・第十一話「今もそれが怖くても、奇跡も魔法も無くっても(前編)」

・第十一話「今もそれが怖くても、奇跡も魔法も無くっても(前編)」



((え……、ひっ!?))

 石膏棒を粉砕するようなくぐもった音と、濡れた縄を千切るような断裂音の混合。はらわたの大蛇の唐突な奇襲に、一瞬の絶望の後に首から上を食い千切られ死亡する、ひどく絢爛豪奢な戦装束を纏わされた金髪の少女。


((う、嘘だ、離せよ、嫌だ嫌だ嫌だぁあ!?))

 筋肉を強調するような魔法装備で颯爽と飛翔していた青年が、崖の影から唐突に現れた鯨の骨格を鎧として肉に直接縫い付けた腐乱して膨れ上がった解剖人体模型のような異形の巨人に鷲掴みにされ、握り潰されながら口へと運ばれ、大量の濡れ雑巾を絡めた藪を纏めて押し潰すような音と共に咀嚼される。


((うあ、ひぎ、がっ、がばっ、げ、あっ……))

 仲間を庇ったやはり絢爛豪華な戦装束を纏わされた勇敢な少女が、その勇敢さも砕け散った苦悶の表情で、過剰に誇張肥大されて気持ち悪い程の隆々たる筋骨と脳を納める部分の頭蓋が無く知性の欠片も無い、少女の肉を食らう顎ばかり大きく、極度に不気味さを強調するように配置の歪められた本能で動く機械じみた極限の無感情な目鼻を持つ鬼達に食らわれていく。


血滴子アダマス・ハルパー巨鯨人獣ケートス蛮殺暴鬼バルバロイ。どれも地球は日本の、お約束や定石を兎に角無視して普通なら愛と正義が勝つような話に登場する子達キャラを惨たらしく殺し、絶望させ、惨劇を繰り広げる血腥さで見る者の度肝を抜いて人気作になった地球の物語、〈勇者魔法少女テラスマキア略称は/エクスマキナテマエマ〉に出てくる架空の怪物、機怪戎テラスメカニ。この街で言われている『新種の魔物』の正体は、それを欲能チートで再現し生み出された怪物です。そもそも出現記録を見ても、新種というには辻褄が合わない」


 情報収集の結果得たこの学園で行なわれる無残な非道の録画映像。それを【宝玉】を通じルルヤに渡しながらリアラは語る。視聴覚室に表向きに置かれていた人間側の死傷者数や詳細な敵の姿等の伏せられた〈武活動〉の説明資料。リアラがそこから違和感を見出だせたのは、ソティアやハウラに教わった知識故。魔王の力が無い状況で地域に生息可能な魔物の数はあくまで生態系と環境の許容範囲。


 資料の、魔王の力ではなく突然変異という新種魔物の説明は、『蛮殺暴鬼バルバロイ』程の凶暴貪欲な存在が矮鬼ゴブリンの変異種として大量発生した時の生態系の混乱と現状を思えば明白に破綻している。まして巨人種の大量発生等有り得ぬ事。通常生物と同様に肉体を維持する山林巨人であれば餌に縛られ、土地存在の霊的な力を食う事でそれを上回る力を持つ魔霊巨人は、特定環境に縛られる。自然発生的に巨人の軍団が進撃する等不可能。


 その違和感から食らいつき、姿を隠し、《使魔つかいま》を使い探り当てたのは職員室に隠されていた〈武活動〉の記録と、技術教室に隠されていた学園長の楽しみに供する為に作成された《映像作成》の護符。そこに刻まれた〈武活動〉参加者達の残酷無惨な最後とそれを行う怪物共。その怪物共が〈新しいリアリズム、不安と貧困の現代に相応しい戦場感覚の物語。地獄だからこそ描ける切実な心情の美〉といった麗句に彩られ刺激に飢えた客層に受容され、武士道否定の残酷剣劇〈刃狂魔語はぐるまがたり〉やそれまで主役とされた英雄的なロボット兵器を嵌め殺す物語として描かれた〈機械兵士ガンエース・ゼロ〉等といった二匹目の泥鰌を大量生産した物語の怪物だと見抜きその力の内実を知り得たのは、地球の物語への知識故。最も個人的には見知りはしたが興味を持った物語では無く、故に淡々とリアラはルルヤに説明した。


「カイシャリアで製造されている〈新種魔物除け〉の商品は偽物の儀式と薬品を混ぜた紛い物で、『新種魔物=機怪戒』の発生は、それが本当に機能しているかのように操られています。完全な詐欺商法です。……詐欺、欺瞞、そういえば、この街と学校、そのものがそう」


 ふと、脇道にそれてリアラは呟いた。


「この街は経済的利益に極度に特化した風を装っているけど、それにしては効率が悪すぎる。混珠こんじゅが魔法文明全盛で実際皆それに満足してるから軍事以外の地球技術導入の余地が乏しいのもあるけど、只管労働力過剰投入だけで成果を得ようとして。《黄金精霊契約このせかいのろうどうほう》を一切合財無視して搾取して違法な商売までやって、その反動の魔物発生や祟りを力で捻じ伏せてるからこそ利益を得られているだけで、きっと同じ土俵での勝負ならこの世界の商人に及ばない位、効率性のこの字も無い。(自殺者のリスト、どう考えても地球で病死した有名経営者の捩りっぽい転生者らしきジョティーブ・スブスという名前があったし……)今はまだナアロ王国の軍事的・経済的な侵略占領地における制圧手段としての搾取って口実があるけど、こんなのが一国や世界の全てになったら、きっと瓦解する。周期も何も考えない乱暴な焼畑みたいなもので、金だけ作っても、奴隷じみた労働を倒れるまでさせられている人間に、それを何に消費して経済を回せっていうんだ。間違いない。この街は、この街の支配者は、自分でそう認識しているかどうかは知らないけど……説明会で見た、あの顔。前世で、ニュースで見たあの顔。有名なブラック企業の社長、三輪田みわた 昭善しょうぜん。あいつは、儲ける事より、これが楽しくて良い事だと信じてやってるんだ。仕事と会社とで他人の人生を塗り潰して支配する事が、素晴らしい事で、善行だと信じて。……過労死者の遺族に刺殺されたってニュースで見たのに……死んでも自分の妄想を他者に押し付ける事を曲げなかったのか」


