・第四十八話「異世界の主役は貴様等ではない! (後編)」

・第四十八話「異世界の主役は貴様等ではない! (後編)」



 かくして〈国際諸楽祭〉、リアラとルルヤの舞台である。


(状況は……良くないなあ)


 上がる前の幕を前に、リアラは悩んでいた。


 正直これほど悪いコンディションで舞台前という状況は滅多に無かったぞ、いや、舞台の重大性を思えば、はっきり言って絶対に過去最悪だ、と。


 『情報ネット欲能チート』、そう名乗る奴……だがその言動はむしろマスコミ関係者じみていてその欲能チート名には何らかの欺瞞をリアラは感じ取っていた……連合帝国筆頭吟遊詩人レニュー・スッドは直前に自分も舞台に立ち、そこで、真唯一神エルオン教団とジャンデオジン海賊団について二つの戦乱の終わりを祝賀し、平和を祈念する詩歌を歌っていた。念入りに念入りに戦争は懲り懲りである事を訴え、平和の優しさと平和が齎す豊かさを訴え、優しくあろうと訴え、人心を細心に制御する細やかなバランスで、ナアロ王国の侵攻が止まっている事、二つの乱に連合帝国が直説巻き込まれなかった事を訴え、戦争を繰り返さない為には何でもするべきだと訴えた。


 それは、一つ一つは美辞麗句だ。だが組み合わせれば、諸島海と砂海の民と連合帝国の間にじわりと鎖を打ち込む。


 連合帝国から諸島海と砂海に今後の人道支援を約束しながら、嫌らしい程に巧妙な言葉選びと隠喩と雰囲気作りで、諸島海と砂海が連合帝国の盾にされているとそういう事は道義的に許されないからそうしないようにしなければと暗に対処の必要性を匂わせる事で思わせ、連合帝国の平和を強調する事で諸島海と砂海の民の自らの不幸を嘆く腹立たしく思う心を増大させて結果的に連合帝国を恨ませ、多額の支援を誇張する事で連合帝国の民に結果的に保身と吝嗇の心を喚起し妥協に走らせんとし、平和主義の名の元にナアロ王国で虐げられる民の存在への忘却或いは無視を連合帝国の民の心に方向付ける。


 これをあくまで平和を尊ぶ詩歌でやってのけるのだから、『情報ネット欲能チート』レニュー・スッド、その全てが自分達と敵対する存在に共感する心を刈り取り敵対者を貶めんとする意思によるものであるという腐った性根を除けば恐るべし。


 実際『情報ネット』の目的は、徹底的に場の空気を戦から遠ざけ、迫り来る敵と戦う為の団結を訴えるであろうリアラとルルヤの歌の場を徹底的に冷ます事にあった。正にそのイメージどおりの仕事を『情報ネット』はしたと言えた。


 ついでに言えば、連合帝国の『情報ネット』以外の出演はどれも似たようで。ごくごく無難だったり、あくまで一個人のやりがいに全てを終始させようとしたり、努力と忍耐を称賛するあまり改革や改善を無視し隷属をすら尊ぶような物語だったり、侵略者と防衛者を戦う人間と一括りにしたり、批判的見地といえば聞こえはいいが単なる反体制だったり、服従を選ぶ人間と徹底抗戦する人間等の占領地の混乱を善悪を峻別せず纏めて人間の悲喜交々としたり、男女の恋愛こそ他に優先する全てという観点に閉塞したり、空想的平和絶対主義を全てとしたり、法治徹底の名の元に信念の蜂起や自衛や義侠を戒めたり、武技の披露に絡めて武の鍛練とは強き者と戦うことを喜ぶものという面ばかりを強調した戦闘という手段を通じて何を希求するのかという要素の無い戦い戦い戦いばかりの単純な武劇を演じたり。


 辺境諸国や鉱易砂漠や諸部族領の純粋な混珠の歌や劇や物語等と事なり、新味があると言えばそうなのだろうがどこか穏当に言えば捻りすぎな、はっきり言えば今正に本気で世界や国家の命運を賭けて戦う事や善や正義を尊ぶ事について冷笑的な、平和と正義、日常と理想、法秩序と大義・義侠を対立的に描き、前者を尊び後者に違和感を覚えさせるような巧妙な印象操作を行う作品が目立っていた。


