・第七話「乙女曰く。戦記モノなんてしてんじゃねえ!(前編)」

・第七話「乙女曰く。戦記モノなんてしてんじゃねえ Close the GATE of war!(前編)」



 緑色の野戦軍服に身を包み、手に手に突撃銃や分隊支援火器、手榴弾等を装備した兵隊。混珠こんじゅにはありえざる現代地球の軍隊が、どよめき、訝しんだ。


 ここまで村々を次々と制圧し略奪し、辺境を轢き潰し軍閥領を作らんとしてきたこの軍は、その侵略に追い立てられ難民と化した村人達を進軍途上偶然発見した。老人子供を見捨てずそれに合わせた鈍い速度で逃げていた村人達に追いつく事は車両を有する彼等にとっては至極容易い事で、そして農具や棒等の粗末な武器を震えながらも掲げそれでも尚死を賭けて隷属に抗う村民自警団を蹂躙し奴隷狩りするのは、更に欠伸が出るほど容易い。


 新たな地への侵略前の雑務に戸惑いが生じたのは、兵達と村人達の間に飄然と飛来し割り込んだ半裸の女を見て、彼等の指揮官……彼らを地球から混珠こんじゅへと召喚し、この、地球と比べ遥かに容易かつ国際法に縛られる事無く思う存分勝利に伴う略奪や強姦と占領や支配による立身出世を貪る事が出来る戦場を与えた男、『軍勢ミリタリー欲能チート』が、現れた半裸の女に警戒を指示したからだった。


「あれは! 間違いない、〈ビキニアーマーの女戦士〉! 〈長虫バグ〉め、現れたか!」


 兵達の後方、配下の兵達の大半〔一部は別種の軍服と装備を有し、混成である事がある程度見て取れた〕と同じ軍服を纏い大佐の階級章をつけた『軍勢ミリタリー欲能チート』は、双眼鏡越しにその女をみた。そして呟き……その内容の珍奇さに顔を顰めた。元々先進国のような真っ当に国際法や人道や忠誠を遵守する軍の出身では無かったとはいえ、れっきとした軍人の己が真面目に口にする言葉とは到底思えなかったからだ。


「馬鹿らしい、が、しかし……」


 しかし、の後に、二つの感情を『軍勢ミリタリー欲能チート』は抱いた。主体的に強く意識したのは警戒だ。彼の欲能チートは『現代文明の軍勢を持つ、己が軍勢を作成し維持する為の物資・人材を、地球界から召喚する』もの。位階は第二十二位だが、地球界と繋がり続けているという点において稀有な、そして弾丸切れも兵卒の損耗も気にせず現代地球の軍事力を揮えるという強力な欲能チートだ。


 〈異世界で覇を唱える為の侵略戦争をし、自国民を守るのではなく無関係の住民を蹂躙する〉という行為に同意する兵卒とそれらが扱える兵器を召喚しなければならないという統率上の制限や、現状召喚出来る規模と行使による消耗という限界があり、故に戦略爆撃機を格納した空港一ヶ所やICBM基地丸ごと一つを召喚する等という事は現状においては不可能だが、山賊や傭兵の類と思い討伐に来た騎士団を一方的に粉砕した時や、転生しても手緩い善良さと尊法精神が抜けきらず地元民と共存し魔物退治に弾丸を消耗していた日本のの連中を数の差で踏み潰した時も、撃った弾薬も後者で生じた僅かな兵の損耗もたちまち補いそれ以上に数を増してきた。


 転生前国際社会の目の届かぬ奥地の分離独立運動を踏み潰したように、殺すも懐を肥やすも容赦なく。不馴れな海外の任地で事故のように死んだが、一度の事故等でこの悦楽を捨てられるものか。そして、欲能チートはエゴの肥大に合わせるように成長し続け、より効率よい召喚が可能になっている。何れ更に大規模な召喚も可能になる。そして第六位『神仰クルセイド』が有する〈真唯一神エルオン教団〉を越え第三位『交雑クロスオーバー』が有するナアロ王国にも劣らぬ国土を切り従えて見せると『軍勢ミリタリー』は思い自負していた。


 だが、新天地幻想郷の集会でその情報を聞いた噂の〈長虫バグ〉との戦闘においては不安要素がある。『軍勢ミリタリー』は戦闘前に日常的に使用し軍団を編成する為の力なので欲能チートの発動を潰されて窮地に陥ることは無いのだが、問題は〈長虫バグは魔法を帯びぬ攻撃に対し高い防御力を有する〉という情報だ。『軍勢ミリタリー欲能チート』が率いるのは現代兵器で武装した軍隊、魔法の武器等持ってはいない。武器に魔法を永続的に付与する魔法武器の作成は手間がかかり希少だがそれ以前に、この世界に存在しない武器である銃弾に強化を付与する魔法は存在しないのだ。


(だがそれ頑丈なだけだ、無効無敵という訳ではない。ならば数と容赦の無さに勝る我々が勝つ)


 しかし最終的に『軍勢ミリタリー欲能チート』はそう考え戦闘を決めた。だが油断はせぬ。勝算もあった。仮に〈魔法を帯びぬ武器への防御力〉が防弾チョッキ並みの防御力を肌に与えるとしても数百数千の突撃銃で袋叩きにすれば肉は痣と内出血と骨折のミンチとなろう。仮に突撃銃を弾く鉄板かコンクリ壁の防御力を与えるとしても迫撃砲や機関砲でなら砕けよう。質量・物理的に想像しがたいが万が一戦車並みの防御力があったとしても、我が方にも対戦車無反動砲やロケット砲・ミサイル・野砲があり戦車がある。勝つことは十分可能だ。それに相手は、あの老人子供を見捨てて逃げる事もできなかった無様な負け犬共を庇うように立ちはだかった、物語じみた安い正義感の持ち主だ。背中に庇った者を、見捨てられはすまい。だが。


