・第十一話「今もそれが怖くても、奇跡も魔法も無くっても(前編)」
・第十一話「今もそれが怖くても、奇跡も魔法も無くっても(前編)」
((え……、ひっ!?))
石膏棒を粉砕するようなくぐもった音と、濡れた縄を千切るような断裂音の混合。
((う、嘘だ、離せよ、嫌だ嫌だ嫌だぁあ!?))
筋肉を強調するような魔法装備で颯爽と飛翔していた青年が、崖の影から唐突に現れた鯨の骨格を鎧として肉に直接縫い付けた腐乱して膨れ上がった解剖人体模型のような異形の巨人に鷲掴みにされ、握り潰されながら口へと運ばれ、大量の濡れ雑巾を絡めた藪を纏めて押し潰すような音と共に咀嚼される。
((うあ、ひぎ、がっ、がばっ、げ、あっ……))
仲間を庇ったやはり絢爛豪華な戦装束を纏わされた勇敢な少女が、その勇敢さも砕け散った苦悶の表情で、過剰に誇張肥大されて気持ち悪い程の隆々たる筋骨と脳を納める部分の頭蓋が無く知性の欠片も無い、少女の肉を食らう顎ばかり大きく、極度に不気味さを強調するように配置の歪められた本能で動く機械じみた極限の無感情な目鼻を持つ鬼達に食らわれていく。
「
情報収集の結果得たこの学園で行なわれる無残な非道の録画映像。それを【宝玉】を通じルルヤに渡しながらリアラは語る。視聴覚室に表向きに置かれていた人間側の死傷者数や詳細な敵の姿等の伏せられた〈武活動〉の説明資料。リアラがそこから違和感を見出だせたのは、ソティアやハウラに教わった知識故。魔王の力が無い状況で地域に生息可能な魔物の数はあくまで生態系と環境の許容範囲。
資料の、魔王の力ではなく突然変異という新種魔物の説明は、『
その違和感から食らいつき、姿を隠し、《
「カイシャリアで製造されている〈新種魔物除け〉の商品は偽物の儀式と薬品を混ぜた紛い物で、『新種魔物=機怪戒』の発生は、それが本当に機能しているかのように操られています。完全な詐欺商法です。……詐欺、欺瞞、そういえば、この街と学校、そのものがそう」
ふと、脇道にそれてリアラは呟いた。
「この街は経済的利益に極度に特化した風を装っているけど、それにしては効率が悪すぎる。
……ごめんなさい、話がそれましたと、そこでリアラは呟き、首を振り、話題を元に戻した。この学校の虚妄と欺瞞を暴くために。
「〈武活動〉で貸与される対新型魔物装備だっていう
「……いや、それた話題のほうも、役に立つ。成程そういう奴だというのならば、それに相応しい
喉奥で、ルルヤは獣のように唸った。リアラが【
「……怪物退治に加えて、
竜術と白魔術と二種の力を制御し、元から魔法無き地球で幻想に憧れて生きたが故に魔法に渇望に近い思いを抱いた適正を持つ故か、リアラの【
「……いずれにせよ。次に〈武活動〉で新型魔物との交戦が行われて……また死者が出るのは、二週間後。その時には動かないと。……作戦はあります。
二種の【眼光】から得た情報を元に作戦を立てる二人だったが、その作戦会議は、どこか滞り言葉が詰まる。それは二人がそれぞれに内心で抱く……不安感の故だ。
(【
ルルヤは戦士の勘、
(……上手く、行きすぎじゃないか? 不自然、じゃないのか? これは)
リアラは用心深さで、そう考えていた。『
しかし、決定的な証拠はなく。……そして、二週間後。その時が来た。
「嫌だ……嫌だ……! 嫌、なのにっ……!!」
ミシーヤは、その細長い肢体を戦慄かせて、眼前の戦いへの参加を拒もうとしていた。だが叶わなかった。その身を覆う緑色の魔法少女装束が彼女を操っている。眼下の校庭、『
それが
