・第四十九話「糾弾対峙の転生者(1)」
・第四十九話「糾弾対峙の
超常の力、
〈王国派〉は〈
〔早期攻勢については自己の切り札たる変神能力『
しかし他を巻き添えにする事を厭わぬ狂戦士たる『
その結果発生した小競り合いと探り合い。不利をもたらす虚偽の風評の流布と協力者の暗殺を狙った襲撃という〈帝国派〉の攻撃に対し、後者は戦闘でじわじわ消耗しながらも防いでいたが前者の為にうまく動けずにいた〈
これに対し、〈
これに対し〈帝国派〉は和平交渉をちらつかせ妨害と精神攻撃を試みるだけでなく〈王国派〉と提携しあった欲能以外の魔法的手段で限界まで強化した魔獣・魔族を〈国際諸楽祭〉に差し向けテロを行う事でその機会を奪おうとした。
しかし、これまでの戦いで鍛え上げられたリアラとルルヤがあえて消耗による身の危険を省みずに全力戦闘を行った結果、魔獣魔族による妨害襲撃は即座に撃砕された。対魔獣魔族出動を口実に丙を繰り出し〈国際諸楽祭〉を停止させようとそれでも尚〈帝国派〉は動いたが、その暇も無く。
そしてリアラとルルヤの歌が鳴り響き、
(今夜がターニングポイント、あるいはポイントオブノーリターンか)
『
(ここから巻き返す手を俺達は今夜打つ。巻き返す。糞。何が歌だ。ヒロインぶりやがって。血に飢えた復讐狂の裸蜥蜴の分際で。あんな……)
〈国際諸楽祭〉による〈長虫〉側のアピールを、〈帝国派〉は完全に遮断できなかった。否、はっきりと言わねばならない、〈帝国派〉はその遮断に失敗した。
リアラとルルヤの歌を、それによって起こった事を、その風景を、耳に残るその音曲をゼレイルは心から追い出す。
それ故に、ここからの
これに失敗すれば〈王国派〉が宣言する通り全面戦争でけりをつける事になり、そうなれば〈帝国派〉は、所属
即ち。『
(絶対に、守る。ミアスラ。テルーメア。……俺達の日々を)
それを避ける為には
((ギデドスかルマ、どっちだとしても。ルマは予備として押さえておく))
〈帝国派〉の会合でゼレイルはそう強硬に主張し、その意見を他の〈帝国派〉の面々に飲ませた。予備等残さない方がこちらが掌握に成功した後では相手に手荒な手段で奪還される恐れが少ないから良いのではないかという意見を押しきった。また、第一
(守ってやる。ルマ。お前も。厄介な依頼人だと最初は思っていたが……お前も、やっぱ俺達の大事な日常だ。それに。……好意を寄せられた相手を守らないのは男じゃねえからな。ああ、お前の事も、日常以上に好きだぜ。あんま言うと、ミアスラとテルーメアに怒られるから、はぐらかしてるだけでな)
両手一杯に情愛を抱え、
自分の好きなルマを守る為に、必要であればその家族である父ギサガ、母スロレ、姉リンシア、弟ルキンを排除する為に。
自分とルマとテルーメアとミアスラの平和で楽しい日常を守る為に、これまで積み重ねてきた死体の山を更に堆くし、血の川を更に滔々流れさせる事に躊躇いも迷いも罪悪感も無く。それ以外の道の可能性を意識する事も無く。
それは〈
遠くから祭囃子が響いていた。
この季節、〈国際諸楽祭〉とは別に、連合帝国には大きな祀がある。宗教・文化・伝統儀式の都であるアヴェンタバーナがその存在意義とする祭祀儀式の一つであり、アヴェンタバーナで執り行われる儀式から始まり、はるばるこのエクタシフォンまで練り歩くそれは、かつての神話時代に諸部族の戦いが終わり、〈人類国家〉が設立されたことを祝う平和の祭典〈誕世祭〉だ。
