・第五十話「糾弾対峙の転生者(2)」

・第五十話「糾弾対峙の転生者リアラとゼレイル(2)」



 〈帝国派〉の作戦は既に大きく動いていた。『正義ロウ欲能チート』と『大人ビッグブラザー欲能チート』が中心となり陰謀を巡らせていた。


 帝龍ロガーナン太子を互いに争わせ継承競争に介入し勝ち残った継承者を傀儡とする計画は、遅々として進まぬと〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉が苛立っていた〈戦争戦災国際対策会議〉の影で秘密裏に進行していた。進まぬ会議にどう判断・対応するかが各太子の意見を対立させ、そこに〈帝国派〉が掌握する貴族や官吏が火種を投じていく事で対立を決定的とする。


 いかな太子が権力者とて巨大国家の構成員である以上、動き出した歯車の勢いを止める事は容易ではない。随分と抗う太子もいたが、時間の問題で〈帝国派〉の計画通りとなる。そうなれば後は権力を行使し〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉を公敵パブリックエネミー化し、その同盟者達を政治的に掻き回して分断し擂り潰し、以て〈長虫バグ〉の強さの根元である高い魔法力をもたらす精神力を殺ぎ落とした後包囲し、勝利を確定する。


 が、それは辛うじて間に合わなかった。『悪嬢アボミネーション欲能チート』が思ったとおり、それを危惧した〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉が先んじて動いたのが主な理由だ。


 これにより『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』が巡らせていた陰謀はそれを完全に実施する為の時間的余裕をなくした。だが、それならばと〈帝国派〉はより直接的な方向に作戦を切り替えた。


 即ち、より直接的なクーデターにより帝龍ロガーナン一族を掌握。此方に服従する太子を選出する事が出来れば選出し、そうでない場合は抵抗する太子を排除し捕縛に成功した太子を洗脳し、これまでの影ながらの影響力の行使から直接支配にシフト。


 同時に太子達が真竜シュムシュ信徒二人を帝宮に招いた事を好機とし、政変と暗殺の責任を〈長虫バグ〉に擦り付ける事で当初の予定通り〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉を公敵パブリックエネミー化。帝宮そのものを言わば人質を満載した盾として用いて〈長虫バグ〉の全力発揮を難しくして力を削ぎ落としつつ戦闘開始。


 そして〈帝国派〉の十弄卿テンアドミニスターの数の優位を生かし、リアラとルルヤを押さえ込んだその間に、二人以外の同盟者達を刈り取り、その事実を以て当初の想定通り精神力を削ぎ落とした後包囲し、勝利を確定する。


 戦力については『常識プレッシャー』と『同化ドラッグダウン』の投入について竜術防御に無力である事を理由に『旗操フラグ』が戦力としての自派閥の供出を自分が先陣を買って出る代わりに後方支援に徹させるようにしが、残存魔族転生者の『嫉妬レヴィヤタン』と『傲慢ルシファー』の〈七大罪〉最後の二名と『屍鮫モンスター』に加えこれまでは戦場に投入されていなかった〈帝国派〉の『機操ロボモノ欲能チート』、『洋風ヨウゲー欲能チート』、『最適TAS欲能チート』、『運動スポコン欲能チート』、『愚者クラウン欲能チート』他〈タロット〉の生き残り達という〈帝国派〉戦力に加え、〈王国派〉の派閥内党派〈超人派〉の内この地に派遣されている『虚無ウチキリ』、『暴走ツッパリ』、『最大カンスト』、『栄光ヒーロー』、『和風パトリオット』の内、前回の戦いで重症を負った『最大カンスト』を治療する過程において『大人ビッグブラザー』の手練手管で『最大カンスト』『栄光ヒーロー』を〈王国派〉から〈帝国派〉に引き抜きし、『悪嬢アボミネーション』も密かに工作をかけていた『和風パトリオット』を同じく引き抜いた。


 そしてそもそも〈王国派〉と〈帝国派〉の足並みの乱れの最大の原因〔面子と派閥間の上下関係という更なる身も蓋もない問題を除けばだが〕で現状の理由だった〈『反逆アンチヒーロー』の【真竜の地脈】封じこそ〈長虫バグ〉攻略の要だが『反逆アンチヒーロー』は味方を平然と巻き込んで戦う上に制御も出来ない〉事についてもまた『悪嬢アボミネーション』が動いていた。


 『悪嬢アボミネーション』はその時を回想する。


((この戦いにおいて、【地脈】封じは行ってほしいけど、帝宮の戦いにおいては出撃をしないでほしいの))

((なぜそんな事をする必要がオレにある?))


