・第九十二話「物語への扉(後編)」

・第九十二話「物語への扉(後編)」



 混珠こんじゅでも、戦いが始まっていた。


 島を囲む混珠こんじゅ艦隊が魔法と射撃を放ち偽竜と『永遠ズルヴァーン』を攻撃する中を、準備を整えた《大転移》の門から、自由守護騎士団が、〈無謀なる逸れ者団〉が、舞闘歌娼撃団が、ガルンが、ラトゥルハが、それ以外の皆が、即ち〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉が味方の魔法・射撃の誤爆を恐れず受けぬ絆と連携と共に突撃した。


「「「これでも食らえっっっ!!!」」」


 ガルンが背中に背負った全て魔法武器の大量の槍を、かつて砂海の戦士が用いたのと同じ連続投擲用装填補助機構を使いつつ次々連続投擲した。名無が新調した短剣を同じく連続投擲する。舞闘歌娼撃団もその特殊武器の内この日の為に特別誂えに強力にした投擲用のものを周囲を踊るようにしながら打ち込んでいく。それら全て、この戦いの為にかき集められた伝来のものもあれば新調のものもある魔法武器だ。同時にミレミが、『魔法少女マレフィカエクスマキナ』姿に混珠式の改良を加え羽や布などを追加してその姿を変化させたミシーヤが、巻物や杖を同時複数多重展開し魔法を複合作動させる!


 猛烈な勢いで魔法武器が、魔法巻物が乱れ撃たれる。強度と使用回数を犠牲に軽量化され、一発きりの使いきりにして威力と燃費を追求し大量に打ち込まれた魔法巻物と新調魔法武器が轟然偽竜を消し飛ばし四体の特殊取神行パラクセノスヘーロースを爆発に包む。


「ふん……! そらっ!」「きゃあっ!?」


 しかしそれを、〈戴冠せるもの〉〈紅なるもの〉〈妹なる少女〉〈地球の姿〉、四つの顔にびん笑すら浮かべて『永遠ズルヴァーン』は無効化。切り裂き、切り進む!


 魔法剣《風の如しルフシ・バリカー》ではなく盾で咄嗟に『永遠ズルヴァーン』〈戴冠せるもの〉の斬撃、そのほんの余波を防いだ筈のユカハが吹き飛ばされ盾が砕け散る。その盾は【真竜シュムシュの骨幹】で打たれた武器防具の一つなのだが、それすら容易く切り裂かれ盾を構えた腕が落ちかねない程の深い傷が刻まれる。


「はは、こんな何番煎じかも分からないようなファンタジーに出てくる武具なんかで、この『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』に、三千世界の魔剣の王に太刀打ちできるとは、お前達みたいな安い女も思ってないようじゃないか!」

「顔色の悪さよりも口の悪い化け物めっ!」


 嘲笑に罵りを返し攻撃を加えるフェリアーラだが、降りは理解の上だった。ユカハが盾を使ったのは、剣で打ち合えば《風の如しルフシ・バリカー》を切り折られるからだ。それはフェリアーラの《硬き炎カドラトルス》も同じ事。それ程までに、武器の強さが違う。


 『永遠ズルヴァーン』の武器である異界を起源とする魔剣『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』は絶対無限、あらゆるものを切り裂き決して折れず、その血を啜った全てを喰らって蓄え支配し使役し、絶対に主の側を離れぬが故に分身しても尚その全ての手に握られ続ける。


「はは、死んだ剣より弱い世界め! 数打ちの剣を使う数打ちの女共め!」

「くぁあっ!?」


 剣の鍔競り、鎧や盾での受け反らし等の混珠こんじゅ武術の理論を無効化する在り方に腕前を減じられ、それが無くても恐るべき達人めいた忘我夢幻の奇刃を『永遠ズルヴァーン』は振るう。フェリアーラの足と腕が薙ぎ払われる!