(怖い……! 情け、無い……)
嫌だと、戦慄く唇で操られながらも呟く理由の一つが心を過る。仕掛ける前に襲われたのでセーラー服姿のまま、その服装を自他の血で血染めにしながら眼下のルルヤは凄まじい奮闘を続けていた。自分達が数人掛りで一体倒すのがやっとだった強力な種類の新種魔物を、次々と薙ぎ倒している。あれと戦えと言われたら、普段の魔法少女としての自分では到底敵うまい。今の自分は、強制的に限界を突破させられ強化されているというが、それでも、あの迫力、猛々しさ、やはり及ぶ気は欠片もしない。
傷つける事は出来るだろう、体を限界以上に振り回されて壊れながら。事実、今のルルヤは数多の手傷で血塗れだ。だがそれはあくまで捨て駒として叩き付けられた魔法少女の身を案じながら無力化した結果で、挑めば直後に叩き伏せられるだろう。装備からと彼女からと、二重の苦痛に叩き潰されるのは怖かった。
だがそれより強いのは、そんな情けない臆病な己に貶められた惨めさだった。
(リアラっ………)
今自分がルルヤと戦わされていない理由をミシーヤは想う。姉の仲間。教え甲斐のある心構えの子、大事な自分達の旅の賛同者、そうお姉ちゃんが嬉しそうに笑いながら言っていた子。……なのに、お姉ちゃんを助けてくれなかった。そう思おうとする。そう思い憎めば、リアラを殺そうとする罪悪感から逃れられるのではないかと。
(……憎めば……)
引き攣った打算の表情を、ミシーヤは作ろうとした。
そんな彼女に庇われる獣人の男の子、
まるで聖剣が錆びる事が無いよう守る鞘のように、そんなに強く見えるルルヤを、寧ろ助けてほしいと縋ってしまいそうな人を、支えるように侍るリアラであった。
そんなリアラに向ける、潜入という事で隠しながらの、今改めて真実を告げられて初めてそうだったのだと分かる程奥ゆかしい、ルルヤの絆の息遣いであった。
どんなに酷い目にあっても、悪行や愚行に対し決して同調も屈服もしない二人ぼっちの孤高で孤独なリアラとルルヤの姿であった。
そんな二人を、嘗てその背を憧れて仰ぎ見た、世の為の旅をする
そんな事を一々していればバカを見ると誰もがしなくなった助け合いを、奉仕を、しないと気が済まない己をはにかむような苦笑を浮かべて行うリアラであった。
そんな彼女の手助けを受けて、驚く少女、忘れかけた何かを思い出したような表情を浮かべる少年、不甲斐なさを嘆くような吐息をつく用務員の老人だった。
唯悲しげに悪行の蔓延する世界と愚行に堕落する人を見るリアラの、見られる側に様々な思いを喚起させる瞳であった。
その視線に対し様々な反応を示す色々な生徒達の中で、それを哀れみと見て奮起の表情を滲ませた少年や、それを悼みと見て殺伐としたこの学校のなかで忘れかけていた犠牲者への哀悼を思い出した少女だった。
(憎める……訳……無いじゃないっ……っ、……そんなの、嫌だよっ……)
引き攣った打算の表情を、ミシーヤは作れなかった。その代わりに浮かんだのは、悲しみと苦悩を秘めた沈黙だった。リアラは余りにもリアラだった。お姉ちゃん達と同じ心のままだった。お姉ちゃんを失っても……何人もの生徒を、それでも助けていた。憎めるわけがなかった。それを憎んでしまえば、屑共と同じになってしまう。自分でもまだそれが残っていると思っていなかった
例えそのせいで、思考停止した愚者と違い苦悩から逃れられないとしても。
そうミシーヤが想いを抱くリアラもまた、苦悩しながらセーラー服姿のまま走っていた。
(いや、今は少し違う、かっ!? ……ああ、それにしても、ああ!!)