(これは現実だ。自分を英雄だと思い込んで自己陶酔して、その夢を覚まされて絶望しながら死ぬ馬鹿はいても英雄なんてものは存在し得ない現実だという事を教育してやる、と、言いたいところだが。油断は禁物。奴は、あの『色欲アスモデウス』を屠ったというのだからな)


 数多の女を捕らえていた『色欲アスモデウス』は、人質を使う事も出来た筈だ。だが奴は倒された。その事実を『軍勢ミリタリー』は冷静に分析する。こうして庇うように立ちはだかり、何やら村人と言葉を交わしている以上、此方を殺せれば何人巻き添えにしても構わない狂人という訳ではない筈だ。つまり、守りきりながら倒すための手段に自信を有している手合いか……だが、望むところだ。奴相手に行使できる人質は何も奴が背後に庇った村人だけではないし、他の手も考えてある。


(そのお綺麗な体で何処まで庇えるかな? 勿体無いぜ、痣と内出血のミンチになるにしても、大砲で粉々になるにしても。まるで宝石で作った様な女だってのに)


 そして第一の感情を処理した『軍勢ミリタリー欲能チート』は、もう一つの感情である、双眼鏡で見た相手のその美しさに対する称賛と欲望を今のうちにと味わいながら、部下達に指令を下し……


「うっ!? (目が合った!? 偶然!? 違う! 俺を、見ている……のか!)」


 直後、驚愕。未だ最前線に展開する部隊がそろそろ火器の射程に捉えるかという距離。『軍勢ミリタリー欲能チート』自身はその更に後方、軍用双眼鏡の最大倍率で相手をみている距離だというのに。双眼鏡の視界の中の相手は、裸眼で、直感的に間違いないと悟る程ハッキリと己を見据え、視線を合わせ睨んだのだ。それだけなら、そこまで驚くほどではなかったかもしれないが。……睨んでいる、だけではなく。その目は何かを見通しているかのようにすら見えた。



(兵数約八の四乗リ・チュハ・グジョ。陣立てに厭らしさがある。兵の散らし具合と角度。此方に庇わせる作戦か)


 然り。村民達と約四千もの軍隊八の四乗、約一個旅団の間に割って入ったルルヤは、広範囲を関知する【真竜シュムシュの角鬣】と並ぶ知覚強化系竜術、彼方を見通す【真竜シュムシュの眼光】で敵指揮官と兵の布陣を空から眺めながら既に相手の意図を察していた。【眼光】は【息吹】と似て個体差がありその方面の適性の高い者は魅了や石化等いわゆる魔眼に相当する効果を得るが、ルルヤは【骨幹】を複雑に使う適性に欠けるのと同様に此方にも然程の才能は無かった。強いて言えば、僅かな違和感も逃さぬ知覚力により相手の嘘や企みの有無を僅かな雰囲気の変化から察知出来るくらいだ。


「あ、あんたさんは、一体……」


 背後から声。逃避行に疲れて最早これまでの自分達を守るように間に割って入った美しいが奇妙な出で立ちをした女性に、戸惑うように村長らしき老人がおずおずと声をかけたのだ。


「アタシは真竜シュムシュの勇者を目指す者ってところかな、今はまだ。アンタ達と共に戦いアイツらをやっつける為にきた。やりたくてしてることだから、後は細かいことは気にしないでアタシの後ろにいていい。皆が今生きているのは、アンタ達が敵の攻撃を避けるように脱出し、敵の攻撃を払うように誰も見捨てず抗ってた結果で、それはアンタ達の戦いなんだから。ここから攻撃にアタシが助太刀してもそれは変わらないし、勝てば、アンタ達の勝ちでもあるんだ」


 ルルヤはそう現代語で名乗り、共に戦う、と鼓舞した。勇者。勇敢なる者。勇気を以て行う事困難な強きを挫き弱きを助け悪を懲らしめ義を体現する事を為す、正しき者。かつて混珠こんじゅには幾人もの勇者が居た。その中には今と違い、己が再誕した世界を愛し尊んだ転生者も居たという。古、その称号は万人の憧れであった。だが今や、成り上がりと国盗りそのものを目的とし国王となったエオレーツ・ナアロやその模倣である無用な乱を起こす似非革命者や唯々蛮勇なだけの傭兵団の頭目等、その名に値する真の勇気を持たぬ者が英雄の称号だからと言うだけで惰性で濫用したことで既に陳腐な昔語りの類型に成り果て風化し失われつつある言葉だった。それを、あえてルルヤは名乗ることとした。その名の神聖を取り戻す、古の美風を復興せしめるという困難で勇気を必要とする誓いの為に、誓いをもって己を律する為に。


「勇者!? ……真竜シュムシュの!?」

「な、何と……」

「本当に? いや、冗談でこんな事する筈……」


 王神アトルマテラ帝龍ロガーナンを奉じる連合帝国が未だ最大国家たる混珠こんじゅで古に王神アトルマテラと争った存在の信徒を名乗った訳だが、村人達は驚けど拒絶は無かった。それどころではないし、真竜シュムシュは神話において謎めいた最後以外善であり、その最後も神が実体を失い真竜シュムシュ教徒も歴史から姿を消す神代最末期、魔神戦争中の昔。真竜シュムシュを理由とした争いも無く、その後諸国で平和の為諸教平等の法も敷かれた故だ。村人達が驚いたのは本物の真竜シュムシュ教徒が未だ実在したという事と、もし本物であればという希望の為。神話において真竜シュムシュとその信徒達が示した戦いぶりなら、あるいは……



混珠こんじゅの民を害する悪賊共! 私は真竜シュムシュの勇者ルルヤ・マーナ・シュム・アマト! 此より貴様らを成敗する! 殺してきたのだから、死ぬ覚悟をするがいい!」