 かつて『永遠ズルヴァーン』がダルマカルマという二つの在り方が鍔競り合いする狭間にある世界に生まれた時、その宿命の化身として彼を責め苛んでいた剣の自我は、『全能ガイア』の手によりその宿命から掬い上げられた時に宿命からの解放と共に失われた。


 『永遠ズルヴァーン』よりも邪悪であったそれの喪失以後、『永遠ズルヴァーン』はそれを懐かしむ程、解き放たれた救済の歓喜故にその魔剣を上回る邪悪となって魔剣を操り迸る。


「このっ!」「はは、通じるものか! たかが分子切断など!」


 『魔法少女マレフィカエクスマキナ』装束の上から【真竜シュムシュの翼鰭】を生やしたミシーヤが〈紅なるもの〉相手に擦れ違いざま翼による斬撃を見舞おうとするが、これも魔剣が受け止める。絶対の剣なるが故に、リアラが調整した、使いこなせる者だけに預けた縁が単分子刃になっている【翼鰭】ですら、打ち合っても刃どころか剣身の平や峰、鍔であっても分子一個分も通さず弾き切り裂き叩き折る。


「おおおっ!」「ふん!」


 挟撃を防ぐ為敵の動きを束縛すべく白兵戦に転じ〈地球の姿〉を相手取り突きかかるガルンだが、作り出した『鮫影シャークムービー欲能チート』が金剛不壊と豪語した、今はガルンが使うシャークオリハルコニウムトライデントも、最初の一合で三叉の内の左の切っ先が切り飛ばされた。


「なら」「これで」「どうだっ!」


 太刀打ちで叶わぬのであれば魔法と、ユカハ、フェリアーラ、ミシーヤが追撃する。ユカハとフェリアーラの鎧の一部に呪文が発光して浮き上がり攻撃魔法を発動させる。それは一ヶ所辺り1回限定の使いきりだが、その分大量の魔法力を込めた強大威力の魔法攻撃!


 ZGDOOOOONN!!


 大爆発! 発射した鎧の一部や追加パーツが焦げ付きパージされる! 『永遠ズルヴァーン』の分身達が爆発に呑まれる! だが……


「危ないよ!」「こっち!」「傷の確認と回復を……!」


 舞闘歌娼撃団のルアエザ、エラル、ペムネがフェリアーラ、ユカハ、ミシーヤの手を引き後退させる。一瞬後こちらからの攻撃の爆発を飲み込み、奇妙な黒い宝石めいた魔法弾が爆発を喰らい切り裂いて飛翔し、〈絶え果て島〉の岩盤に大穴を開ける! 異界の魔法かあるいは呪具か、凄まじい威力、天まで届く噴煙!


「次だ次だ次だぁっ!」「今度はこっちが相手だよ、色男! 切ってみろ!」

「頑張って、まだ、始まったばかり……!」


 噴火口の縁めいた惨状にも怖じずガルンとラルバエルルが応戦する中、ミレミが回復魔法を行使、それにより体勢を建て直すユカハ達。バックステップして間合いを取った名無ナナシと合流する。名無ナナシの新しい鎧はもうボロボロで、革防衣レザーアーマーに付けられた追加装甲が弾け飛んで肌を一部晒していた。


「っ、まだ、生きてるな!?」

「勿論!」「まだなんて! 最後までやるよ!」「大丈夫!」


 その名無の言葉に口々答えるフェリアーラ、ユカハ、それとミシーヤ。何れもやはり噴煙と大小の傷による血で汚れ、防具の損傷も激しい。


「「「射てーーーっ!! !」」」「「行くぞぉおっっ!!」」


 それでもキーカやララ達の様な比較的戦闘力の低い【真竜シュムシュの加護】の所有者達による後方からの【真竜シュムシュの息吹】の一斉射撃に呼応し、再び突進! だが!


 ZGDOOOOONN……!


 どう考えても本来それしきで済む筈が無いのだ。今響いた轟音は、名無ナナシがフェリアーラが後退した後に戦った、かすりつつ辛うじてかわした『永遠ズルヴァーン』〈戴冠せるもの〉の斬撃の衝撃波が〈絶え果て島〉の岩山断崖を砕いた音だ。通常攻撃一発一発が地形を変える程の、戦いが終わる時にはどちらが勝っても〈絶え果て島〉が地図上に残ってはいまいというレベルの攻撃。先の攻防でもユカハの腕とフェリアーラの手足は吹き飛んでもおかしくなかったどころか、ユカハとミシーヤは胴体ごと両断されていなければおかしいのだ。


「面倒くせえ、よくまあ、んな古くさい、B級の、深夜お色気アニメみたいな手を大々的に使うものだ……!」


 ZVWON! PAN! PAN! QPAN!


