・断章第六話「モンスターズ・セレクション」

・断章第六話「モンスターズ・セレクション」



 BYUGOO! ZAPPAAANNNN! GIIII!


「引けぇええっ!」「「「「「うぉおおおっ!!」」」」」

「《良き風を》……!」「《波を鎮めたまえ》……!」


 叩きつける大波、不穏な、木材の軋む音。人々の叫び声、祈り声。それ以外にも縄の鳴る音、走る足音、荷物の転がる音。凄まじい音が船上に重なり響き渡る。


 船上。そう、ここは海の真っ只中、船の上だ。今正に凄まじい嵐に教われているが如き有り様の。如き。そう、厳密にはこれは嵐ではない。荒れ狂う帆縄を船員が懸命に引く。そして《航神》の神官達が、必死に船の周囲の波と風を法術で制御し船を守ろうとする様は、どう見ても嵐そのものだが。


「神官衆! あと半帝刻36分、いや20廻20分間耐えるペースでいい! 振り絞れぇえい!」


〔余談だが混珠こんじゅの時間単位は、地球で言う1秒より少し短い1脈が最小で、それが四脈で3.75秒程である一息となり、64脈即ち18息で地球で言う一分に等しい1廻となり、72廻でかつては1王刻と呼ばれていた1帝刻、90間で1竜刻、20帝刻あるいは16竜刻で1日となる〕


 船長が潮と酒に焼けた大声で伝声管に怒鳴る。それは嵐では有り得ない采配だ。まるで、この状態が短時間で終わる事を想定しているかのように。いや、何らかの理由でその予測がついたとしても、だからといって法術をその時間だけ使えればいいというレベルで振り絞れという指示をする理由は普通はない。混珠こんじゅの船は確かに帆船だが、本来様々な魔法による守護や加工、地球の帆船と違い実用され続けたが故の洗練により地球の帆船時代の最後の実用船よりも更に強度を増している。嵐でも早々沈むものではない。


 即ちそれが意味するのは、これが嵐ではなく攻撃であるという事だ。攻撃であるから、唯の嵐への防御では耐えきれない。攻撃であるから、攻撃してくる相手を何とかするまでの間耐えれば済む。故にこその短期全力防御。


「海賊から逃れて魔獣亜獣の群れに突っ込むなんざ最悪かと思ったが……!」


 一通りの指示を終えた船長は、時に強まり、時に弱まる雨粒と波濤の混合を頭から拭いながら、その向こうを見た。


「どうやらこの海も、まだ捨てたもんじゃないみたいだな……!」


 その向こうで戦う、彼の船に乗っていた乗客達を。



「【GEOAAAAAFANN!! 】」

「【PKSYLLLLLLLL!! 】」


 嵐の海を圧するが如く、咆哮が響き渡った。それは二匹の竜、即ち〈最後の真竜シュムシュの継嗣〉ルルヤ・マーナ・シュム・アマトと、〈最新の真竜シュムシュの信徒〉リアラ・ソアフ・シュム・パロンの、片や狂った弦楽器が金属板を削っているが如き、片や猛禽の軋りと混珠こんじゅには在らざる電子音を混ぜたが如き【真竜シュムシュの咆哮】だ。


「BUUFF!?」「BUUFF!?」

「BSYEEEEEMIIII!!」


 その【咆哮】に船を襲っていた魔獣亜獣の群れの内、巨大な甲烏賊コウイカがその甲を更に発達させた様な、装甲された胴と螺旋釘ねじくぎめいた先端と翼めいた肉鰭を出せる隙間構造を併せ持つ殻を被った巨大頭足類系亜獣、破城鎚烏賊が漏斗をラッパの様に鳴らして逃げ惑い、猫科猛獣とエイが融合し毒棘の生えた長い尾を持つ水中蝙蝠めいた姿になったような魔獣・鯱帆虎シャチホコ〔ミルメコレオと同じく地球の同名の伝承とは別の姿を持つ魔獣〕は、それに比し威嚇突撃を止めなあらも羽の様な鰭を広げその先端に生えた爪を剥いて尚抵抗の姿勢を見せた。


 やはり亜獣と魔獣では、その好戦性に違いがある。


 それというのも魔獣とは即ち魔の影響を明確に受けた、自然生物の限界を越えた肉体と魔力を持つ生物だ。人形の知的生命体である魔族に近い存在で、知性は獣同然が大半だが稀に魔族に匹敵する知性を持つ存在もある。


