・第五話(誤字ではない)「僕、ビキニアーマーになりました(前編)」

第五話誤字ではない「僕、ビキニアーマーになりました(前編)」



 先立つ不幸を致しました、虐めにあった僕を社会の中を生き抜く力のない出来損ないとしてお見捨てになられたお父様お母様。そしてそんな僕をそれでも敬愛してくれた、僕の転生を知らず死を悲しんでくれているだろう妹よ、ダメなお兄ちゃんでごめん。あれから、真竜シュムシュ教徒となる事でそれを意味する言葉を入れリアラ・ソアフ・シュム・パロンと名を改めた僕は今。


「ひゅー! ひゅー!」「うおお、可愛いぞーっ!」「すげえ音楽だな!」


 ……ビキニアーマーを着て可愛くセクシーに歌い踊ってます。ルルヤさんのが金色で、僕のは黒鉄色。旅人、伝令、行商人、護衛、冒険者が皆揃って大盛況。神話時代に〈人類国家〉が築いた、街道に沿って掘り進められた地下水道の一定間隔毎にある小規模浄化結界で汚されないよう守られた井戸、旅程の標を兼ねた野宿の拠点として機能する場、〈旅の泉〉がお祭り騒ぎです。


 うん、復讐の思いも怒りも悲しみも忘れて無いし、世を欺く仮の姿として旅芸人をするのはルルヤさんと相談して決めたことだけど。それでも一応ちょっと言わせて。


 ……男に生まれたのに女の子になってビキニアーマー姿で踊る事になるというのは、動物だの魔物だのに生まれ変わるのも勿論大変なんだろうけど、女の子になった時点で身綺麗にするのに一際気を遣わないとって思ったのに、ますます大変な……如何して斯く成りしかどうしてかなた。知る限りもっとも古い、使用を見た事の無いネットスラングを懐古趣味的に呟いた。



 そうルルヤが内心呟いたのと、同時刻。


如何して斯く成りしかどうしてかなたってところかしら、大半の人間にとっては。この場が、こんな雰囲気とは、珍しいこと)


 同じ言葉を内心思う者がいた。ざわ……ざわ……と、不安げでいぶかしげな囁きと噂が満ちるその場所、混珠こんじゅ界にして混珠こんじゅ界ならざる、欲能チートによって作り上げられた各自の意識を投影する仮想空間、この場に集う者、混珠こんじゅ界を思うがままに侵食する欲能チート所持転生者の集団……新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの議事堂に。その女、『惨劇グランギニョル欲能チート』はそんな自他を面白可笑しく眺めた。


(まあそれも、詮無いこと)


 元の自我と記憶を保ったまま転生するのはその魂の濃さ・極端さ故であり、その在り方が余りにも煮詰まって歪みの域に達している者は突然変異の如き魂故に世界を渡る時に周囲の世界法則をかき混ぜ、結果として周囲の世界法則を上書きする全く新たな己だけの世界法則『欲能チート』を得る。其の力故に、原住民に対して無敵であった彼らは、玩想郷チートピアに対し歯向かう転生者たちに対してもまた一方的に蹂躙し圧倒してきていた。彼らの中にも『探偵トゥルース』『禁欲チートストップ』等、『欲能チート』を持つ者が居たにも関わらず。


 何故ならば玩想郷チートピアに属することを選んだ転生者は皆そもそも、他者を踏み潰し、その意思を砕き、搾取し、己が欲望と栄達の糧にする事に何ら良心の痛痒を持たぬ者達。それゆえに元の世界においても伸し上がり成り上がり支配した、合法非合法、権力財力武力と様々な方面ではあれ何れも一角の悪党共なのだ。その精神の異形さ、歪み、容赦のなさ、それが齎す欲能チートの力強さ、権力と暴力を得て効率的に運用する為のノウハウにおいて、転生に憧れ夢見執着したが故に転生出来たオタクやあまりに急な事故等で偶然瞬間的に大きな未練を抱えた〈平凡な一般人〉等、赤子の手を捻るが如し。そんな微温い奴らが己等に敵う筈が無い。負け犬が転生しても勝ち組転生者に勝てる筈がない、異世界においても負け組は負け組なのだと彼らは認識していたし、事実数多の転生者を屠りそれを証明してきた。