 人形・兵器と思いながらも、必要にかられ、あるいは好奇心か、暇潰しか、他の連中よりはましと思ってか、男に飽きたか。気づけば合間合間何度か『反逆アンチヒーロー』と茶会や会食を重ねていた。


((三つ、理由になりそうな事を言ってみるわ。一つ。〈王国派〉が〈帝国派〉に提示した。『反逆アンチヒーロー』の戦闘に巻き込まれるのを厭うならそちらの作戦で〈長虫バグ〉を滅ぼせ、という言質。つまり、こっちが勝手にやるからには貴女を出動させないという事は、貴女の主も承認済みって事よ))

((そっちの作戦にオレの力の一部を使うのに、か?))


 そう『悪嬢アボミネーション』は理屈をつけたが、これは正式に通るかどうかは怪しい少々詭弁めいた話だ。『反逆アンチヒーロー』が上に確認を取れば通るかどうかは怪しい。まして相手は料理を無邪気に齧りながら、同じくらいの気軽さでこちらの首を落としかねない、本質的には派閥の制御等受け付けない怪物だ。だがそれでも、上手く言いくるめなければならない存在であり、そしてまた気侭かつ無頓着である為言いくるめられる可能性はある、のだが。ふと『悪嬢アボミネーション』は思う。……ある意味、彼女はとても自由な存在だ、と。それを頼み事で縛ろうなんて無粋じゃないかしら、なんて、柄にも無い感傷を抱きながら。


((二つ。貴女はただ単に戦う兵器で終わろうとしていない。戦いを楽しみながらも、それ以上を求めている。その参考になるものを見せてあげられると、約束するわ。首は賭けないけど、他に賭けられるものなら賭けてもいい))

((へえ、確かにそいつは、魅力的な楽しみだ。けれど、それでメインディッシュを食い逃がしてもつまらないが……))


 それを見るのも、見せられなかったお前に掛け金を請求するのも楽しそうだ、と、盾に長い瞳孔を持つ瞳を輝かせつつも、獰猛な表情を浮かべる『反逆アンチヒーロー』。


((その2.5。メインディッシュを選べるコース料理もあるわ。私達に倒される程度なら、そんなメインディッシュを食べさせようとした相手をメインディッシュにするのはどう? その場合そっちの方が絶対楽しいわよ? 貴女は『反逆アンチヒーロー』。本来、きっと自由な存在。定められたライバルという器から飛び出してみるのも面白くない?)))

((おいおい、三つって言っといて、その2.5は無いだろ! はは、けど、そういう無茶や自由とかが本来の反逆ってもんだ、ってか?))


 『情報ネット』が隠蔽をかけていると約束したが、これを『交雑クロスオーバー』にたれこまれたら危険な発言を、『情報ネット』と利害が一致しているから大丈夫だと情けないけど自分に言い聞かせながら発言し。


 そんな此方の内心も知らずあまりに能天気に楽しがる『反逆アンチヒーロー』にちょっとムカついたが、それは羨ましさでもあり。ああ、十弄卿テンアドミニスターも案外自由じゃないのね、等と憂鬱な気分になると同時に……何だか『反逆アンチヒーロー』が可愛らしく思えた。


((三つ。この戦いで駄目なら、もう貴女の邪魔はしない。都も帝国も諦める、私や他の道理の分かった奴は邪魔しないから、邪魔する奴も全部踏み潰していいわ))

((乗った))


 だから最後に『悪嬢アボミネーション』は『反逆アンチヒーロー』に微笑んで。



 QPLLLLN! GQPN! GQPN! GQPN! GQPN!


「開戦の時間ね。行けっ、『恋僕ファンメル』!」


 そして今、動き出す。現在の『悪嬢アボミネーション』が欲能チートを行使した。額に奇妙な音と共に稲妻めいた光が走る。欲能チートで操られた遠隔操作攻撃端末兵器めいて扱われる恋の下僕と化した美男達即ち『恋僕ファンメル』が呼応するように奇妙な音を立てて戦闘体勢に入る。


 長い前哨戦は終わった。〈帝国派〉の作戦準備状況は、完全ではなかったがそれは戦の常であり、その上でなお、次善と見切りと割り切りと改善の上に、組み上げられた現実的な殺戮の罠。


 それと、〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の物語と戦いが始まった。



 『悪嬢アボミネーション』が、ギデドスと会った。


 『旗操フラグ』が、ルキンと話した。


 そして、それ以外の者達も動き出し……



「『サンダーファイヤーライガーボーーーーーールッ!!!!』」


 CRAAAAASH!


