・第四十六話「異世界の主役は貴様等ではない!(前編)」

・第四十六話「異世界の主役は貴様等ではない!(前編)」



「…………」


 音も無く、キイタ〔混珠こんじゅ固有生物。金褐色に黒い隈と縞のついた毛皮のずんぐりした体と太く長い尻尾、尖った耳を持つ〕を象ったリアラ・ソアフ・シュム・パロンの《使魔つかいま》が廊下を走る。そこは、連合帝国帝宮の廊下だ。


 多重に警戒魔法が掛けられた、本来ならば侵入不能の空間。そこに入り込み警戒魔法を掻い潜って進めた理由は二つ。


 一つはこれまでの戦いで上昇したリアラの魔法の腕前。これまでは【真竜シュムシュの地脈】の力を借りていたとはいえ、否応もなく生死の極限を潜り抜け続けた結果リアラは一介の冒険者からごく短時間で過去の伝説的な英雄・勇者の領域に急速に近づきつつあった。今や帝宮の警戒魔法すら感知させず解除させる程に。


 しかしそれだけではダメだっただろう。警戒魔法の数が多い上に魔法以外の様々な警備も存在する。それを可能にしたもう一つは、アレリド・サクン・パフィアフュ……リアラの最初の師にして保護者であった冒険者仲間、ソティア・パフィアフュの父の力だ。


 アレリド・サクン・パフィアフュには大した力は無い。帝国においては幾らでもいる下級貴族の一人であり、領地を持つ訳でも無い下級官僚だ。才覚においても突出したものは無い。


 だが、アレリドは誠実な男であった。妻が亡くなった日も、現帝龍ロガーナンが病に倒れた政治的なごたごたの時も、その結果が複雑に絡み合ったせいで彼の家に面倒な縁談が来た時も、娘ソティアが縁談を蹴って書学国に亡命した時も、娘が継承権を放棄して冒険者となった時も、娘が冒険者としても学者としても大成した時も……娘が戦争に巻き込まれ死んだ時も。誠実に職務に励行した。


 それ故にアレリドは、誰からも信頼される人間であった。


 それ故にアレリドは、たった一つ、極大の武器を持っていた。その人生全てで培った信頼全てを擲つ事で使える力。


 嘘しか言わない悪魔が真実を言う筈が無い故に百万回に一回の真実を嘘だと信じさせる力を持つという類のトリックの逆、誠実な行動しかしない人間がよもや、という人間の意識の裏をかくという意味での魔法の鍵。


 長い役人生活で歩き回った全ての場所、そこから見る事が出来た全ての場所についてアレリドは知り、そして誠実故に運搬・郵便・出入に関する分野の仕事を任されてきていた。警備に関する業務は武官や魔法官の仕事故に任されなかったが、その傍らを何十年も通り続けた存在感の薄い男は、気がつけばその全てに習熟していた。その全てを掻い潜らせる細工が可能な程に。


(ありがとうございます、アレリドさん)


 感謝を胸にアレリドから教わった知識を元にリアラは《使魔つかいま》を走らせた。


 この機会を生かして行なわなければならない事は色々あるが、その最大の目的は単刀直入。帝龍ロガーナン一族に直接接触し、外交戦を直訴で終わらせる為だ。


 状況は予想以上に悪い。『反逆アンチヒーロー欲能チート』の存在、玩想郷チートピアの本気の戦力集中〔内紛が存在しなくなった訳ではないのだが、単純な数だけの集中でもそれでも尚脅威であった〕、そして、現在敵味方共にエクタシフォンに主力が集中しているとはいえこの戦いはそれだけでは済まないという事も〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉は察知していた。


 その為、協力者の何人かを北方、諸部族領に派遣し、現地の協力者達への接触を頼んでいたが、これは彼我の戦力差を考えれば非常に危険な行為であり、派遣した者は捕捉されれば殲滅される恐れが高い決死の行為だ。


 故に、少しでも危険を減らす為に現状は長期戦は不可能と〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉は判断していた。


 短期決戦的に状況を変える、可能な限り急がなければならない。故に《使魔つかいま》は走る。そして、その先で……



 PON! PON! PON!


