・第二十四話「古の航海図(中編)」

・第二十四話「古の航海図オールド・シート(中編)」



「AAAAGH」「AAAAGH」「AAAAGH」

「むんっ!!!」

「OOOOO……」「OOOOO……」「OOOOO……」


 それまで人間の姿をしていた動屍アンデッドが、一瞬で腐乱すると同時に何故か衣服までボロボロになり、あからさまにこの世のものではない力の干渉を示しながら黄ばんだ牙と黒ずんだ爪を剥き出しにして襲いかかるが、片手でハリハルラを抱き抱えたガルンは、それを疾走しながら一瞬で一掃した。その手にする櫂槍は、船を動かす櫂を高硬度の木に防燃加工を施し櫂の縁を刃の如く鋭く仕上げたもので、類似の木剣マカナは地球に於いても大航海時代までのカリブ海及び南米近海島嶼等で用いられたが、それらも一応皮膚や肉を裂く事は可能だったが棍棒的な側面が強かった。しかしガルンが軽々と片手で振り回すそれは槍と大剣の混合じみた長大なものでありながら凄まじい速度と威力を有し、動屍アンデッドの肉どころか複数体纏めて骨まで断つ。


「ううっ、法術隊、弓隊、撃てっ!!」

「っ、要逮捕者は殺すなよ!?」

「了解、術種《水弾》、鏃種打撃鏃! 撃てぇっ!」


 動屍アンデッドの包囲網を易々と突破した猛然たるガルンの速度に、動揺した海軍兵の小隊長が射撃を命じた。食堂から大猩々ゴリラそのものの身のこなしで素早く飛び出してきたボルゾンはその指示に咄嗟に念を押し、直前で術は高圧水塊をぶつけ衝撃で倒す事を重視した種類に、射撃は地球で言う蟇目矢や神頭矢のような尖っていない先端を持つ物に変えられたが、何れにせよ射撃は放たれた!


「むんっ!!!」


 しかし、ガルンは長大重厚な櫂槍の中程を持ち、軽々片手で高速旋回! 回転する櫂槍を盾の如く用い、術を弾き射撃を切り払った! その間にも進行を止めず、南洋らしい木造建物や熱帯樹木の間を走り飛び越え駆け抜けていく!



 その素早さと強さに目を見張りながらも、咄嗟の大猩々ゴリラめいた疾走から立ち上がり、兵を率いると後を追おうとするボルゾンだったが。


「いけませんねえ。ここで取り逃がすとは」


 傍らから聞こえた声に、ぎくりとなって振り返る。其処に居たのは、ボルゾンの太い腕程の胴回りしか持たぬ様な痩せた男だ。こけた頬、南洋に似合わぬ色白の肌、ぼさぼさした灰色の長髪、眼鏡の下のぎらつく瞳、そして、服の上に羽織る、血で汚れた白い長衣……それは地球で言う所の白衣。その視点から言えば、『文明サイエンス欲能チート』ドシ・ファファエスが典型的な老人の狂科学者マッドサイエンティストであるならば、比較的若い狂科学者の典型とでも言ったような印象の姿をしていた。


 そして白衣の腕には白と対比してくっきり目立つ、黒字に髑髏と〈∞を掴む腕〉の腕章。ジャンデオジン海賊団の転生者だ。


「や、約束はっ」

「守りますとも」


 不吉で狂的な気配を漂わせる男に、慌ててボルゾンは即座に声をかけ、皆まで言わせず転生者は返答した。


「ですがあの男は生かしておけません。血は血で償わせますよ、原住民!」


 しかし返答こそしたが、男はガルンへの怒りの方に集中した様子で欲能チートを発動!



