・断章第五話「復古物語ラスト・マーセナリー」

・断章第五話「復古物語ラスト・マーセナリー」



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 追われている。追われている。追われている。逃げる。逃げる。逃げる。


 酸素を求める喉が焼ける程熱い。路地裏を転げ回る様に逃げる中で負った打撲が痛い。誰も助けてくれる者の居ない孤独が辛い。背後から迫り来る追っ手が恐ろしい。


(畜生、畜生……何で……畜生……地獄だ……!)


 何でこんな目にと、運命を罵る事も出来なかった。自業自得だと言う事は分かっているからだ。だから思ってしまう。これが地獄かと。これが罰かと。


「うぉっ!!? っ痛ぇえっ!? 糞、退けっ手前てめぇ……」

「ぐえっ!? げほ、何だぁ!? こんな所でっ……」


 そう思い走っていた奴が、蹴躓いて派手に転倒した。路地に倒れ、何度目かの打ち身擦り剥きの苦痛に叫ぶが、その下からも潰れそうな悲鳴が上がった。路地裏にだらしなく足を投げ出していた浮浪者だ。


 躓いたボロボロの服で荒んだ顔の女は焦って叫んだ。路地裏に寝ていた武骨な緑の服の男は苦痛への不満を叫んだ。そして。


「「お、お前!?」」


 互いに顔を見合わせ、仰天し叫んだ。そこには凄まじい偶然と因果があった。


「が、『銃劇ガンアクション欲能チート』?」

の!? って、ち、違う! そいつぁアタシの姉ちゃんだっ!?」


 武骨な緑色の服は、混珠に現れる転生者達の故郷である異世界、混珠の空に見える〈におけるの軍服。かつてこの世界に一部隊ごと転生し、地元村民と共存するも新天地玩想郷チートピアの一勢力、『軍勢ミリタリー欲能チート』の軍閥に滅ぼされた者達。男はそれを着ていた。


 襤褸服の女は、防衛軍の男が名を呼んだ女に似ていた。『銃劇ガンアクション欲能チート』。『軍勢ミリタリー』の軍閥に所属していた。『射撃に対する無敵』と『無限の銃弾』を得る欲能行使者チーター。彼女は言った。己はその妹だと。


「妹!? な、何でこんな所に!?」

「だ、脱走したんだよ!? 『軍勢ミリタリー』の軍閥が壊滅する前に! 何ではこっちの台詞だよ!? お前ら、全滅した筈じゃ!?」

「それは、色々あって……というか、何か逃げてたんじゃないのか!?」


 かつて戦い、勝った側と負けた側。だが今は、どちらも薄汚れ、落ちぶれている様子で。しかしそれどころではないのではないかと防衛軍の男は叫び、『銃劇ガンアクション』の妹はあっと叫んで後ろを振り返り。


「追い付いたぜー……お?」


 そして、追っ手の姿を見て、『銃劇ガンアクション』の妹は表情を絶望的に引き攣らせた。


「何でえ。どーやら、獲物が増えたみてーじゃねーか?」


 追っ手だ。類人猿か原始人じみた知性において矮鬼ゴブリン豚鬼オークにも劣りそうな面の男だ。剃り込みを入れてパーマをかけて金色に染めたごてごてした髪、そして……


特攻服トップク!? 玩想郷チートピアか!?」


 日本の暴走族特有の服装。玩想郷チートピアの転生者。だが、この女は『軍勢ミリタリー』配下では、いや、脱走兵か、だが、何でわざわざ追ってるんだ、と、元防衛軍の男は混乱した。


「応よ、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア、第三十九位から第三十位に絶好調昇進中の、『暴走ツッパリ欲能チート』様よォ。夜露死苦ヨロシクゥ! ってもまー短けーつきあいだろーが」


 BLAM!


