・第十四話「チートを狩る者達、新天地玩想郷を驚愕せしむること(後編)」

・第十四話「チートを狩る者達チートスレイヤーズ新天地玩想郷ネオファンタジー驚愕えんじょうせしむること(後編)」



「『労働開始』!」ZDOM! 「神権、『ハスター』!」ZDOM!


 直後、二柱の悪神は大気を破る音を立てて飛翔した。『経済モレク』の黄金の体からは、風を操る飛翔魔法、炎を噴射する飛翔魔法、念力で浮かぶ飛翔魔法が複合的に噴出し、魔法ジェット推進が形成される。囚われた哀れな魔法使いの残骸達は粘土細工のようにねじ曲げられ操られ、魔法ジェットは黄金の巨体の何処からでも噴出され、その巨体に地球の最新型戦闘機が有する推力偏向ノズルを遥かに上回る機動性を付与する。肉色の『惨劇アザトース』の触手には邪神の名を唱えその司る権利を行使する事で襤褸布の衣を思わせる黄色い粘膜が張って翼となり、その翼が異界の法則を招来し、超次元的で概念的な風の力を操って『経済モレク』に勝るとも劣らぬ飛行性能を発揮した。


(神権『ヨグ・ソトース』、描写追加。『町全体を包囲する様に次々と出現し続ける『蛮殺暴鬼バルバロイ』』!)


 一拍の間、『惨劇アザトース』は戦闘前準備に費やした。己が創作の怪物を『惨劇アザトース』が召喚できるのは、究極の邪神の力で以て同一神話の他の神々の属性を支配し行使する異能の一つによって『異界と繋がる門』を形成、元々ヒュプノスやヒュドラやバステト等の他神話の神々を取り込んでいた元の架空クトゥルー神話の要素を用い自己の物語世界という神話の存在を召喚するという過程を経るのだが、無限に召喚可能と豪語したのは事実だが〈何をどのように召喚するか〉は、内心において物語を綴るように己で決し演出しなければならない。凝った奇襲等に思いを巡らし己の肉体に隙を作る訳にはいかぬ。故に、街への制裁は雑兵の無限沸きに止め、自己の戦闘を優先!


「勝手放題の事を言って! 世界法則の具現である私に! 逆らうとは!」


 故、一手間分先に『経済モレク』が動いた。地上を見下ろし怒号する……街は今や一斉蜂起の様であった。霊魂に励まされ、それを通じ【地脈】で得た力の大半を注ぎ込んだリアラの竜術付与により抵抗力を得た民衆が、机や戸棚を倒しバリケードを作り、奪った武器や機材を壊して作った即席武器で過労死ゾンビや機怪戎テラスメカニと戦っている……何故逆らう、許さぬ、〈長虫バグ〉共々処分してやると、先程は腕に出現していた魔法使いの人面が『経済モレク』の全身に出現。【地脈】に霊魂達が与えた力に勝るとも劣らぬ力が込められ、地球に於ける大国の空軍が一国との戦争に投じる空軍力の全力で行う猛爆撃にも等しい威力を得た無数の攻撃魔法の重爆撃嵐が放たれる!


「勝負だと言ったろうが! 悪神がぁっ! 【GEOAAAAFAAANN! 】」


 そこに地から駆け上がったルルヤが食らいついた。猛々しく逞しい漆黒の翼を広げ、天を貫かんが如く飛翔。【地脈】で得た力を全力で使う事で今より数段成長したに等しい力を強引に発揮し、【咆哮】と【骨幹】と【爪牙】に【息吹】を付与し更に威力を跳ね上げた【息吹】を単独発動! 攻撃魔法の雨を咆哮の撤退阻止の応用で己めがけねじ曲げ、纏めて息吹で薙ぎ払い吹き飛ばし、尚残り降り注ぐのを、黒く燃える拳と剣で切り払い殴り飛ばしながら空中突貫!


「ははははははははははははははははは! 良いでしょう、ならば死になさい!」


 それに対し『経済モレク』は、世界の全てを塗り潰す如く○せがわゆういちのまんがふうに笑いながら、再び魔法重爆撃を放ち、更にそれに加え周囲に従えていた金の力でかき集めた魔法武器を一斉射出!


「ははははは! この使い方は『交雑クロスオーバー』君の戦法の真似でしてね! 他の十弄卿テンアドミニスターの戦法すら会社と金の力なら再現できるのです! まして魔法如き、竜如き!」

「相変わらずリアラの言う通り認識が甘い! 混珠こんじゅを! 真竜シュムシュを舐めるなっ!」


 飛来する魔法武器を悉くルルヤは切り払い粉砕破壊! 桁外れの規模だが、中には自動追尾等の追加効果を持つ物もあったが、当たれば傷となるといえど運命干渉的追加効果は竜術が抵抗、投射自体は付与錬術れんじゅつ《自律武器》による単純な動き故、ルルヤの技量なら凌ぐに支障無し!


「舐めてはいません、はは、舐めるでは済ませません! 食らい尽くして有効に活用してあげましょう! 一匹一匹は竜に劣る魔獣の筋力でも! 束ねればどうですか!」


 哄笑し『経済モレク』は金で英雄を縛り狩り集め飼い殺した魔獣を吸収した怪力を振、


「通じんぞ、その程度っ!!」


 るおうとしたその瞬間、ルルヤは『経済モレク』を五度殺した。心臓、首、頭、脊椎、肺。瞬間、空にギザギザと黒い鋭角の残影を描きルルヤは『経済モレク』を更に上回る猛烈な速度と機動性で飛び、その隙という隙に斬撃また斬撃!


「~~~~~~~っ!!?」


 『経済モレク』は驚愕し切り裂かれる。ルルヤの【息吹】、【月】の属性は白兵戦に対する付与において最大の効果を発揮するが、それが更に効果を増す条件がある……空中戦である。空舞うルルヤは天然自然の重力とは桁違いの加速度で〈空に向かって墜ちる〉事で飛ぶ。その方向は一瞬毎に変更可能でありあらゆる慣性は無効化される。上下左右前後逆行自由自在、『経済モレク』が最新鋭戦闘機に勝るなら、ルルヤの飛翔は都市伝説の未確認飛行物体UFOにすら勝り、地球の物語アニメ英雄的人型機動兵器スーパーロボットの中でも極限の速度をと機動性を有する部類に匹敵する!


「成程、これが貴方の力! 評価します! 早速改善せねば! P! D! C! A!」


 だが。それら全ての致命傷を、『経済モレク』は平然と自己回復した。恐ろしい程に余裕ある、苦痛を欠片も感じていない口調で。その回復力は【血潮】を、殊に苦痛抹消能力において遥かに上回る。そう、苦痛制御。その体表に『経済モレク』が取り込んだ人間の顔が一つ追加で出現し「ああああああ」と『経済モレク』の身代わりとして受けさせられる苦痛に力ない呻きを響かせる中、黄金巨体が高速変形! 反撃!


「くうっ!」「改善計画ぅ、実っ行ぅうっ! 死角があるなら潰せば良い、死角を潰すには、はは、視覚を増やし、届く手を増やせばいいのです! 弊社に捧げられた命が持っている頭の数と腕の数を束ねれば、魔獣以上の身体能力を保ったまま数を増やすも容易い事! そぉしてぇっ!!」


 もう一太刀を見舞うルルヤに放たれるカウンター。それは【鱗棘】越しにもダメージが通る程の強烈な熱線。二の腕を襲う痛苦以上に更なる敵戦力への警戒に唸り翼を羽ばたかせ間合いをとるルルヤ。


 その眼前の『経済モレク』の姿は、背面だった所に複数の顔と腕が生じ、三面六臂と変じていた。四方全てを睥睨し、直上には三面に増えて六本となった角が接近を阻む槍衾となり、更にその下半身は飛翔魔法における噴炎の比率を増すことで巨大な炎に包まれ、下からの攻撃を阻む火の防壁を形成。天空城の如き偉容、更に六本の腕に六つの武器。


 髑髏を象った瘴気を宿す鎚鉾、凶悪な意匠の刃と異様な輝きを持つ斧、柄頭から熱線を放つ凍てついた刃の短剣、ルルヤの【息吹】と似た黒い力を帯びる鉈、河川氾濫に等しい大量の水を氷ではなく変幻自在のまま固定化した水として圧縮し纏わり付かせる事で大刀と化した短刀、雷帯びる金色の、地球で言うプッシュダガーやジャマハダルやパタの類いを更に攻撃的に拡大したがごとき武装、握り拳の遥か先まで延びる切っ先と腕を肘まで覆う刃の武器、握甲剣!


