・断章第五話「復古物語ラスト・マーセナリー」
・断章第五話「復古物語ラスト・マーセナリー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
追われている。追われている。追われている。逃げる。逃げる。逃げる。
酸素を求める喉が焼ける程熱い。路地裏を転げ回る様に逃げる中で負った打撲が痛い。誰も助けてくれる者の居ない孤独が辛い。背後から迫り来る追っ手が恐ろしい。
(畜生、畜生……何で……畜生……地獄だ……!)
何でこんな目にと、運命を罵る事も出来なかった。自業自得だと言う事は分かっているからだ。だから思ってしまう。これが地獄かと。これが罰かと。
「うぉっ!!? っ痛ぇえっ!? 糞、
「ぐえっ!? げほ、何だぁ!? こんな所でっ……」
そう思い走っていた奴が、蹴躓いて派手に転倒した。路地に倒れ、何度目かの打ち身擦り剥きの苦痛に叫ぶが、その下からも潰れそうな悲鳴が上がった。路地裏にだらしなく足を投げ出していた浮浪者だ。
躓いたボロボロの服で荒んだ顔の女は焦って叫んだ。路地裏に寝ていた武骨な緑の服の男は苦痛への不満を叫んだ。そして。
「「お、お前!?」」
互いに顔を見合わせ、仰天し叫んだ。そこには凄まじい偶然と因果があった。
「が、『
「防衛軍の!? って、ち、違う! そいつぁアタシの姉ちゃんだっ!?」
武骨な緑色の服は、混珠に現れる転生者達の故郷である異世界、混珠の空に見える〈不在の月〉である地球における日本共和国防衛軍の軍服。かつてこの世界に一部隊ごと転生し、地元村民と共存するも新天地
襤褸服の女は、防衛軍の男が名を呼んだ女に似ていた。『
「妹!? な、何でこんな所に!?」
「だ、脱走したんだよ!? 『
「それは、色々あって……というか、何か逃げてたんじゃないのか!?」
かつて戦い、勝った側と負けた側。だが今は、どちらも薄汚れ、落ちぶれている様子で。しかしそれどころではないのではないかと防衛軍の男は叫び、『
「追い付いたぜー……お?」
そして、追っ手の姿を見て、『
「何でえ。どーやら、獲物が増えたみてーじゃねーか?」
追っ手だ。類人猿か原始人じみた知性において
「
日本の暴走族特有の服装。
「応よ、
BLAM!
「うぉっ!?」
皆まで言わせず、『
「だーら、無駄っつってんだろーが、あぁん!? 俺ぁもー唯の
銃撃を跳ね返す『
「ううっ……!」
女は怯み、焦り、殆ど絶望の表情だった。当たり前だ。『
「『
すかさず他人を威圧してそれに乗じて利得を貪り生きる事が骨身に染み付いた屑の本能的反射で凄む『
「……という事は、俺も狙われる、って訳か」
「おー、話が早いなー防衛軍。どーせ生きてても天災の後片付けにしか役にたたねーんだからよー、俺のバイト代になってくれや」
震えながら銃口を向ける女の横で、立ち上がった元防衛軍の男がうっそりとした口調で言い、へらへらとした口調で『
「役立たずか。言えてるね」
ずかずかと銃など全く恐れず歩み寄る『
元の世界で死に、こっちの世界で負け……挙げ句これか、と。仲間も守るものも、つまるところ生きる理由を、二度も無くした。目の前には怪物。隣にいるのも昔の敵。全く以て、絶望的に最悪で最低でくそったれだ。
「全く以て、俺もこの状況も、最悪で、最低で、くそったれで……」
ぼやき、嘆き、自嘲……いや、その声には。
「っ、お前、まさか……!?」「あン?」
「……腹が立って仕方がねぇじゃねえか、こん畜生っ!!」
ZBAMN!!
怒りが、悉く侭ならぬ己に対する怒りが煮え滾っていて。そして次の瞬間。それは閃光となって炸裂した!
