・第八話「乙女曰く。戦記モノなんてしてんじゃねえ!(後編)」

・第八話「乙女曰く。戦記モノなんてしてんじゃねえ Close the GATE of war!(後編)」



 その少し前。するすると、リアラは見咎められる事無く兵士達を掻い潜り敵陣深く潜入していた。『軍勢ミリタリー』が頼りとする人質を乗せたトラックを目指して、魔法の様に誰にも気づかれずに。魔法の様に? そう、正に魔法によって、である。白兵戦に特化したルルヤの【月】の【息吹】とは逆にリアラの【陽】ひかりは白兵戦の威力を向上させる適性は現状においていまいちだが、ルルヤの【月】が重力の向きをねじ曲げるのと同様に、【陽】はレーザーブレスを放つだけでなく光を歪める事が出来る。見えるという事は光の作用。それを歪めるという事は即ち、光学迷彩が可能という事。それと《作音》の白魔術の音を作る力の応用として音を消す事も出来る効果を併用すれば、かつてのパーティでは護身術を仕込まれはしたが争いに向いていないとして並程度のシーフの立ち位置にいたリアラの隠行が、消音を加えたうえ魔法故の融通で自分の知覚を阻害する事も無い等科学による光学迷彩に勝る完全隠密に近い絶技に至る。


((光は屈折以外では常に真っ直ぐ絶対的に速く進むという常識を捨てる事だ。そうすれば、この力をより自在に操れるようになる))

((それなら、大丈夫です。常識を捨てるのは得意ですから……ほら、出来ました! 【陽】の応用って、例えばこんな風ですよね!?))

((驚いた。予想外の使い方だ、見事。しかし常識を捨てるのが得意、とは?))


 ルルヤは【息吹】の応用の仕方の基本を伝授され、そこからこの使い方を思いついてそして応用をやってのけた時のやりとりを思い出した。必要だったからだ。今、眼前にはいよいよ、助けるべき人々とそれを捕らえている敵達がいる。ルルヤの「常識を捨てる事が得意とは?」という問いへの答えは、小さな誇りであり、それをもって己を鼓舞する為に。


 その誇りを以て、リアラはこの先を駆け抜けていく。その詳細は、また先の物語。ここより先において示される事になるだろう。


 ともあれ今のリアラは歩哨を掻い潜り一気に間合いを詰める。戦闘が出来る程の力は無いが知識を共有し簡単な仕事をこなせる任意の姿の小さな遠隔操作魔法生物を作り出す《使魔つかいま》の白魔術によって事前偵察は済んでいた。会得していたがかつてはそこまで強力な魔法を行使できない為あまり有効活用できてなかった、一度の発動や一定期間の間の制限付きで物体に魔法の効果を与える白魔術《付与》で【息吹】と《作音》により消音光学迷彩し知覚共有により【眼光】【角髭】による鋭敏な五感を与えられた《使魔つかいま》は極めて優秀な偵察手段であり、リアラ自身の潜入手段も併せ、戦場で飛び道具としての魔法を兵器で打ち破るのみでしか知らず地球の軍事的常識に囚われていた『軍勢ミリタリー』の想像を越えていた。それは経験を重んじる軍人気質だけでなく、『軍勢ミリタリー』がリアラと違い地球において魔法が登場する物語を子供騙しと嘲り顧みなかった事によって齎された結果、〈常識を捨てる事の得意さ〉の違いによる結果であった。


「……落ち着いて、助けに来ました。この馬無荷馬車トラックごと逃がします」


 行動、開始。リアラは姿を隠したまま静かに幌で覆われた軍用トラック荷台を覗き込み、一時的に消音を切って荷台内に繋がれ囚われていた人質に小声で囁いて。


「そのまま、荷台に伏せていて!」


 《使魔つかいま》越しにも見た繋がれ奴隷とされた女達の有様への怒りで気力を燃やしながら身を翻し、そう叫びながら窓ガラスを砕き車を出そうとしていた運転手を強襲し放り出す! 応用力はあれど習熟する程に力を増す竜術による身体強化度はルルヤに遥かに劣るリアラだがこの程度は可能。同時に《使魔つかいま》にトラックを人間爆弾にする為でなく逃がす為に動かせと命じ、己に施していた消音と光学迷彩をトラックに譲渡!


「うおっ!? と、トラックが消えた!?」「長虫バグか!? こっちにもだと!?」


 キイタ〔混珠こんじゅの生物。金褐色に黒い隈と縞のついた毛皮のずんぐりした体と太く長い尻尾、尖った耳を持つ〕の姿をした《使魔つかいま》が長い尻尾で強引にアクセルを押しハンドルの下端に食らいつき、走り出すトラックが消音透明化し姿を消すと同時にリアラが姿を表し飛び降りる!