「《貪欲髑髏ディシャ・ネシャヤ》、《乱伐者バリガニヤグ》、《灼光の切先ユースル・ソレイベン》、《重打の鉈ジェギロダ》、《ナルヴァ》、《ラトイディフィス》! 全て屠竜武器! 使い手を社会的金銭的に破滅させ命諸共入手しました! 即ち振るう技量まで私の物! 加えて街一つの亡霊から支援を受けたとて、ここ以外の六つの企業都市カイシャリアで弊社の為に費やされた死、生命力、人生、寿命は全て私の物! 私の資本力は君の六倍! 大量の金属と魔獣の体を混合した今の私に致命傷を与えられるのは大した物ですが、苦痛は全て奪った人格に肩代わり、私に何の痛痒も無く、私が有する命の数より貴方の魔法力が尽きる方が早いっ! 先程は少々驚きましたが所詮は欲能チートレベルに至っただけの事、『取神行ヘーロース』とは格が違う!」

「ぐっ! こん、な物ぉっ! 生前の模倣を合わぬ体で繰り出しても、不完全だ!」


 身を焼く痛み。だが、ルルヤはそんな物苦しく無かった。ルルヤの苦しみは別の理由だ……襲い来る六重猛攻を、ルルヤは受け、堪え、反撃し、防ぎ、防ぐ! 其々の腕の動きは確かに屠竜英雄の武技の再現だろうが、生前とは体格も違い、まして六本腕の一本という限定的な状況に無理矢理音仕込めば、必然不完全な再現となり掻い潜る隙が生まれる。


 打撃を肩鎧で受け、軋む骨と揺らぐ片翼を堪えながら幾重にも連なり襲い来る斬撃をもう片方の翼を盾にし、向けられる切っ先から熱線が迸る直前それを持つ腕を防御の反動を乗せて身を翻しながら蹴り折り、両翼に攻撃を受け高度が下がりかかる所に降り注ぐ重い斬撃二発を剣と拳で腕を切り折り払い、六臂を掻い潜り、潜り抜けた腕を刺し貫く。痛覚を感じる。其の度に沸き上がる感覚。


(嗚呼。私は。ああ、あああ。こんな。……こんな、奴なのか、私は)


闘争が楽しくて堪らない。鍛えた技を全力で振るい、読みあい、箍を外し、裏をかきあい、力を比べ、術を振り絞る事に血が滾る。其の結果の殺害にすら。復讐の故だ、そう思おうとするが。しかしそれは同時に自分が、復讐を、誰かを憎み呪い害意を燃やす事を、餓えた獣が血を啜る様に楽しんでいる事でもあると理解してしまう。


 血の滾りが、その為に戦うと決めた過去の平穏の記憶を上回りそうになる。それは何より辛い。辛いのに、ざらざらと、思考に、■■■■■■■■■■■■、雑音が走る。まるで過去に血泥を擦るような罪悪感。己の、血煙に翳るたる側面を直視させられる。だが、とルルヤは己に抗う。己が醜悪なれば、だからこそ尚更、そんな己の醜悪を堪え、為すべきと思う事を為さねばと。為さねばならぬ事があると!


「っ、ぐううっ!?」「ご覧なさい、重力攻撃とて金で買える! そして不完全は確かに! ですが一騎討ちの誇り等捨てさせられれば得られるシナジーもあります!」


 しかしその葛藤の隙を突き、蹴り折られ刺し貫かれた腕を即座に再生しながらそのルルヤの次の動きの前に『経済モレク』が己の腕に命令! 疑似重力属性付与の鉈とルルヤの力が拮抗した隙に、水の大刀に雷の握甲剣を接触! 通電! 感電し苦悶するルルヤをそのまま膂力で下に押し下げ、電撃に抗うルルヤに対し握甲剣を外し変わりに凍った短剣を水の大刀に触れさせ刀身を絡みつく氷の縄に変じて緊縛すると、再び全身に魔法使い達の人面を形成。再度の魔法重爆撃で今度こそ地上ごと焼き払わんと、


「~っ、う、ぅ、うぉああああああああああっ!! !」「お、おおおっ!?」


 する所に爆発! 氷を砕き今度こそルルヤの反撃が炸裂! 電と氷の苦痛を堪え乗り越え反撃! 両手が塞がった状態で放たれた反撃は【真竜シュムシュの息吹】。ある意味本来での用法、そう、手で顎門あぎとを象る事無く、直接口から発射! 発射! 発射! さんてんバーストしゃげき!


「っはっ! これだけ近ければ、構えて精密に狙いをつける必要もないからな!」


 『経済モレク』の胴体に浮かぶ魔法使い達の顔を潰すように一発、三面のうち正面の一つを吹き飛ばす一発、そして、美少女らしからぬ攻撃の直後に美少女らしからぬ表情を浮かべ、ルルヤは残り最後の一発が『経済モレク』を外し飛ぶに構わず、更に叫ぶ……!



 その暫時前。地上の機怪戎テラスメカニへの指示を一瞬で終えた、〈虚無魔獣ジェノバイオー〉等の古いOVAに出てくる作画力アピールの為のグロ&ゴアの権化の如き『惨劇アザトース』にルルヤは挑み、触手を取り囲むように大きく広げ『惨劇アザトース』は対峙。機怪戎テラスメカニのこれ以上の展開を阻止しようとリアラが放った【陽】の【息吹】を、怪異な暗黒を触手の一本から発生させ防御した。


「神権『ナイアーラトテップ』! そんなちゃちな光等、私の闇げんじつの前では通じないわ、正義の味方ぎぜんしゃ主人公気取りワナビー子供ちゅうにびょう! 理屈なんて何処にでも付く効かない膏薬を、良くも言いたい放題言ったもの! 言った通りの覚悟ができるか……死なせてと言うまで嬲って、思い知らせてあげる!」

「子供は否定しないよ、混珠こんじゅで二年過ごした享年14歳中学生だ! けど!」


 『惨劇アザトース』が自分の攻撃に防御を行なう前から、全力で飛翔しリアラは駆け上がる。できれば最初の機怪戎テラスメカニ追加召喚も止めたかったが、都市全体への竜術付与を優先せざるを得なかった。だが。


「神権『ハスター』! 『イタクァ』! 『クトゥグア』! 『クトゥルー』!」


リアラが言葉を続ける暇もなく『惨劇アザトース』が狂気の神々を歌い上げた。それだけで、六都市の民を虐げ奪った生命力を注ぎ込む混珠こんじゅ魔法の極限に近い『経済モレク』の魔法重爆撃と同等の、風の刃が、絶対零度の吹雪が、爆炎が、ウォーターカッターが炸裂!