 同時、上空。


 黒く剛き竜の翼を広げるルルヤと、煌めく妖精の如き羽を震わせるリアラは、空から周囲を見下ろしていた。女を抱え走る男を、獣人の隣に立つ欲能行使者チーターを、走り回る兵や動屍アンデッド等を、森と村を、そして。


 先を見据えたルルヤは眦を決し大きく羽ばたいた。



「邪魔だどけぇいっ!」「うわぁあっ!」


 動屍アンデッドを薙ぎ倒し突き進んだ蛮人戦士に立ちはだかったのは海軍兵、いやそれを弾き飛ばしながら突進してきたジャンデオジン海賊団の兵だ。ガゴビス・ジャンデオジンの『増大インフレ欲能チート』により体を部分的に巨大化され筋力を強化された『増身賊』ディフォルメデビル。突進してきたのは巨大な頭と胴と太い足を持ちまるで二足歩行の猛牛か人間恐竜かといったような姿の『増身賊』だ。頭突きで海軍兵を突き飛ばし、大口を開けて頭からガルンに激突し食らいつこうと


「邪魔は!」「おごっ!」「貴様だっ!」「ほげえっ!?」「ぎゃふっ!?」


 するその鼻先をガルンの足が捉えた。巨大な頭にもろに蹴りが突き刺さり、その面を蹴り踏みながらガルンは跳躍。蹴っ飛ばされた『増身賊』はバランスを崩し、その直後に追随して現れた足の長い増大兵に激突! 脚力自慢の足長増大兵は、その長い足を派手に絡めながら転倒し悶絶! 人間を易々と弾き飛ばし蹴り飛ばす亜獣めいた身体能力を持つ相手なのだが……


「阿呆共め、腕だけ鍛えても腹に拳がめり込めば反吐を吐くようなものだ、バランスも考えていない筋肉等!」


 対照的に全身筋肉もりもりに鍛え上げられているが確かに全身にバランスよく筋肉のついているガルンが跳びながら吐き捨て、そして油断なく眉を潜めた。気配を感じたのだ。そして同時にその腕に抱き抱えられていたハリハルラの、海森亜人シーエルフ特有の魚の尾鰭型の耳がぴくぴくと動いた。


「ちょいと! ガルン君! 僕の手が! 動かせない! ……おし、抜けた!」


 そしてもがくとハリハルラは腕の中で身を捩り、腕を自由にすると腰に下げた海鳥を象った短剣状の小杖を引き抜いて構え。


「《嵐よ、偶には恵みを》!」「AAAAGH!?」


 《小嵐》の呪文による、帯電した水と風の塊が小杖の先端から発射された。それは跳躍するガルンの更に上から襲いかかろうとしていた、二の腕と脛の骨が飛び出して翼竜や蝙蝠の指のように展開し、胴と腕と足の皮膚が剥けそれがヒヨケザルめいた皮膜翼を形成した異形の動屍アンデッドにぶち当たった。螺旋状の突風と雷がその異形動屍アンデッドの体勢を崩し苦しめる中、ガルンは着地点目掛け櫂槍を降り下ろす!


 爆発めいて散る砂!


「ちっ!」


 しかし着地と同時にガルンは舌打ちした。砂に潜み着地時に奇襲しようとしていた動屍アンデッドを叩き潰そうと攻撃したが、避けられたのだ。


「気にしない! 奇襲は防いだ! 飛んでるのはハリハルラさんに任せて!」


 同時、ハリハルラは鞍馬めいた動きで身を翻しガルンの腕から肩の上に乗ると、そこからイルカ並みに高く跳躍した。同時にガルンが打撃した場所から土竜もぐらの蠢く様に盛り上がり地下の移動を示した直後に砂地が内側から爆ぜた。


 ここから戦闘は高速で進行する。砂撒き散らし出現したのは若い白衣の欲能行使者チーターが作り出す『動屍アンデッド』の中でも特別な二体。何体もの『動屍アンデッド』を繋ぎ合わせたと思しきフランケンシュタインの怪物じみた縫合痕だらけの『巨大筋骨強化異形動屍アンデッド』と、その肩に乗る小型でミイラめいて感想し頭部が通常の三倍の大きさのガラス球となりそこに継ぎ合わされた巨大な脳髄が収まった『頭脳増設異形動屍アンデッド』だ。