 衝撃波が飛ぶ。少年が、少女が、男が、女が吹き飛ばされる。戦う程に、傷を負う程に、その鎧が弾けて千切れていく。少しずつ肌の露出を増やしながら、しかし肌に衝撃飛礫や魔法爆風等による致命傷を刻まれる事無く戦い続ける。戦い続けられるその理由を『永遠ズルヴァーン』は見切り苦笑した。


 それは《散華》、対象の破壊力を防具のみに限定する事で防具は確実に破壊されるがそれを犠牲に致命傷を避ける、舞闘歌娼撃団が愛用する芸霊術の防御の要。


「見たか、矛盾式逆鱗鎧! あんたの剣が良く切れるのは知ってるさ! せいぜい切って脱がすがいいさ、お耽美な殿方! 様無く安手の色気撃の悪役になりやがれ!


 自身も『魔法少女マレフィカエクスマキナ』装束に追加された豪華なティアラや羽飾りやマントを徐々に失いながら、ミシーヤ・キカームは叫ぶ。


 この局面の為に新造された防具は、全てこの使い方を想定して作られたもの。ユカハの使う自由守護騎士団の新式鎧を例にとれば、一見して胸と腰の部分だけリアラのビキニアーマーに似た構造をしている以外はかつての自由守護騎士団の制式鎧に欲にているとみせかけ、さにあらず。


  実はリアラ型ビキニアーマーに自由守護騎士団制式鎧に類似した構造の追加構造をつけたもので、その追加装甲に全て《散華》の霊術が織り込まれている。


 つまり後方要員に至るまで全員が装備したこの追加装甲は全て防具としての硬度は無視した消費対象に過ぎぬ。故にこそ撃ちっぱなしを前提とした一発きりの攻撃魔法武装を平行して装備できる。躊躇い無く使い捨てる事が前提だからだ。


 無論本来の『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』の威力であれば、魔法そのものを断ち切って追加装備諸共一刀両断にする事ができる。だがそれは、成長し防御範囲を防具に及ぶまでじわりと増したリアラの【真竜の鱗棘】が許さぬ。斬撃そのものを防ぎきれはしないが、術式無効化を無効化する事はできる。それを見越しての武装開発。


「無駄な引き延ばし、長引くだけの戦闘だな。掠っただけでも吹き飛ぶ追加装甲が消えてなくなるまで後わずか、色気も糞もない屑肉になり、魂まで食われるにはそこから刹那の一瞬も必要無い……!」


「どうかな! オレは! そこまで弱くはない!」


 『永遠ズルヴァーン』四分身の一体〈妹なる少女〉にそう叫んで食らいつくのはラトゥルハだ。他の皆が複数人で辛うじて纏わり付いてのに対し、機械化武装の全てを失った今やシンプルなビキニアーマー+追加装甲姿にも関わらず尚一対一で戦っている。


「お前の場合は存在意義がどうかなだよ、この負けライバルキャラ! 敵の時は強いが味方になると弱いユニット! 引き立て役のキャラ立て失敗迷走用済み存在が!」


 しかしそれでも所詮四分の一と、〈妹なる少女〉は余裕の悪口雑言を止めぬ。


「ん、だとぉっ!?」

「そーら、血を悲鳴を吹き上げろ!」

「ぐあああああっ!?」

「ら、ラトゥルハーっ!?」


 だが子供じみた悪口雑言に反しその恐るべき実力は本物だ。ラトゥルハが激昂した瞬間、剣を持ったその腕がかき消えた、と見える程の一瞬の超高速連続攻撃! 〈妹なる少女〉が正面にいるままにも関わらず、全身の前後左右に傷を刻まれてどっと血を噴くラトゥルハ!


「もっと壮烈に死ね、雄々しく叫んで、激しく輝いて、悲嘆に嘆いて、悲しみを誘って、もっと劇的に死ねよ、お前ら」


 『永遠ズルヴァーン』〈戴冠せるもの〉は笑う。この世界を消費して。命を娯楽にして。


「どいつもこいつも、最後まで生きようと戦って、最後まで戦い続けて槍を振り終えた瞬間に燃え尽きた蝋燭みたいにすぅっと死ぬ奴やら、後方に搬送されて回復魔法の限界を越えて眠るように死ぬ奴やら……おかげでこれまで死にざまのシーンはろくに描写されず……そんなんじゃお前らの物語に人気は出ないな! そんなんじゃお前達は負けて終わる側だな! ま、所詮は失敗のシーンだ、描写しても人気は出なかったかもしれんが、どっちにしろ数多の詰まらなかった世界みたいに、忘れられて、存在しなかった事になって、終わりだ! 」