「う、あああああああっ!? っ、あああっ!」


 儚い妖精の翼を煌めかせるリアラは、既に市民への竜術付与で霊魂から貰った力を相当使っている上に、これまでの戦闘で竜術への習熟を増し【鱗棘】の硬さも増したとはいえルルヤ程の戦闘力は無い。より多くの力を注げばより強力な魔法を得るとはいえ元の魔法への習熟と魔法自体の特性の限界というものもある。辛うじて邪神の力が地上に及ばぬ角度まで己を上昇させた所でそれを受けたリアラは、白魔術と竜術に限界まで力を注ぎ込み、ズタボロになりながら突破するしかなかった。一瞬で傷だらけになった体を、頭を潰されぬ限り死なぬという宣言通り強引に癒しながら突破!


「その翼が単分子ブレードを兼ねている事は、承知の上よ?」


 頭部を守る為両手を顔前で交差させ、翼を煌めかせ突貫するリアラに、体の左右すれ違い等という範囲の限定された攻撃手段に飛べる己が当たるものかと、至近の間合いに突っ込んだ相手に対し打ち据え絡め取り捕らえんと触手を叩きつける『惨劇アザトース』。


「つあっ!? 何ぃいっ!?」「承知の上なのも、承知の上だっ!」


 その触手がぶった斬れた! のみならず触手を切り払って突き進んだリアラが『惨劇アザトース』とすれ違う時、羽に触れない位置の体すらも! 叫ぶ『惨劇アザトース』! 苦痛を堪えにやりと笑うリアラが交差させた両手で構えていた得物が一瞬明らかになる。超自然的な体液が表面を伝い【息吹】による光学迷彩の効果を受けて再び消えるそれは、空中白兵戦と状況的に類似した騎馬・戦車戦のすれ違う斬撃に向いた混珠こんじゅ式両刃長柄戦鎌。


「く、でも浅い! それに……!」「神権『シュブニグラス』、豊穣を、法悦を!」


 然しルルヤの表情も長続きはしない。本来触手を迎撃する羽目にならなければ慢心した首に引っ掻ける心算だったのだ。それに加え、持っているかもと危惧していた自己再生能力がやはり存在したのもその理由だ。繁殖する神の名を唱えその神権の応用で、邪神は見る見るうちに傷を塞ぎ切り落とされた触手を生やし苦痛を消し去る!


「あは! 今度は此方の番よ、異世界被れナッティ・バンポー! 『ニョクダ』!」「な、うあっ!?」


 振り回される触手。それを掻い潜った筈のリアラだったが。直後、粘り付く黒蛋白石ブラックオパール色の粘液が触手先端から噴出されリアラに絡み付いた。


混珠こんじゅ人が好きなら、同じ様に嬲られて死になさぁい……♪『グラーキ』!」

「っ!? っがああああああああああっ!?」


 蜂蜜の様に濃く、酸の様に焼く声音で『惨劇アザトース』が告げた瞬間、リアラは絶叫した。粘液を啜る様に巻き取り己を捕らえた触手から、杭打機じみて鋭く太くギザギザした棘が何本も打ち込まれては、傷口を擦りながら引き抜かれたのだ。何度も。


「流石に頑丈ね。毒を注ぎ込んでも効きもしない。っと、『ガタノトーア』! 貴方自身は石化させられなくても防御には使えるわね、『アブホース』! ふふ、吸血位は出来るし、この針を、『クトゥグア』! あはっ、炙ってあげる……!」


 何度も、何度も。咄嗟に振るった片手は空中に石壁が形成され砕け盾になり防がれ、その手も触手に絡めとられ針を打ち込まれ血を吸われ、更に針が赤熱化。


「ぐっ、ううっ……」「ああ、ああ♪いい声! 毒は効かないけれど、孕ませる事は出来るかしら? 『クトゥルー』の神権で、醜い醜い半魚人を産ませたいわ!」


 『経済モレク』と違いリアラが口から【息吹】を発しても防げるよう『ナイアルラトホテプ』の暗黒を付与した触手を翳し両腕を捻りあげ、愉悦の吐息を溢す『惨劇アザトース』。


「っ、痛い……、けど! 痛い、だけだ! それが、どうしたっ! ああ、そうだ、こんな痛み……さっき言いかけた事と比べれば、どうでもいいや……!」


 その愉悦を、リアラは吹き消した。『惨劇アザトース』の緑に光る目が苛立ち細まる。成程、確かに『否定アンチ』を殺す時、腕を落とされ胴を半裂きにされても剣を突き出したという。だが、刹那の一撃に対し此方は拷問的な長期苦痛だ。違和感を覚える。こいつは冒険者上がりと言っても、失ったことを悔やむ幸せと思うような温い日々を生きてきたのではないのか?


「正義の味方や主人公って言葉を皮肉や罵倒の意味で使うな! 迷惑かけなきゃ中二病のナッティ・バンポーで何が悪い! 理想と物語を否定する社会モレクも、性と死と暴力のワンパターン三話あたりで美少女を殺すばっかりで物語を塗り潰し穢すお前アザトースみたいな世界には汚濁しか無いと喚く似非自然主義文学野郎暴力とレイプばかりと言うエミール・ゾラもどきも……この言い方は極端だとは承知の上だけど……許さない、死んでも許さない、いいや、死んでも殺す!」



 『惨劇アザトース』の疑念の視線に対し、その皮肉にまた皮肉を返し、言葉での勝負を挑むようにリアラは視線を返し、論を唱えた。それに『惨劇アザトース』は思わず応じた。脚本家故の条件反射であった。


「くく、何を愚かな事を。私は物語に現実性リアリティを与えているだけです。物語に理想を求める等時代遅れ、弱者の戯言。現実性ひげきさんげきあってこその良質な物語よ、駄目御宅ボヴァリスト!」


 『ナイアルラトホテプ』の防御越しに睨み合う両名。リアラの瞳が牙を剥いた。


「現実か。お前達は何時もそう言うけど……現実とやらがそんなに素晴らしいなら何で物語があるんだ。なんで物語が要るんだ。現実だけじゃ満たされない、現実だけじゃ呼吸も出来ない、現実だけでは生きるに足りないものがあるから、そう思う人間が沢山いるからこそ物語が必要なんだろうが!」


 な、と、余りにも大胆無謀な全てを現実と物語に切り分け二つを対立軸に置く二元論的論法に『惨劇アザトース』の反論が一瞬遅れる間に、リアラは更に畳み掛ける。


「言っておくが現実逃避じゃないぞ、現実と戦う為の燃料として物語は要るんだ! 例えば奇跡や魔法の物語を軽蔑する者は、現実には魔法なんて無力だなんて言うが、奇跡や魔法を夢見て癒され再起した人が動いて成した事は現実に作用する力だ! 僕は物語を愛する、ああ、オタクだよ、だけどオタクだけの話じゃないぞ。そもそも現実って何だ。人間の心を無視し、優しい子を成績で勝ち負けの負けと価値付け、感受性の豊かな人を業績の基準で最低だって裁定し、正義感のある人を地位でちっぽけと判断し、偶然の事故や災害や互いの現実的な都合を押し付け合う争いで攻め苛み、そして死と寿命で全てを飲み込み奪う、他人の判断基準と苦痛と無情な時間制限の寄せ集めじゃないか、とても酷いもんさ! それは人類の歴史が証明してる。魔法や奇跡が物語なら、神話や宗教も物語だ。知性を得て人間になってから数万数千年、死者に花を手向けた時から、知性を得たせいで理解できるようになってしまった死の恐怖を物語で癒して人は命を繋いできた! 死の恐怖に対する癒しだけじゃない、お前、理想についても言ったよな。理想も明日も今ここにある物じゃない、つまり現実じゃない物語の領域だ。同じ神を信じる者は神の名の元に平等だって考えが人権思想の土台になった様に、神話や伝説のなかで鳥の様に空を飛ぶ神や天使や英雄に憧れ、鳥に憧れ、イカロスからライト兄弟に辿り着いた様に! 人間は物語があるからこそ死や不平等って現実と戦い科学と未来を夢見て進歩してきたんだ。努力は報われるという物語がなけりゃ努力も出来やしない。より良い明日があると信じれなきゃ人は先へ進めない。その理想に、物語に、現実の負の面おぶつを塗りたくって何が楽しいんだ!」