 《小嵐》で痛めつけられた『飛行異形動屍アンデッド』も、傷口から溢れ出る黄緑色の液体で自らの体を溶かしながらも、羽に加え脇腹に備えた穴状器官から気体を噴出し急降下。『筋骨強化異形動屍アンデッド』は腕を振り上げ、『頭脳増設異形動屍アンデッド』は毒蜘蛛が這う様に『筋骨強化異形動屍アンデッド』の肩から降り音もなく滑らかにガルンに襲い掛かった。


 ガルンが櫂槍を投擲。『頭脳増設異形動屍アンデッド』はガルンが腕を振る時には既に回避動作に入っていた。巨大頭脳はこの為とガルンは理解。『筋骨強化異形動屍アンデッド』の拳がガルンへ。投擲の勢いの儘身を捻ったガルンは回避。『飛行異形動屍アンデッド』は口から傷からも溢れていた胃酸を強力にした様な消化液を噴射。魔法で風を起こし宙返りの軌道を変えハリハルラはこれを回避。ハリハルラ、《水閃》の魔法を発動。高圧水流が『飛行異形動屍アンデッド』を切断。ガルン、捻った体を立て直し『筋骨強化異形動屍アンデッド』にタックル。相手が反応する前に間髪入れずに持ち上げ叩きつける。巻き上がる砂。それに紛れ『頭脳増設異形動屍アンデッド』の頭部を素手で粉砕。ハリハルラ着地、『飛行異形動屍アンデッド残骸』、『筋骨強化異形動屍アンデッド』の上に落下。消化液がぶちまけられ、『筋骨強化異形動屍アンデッド』、絶叫悶絶。


 そしてガルンは投げて砂地に突き刺さった櫂槍を手に、ハリハルラの手を片手に取って彼女と共に再び走り出す!


「知恵があっても見ねば分からんだろう! 力があっても技がなければな!」

「間一髪、だったね!」


 思考加速による超反射行動や未来予知じみた動きが可能であろうとも、視界を塞がれ状況の把握ができなければ役に立たず、筋力で上回ってもつき方が分かっていなければな、と、自他を鼓舞し動屍アンデッド欲能チートで操る白衣の男を挑発し吼えるガルンだが、共に走るハリハルラの言葉を否定はしなかった。


 何時間でも走り続けられそうな男のタフな筋肉に、油を塗ったように汗が張り付いている。極短時間の戦闘だったが、しかし全力かつ際どい死闘だった。『筋骨強化動屍アンデッド』の拳は城艦の投石砲にも勝り、『頭脳増設動屍アンデッド』の爪には間合いに入れば最後だろう確実に命中が即死に繋がると見える滴り落ちた砂すら溶かす毒液の滴りがあった。ガルンはそれに対抗する為に、自らの肉体に限界を越えた全力を振り絞らせていた。


(もう)


 それは屈辱が生んだ力だった。ガルンの分厚い胸板の内に炎が燃える。頑強な頭蓋の内に記憶が燃える。目にも止まらぬ高速の弾丸が、己が槍を打ち砕き、白兵戦なら千人相手でも恐れはすまい雑兵が、にやにや笑いで、指一本を曲げるだけで、引き金を引き奇妙な弩めいた代物の先端を左右に振るだけで己を打ち倒した。


(もう、二度と)


 極限まで己を鍛え直した。五感直感を鍛え常に敵の先手を取り射撃武器で狙われた時撃たれる前に気づけるよう、体捌きを鍛え密林の獣の様に確実に己の間合いで戦えるように、そして、駆け寄り仕留めるその為に全身の力を限界を越えて解き放てるように。例え己の全力以上の力で己の身を削ろうとも、塵でも払うように雑兵にあしらわれる等、もう、二度と。それに……