「くあっ!?」「ぐうっ!!」


 豪奢な宮廷の調度品で覆われた壁が粉微塵に吹き飛んだ。炎色の目をした男が放った、用の球技に用いる鞠玉ボールの一撃でだ。それは理不尽な事に魔法によるものでなければ鞠玉ボールが燃え尽きてしまうだろう程の、しかし城に仕掛けられた防御魔法で減衰できない炎と雷を最上位攻撃魔法並の破壊力で帯びていた。第四帝龍ロガーナン太子ルキンがその護衛である半魔侍女メイドに抱えられて爆風の中を転がる。磁器や貴金属や石や木材の破片がバラバラと降り注ぐが、半魔侍女メイドの屈強な肉体と亜獣素材を魔法強化した侍女メイド服、そして幼いルキンの体も、打撲は受けるものの鋭利な破片に切り裂かれる事無くそれに耐える。ルキンがそれに耐えられるのは帝龍ロガーナンの血を引くが故に、真竜シュムシュのそれには効果が劣るものの竜術による防御がある故だが。


 DOLUE!DOLUEDOLUEDOLUE!!


「うあっ!?」「ぐ、太子っ!?」


 目に求まらぬ速度と何というか強烈な違和感と奇妙さのある、壁の中から出現し垂直にすっ飛んだりするような物理法則を狂わせたように異常な速度と効率で化された奇怪な動きで回り込み猛然とした高速で襲いかかった敵の攻撃の最初の一発が、帝衣を裂きルキンの肌に傷を刻む。しかし連続攻撃の二撃目以降は辛うじて半魔侍女メイドが強化侍女メイド服のフリルに覆われた豪腕を降るって弾き返す。


「うぉおおっ!!」「むんっ!!」


 もう一人の半魔侍女メイドが、別の爆発にその身を曝しそれを遮った。強化侍女メイド服がそれを跳ね返す。城の防御システムを越えて発動する程極めて高威力だが攻撃魔法ではあり、強化侍女服の防御魔法と半魔侍女の鍛えた身体能力と魔法力で辛うじて耐え、その後尚も襲いかかってきた過剰に大量かつ豪勢な全身鎧装備を纏った相手、即ち前回の戦いを生き延びた『最大カンスト欲能チート』の攻撃をがっしと防ぐが。


「早く殿下を逃がせ、後僅か……ぐ、ふっ……!?」


 その横合いから、剣が突き立てられた。強化侍女メイド服を、唯の布の様に切り裂いて。否、唯の布に変化させて切り裂いて。半魔侍女メイドが血に噎せた。


 それを行ったのは後から飛び出してきた『最大カンスト』と同じように鎧を着た、しかし外見印象が正反対のいかつい男だった。剥き出しの顔は武骨でむさ苦しく、角ばった額が太い鼻筋と連なって突出し、深いほうれい線の刻まれた口元から割れたごつい顎に獰猛な憎しみの表情を浮かべ、鎧は無骨で傷だらけで薄汚れ生活感がこびり付いていた。


「かはっ……っむうっ!」


 血を吐き息を荒げながら、相手が刃を捻り己の内蔵が破壊され、自分がこれ以上背後を守るために立っている事を防ぐ為、もう一人の半魔侍女メイドは相手の腕を掴んだ。相手の向こうに倒れている衛兵や侍女仲間が見えた。まだ、自分もそうなる訳にはいかない。


「体を鍛えてるのは悪く無え。お陰で即死させそこねた。だが、そんな綺麗で飾り気のある布切れを防具にするのは認めねえ。そんなけばけばしい戦いは許さねえ。美しいものは許さねえ。武骨で泥臭くごつい、それが現実の戦いってもんだろうが。日本のファンタジーみたいな異世界はこれだから母国ステイツと違って! 許せねえ!」