  ぶっ飛ぶ運転手、そして突然姿を現した、ルルヤの装備する故郷伝来の真竜シュムシュの鱗や革で作られた金色のそれビキニアーマーと違い【真竜シュムシュの骨幹】で作った黒鉄をベースとした肌色を強調するリアラのビキニアーマー姿。衝撃と驚愕で自分に意識を集中させ、消えたトラックを探し追う余裕と流れ弾が其方に往く余地を相手から出来るだけ奪う。それはつまり周辺の兵士とそれを従える『銃劇ガンアクション』……二丁拳銃を帯びた軽装で引き締まった身体と酷薄な目をした若い女がそれだと《使魔つかいま》による偵察でルルヤは認識していた……の敵意を己に集中させ、それと戦うという事だ。人質を確実に守る為に。『軍勢ミリタリー』が何事だといぶかしんだ『銃劇ガンアクション』側の戦局はこの様な状況で。


「面白え。アタシの銃も通じないかどうか、やっと試せるってもんさ」


 『銃劇ガンアクション』はその好戦性から、トラックの事等無視してリアラを見据え、鮫のように笑っていた。真の達人、気力勇気に長ける者以外の射撃を防ぐ【咆哮】、破って見せるという自負があったにも関わらず、後方に追いやられた鬱憤を張らし、己の一流を証明して見せると。



 そしてこのリアラと『銃劇ガンアクション』達との対峙と同時、正にルルヤと『功夫カンフー』の戦いも始まっていた。戦車をも覆すルルヤの戦いを見ながら尚挑むように、『功夫カンフー』は己の力に自信を持っていた。その動きからしてルルヤもまた明確に武術者であり、ルルヤが竜術と武術を併せ持つなら、己も武術と並び戯画化された怪鳥声を発する事で空想上の技を行使する『功夫カンフー欲能チート』を併せ持つ。互角、否、地球において非殺の武に飽き殺人鬼として単なる一流派の武術者等幾度も殺し複数の流派を会得してきた己はそれ以上。それにも飽いたころに警官隊の一斉射撃で仕留められたが、欲能チートを以てすれば銃も通じぬ新たな戦が出来るのだ。まだまだ勝ち足りぬ、殺し足りぬ。故に勝つ。降って沸いた欲能チート逆上のぼせた軟弱な小日本シャオリーベンの餓鬼共を殺してきた程度の相手等、現実の武に空想の武を加えた己の敵ではない。最早俺は物語を超えたのだ。戦車等、己も浸透勁で乗員を殺し仕留められる。無論油断もせぬ。遠当てと軽功を使ったと言いながら実際には浸透勁を絡める等、既に疑心暗鬼で一瞬の判断の遅れを狙う細かい手も打ち始めている。


「KEIIII!!!」


 そして槍こそ百兵の秀、混珠こんじゅ剣術何するものぞと、剣を携え迫るルルヤを殺すべく『功夫カンフー』は仕掛けた。『功夫カンフー』は先程のルルヤの銃剣相手の立ち回りを見ていた。剣術自慢なら銃身にしたのと同じく槍柄を切り落としに来ると。それ故に槍に欲能チートによる気を込め強化。斬り落とそうとする剣を逆に弾き、そのまま胸元に穂先を送り込む振りと突きの融合技。


 だがルルヤは戦意の笑みを浮かべ、『功夫カンフー』は目を見開いた。鞭の様にしなる槍柄に当ったのは、剣の刃ではなく平。更に、打撃力にも気を込めたのにルルヤの手から剣は弾け飛ばぬ。『功夫カンフー』は即座に切替え、穂先で小円を描くが如く槍を回した六合大槍・ランナーチャー。打ち払うのではなく絡め取るように外すべく。だがその動きにルルヤの剣は追随し逆に押さえ込む。激突の衝撃も技の捻りも、ルルヤの剣が槍を制する密着を止められぬ。何たる握力と手首の鍛えかと、『功夫カンフー』は唸った。円の動きは【真竜シュムシュの武練】が尊ぶ所、遅れは取らぬとルルヤは目を細め。


一転ルルヤが押し込んだ。竹に鉈を撃ち込む様に、槍を押さえ『功夫カンフー』の構えを制しながら、柄をガイドにする様に柄上に剣の平を滑らせ一瞬で凄まじい踏み込み!