「うぉっ!?」


 皆まで言わせず、『銃劇ガンアクション』の妹が手に持っていた拳銃を撃った。咄嗟に耳を押さえる元防衛軍の男。問答無用に過たず、銃弾は『暴走ツッパリ』の顔面を捉えた。が。


「だーら、無駄っつってんだろーが、あぁん!? 俺ぁもー唯の欲能チート行使者じゃねー。『文明サイエンス欲能チート』の、えー、なんつったか、あー……ああ、『発明品マクガフィン』か。『発明品マクガフィン』の、機人化欲能行使者サイボーグチーター様よ! 機械サイバー欲能チート! 力が倍だぜ倍! 欲能チートもかかってない唯の銃なんぞ効くわきゃねーだろーが、あぁん!?」


 銃撃を跳ね返す『暴走ツッパリ』。欲能チートか? 否、銃弾が命中した額の皮膚が剥がれた下から覗くは金属。欲能行使者チーターの……機人サイボーグ十弄卿テンアドミニスター文明サイエンス』は、こんな、もうこれ異世界転生モノじゃねえだろと言う様なモノを作り出す欲能チートの持ち主だというのか!


「ううっ……!」


 女は怯み、焦り、殆ど絶望の表情だった。当たり前だ。『軍勢ミリタリー』に召喚された彼女は転生者ではなく欲能チートもない。『軍勢ミリタリー』が死んだ以上、持っている銃弾は撃ち尽くせば尽きる。銃は役立たずの金属塊となる。しかも、その銃すら通じないのだ。


「『文明サイエンス』の爺にゃこのすげー体とか貰ってっからな、代金代わりに仕事バイトでよ、地球人の実験体が要るんだと。ま、諦めろや。ツイてりゃすぐ死ねるぜえ?」


 すかさず他人を威圧してそれに乗じて利得を貪り生きる事が骨身に染み付いた屑の本能的反射で凄む『暴走ツッパリ』。睨み付ける目もよく見れば、瞳がカメラのレンズのような機械的な動き方をしている。


「……という事は、俺も狙われる、って訳か」

「おー、話が早いなー防衛軍。どーせ生きてても天災の後片付けにしか役にたたねーんだからよー、俺のバイト代になってくれや」


 震えながら銃口を向ける女の横で、立ち上がった元防衛軍の男がうっそりとした口調で言い、へらへらとした口調で『暴走ツッパリ』が答えた。


「役立たずか。言えてるね」


 ずかずかと銃など全く恐れず歩み寄る『暴走ツッパリ』。元防衛軍の男は、すっかり落ちぶれて無精髭まみれの頬に自嘲の笑みを浮かべた。


 元の世界で死に、こっちの世界で負け……挙げ句これか、と。仲間も守るものも、つまるところ生きる理由を、二度も無くした。目の前には怪物。隣にいるのも昔の敵。全く以て、絶望的に最悪で最低でくそったれだ。



「全く以て、俺もこの状況も、最悪で、最低で、くそったれで……」


 ぼやき、嘆き、自嘲……いや、その声には。


「っ、お前、まさか……!?」「あン?」

「……腹が立って仕方がねぇじゃねえか、こん畜生っ!!」


 ZBAMN!!


 怒りが、悉く侭ならぬ己に対する怒りが煮え滾っていて。そして次の瞬間。それは閃光となって炸裂した!


「!?」「今だ逃げるぞっ!」

「なっ、ええっ!?」


 閃光。轟音。爆煙。その中を三人の声が交錯し、煙の中から走り出たのは『銃撃』の妹と、元防衛軍人の……〈元〉の言葉が〈防衛軍〉だけではなく〈人〉にも係る事を露にした姿。


「何で助け、てぇっ!? あ、あんた、そ、それ……!?」

「尋ねたよな、何で生きてた、って! これが理由だよ!」


 手を引かれて転げる様に走る女の驚愕の叫びに、手を取って走る男は律儀に答えた。己が、女の属する軍閥に敗北して死んだ筈なのに生き長らえた理由……頭から生えてきた、一本の角について。