「……っと、そろそろ時間、か」


 ……翌日。そんな《使魔つかいま》を行使した時の事、今日この日まで行っていた活動について、うつらうつらとした休眠半分の改装をしていたリアラは、鳴り響く魔法花火の音に目を開けて呟いた。


〈連合帝国初来訪! 諸武諸劇諸芸諸歌大集合! 諸国友好の為是非ご覧あれ!〉


 各国使節団が宿泊する大使館街と連合帝国帝宮が相対する広場に大きな舞台が設えられ、そんな客を呼ばわる謳い文句が、遠くで外に目掛けて呼びかけられていた。


 〈国際諸楽祭〉。


 各国の使者の内の芸能的素養のある者、護衛の内の武技を披露して構わぬという者、友好交流の為に随伴同行したり饗応の為に集められた芸能者等、それらが〈戦争戦災対策国際会議〉の成就の為、そしてまた戦災の影響が少ない連合帝国の民からの収入を戦災があった地方にチャリティ行為する為に集合した一大興業祭典だ。


「そろそろ私達の出番も近いぞ、リアラ」


 そこで、ルルヤとリアラは出番を待っていた。こちらは体の調子を考えて確認めいた準備運動をしていたルルヤが、休息がてら目を開いたリアラに声を描けた。


「はい、ルルヤさん。今回は一応今からもう現代混珠こんじゅ語に切り替えて下さいね」

「ん、そうだな……ええ、分かってるって」


 軽く伸びをしながらリアラが返事をし、ルルヤも頷く。鉱易砂海で出陣前に歌った時より更に大きな舞台。以前ある町での公園でうっかり口上を混珠こんじゅ古語で行ってしまい、観客が理解できずやり直した事があったが、今回はうっかりそうしては拙い。


 時間と打てる手の数において切迫した状況の中で、何故こんなお祭りイベントへの参加をと言えば、これは寧ろそうだからこその一手なのだ。こんな時にどころか、目的の為にルアエザら舞闘歌娼撃団が中心となって、わざわざこの〈国際諸楽祭〉が行われるように働きかけたのだ。


 何故かと言えば、これもまた現状の打破の為だ。〈戦争戦災対策国際会議〉においてナアロ王国そして新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの脅威が認識されるのを、目下の戦況を考えれば待ってはおれぬ。さりとて、連合帝国の意思決定とそれを遅らせている帝龍ロガーナン太子達の継承競争に〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉が力で介入するのはあまりにも支配者的で、一歩間違えば玩想郷チートピアと同じだ。それは避けたい。


 だから諸々の連合帝国における活動と並行して、このイベントで帝都の民に直接訴える。これまでの新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアとの戦いを。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの悪を、人々の苦しみを、自分達の戦いとそこにおいて主張する混珠の自由と独立と尊厳と人々の平安を守る為に戦うべきだという叫びを。


 最初は普通の歌を歌い、それで引き込んだ上で、吟遊詩人の如く今の事柄を歌に乗せて語って行き、その中で訴える。


 そう。そして今の目の前で歌い踊る自分達が、様々な噂で様々な虚実で語られた存在である事を明かし、その上でこちらの主張を含む様々な虚実の内、どれを信じるかを問う。それによって、既に行っている連合帝国に関する訴えの力を増すのだ。


 音楽的感動を政治的主張を訴える事に絡めるのは、説得としては冷静な議論ではないという意味で本来少し狡い事かもしれない。


 そして何より、一歩間違えれば真竜シュムシュの帰還を宣言する事それ自体が、連合帝国の国家的正当性と連合帝国とそれ以外の国の微妙な関係に刺激を与え、混乱を招く恐れがある。


 だが、時間的に最早拙速でもやるしかないし、何より、それらの可能性を心配するあまり肝心の公演を失敗させては訴えるどころではない。故に公演を成功させねばならないし、かつその効果を最大とすべく、エクタシフォンにおける最初の玩想郷チートピアとの武力衝突から今日までの間、玩想郷チートピア側も最初の衝突の後に次の方針を決めるのに揉めた為か暫くの間小規模の斥候や牽制や諜報活動を行うに留めおいた結果発生した小競り合いの数日間、様々な動きを急いで仕込んでいた。