「見えた!」


 港を遠く真横に見ながら走り、その先をガルンが回想するより早くハリハルラが叫んだ。その先には青く輝く海と黒い岩礁。船も、船を止める場所もないが、予定通りと。予想以上にボルゾンは強硬かつ強引に捕縛を強行せんとしたが、元々この交渉が危険なのは先刻承知の上だった。故に港に馬鹿正直に海賊船を止めて押さえられる等という事はしない。水騎を利用し、港とは別の岩礁の洞穴に隠していた。特別に鍛えた持久力のある大海狼に引かせ、その扱いと魔法に長けたハリハルラが回復し強化すれば、長距離を高速で移動し船団に一気に戻れる。


 筈だった。


「っ伏せろぉっ!」「な、わぁっ!?」


 咄嗟にガルンが跳躍し、ハリハルラを押し倒した。次の瞬間。


 ZBAN! ZDON! GAMGAMGAMGAM!


 岩礁が爆裂し、砂浜が連続して爆ぜた。それは、砲弾と機関砲弾の弾着であった。その轟音の合間に甲高く悲痛な鳴き声をハリハルラの海森亜人シーエルフ特有の敏感な聴覚は聞き、己が水騎が大海狼と洞穴もろとも粉砕された事を理解した。機関砲の掃射は威嚇射撃で弾着は二人が伏せた先の砂浜であったが、二人を射殺する目的で照準されていたとしてもガルンの跳躍回避は間に合いかつ成立していたろうが、しかし行く手を遮られた事に変わりはない。


「くっ……」「あれはっ!」


 たった今まで異常のなかった海面に、編集の粗雑な映像の如く唐突に水面下から巨大な動屍アンデッドとはまた別種の怪物が浮上していた。それが砲撃を行った存在であった。それは軍艦にも見えたが金属質であると同時に生物的でもあり、そのが何なのかは辛うじて理解できたが、混珠こんじゅの知識ではその融合した金属物体が何なのかは理解できなかった。そしてそれ以外にも、様々な、同じ生物の要素を持ちながらもその生物だと言うには余りに異形であり冒涜的であり狂気的であり粗雑であり、亜獣でも魔物でもない存在たちが、絶望的にうじゃうじゃと群れを成していた。そしてその上に、やはり共通する種の生物の要素を持ちながらどう考えてもその生物とは思えぬ、ぎらぎらした銀色の光を放つ水騎よりも大きな円盤状の何かが浮遊していた。


「ハリハルラ。俺の腕の中にいろ」


 だが、ガルンは諦めの表情を見せなかった。ハリハルラを抱え庇いながら、銃撃の気配があれば即座に射線から再び跳びかわす事を試みようと膝立ちに砂浜に起き上がりながら、僅かの兆候も見逃すまいと目を大きく見開いていた。


 だから、ガルンが一番先に気づいた。


「……もう少しいい格好で会いたかったんだがな」

「、あ? ……!?」


 呟くガルン。それを、銀に光輝く円盤の中にいる、それを操る欲能行使者チーターはいぶかしみ……直後、操縦装置の生体レーダーディスプレイの有機的な発光の意味に気づいて咄嗟に操縦捍を限界まで倒した瞬間!



 ZDOOOOOOOOOONNNN!!



 砲撃を行った怪物が、まるで隕石にでも当たったが如く圧し折れた! 背中から生やしていた大砲と機関砲、そしてそれ以外にも内蔵していた魚雷・飛行爆弾で、内側から爆発! ……その煙の向こうから、現れたのは。