「HAII、がぁっ!? 、KI!!」


 ルルヤの狙いが槍を掴む手指を削ぎ落とす事と察した『功夫カンフー』だったが、地球では見た事も無いルルヤの凄まじい踏み込みに手を離そうとするが間に合わなかった。咄嗟に硬功に頼り手指を鋼鉄以上の強度に変えるも、跳ぶ様な踏み込みで体重と速度を乗せたルルヤの剣は『功夫カンフー』の片手指を一部は斬り飛ばし残りは圧し折った。だが槍が地に落ち音を立てるのと、『功夫カンフー』が逆の手で抜いた剣を繰り出すのは同時。各地で奪った金で『功夫カンフー』の故郷の剣に似せ更に高品質に作らせた剣は切れ味切っ先共に鋭く翻り太極剣法、極短の怪鳥声で気を込められ魔法武器に匹敵する効果を付与された刺突がルルヤの身を掠め、【鱗棘】の障壁に火花を散らして食い込み、幾筋かのきずを白い肌に刻んだ。ルルヤが再び受けに回る。丁々発止。ルルヤの絡む様な剣捌きで剣と剣が噛み合う。その攻防に『功夫カンフー』は苛立ち、怒り、そして舌を巻いた。


(この餓鬼、何て技前だ。この歳で何年修行してんだ、生まれた時からか? !)


 槍から剣に持ち替え、『功夫カンフー』の攻撃速はより軽妙さを増している。更に、鍛錬と欲能チートで十分に速度の乗ったその攻撃は、攻撃する事を意識してから攻撃が行なわれる事を未熟とし攻撃を意識するより先に攻撃が飛ぶ所謂内家拳法極意の境地に至っている。相手の攻撃や防御自体の速度が速くとも意識の速度を速め先に動く事により尚先んじ、銃相手でも相手が抜いて狙いをつけ引き金を引く前に早撃ちクイックドロウの達人でも制圧が可能な境地にある。


 であるのに、ルルヤはそれに平然と対応している。幾らかの傷は刻んだが、こうして攻撃を止められた。主導権を奪い返される一瞬、『功夫カンフー』はリアラの武、【真竜シュムシュの武練】も又、意識に攻防が先んじる領域に到達している事を悟る。そして持ち込んだ鍔迫り合いから鍔や柄頭で剣を握る指を砕こうとするわ踏み込みに紛れ膝皿や爪先を蹴り砕き踏み砕こうとしてくるわと再びルルヤの激烈な反撃。『功夫カンフー』は辛うじて欲能チートと己が国の似たような技への対処法等を駆使しそれを防いだが、混珠こんじゅの武、我が国の武に比して何程よという『功夫カンフー』の中華思想おもいあがりは傷の痛みと共にルルヤの武の熾烈さに一気に吹き飛ばされた。


「此迄の貴様の同類共は雑魚揃いとは言ったが、それとは別に強者と戦った経験が無いとは、言ったかな? 私は」

「~~~~~っ!!」


 そして、囁くようにからかうようにルルヤは言った。使った技の数を偽るペテンをかけた『功夫カンフー』に、そんな児戯が通じるかと、玩想郷チートピアの者以外との戦闘経験による踏んだ場数の質を欺く罠を逆にかけていたと。『功夫カンフー』、謀られた屈辱が声にならず憤死せん程に呻く!


「HAIYAAA!!!」


 その怒りと共に『功夫カンフー』が叩きつけた剣がルルヤの剣と絡むと同時に欲能チートによる気が放たれた。双方の剣が発勁によって爆発し砕け散る。爆散が間合いを離す。鍔競りから拳足の、最も『功夫カンフー』にとって戦い慣れた間合いに。


 ルルヤが半回転するように身を逸らした。直後『功夫カンフー』正面延長線上に衝撃波が爆裂し、回りで騒ぎ見入っていた雑兵が吹き飛ぶ。遅れて雑兵の悲鳴に交じり『功夫カンフー』の怪鳥音が響いた。


「アイヤアアアアアッ!?」「KIEEEEEEEEE!! !」


 人間の動体視力では蹴脚の影すら見る事の出来ぬ極超音速蹴撃洪家拳無影脚。足腰の捌きを見て先読みし間一髪で回避したルルヤだが、爆風じみた気功衝撃波が左肩の鎧を砕き骨を軋ませ痣を刻んだ。ルルヤの鎧は竜化した真竜シュムシュの鱗の特性で体の傷と同じく【真竜シュムシュの血潮】で修復可能だが、生身よりは時間がかかる。故に急所を覆う部位を破壊されれば拙い。だが致命的部位は避けた!