「!?」「今だ逃げるぞっ!」
「なっ、ええっ!?」
閃光。轟音。爆煙。その中を三人の声が交錯し、煙の中から走り出たのは『銃撃』の妹と、元防衛軍人の……〈元〉の言葉が〈防衛軍〉だけではなく〈人〉にも係る事を露にした姿。
「何で助け、てぇっ!? あ、あんた、そ、それ……!?」
「尋ねたよな、何で生きてた、って! これが理由だよ!」
手を引かれて転げる様に走る女の驚愕の叫びに、手を取って走る男は律儀に答えた。己が、女の属する軍閥に敗北して死んだ筈なのに生き長らえた理由……頭から生えてきた、一本の角について。
「《憑魔》ってんだそうだ、死ぬ寸前の人間の怒りとか恨みにとりついて後天的に魔族にする下級の悪魔! 二回死なずに済んだのと今逃げられるのはいいけど!」
「《憑魔》っ、なら、やっつけりゃよかったじゃん!?」
「生憎! 情けねえ性格なんでね! アンタらへの恨みが強けりゃその場で立ち上がってアンタらと戦える程強い魔族になれたんだろうが……」
その言葉に対する女の言葉に、男は走りながら振り替えって、誰がこうしてくれたと思ってんのさと皮肉を刺し……
「っだらああああっ!!」
「無力感と自己嫌悪の方が多かったせいで大した魔族になれなかったんだよ! ぶっちゃけ俺は弱い! まあ闇医者に言わしゃ強くなりゃその分魔に乗っ取られて人格が原型留めないらしいから助かったともいえるがよ! くそ、ピンピンしてやがる!」
爆発の中から、怒ってはいるものの人間を装う偽装がより剥げた以外大した損傷を見せず、むしろ機人としての装備を展開して本気になったらしい『
「わっ、分かってるわそんなの!? 分かったってのそれは!? けど、だったら! なんでアタシの手ぇ引いて走ってんだよ!?」
「……唯の負け犬の代償行為だよ!」
自分が所属していた軍閥。自分達がこの男をこうした、この男の仲間を殺した。それは皮肉を言われなくてもわかっている。そして、魔族として弱いのも分かった。けどだったら何で自分と一緒に逃避行を……自分を助けるんだと問う女に対し、男はそう答えた。守れずに死んで、守れずに負けた。魔族としても中途半端にしかならなかった己の心の執着の為であって、相手が誰かなんてどうでも良かった、と。
「この
「ヘタレと言う様に人の祖国を使うな、俺には村井庄助って名前がっておわっ!?」
「
VAOOOO!!
互いの複雑な意の籠った会話は驚愕に打ち切られた。物凄い速度で動いた『
「雄羅ぁあぁっ!!」「がっ……!?」
機械化された鉄拳が村井を殴り倒す! 殆どバイクに跳ねられたようなダメージを受け壁に叩きつけられた村井は二人諸共に倒れてしまう。
BLAMBLAMBLAM!!
直後、銃声が再び響いた。共に倒れながらも女の狙いは正確至極、姉の二丁拳銃と違い一丁のみだが、相手の両目に二発、両足の車輪に二発、殺し、殺せなくても尚転倒させる事を狙った精密射撃。だったが。
「っけんな固羅ぁああぁっ!」
至近距離から放たれた超音速の銃弾を……回避! 狙いが外れたのではない、狙った弾道は紛れも無く直撃コースだったのを、機械の体と車輪の加速を動かす速度を向上させる
「生きてさえいりゃいいってんだ手足ベキ折りじゃ済まねえぞ
「うっ……」
「り……李依依! 『
そして怒号と共に再び文字通りの鉄拳を振り上げる『
皮肉にもこの瞬間、二人は絶望的な危機から走馬灯の如くよぎる記憶に、同じ光景を別々の方向から思い出していた。
『
その日の事は依依も覚えていた。
その記憶の重さに堕ちた日々も終わる。その時。
「ぬぁあああああっ!! !?」ZGAN!!