 そして、硬質なもの同士が激突し片方が弾かれる甲高い音を二、三響かせながら、ルルヤは古語で己が目的を端的に叫び宣戦とした。硬質な音は、先走った敵兵数人が発砲した、突撃銃弾や狙撃銃弾を、ルルヤの【鱗棘】が弾いた結果だ。僅かに火花が散り宝玉めいた障壁が煌めくが、その白肌に一筋の傷も無い、地球人にとってみれば驚くべき非現実的アメコミムービーのCGめいた光景であるが、未だより大口径の火器の力を信じ退きも戦意喪失も少なくとも今はまだ無い。


(リアラが言うには、あの……とかいう連中は、匪賊同然の輩とのことだったが。舐めてくれる。ならば、思い知らせてやろう。リアラの助けにもなる)


 愛弟子リアラが未だ前世の故郷たる混珠の空に浮かぶの人間で幼かった過去に、を地球での比較的一般的な暦でに電撃的に襲い、に恐るべき災厄を与えた国の軍勢で、元々国内の独立派を民族浄化してきた故に凄まじい蛮威を振るったという彼女リアラから聞いた情報を咀嚼しながら、ルルヤは【眼光】【角鬣】による探知範囲を広げた。


 見える、聞こえる、悪しき賊軍の暴力と欲望と驕りに歪んだ表情と呟きが。一つ、深呼吸。眼前の敵軍の向こうに、故郷ウルカディクが焼ける幻影がよぎる。復讐心に炙られて歪んだ正義感が暴れ竜と化して猛り、残虐たれとルルヤを苛んだ。それは祭りめいた歌舞の日々で、一時忘れても何度でも甦る消せない心の傷であった。それを抑える為、ルルヤは勇気と正義を誓ったのだ。


(否。それは復讐心だ。正義に近いが、別のものだ。乗りこなせ、この怒りと復讐心という奔馬を。誇りの轡と、美学の手綱と、信念の鞍と、信仰の鐙を置け、私よ。せめて正義を目指せ)


 猛り狂う己の怒りをルルヤは制御する。本来真竜シュムシュは善悪を教え諸族世界に平和を齎す存在。その信仰は、善悪に正しくあり平和を求める心を持つ事こそが教義。だが最早己の心には平和はない。玩想郷チートピアと同じ世界にあるままでの平和等、魂が受け付けぬ。例え平和の為と言われても私はこの戦いを止められまい、そんな不正義の平和は許せぬと。辛うじて、この戦いの後に平和よあれと祈り、正義を重んじる事により善悪に正しくあれという教えだけは全うせんとして、漸く己は真竜シュムシュ教徒としてあれる。その為に、己を制御する為に、改めて己の考える正義を再確認する。己に出来る生き方は今はこれが精一杯故に。それでも、自嘲の念が零れる。あまりに狂暴、憎い敵の苦痛を愉悦し喰らい、惨たらしく痛めつける事を欲する己の浅ましさ。それを抱えたまま正義を思う私は、偽善者だ。本当は憎悪で戦い、殺したくてたまらないのに。


(嗚呼。父様、母様、皆。一緒に居た頃には、こんな事は思わなかったのに。優しさを忘れないと誓っていたのに。私の正義はもう、憎悪を隠す建前だ。己はこんなに醜くはなかった。それともただ自分で知らなかっただけで、昔から私は本当はこんなにも醜かったのだろうか?)


 こんな様では、何時信心を失ったと真竜シュムシュの霊に祟られ、竜術を失い死すやもしれぬ。だが私は、醜い私ではなく他の誰かが生き残るべきだ、何故私が生き残ってしまった等と罪悪感を抱いている暇等無く、死ぬわけにもいかない。ああ、死ぬわけにはいかなくなってしまったのだ。何故ならばあの子が、リアラがいる。あの子のために死ぬわけには行かないのだ。故にりそういかりに負けられぬ。私に救いを見たあの子の為に……それによって私を救ってくれたあの子の為に。


 そのリアラが今、予定の配置につきつつあることが同時に感じられる。敵が自分達が有すると考える三つの優位、即ち銃弾を弾き続けてもいずれ弾薬量と物量差そして更なる大口径火器の力で殴り潰せるという自信、背後に庇う民を守り身動きしにくかろうという期待、そして。


(『色欲アスモデウス』との戦いの時といい、リアラは本当に熱心だ。必死に考えを回らせ、しくじるまいと頑張っている……それでも愛しい弟子である以上どうしても心配だし、あの子は頑張りすぎるが故に己が身を顧みぬ無茶をしかねないが……)


 敵の自信の源の三つ目、何時でも人質に使えるよう連れ回していた占領地から拉致した住民達。竜術の【眼光】【角鬣】を白魔術の《使魔つかいま》と組み合わせ察知した、後方に囚われたその人達の救出と同時に〈周囲への被害を出さない〉為に後方へ回り込んだリアラをルルヤは案じた。


(最悪人質とそれに武器を突きつける者を纏めて広範囲の【息吹じゅうりょく】で地面に平伏させるという手もあるが、消耗も危険も大きい。そして何より、リアラはやってのける。そう信じられねば、そう成長できねば、この先戦っていけるものか。今は、眼前に集中。さあ、いくぞ!)


 あの時は少数人数であったから使えた『色欲アスモデウス』戦での手を反芻するがしかし最終的にリアラを信じてそれを振り切り、ルルヤは踏み出した。片手に剣一振りを持ち、もう片手を竜顎を象った手つきとして打ち振り、握る剣だけではなくそれ以外の四肢にも黒い【息吹】を四肢を包み燃える炎のように付与しながら。そして。



「行くぞ、舐めるな、畏れよ! 【真竜シュムシュの息吹、そして長尾】を!」


 嵩にかかり先走って乱射しながら近寄ってきた先発隊の散発的射撃に、ルルヤは遂に開戦の刃を抜いた。【息吹】を宿した足で地を一蹴りするだけで一気に銃撃の間合いを白兵距離へと詰め、竜法竜武十六種が一種、巨大な竜の長大な尾の如き軍勢を一度に薙ぎ払う力を己が武器に齎す【真竜シュムシュの長尾】 を【息吹】に加えその力を付与した剣による横薙の、斬撃!! !