転げるように廊下を走り回りながら、視界の端に映る光景をリアラは見た。教室の中では授業が一時中断され、生徒達はこの戦いを見学させられていた。非実用的な規模の極度の大規模な補助手段を用いた魔法か、はたまた何らかの
思考の端でリアラはそう考え、そしてミシーヤと同じく校庭で血塗れの抵抗を続けるルルヤも見て、その傷にその痛苦を思い嘆きながら、上からまるで編集の雑な合成の様に唐突にそれまで何もなかった場所から出現し食らいついてくる『
たたらを踏み、体勢を整え直す、と見せかけてあえてもう一歩よろけ。直後床を破って屹立する肉で出来た槍のごとき姿をした『
廊下の曲がり角に入る直前に【吐息】を発動。全身を完全に透明にする光学迷彩は術を精密に構築する時間がかかる為現状では出来ないが、己の体に作用する光による攻撃を逸らす事は出来る。待ち構えていた断末魔に苦悶する人間の顔をいくつも張り付けた石壁、『
「やはり、リアラ・ソアフ・シュム・パロン、貴方見ていたわね?
息つく間もない連続奇襲。本来の
「はっ! こんなの、知っていれば楽勝さ! ホラー映画でゾンビや殺人鬼が犠牲者に食らいつくタイミングや、戦争映画やピカレスクで予期せぬ流れ弾が登場人物を射抜くタイミングと同じ。それを女の子相手にやってるだけだ! だから簡単に先読みできるし、そんなのに負けて、たまるかっ!」
知っているのね、だが無駄よという『
(拙い拙い拙い! こんな失態、失策! 僕の未熟でルルヤさんを負けさせる訳には、こんな奴等に負ける訳には! 考えろ、考えろ! 此処から打てる何か他の策!)
「私の物語に、生意気な批評をするものね。たかが敗北寸前の一オタクの分際で」
「え? ……何、まさかアンタ、〈テマエマ〉の脚本家の
必死に、逆転の為の思考を練っていたところに、次の瞬間藪から棒に提示された断片に対しリアラは驚愕の余り乱れた口調で反射的に叫んだ。『
「その通りよ。
作者直々の設定無視に憤るリアラに対し、転入後二週間のお前の努力は無駄だった、保険の手まで引き毟られて、お前もお前の守りたかった者も罠に落ちたのだ、と、嗜虐的に笑む……その笑みの下に更なる謀略を隠しながら。
(この世界の信仰と魔法の関係性上、だからと言って此方の走狗は兎も角無実の被害者の救出を断念し良民を見捨てたとあっては、背教として高確率で善性存在への信仰を力の担保とする術は喪失するか弱体化する。つまりはそれでも足掻き続けるしかない。操られる者を一々拘束したり致命傷を避けたり場合によっては治療までしながら、のたうち回り続けるしかない。ましてやこの二週間、見知り友誼を結んだ者も混じっていよう。見捨てられる筈もない。そして『
己が目論みに相手を嵌め、『
「GEO!」「GEOO!」「RRRRGG!」「GEOOORRGG!!」
十重二十重に包囲する『
大量に押し寄せる『
「数に頼っても、無駄だっ!!」
だがそれを巌に砕け散る波頭の如くルルヤは打ち砕く。過労死ゾンビは
セーラー服の襟とスカートを翻してルルヤは旋舞した。片手剣が速記のペン先が如く空中に縦横無尽に斬撃の残光を描き、拳が嵐の如く吹き荒れる。
人間の首を素手でもぎ取る『
「……奇襲もだっ!」
直後、転倒した『
剣風一閃、打撃二発。校庭の固い土の抵抗をまるで無視して地面から出現した、蟻塚の皮膚と複眼の目と触角の角を持つ人間モドキの『
「この程度、かっ!」
空中で一瞬だけ重力を制御……ビキニアーマーのうち胸腰を覆うビキニ部分しか装備していない為、肩アーマーの無い状態での【翼鰭】の長期展開を手甲脚甲が無い状態での【爪牙】の常時展開と同時に行うのは消耗が激しいと判断……して宙返りを完遂し体勢を整え、空中で襲いかかってきた、生体ジェットエンジン化した肺を吹かして飛行する鉤爪と猛禽の嘴状に融合した歯を持つ人間の上半身である『
だが、
「か、帰れぇっ」「お節介いらねぇよっ」「偽善者っ」「いい子ぶってっ」「哀れむな、惨めだ!」「っ、で、できもしねえじゃねえか」「かっこつけてんじゃ、ねえよっ……う、うう」