 無論それらの前者そのものが悪いのではなく、無思慮にそれを他のものを貶める手段として使うのが問題がある行為なのだが。


 これは『情報ネット』の手だがそれだけではない。連合帝国の治安と統治に深く食い込んだ他の十弄卿、筆頭大臣『大人ビッグブラザー欲能チート』と、宮廷騎士団長『正義ロウ欲能チート』の手によるじんわりとした規制と自粛と方向性の積み重ねによるものだ。


 一つ一つは小さな、干渉とも言えない程度の、僅かに眉を潜めるような、微かに溜め息をつくような規制と自粛。だがそれが積み重なる事で、薄紙を張り合わせた上に漆が塗られ金箔が張られ気づけば誰も中身が空っぽの張り子だとは思わない立派な飾り物が出来上がるように、場の空気が作られる。


 それらがリアラとルルヤの二人の公園の為に場の雰囲気を盛り上げようとした仲間達が送り込んだ演者達の講演の間に巧妙に差し込まれ、どうにも盛り上がりきれない空気を作っていた。諸島海と砂海の奔放な文化を不謹慎だとか良くないとか性的だとか思う雰囲気や、勇壮な狩りや武を残酷や野蛮と思う雰囲気を、『大人ビッグブラザー』や『正義ロウ』達は作っていた。


(……けど、一番良くないのは)


 黒い金属のビキニアーマートップに覆われた豊かな己の乳房に、リアラは手を置いて俯いた。


 今一番良くないのは、自分の心だ。乱れている。この状況を作った『情報ネット』に対してじゃない。憎むべき敵であれば恐れる事など何一つない。心の全てに戦意を燃やし、負ける訳にはいかないという意地で知恵を絞り、細胞の最後の一粒まで戦い抜き、そして殺す。地面を踏んで前に進む様に必然の行動として唯踏み潰す。それだけだ。僕の心は、そう思えてしまう。だけど。


(『旗操フラグ欲能チート』。ゼレイル・ファーコーン)


 あいつが示してきた、絡め取るような和平交渉。それを、一旦保留した。ルルヤさんは、まだ交渉は始まったばかりだから一旦置いたのは何も間違った事ではない、と言ってくれた。実際、相手も押し引き硬軟、手練手管の交渉だった。こちらも強く出て様子を伺うのは一つの手であったかもしれない。それで和平交渉が無しになるのであれば、そもそも最初から相手は駄目元というよりは誘いの罠に近い考えであり、元より手を取るに値しなかったと言えるかもしれない。


 だが。そういう考えと、ルルヤさんに言ったルルヤさんの怒りの感情を案じる心、それ以外にも。


 やはりそれでも、これでこちらが和平を保留した結果戦闘に至ったのであれば、たとえそれが成る程確かに打算の横行と不正義への屈服かもしれなくても、それで味方の人間が死ぬという事は言ってしまえば自分が仲間を殺したという事ではないか、そんな苦悩と自責が際限無く沸いて出る。


 ルルヤさんと、我が身を比べてしまう。ルルヤさんもまた、強い怒りを持っている人だ。けれど、それはどこか、後天的についた傷のように思えた。初めて会ったその時から、そう感じたからこそ、あの人に見とれ、止めようと思い、そして今こうして一緒に戦っている。


 例えれば、磨りガラスは溶かして固め直せば透明にもなるだろう。ルルヤさんの心はきっとそんな感じだとリアラは思う。けれど、鉛は溶かして固め直しても鉛色のままだ。自分が鉛ではなくガラスだという自信は無い。


(ゼレイル・ファーコーン……)


 こんな心の乱れを感じたのは、あいつの手練手管でも交渉術でもない。唯只管あいつが突きつけてきた仲間と無辜の民の命という観点と……いや、それは、正直全員を完全に守りきれるだけの力があれば意味の無い不安で、それは敵にぶつけられたものというよりは、自分の中にある無力への不安だ。


(あいつの、あの、目)


 問題なのは、それを言った時のあいつの目だ。あいつ自身は気づいてなかったろうけど、あれは十弄卿テンアドミニスターの目ではなかった。少なくともあの一瞬は紛れもなく。


 仲間と無辜の民の命という不安を抉られたのは、自分達の力不足と、そして何よりあいつの目だ、ルルヤさんが僕を止めに入ったのも、それに気づいての事だ。


 あいつの目には自分とその欲望以外の何かを守ろうとする光があった。あいつは誰かを守ろうとしている。それも玩想郷チートピアの他の人間を。だから、自分達をあんなにも敵視していた。