 彼等は玩ぶ者であり、一方的に貪り奪う者であり、無敵の狩猟者だったのだが。


 古代信仰が残る結界に守られた地というウルカディク山を((ハイエルフとかいたら複製を作って高く売ってやるぜ))と言い自己の欲能チートで大量複製した魔法装備で結界を破り攻め上がった『複製コピペ欲能チート』を皮切りに、三日後に『読策イカサマ』『必勝クリティカル』、その後しばらく間を開けて『色欲アスモデウス』『洗脳エンスレイヴ』『荒廃アラシ』と、これまで玩想郷チートピアにおける内紛を除けば負ける事も死ぬことも欠けることもなく勝利し我が世の春を謳歌してきた玩想郷チートピアの転生者が次々と討たれたのだ。だが。


「面白い事ですね。油断していたら原住民共の奇襲でも死にかねない他の連中はともかくとして、『色欲アスモデウス』と『必勝クリティカル』は、第十四位と第十五位。殊に『色欲アスモデウス』は魔族転生者の中では最有力の一人で、いずれは次代の魔王となって魔族社会を背徳に染め上げこの世界のジャンルを変えるをR18にするものと思っていたけど。貴方は逆に『必勝クリティカル』に目をかけていたのでしたよね? 『増大インフレ』」


 『惨劇グランギニョル』は。桃色の髪を靡かせる優雅にして悠然、女神じみた白いドレスを纏う美女は笑う。『色欲アスモデウス』と『必勝クリティカル』を評価しながらも、それらを殺す者が現れたからとて、己も危険なわけではないと。


 何となれば、この空間を作り出し欲能チートを有する転生者たちを統括し新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアを発起したる者、啓示や預言の如く意思を伝え決して其の姿を現さぬ組織の実質的な長たる第一人者『全能ゴッド欲能チート』が、それぞれの『欲能チート』の強さとそれによって得たそれ以外の武力や権力、領土や富や配下の量と質を元に評定する位階において、己は第八位。単純な数値では数位の差ではあるが、十位以上の者は玩想郷チートピアに於いて下位者への指示権限を有する大幹部たる十弄卿テンアドミニスターと呼ばれる存在なのだからと。そもそも位階を上げる事は即ち、己の欲を更に肥大させそれにより世界を従える度合いを増したという事であり、それが魂が世界に与える歪みを一層強め、欲能チートが強化され、更なる『力』が目覚める。十弄卿テンアドミニスターという階級が生まれたこと自体、それが可能なのが全体の中でトップ十位であるという法則が発見された故で、十位より下と上では、明確に格が違うのだ。


 混珠こんじゅでも地球でもない世界からやってきた、この世界の転生に関する異常を解決するとかほざいていた〈浄化管理局〉を名乗る連中すらも自分達十弄卿テンアドミニスターが皆殺しにした。この世界に侵入しようとする所を『全能ゴッド』が迎撃し、散り散りになりながらも生き延びてこの世界に落下した見所のある奴等でも、私達には手も足も出なかった。


 ……その時の光景は実に素晴らしいものだったと『惨劇グランギニョル』はその愉悦を回想した。『全能ゴッド』の力の片鱗が、世界間を渡る宙を行く艦をさせた。小世界としての機能を持つ巨艦のあらゆる防御が無視され、一定以上の防御力のない者達が容赦なく爆ぜ死ぬ。絶望を砕き救いを齎す事を誓い集った者達に、唐突に訪れる絶望。英雄的な顔に仲間の内臓と血潮をぶちまけられ、それでも尚その中で生き残る者はその鎧や防御障壁の外にいる何者をも救う余裕も無く船の爆発に弾き飛ばされ、混珠こんじゅに墜落した。それに襲い掛かるのが、自分達。ある者は神話の鎧を、ある者は超科学のスーツを纏っていた。煌びやかな美少年や美少女が居た。タフで屈強な大人の男が居た。麗しい女神がいた。何れも、一騎当千の物語の主人公、それも自分達の物語を完遂し他の物語の悪しき結末を助けに行こうと誓った素晴らしい存在。傷つき十全の力を出せぬ彼らを、一人一人神にも等しき力を持つ己達が、容赦なく狩り殺していった。


((救いに来た世界の泥に額をつき土下座して命乞いする気分はいかが?))