「……いや、久しぶりだが、驚いたな。見違えたぞ、狩闘の民、虎羆族のガルン・バワド・ドラン。良くぞ、戦士として再起した。嬉しいぞ」


 隕石のごとく飛来して、天下る裁きの如く一打ちで海の怪物を仕留めた、爆煙より尚黒く剛き翼と爆煙にも汚れぬ潔癖に清らかな蒼銀の髪と眩く白い肌、輝く金の竜鱗ビキニアーマー。そして爆炎より赤く煌めく鋭い瞳、その瞳を宿すに相応しい高貴で凛々しく涼やかな美貌。それは〈最後の真竜シュムシュの継嗣〉。〈欲能を殺す者達チートスレイヤーズ〉。


「ルルヤ・マーナ・シュム・アマト」


 重々しくガルンは呟いた。もう二度と味わうまいと決めた屈辱と同等かそれ以上に彼を鍛錬と再起へ駆り立てた、堕ちた彼を竜の猛りで叱咤した眼前の女の名を。


「もう少しいい格好で、等と、謙遜する事はない。お前の戦いは空から見ていた。銃を呑んだ敵を仕留め、砲火にも怯まなかった事、嬉しく思うぞ。それに、私もお前が思う程格好いい登場をした訳じゃあない……アレを叩き割った上でこいつを圧し折る心算だったのだからな」


 そういうとルルヤは、翼を広げたままくるりと圧し折れて屑鉄と焦げた焼き魚の混合残骸となった怪物の上で旋回し、同じように生物と融合した円盤を見た。


「出やがったな、ビキニアーマー!」


「そういう貴様は、この間の覗き見だな、海賊の使い魔」


 円盤怪物の目が発光し、搭乗者たる欲能チート行使者の顔と声を外部に投射した。それに対しルルヤは、砂海の空でみたそいつの中に人がいるのを気配で先刻承知であった為、驚く事も無く至極軽蔑的に応じた。


「ルルヤさん、周辺の安全確保、終わりました、けど……」


 その隣に遅れて舞い降りる、降り注ぐ陽光の様な、煌めく羽と金の瞳、夕焼け色の髪と健康的な肌色をしたそれを強調する黒鉄のビキニアーマーを纏う愛らしい少女〈最新の真竜シュムシュの信徒〉、〈欲能を殺す者達チートスレイヤーズ〉のもう一人、〈不在の月ちきゅう〉の日本からの転生者、リアラ・ソアフ・シュム・パロン、だが。


「……これ、これは……これって……」

「……どうした、そんな中途半端な頭痛でも堪えてる様な煮え切らない顔をして」


 ルルヤの威風堂々たる戦場への降臨と相反して、戦場に舞い降りたリアラは、何と言うか正にルルヤが言ったような顔ではあったのだが、まあ、はっきり言うと困惑し、呆れ、頭を抱えんばかりであった。ルルヤは水を差されて怪訝な顔をし、それはガルンと、ガルンとルルヤの因縁を知らぬハリハルラもそうであったが。


「ルルヤさん……あの怪物共って何に、あるいは何が基になってる様に見えます?」

「……鮫だな。私は海を見るのは故郷を出て復讐の旅を始めてからなんであまり詳しくないが、港の魚市場に並んでいた小型の同種の値札にはそう書いてあった。大きな種類の鮫は人も食うと漁師は言っていたな。正確に言えば鮫を基にした、亜獣とも魔獣とも似て非なる、恐らくは欲能チートで作られたおぞましい何かだ。奇妙で、奇形的で、わざとらしい程に禍々しい」

「デスヨネー……!!!?」


 引き攣った声でリアラはルルヤに自分の目が信じらんないとでも言う様な声で尋ね、当惑したルルヤの回答に呻くような棒読みで漸く現状を認識した様に呟いた……爆沈座礁した、Uボートとなった巨体に88mm砲と20mm機関砲と魚雷発射管とV1飛行爆弾発射カタパルトをつけて目の回りに鉤十字の模様を刻んだ謂わばナチシャークとでも言うべき鮫の死骸の上で、灰色小人リトルグレイ型宇宙人のような色と目をした鮫の頭が空飛ぶ円盤の正面にくっついたUFOシャークと対峙しながら。