「ぎゃああああっ!?」「ぐわっ!」「……!!?」


 地表に現れた黒い三日月のような横薙ぎは、過たず勇み足で撃ちかかっていた敵兵先頭集団を部隊ごと切り払った。木っ端屑のように砕けた自動小銃と叩き斬られた兵達が吹っ飛ぶ。瞬間、驚愕と恐怖を叩き付ける!


「うおっ!?」

「畜生、本当に化物か! RPGたいせんしゃてきだん! 迫撃砲も撃て!」

「撃て撃て、先走った奴等あほどもや村人ごと撃てっ!」

「突入だと、糞がブルシット、村人共が死ぬのを見せつけてやれっ!」


 先走った者達の末路と絶対優位を確信していた銃の間合いを平然と無視する力を見せつけられ、それでもなお獰猛に射撃を続けようとしながらも、一瞬敵兵の士気が怯んだのをルルヤは見逃さなかった。むしろ、それをこそ狙った一撃。


 もとより【息吹】を直接発射すれば射撃戦も出来たのを態々切り込んだのも、数発の弾丸を跳ね返したこのタイミングで一撃を見舞ったのも、狙いがある。細い体では村人を守る遮蔽物としては不足。この状況で村人を守るための竜術を展開する為、その為にルルヤは次の一手を知覚能力を総動員してタイミングを見計らい放った。一撃を受けた敵軍がそれに脅威を覚え、驚きと恐怖を怒号で隠しながらこの段階で可能な限りの全力で射撃を行うタイミングを!


「【GEOAAAAAAAAAAFAAAAAAANNN!!!】」

「ひ!?」「アイ……!?」「あ、あ」「うわぁーっ!?」


 ルルヤは、吼えた! 発狂した弦楽器が鉄板を削る様な音色で天地を震わす【真竜シュムシュの咆哮】を! 咆哮は戦場全体に轟き渡り、敵兵達は世界蹂躙者に対し煮え滾り続けるルルヤの怒りを聞き、それが一瞬彼女の姿を数十mから百m超のミエペワ単位で計る程もある巨体で敵を見下ろし踏み潰さんとする暗黒の竜に見せた! 強烈な恐怖を抉り出されるのと同時、一斉射撃と一斉砲火の火蓋が切られる!


 ……鉛の死が迫らんとする中、威圧を叩き付けた直後、一転、一瞬ルルヤは心を鎮め回想した。過去の己の発言を。己自身の心を乗りこなし、怒りと憎悪と殺意に飲まれない為に。何故ならば彼女ルルヤは既に放っていた。死を跳ね返す為の力を。


((正義とは〈何ではない〉か。多数決ではない、数の大小で事の善悪が決まってたまるか。五十人の元老院議員の内四十人が汚職者も、汚職は悪だ。利益ではない、万の金貨を持つ者が、もう千枚金貨を儲けるために金貨十枚しか持たぬ人を無一文にして飢え死にさせるのは差額九百九十の金貨を積んでも正義にはできない。世人は意外と言おうが命でもない、命と正義が等価か命が上なら、生かしておけば十人でも二十人でも人の精神を破壊し不幸を撒き散らす魔が居たとして、殺す以外に止まらず拘束しても脱出する能力がそいつにある時、命が正義なら止められない。自由でもない、何をしてもいいという事とやってはならぬ事があるという事はむしろ正反対。法律でもない、悪法は正されねばならない。秩序でもない、秩序を守るために弱者を切り捨て生贄を容認するのは正義ではない。理想でもない、誤った理想もあるし、正しい理想でもその為に犠牲を強いるのは正義とは言い難い。覚悟でもない、覚悟をすれば何をやってもいいという事はない。論理でもない、少なくともそれだけではない、情も配慮も無い論理だけで正義を構築すると色々と切り捨てて痛いものを切り捨てねばならなくなる。優しさもそれだけでは正義には手段が足りない、厳しさも必要だ。平等はやや正義に近いが、少数の不幸を多数の為を理由に圧殺する事は許されないが、皆が不幸な悪平等という言葉もある。幸せは正義か? そうである時もそうでない時もあるため、正義とは言い切れない、正しい事をするために幸せを我慢せねばならぬこともある。愛は正義か? 愛と正義が両立している時もあるだろうし論理で言ったように愛なき正義は凶悪だ、けど愛単体と正義とは別、愛の為に正義に逆らう者もいる。因果応報、復讐は、正義に近いが完全に一致はしない。同害報復ころしたならころさねばは判りやすいがそれで済まない事もあり、権利を振りかざしてのやりすぎの連鎖もある))


 そう自分自身に戒められ放たれた怒りは、守護の為の力。その結果は、即ち……


 暴発! 暴発! 暴発! 爆発! 爆発!


「っぎゃああああああ!?」「げばっ!?」「がああああっ、じゅ、銃がああ!?」


 侵略者達は己が相手に押し付けるはずだった地獄に呑まれた。咆哮するルルヤに対し銃撃砲撃を行った刹那。逆に彼らの銃が暴発し、彼らの砲は爆発したのだ!