 ……愛する誰かを守ろうとする思いが、どこまでが自分の欲望以外の存在である他者の命を守ろうとする行為で、どこまでが愛する人を失いたくないという自分の欲望を守ろうとする行為なのか、上手く切り分けるのは難しい、というのは、あまりにも人間の感情や心というものを残酷に解剖しすぎた発言だろう。


 そんな思いとそれに関する葛藤がこうして頭に浮かぶのは、欲望を絶対とするあまり狂信者めいた存在も多い玩想郷チートピアの中で取り分け俗な、言い換えれば普通の人間なあいつがそんな目をしてのけたからだろう。


 復讐者である自分達に対し、被害者として対峙する相手。因果応報の連鎖としてそういう存在が現れる可能性はいつか来ると想定していた。それには負けないとも心に決めていた。


 しかし同時にあいつの存在は、愛や正義と欲望の境目の無さで噛みついてくる。


 俺もお前達も同じじゃないかと。愛する人の復讐の為に殺すお前達と、愛する人と共に栄える為に殺す俺達と、何が違う、どこが違う、と。


 実際、死せる愛した人達の為に生きる者の集団を殺し尽くす自分達の復讐は苛烈だ。愛した人の死の為に人を殺せないのはその人を命がけで愛していなかったからだとでも言うように過激だ。だが、それでも。


(ルルヤさんは違うと言ってくれた。そう言い続けろと言ってくれた人も居た)


 ……かつての『神仰クルセイド欲能チート』との戦いで交錯した言葉が胸をよぎる。リアラの戦いは他者を守っている、世界を愛している、そう叫んだルルヤの声と。自分の悪性と同じように苛烈であった『神仰クルセイド』、紛れもなく悪でありながらどこか悲しくも自分に似ていた人。たとえ容赦無く殺す戦士であろうとも、それでも、神のみを愛した自分と違う形の正しいものが勝ち残るのだと、他者を愛し守る優しさが勝つとと言い続けろ、という、あの人の最後の言葉を、今思い出す。


 今、自分はそう言えているか。……名無、ミレミ、ユカハ、フェリアーラさん、ルアエザさん達、アドブバさん、ハリハルラさん、ボルゾンさん、皆……


 その命を引き連れ死地へと進軍しかねない今。それでも僕は人を愛してみせると、あの時誓った言葉を、今も言えるか……


「リアラ」

「ふぁひゃいっ!?」


 ぽん、とルルヤがリアラの肩に手を置いた。ぴょこん! と緩い太めの三つ編みがびっくりした小動物めいて飛び上がる程リアラは驚いた。集中しすぎていたのだ。


(あ……)


 一瞬、視線を上手く合わせられずに斜め下にリアラは逸らそうとした。直前まで目を瞑る程悩んでいた事が酷くどろどろとしていて、それが上手く言えないが後ろめたくて。


 Chu♪


「!!!??? (////赤面)」


 視線を背けた事でルルヤに向いた頬に、背けた視界の外から、軽く触れる、けど、何だか物凄く熱い感触。【真竜シュムシュの角鬣】があるから、視界の外でも何をしていたのかは分かるんだけどこれってこれってっ、と、別の方向からの動揺でうじうじした悩みが一瞬吹っ飛ぶリアラ。


 ルルヤは頬を擦り付けるようにして顔を近づけ、至近距離で視線を合わせると、微笑んでリアラの額をつんと指先でつついた。


 自分あるいは相手の額をつつくのは、いざという時の為に決めたハンドサインの一つで『真竜シュムシュの宝珠』で魔法通信回線を開け、という程の意味だ。だが緊急事態と言うにはルルヤの表情は穏やかで、??? となりながらもリアラは指示に従うと。


(今更そんな事で悩む事ぁ無いぜ、リアラちゃん。そういう所が可愛いんだが)

(気にしないで、今は思いっきり歌って)

(敵の和平の誘いについては聞いたけど、私たちは別にそれをどうしても結べなんて言ってないぞ)

(交渉の結果戦略的に信頼性があるとかあまり期待できないし、裏のかきあい的に時間が稼げるって思ったなら判断は任せるけど、ってところ?)