セイッシャァァッ! HAIッ! HAァッ!」


 回避の勢いで脚の間合から踏み込むルルヤに対し『功夫カンフー』は両腕を旋風や鞭の如く振り回し劈掛掌手指の傷も構わず叩きつけて来た。命中時即座に気を流し込むべく欲能チートを駆動しながら。


「らぁあああああああっ!!」


 ルルヤの叫びがそれを吹き飛ばす。まるで螺子釘が木材を噛むように、踏み込みの威力を乗せた打撃と捻り込むような動きで、槍の間合と同じく身長体重リーチ・ウェイト差も無意味どころか寧ろ不利要素にするが如き勢いで旋風に抉り込む迎撃! 切り落とした指の断面と折れた指の残る方の手を完全粉砕し苦痛を馳走、逆腕肘関節の柔い内側に打撃を突き刺し肘を砕きながら弾き飛ばす!


「ぐあっ!? っ、おおぁっ! FUNN-HAA!」


 至近距離。両腕の構えを弾き飛ばされた『功夫カンフー』は全力で地を踏み鳴らした八極拳・震脚。拳を構え直して打ち込む暇はない。体重移動を乗せた肩からの体当たり鉄山靠を、まるで旋舞のような動きでルルヤはかわした。一拍意図して遅らせた脚捌きで、相手が踏み込んできた足先を今度は逃がさぬとばかりに踏み砕きながら。それでも尚、『功夫カンフー』は最後の切り札で足掻く。体当たりの間に気息の限りを尽くして砕かれた肘をあと一回動くまでに回復させての毒針のような指突。『功夫カンフー欲能チート』が齎す奥義、経絡点穴。指を突き刺し相手の生命力を掻き乱し臓腑を爆裂させて大ダメージを与える、この技が決まれば逆転は……


「お前の武は、ちぐはぐで空っぽだ心も道も理も無い。第二の生、無駄にしたな。今度こそ、死ね!」


 その指突をルルヤは己が放つトドメの連撃の予備動作に絡め弾き飛ばした。欲能チートで得た他人の技に頼る事で驕ったな、という死神の吐息の如き断罪嘲笑と共に。


「っ……げぼおっ!? がぎっ! が、あ、ひっ」


 武技を潰し尽くされ遂に闘志砕ける『功夫カンフー』の鳩尾に、旋舞の動きで間合いを調整して再度踏み込みながらのルルヤの肘が内臓破りの威力で刺さった。そこから更に踏み込みきった反動で全力の掌底による突き上げが苦悶を叫ぶ顎を砕き。最後に絶望の表情で『功夫カンフー』が見たのは、顎を砕き突き上げられた手が、黒く呪う【吐息】を帯びて毒蛇の牙の様に二本指を曲げて顔面に降り下ろされる瞬間で。直後、地球では想像も出来なかった苦痛がその自我を焼き尽くした。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああぁっ!!」



 【真竜シュムシュの角髭】は、広大だが同じ一つの戦場の物音を細密にリアラに伝えていた。戦場を疾駆制圧するルルヤの戦いぶりを聞きながらリアラは突貫した。その叫びに、その猛りに、その武勇に、その戦果に、共に感じながら、突貫と同時にリアラは【咆哮】を放った。


「PKSYLLLLLLLLLL!!」


 それは電子音と無理に甲高くした管楽器を織り混ぜたような心持ち人の叫びの色を残す甲高く軋る音色。会得時ルルヤは〈若い猛禽の様な〉と例えたが、リアラとしては獰猛を超え荘厳、過去に無数の魔物触手だの蟲だのを寄生させ体を強化していた『洗脳エンスレイヴ』に、恐慌した寄生魔が肉を破り体外に逃げる正視に堪えぬ悶死夢に出そうなグロい死に様をさせたルルヤの咆哮と比べどうしても力不足と思う音色だった。


 BLATATATATATATA!!