「「……え?」」
唐突に『
「っ痛ぇえ……護符と法術防御だけじゃヤバいかと盾借りたけどそれでも痛ぇ!」
がらんと音をたてる激突の衝撃でへしゃげた金属盾とそれを振り子のように使い鐘楼から飛び降りたと思しいワイヤーロープを放り出し、衝撃を殺す為に転がる半分激突の反動の痛みにのたうち回る半分で地面を転がり叫んだ後立ち上がったのは。
「ちいっと厄介な事情みたいだが……お二人さん。とりあえず俺ぁアイツの敵だ」
「事情も生きなきゃ解決できねえ。ちょいと、共闘といこうか?」
これは
「……ナアロ王国。成程、リアラちゃんからの連絡によれば、カイシャリアの
接触しているのはナアロ王国の工作部門。旧王国を簒奪し周辺諸国を侵略するナアロ王国は他国との交渉・貿易を持てておらず、侵略初動においてある程度の自給自足体制を確立しているが、侵略を続けなければ立ち枯れする危険がある。止まれないものが止められた異常、動かせそうな方向に動かなければならないという訳だ。
「こいつぁ大事だし、二人は南方の戦で精一杯。となりゃ、俺達の出番だな……!」
そんな理由で、ナアロからの侵入者を探っていた所、禁制品密輸以外にも動いている潜入者を見つけ、捕捉せんと探り……
「槍隊鉤隊!
「雄羅雄羅雄羅効かねえぞガキンチョ共!」
その結果がここでの交戦だ。【
「ちっ、何てぇ頑丈さだよ! 大型魔獣でもこんだけ食らえば参るぞ!?」
「噂に聞く
「くそ、速い、固い、『強化系』か、
だが効かぬ! 銃弾を跳ね返す所を目撃していたので仲間達に符丁ですれ違い様に打ってそのまま間合いをとるか突くか引っ掻けるかしたらすぐ退け、攻撃より逃げ隠れを優先しろ、魔法は弾幕を張り、回りの建物を崩せるなら崩して進行を止める事を優先しろと命令した
〈
BLAMBLAMBLAM!
「かはは、それにしても、まさか銃使う奴と共闘とはなぁ! 浮き世の先は分からねえや……敵対していた時に脅威だったのに今味方としちゃ決め手にならないのが辛いが、支援射撃続けてくれや!」
状況はかなりまずい。『
「うるっさい分かってる! ああ、弾丸が切れる切れる切れちゃう!」
「ええくそ、切れるといやこいつで最後だが、これでどうだ! 皆離れろぉ!」
「広域対処ぉ!」
ZDOM!!
顔面を正確極まりなく狙い撃って『
「ケヒャッハッハアアアアアア!」
『
VOSVOSGOOOU! SMASH!
「うわあああっ!」「きゃあっ!」「皆!」
巻き起こる炎、焼き出される住民と児童傭兵! ミレミが魔法で水を操り負傷し焼け死にそうな仲間や住民を救出消火治療するが、護符を受けている団の傭兵たちが負傷するという事は、弾丸に魔法を付与する手段がないという問題を、火炎魔法を封じたカプセルを射出し弾着地点から魔法攻撃する事でかわしたとみるべきか。即ち、対竜術戦闘を想定した改造。肉弾戦においても武装や四肢に魔法金属を使用し強化している事は明白!