 泥の中に叩き落した己が迎撃した相手を玩んだ時の己の発言、嗜虐的記憶を心地よく思い返しながら、新しい余興を吟味する如く『惨劇グランギニョル』は傍らの者に問うた。


「『必勝クリティカル』の奴は、領土無しの分際で『欲能チート』の力だけで第十四位だったからな。『欲能チート』の強さに溺れて自力を欠片も磨いてねえカス野郎でもあったが、タイマンでの殺しあいなら、あれを殺せる奴はそう居ないってばよ。……いずれオラの『増大インフレ』で挑んできたあいつを凌駕して〈喰らう〉のを楽しみにしてたんだがな」


 答えたのは、鞣し革じみた分厚さを感じる濃褐色の肌に剣山じみて逆立った金髪、〈喰らう〉と例える闘争にだけ興味を持つ酷薄な碧眼、橙色の簡素な装束から誇張されたかのようなバキバキに割れた筋肉を押し付けがましく晒す、ただ現れるだけで、どん! とした威圧感を放つ傷顔の男。海を事実上支配する海上帝国じみた巨大海賊団の頭目という表の顔を持つ『増大インフレ欲能チート』。


 その位階は第四位、十弄卿テンアドミニスターの中でも第一・第二位が殆ど姿を表さない中では最上位者の一人と言っても過言ではないが、やはり彼にも同情や不安は無く、むしろ己がいずれ殺しあい殺す気でいたと平然と言う。そしてそれを他の十弄卿テンアドミニスターも誰も咎めもせず、十弄卿テンアドミニスターの下の階級の者達でも十四位より上の三名や今でこそ評価は下だが我こそはいずれは十弄卿テンアドミニスター入りをすると己が力を誇り更なる力を得んとする者達は皆、ぎらぎらとした血の臭いを嗅いだ獣の笑みを浮かべていた。もとより、いずれも神の如き力を持ち、将来的には第一位の『全能ゴッド』を打倒しこの世界唯一の支配者たらんと玩想郷チートピアの身内同士ですら争いあう者達だ。十玩卿が指揮権限を持つとはいえこの組織はあくまでそれぞれに己が欲能チートで勢力を築く悪行転生者同士相互の利害調整の為の情報収集と外交の場でしかなく、共同して活動する者達もいるが其々の間に仲間意識など絶無。むしろ、この世界というパイを食い合うライバルが減って取り分が増えたと喜ぶ者も多い。


「あの、負け犬たちに興味はないっつうか、そっちはいいから」


 これといった特徴のない青年の姿の十弄卿テンアドミニスター第五位『旗操フラグ』が口を挟んだ。


「貴様のような屑に同意すること自体が穢らわしいが」


 その『旗操フラグ』にきつい言葉を投げつけながらしかし議事の進行を同じく訴えるのは、頭に布、顔に覆面を巻き、背中に外套を羽織り、それら全てが黒いが、そこから遊惰な『惨劇グランギニョル』や酷薄かつ獰猛な『増大インフレ』や容姿は普通ながらえもいわれぬ腐敗した傲慢さが滲む『旗操フラグ』と違う求道的な戦士の眼光を覗かせる第六位『神仰クルセイド』。


「成しえぬ筈の事を為したのは何者だ? 未確認の欲能チート所持転生者か、それとも」


 転生前の出自を考えれば酷く自嘲と皮肉の混じった『欲能チート』をあえて名乗る転生者は、良き敵を望む口調で問うた。


「ああ。調査結果が一先ず纏まったんだったな? 『文明サイエンス』、『情報ネット』」


 それを受けて議事進行を纏める形で二人に問うは、第一・二位に代わり十弄卿テンアドミニスターを束ねる第三位、実質的なこの場の主導者たる『交雑クロスオーバー』。それぞれ第九位・第十位である他の十弄卿テンアドミニスターに既に指示を下しているという点からも知れる威風を持つ、白と黒を組み合わせたモノトーンのコートじみた装束を纏い腰に刀を帯びる目元を仮面で隠しながら尚美形であると見て取れる黒髪の少年。表の顔として新興侵攻国家ナアロ王国の若き覇王、エオレーツ・ナアロとして知られる男だけのことはある。こと有する権力という点においては、この中では最大だ。事実『文明サイエンス』等、ナアロ王国に所属している、つまり間接的にエオレーツ・ナアロ=『交雑クロスオーバー欲能チート』に仕えている転生者も、十弄卿テンアドミニスターを含め何人もいるほどだ。