(命を惜しまず戦ってるのが自分達二人だけで、私達の命は二人で背負うもの、なんて考え方は、優しいけどちょっとかっこつけすぎよ)

(俺達は俺達の判断で命を懸けて、俺達の命を生きている。今更俺達に関して命の心配なんてしないでいい)

(え? 民は? って、確かに民に覚悟を強いる事は出来ないし、心配する義務が私達にはあるけどさ。〈帝国派〉と休戦してそれで周囲の犠牲が減るかは、減る可能性もあれば〈帝国派〉が裏切る可能性もあれば〈帝国派〉があっさり他の派閥にやられちゃう可能性もあるし、その可能性が安定しない以上リアラちゃんの責任なんて減る可能性と責任者の頭数で割って考えれば全体の何十分の一以下さ!)

(大体、義務と権利は表裏一体。世界を守る義務があるってんなら、意見を世に問う権利だってあるっての! 〈皆さんは身の安全の為に人血を啜り地位を築いた連中がこのまま連合帝国に居続ける事を選びますか? それともそれらと戦いますか?〉って、肝心の民衆に問いかけるのはこれからの訴えでやるんでしょ!? それをどこまで訴えられるかは訴える側次第、訴え聞いてどうするかは民の側が決める事で、自分が決めた事の結果は自分の責任っしょ!)

(リアラちゃん達の歌が幾らとびきりでも、歌って訴えるだけで別段洗脳や魅了をするわけでもなし。歌った事や訴えた事や踊った結果や書いた事や作ったものが自分の心が良しとするままなら、それをどう感じるかは相手次第だし、それで自分がどうするのかは相手の反応を見た自分次第だし、どういう反応を見ても貫きたいと思っちゃった事は命懸けて貫くしかないの! ぶちかましなさい!)


「わっわっわっ!?」


 もうじき幕が開く。緞帳の向こうには聞こえない程の小声であわあわするリアラ。【真竜シュムシュの宝珠】の応用による竜術文通チャットが、まるでちょっとアプリを開かずにいたら沢山返事が溜まってたSNSのようにどどっと溢れかえったのに驚いて。


 それは、渡した護符で、各種通信魔法と【真竜シュムシュの宝珠】を通じて寄せられた共に戦う皆の意見だった。


 その意味は、それを読めば今更改めて問い直すまでもない。


「皆に、聞いてみた。ああ、勿論リアラが嫌だと思うような事には配慮したぞ」


 ルルヤは、補った。ルルヤ自身生真面目な所があり、潔癖な怒りなど二人揃って同じ穴に嵌まる事もあるが。それでも、やはり理性の強いリアラに対し、行動力が強いルルヤという違いが明確にあり、補い合う二人なのだ。


「リアラが太陽なら、私は月だ。私にはお前の光が必要だが……お前が照らせない夜の闇があるなら、それは私の出番だという事だ」

「ルルヤさんっ……」


 闇の中の光、竜にして少女たるルルヤは、強く優しく美しく励ましの笑顔という光をリアラに降らせた。


「その闇が何処にあろうとも、な。……私は単純で、リアラ程深く考えられないが、その代わりに強くありたいと、どれほど戦いで傷ついても打ちのめされても、やはり今も思うのだ。恐れんよ。敵の闇も、お前が抱える闇も……私の闇をお前が照らしてくれると信じているから、それ以外の何も、私は恐れない」


 その力強くも優しく、それより更に深く信じあえるという事が心の光を届ける言葉に。少年でもあり少女でもあり闇でもあり光でもあるリアラは、少し涙ぐんだ。


(……あなたの光になら、全てを照らされても恐れない。貴方という光があるならば、どんな夜闇も恐れない)


「共に往くぞ」

「っ、はいっ!」


 迷いが、晴れた。


「……ところでさっきのちゅってのは(////赤面)」

「幕が開くぞリアラ、開演だっ! (////赤面)」

「ちょ、っとっ!? (////赤面)」


 そして迷いが晴れたから気にする余裕ができたんだけど意識を動かすにしてもそのキスしたのは、と、具体的にどう問おうとしたのか自分でも判然としないまま問おうとしたリアラだったが、そのタイミングで動く幕を見据えてルルヤはこれを豪快にスルー。突っ込みかけるも幕が相手では仕方がない、と、リアラもあえて深く突っ込まなかったしその暇も無かった。