 その結果、リアラとルルヤ、それを支える仲間達、玩想郷チートピアの〈帝国派〉、〈王国派〉、〈首領派〉、そして連合帝国の人々等のそれらの存在を未だ知らぬ人々、それら全てを巻き込んだ戦いは、高密度かつ同時多発的に平行して進んでいた。


 その対象は様々で、例えばリアラが《使魔つかいま》を帝宮に走らせていたのと同時、ルルヤはまた夜の帝都を駆け、エクタシフォンにおける最初の玩想郷チートピアとの戦いで確認された連合帝国の諸々の情勢、戦力・勢力の動きについて調査と接触を続けていて……そこで、こんな接触を行っていた……



 SWASH!CLASH!GIN!STAMP!


 闇夜の中、白い肌と金鱗の鎧、黒鉄の刃が跳ねた。それに襲いかかったのは、ぬらりと滑め艶めきながらもしかし不思議とその艶が星の光や街の灯火の一部として溶け込み隠れる様な、暗赤と灰の二色の滑らかな体だ。


「「…………!!」」


 一合交錯の後、改めて相互相対し、そして。


 相手は目を見開いた。今や神話伝説で語られるのみと認識していた〈逆鱗の鎧ビキニアーマー〉、真竜シュムシュの戦士の踊り子同然も肌も露な艶めかしいその姿に。


 真竜の戦士ルルヤは目を見開いた。己と対峙した相手は、二人の女だ。それは前夜の攻防の中でちらと目撃されたという連合帝国独自勢力の一つ、連合帝国の諜報捜査官である〈馳者ストライダー〉ではないかと報告された存在だが。


 その姿は。


 一人はまっすぐに切り揃えた黒髪の真面目そうな大人の女、もう一人は栗色の髪を二本に束ね長く伸ばした生意気そうな若い娘。それぞれ恐らく王神アトラマテル法術で生成した鉤刀と護拳を装備し、暗赤色と灰色の装束を纏っているが……ルルヤが驚いたのはその装束だ。二人とも如何にも素早い身の小梨が可能そうなしなやかに鍛え上げられながらも柔軟さと魅力を保った体つきをしているが、それを覆う装束があまりにも、体の線が出るどころか体に密着していた。


 絹や護謨ゴム、さもなくば両生類の皮膚のように艶めき滑るそれは初見の通り自然や町の明かりに驚くほど溶け込み、また奇怪な程風を切る音を立てないが……ぴっちりとしたボディスーツ状、タイツやストッキングに近い密着度のそれは、最も際どい所の陰影凹凸はその部分は幾らか厚いのか浮き立たないようになっているとはいえ、殆ど色の付いた裸体と見える程だ。


 ラトゥルハもある意味似たようなものを着けているが、ラトゥルハはビキニアーマーの下に着けてビキニアーマーで覆われた部分以外の肌を覆うようにして用いている。それに対して、彼女達はそれオンリーだ。そして自由守護騎士団のボディラインに密着するスーツアーマー等とは薄さの度合いが違う。故にルルヤとしては中々カルチャーショックだった訳で。