「《憑魔》ってんだそうだ、死ぬ寸前の人間の怒りとか恨みにとりついて後天的に魔族にする下級の悪魔! 二回死なずに済んだのと今逃げられるのはいいけど!」

「《憑魔》っ、なら、やっつけりゃよかったじゃん!?」

「生憎! 情けねえ性格なんでね! アンタらへの恨みが強けりゃその場で立ち上がってアンタらと戦える程強い魔族になれたんだろうが……」


 その言葉に対する女の言葉に、男は走りながら振り替えって、誰がこうしてくれたと思ってんのさと皮肉を刺し……


「っだらああああっ!!」

「無力感と自己嫌悪の方が多かったせいで大した魔族になれなかったんだよ! ぶっちゃけ俺は弱い! まあ闇医者に言わしゃ強くなりゃその分魔に乗っ取られて人格が原型留めないらしいから助かったともいえるがよ! くそ、ピンピンしてやがる!」


 爆発の中から、怒ってはいるものの人間を装う偽装がより剥げた以外大した損傷を見せず、むしろ機人としての装備を展開して本気になったらしい『暴走ツッパリ』の姿が現れるのを見ながら叫んだ。


「わっ、分かってるわそんなの!? 分かったってのそれは!? けど、だったら! なんでアタシの手ぇ引いて走ってんだよ!?」

「……唯の負け犬の代償行為だよ!」


 自分が所属していた軍閥。自分達がこの男をこうした、この男の仲間を殺した。それは皮肉を言われなくてもわかっている。そして、魔族として弱いのも分かった。けどだったら何で自分と一緒に逃避行を……自分を助けるんだと問う女に対し、男はそう答えた。守れずに死んで、守れずに負けた。魔族としても中途半端にしかならなかった己の心の執着の為であって、相手が誰かなんてどうでも良かった、と。


「この日本人リーベンレン!」

「ヘタレと言う様に人の祖国を使うな、俺には村井庄助って名前がっておわっ!?」

雄羅雄羅雄羅オラオラオラ追い付くぜ追い付いたぜ追い抜いたぜ固羅コラァアアアアッ!!」


 VAOOOO!!


 互いの複雑な意の籠った会話は驚愕に打ち切られた。物凄い速度で動いた『暴走ツッパリ』は人の手を引いているとはいえ魔族化している村井より遥かに速く、追い付くどころか壁を走って追い抜いて細い路地裏を回り込み先に立ちはだかった。それはその足から生えた車輪による駆動であり、更に言えば『暴走ツッパリ』のその本来の欲能チート、『車輪で動いている時に操縦能力・身体能力・車両性能が大幅に強化される』効果の発露であり、そして何よりそういう欲能チートの持ち主を常時車輪で移動できる体にすれば地球から持ち込んだバイクを操縦するより遥かに効率的に強くあり続けられるという欲能チートの性質を解析しきった『文明サイエンス』の巧妙な人体改造技術の成果であった!


「雄羅ぁあぁっ!!」「がっ……!?」


 機械化された鉄拳が村井を殴り倒す! 殆どバイクに跳ねられたようなダメージを受け壁に叩きつけられた村井は二人諸共に倒れてしまう。


 BLAMBLAMBLAM!!


 直後、銃声が再び響いた。共に倒れながらも女の狙いは正確至極、姉の二丁拳銃と違い一丁のみだが、相手の両目に二発、両足の車輪に二発、殺し、殺せなくても尚転倒させる事を狙った精密射撃。だったが。


「っけんな固羅ぁああぁっ!」


 至近距離から放たれた超音速の銃弾を……回避! 狙いが外れたのではない、狙った弾道は紛れも無く直撃コースだったのを、機械の体と車輪の加速を動かす速度を向上させる欲能チートの付与で反応して避けたのだ!