 ……ごめんなさい、話がそれましたと、そこでリアラは呟き、首を振り、話題を元に戻した。この学校の虚妄と欺瞞を暴くために。


「〈武活動〉で貸与される対新型魔物装備だっていう『魔法少女』マレフィカエクスマキナ『超人英雄』セミデウスエクスマキナも、同じ〈テマエマ〉に登場した力で……同じように欲能チートで作られたものです。戦ってここから抜け出そうとする人間を掌握し、生殺与奪を管理する為に」

「……いや、それた話題のほうも、役に立つ。成程そういう奴だというのならば、それに相応しい欲能チートを持っている筈だからな。しかし成る程、与えたのならそれを止める事も奪う事も強制する事も操る事も容易、更に魔法装備として強力なの事実だから、従う事で得られる利の見せ札としても組織の力の誇示としても有効、か。しかし……私も欲能行使者チーター共に容赦は無いが、憎しみ故で、誉められた事ではない。それを、何の怨恨も無い相手に、愉悦として行うとはな」


 喉奥で、ルルヤは獣のように唸った。リアラが【真竜シュムシュの宝珠】に掲示した、入手した映像、それを、愉悦の為に積みもない相手に行う敵の精神性への憤りを込めて。その上で、猛り狂う感情を必死に乗りこなして、理性で作戦を考え続ける。


「……怪物退治に加えて、『魔法少女』マレフィカエクスマキナ達も助ける必要があるとは厄介だな。壇上で捲し立てていた奴等の詳細まで見きる暇は無かったが、直接話した欲能チート力行使者達相手に鎌をかけて、どうやら此方に気づいている様子がないのは幸いだが……」


 竜術と白魔術と二種の力を制御し、元から魔法無き地球で幻想に憧れて生きたが故に魔法に渇望に近い思いを抱いた適正を持つ故か、リアラの【真竜シュムシュの眼光】は、強力だがシンプルな知覚能力の向上とそれに付随する微弱変化の察知による真意看破というルルヤの【眼光】と違い、より特殊な効果を有していた。それは、非物質的な力の存在を、付与された魔法や欲能チートの存在を見、じっくりと観察すればその力の内容も、力を行使した相手がそれを望まぬ場合霊的な力比べとなるが理解できる可能性のある効果。それは、欲能チート行使者を討つ旅には大いなる一助。相手の力の詳細、原理までを解析するのは困難だが、何らかの欲能チートの存在だけでも感知出来るのは充分有用。それは真意看破と言っても相手の反応や生理の精緻な観察から成り立ち、直感的で不完全さもあるルルヤの【眼光】を大いに補う危機感知手段であった。


「……いずれにせよ。次に〈武活動〉で新型魔物との交戦が行われて……また死者が出るのは、二週間後。その時には動かないと。……作戦はあります。『魔法少女』マレフィカエクスマキナ等の装備も、機怪戎テラスメカニ達も、原作テマエマだと『地蛇胎盆エキドナ』って名前の機怪戎テラスメカニから産み出されるんです。それを倒せば、機怪戎テラスメカニも魔法少女も機能を停止する事になっています。それで何とかなる筈。居場所を【眼光】と他の術で二週間以内に探知して、念の為のそれ以外の対策も、腹案あります。それと、機怪戎テラスメカニ達についても、個別の能力や戦法については暗記してますから、対策を纏めますね。………」


 二種の【眼光】から得た情報を元に作戦を立てる二人だったが、その作戦会議は、どこか滞り言葉が詰まる。それは二人がそれぞれに内心で抱く……不安感の故だ。


(【眼光】に映る情報は、その通りだ。けど何処か【角鬣はだざわり】が嫌じゃないか?)


 ルルヤは戦士の勘、真竜シュムシュとして、戦う一匹の生物の皮膚感覚的な本能で。


(……上手く、行きすぎじゃないか? 不自然、じゃないのか? これは)


 リアラは用心深さで、そう考えていた。『軍勢ミリタリー』から得た情報では、ここにいるのは玩想郷チートピアの幹部クラスなのに、と、その未熟を常に自戒する転生者の故に。


 しかし、決定的な証拠はなく。……そして、二週間後。その時が来た。



「嫌だ……嫌だ……! 嫌、なのにっ……!!」


 ミシーヤは、その細長い肢体を戦慄かせて、眼前の戦いへの参加を拒もうとしていた。だが叶わなかった。その身を覆う緑色の魔法少女装束が彼女を操っている。眼下の校庭、『機怪戎テラスメカニ』、『魔法少女』マレフィカエクスマキナ『超人英雄』セミデウスエクスマキナ、更に欲能チート行使者に十重二十重に包囲され、唯一人絶望的抵抗を続けるキーカと名乗っていた少女。


 それが真竜シュムシュの勇者ルルヤ・マーナ・シュム・アマトである事、この学園と都市の支配者達の敵である事、〈武活動〉による死傷者発生を阻止しそれを特別に社長も加え観覧するとしていた学園長を打倒すべく襲撃を行おうとしていたが目論見を看破され逆に包囲された事、自分達がこの学園の支配者達の走狗であり操られるがまま彼女達を殺さなければならない事、等、それらの情報がコスチュームを通じて脳内に流れ込んで来る。


(怖い……! 情け、無い……)


 嫌だと、戦慄く唇で操られながらも呟く理由の一つが心を過る。仕掛ける前に襲われたのでセーラー服姿のまま、その服装を自他の血で血染めにしながら眼下のルルヤは凄まじい奮闘を続けていた。自分達が数人掛りで一体倒すのがやっとだった強力な種類の新種魔物を、次々と薙ぎ倒している。あれと戦えと言われたら、普段の魔法少女としての自分では到底敵うまい。今の自分は、強制的に限界を突破させられ強化されているというが、それでも、あの迫力、猛々しさ、やはり及ぶ気は欠片もしない。