「「破廉恥な戦装束だな!?」」


 そしてルルヤと栗色の髪に灰色の装束の〈馳者ストライダー〉の叫びがハモった。


「「おい、我らの伝統的な戦装束に何て言い様だ!?」」


 更に再び抗議の叫びがハモった。


 そして。


「噂に聞く歴史ある〈馳者ストライダー〉の事だ、神話伝説で聞いた事くらいあるだろう! 真竜シュムシュの戦士の肌は竜の鱗の強度だから、急所以外守らなくてよいのだと!?」「今更此方の所属の隠し立ては無用のようね、って、それはそれとして確かにそっちについては知ってるが隠す必要がないのと隠さないのは似てるけど実際に見ると大違いでしょ!?」「自分達の方が露出度が低いと言いたいのだろうが、その、そんなの……殆ど塗ってるようなもんじゃないか!? 防御力とかどうなっているんだ!?」「魔法繊維で上質軽防具を上回る防御力かつ、消臭消音消魔法反応効果付与なのこの霊覆体同レオタードは! これを着るのは〈馳者ストライダー〉として当然じゃない!」「それは分かるけどそこまで体の線ボディラインに密着させて薄くする理由は何なのだ!? 私のビキニアーマーはごつくて厚いぞ!? 砂海の踊り子は見せそうで見せないヒラヒラした奴とタイトな物の2パターンあるが、そのタイトな方より更にぴっちりして、その……〔気になる部分について視線をさ迷わせるが口に出せない〕……い、色仕掛けかそれは!?」「あ、あんたたちのそれだって、結果的に敵の動揺を誘う要素はあるじゃない!?」


 驚きで頬を赤くしたルルヤとムキになった〈馳者ストライダー〉とで、ビキニアーマーとぴっちりスーツはどっちがエロいかという限りなくしょうもない論争が繰り広げられた。


 とはいえルルヤも相手もあくまで根っこの所は真面目だ。〈馳者ストライダー〉は連合帝国の耳目たる存在。若干売り言葉に買い言葉で熱くなっている部分があるとはいえ、流石に100%本気でこんな言い合いをしている訳ではない。あまり頭を使わない適当な言い合いで時を稼ぎながら思考を巡らせたいた。


(少なくとも此方はそう、向こうも噂通りの戦士ならその筈……)

(というか、そうでないとこの後困るんですけどね……)


 栗色の髪と灰色の装束の〈馳者ストライダー〉は油断の無い視線でルルヤを見てそうであるだろうという確証を得ようとし、暗赤色の装束で黒髪の〈馳者ストライダー〉は、ややお手並み拝見というか、程度を見切ってやるという挑戦的な感情を匂わせている相棒に対し、もう少し落ち着いてあえてルルヤに時間を与えていた。


「……第一ではないな。第三とも違う。第四ならば横の連絡がされていない事になる……第二太子の手勢、か?」

「……どうやら既に色々ご存じのようですね。流石のご判断です、真竜シュムシュの継嗣」


 実際ルルヤは上記のやりとりをわざと古語で行って、相手が反応できるかどうかを図っていた。そして、実際【真竜シュムシュの宝玉】の思考データベース化と高速思考を併用して、考えを巡らせていた。〈馳者ストライダー〉に関する情報だけではなく、これまでの、現在の、同時進行形も含めた様々な他勢力との接触を鑑みて、そう言葉を発し。


 年上の暗赤色装束黒髪の〈馳者ストライダー〉は、それを聞いて表情を引き締め、口調を丁寧に改めた。そして武器を納め……灰色の装束で栗色の髪の〈馳者ストライダー〉も一拍置いてそれに応じた。


「話を聞こうか。ただ、盗み聞きが気になるな」

「……ご心配なく。私達は〈馳者ストライダー〉です」

 ルルヤの問いに、プロですからと暗赤色装束で黒髪の〈馳者ストライダー〉は答え……



 ……そう。ルルヤとリアラ達は名無ナナシ達の動きとも更に別々に動き、複数の帝龍ロガーナン一族へ同時に接触を図っていた。最大国家の支配者と言えど親戚のようなものだというルルヤの真竜シュムシュ宗家ならではの帝龍ロガーナン一族への気安さもあったが、リアラも急ぐ事情から賛成し、この時《使魔つかいま》が走ったのは第二ではなく別の帝龍太子で……



 ……リアラが接触したのは第四帝龍ロガーナン太子ルキンだ。密かに《使魔つかいま》を送り込むというかなりギリギリの接触であったが、ルキンは応じてくれた。無論、事前に収集した情報から、年齢的に影が薄いとはいえ、ルキンが聡明で現状に危機感を持っていると認識していたが故であったが……リアラは賭けに勝った。


 《使魔つかいま》越しに対面した時少年太子の周囲を護衛していたのはお仕着せメイド服を纏う侍女達だが、何れも普通の女ではない。人ならざる肌と髪の色をしており、目鼻立ちは人の女もそれだが、尖った耳や鋭い歯、4ミイイ2メートル程も背丈がある。全員だ。彼女達が全員、どう見てもあからさまに半魔族なのだ!


