・第十話「侵略の地球(後編)」
・第十話「侵略の地球(後編)」
そして二人の学校生活が始まった。その目的は無論教育を受ける事ではない。
(今回の状況は、『
(出来るだけ急いで、学校や会社に居る人達を脱出させるか最低限守りながら戦えるようにする為の手を打つ。そしてその為に、平行して情報収集を進める)
ルルヤとリアラ、それぞれ、作戦目的を胸に思う。これまでの、それこそリアラがハウラとソティアと共に居た時も含む旅の間に集めたこの地に関する風聞等の情報、そして此迄戦った
(しかし……何なのだ、この授業は……)(本当、何なんだよこの授業!?)
そもそも一時間目の授業から、まさに事前説明を体現するようなあまりにもあまりな内容であり、ルルヤはいぶかしみながら嫌悪し、リアラはその狂気に内心頭を抱える程呆れた。
見よ、今行われている授業科目〈研修〉を! そもそもそれは教科かという異論の余地を傲然と無視して行われる行為を!
「どんな事でも全員に聞こえる大声で話して下さい。そうでない時は何度でも言い直しです」
「会社に対し感謝の言葉を千回叫んで下さい」
「貴方が何か学校か会社の為に有用な要素を持っているか言って下さい。それが本当に値打ちのある事か評価しこの場で伝えます。否定された場合自己評価がどう間違っていたか、自分が何故価値の無い人間なのかを承認されるまで述べ続けなさい」
「貴方が今迄で一番屈辱的だと思ったことを言って下さい。その後学校生活や会社生活で同様の屈辱にあった場合どうするのが正しいとされ生存を許されるのかを考え答えてください」
「貴方が学級や学校や会社に対しどの程度忠誠心を抱けるか、それが貴方の信念や信仰や肉親や友人と比較してどの程度の物か、それをどう答えるのかが正しいとされ生存を許されるのかを考え答えて下さい」
「貴方が今この教室で可能な一番されたくないことを挙げて下さい。それを行いますので我慢して下さい」
「貴方が会社以外で一番大事だと思うものを挙げた上で、それを可能な限り冒涜的に口汚く否定して下さい。尚これらの問題は、どの程度自分を偽ったかの此方での推察も評価に加減算されますので、その上で回答して下さい」
研修とは名ばかり。そこで行われているのは、只管な精神的支柱破壊、思考空白化、尊厳蹂躙、自己否定、自我滅却。そしてその回答者選択は露骨に特定の生徒が贔屓され、特定の、学校体制側に組する者や有能とされた者やあまつさえ学生社会をピラミッド型に維持する事で掌握する為として虐めの実行者まで含まれる学校側から必要とされる人間には難易度・頻度に優遇が与えられている。
そして更に見よ、壁に掲げられた本日の時間割を! この後も、国語ならぬ〈文章〉即ち会社で実際に用いる文章形式を只管満たし埋めるだけの実地作業、体育ならぬ〈体力〉即ち水泳等の出来る事を増やす行為でも球技等のスポーツでもなく只管長時間労働に耐える体力と精神力というよりは精神的鈍麻性を養う為の苦行、数学ならぬ〈計算〉即ち数学理論ではなくとにかく会社の業務で使う計算式をこうすればこうなると過程を飛ばして詰め込み覚えさせる暗記、道徳ならぬ〈忠誠〉即ち只管会社への盲従を解きそれが幸せなのだと言い続ける暗示、名ばかりの〈技術〉即ち会社で生産する商品についてやはり原理と過程を省略しこうすればこうなるという事の丸暗記と実験という名の薬品調合や組み立てや農作業等の実質的労働、〈経済〉と言えば聞こえは良いが実際に行われるのは如何に会社というものが優れたシステムであり経済活動が人間の人生を左右し支配する存在であり即ち神等よりも遥かに絶対的な運命であるが故に利益を求める事が人道や個人の生命や正義や愛に優先するというプロパガンダとどうすればより多くの財貨と労働力をかき集める事ができるかという地球でも
実学のみを教えると言ったが、これが実学か? というか学か? 学ですらない、唯の洗脳、唯の人間の作業機械化ではないか!