 どうしようもないメタメタな難癖を『永遠ズルヴァーン』は吼える。数多の世界を『全能ガイア』と共に滅ぼしてきた。それら全てを、つまらない物語だと嘲笑う。世界を超越した存在である自分達にとっては、世界とは読み捨てて消費する雑誌に過ぎないと。楽しませろと、つまらないと……


「俺達の死は! 失敗でも娯楽でもねえっ!」


 嘲笑う剣嵐を、小さな反骨が飛び越えた。至近距離からの、殆ど斬撃に近い投剣。鍔迫り合いをしようとすれば一瞬で武器ごと両断される。であるからこその、さながら輪舞の如し、ぶつかりあわない零距離戦闘。相手の脇を潜り足元を潜り腕に一瞬だけ腕をぶつけ周囲を転げ回るようにして殆ど零距離から。


「リアラは! 俺達の死を! 悲しむ! あいつは! 最初から! 俺達を少しでも死なすもんかと! 戦ってる! 死ぬ覚悟は兎も角! 死を誇れるもんかよ!」


 切れ切れのキレキレな言葉。名無ナナシは言わば走りながら飛び跳んでいた。地面を全力で蹴り、同時に【翼鰭】を全力で羽ばたかせる事による二重加速。


 少年は劇的な死を見せろという『永遠ズルヴァーン』の嘲笑と死の運命を拒絶し迸る!


「やれやれ、本当なら秒間一億回は攻撃が出来るんだが【真竜シュムシュの鱗棘】が一方的な時間加速を阻害するから今の秒間攻撃回数はそれに遥かに劣る。取神行ヘーロースといっても殆ど分身だけで数以外は永遠の決闘者エターナルデュエリストとしての素のスペックと変わらん。時間加速による瞬間老化攻撃も出来ん。一々剥いでいかなきゃならん、手間がかかる事だ」

「フカシこいてんじゃねー!? ガキの言い合いか!?」


 無茶苦茶なスペック自慢をする『永遠ズルヴァーン』に叫び返す名無ナナシだが、それは口だけで実際に『永遠ズルヴァーン』がそのレベルの怪物というおぞましい存在であろう事は覚悟している。辛うじて相性差で勝負が成立するレベルになっているだけだと分かっている。


それを理解したうえで、それでもあくまで人を馬鹿にする為の自慢話にバカと言い返しただけだ。そんな出鱈目な力を、欲して得て押し通す世界観への抵抗。スペックだの、ステータスだの、そんなものが何だという叫び。戦って勝たねば否定される世界だからこそ、やむを得ず力を求めただけなのだから。そんなもの、本来、好んではいないのだ、と。


「そのガキの喧嘩にも届かず、お前らは死ぬ。何もかも、永遠の前には儚いもの」


 DZOOOOOOU……!


「!」「!?」


 後方沖合い、艦隊に爆発。軍艦の一隻を下から突き上げて粉砕しながら出現するのは、身長数ミエペワ数十メートルの巨大な鎧、《王神鎧》。敵の手に渡った混珠の力。己の力を使うまでもないという『永遠ズルヴァーン』の皮肉の為だけの伏せ札か。艦隊の上、五代目魔王、ボルゾン、ハリハルラのそれぞれの反応、叫び、対応、感情、それを無視せんとする巨大な戦争の奔流、名無が憎む戦争の無慈悲、その間にも繰り広げられる皆の攻防、名無は、『永遠ズルヴァーン』が、剣を。


 衝撃。爆裂。



 ……そして地球の戦いでは、その《王神鎧》等遥かに上回る存在が動きだそうとしていた。サイズだけではない。存在格そのものが、『永遠ズルヴァーン』の糞自慢と同等のレベルで出鱈目な存在が。


「バッドエンドで終わる為のフラグは立て終わった? 死ぬ前に言いたい台詞は言い切った? 伏線を回収しきれずに叩かれる準備はいい?」


 ZGGGGGGG……


 お前達の物語は失敗に終わるのだと嘲笑し、海底を歩むのではなく水中を浮遊しているのか、足音ではなく不明な異音を立てながら滑るように『全能ガイア』は前進した。顕現直後、詠唱中最後の動作と同じように左右斜め上に掲げられていた両腕は、再びそれ以前の構えのように胸の前に指を揃えて伸ばした状態でファラオの棺めいて交差して組まれている。