 傷つける事は出来るだろう、体を限界以上に振り回されて壊れながら。事実、今のルルヤは数多の手傷で血塗れだ。だがそれはあくまで捨て駒として叩き付けられた魔法少女の身を案じながら無力化した結果で、挑めば直後に叩き伏せられるだろう。装備からと彼女からと、二重の苦痛に叩き潰されるのは怖かった。


 だがそれより強いのは、そんな情けない臆病な己に貶められた惨めさだった。ワイ山亜人ルドドワーフとして、かつてはどんな亜獣や魔獣にも恐れず立ち向かったのに。何度も反抗を叩き潰され、何度もあんなものを作れるのは悪魔よりも恐ろしい奴だとしか思えぬ狂気的な怪物に食われる仲間達を見せつけられ。……挙げ句、それと戦おうという人達を、自分達を助けようとしてくれている人達を殺そうとしている自分が、余りにも情け無い。そして。


(リアラっ………)


 今自分がルルヤと戦わされていない理由をミシーヤは想う。姉の仲間。教え甲斐のある心構えの子、大事な自分達の旅の賛同者、そうお姉ちゃんが嬉しそうに笑いながら言っていた子。……なのに、お姉ちゃんを助けてくれなかった。そう思おうとする。そう思い憎めば、リアラを殺そうとする罪悪感から逃れられるのではないかと。


(……憎めば……)


 引き攣った打算の表情を、ミシーヤは作ろうとした。あげつらう点を、思い浮かべようとした。思い浮かんだのは、傷を負い汚濁を被っても尚、戦場の唯中それでも決して折れぬ聖剣の様に顔を上げ立ち続けるルルヤの姿であった。


 そんな彼女に庇われる獣人の男の子、森亜人エルフの女の子、そんな彼女の在り方に息を呑み、半歩引き、より上位の不良に囃し立てられ、何かに気づいたように歯噛みし拳を握る半魔族の不良少年であった。


 まるで聖剣が錆びる事が無いよう守る鞘のように、そんなに強く見えるルルヤを、寧ろ助けてほしいと縋ってしまいそうな人を、支えるように侍るリアラであった。


 そんなリアラに向ける、潜入という事で隠しながらの、今改めて真実を告げられて初めてそうだったのだと分かる程奥ゆかしい、ルルヤの絆の息遣いであった。


 どんなに酷い目にあっても、悪行や愚行に対し決して同調も屈服もしない二人ぼっちの孤高で孤独なリアラとルルヤの姿であった。


 そんな二人を、嘗てその背を憧れて仰ぎ見た、世の為の旅をする貴方ミシーヤハウラその友ソティアを思い出したと語った級友クラスメート狩山亜人ワイルドドワーフであった。


 そんな事を一々していればバカを見ると誰もがしなくなった助け合いを、奉仕を、しないと気が済まない己をはにかむような苦笑を浮かべて行うリアラであった。


 そんな彼女の手助けを受けて、驚く少女、忘れかけた何かを思い出したような表情を浮かべる少年、不甲斐なさを嘆くような吐息をつく用務員の老人だった。


 唯悲しげに悪行の蔓延する世界と愚行に堕落する人を見るリアラの、見られる側に様々な思いを喚起させる瞳であった。


 その視線に対し様々な反応を示す色々な生徒達の中で、それを哀れみと見て奮起の表情を滲ませた少年や、それを悼みと見て殺伐としたこの学校のなかで忘れかけていた犠牲者への哀悼を思い出した少女だった。


(憎める……訳……無いじゃないっ……っ、……そんなの、嫌だよっ……)


 引き攣った打算の表情を、ミシーヤは作れなかった。その代わりに浮かんだのは、悲しみと苦悩を秘めた沈黙だった。リアラは余りにもリアラだった。お姉ちゃん達と同じ心のままだった。お姉ちゃんを失っても……何人もの生徒を、それでも助けていた。憎めるわけがなかった。それを憎んでしまえば、屑共と同じになってしまう。自分でもまだそれが残っていると思っていなかった混珠こんじゅ人の本来性、善き神々と英雄の神話や物語と共にあらんとする善性。何人かの生徒の中でも目覚めたであろうそれを、今度こそ無くしてしまうのは嫌だと思った。


 例えそのせいで、思考停止した愚者と違い苦悩から逃れられないとしても。



 そうミシーヤが想いを抱くリアラもまた、苦悩しながらセーラー服姿のまま走っていた。機怪戎テラスメカニが次々と脇出す廊下を……未だ〈熟〉の居残り授業が続けられ、多くの生徒が死んだ目で廊下と校庭で戦闘中にも関わらず授業を受けさせられている中を。


(いや、今は少し違う、かっ!? ……ああ、それにしても、ああ!!)


 転げるように廊下を走り回りながら、視界の端に映る光景をリアラは見た。教室の中では授業が一時中断され、生徒達はこの戦いを見学させられていた。非実用的な規模の極度の大規模な補助手段を用いた魔法か、はたまた何らかの欲能チートか。教室毎にTVを設置したように映像が転送させられている。魔法少女達が遠隔操作可能であり機怪戎テラスメカニが学園の戦力である事、即ち〈武活動〉が茶番であり虚偽であった事を戦闘の結果明らかにしてしまった後も支配を続けるために、この学校と都市を解放しに来た者達がこの学校と都市の人間も加わった攻撃によって殺される所を見せつけ絶望させる為に。恐らく都市の会社のほうでも行われていて、そして、その見学に費やした時間を補うために追加で〈熟〉や残業の時間を延長させられているのだろう。


 思考の端でリアラはそう考え、そしてミシーヤと同じく校庭で血塗れの抵抗を続けるルルヤも見て、その傷にその痛苦を思い嘆きながら、上からまるで編集の雑な合成の様に唐突にそれまで何もなかった場所から出現し食らいついてくる『血滴子アダマス・ハルパー』を体勢をあえて崩してかわし、その腹を剣で切り裂いて。