「生きてさえいりゃいいってんだ手足ベキ折りじゃ済まねえぞ強羅ゴラァアアアン!」

「うっ……」

「り……李依依! 『銃劇ガンアクション欲能チート』、李梓萌の妹!」


 そして怒号と共に再び文字通りの鉄拳を振り上げる『暴走ツッパリ』。呻く村井より先に、女は立ち上がり、拳銃を構え最期の戦いに名乗りを上げた。せめて、と。因果の絡んだ相手への複雑な感情を込めて。


 皮肉にもこの瞬間、二人は絶望的な危機から走馬灯の如くよぎる記憶に、同じ光景を別々の方向から思い出していた。


 『軍勢ミリタリー』の軍閥が防衛軍の小隊が転生していた村を蹂躙した日。戦火の向こう側、酷く目だったその二人を、村井は見て覚えていた。機関銃を軽々とかわし、踊るように戦友を射殺する『銃劇ガンアクション』と。……それに似た顔をし、同じように銃を持ちながら……撃つ事が出来ずそれを呆然と見ていた依依を。


 その日の事は依依も覚えていた。路地ストリート裏社会アンダーグラウンドで二人して生きてきた、強く憧れだった姉が死に、追い詰められ、姉に会いたいと、何処かへ逃れたいという思いが呼んだ『軍勢ミリタリー』の召喚。姉との再会。……再会した姉は、無敵に酔い痴れる怪物になっていた。それにショックを受けては、最早戦う事もできず……軍閥を離れた。そして、姉と二度死別した。


 その記憶の重さに堕ちた日々も終わる。その時。



「ぬぁあああああっ!! !?」ZGAN!!

「「……え?」」


 唐突に『暴走ツッパリ』が吹っ飛ばされて壁にめり込んだ。轟と吹く、空を切って降ってきた者が起こした突風。


「っ痛ぇえ……護符と法術防御だけじゃヤバいかと盾借りたけどそれでも痛ぇ!」


 がらんと音をたてる激突の衝撃でへしゃげた金属盾とそれを振り子のように使い鐘楼から飛び降りたと思しいワイヤーロープを放り出し、衝撃を殺す為に転がる半分激突の反動の痛みにのたうち回る半分で地面を転がり叫んだ後立ち上がったのは。


「ちいっと厄介な事情みたいだが……お二人さん。とりあえず俺ぁアイツの敵だ」


 四半森亜人クォーターエルフの美少年。真竜シュムシュの友、新天地玩想郷チートピアに抗う者の一人、この世界から傭兵を根絶する〈最後の傭兵ラストマーセナリー〉を目指す者、〈名無之権兵衛・傭兵・娼婦之子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチ〉。


「事情も生きなきゃ解決できねえ。ちょいと、共闘といこうか?」


 これは真竜シュムシュの物語ではないが、それと志を同じくする者の物語である。



 名無ナナシがこの場に現れたのは、直接的に村井と依依を目指しての事ではなかったが、間接的には関係していた。二人に関係がある『軍勢ミリタリー』がかつてばらまいた火縄銃。〈自由守護騎士団〉が辺境諸国に働きかけ実施した硫黄の規制強化により黒色火薬の供給を絶たれ衰退したその流通だが、傭兵殺しの傭兵団〈無謀なる逸れ者団〉として傭兵たちが特に活用していた生産拠点と流通経路と使用団体を〈自由守護騎士団〉や山賊を兼ねる傭兵団に手を焼く各地の政権に依頼され洗い出し潰していく内に、名無ナナシ達は壊滅させた流通経路や組織団体に再接触する陰謀と遭遇したのだ。


「……ナアロ王国。成程、リアラちゃんからの連絡によれば、カイシャリアの糞社長キャピタルは『軍勢ミリタリー』の奴と取引があった。その連絡をナアロの誰かが引き継いで、上級幹部を失って混乱し身動きが取れない本国の代わりに陰謀に使おうって訳か……」


 接触しているのはナアロ王国の工作部門。旧王国を簒奪し周辺諸国を侵略するナアロ王国は他国との交渉・貿易を持てておらず、侵略初動においてある程度の自給自足体制を確立しているが、侵略を続けなければ立ち枯れする危険がある。止まれないものが止められた異常、動かせそうな方向に動かなければならないという訳だ。