「教えてやろう、地球の賊共。これが竜術【真竜シュムシュの咆哮】だ」


 爆煙の向こう、堂々と立つルルヤは、猛々しい笑みで告げた。


「只の叫びではない、己が戦意を敵が攻撃に込める相手を害さんとする意志力にぶつける魔法だ。此方の怒りを恐れれば、我が戦意に怯めば、そんな心の弱さに不相応の武は剣槍の類であれば振り刺しの軌道が逸れ、弓矢投槍等の飛道具であればそれは撃ち手の元に返る。攻撃であれば例外はなく、銃とやらも射撃攻撃の一種に代わりはない。一人前の戦士には効果が鈍く雑兵の隊列を乱すのが主だが、咆哮に対抗する為の攻撃に籠る意は、一方的に攻撃しようと距離を置き、己の心技体以外の機構に頼る程その臆病さに薄められる。己の筋力で弦発条を撓め装填する弩でも複雑さ故一流射手でも相当の減衰影響を受ける程だ。機械に頼り、火薬とやらに頼り、遠くから撃ちかけては、傷一つ付けられぬと知るがいい! ……私にも、私が守る者達にもな。【咆哮】は、恐れた者を退散させる獣避けの効果もある。貴様等を逃がす心算は無いので加減したが、私より先に行く事も、私より先を狙う事も、私を倒さねば叶わんぞ」


 つまり、放たれた銃砲弾は、弾道を遡って銃口砲門に返り、銃は暴発し、砲弾は砲を巻き込み炸裂した。その結果の地獄絵図。そして【長尾】で先制の一撃を見舞ったのは、敵の夜郎自大を砕き、より恐怖を抱き【咆哮】にかかりやすくする為の必然の一手。そして一度効果を発揮してしまえばルルヤを乗り越え背後の相手を襲おうという行為そのものを阻止する暗示の効果もある故庇った民の安全も万全、と。タイミングを完璧に読んだのは、幾度かの実戦で急激に戦士として完成しつつあるルルヤのセンスと、思考速度の加速・記憶の保存・指定した内容での自動反応等様々な効果を持つ財宝にも勝る真竜シュムシュの英知を象る竜術【真竜シュムシュの宝玉】の併せ技だ。無論、前者無くして後者が宝の持ち腐れなのは、PCパソコンやスマホやタブレットが有っても使いこなす技能が無ければ唯の箱や板に同じと言えば、現代地球人にとっても解り易いだろう。


「理不尽、め! ふざけるな! なんだ、その、一方的な宣言は……大体、此方が銃に付与できる魔法がないのに魔法で跳ね返せる攻撃に銃弾が含まれるだと!?」

「理不尽に欲が侭蹂躙した者に言う資格のある言葉ではないな。お前が誇りある戦士や護民の騎士よりその銃とかいう穢らわしい機構からくりが勝つのが地球の理だと言ったように、私はお前に言ってやろう。心を鍛えぬ者に勝利無し、此が混珠こんじゅの理だ!」


 地球のそれとは、全く違う力による違う戦い方での勝利であった。成る程、武装に驕る一方的殺戮者と、自分の生存ではなく他者の救済を目指し戦う者、覚悟の度合いが違わぬ筈が無い!


((正義は……遠い。ただ悪を倒し、悪となるな、良くあれと人に示すだけの正義すら、あまりにも遠い。それでも忘れまいと私は思う。お前も忘れないでくれ。正義について考え続け、目指すことを。それでも目指し続ける事が、果ても無く遠い正義というものに、成れなくても幾らかは近づいていける道なのではなかろうかと、私は思うのだ。そして。平和や優しさはもっと遠いが……その先に辿り着く事を、私達が戦って平和を知る人を守れる事を、祈ってる))


 その証拠に、ルルヤは圧倒しながらあくまで己を戒める。己は鍛錬の最中、リアラにそう語ったと。復讐の炎に心が焼かれる前、信じていた正義のあり方を、忘れかけた平和への祈りを。リアラはそれを是としてくれた。一人になってしまった私を、古い理想を、己自身体現しきれぬ真竜シュムシュの教えを、受け入れてくれた。私は生き直さなければならない。偽善を行うとしても、それがどうした。一緒に、この混珠こんじゅで、私達として生きる。その為に戦う。私は、希望になってみせる。私に私の心を少しでも取り戻させてくれたリアラが私に夢見た、本物の英雄の様に生きてやる。わざと英雄ぶるのは邪道で、実際は英雄ならざる外道だと言われても構わない。偽善も善の内、破戒堕落もそれを気にするのも信徒の内故と、天の真竜シュムシュに吼えてやろうと。今は内なる苦渋を抑え、強く堂々と戦う事で人々に希望と勇気を示す時だ!


 ……その上で、曲射の迫撃砲ですら弾道を逆に辿って砲弾が返され、意志持たぬ軍用ドローン等は遠隔操作者の武器と見なされたか操縦者目掛け墜落の有様。耐弾性とかそんな段階ではない、事実上の銃砲と村人の人質利用の完全封印に言葉がつかえる程怒り喚く『軍勢ミリタリー』の叫びに、リアラは【角鬣】で聞き、【咆哮】の副次効果である大音声で因果応報と答え、そして続けた。


「さあどうした、絶望するにはまだ早いだろう! 私には竜術があるが、貴様等にも数の力がまだ残っている。白兵戦には【咆哮】の効果は薄い。突いて来い、斬って来い、殴って来い! この鎧を引き剥がし、切っ先を突き立てて見せろ! 或いは、我が【鱗棘】を破ってみせるか? 混珠こんじゅにおいて極限の勇気や気力は魔法に等しい力を持つ。元より【咆哮】は民を守る為、貴様等の銃砲如き通じぬ強度を我が鱗は持つが、混珠こんじゅの本物の勇者や英雄には、魔法無く勇気と気力のみで魔竜ラハルムの【鱗棘】を破り、竜退治を為した者もいるぞ。大勢雁首揃えて混珠こんじゅの戦士等敵ではないとほざいていたのだろう? 貴様等は。つけあがった以上やって見せるがいい、貴様ら地球人にもまともな戦いが出来る勇士がいるのならばな!!」

「っ、総員着剣! 総員着剣だ! 歩兵隊、銃剣突撃! 洋鬼子ジョンブル共は今もやってるんだ、やれ!」


 機関銃陣地や塹壕をしつらえた大規模な戦闘が減り不正規戦が増加した結果、時代遅れになった筈の銃剣突撃が遭遇戦で効果を発揮する事が皮肉にも21世紀になった地球で稀にだが観測されているという。少なくとも英国軍ブリテン連王国で、銃剣突撃が行われた事例が十数度以上報道されているそうだ。奴等に出来る事だ、やれ! と部下に命令する『軍勢ミリタリー』。射撃を奪われても尚、その頭脳は諦めず軍略を練り続けていた。


「車両集まれ、工兵隊、爆薬準備! 奴隷共を乗せた車を回せ! それと……!」


 指令を叫ぶ『軍勢ミリタリー』の傍らで、じゃりり、と一歩踏み出す音がした。


「いよいよとなれば、お前にも働いてもらうぞ!」


「委細承知だ、朋友ポンヨウ殿。腕が鳴る、血が滾るわ!」


 『軍勢ミリタリー』の傍ら、彼がこの局面で切り札と恃む転生者が好戦的に嗤った。



「うおおおっ!!」

「きぃええっ!!」

うっらあああああっ! ウラーーーーーーー!