 現実性リアリズムを好んだだけで、一瞬で人の美質尊厳全てから切り離された。それは明らかに乱暴な話であったが、現実性の名の元に為した悪行と堕落が逆手に取られれば、反論も反撃も否定もままなるまい。逆手に取った武器を捻りあげて逆に奪い刺す、戦う激しい言葉だった。


「ずっと……物語が生きる糧だった。物語を愛して、生きていればまた新しい物語が見られるから生きてきた。僕の現実は、物語の力が、その一部として確固として支えてきていた。……物語は、僕の哲学で、僕の宗教で、僕の神様で。混珠こんじゅは、そんな僕が憧れて夢見た物語に似た、僕が初めて思い切り呼吸できる、初めて生きるに値すると思える世界だった。……生前の友達には不義理な話で、そういう所、僕は情けない人間だと思うけど。だけど、だから。全ての美しい物語がないと生きられない人と愛する物語と、正に信仰という共通の物語によって平和を保ってきたこの混珠こんじゅの為に! お前達現実の奴隷に、負けるもんか!」


 極端は承知の上、弱さも承知の上、だけど、物語は断じて現実に軽んじられる存在じゃないし、混珠こんじゅは断じて地球に侵略されるだけの存在では無いのだと。それほど強く熱く激しく、リアラは吼えた。祈りめいた、良き物語が人に齎す善を信じ、良き物語を守ろうとする信念を!


混珠こんじゅを、守る! それがこんな僕が今生きる目的だっ、その為に、死に、勝つ!」

「はっ、そんな御大層なものか、この世界がっ! 私達玩想郷チートピアが世を荒らした結果現れた傭兵共や賊徒共を見ろ! 一皮剥けば同じ穴の狢、一樽のワインにコップ一杯の糞尿を入れればそれはもう一樽の汚物でしか」「人間社会はワインじゃないさ、そう均一に混じらないよ!」「手前てめぇ!?」


 反論皮肉の比喩をぶった切られ、未だ絡め取られたままの分際でと、『惨劇アザトース』は激昂した。『ナイアルラトホテプ』による防御を攻撃の為に外す。【息吹】を一発喰らってもその程度で死にはせぬ、ならば構わぬとばかりに……そうしてでもどうしてでも、この言葉を消してやりたいリアラを最早無視出来ぬと!


「神権『ウボ・サスラ』!! 狂え狂え狂ぇええええええっ!! !!」


 『惨劇アザトース』の体を構成する貝殻状部位が開いた。その奥に存在しこの世ならざる情報を放ち空間を異次元色に汚染するのは禁断の叡智を宿す石板。本来何れもが目撃した人間の精神を打ち砕く狂気的恐怖の怪異たる邪神の異常性を、怪物が普通に存在する混珠こんじゅの人間にも通用する様に、また制御する為に、邪神と交流する程の賢者すら一撃で正気を砕かれたという石板『旧神の鍵』の逸話にその肉体と能力を構成する何十柱もの邪神の恐怖全てを概念的に集約した対自我神権兵器!


(間に合わなかったわね、最後の攻撃機会に! ……砕いたわ、その魂っ!)


 『惨劇アザトース』はその発動より先に【息吹】が来なかった事に勝利を確信し嘲笑し神権を放った。論争に口を使っていた為か、『ウボ・サスラ』を口からの【息吹】で妨害する機会を失うとは愚か。尤も『シュブニグラス』の生命力を全身に回したこの体は脳を撃たれようと『旧神の鍵』を撃たれようと再生する、この体勢に持ち込んだ段階で王手詰みだと。そして『ウボ・サスラ』の狂気がリアラを直撃し、だが次の瞬間!


「がぁああああああっ!?」


 予想外の角度からの攻撃と、予想外の相手からの攻撃が『惨劇アザトース』を貫いた。前者はルルヤが放った【月】の【息吹】。『経済モレク』を外したのではなく、同じ空を駆けながら距離のあったリアラを支援する為に放った三連射の三発目が、リアラを捕らえる触手を引き千切った。だがそれは『惨劇アザトース』には驚きでは無かった。『ウボ・サスラ』の命中後であったし、触手の一本等致命的なダメージでは無し。驚愕を通り越した戦慄と恐怖は、眼前に在った。


「おま、お前……何故だぁああああっ!?」


 【息吹】は正面からも撃ち込まれていた。一刺し、決して致命傷ではない。焼け焦げた『旧神の鍵』は再生しつつある。だが、他者を恐怖せしめる存在たるはずの『惨劇アザトース』が、恐怖した。


 リアラは、無事だった。恐怖に呑まれ発狂してはいなかった。そしてそれは【鱗棘】の即死耐性によるものではなかった。あくまで此は精神への極大の衝撃と負荷であって精神への即死攻撃ではない。己の神権の詳細を『惨劇アザトース』は弁えていたし、微調整も可能だ。そして精神攻撃自体が無効という訳ではない事は、『経済モレク』の魔剣投射時にルルヤがその内の一本である精神にダメージを与える刃無き魔剣を他の魔法武器同様脅威として切り払った事からも、リアラが今脳に注ぎ込まれた過剰な情報による負荷で血の涙を流している事からも、無効化されたのではない事が判った。つまり。つまり。


「こんな、もの。怖くも、なんともない。痛みと、同じだ。我慢すれば、いい」


 血涙を拭いながら、リアラがそう言うのを『惨劇アザトース』は聞いた。人間の認識能力では本来認識出来ない様な超現実的な感覚や信じられない真実の認識を、ありとあらゆる物理法則に反した怪異で狂気的で苦痛に溢れた死を、種々様々な異形に成り果て人間から逸脱していく感覚を、途方もなければ果てもない巨大で圧倒的な深淵と虚無の前に自己の矮小な存在が掻き消えていく感覚を、与えられたにも関わらず。


 それらを、我慢した、の一言で切って捨てるのを聞いた。


「だってそうだろ? 元々人間は死から逃れられないものじゃないか。それに比べればどんな形で死ぬかなんて些細な事じゃないか。まして命の儚さなんて自明だ。死んだ後の事なんて今はこう転生者になったけどその前は何時も絶対的な未知だったし、今この瞬間だって本当に僕は転生者になって生きているのか死ぬ迄の間に見ている幻なのか、そんな事も判りはしないし、地球に戻れみきさんをたすけられもしない。それに比べれば未知だの真実だの何だって言うんだ。地球の人間は同じ人間だって塵の様に扱うしすぐ裏切るし実際塵扱いされたのに、怪物になって人間として扱われない事が何だって言うんだ。女の子になったって僕は僕だ。魔竜ラハルムになったって螺子になったって僕は僕だって言ってやる覚悟でいるし、そう出来ないものに成り果てる事だって、別に当たり前に病気や怪我や老化で脳を損傷したりすれば何時だって起こりうる事じゃないか。……命も今もこの世も、現実の全ては一瞬で失われるかもしれない脆いものじゃないか」


 何だ、お前は、何なんだ。『惨劇アザトース』の口から、思わずそんな言葉が溢れた。彼我の認識の隔絶、眼前の相手の現実と世界に対する認識の差に。拭われた血涙の向こうから改めて睨み据える金色の瞳は、この世に空いた穴のようなだった。


「現実は、恐ろしく、下らなく、穢れ果て、ボロボロで、醜く、脆い。現実ではどんな人間も神様も信じ恃むに値しなかった。どんな物も何れ失われ、何も持つ事は出来ない。心の中でその時は確かに感動に値する美しさだったのだと信じると決めて、例えそれ自体を忘れても消えないほどの心への影響を受けた物語以外は」