「こいつぁ大事だし、二人は南方の戦で精一杯。となりゃ、俺達の出番だな……!」


 そんな理由で、ナアロからの侵入者を探っていた所、禁制品密輸以外にも動いている潜入者を見つけ、捕捉せんと探り……


「槍隊鉤隊! 打退打行うちひきうちゆきに逃げ隠れしろ! 飛び道具と魔法は崩し阻止撃ちだっ!」

「雄羅雄羅雄羅効かねえぞガキンチョ共!」


 その結果がここでの交戦だ。【真竜シュムシュの鱗棘】が無ければ墜死していたレベルの高度からのワイヤーロープによる名無ナナシの飛び込み体当たりを食らっても吹っ飛んで襤褸屋の壁にめり込んだだけでけろりと起き上がった『暴走ツッパリ』に対し、『暴走ツッパリ』が立ち上がる前に集合を合図する鏑矢の様に音を立てる短剣を投擲し、町に散って調べを行っていた仲間の少年傭兵達を呼び集め、団の中で通じる戦法の符丁を叫び名無ナナシは命令した。狭く複雑にいりくんだ小柄な少年傭兵たちに有利な戦場、路地裏、屋根上、廃屋の窓から、槍や鉤矛が次々と繰り出され、魔法や鏃や礫が炸裂する。


「ちっ、何てぇ頑丈さだよ! 大型魔獣でもこんだけ食らえば参るぞ!?」

「噂に聞く戦車タンクって奴並みかそれ以上なんじゃないのかこれ!?」

「くそ、速い、固い、『強化系』か、性質悪たちわりぃ!」


 だが効かぬ! 銃弾を跳ね返す所を目撃していたので仲間達に符丁ですれ違い様に打ってそのまま間合いをとるか突くか引っ掻けるかしたらすぐ退け、攻撃より逃げ隠れを優先しろ、魔法は弾幕を張り、回りの建物を崩せるなら崩して進行を止める事を優先しろと命令した名無ナナシだが、槍も魔法も鏃も礫も跳ね返し瓦礫も鉤矛も引き千切り、鋼の怪物と化した『暴走ツッパリ』の突進は止まらない! 砲撃じみて壁や武器を砕き破片を撒き散らして周囲を凪ぎ払う!


 〈傭兵殺しラストマーセナリー〉として〈自由守護騎士団〉との共闘成立後は更にその名を挙げた〈無謀なる逸れ者団〉だが、苦戦である。いや、この子達でなければ、そしてリアラから対欲能チート用として渡された【鱗棘】の護符が無ければ戦死続出の壊走だっただろうが。しかし、相手に直接作用するか一種の絶対性を付与する、名無ナナシ達が『即効系』や『絶対系』と符丁付けて呼称するタイプの欲能チートなら【鱗棘】で完全無効化できるのだが、単純に自分を強化するタイプの『強化系』は、欲能チート行使者同士の戦いなら『即効系』や『絶対系』には不利だが、【鱗棘】を使って対処する混珠こんじゅ人にはむしろ厄介だ。それでも【鱗棘】は防御力を上昇させる為生存には役立つのだが……


 BLAMBLAMBLAM!


「かはは、それにしても、まさか銃使う奴と共闘とはなぁ! 浮き世の先は分からねえや……敵対していた時に脅威だったのに今味方としちゃ決め手にならないのが辛いが、支援射撃続けてくれや!」


 状況はかなりまずい。『暴走ツッパリ』のダッシュパンチ一発で轟音を上げて長屋が倒壊し、悲鳴をあげて住民が逃げ惑い、中には圧死者もいるやもしれぬ。だがそれでも皆の隊長として仲間の不安を招く事はできぬと、飄々を装い皮肉げに笑う名無ナナシ。実際、ナアロ王国の工作は阻止せねばならないとはいえかつての敵の残党を助けるはめになるとは。


「うるっさい分かってる! ああ、弾丸が切れる切れる切れちゃう!」

「ええくそ、切れるといやこいつで最後だが、これでどうだ! 皆離れろぉ!」

「広域対処ぉ!」


 ZDOM!!