 二人、揃って、少し頬を染めて舞台に立つ。



 おお! とまず声が沸き上がったのは観客達の一部、辺境諸国や諸島海や鉱易砂海の、各国使節随員観客側等の面々やそれらの土地からこの催しを見に来た者達だ。


 次いで、大半を占める連合帝国の国民達だ、それに釣られるようにざわつく。まだ大きな反応には至らないが、気配が揺れ動いた。


 だが。


「……?」

「……」


 ルルヤはいぶかしんだ。本来幕が上がれば即座に司会からの紹介があり、そして歌なり劇なりを始めて良い状態になる。だが、司会からの紹介が遅い。


 リアラもいぶかしみ、しかし素早く頭と心を動かしていた。貰ったモチベーションが頭脳を回転させる。ルルヤに【真竜シュムシュの宝珠】でメッセージを伝えると……


「こちら『情報ネット』。〈ブーイング作戦〉開始してます、どうぞ」

「了解。〈腐ったトマトと生卵作戦〉、開始」


 一瞬連合帝国外から来た観客達の期待の声に同調しかけた連合帝国国民の中から、別種のざわめきが滲み出ようとする。『情報ネット』が仕込んでいたサクラ達だ。ここまでに流した負の噂を聞こえよがしに呟き、疑いの声を小さく囁く。いきなりバカみたいな帰れシュプレヒコールはしない。連合帝国の民は愚かではない。寧ろ混珠の人々の中では文化的で卿幾度が高い。そのようなあからさまには引っ掛からない。故にサクラはあくまで下拵え。本命はそれに答えた『悪嬢アボミネーション欲能チート』と。


「頼むわよ、『反逆アンチヒーロー』」

「分かってる」


 『悪嬢アボミネーション』から更に伝達を受ける『反逆アンチヒーロー欲能チート』ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマト。彼女が殺しその地位を奪った『暴食ベルゼブブ欲能チート』そはの能力で大量の他者から力を奪い、その家庭で擬似的な魔王としての力を得ていた。魔を駆り立て、狂奔し人を襲わせしむる力。その地位を奪った『反逆アンチヒーロー』は『ルールを無視して力を会得できる』欲能チートの持ち主。真竜シュムシュの力を得たのはあくまでその一端、真竜シュムシュの力を持ちながら魔竜ラハルムとして振る舞い魔の力を得る事も越権して魔王の力を振るう事も可能なのだ。


「それにしても、こんな事も出来るのにやっぱり通信魔法の傍受は難しい訳?」

「ああ。【真竜シュムシュの宝珠】に関してはある程度こっちも覗き見できるんだが、連中、通信する時は【宝珠】と通信魔法を組み合わせてるからな。虫食いのある文章を解読するようなもんだし……知恵が回るなら、それ使って罠を仕掛けるだろ?」

「……分かったわ。それじゃ、兎に角攻撃開始よ。キラキラした正統派をひけらかす奴等に、吠え面をかかせてあげましょう」

「面白いな、『悪嬢アボミネーション』。お前は割と面白い。オレに与えられた『反逆アンチヒーロー』という属性に、近いのかもしれないな」


 『悪嬢アボミネーション』は人形と言う認識も捨てきれぬながらも『反逆アンチヒーロー』に接近していた。更に、『旗操フラグ』に自分よりもお前のほうが『情報ネット』と親密だろうと言いながらも、同時に裏で『情報ネット』とも接触するように動いていた。故に形成される悪意のコラボレーション。


「けどまあ、正統派キラキラが嫌なら、自分の野心ギラギラ正統派キラキラよりイイって所を見せないと、もっと面白くはなれないかもな」「何を……?」


 しかし、そこに『反逆アンチヒーロー』は、思考をぽんと放り込む。粗っぽさのある口調とは裏腹に本当に天衣無縫、思ったまま、といった風に。


「いや、この間四十三話の後、お前と一緒に茶を飲んだ時に思った事だ。オレやオレの両親とお前と『嫉妬リヴァイアサン欲能チート』の間には、何処に違いがあるのかな、とな。お前は中々俺に色々話してくれたから、境界線の俺と同じ側にいてほしいが」

「……今はそういう事、いいから」

「分かってるさ、歌より、戦いだ」


 その指摘に奇妙なざわめきを覚えた『悪嬢アボミネーション』だが、不要な感傷だとそれを振り払って流した。


 『反逆アンチヒーロー』も、『嫉妬リヴァイアサン』の事を見苦しいと辟易し見苦しいのが身の回りに増えるのは嫌だと思ってそう言ったが、作られたての自我はとりあえず虫を払うように呟いただけに留め、それよりもこれからの戦いへの感情を優先した。


 『情報ネット』提案の宣伝妨害襲撃。玩想郷チートピアによるものではあるが欲能行使者を含まぬ完全な魔物と魔族のみによる襲撃で混乱を助長し、リアラとルルヤの訴えをそれどころで無くす事で〈戦争戦災対策国際会議〉において論じられた四代目魔王の出現の可能性を改めて煽る事で新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア脅威論の印象をぼかす狡猾な一手。それに……


(さあ、どうする? お父様、お母様!)