 それに対して亜獣は亜人とは少し意味が事なり、亜獣はあくまで動物の中でも特に強力で特殊な種を指す言葉だ。亜人もまた長寿や暗視等通常の人間と異なる肉体特性を持つ〔その代わりに繁殖力の低さや背の低さ等通常の人間に劣る部分もある〕が、亜人が信仰との特殊な結び付きで変化したのに対し、亜獣は必ずしもそうではない。稀に神獣や霊獣という神や精霊と結び付いた事で法術や霊術の行使や特殊な肉体を得たものもいるが、それはあくまで例外で具体的に言えば亜獣は地球で言う恐竜の類や第三期の特殊な哺乳類・鳥類スミロドンやフォルスラコスなどの様な存在だ。強力な生物だがあくまで通常の生物の範囲内であり超自然的な力は持たない。


 外見で識別する手段としては、複数の別種生物が融合したものや生物学敵に無理のある過剰や欠落を持つものは魔獣である。巨体や鰭や甲が極度の発達をしているとはいえあくまで甲烏賊が本来持つ体構造から逸脱していない破城鎚烏賊は亜獣であり、哺乳類と魚類が融合したような姿を持つだけでなく肺と鰓を両方持つ鯱帆虎は魔獣である。基本は生物の行動の範囲内で魔獣も亜獣も食う為や縄張りからの排除等で人を襲うが、魔獣は時に魔の怨念に突き動かされ更に積極的に人間を襲う。


 そして高位の魔獣の中には、他の魔獣や亜獣を上級魔族や魔王の如く魔術で統率し使役するものもいる。今この場に集まった魔獣や亜獣もそのように操られた存在だ。


「【AAAAAAGYAOOOOSS! 】 」


 そしてこれら魔獣亜獣を統率する魔獣は、【魔竜ラハルムの咆哮】を放ち、自らとその群れへの【真竜シュムシュの咆哮】の影響を低減していた。そう、即ち、この群れを制御しているのは、魔竜ラハルムだ。魔竜ラハルムの竜術の効果は真竜シュムシュのそれに劣り、地の魔竜ラハルムを退治したフェリアーラや『経済キャピタル欲能チート』が所持していた六振の魔法武器のかつての使い手達のようにそれを退治した英雄が存在するとはいえ、竜そのものの巨体と竜術、加えて魔術をも使う魔竜ラハルム真竜シュムシュの戦士にとっても脅威的な存在だ。


「ぬううううっ!」


 ルルヤは重力を操る月の属性を持つ【真竜シュムシュの息吹】の黒い揺らめきを両手に宿し、それを握り込んだ両腕を押さえつける様に下へ突き出し、海を操り嵐を起こす水属性の【魔竜ラハルムの息吹】に対抗し船を守っていた。


 魔竜ラハルムは青みがかった暗灰色の滑らかな皮膚を持ち、水中に適応し尾と四肢と翼が鰭と化していて、船にも勝る巨体でありながら水中を飛ぶが如く自在かつ高速に泳ぎ回る。その姿は伝説的な真竜シュムシュの戦士、リニー・シュム・シュズの【真竜シュムシュの巨躯】に類似しているが。魚の鰭や虫の羽の様に透明で軽やかな鰭と翼を持ち空をも泳いだ幻想的なリシュの【巨躯】と異なりこの魔竜ラハルムの鱗は肉質で、全体的には地球中生代の海棲爬虫類を思わせる姿をしていた。


「このっ! あの船は、襲わせないっ!」


 リアラは、相手が水中から体を出している時には陽の【息吹】の熱光線を放ち、水中から船を狙う者には【真竜シュムシュの骨幹】で銛を次々と生成しては投じ、鯱帆虎が船を襲うのを防いでいた。


「どこの魔竜ラハルムだ! なぜ邪魔をする! ここは俺の縄張りだ、船を食って何が悪い!」


 水の魔竜ラハルムは二人の妨害に船を嵐で即時撃沈を諦めると、そう古語で怒鳴った。


魔竜ラハルムじゃない、真竜シュムシュだ! 真竜シュムシュの継嗣として、世の乱れを討ち正す旅をしている! 貴様、今が混珠こんじゅ人を食らっている様な時代だと思っているのか、戯けが!」


 口を利く程度の知性がある癖に、この人だの魔だのと言っている場合ではない今の時代に竜の眷族でありながら魔獣としての本能にのみ従う相手に、竜の眷属の恥晒しめと怒鳴り付けるルルヤだが。