そして気力を削ぐのは授業だけではない。そもそも朝会の時点から、憂慮の種は蒔かれていた。それについて、ルルヤは【宝玉】文通でリアラに問う。
(それはそうと、リアラ、あの子は一体……?)
(……ハウラさんの妹、ミシーヤさん。以前に会い、親交を。……彼女から僕の正体が漏れる可能性が。でも、それ以上に。僕はあの人に……何と詫びれば……)
己の苦痛煩悶懊悩心傷ならば、苦しんでも、幾らでも堪え乗り越えよう。そう誓うリアラだが、他者の苦しみは、どうしようもなく悲しかった。この変わり果てた土地が、晒された自殺者が、拷問獄舎の如き学校が、見聞きする全てが悲しかった。
そしてそれは、昼食の休み時間において、即座に第二の罠となってリアラに噛みついた。そう。休み時間は辛うじて存在するのだ。だがそれも、巧妙な洗脳・調教の手段なのだ。休み時間において本当に休む者は、教師から陰湿な冷遇や責めを受ける。生存と次の授業の為の最小限の準備の他は全て予習復習に自主的に注ぎ込む事を暗黙の内に求め、自分から自由と権利を手放し奴隷になることを強いる。それがこの学校の休み時間だったのだが。
そのリスクを覚悟の上で、リアラとルルヤは貴重な行動可能時間として情報収集や準備の活動を進めようとしていたが、同じように覚悟の上でミシーヤはリアラを呼び止め呼び出した。校舎屋上。休み時間とてそんな様子だから、人影は絶無。リアラは【宝玉】文通で、ルルヤに(これは僕の責任、僕の咎、調査を続けて下さい。僕が何をされても)と言い置いて、そこに立った。
正面から対峙する。ミシーヤの顔は、無数の感情でぐちゃぐちゃになっていた。嬉しさで泣きそうで、悲しさで泣きそうで、不安で苦しくて、怒りで焦げそうで、自己嫌悪で吐きそうで、それでもそれら全てを押さえ切れなくて、そんな押さえ切れないような思いを、授業と時間割で押さえ込まされたのは、押さえ込まされてしまうほどに心を支配されてしまったのは、どれほど辛いことだったのだろう。どれほどの非人道が、彼女をそんな人間の家畜に貶めてしまったのだろう。ルルヤは、悲しくて、悲しくて、泣きそうだった。己の無力と敵の邪悪に。
「リアラ、よね」
「……はい」
だから、正直に、真正面から、己の感情も包み隠さず、真っ直ぐに答える。そう、誓った。
「〈ルトア王国を通って帰ります、何が起きたのかを確かめるために。苦しい事に苛まれているのなら、助けに行く為に。〉って手紙を最後に、皆からの便りが途絶えて。ルトア王国が滅んだって噂だけ伝わってきて」
「……御免、なさい」
「……お姉ちゃんは、どうなったの。生きてるのよね? リアラが、生きているんだもの。生きてるのよね? 皆、生きてて、アタシ達を助けに来てくれた、ん、だよね?」
涙を浮かべ、震え声で、ミシーヤは縋るように問うた。
「御免、なさいっ……!」
「嘘……嘘、よね……嘘だって言ってよ、リアラ……!?」
リアラは答える。せめて真実をと。ミシーヤは首を振った。嫌な予感を振り払いたくて、だが振り払えなくて。直後、ミシーヤにとって、嫌な予感は現実になる。
「僕は……ソティアさんもハウラさんも守れませんでした」
リアラの頬が鳴った。膂力に長けた
「馬鹿ぁっ! 役立たず、嘘吐き、裏切り者ぉっ! あんなに、お姉ちゃん達の事好きっだって、感謝してるって、力になりたいって、守りたいって言ってたのにぃっ! なんでアンタだけ生き延びてんのよ! まさかお姉ちゃんを見捨てたんじゃ……!!」
泣きべそをかきながら、こんな事を言ってしまう己の浅ましさに心を切り刻まれながら、それでも、肉親を失った者としてミシーヤは叫ばずには居られなかった。
「それでも、ミシーヤさん、貴方の事は、助けなきゃって……!」