 皮肉げな声音に反してその仮面めいた顔は無表情で、組んだ両手と合わせ一見まるで戦闘的に見えないが、その実、既に用は済んだとばかりに中華ソヴィエト共和国軍を放置しているように、そしてまた中華ソヴィエト共和国軍が無力化されつつあった先の前哨戦の間に振るい始めた更なる力が存在するように、その動きと表情には、別段お前達を倒すのに殴り合いだの力みだの防御だのは必要無いというような余裕の誇示があった。


 事実、最大出力でないとはいえ、『交雑マルドゥク』が操るグレートシャマシュラーの斉射に、全くの無傷である。


「バカ言うな……! 勝つ準備に忙しくて、そんな事する暇無いや……!」


 言い返すリアラだが、その結果が、グレートシャマシュラーの攻撃が弱かったからではないという事はリアラは『交雑マルドゥク』と並んで知っている。テラフレイムだけで、真面目に科学的に考証すればぶっぱなしたら最後半径数十光年が蒸発すると言われる一兆度の熱量なのだ。原作においては熱量そのものを操る事で周囲には熱を遮断し局所的にのみその超熱量を具現すると設定されていて、事実その通りに作動したようだが、それに平然と耐えたかと。


「そう。なら、駄作として現実の中に消えなさい」

「ふん、兵器とかいう現実はもう根負けしたようだが……?」


 哀れみめいた静かな『全能ガイア』の声。ルルヤの反論を無視し、その『全能ガイア』の周囲に、蛍のような光が幾つも集まっていく。蛍のような、といっても、『全能ガイア』の今の身長からすればいずれも人間程あるかそれより幾らか大きい……


「……それが次の現実とやらか?」

「その通り」


 それを見て、ルルヤの反論が押し止められた。無表情の仮面から笑みを含んだ声を溢し、ルルヤのその問いを『全能ガイア』は肯定する。


「『惨劇アザトース』……『経済モレク』……『増大ケツァルコアトル』……それに、他も、全部……いや、それだけじゃない……!」


 リアラも驚愕する。地球に対する人工衛星のように『全能ガイア』の周囲を回る光、その招待。それは、全てこれまでに倒した十弄卿テンアドミニスター達の取神行ヘーロースだ。今の巨大な彼我のサイズと比べれば人間を少し上回る程度のその大きさは小さいと言えば確かにそうだが、どいつもこいつも通常の規模の世界でなら単独で覆滅できる怪物達だ。その攻撃力は何れも直撃すれば十分に現段階でも此方に通用しうるし機動力も侮れぬ。


 数も、初期メンバーに加え後から追加された『悪嬢キュベレ』『大人ペルーン』『正義ルー』もいる。それだけでまず数が十。


「徒労は繰り返してこそ徒労。追加メンバー程度で済むと思った?」


 『全能ガイア』が嗜虐の口調で語る。追加どころではなく再度全てを並べて。


「思わないさ。けど、そいつらが昔ほど手強いとも思わない……お前はまだ自由に全ての転生者を再度転生できる訳じゃないと言った。それなら、そいつらはせいぜいが、力だけを再現した人形だ。それなら、厄介なだけだ、怖くはない」


 『旗操オシリス』の姿をその中に認め、一瞬息を呑んだリアラ。だが、特殊取神行パラクセノスヘーロースと融合した状態ではなく、特殊取神行パラクセノスヘーロースと並んで『神仰クルセイド』の姿もあるのを見て、理解を深め、食い縛り、目を瞑り、目を開き、見据える。


 自分の理想を求め続けたあの人はもういない。ならば、ここにいる彼らについても結果は揺るがない。『旗操オシリス』も、もういないのだと。


「そうだ。そいつらは唯の取神行ヘーロースだ、あいつらじゃない」


尊敬に値する戦士も、矮小だが必死だった男も、悲しい女もそこにはいない。ルルヤは思い返し、噛み締める。


「ああ、間違いない」


 死んでいれば自分もそこに加えられていた『交雑マルドゥク』は不愉快を感じながらも同意する。そこにいる『文明マキナ』は『追放ボッチ欲能チート』が変異させられた機械化欲能行使者サイボーグチーターの姿に似た機械的な怪物の姿となっていた。『文明巨躯メカシュムシュ】ではなく。あれは初期の姿だ、その後の研究で変異した姿ではない。そこにそれを積み重ねた存在は無い。