 リアラは『惨劇アザトース』の言葉を無視してそう呟いた。悩みと悲しみと苦しみの答えを求めて、様々な教えに触れ、それでも尚救われる事の無かった夜を思いだしながら。生き延びる為に露わにした現実嫌悪と人間不信という己の心の闇を溢れさせていく。


「僕は唯の、何処にでもある悲劇を体験した子供。なのに、こうなっちゃった」


 自己嫌悪と悲しみで胸を一杯にして、心の中に涙を溢しながら。


 平和主義を弱さと侮る隣国、頼りにならなくなりつつあった同盟、甘く弱く愚かだった過去の政府、戦争、原発への誤爆での放射線への恐怖、屈従、そんな比較的暗い時代に生まれたせいも幾らかあったかもしれないが。地球ではそんな風に考え生きていた。


 だからこそ殺されるまで自殺せずに生きられたし、今こうして狂気に耐えられたけれど。悲しい事に、僕は静かで誰も害さなかっただけで本当は優しくも何とも無かった。傍目には唯の弱々しい子供で、実際そうだったけど、自己に嫌悪しか抱けない程邪悪で冷たかった。他の人がどう思ってどう言おうとも。


 僕は地球の現実全てを嫌って見下して蔑んで見捨てて、悲しがっていた。美しいもの、愛すべきものは物語の中にしか見いだせなかった。物語があったから、生きていた、生きられた。大事に思い大事に思ってくれている妹も友達も、ひょっとしたらいつか僕を嫌うかもしれないと考えていた。本当に大好きだったのにどうしてもそんな浅ましい恐怖が捨てられなかった。物語に生きる力を貰いながら、そんな風に良く生きられなかった。そうなる前の自分があるのかも思い出せなかった。誰も傷つけなかったのは、誰かを傷つける様な奴を屑だと見下して、そんな汚濁を纏うくらいなら殴られる苦痛を我慢する方がましと思ってただけだ。その証拠に地球での人生の最後、無駄に終わった抵抗をした時、割れて尖った河原の石を掴み人間の急所に叩きつけるのに何の躊躇も無かった。一人か二人は死ぬか後遺症が残ったかもしれない。


 混珠こんじゅに来た時は、物凄く嬉しかった。やっと生きられる場所に来れたと思った。けれど、生きるに値する命だと自分を思えたかどうかは。冒険者になった時、本当は最初から生物に武器を向けるのに躊躇なんて無くて。そこは現実に歪められたままで。それを見咎められ、この汚い心を知られ、嫌われるのが怖くて体が強ばり腕が震えた。戦いが苦手だったのはそれだけの理由で。だから振り切れば躊躇無く戦えた。暴力を穢れと嫌って唯々諾々と虐められたせいで友達を死なせて妹を悲しませて、嫌われたくないと思ってオドオドと戦う力を磨かなかったせいで大切な人達を死なせた。僕が殺したも同じだ。


 僕は罪人だ。


「だけど、だからこそっ! だからこそ、僕は戦う! 僕は、今度こそっ!!」


 ……この魂の罪を償う為に。この躊躇の咎を償う為に。絶対に償いきれないとわかっているけれど。今度こそ、物語に誓って本気で、大事に思った人達を絶対に守って助けて、物語の中の愛する人たちにも恥じぬように、数少ない地球の愛する人にも沢山の混珠こんじゅの愛する人達にも向き合えるように、生きる目的を、人生の勝利条件を定め、達成して生きる価値がある生き方を生きてみせると……本気で生きると己が悲しみに吠えて。


 リアラはその重く沈んだ魂をのせ、魂の重量差を叩きつけるように振りかぶり。リアラの拳が、『惨劇アザトース』を殴り飛ばした。それは本来【膂力】の適性が低いリアラの力では出来る事ではない。リアラの【眼光】は見た。そんな馬鹿なという『惨劇アザトース』自身の思考が、『取神行ヘーロース』としての存在と力を揺らがせ弱めたのを。この凄まじい若き浪漫主義的ドン・キホーテは、浪漫の槍で風車も巨人も打ち砕くのだ!


「リアラ!」「大丈夫! 有難うございます、お待たせしました! 【真竜シュムシュの息吹よ陽の輝きよ、恵みの如くの如く、害悪を遮り跳ね返せ】! 僕に皆を守る力を!」


 リアラは叫び、霊魂達の加護を更に注ぎ込み【息吹】を極大規模で発動させた。それは、唯の光でも唯の炎でもない太陽という闇を照らす浄化や加護といった側面を有する属性と、世界を否定し屈服させる欲能チートと対極をなすより良き世界を願い肯定できる世界を作らんとする混珠こんじゅ魔法の、世界がそのあり方を許せば通る応用性、そして混珠こんじゅ人ではないリアラが、地球人でありかつ物語を愛するが故に科学考証的には正しいからざるそれに思いを寄せる事が出来たが故の発動形態!


「【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】!」


 リアラは唱えた。フォトンブレス・バリアー。それは地球の言葉で【息吹】をどう変容させたかを示す言葉。そして同時に混珠こんじゅで言う《専誓詠吟》でもあった。それは魔法武器における《専誓刻名》、《硬き炎カドラトルス》の《カドラトルス》や《乱伐者バリガニヤグ》の《バリガニヤグ》の様な〈他の意味を持たない名前〉で括る事で、その魔法を特別とし、その魔法を魔法使いの認識力とソレに加護を与える存在の承認で代価を増し強化する行為と同様の効果を齎す特殊魔法であった。


「バリアー、ですか!? ひ、非科学的な! SFですらない子供騙しの特撮が!?」


 光は止まらない。光は防壁にならない。それが現実の物理法則だ。空想科学の世界において登場する似たような存在は、厳密な科学考証において相当に無理があると残酷に解剖され否定されるとしても、それでも、もっと別の論理により光輝くエネルギーの防壁という概念を通常は定義する。そんな一切合財を無視したそれに『経済モレク』は思わずそう叫び、


「非科学的? 混珠こんじゅで、何を馬鹿な事を言っているんですか」


 リアラの皮肉を強か痛烈に食らう羽目になった。ここは魔法の世界でしょうと。それは魔法をこのように使う事を思いつかせ、それが可能であると信じる事で【息吹】の制御を成功なさせしめた、『経済モレク』が愚かと否定した古き良き意味での荒唐無稽、人の可能性を夢見信じる物語への愛故の、侮蔑への鋭い反骨の一刺し。


 何にせよ構成された光の壁は、街中に一瞬で張り巡らされていた。そのままでは戦死者が続出したであろう『機怪戎テラスメカニ』との戦いを助ける野戦築城が構築された。町の路地を区切り、防壁と迷路を構築し、『機怪戎テラスメカニ』を迎撃に適した幾つかの箇所に誘導し、そこで効率的に粉砕できる様に。その先頭に立つ緑髪の少女は叫んだ。


「無茶ばかりして! もう大丈夫だから! 後は、ちゃんと自分の命に集中して!」


 『魔法少女』マレフィカエクスマキナの支配から脱し、逆に力を逆に自らの意思で制御する事に成功したミシーヤだった。残酷な脚本から解放された彼女は、呪われた装備に冠された名の本来の輝きを宿し、街の守護者として立ち、移動範囲を狭められ少数ずつ一定方向から襲い来る『蛮殺暴鬼バルバロイ』を片端から斧と魔法で粉砕していた。奇襲や包囲殲滅が介在しない状況で、立ち上がった町中の人々が支援していなら負けはしないと。


 町の皆とて混珠こんじゅで生き抜いてきた人々だ、地球人に勝る自衛力がある。既に過労死ゾンビは殲滅され、強い直接戦闘能力を持つタイプでは無かった残りの欲能チート行使者達までもが打倒されていた。女達を操れるが強化できる訳では無かった『恋愛ハーレム』は男達が操られた女達を取り押さえれば最早無力で、相互監視の糾弾を被糾弾者に対し打ち据える『棍棒』に変える『弾劾』ウィッチハントの力もそんな状況を整えるどころではない人々の爆発的決起の前では振るいようもなく、怒りと共に踏み潰されていた。