 たたらを踏み、体勢を整え直す、と見せかけてあえてもう一歩よろけ。直後床を破って屹立する肉で出来た槍のごとき姿をした『串刺樹ロンコーイ』を、揺れる胸の谷間に突っ込みそうな程のすれすれで避け、両断。


 廊下の曲がり角に入る直前に【吐息】を発動。全身を完全に透明にする光学迷彩は術を精密に構築する時間がかかる為現状では出来ないが、己の体に作用する光による攻撃を逸らす事は出来る。待ち構えていた断末魔に苦悶する人間の顔をいくつも張り付けた石壁、『死石版アイギス』の呪縛殺人光線を防ぐ。【鱗棘】と【血潮】で即死や異常に対する完全耐性を得た身だが、付随するダメージを受ける効果は、機怪戎テラスメカニが超自然的な力を持つ異界の侵略機構として設定されている以上、純粋な科学兵器よりも通りやすいのだから避けねばならぬ。そして、ルルヤの【月の息吹】が重力に関する科学考証をある程度無視するように、リアラの【陽の息吹】もまた科学的に純粋なレーザーでなくても光の線を放つ攻撃であれば、防御能力としては行使可能。【骨幹】で生成した投槍を投擲して反撃、『死石版アイギス』を粉砕!


「やはり、リアラ・ソアフ・シュム・パロン、貴方見ていたわね? 〈テマエマ〉ゆうしゃまほうしょうじょを! だからかわせるし、御友達にも対策をとらせた。……その戦術的優位を得る知恵があったお陰で、『地蛇胎盆エキドナ』を狙えば大丈夫、って考えた結果、こうして戦略的窮地に陥って、そして死ぬわけだけど」


 息つく間もない連続奇襲。本来の能力スペックでは避けきれまいそれを、未来予知じみてぎりぎりで回避するリアラに、『惨劇グランギニョル欲能チート』の声が語りかけた。倒した機怪戎テラスメカニの死体の口から、次に襲いかかる機怪戎テラスメカニの口から、それらを次々に利用して。


「はっ! こんなの、知っていれば楽勝さ! ホラー映画でゾンビや殺人鬼が犠牲者に食らいつくタイミングや、戦争映画やピカレスクで予期せぬ流れ弾が登場人物を射抜くタイミングと同じ。それを女の子相手にやってるだけだ! だから簡単に先読みできるし、そんなのに負けて、たまるかっ!」


 知っているのね、だが無駄よという『惨劇グランギニョル』の嘲笑に反撃するリアラだが。


(拙い拙い拙い! こんな失態、失策! 僕の未熟でルルヤさんを負けさせる訳には、こんな奴等に負ける訳には! 考えろ、考えろ! 此処から打てる何か他の策!)

「私の物語に、生意気な批評をするものね。たかが敗北寸前の一オタクの分際で」

「え? ……何、まさかアンタ、〈テマエマ〉の脚本家の黒沼くろぬま こう本人!? 重篤しんじゃなファンとかじゃなく!? いつの間に死んだんだよ!?」


 必死に、逆転の為の思考を練っていたところに、次の瞬間藪から棒に提示された断片に対しリアラは驚愕の余り乱れた口調で反射的に叫んだ。『惨劇グランギニョル欲能チート』、エイダキシア・サカキルオン、黒沼 孔はにやりと笑った。肯定の笑み。


「その通りよ。主人公気取りワナビーさん。貴方は悲劇の登場人物。私は悲劇の綴り手。それに文句は言わせないわ。事実として、貴方達の計画とやらは私の掌の上で踊っていたに過ぎないのだから。『地蛇胎盆エキドナ』を破壊すればそこから産み出された機怪戎テラスメカニは消失し魔法少女は力を失う? 原作通りなら確かにそうね。けれど今は私の欲能チートで、私の作品に登場した惨劇を撒く存在を無限に、一切の消耗も代価も無く無限に出現させることが出来るの。『地蛇胎盆エキドナ』等不要、最早私は魔神を越え、その気になればこの世界の生態系の完全崩壊すら容易い事。『地蛇胎盆エキドナ』を破壊しても何らかの理由で魔法少女が解放されない可能性を考えて、複数の護符による大規模儀式魔法で竜術を生徒全員に施す保険の細工までこっそりして回っていたのは頑張った方だと想うけど、お生憎様。最初から貴方達の正体は見切って招待したから、きっちり潰させて貰ったわ。故に、貴方は私の物語の登場人物。これから私に、バッドエンドを綴られる」


 作者直々の設定無視に憤るリアラに対し、転入後二週間のお前の努力は無駄だった、保険の手まで引き毟られて、お前もお前の守りたかった者も罠に落ちたのだ、と、嗜虐的に笑む……その笑みの下に更なる謀略を隠しながら。


(この世界の信仰と魔法の関係性上、だからと言って此方の走狗は兎も角無実の被害者の救出を断念し良民を見捨てたとあっては、背教として高確率で善性存在への信仰を力の担保とする術は喪失するか弱体化する。つまりはそれでも足掻き続けるしかない。操られる者を一々拘束したり致命傷を避けたり場合によっては治療までしながら、のたうち回り続けるしかない。ましてやこの二週間、見知り友誼を結んだ者も混じっていよう。見捨てられる筈もない。そして『文明サイエンス』から『経済キャピタル』が買った情報。竜術には周辺の自然環境等から精神力や生命力を借り受ける事ができるものがあるそうだけど……自然の殆ど存在しないこのカイシャリアでは自然を枯死させない範囲で得られる力等微々たる物。過去の伝承によれば知的生命体相手では合意形成が必要であったという事から精神的に我々に従属した市民社員と生徒相手にはまず不可能な上に、疲弊した奴等にはそもそも渡せる生命力や精神力の余剰等絶無!)