 顔面を正確極まりなく狙い撃って『暴走ツッパリ』の目に火花を散らせ相手攻撃の精密さを奪う依依だが、装甲を貫く事は出来ない。しかも、弾丸ももう尽きる。それでもその隙をついて村井が手榴弾を投擲、更に魔術を追撃で放つ。名無ナナシが仲間を対比させた直後手榴弾と魔銃津が同時に重い爆発を炸裂させるが。


「ケヒャッハッハアアアアアア!」


 『暴走ツッパリ』健在! 足の車輪を使い路地裏の壁をかけあがり跳躍! 空から猛然と襲いかかる! 『暴走ツッパリ』が空中で投げるがごとき動作をすると同時にその腕の機構が作動、焼夷擲弾ナパームグレネードが連射され周囲を焼き、更に反対側の腕を振りかぶると電撃棍棒スタンバトンがその手の中に射出され音立てて降り下ろされる!


 VOSVOSGOOOU! SMASH!


「うわあああっ!」「きゃあっ!」「皆!」


 巻き起こる炎、焼き出される住民と児童傭兵! ミレミが魔法で水を操り負傷し焼け死にそうな仲間や住民を救出消火治療するが、護符を受けている団の傭兵たちが負傷するという事は、弾丸に魔法を付与する手段がないという問題を、火炎魔法を封じたカプセルを射出し弾着地点から魔法攻撃する事でかわしたとみるべきか。即ち、対竜術戦闘を想定した改造。肉弾戦においても武装や四肢に魔法金属を使用し強化している事は明白!


「あぐあっ!?」「くそ……!?」


 とっさに村井を守ろうとして銃を乱射した依依だが、電撃棍棒が振り下ろされた衝撃で地面に出来たクレーターに足をとられ転倒。如何なる技術あるいは力の作用か、周囲に迸る電撃がその体を麻痺させる。転倒時つんのめって依依と離れた村井は、慌てて駆け戻り抱き起こして呻く。


「連れて走れ! この先だっ!!」

「《水よ、雷を惑わし、雷を助けて》!」


 それに名無ナナシが怒鳴り付けながら擦れ違い、魔法を込めた短剣を連続投擲。短剣命中と同時に攻撃魔法が次々と『暴走ツッパリ』に炸裂し、更にミレミが魔法を詠唱。


「効かね、っ畜生!!」


 大半の攻撃魔法は、鎧の隙を抜き中身を貫く事に特化した編成だった為、中まで鋼の『暴走ツッパリ』には通じない。いかなる電撃棍棒に向けて放たれた雷を付与した短剣と水の奔流の会わせ技が、辛うじて電撃棍棒を破壊。


「糞がぁっ!!」」「させるかぁっ!」


 怒る『暴走ツッパリ』がミレミに拳を向けた。咄嗟に名無ナナシがその腕に体当たりする。辛うじて僅かに腕の突き出す角度が逸れるだけだが、ミレミもそれを見て退避。ぎりぎりで焼夷擲弾をかわす! 間一髪……直撃すれば護符があってもミレミがどうなったか分からず、団で一番の術使いであるミレミが死ねば団員の死亡率は跳ね上がる!


「こっ、の野郎!」


 怒りの表情で名無ナナシは猛然、小さな竜巻のように『暴走ツッパリ』を襲った。小柄な体の不利を逆に活かす為の曲芸じみた体捌きで、相手の膝を蹴って跳び上がり、雷を付与した短剣を焼夷擲弾発射口に捩じ込み暴発を狙い、機械の体の関節可動域に突き込みその奥の構造を破壊せんと、更に雷撃で神経を焼かんとする!