 リアラが【咆哮】を放つと同時に敵兵数人が発砲。こいつはまだ【咆哮】を発していないのだから射撃が通るのではという欲に逸っての行為であるが、間一髪遅かった。しかし。


「ぐっ!」「うわっ!」

「くそ、やっぱり通じねえ!」

「けど……!!」


 リアラの【咆哮】はルルヤの【咆哮】程の効果を発揮しなかった。弾丸は逸れ、跳弾化し他の兵に命中する弾もあったが、発砲者全員が暴発死する様な事は無かった。


「あいつよりは弱いぞ!」

「やっちまえっ!」


 ルルヤより弱敵、と見てとって攻めかかる敵兵を、自分がルルヤより弱いと知るからこそ人質を守る為に手の込んだ行動をした様にリアラは覚悟の上だと迎え撃った。


「やらせ、ない! やぁああっ!」


 リアラは戦闘術の地力に劣る部分を、【真竜シュムシュの骨幹】をルルヤより精密に扱える事で補おうとしていた。それは教わった護身術と【真竜シュムシュの武練】が様々な武器の扱いに応用可能だった故であり一定の習熟があってこそでもあるが、同時に地球に居た時に見た、変幻自在の金属生命体にして魔剣たる存在を巡る伝奇バトルアニメ〈ヒッタイトメテオ〉でのヒロインの戦闘法からの発想でもあり。いずれにせよ駆け寄る敵兵に先ずルルヤは分銅鎖を生成し【真竜シュムシュの膂力】の力で鞭の如き速さで一振り! 一人目の横顔を頬と顎の骨を砕き脳を揺らして殴り倒し、勢いを失った鎖が二人目の足に当たるや絡めて引き摺り倒した。その後即座に鉄を別の形へ再形成。即ち鎖を縮めて敵兵の足から離すと同時に矛へと変じさせ、【武練】の教えに従い体重と勢いを乗せて大いに振り回した。【骨幹】で作られる武器は当然総鉄製で重く、それを豪快に【真竜シュムシュの膂力】で振り回すのだから威力は高い。三人目を切り捨て、四人目が繰り出した銃剣を砕いた。その結果軌道が逸れたところで柄をぐるりと回し、矛の刃を石突に変え石突を鉞刃に変えて四人目の頭を鉄兜ごと砕く。それはかつて戦に向かないと庇護されたリアラとはうって変わった戦いぶりではあったが、戦うリアラの思いは複雑だった。


(血を流す事が怖い訳じゃなかった。けど、改めてそう認めるのも、少し辛いな)


 それはルルヤの戦いに感じたのと同じ高揚と悲嘆。舐めるな、これ以上やらせるかという高揚と、そして……そこより先を噛み締める間も無く、立ち上がった二人目と五人目が迫り来る。踏み込まれた。両手鉞を片手剣と盾に分割変形させ迎撃しようとする刹那。


「ヒャッハァ! タルいんだよ退いてろ雑魚共! Let‘sDanceだぜっ!!」


 BLAMBLAMBLAMBLAM!!


「うあっ!?」「うっ!!」「っ!!?」


 容赦ない味方ごと巻き添えの射撃で『銃劇ガンアクション』が割って入った。非情な奇襲に兵士達は一溜まりも無く死ぬが、リアラの受けた衝撃は奇襲の驚愕だけではなく負傷によるものでもあった。そう。『銃劇ガンアクション』の射撃は乱射のように見えて、【咆哮】越しに当てて見せたのだ!


「Jack Pot!! Bull‘s Eye!! 見たか『軍勢ミリタリー』! アタシの英雄活劇ヒロイックアクションを!」

「痛ぅっ、(当てて、来たっ! やっぱり、僕の【咆哮】じゃ……)だけどっ!!」


 手の甲を弾丸が叩く。腕鎧と【鱗棘】が受け止め貫通を防ぐが、鎧が砕け皮膚が破れ、血が散って剣を取り落とした。盾を構え回避機動に走り、再び分銅鎖を形成して片手で打ち振る。事前の調べで、大軍を動かすに面倒な森の民達の弓矢を悉く潜り抜け殺し尽くしたという話を聞いたが故に【息吹】での攻撃は避けたが、それでも尚己を後方に配した『軍勢ミリタリー』を見返したと叫ぶ『銃劇ガンアクション』は地球人とは思えぬ動きで装束を靡かせ横っ跳びに○ョン=ウーめいて避けてのけた。


「(あれが、理由!)くううっ! あぐっ、くっうっ……!」


 その理由をリアラは見破った。軍人ミリタリーではなく路地裏ストリートな衣装の中で異彩を放つ、混珠こんじゅ風の装飾が施された革靴。脚力を増大し風を操り高速機動を可能とする魔法装備《風踏みの靴》。未熟とはいえ【咆哮】を越えて的中させるは当人の技量うで、銃撃戦に熟達したそのセンスで長槍や鞭のような遠間の白兵攻撃をかわし距離を取り続ける為の装備を略奪品から選ぶ目は見事。更に何発もの銃弾がリアラの太股や脇腹を抉り、苦悶させた。リアラより習熟に勝るルルヤの【鱗棘】であれば対物防御力は特に飛躍的に増大する為遥かに巨大な衝撃でも傷を負う事はなかろうが、ルルヤ程度の【鱗棘】では流血の傷を負う。露な肌を苦悶に震わせながら、必死に間合いを詰め反撃しようとするリアラだが、回避、追跡、反撃は、間に合わず、喘ぎだけが重なる。