「煩い、こんな事聞いて、そんなの今更信じられるか馬鹿ぁああっ!!」
心の傷を抉り返し、断腸の思いでそれでも君を助けたいんだ、助けに来たんだ、助けさせてください、と叫びかけたリアラだが。全てを語る前に、その頬を抉るミシーヤの激情の拳。堪えきれず倒れ伏したリアラに、ミシーヤは涙を零しながら叫んだ。
「待ってたのに! ずっと待ってたのに! 『魔法少女』なんかに身を落として、バケモノに貪り食われる仲間を見ながら〈武活動〉を生き延びて、アタシ達の御山を壊して穢した奴等に媚を売って生き延びてきたのも、お姉ちゃん達が帰ってくるかもって思ってたからなのにぃっ! 馬鹿ぁっ! 馬鹿ぁっ! 馬鹿ぁああああああっ!! !」
「……ごめん、なさいっ……!」
ミシーヤの肘から先が、セーラー服から変化していた。緑色の、フリルとリボンで飾られた装束。『魔法少女』。〈武活動〉。それに由来する何かだろうか。先ほどより力を増した拳に、リアラは打ち倒され、屋上のコンクリート床に叩きつけられ、苦痛と涙を散らした。
「っ……!?」
その、己の感情の爆発が齎した暴力に、ミシーヤは怯んだ。
「っ、違う、アタシ、ごめ、何で、アンタが生きてた事自体は、喜んであげなきゃいけないのに……何でアタシ、こんな、心までこの学校みたいに醜くなって……」
己の零落ぶりを、改めて突き詰められて。
「……それでも。それでも、お願い、します。今度こそ、守らせて、下さい……」
「……っ!!」
そして、倒れたままリアラはそう呟いて。その言葉から逃げるようにミシーヤは身を翻して走り去った。取り残されたリアラは、仰向けに倒れたまま、涙を零しながらも、けれど、少女の容姿にかつて少年であったことを思わせる涼やかで硬質な決意を秘めた表情で、空を見上げ。
(……有難う御座います。二人きりにしてくれて)
(…………仕方が、無いだろう。リアラに、そう頼まれたの、だからな)
【宝玉】文通で、この事を知りながら、加わることを堪えていたルルヤにそう言い、ルルヤは、酷く苦しげにそう答えた。自分が居ればリアラが殴られる事等許さなかっただろうから、その前に逆にミシーヤを殴ってしまっていたかもしれないから。
(……それに、此方も。似たような状況だったからな)
ルルヤは苦笑する。きっと今、の自分を見たら、リアラも黙ってはいられない。それは、潜入活動には、良くない。
「あ、あの、アリガト、ゴメンナサイ。貴方のゴハン、それに、い、痛くナイ?」
「見てて苛々しただけよ、平気。あいつらのする事なんか、何でもないわ」
〈技術〉の授業で、時間内に授業という名目の工業製品の製作仕事を終えることが出来ず、居残りを強いられ、挙句それを他の生徒に馬鹿にされて「練習させてやるぜ」と、既に仕上げた製品を壊されて作り直しを強いられそうになっていた獣人の子。当たり前だ、獣人は本来そうした仕事に向いた種族ではなく、まして個々に人と獣の割合が異なる以上手先の不器用な者は本当に不器用なのだから。
逆に力仕事においては肉体的に華奢な者が多い
「ひっ、ご、ゴメン……」
「!? ……あんたを脅かしたわけじゃないわ、悪かった、わね」
ルルヤは、憤怒していた。伸び伸びと野山を駆け回って生きていたであろう獣人を、此処までオドオドした様に貶めるこの学園に。主導する者は少数で大半は被害を恐れそれに従うだけで主導者に少数の転生者が入り交じっていようとも、虐める側とて
(ルルヤ、さん。……負けないで。僕も、きっと力になります)
(……大丈夫だ。目は後で【血潮】を活性化させ回復する。情報収集を続けるぞ)
察したリアラの、この学校に、そして自分に負けないで、 という言葉に、ルルヤは頷いて答え……そして、時間は過ぎていき、その中で二人は動いていき……。