「きひひひひ! いかにも! まだ不十分で不完全じゃが、ま、そのほうが面白い!」

「素直すぎますよ、ご老人」


 瞳がグルグルと螺旋状に渦巻く異貌、爆裂した白髪白鬚に白衣の老人……正直ジャンルが違うだろうという程絵に描いたようなマッドサイエンティストじみた『文明サイエンス』と、瀟洒で華麗な宝飾を連ねた装束を纏い、魔法で枯れぬよう加工された枝葉を編んだ冠を象り楽器を帯びた麗しいが目が細くどこか胡散臭い外見の青年である『情報ネット』が、その言葉に答える。


「〈ビキニアーマーの女戦士〉。そんな馬鹿らしくも面白おかしい存在ですよ。どの件においても、事の前後において〈ビキニアーマーの女戦士〉の情報が散見されています。そんな馬鹿なと思ったんですがね、死んだ連中の死に際のその周囲の履歴を見てみると、皆〈ビキニアーマーの女戦士〉を見て驚愕している。しかも『文明サイエンス』翁の研究によると、実際いるらしいんですよこの世界、そういうのが。随分古臭い存在らしくて、今まで知る余地がなかったんですけど」


 『情報ネット』の欲能チートは、その名の通り世界をまるでインターネットのように検索する。世界で起こった事象を文章の形に置き換え、ログを作り、それを検索して起こった事象を選りだす事が出来る。そうであるが故に『全能ゴッド』によって第十位に据えられ、第二位と並んで時に『全能ゴッド』からの預言を受け伝える、組織の状況を掌握し世界を監視する〈玩想郷チートピアの目〉。その発言に……それが告げるあまりにも頓狂な敵の存在にさすがにその場は騒めいた。大半の者は何じゃそりゃと唖然とし、『神仰クルセイド』は破廉恥なと目を剥き。『交雑クロスオーバー』は平然とした様子だったが。


(個々人の在り方がでるものね、こんなもの相手に)

「気に食いませんねえ。まるで、馬鹿な幻想ファンタジーじゃないですか」


 『惨劇グランギニョル』は、これは面白くなってきた、可愛い女の子とは、『惨劇グランギニョル』を齎すには最も相応しいと、にまにまといやらしく笑いながら、会議を好むが故にこの場に加わりながらも、議題が好みではなかったが為にこれまで発言をしてこなかった己の隣にあるビジネスパートナーを眺めた。この中では非常に浮いた存在。外見的には凡庸な『旗操フラグ』ですら一応この世界の装束を纏っているというのに、灰色の背広に白いワイシャツに赤いネクタイ、丁寧に撫でつけた髪……どこからどう見ても地球の会社員と言った格好を、わざわざ服を作らせてまで固執するにこやかで痩せた壮年の男性。第七位『経済キャピタル欲能チート』。ナアロ王国一の豪商ショーゼ・ワター……『文明サイエンス』や、彼とつるんでいる自分と並んで、『交雑クロスオーバー』派閥の一員。彼は、色気や肉欲の類を嫌う『神仰クルセイド』とは別の理由で、それを酷く嫌悪した。


 ともあれ、『情報ネット』の言葉を受けて、『文明サイエンス』が解説する。


「この世界の神話に、精霊を神へと変え神に殺された〈古代竜〉なる者がおってな。そやつは〈人から古代竜になった存在〉であり、まだ地上に生きて在った頃、竜になるまで、また竜になってからも人間の姿を取っていた時は、いわゆるビキニアーマー姿だったようじゃ。その信徒のうち戦闘の技を会得した女達もな。何でそんな姿なのか、何でこいつらが儂らと戦えるのか。その理由を、この天才マッドサイエンティストたる儂は見事に解き明かした。きひひ、解き明かしはしたが、それに対処できるかどうかはお主ら次第じゃがのう!」