「はっ、この次期十弄卿テンアドミニスター候補たる新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア第十九位、俺様の『鮫影シャークムービー欲能チート』にビビったかよビキニアーマー2号! そりゃそうだよなあ! ビキニ水着のホットな美女とくりゃあ、鮫の絶好の餌食だぜ!」

「やっぱり鮫映画かお前ーーーッ!!? ?」


 それを恐怖と誤解して勝ち誇るトンチキに、地球の日本の少年である神永かみなが 正透まさとだった頃に知ったB級映画の一大ジャンルが寄り集まった地獄絵図を作った馬鹿に対して、リアラは喉も裂けよとばかりに絶叫した。


 その周囲の海も狭しとばかりに鮫が七分に海が三分と埋め尽くすは、頭に強引に黒覆面を巻き付けたニンジャシャーク、胴に自爆ベストを括り付けたテロシャーク、珍奇な歯を持つ古代鮫にその歯を象った回転鋸を付けたチェーンソーシャーク、空をも飛び泳ぐロケットシャーク、巨大烏賊の足が生えたシャークイッドシャーク+スクイッド=イカ、胴が大蛇の如く長く絞め殺す事も陸を這い進む事も出来るシャナコンダシャーク+アナコンダ、鮫に鰐の手足が生え尾も鰐のそれとなったシャリゲーターシャーク+アリゲーター、非現実的な巨大蜘蛛足が生えたシャパイダーシャーク+スパイダー、首長竜の姿をした鮫ネッシャークネッシー+シャーク、コスチュームじみた色とりどりの鮫肌を持ち目からビームだの金属爪だの様々な超能力を持つ鮫群X-JAWS、蝙蝠の羽が生え目が赤く光歯の二本が牙の様に長いお前吸血鬼が流れる水に弱いとかいう設定はガン無視かと言いたくなるヴァンパイアシャーク、電送めいて瞬間移動を繰り返す鮫と蝿が融合した恐怖蝿鮫、真竜シュムシュ教徒としては許しがたいがこの間戦った魔竜ラハルムに少し似ている鮫竜シャラゴンシャーク+ドラゴン、そして沖合いに控えるUボート級サイズだったナチシャークより更にでかい巨大氷山で体を構築した豪華客船でさえ体当たりで沈めるだろうタイタニックシャーク! その密度は最早殆ど魚市場ツキジかトヨス、いやこんな禍々しい魚市場あって堪るか!


「っていうか…………っていうか、さ。君はそれでいいの? これまで奪った情報だとさ、欲能チートってのは輪廻転生しても自我の形が変わらないだけじゃなく更に強く魂が固有に歪んでいるその歪みの形が周囲の法則を歪めるって事だったと思うけど。魂の形がさ、鮫映画でいいの!? 僕の魂だって物語で出来ているって自覚はあるけど……鮫映画だって別に嫌いじゃないというか色々可笑しいタイプの鮫映画は実は割りと好きだけど、色々ある物語の中で、そのジャンル一本でいいの!?」


 事情を飲み込めず怪訝な表情でそのやり取りを見るガルンとハリハルラにルルヤが、リアラは色々と我々が知らない様な転生者の言葉に詳しいのだと雑な説明をする中リアラはそう『鮫影シャークムービー』に突っ込んだ。しかし、帰ってきたのはボケではない。


「良いも悪いんも実際そうだったって事なんだが、ハハ、けどまあ、悪くないさ。俺は最初から思ってた、世界ってもんは文字通り死ぬ程馬鹿な冗談で、美しい筋立ても、矛盾の無い起承転結もない、退屈と失笑の入り交じったB級映画だってな。世界の何処かでいつだって、人は昨日ビーチで遊ぶ様にサカって、今日鮫に食われるようにばたばた死んでる。社会も人間も、他人を食って生きる鮫だ。この世は所詮鮫映画、だったら笑える鮫映画がいい。人の死をげらげら笑える鮫映画愛好家で、人の肉を食える鮫でいい、ってな!」