「……(やっ、と、終わっ……)」どだんっ。
授業と〈武活動〉に関する研修説明会、任意参加となっているが事実上強制の残業めいた追加授業〈学習熟成特別追加教室〉〔略して熟〕、そして洗礼と言わんばかりの生徒達による虐め、
「大丈夫ですか!?」
自室についた直後、【陽】の【吐息】の応用で姿を消して抜け出し、ルルヤの部屋に訪れ姿を現したリアラが、驚愕して助け起こしベッドに運んだ。
「……辛かった……疲れているのに、辛くて……倒れたのに、心が休めない……」
そして、嘆息し呻くルルヤに、ナアロ王国の民は皆貴族のように富裕だという噂と地獄の苦しみだという噂が両方存在する理由を昼の生活と並んで理解させてくれる無駄に立派な部屋と新式の家具と潤沢な消耗品のなかから、念の為危険な薬物や魔法の類が付与されていないか調べた上でリアラは素早く心の休まる暖かい飲料を作り、ルルヤに与えた。
「(あのルルヤさんが、こんなに弱るなんて……)待って下さい、すぐ良い物が……はいっ、飲んで下さいっ」
まるで無理矢理本来の生息環境から引き剥がされ弱り絶え逝く野性動物のようだ、とリアラは思った。そしてそれはこの学園に苦しめられる皆がそうなのだ。
「……あり、がとう」
のろのろとベッドから何とか身を起こしたルルヤは、やつれた感謝の笑みでそれを受け取り唇を湿し、何とか人心地を取り戻した、という風に息をついた。
「……戦傷なら死ぬまで耐えられるが、戦わず耐える事が戦う事よりこんなに辛いとは。心と魂の尊厳を穢された気分だ。こんな事を、
剣と魔法を以て正義を成す者達の住まう世界の住人らしい嘆息の後、もう一口茶を口に含み、茶の香りも煮果の風味も損なわぬリアラの手腕と美味に目を細めたルルヤは、その後、微かな驚嘆に目を見開き、リアラを見た。
「リアラ。お前……大丈夫、なのか?」
昼休み、それとはまた
「前の人生、地球にいた頃、経験ありますから。上手く立ち回れる程慣れませんでしたが、耐えるくらいはまあ、死ぬまでなら。止めさせる事も他の人を助ける事もできなかったし、誉められるような耐え方じゃなし、情けない話ですけど」
眼差しに感嘆の色を浮かべるルルヤに、リアラは自嘲の苦笑を浮かべ頭を振り。
「いいや。初めて会った時に言った通りだ、お前は私より強い。私より
自嘲は罷り成らぬ、私がこうして感謝しているのだ、と、その顔を正面から見据えて、ルルヤは言った。紅の瞳が取り戻した輝きを伝え、金の瞳が少し涙で潤んだ。
「そんなっ、事……ごめんなさい。その、自分を肯定するって事、慣れてなくて……ううん、ソティアさんやハウラさんに教えて貰ったのに、二人が死んじゃって、また出来なくなってて……でも、大丈夫です、ルルヤさんが、また、できるようにしてくれましたから……有難う御座います、そして、どういたしまして」
少し目元を擦り湿り乱れた口調でリアラは呟き、顔を上げ、感謝と共に、茶への礼を受け取った。暖かい茶を飲んだルルヤと同じくらい、リアラの胸も暖かくなって。
「しかし、〈
「ぶふっ!!? そ、そんな訳ねぇですよ!?」
だからまあ、ルルヤが真顔で言った勘違いに自分の分も淹れた茶を吹き出しながら、ちょっと変な口調になって赤面しながら突っ込みを入れるだけの元気が出た。
「
「……〈
「……言ってて段々そんな気がしてこないでもなかったですけど……さ、流石に僕の短い人生で見聞した範囲ですから……前世では僕かなり悲観的でしたし……」
聞いてて段々呆れ顔になるルルヤと、言ってて段々頭を抱えていくリアラ。
「これまでも
「いいのか、リアラ。その……あまり、思い出したくない記憶なんじゃないのか」