 己が目論みに相手を嵌め、『惨劇グランギニョル』はほくそ笑む。このまま徹底的に消耗させ尽くして圧殺するべく、更に更にリアラとルルヤに機怪戎テラスメカニと魔法少女と欲能行使者チーターをけしかける。



「GEO!」「GEOO!」「RRRRGG!」「GEOOORRGG!!」


 十重二十重に包囲する『蛮殺暴鬼バルバロイ』が吠え猛る中、ルルヤは死闘を繰り広げていた。実際その奮戦は、正に攻囲者達に二の足を踏ませずにはおれぬ激しさで機怪戎テラスメカニ達を相手取っていた。触れただけで武器防具を切り刻み内蔵に高振動を叩き込み破裂させる『激震爪トリアイナ』の爪を刃で受けずに両手首を一瞬で切り飛ばし即座に止めを刺した直後死体を突き飛ばし、雷を纏う炭化死体という姿をした『姦電屍ケラヴノス』が放つ雷撃をそれに当てさせ反撃の【真竜シュムシュの息吹】で粉砕。


 大量に押し寄せる『蛮殺暴鬼バルバロイ』、騎馬軍団じみて地響き立てて突撃する人体を強引に引き延ばし馬型に整形した姿の『奔欲人馬ケンタウロス』、その間隙を縫う様に跳ね跳び掛る股間から馬上槍じみた巨大な角を生やした角獣人『貪欲山羊サテュロス』、見るだに悍ましく忌まわしい姿ばかりの機怪戎テラスメカニ軍団。更には『経済キャピタル』の力による、痩せ細り土気色の肌と充血した目を持つ背広姿の動く死体、過労死ゾンビの群れが間隙をすら埋め尽くす。感染能力もなく機怪戎テラスメカニに戦力は劣るが己が肉体が損壊する限度を上回る筋力を振るい砕けながら襲いかかってくる!


「数に頼っても、無駄だっ!!」


だがそれを巌に砕け散る波頭の如くルルヤは打ち砕く。過労死ゾンビは最初はなから相手にせぬ。魔力も帯びぬ人間の数割増の打撃等無意味。むしろ戦闘速度で機動するルルヤの体にぶち当たれば相手の方が圧倒的硬度差で砕け散る。


 セーラー服の襟とスカートを翻してルルヤは旋舞した。片手剣が速記のペン先が如く空中に縦横無尽に斬撃の残光を描き、拳が嵐の如く吹き荒れる。


 人間の首を素手でもぎ取る『蛮殺暴鬼バルバロイ』の拳が砕け太首が宙に飛ぶ。踏み潰そうとする『奔欲人馬ケンタウロス』が振り上げた前足が捕まれ圧し折られ投げ飛ばされ『蛮殺暴鬼バルバロイ』の群れと共に骨の砕ける音と共に壊れた人形の如く手足を投げ出し、体当たりせんとした別の『奔欲人馬ケンタウロス』、がスカートから覗くルルヤの白い美脚に足を踏み折られ他の『奔欲人馬ケンタウロス』を巻き込んで崩れ落ち、見る見る既に出現していた『奔欲人馬ケンタウロス』、と『蛮殺暴鬼バルバロイ』と過労死ゾンビは壊滅していく!


「……奇襲もだっ!」


 直後、転倒した『奔欲人馬ケンタウロス』、を踏んでルルヤは跳躍した。【角鬣】の超感覚、そしてリアラの教えた知識に導かれて。宙返りし、スカートが捲れ、セーラー服の下に着ていたビキニアーマーの腰部がパンツの代わりに露出した。


 剣風一閃、打撃二発。校庭の固い土の抵抗をまるで無視して地面から出現した、蟻塚の皮膚と複眼の目と触角の角を持つ人間モドキの『蟻塚人蟲ミュルミドン』が、片や大顎で、片や王水級濃蟻酸と耐酸性殺人蟻の混合ブレス で奇襲するのを、天地逆の宙返り体勢から、前者の首を切り飛ばし、後者の頭部をブレス発射前に掌底で叩き潰し。その反動で上空に突然と出現した血滴子アダマス・ハルパーの喉笛に爪先を叩き込み、【息吹】と【爪牙】二重付与の一撃で頭部粉砕殺!


「この程度、かっ!」


 空中で一瞬だけ重力を制御……ビキニアーマーのうち胸腰を覆うビキニ部分しか装備していない為、肩アーマーの無い状態での【翼鰭】の長期展開を手甲脚甲が無い状態での【爪牙】の常時展開と同時に行うのは消耗が激しいと判断……して宙返りを完遂し体勢を整え、空中で襲いかかってきた、生体ジェットエンジン化した肺を吹かして飛行する鉤爪と猛禽の嘴状に融合した歯を持つ人間の上半身である『急襲飛奪ハルピュイア』を真っ二つにし、『弾劾の欲能チート』の攻撃手段である『対象を批難する人間一人毎に一本生成される空を飛び自動で対象に襲いかかる棍棒』三本の打撃を、全て叩き落としたが最後の一発の破片に額を打たれ、魔法の付与が更に行われていた為に鋭利な破片で痛苦と共に少々の出血を受けるも、堪えて着地。掠り傷だと即座に叫んだ。


 だが、『弾劾』ウィッチハントは遥か後方に巨大な門歯の鱗と犬歯の棘を生やす肉塊型機怪戎テラスメカニ圧殺刺ファランクス』を護衛としその影に隠れ冷やかに笑うのみ。生徒会長を務める彼は、オーケストラの指揮者じみて物陰から背後に聳える後者に手を振る。


「か、帰れぇっ」「お節介いらねぇよっ」「偽善者っ」「いい子ぶってっ」「哀れむな、惨めだ!」「っ、で、できもしねえじゃねえか」「かっこつけてんじゃ、ねえよっ……う、うう」


 一部の校庭に面した教室の窓際。授業中断で集められた生徒達が口々にルルヤを罵る。極一部はやさぐれて、しかし大半はその周囲を旋回する『棍棒』しゅういのあつりょくに脅され、恐怖し涙しながら……だがそれらの罵声が放たれる度、更なる多数の『棍棒たたき』が形成される。他の転生者も、機怪戎テラスメカニや魔法少女を前衛として、後方にふんぞり返り身の安全を傲慢に誇る。