 そいつは、混珠人からは訳のわからぬ事を言った。JRPGを嫌う洋風コンピューターゲームの信者めいた戯言。異界の偏見とそれを後押しする歪みによる蹂躙。力を得た事で倫理を失ったありふれた地球人の堕落の形。転生者。欲能行使者チーターと呼ばれる怪物。


「はは、行動が最適化されてないねえ! 最適化の為に効率的にズルしない奴は馬鹿だよ馬鹿! 古くさい奴も馬鹿だよ馬鹿! 今時王政だなんて、それだけで滅びに値するよ、最適化されてないねえ!」

「っ、ざける……な……! 戦える奴が子供を守らなきゃってのが何が悪い。ここに偶々迷い混んだ赤子がいたら、そっちも守ってた。その分早く死んだかもしれないがね……アンタが効率化が一番好きなだけで、あたいたち別なもんが一番好きな、そういう生き物ってだけさ」


 最適を連呼するもう一人の人間怪物の戯言を、半魔の侍女メイドは決然と否定した。


「いずれにせよ、この試合はオイラたちの勝ちだぜ! 勝利! 勝利! ひゃっはは!」


 運動用の鞠玉ボールを弄び勝利を酔ったように連呼する人間怪物の勝利宣言を、


「……いいや、間に合った」


 重傷の半魔侍女メイドが否定した。二人の半魔侍女メイドは視線を交わし僅かに苦笑した。お互いの減らず口が最後の時間を勝ち取った事に。



「【GEOAAAAAAAFAAAAAAAAAAANN!!!!】」

「【PKSYLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!】」


 次の瞬間、【真竜シュムシュの咆哮】が轟いた。壁をぶち破って、欲能行使者チーターにリアラとルルヤが襲い掛かった。


 ……太子達が二人を招待した時間より早く相手が動く可能性を考え、それより早期に開始した魔法的感覚による帝宮監視と、アレリド・サクン・パフィアフュがもたらした抜け道からの潜入可能な協力者達による侵入が、事前に行われていた。


 その読みは的中した。即座に突入した。それを『悪嬢アボミネーション』の『恋僕ファンメル』が迎撃した。偶然迎撃可能な場所に配置、否、『旗操フラグ』の欲能により配置に支援を受けていた。更にそれだけではな他の欲能行使者も何人か配置されていた。


 それ故に全速飛行で壁をぶち破っても尚このタイミングであった。しかし二人は間違いなく全力で駆けつけていた。妨げた者はすべて粉砕する運命の車輪ジャガンナートの如く。


 恐怖が敵を縛った。咄嗟の追撃も回避も発生する余地は無かった。


「どぅえええええっ!?」GKYLL!

「貴様の好みなぞ知るかぁああああっ!!」

 CRAAAASH!


 投縄ラリアットめいて腕を引っ掻けて、最適、と口走っていた『最適TAS欲能チート』の首をへし折りながら、ルルヤは下らない偏見を押し付けようとしていた『洋風ヨウゲー欲能チート』の顔面を踏み潰す殺意ある流星めいたキックでその頭蓋を容赦なく粉砕! 【真竜シュムシュの地脈】が無くとも、その力は様々な竜術の複合で強大な竜の一撃にも匹敵する。それが少女の細腕や足裏という一転に集中すれば、必然その威力はこうもなろう!


 ズドン!


「ごっ。こ、『運動根性スポコンガッツ』っ……!」


 矛を携えたリアラの突撃に串刺しにされ叩きつけられた鞠玉ボール使いの『運動スポコン欲能チート』は、スポ根の地からという形で欲能を発動させ耐えようとした。


「唯でさえ本来楽しみや健康とかの為の筈なのに勝ち負け優劣で上下を作り人を見下し苛め痛め付け貶める道具に使われるのに! 傷つけて殺して! 何が運動スポーツだ!」

「ごへっ!?」


 少しばかり虐められた前世からスポーツについて思っていた不満を問題発言と承知の上で溢しつつも、あくまでリアラは素早くそれを阻止するべく振舞った。ルルヤに比べれば劣るが十分超人的な力を持つ【真竜シュムシュの膂力】で引き裂くように矛を一閃。『運動スポコン』は血を噴出して事切れた。リアラは不意に吹き出した感情をあくまで一言叫ぶに留める。