真竜シュムシュ真竜シュムシュだと? 貴様が? 馬鹿を言え! 貴様からは血腥い憎悪の臭いがぷんぷんとする。そんな真竜シュムシュがいるものか! 魔竜ラハルム以外の何だというのだ!」


 それに対し、思っても見ない角度から魔竜ラハルムは逆捩を食らわせてきた。真竜シュムシュは世界に裏切られた慈悲であり、愛を以て戦うもの、憎み恨み復習をするのは魔竜ラハルムの業だ、お前など真竜シュムシュではない、と。


「我ら魔は人の世を憎む。この世界を憎む。何やら世界が危機にあるのはわかるが、滅びるならば滅びれば良い。人間共と和平を結んだ三代目魔王の盆暗めの末裔のように、この海嵐魔竜ラハルムリギギザ様が日和ひよると思うなよ!」


 それは唯の直感的・感覚的な印象を感情的な反発の為の方便として用いたに近かったが、ある意味正確精密にルルヤの矛盾した一面を嗅ぎ取り指摘していた。


 気質的に真竜シュムシュ教徒らしからぬ、最後の真竜シュムシュの継嗣。しかし。


「血腥い憎悪の臭い、か。確かに、そうかもな」

「ルルヤさんっ」


 振り向くリアラに、そして眼前のリギギザに、ルルヤは。


「ああ、そうだとも。私の行いと動機は復讐だ。正義は、己を律する為と、人に希望を見せて、少しでも助けになればという為に掲げた。けれど」


 微笑んだ。ここまでの戦いで更に成長を重ねたルルヤは、その迷いに対しても、経験を増している。


「だからこそだ。己が至らぬと知ればこそ人はより良くあらんとする。だからこそ、私は真竜シュムシュの道を歩まんとする。己が血腥いと知り自制自省を怠らぬ事、正義を信じながらも自分と正義が一つではなく己の未熟と正義に近づき続ける為の道を誤っていないか常に危ぶみ弁える事、それが信仰と正義への私の今考えうる対峙の仕方だ。故にこそ言うぞ、リギギザ。お前も住まう海を食らう、お前よりも悪しきものの侵略を阻止し討つ為に……未熟故心改めさせる事も犠牲を取り戻す事も侭ならぬ以上、私はせめて私の血腥さで出来る形で、この血腥さを他者を害する者に向ける事で混珠こんじゅに振り撒かれる悲劇の数を減らす。故に、お前が獣としてでも竜としてでもなく魔として振る舞うなら、竜の恨みを竜の力で以て昇華する。不肖故二択を強いるは詫びようが、去りて海の獣として波間に生きるか、真竜シュムシュの戦い未だ続くをその魂に刻んで輪廻に帰るか、選ぶがいい!」


 故にその言葉、その宣戦は朗々として澱み無し。復讐に猛り狂っていた黒き竜は、今や一人の堂々たる勇者になりつつあるが如く輝いて見えた。


 そんなルルヤの様子に、リアラは少し安堵する。以前は復讐に心が片寄りすぎていたが故に復讐の対象ではない相手との戦いで弱体化した事まであった程だが。


(どうか)


 そして何より、必然的に想うのだ。愛しいと想うルルヤに対し。どうか何時か、憎悪を悲しみを乗り越えて、幸せになってほしいと。


 そんなリアラの視線が、少しばかり面映ゆく、しかし同時に何より大切なルルヤだった。……堂々と在れるのは、リアラという竜の卵を抱えているからだ、と、ルルヤは想う。リアラの事を思うと、卵を抱く竜が百万の軍も恐れぬが如く、勇気と克己心が沸いてくる。


(だから)


 リアラの前では、混珠こんじゅ一カッコイイ竜で在りたいと思うのだ。あの子の目を輝かせてあげたい。あの子の目から、悲しいや苦しいや憎いが、いつか無くなったら、それはとても、綺麗だと思うのだ。


「っ……妙な羽と鱗の色だな! 言った程の事が出来るか! まずは試させてもらおうか! そうでなければ……貴様の二択を選ぶかどうか等、決められはせんからな!」


 そんな二人に、リギギザは目を瞬かせ、そう吠えた。二人の様子がこの魔竜ラハルムには、見た事の無い輝き方をする財宝のように見えて、いぶかしんだのだ。


 ……この戦いは、逆襲の物語ではない。故に、ここより先の戦いは、ただ二人がそれを無事乗り越えたという事のみ今は語ろう。その戦いの結末の先にあるものは、いつの日か、別の話にて語られるいずれふくせんとしてきのうする事になるだろう。

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