 錯乱するリアラにへらへらと笑う『鮫影シャークムービー』は、語りながら、じわじわと近づく鮫の背鰭の様に、不意に剥き出される鮫の歯の様に、ぎらりと冷徹にして貪欲な魚類的本能的な殺意を向けて、 鮫の様に笑った。


「……鮫映画ひとつに、よくまあそういう理論を載せたもんだ。それ事態は、一応凄いって思うよ。けど、それなら、僕達の敵だ。映画の最後で、鮫は退治されるもんさ。……大抵は、ね」


 鮫の笑みに答えるのは、竜の目だ。リアラの表情はルルヤほど生粋に竜めいてはいないが、地球に絶望した人の子だった頃からの黒い太陽の如き暗さの中に、その危うさの中にある境地を求める事を『神仰クルセイド欲能チート』との戦いで誓った炎を灯す様は、はにかみ易い少年の謙遜含羞を言葉に含みながらも、闇を払う陽光竜の輝きだと言えた。ジャンルに驚いたが、本来映画好きなら、心情的には親近感がないわけでもない。が、そこから導きだした答えがそれならば、死という悲劇を愉悦と食らう『惨劇グランギニョル欲能チート』とはまた少し違う、死と命と世界を笑劇と嘲る相手ならば、戦う事に迷いは無い。しかしその時、広報から現れる者があった。


「成る程、やはりビキニアーマーが現れたか、同胞。ならばこの玩想郷チートピア第二十位、『屍劇オブザデッド欲能チート』が言おう。同じB級映画でもゾンビ映画の結末は事が終わらぬ投げっぱなしもしばしばだ。そしてゾンビにせよ鮫にせよ世にB級の種は尽きまじ! 世界の意思が、人類の無意識が、B級映画的な死の笑劇を望んでいるのだと!」

「空からちらっと見てそういう奴もいるんじゃないかと思ってたけど今度はゾンビ映画かーーーーーっ!!? ってかそれ殆どゾンビ映画っていうか〈ヤスデ人間〉じゃん!? 何だよこのB級カルト映画双璧!?」


 そうこうしているうちに現れた者、ボルゾン達を置き捨てて、見るもおぞましい人間の両腕と足腰だけを何十も継いでヤスデかゴカイの様に連ねた走行特化異形動屍アンデッドに乗り追いかけてきた動屍アンデッドを使う欲能チート行使者が名乗りをあげ、リアラは再び突っ込みを入れた。その言葉に、フンと『屍劇オブザデッド』は鼻を鳴らす。


「かつては双璧ではなく三連星だったのだが、第六十八位『物襲のアタックオブザキラー欲能チート』が、そこの蛮人に奇襲で殺られてしまってな。玩想郷チートピアの恥晒しめ……趣味は合う奴だったのだが、あいつは自分の肉体を強化する力が無かったからな」

「それって野菜とか料理とかが何故か唐突に襲いかかってくる奴だよね!? 欲能チートとは、転生とは一体……」


 うごご、と呻きかけたリアラだが、寸での所で留まった。息を吸い、吐いた。


「……少し、分かってきた気がします。何が欲で、何が魂の歪みなのか。今はまだ、言葉に巧く整理する暇はありませんけど。何れにせよ、貴方達に犠牲者は増やさせません。すいませんルルヤさん、お待たせして。用は済みました、やりましょう」

「ああ、いいぞリアラ。そして、行くぞガルン、遅れをとるな」

「おおう!」

「ハリハルラさんも忘れないでよ、っと!」


 しゃっきりとした表情を浮かべるリアラに、ルルヤは戦の前とも思えぬ程嬉しげに笑い、ガルンに高らかに声をかけた。意気込んでガルンは吼え、ハリハルラも自己主張をし、揃って武器と魔法を構えた。

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