 同時。


「う、お、あ……」

「再び我らの前に顔を出したな。そして戦に出て人を殺めた。残念かもしれんが当然、許すわけにはいかないな」


 前の戦いで半死半生の目にあっていた『最大カンスト』は、【真竜シュムシュの咆哮】の効果を一際強く受け、恐怖し、立ち竦んでいた。その眼前で【真竜シュムシュの骨幹】で剣を形成しながら、ルルヤは念押すように宣言していた。前の戦いで悔い改めたのならばこの場に立たなかった筈だ、ならば、竦んだまま斬られても文句は言えまいと。


 ある意味理由を確認することで、これは確かな因果応報であり、だから行うのだと、自分の中の憎悪を乗りこなすように。


「た、助け」「お前達が殺し倒れている衛兵と侍女の内、誰か一人でも生き返り起き上がって許すと言うのであれば許してやろう」


 そして、喉に閊える命乞いを必死に吐き出す『最大カンスト』に、最早手遅れだと告げるとルルヤは一息でその首を飛ばした。


(これは、助けるための戦い)(救い守る為の戦いだ。それを今は最優先!)


 眼前には死体の山。リアラにとってもルルヤにとっても、過去の記憶を思い出させる光景。しかし、戦いの前、虐げられた人々の希望を繋ぐ為に歌うことを誓ったその時、憎悪をそれでも制御し乗りこなすと決めた。リアラもルルヤもそれを誓って進むことを選んだ。


(だけど)


 すでに繰り広げられつつある惨状。ここに至るまでに〈タロット〉残党の一部等と戦ってきた。それにより突入速度を減衰され、それにより犠牲が生じた。


 更にそれだけではなく、敵の中には、欲能チートによって操られていたファンメルにされていた混珠こんじゅ人の青少年もいた。


 その事実に、リアラもルルヤもやはり怒っていた。その可能な限り急ぎ、可能な限り倒した混珠こんじゅ人は死なずに済むように努める力にもなったが。


 それでもやはりじわりと、心の中の怒りの水位が上がっており、それが『運動スポコン』への罵倒と『最大カンスト』への容赦の無さに現れていた。


 リアラは思う。代わりに怒る事ではルルヤさんの心は救えない。それどころか、自分をそう純情な存在だと思った事は無いリアラであるが、場合によっては自分もまたルルヤさんを襲うのと同じ盲目的ないかりの影響を受けているのかもしれないとも。


「助けに来ました!」


 それを認識しながら、それでも、リアラは生き残った半魔侍女メイド達とルキンに《治癒》の白魔術を使い、護符を渡した。


「複数の《専制詠吟》を含む真竜シュムシュの竜術他を込めた護符です。絶対安全と言い切れるほどではありませんが、守ります。戦闘音から遠い方へ退避してください!」


 そしてレスキュー隊員めいてしっかり伝わるよう大声で告げる。


(それでも、助けられます。助けましょう)


 と、ルキン達だけでなくルルヤにも訴えるように。ならばせめて、それでも尚心の清い部分を保つ事で抵抗しよう、と。そしてルルヤもそれに頷いて。


「は、はいっ……クーデターです、皆が、助けてくれて、ぼくは」

「ならば、クーデターを挫くのが弔いで責務。その為には正当なる者が生き残り己を保ちしかと叫ぶ事が必要だ。それこそが、最大の力で最後の切り札だ」


 頭から侍女と衛兵の血を被り、さすがに僅かに声を震わせるルキンを、ルルヤはそう言って勇気づけた。生きて出来る事があるのだと。それは『最大カンスト』に向けた怒りではなく、英雄的な心強い力強さだった。


 故にその言葉にルキンは覚悟を決め頷き。それを見守ったルルヤとリアラだが。


 DOOOM……!!


 同時、遠雷の如き爆発音!


(他の欲能行使者チーターと皆が接触したか!)

(時間がありませんね!)