「楽しいねえ、楽しいねえ! 映画みたいだ! 同じように銃を撃って、同じように殺してるのに、何であんなに痛快じゃないんだろうって、路地裏からいっつも見上げてた表通りの映画館みたいだよ! あは、やっぱりそうだ、唯の人間を撃ってるだけじゃダメだったんだな、いい敵を殺さないと、絵にならない、映画にならない、楽しくはならないってことか!」


 BLAMBLAMBLAM!! 「あぐっ……んあああっ!! !」


 乱射乱射乱射。更に二発、リアラの肌を抉り、骨身に響く苦痛が突き刺さる。反撃に振るう分銅鎖は、飛び退き横飛ぶ『銃劇ガンアクション』が、既に去った後の地面を空しく叩き草原の表土を散らす。


「くっ……貴方も、あっちで戦ってる『功夫カンフー』も。……どうして、自分の一番大事な事を忘れるんですか!」

「……何?」


 だが血に酔い歌うように叫ぶ『銃劇ガンアクション』に、不意に最低限の盾を構える以外回避行動をやめ、リアラは真正面から相手を見据え喘ぐ呼吸を整えながら言葉を紡いだ。『銃劇ガンアクション』は奇妙な反応回避の停止に気を取られ、その言葉を聞き。精神の何処かの隙を突かれ、思わず手を止め、対峙した。ルルヤの、内に抱く矜持と悲嘆の一端と。


「そんな力が欲しいって思うほどに、その力のもとになった物語が好きなのに」


 それは主人公の意義を履き違えた『必勝クリティカル』と同じ。自分がそうでないのは紙一重の差かもしれないと思いつつ。『色欲アスモデウス』等語るにも値しない欲能チート所持者も多く見てきたが、それでも、こういう奴には、言わねばならぬ、否、言わずにはおられぬ思いがあるとリアラは言葉を紡ぐ。敵は虐殺者で、侵略者で、圧制者。説得で今更その行いを覆す可能性は零に等しくても微かな動揺と隙が出来れば僥倖、そして効果が無くても此れは己を奮い立たせるための己の在り様の確認で、死力を尽くして勝利を誓う為の力となる。その上でこの言葉が打撃となる可能性は賭けるに値すると判断しリアラは言葉を紡ぎ。『銃撃』は、頬を銃弾が掠めたように目を見開いた。


「どうして物語のように、主人公えいゆうのように生きようと思えなかったんですか。なれないと諦めても、どうしてせめて大好きな物語に恥じないように生きようと思えなかったんですか!」


 英雄しゅじんこうの如く振舞うべきだ。自分に負けないかいぶつにならないために、二人きりより強くなるみなをゆうきづけてなかまをふやす為に。そうリアラはルルヤに提案した。『軍勢ミリタリー』の暗殺等ではなく白兵戦で真っ向挑むのも、『軍勢ミリタリー』を潰した後残兵が散り散りに流賊化し各地で被害が発生すのを防ぐ為もあるが、今ここで勝つだけでなくこの混珠せかいを守る為に銃という兵器が象徴する〈より我が身可愛く、より一方的に、よりずるく〉という地球的な悪しき思想を根付かせずに絶滅させる為に、リアラの提案をルルヤが考えた上で選んだ事だ。戦いが苦手な筈だったリアラが今戦えているのもそんな考え方を含むここまでの戦略的判断たちまわりをしてのけたのも、この今の酷く甘く聞こえるだがそれだけではない言葉を放つ心から来ていた。


「何、を。言ってやがる。……ふざけるなよ混珠人おはなばたけがぁっ! そんなこと出来る訳あるかよ!?」


 そして、その言葉は『銃劇ガンアクション』の神経を掻き乱した。女の身でありながら、仲間の男共が村々から攫ってきた女達にすることを平然と看過していたにも関わらず。先程口にした、表通りの映画館、という単語を聞いた上で選んだリアラの言葉に、表情を歪め引き攣らせた。


「弾に当たりゃ死ぬんだ! 百発百中に腕前を鍛えてもな! 立派ヒロイックに生きられる訳ねぇだろ! より強い欲能ちからが勝つんだよ! 楽しめるだけ楽しむだけさ、下らねえ! どんなご立派りそうも、この、安い安い鉛の弾丸の恐怖の前にゃ消え失せるんだっ! 手前も死ねぇっ、綺麗事!!」


 BLAMBLAMBLAMBLAM!