死ねモリーやぁあっ!」


 口々に雄叫びを上げ突貫する兵士達。遠くから最新兵器で古代人を射殺するだけの楽な仕事と思っていた状況から一気に肌身に死が近づく状況に追いつめられ、皆必死の形相。とはいえ銃に頼る地球の人間で、真面目な訓練より違法行為に手慣れた糞共ブルシットとはいえ、何れも実戦と血の匂いに慣れた屈強の兵共だ。『軍勢ミリタリー』が侵略と蹂躙の為に呼び寄せた兵は彼の母国の兵が大半に他国の兵や傭兵や麻薬カルテルの戦闘員も混じっているが、その点において変わりはない。


 銃剣突撃全盛時代から比べれば著しく銃身が短いとはいえこれだけの数に任せて突っ込めば銃剣の穂先は十分に槍衾の有様を備え、マチェーテ、縁を研いだスコップ等、それ以外の凶器を持つ男共が、肉の津波の如く【咆哮】には劣るものの殺気の籠った凄まじい怒号と共に殺到する。ただ一人の剣士であればそれがいかに達人であろうとも、質量差に押し倒され、将棋倒しに圧し潰されてビキニアーマーを引き毟られ滅多刺しにされてしまうであろう。


 神秘無き地球の剣士なら。ルルヤは違う。混珠こんじゅの、真竜シュムシュの戦士なのだ。


「はぁああああああっ!! !」


 質量差が、覆った! 叫びと共に、超人の踏み込みを旋回速度に乗せて舞うように回転しながら放った再びの黒三日月が、槍衾諸共敵兵群を吹き飛ばす、岩礁や舳先が波濤を砕くように、爆裂のように、木っ端めいて男共の体が吹き飛ぶ! 俗悪な手等、触れる事叶わず!


 遥かに冶金技術が進んでいる筈の地球の金属で出来た銃身を無数に切り飛ばし、バラバラ舞い散るその残骸の中でルルヤは猛々しい表情と裏腹の優美さで身を翻していた。精錬に魔法が加わった高品位の混珠こんじゅ鉄は決して地球の鉄に劣らず、ましてルルヤの剣は神話的な竜の骨たる鉄、鉄の眷属てつとそのごうきんが有しうる理論的最大値の強度を持ち、その上【息吹】と【長尾】が付与されている。地球の近世においても長槍パイクの槍衾を両手大剣ツヴァイヘンダーで薙ぎ払い弾き飛ばし払い除け切り払って食い破るという運用がなされたというが、その上位互換の兵法と言ったところか。ルルヤの剣は片手で振るうシンプルな物だが、間合いを拡大する【長尾】が乗れば十分に同様以上の振る舞いが可能!


「「「「「ぎゃああああっ!」」」」」


 存分に斬り込み、銃剣を砕き兵士達を薙ぎ払い吹き飛ばし、一群の最奥にいた一人の鳩尾を剣を振りぬいた反動を乗せ【吐息】を付与した爪先で突き刺し、腹を踏み潰すように崩れ落ちる相手を足場に跳躍。宙返りし後背を取ろうとしていた相手を空中から見下ろす。死角を狙うマチェーテやスコップが空を切り、兵士達は驚愕の表情で、宙を軽々と舞う少女の戦意と憤怒の奔馬を乗りこなす戦女神の如きかんばせを仰ぎ見、その直後、天から降る裁きに叩き潰された。


 後は最早荒れ狂う嵐の如し。着地で屈めた足を爆発的に開放、駆け抜けながら切り捨て。切り上げながら身を翻し、四方八方から突き出される切っ先を全て見切り掻い潜り。蛇の様にしなやかに刃を翻し、大胆に踏み込んで剣に加え【息吹】を纏わせ手足に武器並の強度を与える【真竜シュムシュの爪牙】を付与した鉄拳も振るい両手で四方八方を攻撃制圧、しかもそれら一撃一撃が【長尾】の効果で周囲を薙ぎ払う。歩兵相手の戦場は、一瞬でルルヤの支配下となった!


 ……歴代の真竜シュムシュの子孫やそれに従う真竜シュムシュ信仰者達は、火、風、雷、水等様々な属性の【息吹ブレス】を得てきた。その中でルルヤの【月】じゅうりょくの存在は希少なものだが、その際立った特長は肉体や武具に付与した場合の適正だ。元々真竜シュムシュの戦士は山をも動かすと恐れられた竜の膂力を人の身に齎す【真竜シュムシュの膂力】で身体能力を強化しているが、それに加え【息吹】を単に攻撃魔法として射出するだけでなく武器や四肢に付与する事で白兵戦能力を更に強化する事が出来る。武器に纏わせ赤熱や通電で威力を増す、爆発や突風を噴射する事で手足の動きを加速する、神経電流を制御し【宝玉】による思考加速から更に反射速度を加速する、血流を整え身体の状態を最適化し【血潮】による回復速度を増し限界以上の身体駆動を行わせる等、他の属性も様々に白兵戦能力の強化は可能なのだが、【月】の効果はその中でも群を抜く。