当時の戦いの終演が耕農の民が秋の収穫期には可能なら戦を切り上げ冬に備えなければならない事情も関係していた事もあり、地方によっては秋の収穫祭も兼ねる全国的な祭りだが、連合帝国の場合より歴史的な意味の方が大きくなる。
それは混珠の過去の歴史の様々に華やかな場面を再現した山車を曳いて街路や街道を躍り歩くもので、混珠が今年まで無事滅びず歴史を重ねた事を祝い、世界に感謝し、今を生きる全ての
魔法仕掛けの山車は、真上から見ると正方形で大きいものだが平たく、一見するとそれ自体は複数の車輪がついた舞台を思わせるものだ。
しかしそれは起動していない状態であり、この山車の本質は台の上に毎年別の紋様で描き直される魔方陣だ。それが起動する事により、山車の上に展開されるのは家ほどもあるサイズの光り輝く巨大な立体映像。
あるものは華やかな神や精霊や英雄の姿を、あるものは勇壮な戦いを、あるものは面白おかしい民話を、あるものは華麗な芸能を。
様々な立体映像を台上に展開する山車が夜を輝かせて進み着飾った自由参加の人々がそれに付き従い並んで踊り歩く様は、黄月の風物詩、季節の締め括り、冬に向かう前の活力の補充として、今まさにその運行する山車達と並んでこの季節に咲き誇り、花弁の行きを本物の雪に先触れて降らし尚咲き誇り続ける果樹・
……ただ、それ以外の要素が絡む事もあるのが〈誕世祭〉の難しい所だ。
〈誕世祭〉の山車の顔ぶれを見れば世相が分かる、という。例えば北方の諸部族領と連合帝国の外交関係が悪化した場合神話伝説を象った山車において狩闘の民を扱ったものが減ったり、逆に荒ぶる精霊であった時代の《
国家と神殿と民の線引き、職人の反骨精神等の関係から、天下の政道がうまくいっていないと民が感じている時は
世が荒れ、
その、結果は。
「……美しいな」
歌い疲れた喉と躍り疲れ戦い疲れた手足を養うべく、露店で買い求めた蒸留酒の果汁割りのジョッキを干した後に大鳥腿焼を豪快に食い千切り、咀嚼し、飲み下してからルルヤは呟いた。呟きの内容と視線の先、そして呟いた当人の容姿からすれば俗っぽいを通り越して荒っぽい仕草だったが、地顔が浮世離れの匠とでも言うべき神秘的美貌なせいで、寧ろその位してなければ祭りの中に溶け込めないとも言えた。
「……ええ」
その傍ら、リアラは小鳥めいて唇を尖らせふうふうと吹きながら啜っていた砂糖と乳脂をたっぷり入れた種実湯から綺麗な唇を離すと、溜息のようにそっと呟いた。かつて連峰の戦いを終えた後に、静謐な覚悟を以て世界の美しさを見知ったのとはまた違う、世界の豊穣な輝きを讃えるような呟き。二人とも、今は踊り子装束でもビキニアーマーでもない。下に踊り子装束より更に軽装の最低限度のビキニアーマーを着けてはいるが、その上から枝藁冠とゆったりしつつもごちゃごちゃしたそれでいて着乱れに強い装束〔鎧を外した陣羽織や鎧下と野良着を混ぜたようなざっくりしたもので、平和の到来を祝う意匠と農作業の終わりを祝う意匠が混合している〕という誕世祭を祝う装束の姿だ。演目は大成功だったが祭りの中に今は溶け込めているのは、この出で立ちの印象の違いによるものだった。
実際、美しい光景だった。
天には終わり際の細い黄月と夕暮れの残し。橙、紫と黒、青が入り交じる空には早くから輝ける大きな星達。
暖かな明かりを灯す屋台達の列の間を進む立体映像を浮かべた巨大な山車達。食べ物と飲み物の香りと、それよりも強くしかしそれらと喧嘩しない花の香り、そして星月と屋台と立体映像の光に照り映え、咲き誇り、舞い吹雪く薄紫の花弁達。それらの背景に今は徹する雄大な建造物達。