「ええ! 逆転して見せます、此処から悪は栄えません!」(……リアラ、それは)


 その輝きを見てリアラは力を得た。霊魂達から貰った精神力は急速に消費していたが、ミシーヤの健闘はそこに勇気を注ぎ足してくれる。もっと頑張れると。


 【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】は、町の上空にも張り巡らされていた。そして、此方もまた重大な意味があった。それは、『取神行ヘーロース』の行使する絶大な破壊力が上空から下に降る事を恐れての空中機動の制限が解除される効果があったが、それだけでは無かった。それは、逆転の為の布石でもあるのだ。……しかし、そんなルルヤの返答に、何処か、ミシーヤは納得行かぬ表情で。ソレを、ルルヤは見。何事かを得心してミシーヤを見、ミシーヤはその視線に気づき、頼む、と託すように頷いた。


「リアラ、今行く!」「はいっ!」「待ちなさい!」「っ、おのれぇえええっ!!」


 ルルヤが身を翻し『経済モレク』を無視しリアラへと飛翔。リアラもルルヤへと飛ぶ。無視を『経済モレク』は愚弄と怒り飛び、恐怖を返された屈辱に燃え『惨劇アザトース』も突貫!


 SMAAAAAASH!! !


 その飛翔が、全員を一直線上にして、リアラを狙い『惨劇アザトース』が撃てば威力が大きすぎてルルヤどころか『経済モレク』も巻き込む、ルルヤを狙い『経済モレク』が撃てば威力が大きすぎてリアラどころか『惨劇アザトース』も巻き込む、そういう状況を作る為だったと二悪神が気づいた時には遅かった。リアラとルルヤは互いに激突する程接近した所で、ギリギリですれ違いながら腕を絡め高速回転、すぐ後ろまで追い付いた二悪神の頭に回転遠心力を乗せた蹴りをぶちこんだ!


「なっ!?」「おあっ!?」


 苦痛を打ち消す力を全身に巡らせている二悪神だったが、恐ろしくトリッキーな機動に一瞬驚愕し掻き乱された。弾き飛ばされた二悪神の間に割って入ったリアラとルルヤは、背中合わせに構え、敵をはったと睨み据える。……空気が、変わった。一瞬、傲慢な悪神達にすら、何かが変わったことが感じられて、息を呑んだ。その隙に、ルルヤは。リアラに話しかけた。


「リアラ、少し話がある」「えっ?」「……今、口で言う必要がある事だ」


 何を、というリアラの声を制し、ルルヤはリアラに背中合わせに声を与える。出会いの時と逆に、でも同じように。だが、と己のルルヤが残虐と怒りへの自虐から再起した理由がそれだった。リアラの表情を見て、ミシーヤの視線を見て、今の己の心から類推して、この言葉を、返さなければと。


「……私がどんな存在だとしても、お前は私を救いだと言ってくれた。私は、それで救われた。だから言うぞ、リアラ。お前がどんな存在だとしても、お前の存在が救いである私がここにいる。きっと、世界は何処でもそんな風に出来てる。お前の友、ハウラとソティアもそうだった。私には分かる。霊魂を見て尚、確信できる。お前だってそうな筈だ。お前の全部をひっくるめて、受け止めて、お前の存在が彼女達の救いだった。きっと、リアラの地球の友もそうだった筈だ。……だからリアラ、私はお前に救われてほしいんだ。お前が自分をどんな奴だと思っていても。私が自分をどう思っているかを構わず、私を救ってくれたように。お前に救われてほしいんだ」

「ルルヤ、さん」「自分で思う程自分は悪い奴じゃないと、信じろリアラ。私は信じる。リアラの友も仲間も妹も、そう思っていたからリアラの傍に居た。怒りに、悲しみにも意味はあると。悪を知るからこそ善を求められるのだ、と」


 言い終え、ルルヤはリアラに向き直り、今一度手を差し伸べた。例えどれ程自己嫌悪しようが、私はお前に救われたのだと。そして、リアラも例えどれ程己を嫌悪しようが、その内実がどうあろうが、同じく救われるべきだと。救われるに値する事をしているのだと、ルルヤはリアラを励ました。リアラは涙を零し、その手を取った。それは先の内なる苦悶を癒す生きる理由の泉、魂に与えられる糧であり、そしてリアラの憧れたルルヤが同じような悩みを、リアラを支えに堪えた事、己の生きた証であった。また同時に先程の己の言葉に足りないものがあったという悟りでもあった。


 ……眼下のミシーヤが、漸く安堵の表情を浮かべたのを見た。勝つと言うのではなく、生きると答えて欲しかったのだと。そう悟り含羞の苦笑を返答としリアラもまた再起した。胸の内、常に、ソティアとハウラの死体の傍らに泣きながら崩れ落ちていた己が、ルルヤの手に救いあげられるのを感じた。ここに、二人共に悪神に、世界に立ち向かう力を得、そして最後の戦いが始まった。


「おぉおおおおっ!!」

「『クトゥグア』『ハスター』『クトゥルー』『イタクァ』、『ツァトグア』!」


 ルルヤがリアラに向き直ったのを隙と見て襲い掛かる悪神二柱、しかしルルヤもリアラもそれを完全に読んでいた。誘いに乗った相手に向き直る。そしてルルヤの三次元高速飛行武術が、叫びと共に今度は『惨劇アザトース』に襲いかかった。うねる触手は先端から炎、風、水、氷を噴射し、更に大地を割るが如き怪力を付与され迎撃するが。


 斬! 斬斬斬斬斬斬斬ッ!! 「な……っ!?」


 一瞬後、切り落とされた触手が宙を舞った。そして、ルルヤに手傷は無し!


「不完全とはいえ技量の乗っていた『経済モレク』の三面六臂と比べればな!」


 すれ違い即座に反転し、更に追撃を叩き込みながらルルヤは不敵に笑った。触手の動きそのものは単純な力と速さ任せ、それでは己には届かぬぞと!


「ええいっ! 砕け散りなさいっ!」


 乱戦で射線が一時ずれた事を認識し、『経済モレク』は屠竜武器六振の全力発動を決断した。さすれば魔竜ラハルムの【息吹】に打ち勝つ威力を持った、飛翔する無数の刃、重力衝撃、熱線、生命力吸収瘴気、雷、高圧水流が放たれる。一つ一つが竜を屠るに十分の威力を持つ全力発動を六つ束ねる。白兵を屠竜武器に、射撃を魔法重爆に分割していたのを全力発動に全て魔力を注ぎ込み、六度死を重ね必ず殺すと。消耗戦で勝つ気でいたが、これ以上長引かせるのは危険と判断した。まずはリアラから粉砕せんと!


「【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】!」「おあああっ!? わ、私の財産がっ!?」


 その直前、リアラは両手を投網を投じるが如く大きく動かし、手指を大きく広げ叫んだ。再びの《専誓詠吟》。指の股全てで多頭竜の顎を模して同時に八連射されたのは、光線が自由自在に曲がり狙った場所へと着弾する超自然の強化を施された【息吹】。光を曲げて光学迷彩ができるのだ、光を止めてバリアーとする事すらできるのだ。ならばこの程度、出来ない筈がない。地球で見て好んだ物語の兵器と同様の技を、荒唐無稽を馬鹿にする『経済モレク』へと打ち込み。その六臂の手指を正確に焼き切り、六の屠竜武器を取り落とさせる!