「ッ……!!!」


 『銃撃』は絶叫し、再びの銃火を放った。路地裏の銃使いギャングスター・ガンスリンガーとして、諦めるものは諦めて得られるものは得て生きて死んで蘇って更なる力を得てより素晴らしい戦いを求めた今の自分を押し通す為に。だが、リアラは最早、避けようとすらしなかった。盾で急所や重要部位への着弾こそ弾き返すが、手足を抉る傷に、最早苦痛の声すら出さぬ。『銃劇ガンアクション』を見据え続ける。


「死にませんし、理想きれいごとも捨てません。どれだけ痛くても、例え死んでも」


 回避より優先し、敵の心を穿ち隙を作る可能性に言葉と言う名の牙で食らいつく。


(何だ……何だコイツは!? 痛いだろうがよ、食らって手傷ダメージを受けてるだろうがよ!? なのに何だ、綺麗事を言う為に傷を食らって、揺らぎも退きもしねえ!? 殉教者か!? ふざけんなよ、殉教者なんぞが勝てるのは、植民地インドを失った英国ブリテン黒人ぼくしに負けた美国アメリカみたいな気取った間抜け文明を気取る奴等だけだ、不服従なんぞ銃弾ぐんたい履帯キャタピラで叩き潰しゃあいいんだ……なのに、何で……!?)


 『銃劇ガンアクション』は狼狽した。凡庸な雑兵ならば、狼狽はしなかっただろう。だが、そんな奴には欲能チートを得る程の魂の歪みは無く、そもそもルルヤに劣るリアラにも蹴散らされる程度の三下にしか、この世界の法則として成りはしない。しかしながら同時に、この欲能を得るヒロイックに憧れたような彼女だからこそ、この言葉は刺さりうるのだと、リアラは、その信仰的な信念故見抜いたのだ。


「僕は。人を傷つけ踏みにじるヒロイックとはいかずとも恥じるような生き方はしないと誓って、その為に死んだよ。誰も身代わりに踏みにじらずに。そして今もこれからも、物語の様に理想に寄り添って精一杯良く生きて死ぬ」


 想定通りの否定に、リアラは狙いすまし言葉を突き刺した。物語への憧れで非暴力不服従を貫いた結果殉教の様に死んで見せたぞと。他の誰かへの苛めに加われば逃れられた結末を回想しながら、でも最後に助けようとした人を巻き込んだのだから聊か誇張が過ぎると自嘲しながら、『銃劇ガンアクション』の集中力を奪った。だがそれは、紛れもなくリアラの在り方の根源に繋がるもので。


 その瞳を『銃劇ガンアクション』は畏れた。狂気と絶望が滲む程の本気があった。地球そのものを弾劾するような、誰もが一瞬抱く世への呪いを一生の間抱き続けたような暗い瞳が。((お前、諦めたな? 現実に対し妥協したな? 己の憧れを放擲し〈しかたない〉という現実と言う名の圧制者の靴を舐めたな?))と、当然の保身をすら弾劾し憐れむ、狂人か聖者か英雄かの非現実的な瞳を。


「!? て、めえ、転生者!? 長虫バグの転生者だと!?」

「ごめんなさい。せめて、悩みながら死んでもらいます。貴方の罪と、僕の至らなさのせいで」


 驚きと劣等感と恐れと認めたくない動揺。怒り以外の心で『銃劇ガンアクション』の表情が歪んだ瞬間、リアラは【真竜シュムシュの翼鰭】を展開した。その背に現れるのは、ルルヤのそれとは似ても似つかないある種の昆虫のような、いや、むしろより見たままに言えば妖精フェアリーの煌めく透き通った翼だった。


((弱そう? 私の様に逞しく立派な翼の方が良かった? 私は可愛いし綺麗で良いと思うが……【息吹】の属性と同じ様に、基本的な翼の形は変わらないからな。長さや角度、厚さやといった要素は調整できるが、翼の印象までは変わらないぞ))


 初めて翼を開いた時にあまりの少女的な意匠デザインに驚いたリアラがルルヤから聞いた【翼鰭】の在り方から編み出した攻撃をリアラは行った。盾を構え全力突進飛翔。動揺をねじ伏せようとしながら『銃劇ガンアクション』が二丁拳銃を叫び放つ。何発かは外れ、何発かは盾で隠しきれぬリアラの肌を抉るが。リアラの瞳が『銃劇ガンアクション』を射抜いた。苦痛等欠片も恐れはせぬ瞳が、そして悲しみと憐れみが、恐れ故に悪となった女の魂を射抜いた。僕はまだ弱すぎるりそうにとどかない手加減出来る余裕がないまだものがたりのえいゆうにはなれない。この人は、この言葉で動揺するのに、殺してしまう。そんなリアラの思いが。リアラに矜持と悲嘆を、覚悟と力と知恵をもたらすものが、弾丸の雨の中を飛翔させ、一心の突進が、射撃と回避と後退に分散された動きに追い付いて、飛翔するリアラが『銃劇ガンアクション』とすれ違い。