 それにどう立ち向かうのか。瞳を燃え立たせ、ラトゥルハは見据える。



 出現の予兆をリアラとルルヤはほぼ同時に掴んだ。そして足を引っ張る作られた会場の雰囲気と纏めて対処すべく、二人は動いた。


 DAWN!


「【GEOAAAAAAAFAAAAAAAAAAANN!!!!】」

 一歩、舞台を踏み抜かんばかりに足を踏み鳴らし、ルルヤが前に出て吼えた。混珠世界が長く忘れていた、ほんもののりゅうのあしおと。真の【真竜シュムシュの咆哮】。


「「「「!!??」」」」「「「「!!??」」」」「「「「!!??」」」」


 ざわつきが吹っ飛ばされた。万座の観客が息を飲んだ。その一瞬。リアラが声を張った。ルルヤが【咆哮】を使うタイミングを通信で指示し、同時にあちこちに通信を飛ばしながらの絶妙のタイミングで。


「皆さん! 危機が! 迫っています!」


 リアラの叫びが響くと同時に、すでに動き始めている者達がいた。既に出番を負えた者、舞台には立たなかったけど訪れていた者……〈無謀なる逸れ者団〉、自由守護騎士団、マルマル市軍、舞闘歌娼撃団、ハレーティン海賊団等……共に戦う事をまず最初に決めた者達。座席の間の通路を、舞台袖を、舞台裏を、座席の背後通路を、伴奏団席を、突っ走り、陣取り、身構えた。


「けど、大丈夫! に、します! 僕たちで!」「え?」「なっ……!?」


 リアラが更に叫ぶ。観客がようやく反応する。事が起こったのはその後だった。


 D、BAN! VON! VPA……!


「オ、オ……!?」「KSYA……!?」「GYA!?」


 地面が揺れた。空中に魔方陣が描かれた。水道管が破裂し、噴水が爆発した。しかし、それらは奇妙に勢いを欠いていた。言ってしまえば、物陰から刺客が飛び出し襲いかかってきたのではなく、隠れ潜んでいたスパイがそこに潜んでいる事を見破られて怯んで逃げ出そうとしたような勢いだったと言えた。


 地面を割り現れたのは、10ザカレ20メートルはあろうかという犀羆大蜥蜴。頑健な岩盤の鎧めいた鱗と角、ずんぐりと太い胴と手足、魔竜ラハルムとも見紛う偉容の魔獣が、突貫も出来ずに目を見開いた。


 爆発する噴水から現れたのは、重量ではそれに劣ろうが全長ではそれに勝るであろう蛇魚蟲。両生類と爬虫類の要素が混合した巨大なゴカイかイソメじみた魔蟲が、しかし飛びかかれずとぐろを射竦められた。


 これほどまで巨大な魔獣が都市に突如出現する等、大量の魔族が攻め混む事と同じく本来魔王が存在でもしない限りありえぬ事。事実空中に刻まれた魔方陣から現れたのは、飛行型の混合獣キメラにまたがった、冠の如き角を生やした無貌の頭と籠手じみた頑強な鱗で覆われた手を持ち、黒灰の長衣を纏う黒幽鬼三騎。魔族の中でも一際魔族の性質に忠実な貪欲に怨念を滾らせる好戦的上位魔族、殺戮の尖兵。


 だがそいつらまでもが、馬が棹立ちになるが如く空中で混乱した混合獣キメラに股がっていた為に声にならぬ喚きをあげながら一瞬停止した。


 出現タイミングに完全に合わせた【真竜シュムシュの咆哮】の力だ。10ザカレ20メートルの犀羆大蜥蜴も、15ザカレ30メートルの蛇魚蟲も、黒幽鬼共も恐れた。そこに、数ミエペワ50~100m以上に迫ろうかという巨大な竜への畏れを見たのだ。まして混合獣キメラ程度、程度と言っても本来熟練の騎士小隊や冒険者集団でもてこずる程の相手なのだが、恐れぬわけがない。


