはよく知っている。過去の発動事例を読むと、今反応している見える範囲のファンよりも多い魔法力を得ている。そして何より、かつて兄が『惨劇グランギニョル欲能チート』と戦い意見を問うた時、兄はを見てその言葉を世に問うたと感じた。第四の壁を越えて、醜い言葉になど屈しない、美しい物語の道を行く己の立場を視線で問うた。ならばという感覚があった。竜術感覚強化でそれをより強く感じさせていた。故に、啓示を見る瞳で、歩未あゆみは言う。


「……理屈は説明できないけど多分そうなんだと思う。だから言うよ、ありがとう、読者の皆」


 紛れもなくそう言う。かつて己が綴る物語越しに兄の意思を受け取ってくれた時のように、君達に言葉を伝える。ありがとうと、第四の壁を越え貴方に。


「さあ! そういう訳で私達は覚悟を持ったわよ正透まさと! ええ、色んな意味で覚悟したわ! だから弓道競技者失格な発言は承知の上で言うけど、量産型になった昔私と正透を虐めた挙句殺そうとした奴等! 大体あんたらに○ァックされかかった時に弓道何の役にも立たなくて悔しくて腹立たしくて仕方なかった時から、いっぺんあんた達クソ○イパーの面に射込んでやりたかったのよ! あんたらが正透まさとを殺すと決めたように私もあんたらを殺すと決めた! 覚悟なさい、そして!」


 GYARIIIINN! 鉄の弦が唸りめいて鳴り、歩未が続く!


「お父様、お母様! 生み、今日まで育ててくれた事、感謝しています、けど! お兄ちゃんを私は見捨てません、だから反抗させてもらいます。その覚悟をしました。世界を敵に回すような無茶をしますが……それでも、話がまだ出来るならしたいと思います。もしよければ、事が終わった後私が生きていたら、で。そして……」


 歩未あゆみ、祈りに手を組む。直後、ザァとその黒髪が長く延びた。一気に踝まで。そしてその長髪が何十かの髪束となって鎌首をもたげ、鎌首の先端が多頭竜の顎門となる。兄の【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミングフォトンブレス】とは似て非なる独自の専誓詠吟! さては自分ならとか時々妄想していたか! それは兎も角!


「「私達は戦う、これが私達の命の使い方……だから正透まさとも戦って!!」」


 歩未あゆみ緑樹みき、声を揃えて声を限りに叫ぶ。確かに存在する声無き声にも声を与える為にもその分も高らかに。


 この世の残酷、その残酷のルールで戦わざるを得ない力不足、だが過去を完全に振り払いきれずとも一歩づつでも先へ進んでいる事、この戦いを否定させないという思い、そして、この戦いに懸かっているものへの改めての実感、皆の思いを、応援を背負った以上戦い抜かねばならぬ義務をリアラに伝える。


「ッ……ああ、分かった!!」


 傷の痛みを振り払うように、リアラが背筋を伸ばす。伝わった!


「……歩未あゆみ、ありがとう。父さん、母さん。歩未あゆみも自分の道を決めたように、僕も自分の道を行きます。……それでも、生んでくれなければ僕はここにいなかったし、何も体験できなかった。感謝します。……行ってきます。」


 最後にもう一度だけ一言、噛み締めるように歩未あゆみに礼を言う。そして、父母への言葉を。決別ではなく自立だと。


「うむ……かたじけない、緑樹みき歩未あゆみ、皆! いくぞリアラ、反撃の時間だ!」


 ルルヤも立ち上がり、翼を広げ、雄々しく語る。リアラに伝われば、ルルヤにも伝わる。そんな二人だった。


「はい!」


 リアラが答えた。物語の扉が開き、人の光たる物語が訪れんとしていた。

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