一部の校庭に面した教室の窓際。授業中断で集められた生徒達が口々にルルヤを罵る。極一部はやさぐれて、しかし大半はその周囲を旋回する
「……この程度なら。此方から行くぞ、屑共!」
嫌らしい四面楚歌、状況が過去最悪に苦しい事は、ルルヤも過たず認識している。幾らでも湧く敵は十重二十重、その中には助けねばならぬ者達も居て、加えて敵の隊列からは此方を嵌め殺す『
「ここより先は大物相手か! だが!」
轟音が響いた。校舎の向こうから『
「どれ程敵が、大きかろうがぁっ!」
だが重力を操るルルヤに、彼我の質量差等何程の事も無し! 四肢に付与した【息吹】【爪牙】【膂力】を全開! 飛来する
重量を一瞬奪われ布袋の様に軽々振り回され後方に叩き付けられた『
更に『
「う、うおっ……!?」「マジかよ!?」
これには流石に、現場に展開する転生者達も驚愕した。戦術戦略的に未だ優位にある事を理性が認識していても、本能がその凄まじい光景に呑まれかけたのだ。だが。
「予定通りですね。さて、作業完了直前に追加の仕様変更を増やしましょうか」
巨人が頭上を飛んだにも関わらず『
「ええ、勿論。さあ、どんどん厳しくしてしまいましょう。強いだけより厄介に」
その通り、詰め将棋の手の一つと『
敵の攻撃が第二段階に移った事を、人間を
「……魔法少女! お前は!」「『固有魔法・
この二週間の間に知り合い善良な事を知り時に守った
「やはり、そう来るかっ!」
『
それを避ける為ルルヤはあえて手傷を受けながら『
「すまんが、寝てろっ!」
己の血に塗れた剣で、守った筈の少女を斬った。倒れる魔法少女。乱心か!?
「そう。そうするしかないわよね。霊薬付与による無力化。かわいそうな女の子達を助ける為、自分の回復手段を浪費するしかない」
否、乱心ではないと『
「どいつもこいつも似たような、死を振り撒こうとする事しかできない、馬鹿の一つ覚えでワンパターンな屑共め! 人質作戦ばかりではつまらんぞ!」
ほくそ笑む『
「これは人質作戦ではありませんよ。『
ウェー、ヒッヒッヒッ!! と、甲高く嗄れた声で『
……二人の表情を、操られる魔法少女達の悲痛な呻きを、転生者と其れに与する者達の醜悪な嘲笑を噛み締め、ルルヤは尚も奮闘する。『固有魔法・
ズン、と、掌を貫通する傷。時間停止の固有魔法が通じないことは『
速度を
『
「あら、恐ろしい子。そんな容赦無い子には、容赦無いお仕置き♪」「く、ぐっ!」
負傷と、疲労と、転生者に与する
更に同時に迫り来る敵数、三! 突撃させられる操られた魔法少女更に一人! その背後に控え、顔面から精神破壊超能力衝撃波を放とうとする、これも『
「あっひゃあああああああ! もっと、もっと手に入れる、もっと回すのぉお!」
金を積む事で何度でも強力な装備や能力を取得できる
それは先程打ち消された魔法少女の時間停止魔法と似て非なる『
「あ?」BAGATH!!
『
「『
「来るぞ来るぞ来るぞおい!?」「
「ぜ、ひゅ。待、たせたな……!!」「KIIIAAAAAAAA!! !」
縊り殺されぬ為に先程穴を塞いだ掌を再びボロボロにしながらこれ以上締まらぬよう鑢の糸を掴み続け、それでも尚首回りから血を滲ませながら、凄絶な表情でルルヤは『
首を縊り斬られそうになりながら尚背を向けてまで他の敵を倒し他者を助ける事を許す、殺戮機構として生まれた存在としてこれ以上無い屈辱に『
「轢かせるものか! 第一、貴様等相手に! 卑劣に立ち回るしか能の無い怪物の恥曝し共等相手に、私が! 臆するとでも思ったかぁああっ!」
更に自然の蜘蛛には不可能な出した糸の巻き取りでルルヤの首を今度こそ引き千切ろうとする『
その表情は、女の顔、女の肌、女の表情筋、女の骨格でありながら、間違いなく竜の顔であった。飛来直前であった
「…………」「おかわり、どうぞ」
残骸が降る中、血に塗れながら、鋭い眼光でルルヤは敵を睨み上げた。
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