「何!?」「何だと!?」

 

 同じくこの陰謀に関与しいた〈帝国派〉十弄卿テンアドミニスター、『大人ビッグブラザー』と『正義ロウ』もこれには仰天させられた。


 欲能行使者チーターを投入しては、それを公然と晒され却って公共の場で新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの存在を明かされかねない。魔王軍の存在を疑わせる為に魔族を使うだけではなく魔族転生者の存在をも廃して純粋魔族・魔獣による攻撃に拘ったが、その用心が攻撃力を奪い阻止自体を失敗させる事にはすまいとも当然彼らは考えていた。


 突入させる魔の戦力は欲能行使者チーターと相対すればその能力の特殊性によって欲能行使者が有利であるものの、単純な破壊力と生命力においては欲能行使者チーターに勝る現状投入可能な最高級の魔獣戦力を選び、更に欲能チートによる強化こそ行わなかったが、魔術が使用可能な転生者を総動員して魔術による強化をありったけ多重に付与した。そして相手の切り札、【真竜シュムシュの地脈】の発動は阻害している。少なくとも破壊をまき散らかして場を混乱させ舞台の続行を不可能にする程度には十分な計算の戦力をぶつけた筈ではなかったか、なのに、何故だ。


「あいつら……!」「はは! 流石!」


 実際、多重に防御魔術が展開されていた。それをルルヤが力づくで打ち砕いただけでなく、リアラも防御魔術が展開した時には既に斬撃を終える程の速度で突破していたのだ。


 それはこれまでの激戦で成長したリアラとルルヤの、【真竜シュムシュの地脈】無しならばこの程度の戦力だろうという計算をぶっちぎる躊躇一欠片も無い全力全開であった。例えば今晩玩想郷チートピアの襲撃があり連戦となった時の消耗など考えぬ程の。その成長ぶりと民を守る為の果断を通り越し危うい程の思い切りの良さに『悪嬢アボミネーション』は凄まじい嫌悪で唸り、『反逆アンチヒーロー』は痛快と笑った。真逆の反応だが何れも驚愕でも困惑でも無かったのは、二人共にリアラとルルヤの意図を察していたからだ。


「♪♪♪♪!!!! 」


 伴奏者席に立ったアドブバ首長が自分の楽団〈髭面達ヒゲメンズ〉と共に楽器を高らか鳴らした。剣の一閃の如く鋭い音色。リアラとルルヤが飛翔し、切り裂かれた大気が光った。魔法の多重展開。同時に劇場に対し【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】が展開されようとしている。


「な、あいつら……!?」


 『反逆アンチヒーロー』の存在で【真竜シュムシュの地脈】は使えない筈だ。だとすればここで魔法力を使い切る心算か、その後の事を本当に考えていないのか。いやそれは自殺行為、ならば他に魔法力を追加供給する切り札を隠し持っていたのか。だとしたら決戦ではなくここでその切り札を切ったのか? いずれにせよ無謀な暴挙と思いながらも、その無謀に称賛があるのかもしれないという恐怖に虚を突かれ影から観察していた『旗操フラグ』は狼狽した。


 ZAN!ZAN!!


 次の瞬間、黒幽鬼二騎の首が飛んでいた。


(見抜いていますか!?)


 その攻撃対象選択に、『情報ネット』は糸目を剥いた。瞑った様な目付きから露になった、琥珀めいた色をした毒蛇のそれと同じ構造の眼球が怒気に染まった。


 巨大魔獣二体は周囲への被害の為に優先して攻撃せねばと意識を吸引する囮。黒幽鬼こそが『情報ネット』の陰謀の本命だった。


 実はその眼球が示す通り魔族の血を僅かに引く肉体に転生した事で魔術を行使できた為襲撃を行う魔獣・魔族の強化に参加した『情報ネット』であったが、その時に特定の誓いを立てさせる事で行動を制限する変わりに強化する《契約》の魔術を使い、最悪の命令を彼は黒幽鬼に与えていた。欲能チートの行使に制限があったので欲能チート程の絶対的強制力ではないと言う不安要素ではあったが、その悪辣さは正に欲能チートだけではない悪知恵という現代地球からの転生者の力の具現であった。