「手前にゃ加減は」「っ!」「要らねえなぁ餓鬼ぃいっ!」「があっ!」


 鎧を着た戦士なら三度は致命傷になっただろう攻撃であり、暴発狙い、機構の隙間狙い、神経狙いという狙いも全て狙うならそれしかない見立て。欲能チートで己を強化していても尚、『暴走ツッパリ』は反応できずにもろに食らった。そうであるのに『暴走ツッパリ』の反撃が護符の防御と咄嗟に直前に跳び身を浮かせ衝撃を軽減して尚名無ナナシの片腕の骨を折ったのは、『文明サイエンス』の『発明品』、機械の体サイボーグボディの優秀さ故だ。焼夷擲弾は次弾一発が暴発し腕から火を吹いた が、内側から火を吹いて尚その腕は崩壊せず耐えた。関節は突き込まれた短剣を逆に粉砕し、電流は鋼化した神経を焼いたが、腕の一部の動作を不全にしただけでそこより先の機能停止は遮断された。なんという弱点を狙われることを想定した徹底的設計か!


名無ナナシっ……!」


 ミレミが叫んだ。団員を守る為に何時も人一倍考え、鍛え、悩んでいるのに、その上戦地では必ず一番危険な場所に立ち、窮地にあっては人一倍傷を引き受ける少年への悲痛な思いを込めて。


「負ける、かよっ……!」


 片腕で短剣を尚も構え、名無ナナシは叫んだ。真竜シュムシュの戦士程強くはない。力は弱いし体は柔だ。それでも仲間を守りたいし、この世界に抗いたいのだ。世界に抗う尊き者達と、背筋を伸ばし胸を張り同じ道を歩きたいのだという、少年の矜持を噛み締めて。



「っ……信じるぜ、子供!」


 村井は走った。走るように言った少年の目は本気の戦士のそれであり、そこには戦意と勝算があった。この先だ、という言葉に、この先に行けば、大丈夫だ、勝てる……守ってみせろ! という叫びがあった。……極限状況だが、村井の心はその戦意と勝算に焚き付けられ、もう一度燃え上がろうとしていた。敗北で失ったものは、再戦でしか取り返せない。


「く、う」


 依依も必死にもがいた。電撃でしびれた体を、何とか動かそうとする。走る村井は依依を抱えて行けと言われたその先に出た。開けた通り。そして。


「うあっ!!」


 その直後、殴り飛ばされた名無ナナシが負傷も露に同じ通りに転がり出た。その様子は一瞬戦意を吹き消さんばかりの危機感をもたらすが。


「追い付いたぜ、轢き潰れろやぁっ!」


 足の車輪を回転させ、混珠こんじゅ人からすれば馬より遥かに早く、地球人の村井からすればモトクロスバイクより尚早く柔軟な速度維持で突進した『暴走ツッパリ』がそう叫び。


 GIGOGAGOGIGO!


 変形した! その全身を一瞬で人頭を持つ二輪車へと組み替えていく。それは轢殺の為の丸鋸で縁取られた車輪と跳殺の為の衝角と擦れ違っただけで斬殺する為の左右に広がる羽の様な刃と、主機関エンジンの他に音速を越える為の噴進機関ロケットを備えていた!


「こいつぁ、予想以上、だな……」


 最早身をかわす暇もない。名無ナナシは。


「予想以上の、化け物で馬鹿者だ! ばーか!」

「!? なんじゃこりゃあ!?」


 GIGIGI……!


 嘲笑プギャーする! 正直、そのまま突撃されたら名無ナナシは更に足の一本は持っていかれたかもしれなかったが、並んだ三人を纏めて攻撃せんと変形したは愚か。ここまでの戦闘で片腕に損傷があったにも関わらずに変形を選択した結果、損傷した腕が変形しきれずに軋み止まり異音発生、挙動が不安定に! 大方、各部位が変形後どの部位になるから分かっているから損傷した状態で変形が可能かどうかは自分で判断ができるだろうという設計思想サイエンスの考え被改造者ツッパリ知的水準バカさかげんが下回ったという所か!


「えええーいっ!!」


 DOU!