「『全能ガイア』様ハ素晴ラシイゾ。コノ方コソ私ノ神ダ。私ハ救ワレタ」

「止めろ!」


 愚弄するように『神仰クルセイド』が口を利かされた。死体の声帯と横隔膜をポンプと電気で動かしたような歪な音、『全能ガイア』の操作で。激発しリアラは怒号した。


「そんな事はどうでもいい。そんな事はどうにでもなる。それで貴方達がどうなろうと誰も気にしない。どころか誰も彼も僅かな利か何気ない感情であなた達を踏み潰す。世界は貴方達を踏み躙る為にこそ徒党を組んで団結する、それが現実。見えているでしょう? もう一度言うよ、追加メンバーを加える程度で済むと思った?」

「……ああ、見えてるよ、思ってないさ、畜生……!」


 リアラが唸る。『情報ロキ』が、木偶人形にしてはかつての当人らしい仕草で指し示すように手を振った。


 そこに示されるのは、はっきりいってしまえば性質の悪い嫌がらせだ。


 政府を力で取り込む事で示した、リアラとルルヤと『交雑マルドゥク』が地球に対する侵略者であり『全能ガイア』が守護者であるという言説。


 それに補足し、『全能ガイア』は更に追加の情報を流布した。侵略者は一種の情報生命体であり、恐怖や服従や称賛を糧とする。逆に言えば、侵略者に対して拒絶と敵意を満たす事は、地球の為に戦ってくれている守護者への援護となる。貴方達は集会を開いたりSNSやインターネット掲示板に書き込んだりするだけでいい。それが軍隊より強い力になる。


 程々にありそうで、手間がかからず、善意と英雄願望をくすぐり攻撃衝動を満たさせる言葉。それにまんまと乗せられた無知で傲慢な醜悪な心の排泄めいた蛮勇の、各地の集会映像で燃え上がりインターネット上でバズる憎悪が叩きつけられる。


全能ガイア』はそれを空中に映像で投影して見せつけた。リアラとルルヤの戦いとそれと共闘してくれた皆を、物語を冒涜する醜悪な現実によるパロディだ。


 ただの精神攻撃ではない。精神攻撃としても巨大だが、地球での【真竜シュムシュの地脈】の行使の可能性の遮断であり、そして同時に『全能ガイア』の取神行ヘーロースとしての白い巨体が徐々に神々しい輝きを帯び始めていた。幾つかの欲能チートの複合行使によって、その憎しみを力として吸収しているのだ。更に。


「勿論見えているでしょう? 良い目をしているのだもの」


 食い縛るようなリアラの言葉を煽る『全能ガイア』の声。その周囲に展開する声が増えていく。十より遥かに多く。数個、十個、十数個、更に十、数十、数百……


 その光は鎧めいた外骨格を纏う鬼神の姿をしていた。『絶望羨望・模倣偽神ルサンチマン・デミウルゴス』。それはかつて『常識プレッシャー欲能チート』が変じた姿。それが、多数存在していた。『常識プレッシャー』の複製もその一つとして混じっているかもしれないが、『常識プレッシャー』を複数複製したのではない。他からわざわざ『常識プレッシャー』を選ぶ理由もないし、リアラの見えざる力を見る目が違うと否応なく理解していた。


「勧誘してきたのか! 地球人を地球で転生者に生まれ変わらせて……!」

「そういうこと。自力でエゴを取神行ヘーロースの領域に高められるのは空間の理論的に上位十人だけだけど、擬似的に押し上げるならこういう事もできる。あくまで擬似的なもので与えた欲能はこれまでのリサイクルだけど、力の規模自体は取神行ヘーロースに近いし、どうせだれも気にしない。タイトルをつけるなら〈現代現実転生・ファンタジー世界じゃなく危機的状況な現実世界に軍団チート転生して救世主となり救った世界の新たな支配者階級になるようです、それに比べれば転生トラックぶつけられるくらい余裕です〉かな?」