「今です、ルルヤさん!」「無論承知! 合わせろリアラ、隙は作った!」


 自己再生能力で指を生やし、収奪した魔法を使えば、落ちた武器を引き寄せて再装備する事は可能だろうが、それより先にルルヤが飛来。すれ違う瞬間『惨劇アザトース』を蹴り飛ばしその反動で更に加速し、そして蹴り飛ばす時に角度を付けて錐揉回転させる事で『惨劇アザトース』が束の間攻撃に出れぬようにし。


「うわ」「な」「今だぁあああああっ!! !」


 ルルヤの武技が、『経済モレク』の使役する武器を失わせたとはいえ尚魔獣数匹分の筋力を乗せた屠竜英雄六人掛かりの徒手格闘術を上回った。リアラが再び【骨幹】で形成した武器が、【息吹】と《作音》による無音光学迷彩で姿を消し、消した姿を両刃鎌、鉞、鎚鉾、戦鋏と次々変形しながら襲い掛かった。攻撃が見えないだけではなく、剣なのか槍なのか斧なのか受けるまで分からない。どころか、食らった後でも尚別物となり全く違う軌道で襲い掛かるのだ。それでも尚『惨劇アザトース』ならば『ハスター』の神権で大気の流れを読む事で防げたかもしれぬが、収奪の集合でしかない『経済モレク』にはそういう固有の異能は無く、六臂、断裂!


「う、「あああああああああああああああああ」うおおおおっ!?」


 『経済モレク』に苦痛はない。だが、全身に浮き出た痛覚を代行させる人格の顔が最早モレクではなく〈ファラリスの牡牛〉の如き苦鳴の楽器となる中、驚愕に、そして恐怖に『経済モレク』は叫ばされた。欠片も考えていなかった敗北と死の可能性に、遂に思い至らせられたのだ!


「「せいっ!」」「おごっ!?」「「【息吹】!」」「糞、畜生っ!!」


 更にリアラとルルヤは攻め立てる。二人揃っての拳、肘、蹴りの連撃が『経済モレク』を大きく後方に吹き飛ばし、その反動で共に反転。触手再生途中の『惨劇アザトース』の胴に、【陽】と【月】、光と闇の【息吹】が撃ち込まれる! 一気に攻撃を封じられ圧倒され、内心『惨劇アザトース』は切歯扼腕した。


(二ヶ所での一対一が二対二になっただけでこうも変わる!? チームワークの違い!? 絆の力!? そんなものなんかに私が、『惨劇アザトース』が、『取神行ヘーロース』が!?)


 絆の力、共闘の息の合い方の違い。『惨劇アザトース』が陳腐と否定した正にそれが大きな差を生んだ。絶大な力を振るい敵を殺戮した経験をこそ持つが本質的には作家と経営者でしかない二悪神、加えて己の価値観こそを至高とする為に『取神行ヘーロース』に至った者同士は本質的に共闘という概念と相性が悪い。それに対しルルヤとリアラは武技を磨く為日々息を合わせ組手や演舞をしてきた仲。加えて。


(敵情報収集完了、防御魔法展開良し、敵抵抗力低減良し、魔法力残量最終打倒手段必要量から猶予計算……勝機だリアラ、『経済モレク』から仕留める! その間『惨劇アザトース』を抑える、やれるのだな!)(やります! 御武運を!)(そちらこそな!)


 二人は戦闘開始さいしょから、言葉だけで会話しているわけでも、呼吸だけを合わせているわけでもない。【宝玉】を使った思考加速と文通により、超高速で無言通信しながら共闘し続けてきたのだ。その様は最早SF映画に出てくる思考を接続した電脳兵士、否、二人を例えるならやはり、最早体すら別だが一柱の多頭竜と化していると言うべきか。これが絶妙の連携の理由!


 そして戦いはそんな二人の無言の相談による詰将棋通り、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。二対二の状態から再び別れ、ルルヤは『経済モレク』へと、リアラは『惨劇アザトース』へと飛翔!


「う・お・お・あ・あ・あ!!」


 吹き飛ばされながら『経済モレク』は叫んだ。六臂が再生していく。魔法を使い取り落とした屠竜武器を引き寄せ取り戻す。のけぞった視界が、吹っ飛ぶ己を追って上空を飛んでいたルルヤを捉えた。ルルヤは、攻撃の準備に入っていた。取り込んだ戦士達と魔法使い達の直感がびりびりと震えるのを『経済モレク』は感じた。紛れもなく過去最大威力の攻撃が来る。


「【森羅万象、天地万物、諸神諸霊に希う。我は真竜シュムシュ、過てる世界と戦う者にして、良き世界を抱き締める者。諸霊の愛と命を宿し、諸神の善と智を思い。我此処に約定を果たさん】」


 ルルヤは戦いの呪文というよりは祈りの様に厳粛な表情で詠唱した。剣が、変化する。鍔は翼の様に、柄は尾の様に、剣身切先も併せて長大に変化し、竜を象った両手大剣へと。ルルヤアは手元を捌きくるりと回し、巨大化した剣を腰だめに構えた○ンライズパースで勇者立ちした


 だが『経済モレク』は己が死を認めぬ。屠竜武器六振を取り戻した以上竜一匹の必殺等、まして六の都市から万単位の命食らいし己を滅す事等不可能と。



 ……その時。地響きがした。



「やぁあああっ!」「『ツァトグア』! 『グラーキ』!」

BIS! BIS! BIS!

「っ……!」


 同時、【息吹】を連射しながら飛翔突撃するリアラと『惨劇アザトース』が激突! 『惨劇アザトース』は傷口から一気に再生させた触手を繰り出し、鋭く尖らせ力を込めた先端で槍衾大の虎鋏の如く、リアラの羽を砕き体に噛みつき捕らえ突撃を阻止! 咄嗟に頭は庇ったリアラだが全身に傷口を刻まれ、触手がその中を食い進んで来る凄まじい激痛が走る!


「何をする積りか知らないけどその前に殺してあげる! 頭を庇ってもこのまま『アブホース』で血肉を食らい、脳髄まで貫き貪り尽くして! いいえそれより先に!」


 只ならぬ地面の轟き。防戦を続ける人々も只ならぬ気配にざわめき、地震下での運用等想定もされていなかった機怪戎テラスメカニたちが混乱する中、『惨劇アザトース』もまた警戒しつつも故に一気に勝負を決めにかかった。


「このままその口に『ナイアーラトテップ』をぶちこんであげる! 貴方程度光ごと食い尽くし! 貴方程度に私の阻止を任せた愚か者に相応しい死をくれてやるわ!」


 光を食らう暗黒にして混沌の破壊力を秘めた力で【息吹】を弾き口から触手を捩じ込んで脳髄を掻き出してくれる、と。そう吠える『惨劇アザトース』に、リアラは。


 笑った。苦痛を堪え、力不足を堪え、尚覚悟を噛み締め最善を成す少年の笑みで。


「あっがっがっがっがっがぎゃあああああっ!!?」


 直後『惨劇アザトース』の全身各所が発光、否、内側から光条が怪異なる肉体を食い破りにかかる! 炭火焼網の上に生きたまま乗せられた海産物の如く悶絶する『惨劇アザトース』! 『シュブニグラス』による通苦無効化の限界を越えた苦痛が炸裂したのだ!


「っく、はっ! さっきと似たピンチに、二度はまりこむと思った!? わざとに、決まってるでしょっ! 普通の手なら僕単体の力じゃ押さえきれないからね!」


 果たして如何なる攻撃か。お転婆娘の跳ねっ返りな表情で挑発するリアラは、炭化し再び千切れ落ちる触手から解き放たれ……羽を再構成するより追撃を優先。


「な、何!? 何て、無茶苦茶!? う、おのれぇっ!?」


 恐るべき事に既に苦痛の打消しに成功し肉体の回復も進めていた『惨劇アザトース』だが、その追撃により攻撃の理を知り、神の肉体に怖気と寒気が走った。


「い、【息吹】は、〈口の様な所〉からなら出せる、からね……!」(狂人め!?)