 そこに大通りに名無ナナシが待たせていた勝算が食らいついた。即ち同盟者である〈自由守護騎士団〉団長、ユカハの騎馬突撃! 魔剣《風の如しルフシ・バリカー》の風邪を竜巻の槍と障壁へと変じたそれは、『暴走ツッパリ』が行おうとした突撃に攻撃範囲で引けはとらぬ。


「舐めんなぁっ!」


 だがしかし、『暴走ツッパリ』の力もさるもの。使用者の愚かさにより変形が不完全でも尚鉄の二輪車と化した体は軋みながらも駆動し、使い手が愚かでもその欲能チートは正確に二輪車を動かした。強引にユカハの突撃を回避し、逆に側面をぶつける体当たり!


 HIIIINNN!!


 ユカハの馬が悲鳴を上げる。それでも風の障壁と咄嗟のユカハの手綱捌きに守られたのと、『暴走ツッパリ』の速度が落ちた事と位置関係変化で刃が当たら無かった事で、辛うじて苦痛と出血程度で済むが……


「っ、堪えて! 跳んで!」「あ、おおお!?」


 愛馬の悲鳴を堪えながらユカハは手綱を捌いた。そして『暴走ツッパリ』は驚愕した。衝突の衝撃を逃がす為に、馬が飛び込んだ。その先、大通りに隣接するその先にあったのは……道と平行に走る川だ。馬に横からぶつかった自分も、そこに目掛けて慣性に引っ張られていく。


 変形しようとする。無理な変形が祟って変形機構が軋んで変形できない。ブレーキ。間に合わない。ブレーキにハンドル捌きを加え何とか転落を回避……


 BLAM! ZUGANBAS!


「この先、どうなるか分かんないけどさ」


 ……しようとした『暴走ツッパリ』の動きは、それが無ければ体勢を建て直したかもしれなかった。傭兵団が一斉に放った矢や礫や太矢や投槍と、そして村井に支えられながら、痺れの残る体を押して尚的中した依依の最後の銃弾が、『暴走ツッパリ』を叩いた。


「もう堕ちるのはやめた。たとえ死んでも嫌」「同意だぜ」


 依依と村井の言葉を聴きながら、『暴走ツッパリ』は水面目掛けて落ちる。見事な調練で、ユカハを乗せたまま、赤い血の糸を引きつつも足で水を掻き蹄で川底を蹴って彼女の馬が離れる。そして。


「全く、待たせて、気を揉ませてくれたものだ。だが、お膳立てに感謝するぞ」


 強化聴覚に、その声がきちんと聞こえ、強化視覚に、その姿がきちんと見えた。絶望的に腹立たしい程に。最初に名無ナナシが飛び降りた尖塔の上、褐色の肢体を捻り、魔剣を振りかぶるフェリアーラの姿を。


「《硬き炎カドラトルス》、魔剣発動!」


 BLOOOOOOOOOOMMMM !!


 開けた場所でなければ市街地ではとても周りを巻き込まずには使えぬ爆炎が魔剣から迸り、『暴走ツッパリ』と水面を爆散させた。



「へっ……」


 血と汗と爆発の水飛沫で濡れた髪を、名無ナナシは掻き上げた。勝利に浮かんだ笑みが……それを見て、噛み締めるような表情に変わる。覚えてろよこん餓鬼共、そう辛うじて聞き取れる歪んだ音を撒き散らしながら、弩の太矢の何倍もの速度で、透明な風防で顔を覆った『暴走ツッパリ』の首から上が射出され、あっというまに雲に紛れるように空に消えたのだ……逃げ延びやがった。それは、こっちの情報が敵側に漏れる事を意味する。だが、そいつはこっちも同じ事、新しい敵の力、そして敵の陰謀の動きを掴んだのだ。


「水中の残骸を拾うぞ。調べた上で、今回の情報と併せてリアラちゃんたちに届けるんだ。この戦、まだまだ続くぜ」


 負傷を堪え、名無ナナシは指令を下しながら、それでも尚笑って見せた。戦意を燃やし、ついてきてくれる皆の気力を担いながら。


「……上等だぜ」


 これは、足掻き続ける少年と、彼を巡る人間模様の物語である。その道行きが及ぼす影響は、いつの日か、別の話にて語られるいずれふくせんとしてきのうする事になるだろう。

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