 マッドサイエンティストを演じる事を好む『文明サイエンス』は、きひきひと知識を披露する優越感に浸った笑いを零しながら語る。


「古代竜とは古の世界法則じゃ。神を生み出し神に混珠こんじゅの法則を司らせた、神々以前の混珠こんじゅの法則の化身じゃ。故に、その体その鱗その力は現代のそれと異なる法則で出来ておる。何かに似ておるじゃろ? 儂等の欲能チートじゃ。無論似て非なる物で、古代竜は神秘を帯び五体自体が魔法故に、現代の混珠こんじゅにおいて強大な力を持ち魔法や魔法武器での攻撃でなければそうそう傷つかぬ存在じゃが、逆に言えば強く頑丈なだけじゃ。しかし精霊と戦い神を従えた古代竜は、頑丈さの度合いが違う。己とその力を変質させようとする干渉に極度の耐性を持つ。そうでなければ精霊や神を従えられぬ。その鱗と骨肉息吹は、魔法であっても即死や洗脳や肉体組成改編、呪詛や毒や因果律操作といった単純攻撃以外の否定的干渉バッドステータスを元来完全に遮断し、その攻撃は低減は可能でも無効化を許さぬ。我等の『欲能チート』は、本来そういった魔法の類等の法則を無視して行使される。じゃが古代竜は《現在の混珠こんじゅ界の法則》とは違う【古い混珠こんじゅ界の法則】をその身に帯びておる。故に《現在の混珠こんじゅ界の法則》をいじる『欲能チート』による直接的な干渉がその【法則】の相違という断層が竜を構成する魔法に加わる事によって阻まれ、元来持つ耐性が欲能チートにも及ぶのじゃ。鱗は致命的・決定的な真っ向勝負外の干渉を阻み、骨の鉄剣も爪牙も息吹も低減はされど無効化はされぬ、欲能チート相手でも同じ事、と、取り付く島も無くな。『必勝クリティカル』が敗れたのはそれ故じゃ。奴の『対決に勝利する力』は自分と相手に相互に作用するものじゃからな。そして自分の体に無敵や攻撃反射だのの法則を張り巡らす欲能チートも、奴等の攻撃を通じ支配と干渉をはね除ける【法則】が食い込み同じように突破されてしまうじゃろう」


 『文明サイエンス欲能チート』は、分解し、解き明かし、利用する。その力の詳細はともあれ、その力自体は彼の語る法則によれば真竜シュムシュには届かない。故に、その千変万化の応用の一つとして、あくまで情報を分析する事で結果に辿り着いたのだ。


「TRPGで例えれば、儂らは我侭放題の追加ハウスルールを基本ルールに勝手に繋げ公式NPCをファックする存在じゃが、奴らは基本ルール版上げ前の旧ルールを使っておって、古いルールじゃから色々粗があり尖った無茶なデータがある上に厄介な事に一部用語の定義づけ等も違うからこっちの追加ハウスルールが適用されんのじゃな。何? 今日日の若人はTRPGでの例えじゃ分からぬ? プレイ動画位見ておかんか! ええい、MMORPGやスマホゲーで例えるとじゃな、儂等はチートをしておるが奴らはパッチが当たる前の今じゃ仕様上使えないデータを使ってるんじゃ。そのせいでチートで何とかしようとしてもエラーが出るんじゃよ」

「言わば、私達がチートならばそれはバグというわけね。バグ。ふふ、古風な竜の呼び方で、大長虫という言葉がありましたね。正にそれは不愉快な虫。それの事は今後、〈長虫バグ〉と呼びましょう」

「バグ! デバッグしなければいけませんね! デバッグはいい、正に労働です!」


 『文明サイエンス』の分析に戯れる様に『惨劇グランギニョル』は笑い敵の通称を提案し、『経済キャピタル』は何故か機嫌をよくした。


「きひ! ちなみに、彼奴らがビキニアーマーを纏うのは、要するに古代竜の力でその身を竜並に強化しているが故そもそも素肌が普通の鎧なんぞよりはるかに強靭な竜の鱗並の防御力を得るから普通の鎧はいらず、じゃが、ほれ、混珠こんじゅ界の竜も、地球の竜と基本的には姿が変わらんじゃろ。シモネタな話じゃが竜にはおっぱいがないし、ナニも少なくとも外から見える状態のところにはないからのう。じゃからその部分には加護が働かぬようなのじゃ。その代わり、どうも古代竜には瞬膜があったらしいので、顔面を狙っても目は潰すのは骨じゃろうな。ともあれ要するに、逆鱗の部分にだけ鎧を着けたり、フィクションの例で言えば背中に比べれば柔らかい腹側の鱗を金銀財宝で補強するようなもんなんじゃよ、あのビキニアーマー。そしてお主ら、その意気ならば、分かっておられるようじゃな、この敵にどう対処するかが!」