歩兵戦闘車IFVだ、歩兵戦闘車が来た!」

戦車MBTもだ!」

「うおお、やっちまってくれぇっ!!」


 散々蹴散らされた敵兵が、逃げ腰になりかけながらも歓呼の声を上げた。タイヤを唸らせ無限軌道を軋ませ、この世界に存在しなかった兵器が疾駆する。機関砲や機銃、ミサイルや滑腔砲の類は【咆哮】により使用不能だが、時速数十kmドエヘピの速度とトン単位数千ミカガチの質量はそのものが暴力。轢殺を狙ってルルヤ目掛けて殺到する。これならば殺せると歓呼する歩兵達。装甲車と戦車の操縦者達も、剣では貫き通せぬだろう重装甲に守られて手柄の予感に舌なめずりをした。


装甲しよろいをまとい火砲でかいじゅうを積んだ馬無しの戦車チャリオット。リアラが言っていた戦車タンクとか装甲車とかいう奴か!」


 突進する戦車に、対戦車火器を持たぬ人間に何ができるだろう。勇気を持って天安門事件のように立ちはだかる事が出来ても、待ち受けるのは無残な死だ。だが、ルルヤには微塵の怯みも無い。その理由こそが、握る拳に宿した【月】の力である!


 GOUOAAAAAAA……!!


「ふんっ!! !」GWAANNNN!!!


 次の瞬間、IFVは尖ったフロントを砕け散らせながら宙を舞った。車体がぐるりと裏返り、同じく突進していたもう一両のIFVに激突し、諸共に爆発。それを行ったのは、【月】の闇宿すルルヤのアッパーカット! 拳の一撃が、装甲車両を砕いて宙に舞わせたのだ!


 ……【月】の属性は重力を操る。その強弱も、その方向も。ルルヤの拳はそれを振る方向に瞬間的に通常のそれより爆発的に増大した重力加速度を得、即ち敵に目掛けて通常より極大化された重力に導かれて落ちるように加速し、激突時に拳はその重さを爆発的に増大。同時に拳を撃ち込んだ敵の重さを相手が不利を受ける魔法付与への抵抗に失敗した場合打撃の効果が最大化する程度に打撃の間だけ軽量化。それらが自らに齎す反動・反作用は、あくまで〈自分の体が極度に重くなったり極端な速度で振り回された事によるな結果〉なので、【鱗棘】で防げる。彼我の質量差や反動を無視し極大の破壊力を叩き込める、それが【月】の特性。


 破砕音、轟音が響き渡る。宙を舞う間の攻撃を受けた車両とそれが落下する迄の巻き込まれた車両の操縦者、周囲の歩兵、他の操縦者の間に事実を認識できない一瞬、事実を認識しての恐怖と驚愕と混乱の感情が流れる瞬間。ルルヤは既に次の動きに入っており、そして車は急には止まれなかった。ましてや、装甲を纏った大質量だ。


「っはぁっ!! !」ZGAN!!


 もう一両のIFVに対し、今度は身を捻り掬い上げる様な蹴り上げ。巨獣がもんどりうつように周囲を巻き込みながら派手に横転するそれを後目に、向き直る、既に間近の戦車!


「捕っ、まえたぁ!!」


 そのフロントを鷲掴み、ルルヤは戦車を止めた! 【月】の打撃力増大は、逆に用いれば無論自分へのダメージへの低減にも使用可能なのだ。そして、IFVの時もそうだったが、雑兵を乗せた単なる物体である装甲車両には、軽量化の付与がほぼ確実に効く。故に。


「せええええええいっ!!」「アイヤアアア80~90年代OVA的怪力娘!!?」


 戦車はルルヤの両腕で、頭の上まで持ち上げられる。何か隠れオタクだったらしい兵の一人が絶叫する。そんなズレた発言に周りの兵士は突っ込みを入れる暇も無い。ルルヤはぎろりと周囲を見回すと……敵兵群目掛けて、戦車を投げ飛ばした!!


 ZDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNN!!!!


 宙を舞う間は軽々と高く飛び、着地の瞬間トン単位の重量を取り戻した戦車が轟音を立てて敵兵群諸共粉砕!


 爆音の後、静寂が訪れた。ルルヤが戦場に君臨し、四方を睥睨し空間を支配する。一騎当千せんのきへいより万人敵まんのへいより万夫不当まんのつわものよりつよいを体現すると敵へ示す。最早、敵軍の戦意も砕けたかと思われた、刹那!


「FUNN-HAAA!!!!!!!!!」「!! 【息吹】よ!!」


 空気が轟いた。緑の輝きを纏う疾風が渦を巻き、明らかな破壊的威力を示しルルヤへと飛んだ。だが、ルルヤは即座にそれに反応。否、何事かに期待するような敵兵の視線の動き、空気のざわめきから、一瞬前にその発動を既に呼んでいたか。即座に漆黒の【息吹】をぶつけ相殺!


「ATYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」


 しかし新たなる敵は己が放った霊的衝撃波を追いかけるよう次の一撃を放っていた。それを見て、ルルヤは紅の眼を細めた。それは跳び蹴りであったが、明らかに異常であった。跳躍力と重力と空力に従わず普通の跳び蹴りと違ってまるで滑車と振り子の理に従うが如くルルヤが見たらまるでワイヤーアクションだと言う動きで、超高速でカッ跳んで来た! 異界の技だ、間違い無く!


(驚いた、が、それだけだ!)


 即座にルルヤは反応した。篭手に覆われた前腕で受け、受けると同時に肘から前腕を回転。脚と踵に絡め、梃子を効かせアキレス腱と足首を捻じ切りにいこうとした。だが。


「AAAATATATATATATATATATATA!!」「ちっ!」


 相手の左足を圧し折る前に、相手の右足が動いていた。空中で片足を押さえられているというのにまるで地に脚をついたような安定感から放たれる、機関砲の如き蹴撃乱打ひゃくれつきゃく


 GAGAGAGAGAGA!