 体内放射。意地を張り涙目で墜落しながらも挑発を続けるリアラの言葉から、先の攻撃は顎を象った手指からではなく全身の傷から【息吹】を触手の内側にぶちこみ、体内から直に内蔵と神経を焼かれたのだと悟る『惨劇アザトース』だが、それは自らの傷を焼くに等しい筈。その苦痛に耐えるとはと戦慄する『惨劇アザトース』に、更なる追撃。


 リアラの全身の癒えきらぬ傷口から更に【息吹】が迸り、砕け散り風に舞い滞空する軽く薄いリアラの【翼鰭】に乱反射。灼光の檻を形成しリアラは更に追撃した。


 無論リアラも無事ではない。回復を放棄し、気息の限りを尽くし己の全身の傷口に焼鏝を当てる苦痛を再び強いての変則【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】。最早一切の余裕もなく気絶寸前の意識を辛うじて繋ぎ止めるも後は【息吹】一発も出ない。【翼鰭】の再展開も、落下の速度を緩める程度にしか出来ない。それに対し『惨劇アザトース』は、己の周囲を舞う【翼鰭】の残骸を『ハスター』で吹き飛ばし、光の檻から脱出。


 だが、墜ちながらリアラは空を見上げた。同時地上、先程からの大地と山の振動が何を意味するのかを悟ったミシーヤもまた、第何波かの敵を退けた一瞬の空白に空を見上げた。


 そして。ルルヤは託された祈りと思いに、戦いの終焉を以て答えんとする。


「うおおお!? 何故、動けない!? 【息吹】の重力!? さっきの打撃で打ち込まれた!? か、解除できない! 解除できないのですか!? この、無能共ぉおおっ!?」


 『経済モレク』は己が空中にありながら生き埋めにされたが如き重圧を受け回避を封じられた事に気づき、奪った魔法使い達の知識からルルヤの攻撃と理解したが、その魔法使い達の力でも《重打の鉈ジェギロダ》でも解除も逃れも出来ぬと知り絶叫した。


 変身と同じ様にリアラが話してくれた地球の物語達とこの地に感謝をルルヤは捧げる。物語の中で語られた必殺技という攻撃手段、その中でも特にルルヤの武術的視点から有効と思えた〈武侠艦隊デンゴウラ3〉の〈超電導マグネスクリューで動きを封じ超電導フリーズドリルで粉砕〉という戦術と他の必殺技の組み合わせがこの《専誓詠吟》の源となった。まず通常戦闘で重力【息吹】を打ち込み動きを封じて最大威力を叩き込む発想を、ルルヤは物語から得た。そして強大な『取神行ヘーロース』の動きを封じるだけの力は、このケリトナ・スピオコス連峰から授かった。


 そう。この大地の鳴動は、死者の霊魂だけでなく大地の精霊までもルルヤに加勢した証。即ち重力の類を操るルルヤに、連峰の山体とその下の大地の地殻と混珠こんじゅ中心迄の地核全ての重量の内空中に浮いてしまわないギリギリの分、二百万ホワバテ一億トンを遥か超える重量の力が委ねられたのだ! そしてその大質量を重力に変えて、先の乱打に交えて『経済モレク』に打ち込んでいだ【息吹じゅうりょく】の効果をその体を完全に押さえつける程に強化したのだ。動きは止めた。今こそ、全力解放の時。バリアー展開も、この超攻撃の余波を防ぐ為の布石でもある!


「【悪しき世界を齎す者に、真竜シュムシュは滅びの一撃を齎さん】っ!!」「ひいっ!!」


 腰だめに構えた剣を大上段に振り上げルルヤが急上昇! 山一つとその下の大地の重さを込めた斬撃の成立まで折れぬよう竜を象る事で【鱗棘】を付与し補強した剣は天に届かん程の【月】の【息吹】を燃え立たせている! 遂に奪った思考に押し付ける事も出来なくなった恐怖で悲鳴をあげる『経済モレク』が屠竜武器六振全力発動を撃ち放つが、その瘴気と飛刃と熱線と重力と奔流と雷ごと……!!


「【世壊破メラジゴラガ】!!」「ぎゃああああああああっ!」


 両断! 山と大地の巨大重量を《専誓詠吟》による十六種の竜術のどれでも無い名の下に切断力に乗せ斬撃! 刃の体内到達と同時そこまでに消費した以外の重量を全て内部から外部に向けた圧力にベクトル変換! 仮にその山と大地を落下させれば六の都市をクレーターに変える隕石になるだろう質量威力の炸裂、即ち絶命爆発四散!


「嗚呼……」「あ、あああ」


 ミシーヤが、『惨劇アザトース』が、リアラが見上げたのはその光景だった。ミシーヤが祈り、『惨劇アザトース』が呻いた。光の檻を破れた時既にルルヤは『経済モレク』を斬り、【鱗棘】で強化して尚余りの威力に剣を失いながら、斬撃と爆発の反動で空中跳躍していた。


「……欲の力の下僕共よ」「とっととあの世に帰るがいい!」


 リアラが呟きルルヤが答えた時には、彼女は既に【息吹】を放ち『惨劇アザトース』の動きを止めていた。この地は連峰、山一つとその下の地殻で一柱滅しても尚一山いっぱつある!


「ああ、止めろ! 止めなさ、止めて! 私を殺しても玩想郷チートピアは止まらない! この世界の汚染は戻らない! 貴方達の望む明日は無い! 取引を、賠償をする! だからやめ」

「明日はあるさ! 明日は! 貴様等の死体を積み重ねて出来た丘の向こう側だっ!」

「ああああああああああ!! !?」


 即ち、今一度の【世壊破メラジゴラガ】。今度のそれは宙返りの後【爪牙】と併せた必殺の蹴撃として放たれた。ルルヤは叫び天罰の流星が如く飛び、その脚から迸る【息吹】は『惨劇アザトース』が叫びながら放ったあらゆる神権を、世界を支配し己が我執で蹂躙しその可能性を閉ざす『欲能チート』を粉砕し、直撃! 貫通! 爆発四散! 滅殺!



 そして、ルルヤは落下するリアラを抱き止めた。


「本当に、もう……」「ルルヤさんの事、大好きですから」「本当に、もう」


 作戦通りとはいえ墜落する程まで捨て身になるなんてという心配、こんなに傷だらけになってという悲しみ、心底の頑張りへの感謝を込めルルヤは優しい声をリアラに注ぎ。貴方の勝利の確率を少しでも上げたかったという心配、こんな事しかできませんからという悲しみ、貴方が助けてくれる事を確信していたという感謝を込めリアラは優しい声をルルヤに返し。 そして。


「皆っ……、終わったよっ……!」「GEOAAAAAFAAAAAANN!!」


 リアラは弱々しくだが確かに勝ったと拳突き上げ、ルルヤは高く鼓舞を咆えた。


「おお、真竜シュムシュが空舞い吼えて、傲なる霊を調伏し……神話の、再来じゃ……」

「……皆、馬鹿げたシャカイジンセイカツとやらは終わり! 自由、だよっ!」


 古老が空を仰ぎ拝む中、機怪戎テラスメカニの消えた街でミシーヤが最初に勝鬨を上げ、街中で自由への歓喜の叫びが炸裂した。


「リアラ」「何ですか、ルルヤさん」「……私もお前が大好きだ。……つまりは、これからも、一緒にいてほしい」「……勿論です。こちらこそ、これからも、どうかよろしくお願いしますね」


 それは一つの戦いの終わりであり。 玩想郷チートピアを炎上せしむる大いなる戦いの始まりでもあった。二人の旅は……現実に対する物語の逆襲はこれからも続く。



 逆襲物語ネイキッドブレイド 未完! いまだおわらず!

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