「聊か格好の付かない説明ですけどね」


 ビキニアーマーの理由について肩をすくめて苦笑する『惨劇グランギニョル』だが、それでも、どうすれば倒せるかについては、十分な情報だ。


「直接必殺の『欲能チート』をぶつけたり無敵の『欲能チート』で防御したりすれば打ち消されるなら、『欲能チート』をあくまで通常攻撃や己自身や軍勢の強化の範囲で使い、この世界のルールの中で竜退治すればいい、要するに徹頭徹尾剣と魔法で正々堂々勝負せよというのが竜の力だから、か。『欲能チート』によってであってもこの世界のものである肉体で振るう武器や魔法をこの世界の法則の範囲で強化して戦うなら、問題なく殺しあえる筈だ、と。『欲能チート』持ちの利点の大半を殺され、この世界のルールに縛られるのは腹立たしいが……俺の『欲能チート』なら、そう問題はない」

「具体的に言や、竜の鱗でも斬れる竜殺の魔剣か何かで肌をぶった切るか、何とかビキニアーマーを剥がしてその下を貫くか、って訳だってばよ。面白えなあ、オラ、ワクワクしちまうぞ!」


 『欲能チート』は他者に作用するものだけでなく、自分自身を強化するタイプのものもある。『必勝クリティカル欲能チート』が自他に作用する故に弾かれたのなら、自分の力だけを無効化や絶対化等の決定的な世界法則の超越ではなく単なる上昇の範囲で強化する形でなら、打ち消されず張り合う事が出来る。……その典型例である『増大インフレ』を横目で見ながら『交雑クロスオーバー』が答え、それに『増大インフレ』が言葉を加えた。


(だけど大半の者にとっては、言うは易く行うは難しね、これは)


 自分はその〈大半〉には含まれない。そう判断しながら、『惨劇グランギニョル』はその提示された〈攻略法〉を吟味し思った。そもそも『欲能チート』でズルをして勝つのが玩想郷チートピアの大半の転生者の本領であり、肉弾戦で竜とやりあえる者は果たして何人いるものか。


 単に『欲能チート』を打ち消すだけの力なら、死んだ『必勝クリティカル』達が殺した玩想郷チートピアに従わなかった『禁欲』のように、『欲能チート』で得た配下の軍勢で踏み潰せばよい。だが相手にとって『欲能チート』の打ち消しは副次的効果でしかなく竜の戦闘力を持っているのであれば、混珠こんじゅ界で集めた軍勢など、例えば豚鬼オークの百や二百を束ねても肉挽器に突っ込むも同然だろう。


 実際下位の転生者たちの中には絶望的に呻く者も何人かおり、自分より直接戦闘に対する適性の高い他の転生者に泣きつく者も散見され、既に数人の転生者で組んでいる者達も深刻な表情で作戦会議を内々に始めていた。一方十弄卿テンアドミニスターにおいては、その中で戦闘適性が比較的低いのは『旗操フラグ』と『情報ネット』。だが『旗操フラグ』を見れば臆しも怯みもせず、『運命を操る』その恐るべき欲能チートをどう使えば『欲能チートを相手に直接行使する事なく周囲だけを動かし相手を必滅の窮地に追い込めるか』を即座に猛然と考えはじめていた。あれは人を運命の棘付鎖スパイクトチェインで苛む事を何より好む下種、即ち人間がそれぞれに自己の判断で破滅していくことを好む己に似て非なる同類だから、その思考は『惨劇グランギニョル』には手に取るようにわかる。一方『情報ネット』は相変わらず何を考えているか分からないが……


「遭遇したときの対処は分かった。問題は相手の位置だ。奴らは今どこにいる?」

「それが、さっぱりでして」


 『情報ネット』は『交雑クロスオーバー』の質問に、悪びれず微笑み己が能力の限界を告白した。


「知っての通り、私の欲能チートの対象はあくまで世界であって個々人の思考や発言までは追えません。前にも言いましたが、いわば、小説でいえば粗筋や状況描写の地の文は読めてもセリフと心境描写は読めないし、検索でいえば画像検索もできないのですよ。世界全土を対象にしてそこまでやろうとしたら脳が爆ぜてしまいます。ですから〈ビキニアーマーの女戦士〉の目撃情報を検索しているのですが……どうにも引っかかってきません。案外と、隠れるための手を打っているようですねえ、彼女は」


 繰り返されたその説明を、(どうだかな)と、冷ややかに『交雑クロスオーバー』は疑った。こいつは第十位、十弄卿テンアドミニスターの末席ではあるが、第一位によってその位につけられ、これまで幾度かあった位階の変動において常に十位を保ち続けている。……この程度の力でそれは出来る事ではない。己の能力を過少に申告し、情報を隠匿しているはほぼ確実。