「これが、〈大奥半魔族女中禁衛隊〉ですか」

「ええ。今、恥ずかしながら帝龍ロガーナン家は、兄妹間での継承競争があって。ギデドス兄さんは軍が、リンシア姉さんには〈馳者ストライダー〉が、ルマ姉さんには帝室顧問冒険者がついています。ぼくを守ってくれるのは、彼女達だけです」


 だが驚かず名を言い当てるリアラに、ルキン第四帝龍ロガーナン太子は肯定し頷いた。


 〈大奥半魔族女中禁衛隊〉は過去の歴史的経緯から結成された、名前の通り半魔族からなる帝室の護衛団の一つである。現在においては三代目魔王との和議が成った事を記念し人と魔の人種的平等を象徴する側面を有するが、その発足の経緯は少々、いや、かなり問題のあるものだ。


 王族が至らぬ存在であれば王神アトルマテラの加護を失い他の王によってその位をも失うように、帝族においても英才教育と兄弟姉妹の競い合いにより暗君を立てぬよう念入りに調整された制度が構築されているのだが、いかな理想の魔法文明たる混珠こんじゅとはいえ人の世……出る時には暗君もでない事も無く。しかもそういった念入りな制度を潜り抜けて尚出る以上、極稀に出る暗君は超ド級の怪物な事があった。


 三代目魔王時代の少し前において魔族に内通した最悪の帝龍ロガーナン。生まれついて美醜の感性が常人と真逆であり醜悪な豚鬼オーク巨鬼トロルしか愛せない特殊性癖故に人類を裏切った〈名を削られし帝龍ロガーナンの一人〉が産み出した〈豚鬼後宮オーク・オーオク〉……


 全体を語るには余りにも横道に逸れる為詳細は省略するが、結果生まれた半魔族の女達の内、三代目魔王に抗った者達が魔と人との争いを止める為帝龍ロガーナン家と四代目勇者に仕えたという、醜聞と義挙の入り交じった、見た目の複雑さに匹敵する複雑な過去の経緯で生まれた武力集団。


 それでも最悪の暗君が残したものを次のものが善用するあたりが連合帝国の懐の深さと混珠こんじゅ君主制度の強さであったが、それは兎も角。


 帝龍ロガーナン家の政治勢力の中の武力集団を各太子が取り込んだ結果、軍を押さえたギデドス太子に対抗する為に他の妹弟はより小規模な勢力を取り込んだ。未だ年若いルキンが取り込むことが出来たのは辛うじて彼女達〈大奥半魔族女中禁衛隊〉、とはいえ若年の身でここまで出来ただけでも大したものだが……


 ……そんな彼と語り合った結果、分かった事がある。ルキンは訴えた。


「ぼくたちの間の争いは、それを煽る存在の意思を感じるのです」


 と、ギデドスもリンシアも信じたいし一度腹を割って話したいし、僕達をそれぞれ思って行動していると思うのだが家臣達が警戒しあい、そしてそれが帝国への帝龍ロガーナン一族への意図の伝達までも妨害し、個々の家臣が個々の部局をそれぞれ良かれと思って慎重に動かし探りあい、帝国の動きが鈍っている、とも。


「はい、だから僕はここに来ました。失礼を承知で。なぜなら、そうでもなければ、この連合帝国は悪い国では無い筈だと、また、許してくれると考えたからこそ」


 それにリアラはそう答えた。混珠こんじゅの善性を愛し信じるリアラらしく。



 そんな過去が、このイベントに至るまでにあった。


 そして、この二つでない様々な接触を含めた、色々な事柄への対処が今回の公演には込められていた。だが……



「やあー、始めまして。ああ、落ち着いて下さい、今殺しあう心算は有りませんとも。大体私の欲能チートは遠隔直接行使向きで、欲能チートの直接行使を跳ね除けるあなた隊に対しての相性は良くない、それがこうして、直接身を晒してきたんです。同じ舞台に立つ身の誼、どうかこの度胸に免じて話を聞いてくれませんか?」