「敵わぬと悟ったのであれば、倒される前に〈話が違う、我らの命は取らぬと言ったではないか〉と叫べ」


 単なる妨害では力で潜り抜ける可能性はある、戦いながら歌うかもしれぬと、そこまで『情報ネット』は考えていた。であるからこその悪意の策。襲撃者がそう叫んで死ねば、真竜シュムシュの帰還を、玩想郷チートピアの存在をここでいくら主張しようと。「あれは魔族にお前達は殺さないから私達の主張を活躍で印象づける為に魔獣をけしかけよと命令し、口封じが間に合わなかった自作自演だったのでは?」という疑念を起こさせるえげつない策略だ。


 事前の〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の接触と工作で、帝龍ロガーナンの太子達が観客席に来ている事は掴んでいた。そこでのこの強力な一手、致命的な悪印象をもたらす筈であった。


 リアラとルルヤは、それを読み、見切って、阻止に来たか。三騎中二騎が一瞬で討たれた。だがあと一騎。黒幽鬼の耐久力はリアラとルルヤの攻撃力を計算して配置している。【真竜シュムシュの地脈】の無い通常時の出力では同時に倒す事は二騎が限界。限界以上に絞りきったとしても観客の保護を優先しないのであれば無差別攻撃が行われる。リアラとルルヤはそれを阻止する事を選んだ。故に一騎生存した。二騎を同時に討った隙の一瞬があれば、その毒の一言を叫ぶ事は可能な筈!


 KBAN! TRAP!


「させない!」「おのれ!」


 現場たる会場で、陰謀渦巻く舞台裏で、同時に叫びが交錯した。舞台裏で叫んだののは仕掛け人の『情報ネット』、現場で叫んだのは観客席のユカハ。展開した騎士団傭兵団が魔族封じの麻痺・行動阻害効果を優先した魔法支援射撃を投じ、その一瞬の隙を潰したのだ。阿吽の呼吸。それだけあれば今のリアラとルルヤに、一声出させず三騎目を潰すのは造作もなく。


「ありがとう!」「ああ! おかげで…」


 リアラはユカハに対して叫ぶ。同じく堂々とした声で宣言を始めるルルヤと共に二体の巨大魔獣と流れるように対峙しながら。


「阻止しろ!」「兵を出しなさい、鎮圧と護民の名目で! イベントの中止を…!」


 『大人ビッグブラザー』が叫び『正義ロウ』が行動しようとする。魔物の出現を口実に兵士をなだれ込ませイベントを中止させれば、この段階からでも阻止はできると。


「「歌える!だから! 聞いてください!」」


 その隙をリアラとルルヤは与えない。残る二大魔獣にも、全力で攻撃を加える事によって。犀羆大蜥蜴が己を鼓舞する様な咆哮と共に砦程度なら粉砕するであろう豪腕を振り上げる。蛇魚蟲が猛毒溶解液を噴射しようとする。


 次の瞬間には犀羆大蜥蜴が崩れ落ちていた。たった今まで魔獣が立っていた場所には、黒い【真竜の息吹】を帯びた拳を突き出した体勢のルルヤ。同時に蛇魚蟲が白魔術と竜術で束縛されて地面に捻じ伏せられた。それを行ったのは、取り戻した心の力で一息に極めて高度な術の行使をやってのけたリアラだ。


「あれが……真竜シュムシュ」「おいおい、凄えなんてもんじゃねえな。戦闘能力に関して言や、噂以上だ」「滅茶苦茶な力ね……」「……」


 客席に居た帝龍ロガーナン太子達。ルキンが驚きと共に見上げ、ギデドスが唸った。帝室顧問冒険者即ち『旗操フラグ』達から情報を得ているルマはやや警戒の視線、馳者ストライダー達からの情報をどう判断しているのか、リンシアは静かな表情で沈黙を保った。


(……汚い手で、ルルヤさんの舞台の邪魔なんてさせない!)

(……これで勝ったと思わない事です。まだ伏せた札はありますし……私達もより形振り構わなくなる。その恐ろしさを、貴方達は知る事になる)


 リアラが《作音》で作成した音楽が鳴り始める。二人の歌が始まる。だがそれでも『情報ネット』は諦めていなかった。故にリアラは心中妨害する敵に対し、『情報ネット』は舞台裏で呪う様に、宣言していた。


 混珠こんじゅ/異世界このせかいの主役は貴様等ではない、と。期せずして敵味方、鏡写しに同時に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る