「はいはい分かりました。要は各自警戒すりゃいいんでしょ、ビキニアーマーを」

(だが、今はこれまでか)


 『旗操フラグ』の発言を聞きながら『交雑クロスオーバー』は思う。現状その嘘を吐き出させる術はない。故に今は『旗操フラグ』の言葉を通す。何れにせよ個別に警戒しなければならないのは事実。そして『情報ネット』の検索可能範囲が発言通りであってもなくても、裏を取られてボロが出る事くらいは恐れるだろうから単純な目撃情報の収集だけでは発見できないというのは事実。加えて此方は寄り合い所帯、個別の転生者同士による小連合はあれど全体としては些か纏まりを欠く。網を張り捕捉するのは容易な事ではない。


(中々、やるじゃないか)


交雑クロスオーバー』は今では珍妙で陳腐と思える存在ビキニアーマーに少々驚きと感心を覚えた。だがこの予想外の抵抗が生む混乱は好機とも考える。己が目的を果たす手段として玩想郷チートピア混珠こんじゅを掌握する為に。


「……ぷっ」


 ざわめきが続く中、不意に。それら全てを嘲笑し憫笑するような、挑発的な笑みが零れた。小さく意地悪な、しかし喧々諤々としていた全員に否応もなく聞こえた、矛盾した美声。


「……何、でしょうか? 『永遠エターナル』」


 それを発したのは、それまで上座にあって沈黙を保っていた者。『神仰クルセイド』の禁欲的な黒尽くめとも『交雑クロスオーバー』の無機質で現代的なモノトーンとも違う、ゴシックで幻想的な白と黒。幽霊じみて見る者を不安にさせる揺らめくような煙るような印象の、しかし同時に魂を惹き付けられそうな程の凄美な、青年の姿でありながら数千年以上の年月を感じさせるような独特の老いた空気を帯びた、白肌白髪赤目の白子の男。鍔広の黒帽子とマント、片手に何かを隠すような手袋、黒玉と黒革と燻されたような鈍い金色の防具を施した装束をまとい、捩れたような柄と鍔を持つ黒い片刃の曲刀を腰に指している。彼こそは、滅多に姿を現さぬ十弄卿テンアドミニスターの第二位、姿見せず君臨する第一位を除く知られた中での最高位たる、『永遠エターナル欲能チート』デリルク・ボニラキラド。今回珍しく姿を現した事に不吉な感覚を一同が覚えながら、沈黙を保っていた事で触らぬ神に祟り無しと敬して遠ざけていた者。誰よりも早くこの世界に転生し、転生の理に誰よりも深く知悉すると言われる存在。そして同時に。


((はいはい、一度転生した程度で調子にのってカワイイでちゅねー。私は数えきれない回数転生したけどね))

((ま、一回転生坊主にしちゃ頑張った背徳っぷりじゃねーの? このっくらいなら、転生繰り返す間に何度も見たけど。ベタだねえ))

((ま、お前らの転生の原理だと、所詮一回しか転生できないから? この世界で好き勝手するのが精一杯程度っていうか、ここで死んだらはい終わりだし? プロ転生者の私とはなんていうか、そもそもレベルが違うから))


 過去、口を開くとこのようなクッソうっざい腐れ先輩風びゅーびゅーの言動しかしてこなかったので、その言が事実で転生に関しては大先輩であったとしても、正直関わり合いになりたくない存在でもあった。……ただ佇んでいるだけで底知れぬ実力を感じさせる気配をまとい、その腰に帯びる混珠こんじゅ界外の力により作られたという魔剣『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』は意思を持ちそれ単体で『欲能チート』所持転生者を上回る力を持つとすら噂され、なにより〈彼以外の一度転生した者が再度転生する事はない=この世界における次の死は真の死である〉という重大な情報を新天地玩想郷チートピアにもたらした存在であり〔最も、この世界を只貪る対象と捉え喰らい続ける事にしか興味を持たぬ大半の者はそれが今何か関係あるかと気にも留めなかったが〕、自らはその掟に縛られずむしろ転生になど飽いたと二度と転生することがないように不死者となり、自らがこれ以上転生せずに隠棲し続ける為に、此方に干渉しないのなら貴様等の支配を認め力を貸してやろうと放言し、『全能ゴッド』が預言する者として認めその恣の言動を容認している以上、虚言者ではなくすべて事実かつ凄まじい実力者ではあるのだろうが……それら全てと比較しても、言動が台無しにしすぎて余りある奴だった。