「……この程度なら。此方から行くぞ、屑共!」


 嫌らしい四面楚歌、状況が過去最悪に苦しい事は、ルルヤも過たず認識している。幾らでも湧く敵は十重二十重、その中には助けねばならぬ者達も居て、加えて敵の隊列からは此方を嵌め殺す『惨劇グランギニョル』の邪悪な意図が見てとれながらもそれを避けうる余地が無い。その上殺さねばならぬ転生者達はその向こう、首領たる『惨劇グランギニョル』と『経済キャピタル』に至っては、その更に向こう、後者の屋上に観覧席を設え劇場の如く校庭を睥睨していた。だがそれでも、怯みも屈しもせん、と、拒絶を強制される生徒達に力強く励ます眼光を一瞬向けルルヤは突貫した。


「ここより先は大物相手か! だが!」


 轟音が響いた。校舎の向こうから『巨鯨人獣ケートス』と、『蛮殺暴鬼バルバロイ』を巨大化させ土色の鎧を着せたような巨人型機怪戎テラスメカニ滅地巨人ギガース』が、一万ミカガチからホワバテ単位百から数百トンもあろう体重をかけたダブルドロップキックが校舎を飛び越え放たれる! 更に裏山に立ち上がるは同じく巨人、全身の各所を燃え上がらせ、凍てつかせ、金属化させ、瘴気を帯びた『古神巨人ティタン』。火炎弾、氷弾、金属拳射出、瘴風で『軍勢ミリタリー』の大砲に勝るとも劣らず、しかも魔法扱いの火力支援!


「どれ程敵が、大きかろうがぁっ!」


 だが重力を操るルルヤに、彼我の質量差等何程の事も無し! 四肢に付与した【息吹】【爪牙】【膂力】を全開! 飛来する十数~数十ザカレ数十メートルもある巨人二体を、腕一本で一体、二体纏めて受け止める! 混珠こんじゅの巨人より魔竜ラハルムの方が強い、例え異界の物語の巨人が混珠こんじゅのそれより強くとも、魔竜ラハルムより強い真竜シュムシュなれば!腕を伝い【息吹】が瞬時に二体の巨人の体を走りその重量が齎す威力の大半を打ち消し数百トンの威力を数十トンに低減して投げ飛ばす!


  重量を一瞬奪われ布袋の様に軽々振り回され後方に叩き付けられた『巨鯨人獣ケートス』は地面との激突時に重量を戻され衝撃倍増。落下地点に居た歪み延びた人体を二体縄状に捩り合わせた双面四臂の『裸旋邪ケリュケイオン』を潰し風船じみて破裂!


 更に『滅地巨人ギガース』を『古神巨人ティタン』に! 礫の様に軽々と速く飛び、その途中で重量を戻された『滅地巨人ギガース』は巨体で『古神巨人ティタン』の魔力攻撃を盾じみて塞ぎ、ルルヤの狙い通り双方の頭部が激突! 巨大な頭蓋骨破砕音と同時に二体がもんどりうって校舎の向こうに沈んだ!


「う、うおっ……!?」「マジかよ!?」


 これには流石に、現場に展開する転生者達も驚愕した。戦術戦略的に未だ優位にある事を理性が認識していても、本能がその凄まじい光景に呑まれかけたのだ。だが。


「予定通りですね。さて、作業完了直前に追加の仕様変更を増やしましょうか」


 巨人が頭上を飛んだにも関わらず『経済キャピタル』は、一瞬見えた希望の後に来る追撃こそが最も絶望を与えると、そんな下っ端共の動揺をむしろ有用だと微笑み。


「ええ、勿論。さあ、どんどん厳しくしてしまいましょう。強いだけより厄介に」


 その通り、詰め将棋の手の一つと『惨劇グランギニョル』も笑う。魔法少女を殺戮する存在たる機怪戎テラスメカニだが、〈テマエマ〉の魔法少女が弱い訳ではない。戦闘魔法少女として十分の実力を彼女は与えている。機怪戎テラスメカニが更に強いのだ。それを蹴散らす相手とはいえ、十弄卿テンアドミニスターは動揺しない。降って湧いた異能で倫理の箍が外れ物欲や性欲や支配欲を肥大化させた末端とは異なる、確固として歪んだ魂の形から来る確立された在るべき必然的に降臨する世界の形を見据える故に。



 敵の攻撃が第二段階に移った事を、人間を幾倍か数ザカレに巨大化させ三つの犬人に歪めた頭と寄生虫の尾を生やした『三首地獄ケルベロス』が吐く高熱火炎をかわし、腫瘍で出来た磯巾着と蟹といった姿の『腫瘍触首ヒュドラ』と『腫瘍泥蟹カルキノス』をその炎に叩き込み殺すと同時ルルヤは察知した。跳躍し襲いかかるの、灰色のフリルのついたドレスを身に纏う少女。


「……魔法少女! お前は!」「『固有魔法・斬斬振ざんざんぶり』!」「ぐぅっ!」


 この二週間の間に知り合い善良な事を知り時に守った森亜人エルフの少女だとルルヤが認識すると同時、操られ顔をひきつらせた少女は剣を振り下ろしながらドレスに喉笛を締め上げられるように呪文を詠唱。拙い振り下ろしをルルヤが受け止めた瞬間、瞬時に剣身が分身。ルルヤの半径数mを塗り潰すように魔法による斬撃が発生! 【鱗棘】に阻害されながらも浅く皮膚を裂き、しかしその傷跡は無数! 苦痛に呻くルルヤの全身から出血!


「やはり、そう来るかっ!」


 『惨劇グランギニョル』が内心呟いた通り、〈テマエマ〉の魔法少女は弱くは無いのだ。だが魔法少女の身体と魔法のスペックが高くとも、ルルヤの本来の技量ならば鍔競りを許さぬ事は可能。そうさせなかった理由を認識していたからこそ、ルルヤは直後鍔競りを保ったまま半身を捻った。背後には先程の『三首地獄ケルベロス』。その口には発射寸前の火炎。この状況でかわしては着地直後の魔法少女が火炎に巻き込まれ、再生能力の高い『腫瘍触首ヒュドラ』が消炭になったように死ぬだろう。魔法少女より機怪戎テラスメカニが更に強い、それが〈テマエマ〉の設定なのだから。


 それを避ける為ルルヤはあえて手傷を受けながら『三首地獄ケルベロス』への攻撃を優先した。リアラが教えた知識に従い、初見の『三首地獄ケルベロス』の弱点である寄生虫の尾を【息吹】で粉砕。首を潰しても幾らでも再生すると設定された『三首地獄ケルベロス』が一撃で腐敗消滅する中、ルルヤは。


「すまんが、寝てろっ!」


 己の血に塗れた剣で、守った筈の少女を斬った。倒れる魔法少女。乱心か!?