「KEI!!」「フン……!!」


 機関砲の掃射に勝るとも劣らぬ敵の連撃を、ルルヤは左手で捌ききる。が、その隙をついて、相手はルルヤの右手にホールドされた左足を引き抜いていた。直後、ルルヤの腕に最後に打ち込んだ一際強い一発を足がかりに、敵は後方宙返り! まるで布袋を放り投げたみたいに布袋劇のような動きで軽々と後方へ間合いを保って着地!


你好ニーハオ玩想郷チートピアの敵、真竜シュムシュの勇者とやら! 先の名乗りは聞いたぞ、ルルヤ・マーナ・シュム・アマト! 故名乗り返そう、俺は位階第二十七位、『功夫カンフー欲能チート』!」


 左拳右掌敵対を表す包拳礼をしながらそう豪快に名乗ったそいつは、六尺豊かな髭面屈強の大男。地球の野戦服の上から混珠こんじゅで誂えたと思しき部分鎧に|混珠こんじゅ外らしき意匠の《出身国即ち中華風の》装飾を施したものを纏い、跳び蹴りの時に片手に携えていた穂先長き槍を今は傍らの地面に突き刺し、腰には細身の剣。その登場に、先ほどの戦車の登場よりも、どっと大きな歓声が敵兵から沸いた。成程、こいつが敵軍の切り札。感覚的に理解する、そう、主に痛覚で。最後の一撃を受けた腕に、内側から弾けるような衝撃と、僅かな出血。何らかの魔法に類似した効果を持つエネルギー付与による、極めて衝撃貫通性に優れた攻撃か。なまじ必殺ではないが故に、竜術による即死的効果の拒絶の、ぎりぎりの外にいる。敵兵の滾りも、その血を見たが故も大きいか。実際過去の交戦経験からしても、【鱗棘】の自己への直接・決定的な負の干渉を欲能チートすら遮断する特性もあり、位階と強さは直結しない。『必勝クリティカル』より位階は下だが、此方からしてみればこいつは『必勝クリティカル』より厄介。こいつを討たねば、敵軍の士気は崩壊すまい、と。


「掌風遠当てと軽功をその程度の手傷で凌ぐとはやるな。やはり異世界は素晴らしい、闇試合や道場破りとは違う、地球と違い殺し甲斐のある奴で溢れている! 屠竜の偉業まで為せるとは!!」

「出来る心算か、舐めてくれる。だが少しは心得があるようだな。欲能チートだけが頼りの雑魚を嬲り殺すのは飽きるのを通り越して少々一方的過ぎて心苦しかった所だ。地球の武、見せてみろ!」


 貴様を俺が殺すと、牙を剥くような表情で呵々と笑い槍を地面から抜き構える『功夫カンフー』に、かすり傷を与えた程度で粋がるなよ、とばかりに、ルルヤは堂々と答え。剣を敵へと向けた。


(さて、『功夫カンフー』が勝てば万々歳だが)


 その様子を観察しながら、『軍勢ミリタリー』は三つの準備を進め続けていた。一つは爆薬。爆薬筒、指向性対人地雷、軍用プラスチック爆薬、etc。射撃は封じられ、銃剣突撃は蹴散らされ、車両轢殺は防がれるというなら。射撃ではなく直接爆発に巻き込むのなら通用するのではという作戦だ。本来なら爆薬作戦を試してから『功夫カンフー』を投入したかったが、同盟者である『功夫カンフー』が血気に逸ったのと、爆発に巻き込む手段の構築が生半ではかかるまいが故にやむを得ず順番が前後する結果となった。


「トラックを回せ。万一『功夫カンフー』が劣勢になったら仕掛ける。今の内に備えろ」


 故に確実に巻き込む為の手段が第二の準備である村々から拉致した奴隷達の人質としての使用である。トラックのハンドルとアクセルを固定、人質と爆薬を載せて突っ込ませる、人質を助けるなら車を投げ飛ばすわけにも殴り飛ばす訳にも行くまい。受け止めて車輪を砕こうとでもした瞬間に遠隔起爆してやれば、確実に巻き込める。充分な量の爆薬なら、銃砲など通じぬと嘯くハッタリも気力の篭った攻撃なら貫ける等という戯言も無意味だろう。それでもダメな場合は部下には言えぬ第三の準備をしているが、ここまでやれば。そう、『軍勢ミリタリー』は考えていた。


「大変だ! トラックが乗っ取られた、奴隷女共が! 長虫バグだ、あっちにも!」

「何だと!?」


 しかし直後に飛び込んできたのが動転した兵からのこの報告。『軍勢ミリタリー』は狼狽した。奇襲ではある。だが『色欲アスモデウス』とその同盟者共との交戦データにおいて、断片的ながら『長虫バグ』が一匹ではない可能性があることは提示されていた。故に僅かな可能性とはいえ周囲を兵に警戒させていたし、何より能力的な相性故に眼前の長虫バグにはぶつけず後方待機を命じていた『銃劇ガンアクション欲能チート』がそこには居た筈だ。『銃劇ガンアクション』の能力は名前通りの特にB級な映画の主人公じみた『幾らでも弾丸が出る決して故障しない拳銃と、幸運の限定的な極大化による弾雨をも避け建物ごとの大爆発からも間一髪脱出するか安全な場所に逃げ込める射撃と爆発への防御力』。己の幸運を増大するこの欲能チートと【咆哮】の違いから、『軍勢ミリタリー』は爆薬攻撃なら射撃無効の対象外と踏んだわけだが、それはともかく魔法攻撃にもその特性は発揮される為この開けた平原であれば先んじて発見すれば少なくともトラックが乗っ取られるまでの間に報告もできずに殺られるなど有り得ぬ筈。現状で健在だとしても、そうだとしたら何故おめおめとトラックの乗っ取りを許したのか。


(奇襲を敵が仕掛けてきたのは問題ではない。何故奇襲が通った!?)


 『軍勢ミリタリー』の動揺を尻目にルルヤと『功夫カンフー』が激突する。この直前からこの瞬間にかけ、この戦いの戦局は同時進行的に大きく動こうとしていた。

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