 ルルヤとリアラの視線が交錯。【真竜シュムシュの宝珠】の竜術文通で意見が交わされ。


名無ナナシ名無ナナシ!」

「ああ、大丈夫だとも、リアラちゃんの助言と準備のお陰さ。悪い予感が、当たったみたいだな……」


 急ぎ通信魔法を繋いだリアラに、名無ナナシが答えた。


「こっちも戦闘開始だ。作戦通り、出来る限りサポートする。リアラちゃんはルルヤの姐さんと一緒の戦いの方に集中してくれ……本当なら大将首の一つでも挙げたいんだがな」

「ううん、助かる!」

「そう言ってくれるのは嬉しいや……仕事はきちんと果たす。武運を!」


 僅かの、貴重な、絆と気負いとそれを和らげる友情。そして返事の暇もなく通信が切れる。向こうでも戦闘が始まった。代わりにリアラは誓うように頷いた。


「それじゃあ、後は」


 戦いに向こうとする二人に、返答があった。


「待って下さい、あと十数息数十秒だけ!」


 ルキンが叫んだ。そして、ボロボロの紙束を開いてリアラに見せた。それは共闘宣言の代わりで、つまり、先の怒りを見ても尚共に戦うことを選ぶとい答えであった。しかし同時に。


「ッ、これは……!?」


 リアラは我が目を疑った。それは新たな情報、盲目的な怒りへの警戒情報だった。それこそはバニパティア書学国にも無かったこの混珠こんじゅ世界と真竜シュムシュに関する欠落した情報、その過去の歴史に関する文章だったのである。


 その文章には記されていた。古文で、癖字の崩し字で、汚れ、酷く読み辛い。だが、断片的にはこう読めた。


 〈真竜シュムシュに何が起こったか〉〈真竜シュムシュの血の呪い〉と。


 それはリアラが探し求め続けた、ルルヤが稀に陥る盲目的な怒り、ついさっき自分も怒りを受けているのではと危惧したものに関する記憶ではないのか。


「前に二人とお話しした時から。何か力になればと。……情報戦が繰り広げられてる事はぼく達も感じていて、それで!」


 ルキンもまた、状況を危惧し情報収集を進めていたのだ。それを聞きながらリアラはそれを一瞬で可能な限り咄嗟に幾つかの白魔術で分析し鑑定した。文献と言う程立派な物ではない。書き付けだ、走り書きの。メモに近いものである。これは一体何だ。保存魔法もかかっていない。歴史はどれ程だ。どんな人物が何を思って書いた。


「口伝……!?」


 口語的な内容に目を走らせ、リアラの口から呟きが零れ落ちる。これは恐らく帝龍ロガーナン一族の誰かが偶然に近い形で残したものだ。本来口伝のみで伝承される、それ故にこの世の書物すべてを集めたバニパティア書学国に無かったもの。それが、掟を破り公開しようとした者が居たのか暗記学習の際に筆記された物なのかそれともそれ以外か、兎も角何らかの理由で本来口伝されるべき物がメモされ、そして過失によってか破棄されなかったものだ。


「もしそうなら、辻褄は、合う…!」


 これこそが、口伝として伝わっていたというのが事実ならば、道理で調べても調べても分からなかった訳だ。此処にこうして過失に因り残された文章がなければ当代の帝龍ロガーナン本人から直接得ない限り知り得ない情報だ。


 その内容の信憑性は。これは偽書ではないか。そう考えて読んでも、少なくともこれまで得た知識と照らし合わせ見えている範囲で矛盾はない。これが口伝とされた理由についても想像はつく。この文献が残された過失についても、説明がつかないという事はない。


「けど、時間が……!」


 リアラは強烈なもどかしさを感じた。これから戦闘。分析している時間がない。


「解読して、【宝珠】に掲示します!」


 ルキンが叫んだ。渡した護符の効果について、帝龍ロガーナンの血によるものとはいえ竜術をある程度使えるが故に、既に詳しく理解していたのだ。


「ですから!」「わかりました! お願いします、本当に助かりますから!」


 ですからこれは任せて。ルキンはそう言い切ることができなかった。それが最前線で戦う二人に対して、だから戦ってくださいと言うにはあまりにも軽い協力に思えてしまったからだ。それをリアラは大声で否定した。断固として。それは絶対に凄く助けになる事であり、とても重大な役割で、不要だなんて事はないのだと。


「……はい!」「……ご武運を!」


 ルキンは、だから力強くリアラを送り出す事が出来た。《治癒》を受けた半魔侍女メイドも、同じく心強い応援を込めてリアラと共に戦うものとして命を託す。


「行くぞ、リアラ!」「行ってきます!」


 だからリアラは、今と未来への不安と背負った数多の命の重さに耐え、戦うことができる。ルルヤが叫び、再び翼を開く。リアラもそれに続いた。


 真竜シュムシュの勇者二人、次の戦場へと挑む。

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