「そう。そうするしかないわよね。霊薬付与による無力化。かわいそうな女の子達を助ける為、自分の回復手段を浪費するしかない」


 否、乱心ではないと『惨劇グランギニョル』は知っている。ルルヤが与えた手傷は極浅く、出血は既に無い。斬殺したのではない。鍵は己の血を塗した剣。【真竜シュムシュの血潮】は己の血を霊薬へと替える魔法。通常自己回復に用いるそれを、魔法少女への洗脳操作を解く為の呪詛解除薬にした上で傷薬の効果を混ぜこんで切り込み、注入と同時に傷を塞いだのだ。欲能チートによる洗脳であれ、竜術による霊薬ならば治癒できよう。だがそれは、その分の失血によるルルヤの消耗と自己回復手段損耗を意味し、そしてこの状況で一人一人に投入できる霊薬の量では操られる事を阻止出来ても自分で動けるようになる迄の回復は出来ず、倒れたままとなる、と言う訳だ。


「どいつもこいつも似たような、死を振り撒こうとする事しかできない、馬鹿の一つ覚えでワンパターンな屑共め! 人質作戦ばかりではつまらんぞ!」


 ほくそ笑む『惨劇グランギニョル』に怒号するルルヤ。『惨劇グランギニョル』は挑発的に笑み続け言う。


「これは人質作戦ではありませんよ。『軍勢ミリタリー』と『色欲アスモデウス』の失敗は知っています。もしそうであれば一人の魔法少女に百匹の機怪戎テラスメカニを、いいえ、全校生徒に一度に機怪戎テラスメカニを差し向けたでしょう? あなたが今彼女等を助けられているのは、私の手加減のお陰で、そして私の計算通り。それでも見捨てるわけにはいかないのでしょう? 見捨てさせません、助けさせてあげますよ! さあ助け続けなさい、躍り続けなさい、私の掌の上で、血反吐の最後の一滴を吐き尽くすまで!」


 ウェー、ヒッヒッヒッ!! と、甲高く嗄れた声で『惨劇グランギニョル』は笑う。校舎の窓ガラスの奥に小さく、絶望的な表情のミシーヤと、苦渋のリアラがルルヤに見えた。


 ……二人の表情を、操られる魔法少女達の悲痛な呻きを、転生者と其れに与する者達の醜悪な嘲笑を噛み締め、ルルヤは尚も奮闘する。『固有魔法・譚凍直入ストーリーストップ』で十秒間自分以外の時間を停止させる効果を発動させる魔法少女。だが、ルルヤにはその手の干渉が通じない。止まった周囲の機怪戎テラスメカニを掻い潜って短刀を突き刺そうとする魔法少女を、結果的に自分まで時間を停止させたかのようになりながらルルヤが最小限度の動きで迎撃。無力化した彼女が倒れる直前、その背の向こうに掌を伸ばす。


 ズン、と、掌を貫通する傷。時間停止の固有魔法が通じないことは『必勝クリティカル』を倒した時点で敵も把握していた。故に、彼女は囮。本命は時間停止解除直後の隙を狙う、イッカクの歯角とダツの顎を持ち回転飛翔する異常痩身人『弩輪弾ドゥリンダナ』。超音速故に後から衝撃波が更に炸裂。混珠こんじゅの強力な攻撃魔法を受けても軽傷かつ即回復のルルヤの掌を撃ち抜くとは凄まじい威力だが、原作テマエマでは超音速に加えルルヤ相手には無効化されたとはいえ〈六重迄の防御なら確実に貫通する〉異能を持ち、鎧を纏った魔法少女が仲間を庇おうとしたのに対し防御魔法と盾越しに胴体を貫通し殺し庇おうとした仲間まで貫通殺した事を考えると、掌で止めたルルヤの【鱗棘】の硬度を誉めるべきか。


 速度を【角鬣】ちょうかんかく【宝玉】しこうかそくとリアラの知恵と己の戦勘で見切りそこで止めると同時に傷ついた掌から【息吹】を発射、粉砕。【血潮】で聖痕じみた掌の穴を塞ぎながら、開口部の無い粘膜製全身タイツに覆われた様な姿の『水妖淫婦ニュンペー』、只の肉塊と見せかけその中に女の子を取り込んでいる為対処を謝れば大変な事になるそれを肉盾に更に二人が突っ込んでくる。片方は操られている過去に見知った不良少年、もう片方は与えられた持ち場にまでルルヤが接近してきたので応戦する転生者に与し自分の意思で動く魔法少女。その鼻持ちならない媚振りと転生者の威を借りての先輩風と女王蜂クイーンビー気取りを知っている。


 『水妖淫婦ニュンペー』の表面粘膜だけを切り裂き脱がした直後中に入っていた操られる魔法少女を無力化し、『水妖淫婦ニュンペー』が麻痺させた魔法少女に害を為すのを防ぐ為にとった動きの隙を突く不良少年の棘付手甲をかわし、振り下ろされる魔法少女の槍を腕を回して絡め取り、膂力で逆に槍を跳ね上げて上に投げ飛ばし、一閃。操られていた不良少年を麻痺させ、自分から転生者に尻尾を降った魔法少女は雑にぶっ飛ばすが。