「大丈夫ですよ。……超えなきゃいけない事ですし、少し作戦以外の話をしたい気分なんです」
顔を見合わせ苦笑し、リアラが話題を転換した。学校で奪われた会話に餓えたように。大丈夫かと問うルルヤに対し、静かな表情で頷いて。故、ルルヤも会話への飢えは同じ、同意する。学校では授業と虐めへの忍耐と必要な情報交換と人目を盗んでの調査・準備ばかりだったから。
そして、リアラは語った。転生前の、最終的には虐めとリンチで死に至る己の人生、故、最初は此処までのルルヤの地球へのイメージを肯定するような事から。社会的体面の維持への神経質さと地位と能力の優劣が全てで息子の事も常にその基準からのみ判断した容姿まで四角四面な父の勢士郎と、臆病で打算的で享楽的な何事も己の優先順位と利益不利益で割りきる見た目は美しいがどこか游惰な印象の母、明子の相互利用の冷めた夫婦について……
「父は出世コースに乗った役人でそこそこ裕福だったと思います。だから贅沢を言ったら
……例えばその一部が上記のような内容であったが、それ以外の事もあったと話題を広げる。それでも慣れた様子で、少しは感謝する事もあったと言い。そして楽しい事もあったんですよ、と、微笑む。妹の
「僕の妹、
そう、僕たちは人間として生きられた。苦労して学習用に宛がわれた
「ええ、親に余り愛されなかったし、虐められもしたけど、友達も少しは居たんですよ? 趣味の仲間達からは心を保ち世界を耐える方法を教わりましたし、同じ学校の
今時の女子中学生らしからぬ、質朴で真面目で、図書室と弓道を愛する少女。思えば今の自分の三つ編みの髪型も、あの人を模したものだと、リアラは回想した。
妹と仲が良かったせいか、同世代の男子と違い「恋しく想う人ができたから恋愛するんであって、恋人がいないと恥ずかしいからとか、え、えっと、Hな事がしたいから付き合うとか、そういうのってちょっと違うんじゃないかな」と言う程恋愛や性的な事にがっつく感覚が全然無かったせいか、女子と交流する事が多く。
物語を心の支えとして生きた故か、生来の気質故か、あるいは皮肉にも規範の内容は異なれど規範に対し四角四面な所は少し父に似たのか。戦いの世界に生きる物語の主人公と違い平和な現実においてはむしろ暴力は悪なのだから心を正しくあらせようと、思うようになっていた。
普通は幾ら物語の主人公を好いても、疚しい自分では複雑な思いを抱いて物語に芯から感情移入できないというだけで、間違っている事は間違っていると言い、困っている人は不利益を被っても助け、虐げられている人がいれば庇う、そんな当然だが難しい善行を己に課すというのは一風変わった己だけの気性なのは、リアラ自身も知っている。自分の気質と、妹に対する兄の自負と、一番愛読していた漫画〈幻と時の天地〉、荒れ果てた大地に墜落した天真爛漫で内面は繊細だが正義感と活力がある天使と、死神の渾名で恐れられた暴力的で凶暴だが偽悪者で内心は優しい悪魔が世の悪徳に負けず抗うその物語に本気で格好良いと憧れたのと、その他の要素の複雑な混合で生まれた、当たり前の世の腐敗や悪を悲しむ繊細すぎる己の感性。
(繊細すぎて、登場人物に不幸や死を与えるのが苦手で、物語も書けやしない)
そんな弊害もあったがその結果、女子で正義の人で読書好きの
……その彼女の縁となった要素が、地顔が母親似でどこか女性的だったのもあって、そんな気もなければそんな事思った事も無かったのに「なよなよしたオカマの癖にイケメン面して女と付き合ってる奴」と言われ、媚びる為や学校の評価の為では全然無いのに「空気読まない良い子ぶりっこの先公の犬」呼ばわりされて、虐められる理由に悪用されたのだが。