「貴様……!」


 時間軸、改めて今現在。舞台に立つ時間が迫る中リアラとルルヤの控え室に、華やかな装いの糸目の男が訪れていた。飄々とした風ではあるが、それ以上にぬけぬけとのうのうといけしゃあしゃあとした、押しの強い口調で割り込んできたそいつに、ルルヤは臨戦態勢の表情で立ち上がった。


「レニュー・スッド。筆頭宮廷詩人の。……新天地玩想郷十弄卿ネオファンタジーチートピア・テンアドミニスター

「やはりご存じでしたか。この通り、私も察してましたが。ま、末席ですけどね」


 リアラの圧し殺した確認の言葉に、にこにこと笑って『情報ネット欲能チート』レニュー・スッドは答えた。成る程。諸国の諸芸が集う場であれば、帝国の代表の一人として帝国筆頭宮廷詩人が出てくるは道理。故に、ここで仕掛けに来た訳だった。


「冗談じゃない。回収した資料から、貴方が実質的な連合帝国における玩想郷チートピア派閥の長である事は分かってるし……一時期は正体を隠した首領なんじゃないかという可能性も捨てきれなかったくらいですよ」

「おやおや。そこまで評価していただけるとは、ご贔屓にどうも」

「それで、一体何の用だ」


 リアラと問答する『情報ネット』に、ルルヤは切りかからんばかりの、戦と同じ鋭い声で問うた。その心はリアラも同じだ。内心において油断はない。


「和平交渉です」「何!?」


 そしてそんな二人とはまた別の強さで、厚かましく『情報ネット』は宣言した。それに対しての、聞くかボケェ! と言わんばかりのルルヤの猜疑と嫌悪の表情に全くの無神経を平然と貫いて。


「貴方達が暴れ回った結果、我々も大分シンプルになってしまいましてね。魂胆が分からなければ居場所も定かではない事になっている〈首領派〉、ナアロ王国に集って自分達の目的の為に混珠こんじゅを犠牲にしようとしている〈王国派〉、そして私達、連合帝国である程度いい地位について適当に栄耀栄華を貪っていれば良い、訳のわからん理想で他者を虐げる積りは無い、あくまで安全に安楽に暮らせればいいやという穏健派である〈帝国派〉の三派閥に纏まっちゃいましてね。そして今言った通り私達は程々の存在。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアでは実際穏健派で害の無い方だ。他の二派閥に対して義理も無い。残り二派閥を売っ払って貴方達の復讐から逃れられるのなら逃れたい……これまでに今の地位を得るのにやった以上の悪事はしないから、地位と命と財産を安堵してくれるなら、寝返りましょうと言う事ですよ。どうです? ノルマが一気に三分の二になるというのは、実際お得では? 今なら洗剤、じゃなかった、内部情報を色々お付けしますよ。お試しという事で条件妥結の前に幾つか明らかにしてもいい。お時間よろしいですか? よろしい筈です、演目まで後少しお時間はあります。お試し情報といってもシンプルですが単刀直入に有用な情報です。ためしに聞くだけでも損はないどころか大いにお得! それでは早速、いいですか」

「ああもう新聞の契約担当かお前!? ストップストップ、一旦黙れ!?」


 ぺぺらぺらぺらぺぺらぺらと、立て板に水、まくしたてまくる『情報ネット』。それにあきれて抑止するリアラ。『情報ネット』は、おっと、という表情を浮かべて。


「ああはいはい、一旦この辺にしますとも。このやり取りがどこに漏洩するのかわからない、それが状況をどう動かすかという心配もありましょうが、私の事ある程度お調べになっているでしょう? 情報を得て伝える事にも長けていますが、逆に言えば封じる事にも長けてまして。他の派閥にゃバレませんとも。何しろお察しでしょうが私たちの実在を信じさせないようにしていたのも貴方達の名声が広まるのを押さえていたのも白状しますが私ですし、実際手を結ぶならばその辺は即座に解除を」


 ZANN!