(こいつは本気で馬鹿みたいに物語を真に受けて生きてるのか? 馬鹿な、そんな奴現実に居て溜まるか。でもここは現実ちきゅうじゃない、あいつはあんなに絶望しているのになぜアタシを殺して悲しむ、アタシは欲能ちからを得て、得た理由は、諦めて悪党になった意味は、アタシは一体何を)


 『銃劇ガンアクション』の思いが形を結ぶ時間もない一瞬後、翼の淵を何処まで出来るのかというリアラの発想力が生み出したSFという物語から得た力、と化した翼端が『銃劇ガンアクション』の胴を真っ二つに両断した。輝きリアラと、輝きヒロインになれなかった己。その両方を見せつけられることを罰として、『銃劇ガンアクション』は死んだ。


「PKSYLLLLLLLLLL!!」


 そして巻き添えを恐れて遠巻きにしていた敵兵数人が慌てて武器を振りかざそうとするのを、更に数人翼で胴切りにして。斬った敵の血と、『銃劇ガンアクション』に撃たれた傷から溢れる血を散らしながら、リアラは吠えて飛んだ。敵将撃破の血が畏れの力を強化した【咆哮】を。


 ……いずれ、友の故郷を取り戻す為の第九話以降における戦いで炸裂する、誇りと知恵と力の源が齎す悲嘆を噛み締めながら、リアラは飛ぶ。遥か彼方、約束の場所を目指すように。



「こうなりたいか、貴様らっ! こう、なりたいかあっ!!」


 そして戦場のド真ん中、爆炎を振り払ってルルヤは叫んだ。『功夫カンフー』を、敵兵の戦意を完全に砕く為とはいえ、直前の罵倒から指で眼球を抉ると同時に【月】の力を全開にして、顔面を丸ごと仮面を外すように引っぺがし、倒れたところを踵で首を踏み千切るという残虐殺法で屠った事で、一瞬内なる復讐の憤怒と嗜虐が疼いた隙。


 そこに食らいついてきた『軍勢ミリタリー』の人質車爆弾が間に合わなかった時の最後の策略。力を振り絞って即時召喚した軍用ヘリから『軍勢ミリタリー』が味方工兵に後方から機関砲掃射を足元に放ち督戦し強制した肉弾自爆攻撃。


 ……爆発に飲み込まれたルルヤだったが、もし効かなかったら即座に離陸し逃げるべく回していたヘリのローターが吹き散らした煙の中から、彼女は姿を現した。同程度の爆発を巻き起こす呪文なら兎も角、やはり魔法を伴わぬ攻撃では、このくらいの爆発ならば耐え抜けたのだ。


 それを見て驚愕と恐怖で喚きながら逃れようとヘリを発進させた『軍勢ミリタリー』を、【息吹】で叩き落とし返礼とばかりに悲鳴の暇も無く爆発の中に葬り、ルルヤは叫んだ。


「逃がしはしない! 貴様等の内誰一人として、この場を逃れ悪行を重ねられると思うな!」


 天を光の翼が舞い、若い猛禽の様な声が響き渡るPLSYLLLLLLLLL!。リアラが流血で迫力を増した【咆哮】を使いながら周囲を旋回しているのだ。敵を怖気づかせ逃亡させる効果を回り全体から発する事で、狼群に取り巻かれた羊の様に、逆に敵を逃がさない為に。


「だから問う! 死ぬこうなるか、降るか! 選べ!」


 惨たらしい殺され方をした上に爆薬でウェルダンに焼かれた『功夫カンフー』とヘリの残骸の中でローストされた『軍勢ミリタリー』の死骸の前で、ルルヤは【咆哮】で拡大した大声で怒号した。全員殺し尽くしたいという己の中の悪と戦いながら。


「「「「アイヤアアアアアアアアアア!? 降る、降伏するうううう!!!」」」」


 それ以外の恐怖と絶望のアイゴーとかニェットとかの言葉も混じった叫びが、神話の再演を目の当たりにした村人たちの前で響いた。皮肉にも復讐心を押し殺したルルヤの言葉には、それだけの迫力があった。


 ……声にならない歓声を村人が上げるのを聞きながら、ルルヤは少し不安げに、空を見上げた。この山ほどの捕虜を、本当に扱いきれるのかと。



 空にはリアラが居て、そのルルヤの不安を励ますように笑い手を振り、地平線を指差した。そこにいたのは……騎乗した者達と徒歩の者達に分かれるが、何れも武装した集団。何者で、これが如何なる事かは……それはまた別の物語。この話が第五・六話誤記ではないの後の第七・八話である理由と共に、次話にて語られる事になるだろう。故にこの物語は、これにて一段落、なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る