「男の癖に女顔で、男子より女子と仲良しで、内気な癖に空気読まずに潔癖に正しさを優先するって、そりゃ集団から浮くとは思いますけど。だからと言って虐めて殺すまでされるのが正しい筈無いんですけどね。……銀行強盗だの車泥棒だのする最新ゲームの購入を自慢する
何れにせよと、過去の未熟を回想し苦笑と共にリアラは話題を結びにいく。
「ま、そんな感じで微妙な前世でしたけど、こういう状況には慣れてますし……それに、前世の知識のお陰で、調べた情報の意味に気づけた箇所がありますから、今、任せてください、力になりますよ、って言えるだけ、悪くはなかった、って事で」
そう語ると、顔を包み込み触れる柔らかい感触に、目を閉じ頬を擦り付け。
「だから、大丈夫です、ルルヤさん。……今朝も、こうしてくれましたよね。初めてあったときも、僕の話を聞いてくれて、連れていってくれた。ルルヤさんの優しさ、大好きです」
自分の過去に同情し、話の途中から抱き締めてくれていたルルヤの背中に手を回し、抱き締め返しながら、静かで、穏やかで、暖かい口調でリアラは囁いた。
「……私は、故郷に居た頃、女らしくないとよく言われたのだけどな。お前といるとどうにも母性が疼いて仕方がない。悲しい話を、そんな平然と言うものではないぞ。慣れている事自体が、益々可哀想だ。……ところで、気付いた事、というのは?」
「はい。〈武活動〉で駆除の対象にしている『新種魔物』と〈武活動〉で貸与されるワター商会製と称する魔法装備、女性用の
謙遜癖のあるリアラの挙げた多くの情報に、感嘆するルルヤ。しかしそこでリアラは少し言葉を止め、茶目っ気を効かせたおねだりの表情をルルヤに向けた。
「多分、記憶した映像とかを使ったほうが説明しやすいです。【宝玉】に取り纏めて掲示しますから、その間、ルルヤさんの昔についても、また少し教えてくれませんか? ……この後抜け出してまた調査に行きますから、その為の心の休憩に」
まだ働くと頑張るリアラの他愛もない提案に、お安い御用とルルヤは微笑んだ。
「とはいえ旅の間かいつまんで話したように、他愛ない平凡な田舎暮らしだぞ。……尤も、ああ、そんな平穏がどれ程愛おしいものだったか。前にリアラが口ずさんだ地球の歌の一節にもあったな。当たり前の大切は失って初めて気づく、と」
ルルヤは正に、歌うように日々を語った。緑豊かな山奥を、慎ましいが清潔な村里を、
庭の果樹の熟した実を振る舞うのを楽しむヤムヤおばばを、鍛冶にも大工にも長けて玩具を作ってくれたクロッカおじさんを、一緒に川で泳ぎ木々を跳び渡りじゃれあったキキラとガルロとシャミャーを。星の下の祀りを、雪の下の奉りを。自分と友達たちを一緒に纏めて抱き締める物静かな分その水のように滑らかな体と容姿の表情で愛を示す母キュレアと、
それら全てを自分がどれ程愛していたかを、ルルヤは語った。過ぎ去りし暖かな日々。世界の不条理を殴り正す力である大半の竜術や武練など必要なく、信心と祭祀があり諍いのない代わりに悪意への備えもなかったが故に失われた、失えば、怒り狂わずにはいられない程の、幸せに輝く昨日。
ルルヤは語り、内心噛み締める。輝く日々を知る者として、それを得られぬ者が居る事への義憤で、皆を助けリアラを守らねばならないと。リアラは聞き、思いを抱きしめる。己の過去の内の幸せな断片と、己を支えてくれる物語達と、
(伝聞と断片でも、美しい
ルルヤに情報を渡し偵察へ出る直前、取り纏めた情報を見て嘗胆の思いをリアラは抱いた。それは社員と主張する社畜の生産に特化したこの
……だが、そんな二人の正体を知り、待ち受ける
絶体絶命の窮地が、迫る。
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