(不死で魂が立ち腐れた存在の生ける見本め。だが、これは)


 『交雑クロスオーバー』はやや驚いた。ひとしきりこの世界や他の転生者をこきおろしたあとは、ひたすら怠惰を極めていた存在が、珍しく他者に興味を示したことに。


「あっはっは、ずいぶん珍しいじゃん。筋肉もりもり剣ぶんぶんで美女を抱くマッチョマンや私みたいな宿命を背負う私はなんて苦難の人生よよよっていうようなお耽美も銃弾と傲慢渦巻く現代じゃとっくの昔に陳腐もいいとこ、お人好しだけど悩みも苦しみもするから持てる普通の高校生もやっかみとあら探しで瀕死の有り様、そこから新機軸を模索したあげくが速攻腐って世界まるごとからちやほやマンセーされたがる屑共が大量生産される草生えるこの状況で、臆面もなく性懲りもなく新しく冒険をおっぱじめようっていうのが、だけどさ。 」


 だがそんな『永遠エターナル』の言葉は、大半の者にとっては、意味の判らぬ世迷言、あるいは狂乱した神託としか聞こえず。しかし、『惨劇グランギニョル』は眉を潜め。『交雑クロスオーバー』は、静かに其の眼光を鋭くする。


「時代遅れの自立したオンナノコしてる武装戦闘美少女か? そんなでもお前ら程度なら幾らかれるだろーが、今時はやらねーんじゃねえ? 女が特別だったのなんざもう昔、恋をすれば恋の奴隷、慈愛もあっというまに汚れ、一皮むけば醜い中身がどろどろだろと難癖の付く、って感じのご時世にどこまでやれるやら。それとも全くの新機軸か? ま、新作としちゃ、チェックはしておくが」

(『永遠エターナル』の、元英雄殿。物語の中の存在の様な貴方が、物語の流行り廃りを語るとは。益々何者か分からなくなってきた。それに私と別の反応をする『交雑クロスオーバー』、顔を隠しているがどうも何処かで見た様な姿の貴方の正体も、案外面白いのかも?)


 転生者が互いの転生前の在り方を知るには本人が言わねば判らぬが故に、それを知るにはその者が生前の経歴を必要に迫られてか己誇りしてか自ら明かした場合に限られる。だがこの自分達とは経路の違う転生者であると主張する『永遠エターナル』はそれを明確に説明してはおらず、そのあり方を推察させる其の言葉と、其の言葉に自分と似て非なる興味を示しそして同じく生前を詳細に語らぬ『交雑クロスオーバー』の反応は、『惨劇グランギニョル』の好奇心をそそるものであったが、ともあれ。


「まーこんな話お前らなんかじゃ理解できないだろうけどさー。はは、わかるような単純な業務連絡もしてやるから、ありがたがれよ。我が同盟者、第一位『全能ゴッド』からのお知らせだ」

「ええ。此方でも承っております。我らが長、第一位『全能ゴッド』様のお言葉ですな」


 だがそれはそれとして、話は進む。『永遠エターナル』とそれに呼応して『情報ネット』、第一位たる『全能ゴッド』の言葉を受ける者二人が、それを行ったからだ。二人の声が重なる。


「「長虫バグを討った者には、位階の上昇と長虫バグに敗北した者の有していた利権の優先取得権の付与を行う。この決定を以て此度の会合はこれにて閉幕とせよ。以上」」


 ぴしゃりとした、鞭を一打ちくれるような、短く簡素な預言。だが、その短さが、場を静めた。不安を、欲望と野心と軽蔑が塗り潰す。長虫バグは、敵ではなく、弱者を篩い落とすものでしかなく、賞品付きの狩りの対象なのだと。


(まーまーな手を打ったつもりかねえ、同盟者ゴッドチートさん。馬鹿共が人参を取り合って連携もとれずに数を減らすだろうが、ま、もとより死んで惜しい奴らでもなし、か)


 会議が終わり参加者が次々異空間から退出する中、『永遠エターナル』は思いをはせた。


(ま、期待させといて結局ぽしゃる話なんていくらでもあるけどねー、さあて、何話まで見れる出来かね。早く次の話が見たいトコだけど)


 だが。そんな『永遠エターナル』ですら、よもやその相手がセクシー&キュート&ビューティにダンスしてわいわい言われているとは、思ってもいなかったのである!


 ……如何して斯く成りしかどうしてかなた

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