「タイトル長いのが流行だからってそれは流石に長すぎだろバカ!? 大体昨日一晩分身を世界中に出して一々OKした相手にトラックぶつけて回ってたのかバカ!?」


 それはかつての『常識プレッシャー』と同じ誘いに乗った存在だ。貴方は選ばれたという甘言に乗り他者と同一の存在に成り下がった、言わば量産型取神行ヘーロースだ。あるいはこれが取神行ヘーロースの原型なのかもしれぬ。思えば『和風パトリオット欲能チート』が『悪嬢キュベレ』の力を受けて変異した姿もこれにどこか似ていた。


 自分が世界の救世主で主人公で世界の中心だと思い上がり傍らに自分と同じ存在が山程沢山居る事に気づけない程己に酔いしれた、醜悪で傲慢な、存在そのものが真の英雄の冒涜である赤子神。


「貴方の嗜好はどうでもいい。これが覇権と誰かが触れ回れば付和雷同し尻尾を振りそうでない奴は犬の群れに食い千切られ後ろ足で砂を掛けられる、それが世界。どうせ世界に伝わる映像は加工済みだし、それに」


 『全能ガイア』の言葉に笑みが混じった。


「何と言っても私は人を救う女神だから、貴方の周囲で貴方のお陰で不快を被った人間達の無念も晴らしてあげないと」

「ごるぁああああああ神永かみながぁああああ!」


 そして、仄めかしの直後にケダモノの咆哮じみた叫びが轟いた。リアラは息を呑んだ。その声、忘れもしない。


「よくもあん時反撃しやがったな神永かみながの分際でぇ!」「俺死んだじゃねーか!」「タマの恨み!」「目の恨み!」「少年院の恨みぃ!」「ぶっ殺してやっぞぉ!」


 そいつらは、過去のリアラ即ち神永正透かみながまさとを虐め、リンチにかけて殺した元クラスメート。正透まさと緑樹みきさんもやられると思って抵抗し石を握って叩き付けた奴等の中に死んだ奴と睾丸タマや眼球が潰れた奴もやっぱりいたのかとか、生きてて少年院に行きそこで『全能ガイア』の誘いを受けトラックぶつけられて転生した奴とあの時死んで今転生した奴と精神年齢全然変わってねえなとかの情報も認知する事になるがそれはともかく、その事実は強烈な衝撃で、更に。


正透まさと。お前と言う奴は、どこまでも不愉快に不完全で非常識な……化物め」

「悪いけど貴方にかけたお金の元くらいとらせてよねー」


 声が聞こえてきた。量産型取神行ヘーロースとは違う、変している訳ではない。『全能ガイア』が会得している無数の欲能チートの一つで伝えてきている声だ。リアラには、嫌でも分かる。それは歩未あゆみが喧嘩し距離をとったと語った、正透まさと歩未あゆみの、両親だ。正透まさとを見捨てた両親。それまでもが、今、敵にまで回って。


 『全能ガイア』が両腕を掲げた。荘厳な神体が光った。瞬間!


 BBBBBBBBBBVGOOOOOOOONNNNNNN!! !! !!


 再生取神行ヘーロースと量産型取神行ヘーロースからなる無数の光球が突撃し攻撃を炸裂させた。あるものは因果をねじ曲げ、あるものは着弾した場所に怪物を産み、あるものは衝撃を打ち貫き生体を見出し、あるものは着弾した物体を同額の黄金に入れ換え、あるものは聖なる力を炸裂させ、あるものは大爆発をお越し、あるものは攻撃を致命的な場所に誘導し、あるものは炎となって纏わりつき、あるものは雷となって苛み、あるものは抜けず消えず突き刺さり……


 全てがこれまでに存在した欲能の効果の一側面を帯びた吹雪で嵐で噴火で流星群で山崩れで弾幕で毒煙で爆撃で死だった。全ての命を滅びるものとして産み落とす地球の歴史そのものと言うべき無数の死の雨だった。


「うあああああああああっ!?」「うおおおおおおおっ!!」


 リアラが絶叫し、ルルヤがそれを庇い、『交雑マルドゥク』も反応し、迎撃と追撃の嵐が前後左右から吹き荒れる。



 現実という地獄が顕現した。だが……それに抗う者は、それでも尚存在した。現実に抗う物語への扉を開こうとする者達が。



 一人は弓を引いた。一人は祈りを唱えた。そして二人は、物語を述べ伝えた。

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