人と自然とその中間が入り交じった、世界の美。
そして何よりルルヤを感嘆させたのは山車の立体映像の顔ぶれであった。
そこには調和があった。狩闘、牧騎、耕農、航漁、鍛鉄、黄金、芸趣、森、山、王、魔、勇者、様々な
戦災のあった土地を応援するものもあったが、そうでない土地の話がだからといって軽んじられた訳でもなかった。
仲間外れでもなければ特別扱いでもない距離感で並ぶ
(しかし我ながら、こういう時に軽妙洒脱でウィットの効いた言葉が出てこない性質だなあ)
そこに何かこう知恵のある花を添えられればと思ったのだが、感嘆の相槌しか出てこない自分に少しリアラは嘆息したくなった。戦いの最中に偶にどっと強い思いが言葉の奔流となって流れ出る事はあるのだが、その半分もルルヤさんに気の効いた事を言えたためしがないような、と。
「リアラと一緒に見た事が忘れられない光景が、また一つ増えた」
そんなリアラに、まるで、そんな事等気にしなくてもいいというような堂々とした鷹揚な口調でルルヤは同じ方向を見ながら呟いて。
「…………(
リアラはじんときてどきどきして沈黙した。ルルヤさんは、いつもばしっとストレートで魅力を打ち込んでくる。かなわないな、と思って、照明の照り返しだけではない色に頬や耳が染まった。
「僕も、ルルヤさんと見た事が忘れられない光景、また増えました。……今日の舞台もその一つでしたけど……」
「ああ、私もだ、リアラ。確かに気迫や知略も大した力だが、リアラの
二人は日中の舞台、魔獣の襲来を退けて勝ち取った機会で歌った事を思った。
轟くようなつんざくような、新しい、しかし同時に滑らかに歌うような風情を持った情熱的で感情的な熱血が鳴り響いた。地球風に比喩するなら、メタルバンドとアイリッシュミュージック楽団と和風バンドが一緒にバトルものアニメのテーマソングを演奏しているような、というのが一番近いだろうか。手足に仕掛けつきの鳴り物をつけているだけのリアラとルルヤに出せる音ではない。同じ〈
違う部分を作ったのは、これまで二人の旅芸人家業を支えてきて熟練を増したリアラの白魔術《作音》だ。普段は寧ろ逆用である音を消すステルスのサポートに用いられているが、本来の用途で今鳴り響く。かつての精神の糧として楽しんだ地球の数少ない愛する面の一つである音楽文化、それを記憶の中から再現し
これまでは正体を隠す意味もあり、旅芸人稼業の中でこれほどまでの独自色を大々的に出す事は殆ど無かった。しかし同時に絶無でもなかった。少しづつ出して、興味を誘っていた。それを今大舞台で爆発させる。リアラなりに考え抜いたプロデュースというやつである。
そして何より、その新しいリアラの音楽に合わせて歌うのがルルヤだ。彼女の声のの美しさは、砂海一と知られる舞闘歌娼撃団歌唱舞踏劇団やその曲に親しみ自身も音楽家であるアドブバ首長も認める程だ。
強く、高く、激しく、幅広く、滑らかに、びりびりと響く程に、長く、鋭く。魅力的な声質と破格の肺活量とスタミナが齎す、若く美しくしかし同時に圧倒的な音のカリスマとでも言うべき声音。
そしてその歌詞は、血の通ったものだ。これまでの戦いを叙事詩めいて纏め上げたものだが、そういう楽曲を好んでいたリアラが旅芸人暮らしで様々な知識を得た上で古い伝承歌を祭司として学んでいたルルヤ自身や劇団とアドブバ首長、更に海の歌を知る諸島海の面々や騎士団の伝統的伝承作法に傭兵団が知る戦場話のまとめ方やその構成員が知る各地の歌による伝承法など大陸中の知識が集まって支えた。船頭なら多いと船が山に上るが、この場合皆同じ方向を知りそれを目指して動く漕ぎ手達である。それならば多ければ多いほど力になるという寸法だ。