「あぐあっ!?」「くそ……!?」
とっさに村井を守ろうとして銃を乱射した依依だが、電撃棍棒が振り下ろされた衝撃で地面に出来たクレーターに足をとられ転倒。如何なる技術あるいは力の作用か、周囲に迸る電撃がその体を麻痺させる。転倒時つんのめって依依と離れた村井は、慌てて駆け戻り抱き起こして呻く。
「連れて走れ! この先だっ!!」
「《水よ、雷を惑わし、雷を助けて》!」
それに
「効かね、っ畜生!!」
大半の攻撃魔法は、鎧の隙を抜き中身を貫く事に特化した編成だった為、中まで鋼の『
「糞がぁっ!!」」「させるかぁっ!」
怒る『
「こっ、の野郎!」
怒りの表情で
「手前にゃ加減は」「っ!」「要らねえなぁ餓鬼ぃいっ!」「があっ!」
鎧を着た戦士なら三度は致命傷になっただろう攻撃であり、暴発狙い、機構の隙間狙い、神経狙いという狙いも全て狙うならそれしかない見立て。
「
ミレミが叫んだ。団員を守る為に何時も人一倍考え、鍛え、悩んでいるのに、その上戦地では必ず一番危険な場所に立ち、窮地にあっては人一倍傷を引き受ける少年への悲痛な思いを込めて。
「負ける、かよっ……!」
片腕で短剣を尚も構え、
「っ……信じるぜ、子供!」
村井は走った。走るように言った少年の目は本気の戦士のそれであり、そこには戦意と勝算があった。この先だ、という言葉に、この先に行けば、大丈夫だ、勝てる……守ってみせろ! という叫びがあった。……極限状況だが、村井の心はその戦意と勝算に焚き付けられ、もう一度燃え上がろうとしていた。敗北で失ったものは、再戦でしか取り返せない。
「く、う」
依依も必死にもがいた。電撃でしびれた体を、何とか動かそうとする。走る村井は依依を抱えて行けと言われたその先に出た。開けた通り。そして。
「うあっ!!」
その直後、殴り飛ばされた
「追い付いたぜ、轢き潰れろやぁっ!」
足の車輪を回転させ、
GIGOGAGOGIGO!
変形した! その全身を一瞬で人頭を持つ二輪車へと組み替えていく。それは轢殺の為の丸鋸で縁取られた車輪と跳殺の為の衝角と擦れ違っただけで斬殺する為の左右に広がる羽の様な刃と、
「こいつぁ、予想以上、だな……」
最早身をかわす暇もない。
「予想以上の、化け物で馬鹿者だ! ばーか!」
「!? なんじゃこりゃあ!?」
GIGIGI……!
「えええーいっ!!」
DOU!
そこに大通りに
「舐めんなぁっ!」
だがしかし、『
HIIIINNN!!
ユカハの馬が悲鳴を上げる。それでも風の障壁と咄嗟のユカハの手綱捌きに守られたのと、『
「っ、堪えて! 跳んで!」「あ、おおお!?」
愛馬の悲鳴を堪えながらユカハは手綱を捌いた。そして『
変形しようとする。無理な変形が祟って変形機構が軋んで変形できない。ブレーキ。間に合わない。ブレーキにハンドル捌きを加え何とか転落を回避……
BLAM! ZUGANBAS!
「この先、どうなるか分かんないけどさ」
……しようとした『
「もう堕ちるのはやめた。たとえ死んでも嫌」「同意だぜ」
依依と村井の言葉を聴きながら、『
「全く、待たせて、気を揉ませてくれたものだ。だが、お膳立てに感謝するぞ」
強化聴覚に、その声がきちんと聞こえ、強化視覚に、その姿がきちんと見えた。絶望的に腹立たしい程に。最初に
「《
BLOOOOOOOOOOMMMM !!
開けた場所でなければ市街地ではとても周りを巻き込まずには使えぬ爆炎が魔剣から迸り、『
「へっ……」
血と汗と爆発の水飛沫で濡れた髪を、
「水中の残骸を拾うぞ。調べた上で、今回の情報と併せてリアラちゃんたちに届けるんだ。この戦、まだまだ続くぜ」
負傷を堪え、
「……上等だぜ」
これは、足掻き続ける少年と、彼を巡る人間模様の物語である。その道行きが及ぼす影響は、いつの日か、
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