 一段落すると言いつつまた続いた言葉をルルヤが剣を振るって威嚇し断ち切った。


 『情報ネット』の頬に赤い筋が細く走った。仲間を売り自分達が多くの悪事を成してきたにも関わらず安全を買おうという卑劣な取引をぺらぺら捲し立てる『情報ネット』へのおぞましさに、ルルヤの瞳は嫌悪と怒りで爛々と赤く光っていた。『情報ネット』は、それでも尚恐れをおどけて受け流すように、パントマイムで口を塞いだ。


「斬ろう。こういう輩の言葉は事実でも毒で呪詛だ」

「それは……そうですけど、唯、聞かないなら聞かないで、そちらの選択肢にも罠を仕掛けるタイプだとも思えます」

「……確かに」


 物理的に単刀直入な発言をするルルヤだが、それは断じて直情ではなく、敵意だけでもない。会話する事すら危険だと言う程の、これは警戒だ。リアラは更に警戒する。情報が多いに越したことはないが、あからさまに信じられないし、この手合いはただ情報を伝達するだけで他人を誘導し支配しようとする奴らだと分かっている。


 単純な毒や呪詛の魔法であるならば、真竜シュムシュの力を持つ二人には通用しない。この場合の言葉の毒、言葉の鈍いとは、嘘ではないが事実の一部でしかない判断を誤る先入観や偏見を招き判断を誘導する言葉の類だ。


 信じれば誘導される。だが全て従うまいとすれば、逆へ逆へと動いたところに相手が罠を仕掛けていて嵌められる、そういう類の言葉だ。


 戦士気質でありまた嘘を見抜く【眼光】の使い手であるルルヤだが、だからこそ逆にそんな己の気質の裏を掻こうとする者、【眼光】のぎりぎり範囲外を攻めようとする者への警戒は人一倍強かった。


「ちなみに一応言いますけど、流石に斬られそうになったら抵抗はしますからね? そうなったらまあ、騒ぎになりますよ」


 自分をガン無視して相談に入ったリアラとルルヤに、アピール半分抗議半分な口調で皮肉るように割って入る『情報ネット』。そして、この観客勢揃いの場で、そちらから戦闘を、巻き添えの危険を犯すのですかと、嫌な釘を刺してくる。


(二人揃って、生ゴミを見るような目で見てくれちゃってまあ)


 糸目の奥に毒蛇の怒りと狼の飢え、死者の怨念と道化の悪意を封じ込めて、内心そう考えてルルヤの視線を受け止める『情報マスコミ』。


(嫌らしい奴。確かにこの場でこちらから戦端を開くのは心苦しい。だが十弄卿テンアドミニスターに成り上がるような狂人が、そもそも怖じ気づいて和平交渉を持ち掛けてくるような奴か? この状況で尚仲間を追い落とす過程でこちらを共倒れさせて欲望を満たす事以外考えまい。少なくともこいつは、そういう気配に道満ちている)


 ルルヤは、観察眼で対象の虚偽を露にする【真竜シュムシュの眼光】で、その言葉の真偽を見極め、いや、事実に反する言質は出していないだけの嘘しかない事を見抜いている。


(ルルヤさん、ただ、こいつも自分が見破られる事は承知の筈)

(分かっている、リアラ。問題はこいつがここで自分の話を聞いて貰えないと想定して罠を作っているか、こちらが最終的には聞く事になると想定して罠を作っているか、その両方かだ。おそらくは、最後。そしてこいつが言葉に込める毒が、毒があると想定して聞けば防ぎうる可能性があるものか、こいつがどこまで言葉を呪いとして使えるかという度合いによる……)


 そしてリアラもルルヤも、『情報ネット』がルルヤの虚偽を見抜く【眼光】の効果を察して尚この場に立った事を承知の上で対応を考える、という、読み合いの構造になる。とはいえ、先にこの場を想定して仕掛けた分『情報ネット』が有利と言えた。


「それじゃあ、私ではなく、彼と話すならいいでしょう? ……彼にも言いたい事があるでしょうしね」

「……」


 警戒するリアラとルルヤに『情報ネット』はそう告げ、そして招き。現れたのは、警戒と、憮然と、しかしその上に決意の表情を帯びた、『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンだった。

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