「あら、恐ろしい子。そんな容赦無い子には、容赦無いお仕置き♪」「く、ぐっ!」


 負傷と、疲労と、転生者に与する混珠こんじゅ人の存在に対する僅かな葛藤の隙を、敵は容赦なく突いてくる。『惨劇グランギニョル』の指がキーボードを叩くように閃くと同時、虚空から新たな機怪戎テラスメカニが出現。『三首地獄ケルベロス』と同型の胴体から、三つの犬人首の代わりに巨大化した蟷螂の上半身と蜘蛛の頭と蠍の鋏が、寄生虫の尾の代わりに蜘蛛の糸腺を備えた蠍の尾が生えた機怪戎テラスメカニ融合奇獣キマイラ』が、合成金剛石工業ダイヤモンドを塗した鋼線ワイヤーの様な糸をルルヤの首に吹き付け、絞殺どころか糸鋸のようにそれを使っての斬首を狙う。


 更に同時に迫り来る敵数、三! 突撃させられる操られた魔法少女更に一人! その背後に控え、顔面から精神破壊超能力衝撃波を放とうとする、これも『三首地獄ケルベロス』と共通の胴体に肩甲骨を肥大化させ体を突き破らせた羽と無貌に無数の落書きじみただがそれが却って気色悪い目を描かれたファラオの頭部を持つ『智殺狂獅スフィンクス』! そして、此処まで痛め付ければ最早倒せる、手柄は頂いたと突貫する、非常にごてごてとした装備に身を包んだ空ろな目をして壊れた笑みを浮かべた少女、『課金ガチャ欲能チート』!


「あっひゃあああああああ! もっと、もっと手に入れる、もっと回すのぉお!」


 金を積む事で何度でも強力な装備や能力を取得できる欲能チート。『経済キャピタル』の下でその依頼を遂行する事でその欲能チートをフル活用出来る資金を手にいれ、それによって得た力で金を得て更に力を得る事に脳髄も魂も焼かれて酔い狂ったそいつは、猛然と己の得た装備能力中最も稀少な力を発動させた。


 それは先程打ち消された魔法少女の時間停止魔法と似て非なる『加速能力アクセル』。己のみに作用強化する力の為打ち消される事は無い。ゲーム的に空気抵抗等を無視して極超音速の素早さを獲得しルルヤを同じく課金で獲得した魔剣で斬首、せんとした瞬間、『課金ガチャ』が見たのは、地面であった。ルルヤの【息吹】を敷き詰められ、黒く波打つ地面。そして次の瞬間、【爪牙】を付与されたルルヤの爪先が蹴り上がり、


「あ?」BAGATH!!


 『課金ガチャ』の首は蹴り千切られ地面をころころと転がった。地を覆う黒い【息吹】が消えると同時に蹴り上げた脚を振り下ろした反動を乗せルルヤが投擲した剣が、魔法少女を掠めて『智殺狂獅スフィンクス』の顔面をぶち抜き巻き添え攻撃を阻止する光景が視界の端によぎる中、『課金ガチャ』は己の加速接近を事前に察したルルヤが自分の零距離以外の周囲の地面に【息吹】を付与し、地面に釘付けにし転倒させる戦術で加速を破り地面に高速で叩きつけられる自分の首を蹴り折ったのだと、理解する暇もなく絶命した。


「『課金ガチャ』の馬鹿、先走りやがって! けど、こんだけ追い詰めて、まだ……!」

「来るぞ来るぞ来るぞおい!?」「糞がShit!」『惨劇グランギニョル』卿、早く次の召喚を!」


 欲能行使者チーターを、加速と言う強力な攻撃を一蹴し後衛へ確実に間合いを詰めていくルルヤに、『不死イモータル』が驚嘆し、『仮想MMO』が狼狽し、『序列ジョック』が唸り、『弾劾』ウィッチハントが再び棍棒を飛ばす。


「ぜ、ひゅ。待、たせたな……!!」「KIIIAAAAAAAA!! !」


 縊り殺されぬ為に先程穴を塞いだ掌を再びボロボロにしながらこれ以上締まらぬよう鑢の糸を掴み続け、それでも尚首回りから血を滲ませながら、凄絶な表情でルルヤは『融合奇獣キマイラ』に向き直った。


 首を縊り斬られそうになりながら尚背を向けてまで他の敵を倒し他者を助ける事を許す、殺戮機構として生まれた存在としてこれ以上無い屈辱に『融合奇獣キマイラ』は咆哮すると、馬車どころか戦車タンクすら両断する蟷螂の鎌と、蟷螂の上半身が生える下にある蜘蛛の頭部の左右から延びる蠍の鋏を猛然と振り回して突進した。


「轢かせるものか! 第一、貴様等相手に! 卑劣に立ち回るしか能の無い怪物の恥曝し共等相手に、私が! 臆するとでも思ったかぁああっ!」


 更に自然の蜘蛛には不可能な出した糸の巻き取りでルルヤの首を今度こそ引き千切ろうとする『融合奇獣キマイラ』に対し、握った掌に【息吹】を発生させ糸を逆に千切りルルヤは対峙した。大鎌付戦車チャリオットの様に突進し地面に倒れるこれまでに無力化した魔法少女達を轢殺する軌道を取る事でルルヤに激突を受ける事を強いようとするキマイラに対し、竜術としての【咆哮】を用いてはいないが、紛れもなくルルヤは吠え猛った。


 その表情は、女の顔、女の肌、女の表情筋、女の骨格でありながら、間違いなく竜の顔であった。飛来直前であった『弾劾』ウィッチハントの棍棒が消失した。批難の意思を形作る事を強要された筈の生徒達が、その表情を見た為だ。その瞬間、『弾劾』ウィッチハントの脅迫の棍棒が周囲を旋回する事への恐怖よりも、その凄まじさの圧倒が上回ったのだ。直後、ルルヤは両手に【骨幹】で剣を形成。【息吹】を乗せ交差するように斬り上げて。四本の鎌と鋏、糸腺と毒針を備えた尾の先端、牙剥く二つの頭がバラバラに舞い上がる中、『融合奇獣キマイラ』は仰向けに覆り、どうと音立てて倒れ絶命!


「…………」「おかわり、どうぞ」


 残骸が降る中、血に塗れながら、鋭い眼光でルルヤは敵を睨み上げた。十弄卿テンアドミニスターは笑みを崩さず、更に怪物を差し向けた。血を流し尽くす迄戦いは終わらせぬと。

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