更にそこに《作音》だけではなくこちらも普段はステルスや攻撃に用いている光を操る【
地球の舞台のような激しい光の演出だけではない。記憶の中の音を再現する事ができるなら、記憶の中の光景を再現する事もまた可能。
これまでの戦いを語る歌に合わせてその躍りの背後に流されるのは、これまでの戦いの光景そのもの。魔法による映像は自白と同じく作る余地がある為法的な証拠としての度合いには乏しく、またこの場で
大歓声が轟いた。
それを成し得たのは、ルルヤの戦いを、虐げられる人々の悲しみや苦しみを、各地の人々の抵抗を、様式において皆の知恵を駆りながらも、繊細に寄り添って描写してみせたリアラの歌詞作成能力もまた大きく。ルルヤがリアラの感性の力だと言ったのはそれが理由であった。
ともあれそして回想は終わり。
「そう言って貰えると、嬉しいです。それでも……考えすぎてるとしても、それも僕の僕らしさ、ですから。いい面もいいと言い切れるか分からない面も、悪い面も」
ルルヤのその言葉を、知恵を評価されるより余程嬉しくありがたくそして面映ゆいと思うリアラ。
しかし同時にそれでも考え続けないわけにもいかないと思うというのが悩ましくも、この少年にして少女たるリアラの心配性にして用心は竜術による知覚能力強化にも勝る防御手段で、ルルヤを守らんとする愛であるが故に手放せないものだった。
事実今も、一応気になることが一つあった。
〈誕世祭〉の
あれが
「楽しかったです」
「ああ、楽しかったぞ」
言葉を交わす。芸のない言葉だと先には思ったリアラだったが、ルルヤは気にせず、そしてリアラも悟った。芸は今更自分達の間には不要なのだと。言わなくても分かる、それでも言葉を会わせる事が嬉しい、それが大事なのだと。
二人とも栄養補給に手が塞がっていたので、滑らかでしなやかな野性動物の番いが絡み合うように肩を寄せあい、リアラがルルヤの肩に頭を預け、リアラの髪にルルヤも自分の頭を預けるようにした。
人はそれをバカップルと呼ぶのかもしれなかったが、二人とも自分達がカップルかどうかというところのラインで無自覚で、傍らの祭り客にある意味恐るべしと思われていたが、それはそれとして。
これよりは一つの決戦である。これが最終決戦ではない。だが、明確な一つの大きな変化である。〈国際諸楽祭〉は状況を大きく動かした。帝龍太子4名が連名で、リアラとルルヤを帝宮に招くと〈国際諸楽祭〉運営を通じて口外を禁じた非公式ではあるが連絡してきたのだ。そして、面談次第で〈戦争戦災国際対策会議〉に出席させる事を決定する、と。
これは好機であり、同時に罠の可能性であり、そしてどちらにしろ望むところであり、望んで指定したタイミングでもあった。舞台で〈帝国派〉の情報をあえて出さなかったのは「いつでも出せるぞ、口を封じてみろ」と散発的妨害工作が続く消耗戦から決戦へと状況を切り替える為だ。相手が状況を整えきらない内に、連携を完全なものにしていない内に、消耗による犠牲者が出ない内に、決戦を挑む。
無論、これを契機に相手が団結して迎撃する可能性も、決戦で犠牲が出る可能性もある。
だが、それでもやらなければならない。〈
故にこれよりは一つの決戦だ。運命が〈
勝負の時だ。
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