・第二話「理不尽を狩る者、黒き月より帰り来て(後編)」
・第二話「
「な!?」「っ!?」
それは礼拝堂の天井をブチ抜いて現れた。砕け散った瓦礫が飛び散る。驚愕した『
竜ではなかった。
「ビキニアーマー、だとぉ……!?」
『
それを聞いて、リアラは、『
美しかった。天に輝く月光を織り交ぜたように。青白い色の入り混じった銀の長髪は豪華絢爛に波打ち跳ね乱れ三日月の様に光を跳ね返して煌き。涼やかで染み一つない白い肌の肢体は、リアラの色気のある肢体とは方向性の違う、研ぎ澄まされた美しさ。バストとヒップ以外無駄な肉が殆どない、伸びやかでしなやか、体操選手やダンサーのような体つき……それでいてバストとヒップは、ちゃんとビキニアーマーを大きく押し上げる程あって、大きいのに重力を無視するような張りと弾力をたっぷりと詰めて整っていた。
そして、ビキニアーマーを纏っているといったが、それは何か巨大な生物の鱗……竜の鱗だろうか、だが、唯の竜にしては、それはあまりに煌びやかに美しすぎた。間違いなく鱗でありながら、同時に生体素材というより貴金属の質感と光沢を帯びていた……その大きな一枚づつを胸当てにして同じ生物を素材とした革紐らしきもので繋ぎ、腰の部分は細かい鱗革で構成されたスケイルメイル状になっていた。手足と肩には胸に付けた鱗より大きな鱗を籠手・脚甲・肩鎧に加工し着けているが、その美しい肌の大半は露わだ。肩鎧はあるいは鱗ではなく背鰭か爪か角の一部分なのか尖って長く……先ほどまで黒い翼に変じていた。額には、小さな鱗と棘と組み合わせ革紐で括りつけた、角の付いた鉢金。
「貴様、ら」
そして、その美しさすら恐ろしい竜の爪牙の煌きと見える程、怒り狂っていた。
「また、またか。また、死者を並べたな。愛する者の死を前に、涙する事も許されず抗うことを強いる者を、私以外に、また、作ったな……!」
魅力的というより美しく可愛いというより凛々しい、だが微笑めば優しい涼風のようだろう容姿は、怒りに抜き放った刃となっていた。赤い瞳が血走るどころか、超自然の力で発光しているようにさえ見え、目尻から血が滲み、返り血を浴びて。溢れる涙が血涙と化していた。
「貴方、は」
乱入した竜の如き少女の、美しさと怒りに打たれていたリアラだが。その怒りが、自分達を襲った悲劇への嘆きからも立ち上っていることをその呻きで気づき、思わず問うた。
「……ルルヤ・マーナ・シュム・アマト。
そして彼女は答えた。深い深い、怒りと絶望と悲しみと祈りの入り混じった声で。
「真、竜」
その言葉を、確か聞いたことはあった。ハウラから、旅の日々、蒼穹遥か彼方を親子で飛ぶ飛竜を見た時に、((子を愛す間は、竜も魔なる恨みの凶暴さを忘れ暴れない、だから竜の卵は決して傷つけてはいけない))という言葉と共に。大地と共にある民の伝承を。
「うるっせえ餓鬼! んなこたどうでもいい! テメエ何様だ、何しにきやがった!」
リアラの声と思考を遮るように『
「復讐だ」
それに対し、ルルヤは端的に答えると……ビキニアーマーの腰部の後ろにひっかけていた何かを、……白い肌に返り血の飛沫を転々と散らしながら放り投げた。
「っ、『
目をむく『
「復讐だ。我が故郷、静かなるウルカディクを焼いた、『
狂気! ……で、あろうか?
「復讐だ。お前達に。そして、……家族を守れず、今また一歩遅く……」
己の顔を引っ掻いて、涙を拭い、ルルヤはリアラを見て、慰め、誓おうとするように言った。
「少女。お前の仲間を、お前の世界を守れなかった……この弱く愚かで至らず届かぬ私に! 復讐せずに、いられるものか!」
……リアラは見た。その涙は、狂気にしては真摯すぎた。
「っ、クソ雌がぁ! 便利な
『
パン、と、ルルヤ目掛け飛ぶ《餓顎》が弾けた。『
「、あ?」「【
『
「がぁっ!」
それでも『
「【
ルルヤの真の怒りに満ちながらもそんな雑な一振りを決然と否定する技量のこもった一撃にはまるで及ばなかった。大剣が振り下ろされる前に踏み込む。そもそも、最初の《餓顎》への斬り払いから、旋舞するような動きが始まっていた。きらりと鱗のような光を輝かせて、その一撃はまたも『
「ぎゃああああああああああああああっ!!!?」
そして、その効果は、実際まさにその通りで。それは局地的な重力の炸裂を帯びた刃であった。そんなものを撃ち込まれた『
「っ……!! (白磁の皿に盛ったトマトパスタを全力で地面に叩き付けたみたいな……!!)」
白磁が骨、パスタが筋繊維、トマトが血。剣を持ってた腕の肘から先が弾けた。
「〈ファンタジー〉、如き。私が殺した『
腕の粉砕面を抑えてのたうち回る敵を見下ろし……その増上慢を叩き潰すように断固とした口調で、宣言した。
「
……その怒号は、強くリアラの胸に突き刺さった。地球に良い思い出はない。虐められ、苦しみ、地球ならざる世界を夢想し、物語を読む事で、現実という泥沼から顔を出して息継ぎしないと死ぬ肺魚のように生きてきた。
「があああ、ざっけんな、ざっけんなああ! 畜生、こんな、藪から棒に、っざけんな、糞脚本! 何の脈絡も伏線も無く出てきやがってぇえ!!?」
「地震や津波や雷や一目惚れに、伏線があると思うたか、たわけが。と、いう事も出来ようが」
のた打ち回り喚く『
「それでは余りに身も蓋もなければ情緒もない。故にこう言おう。お前からすれば突拍子も無い不幸、彼女からすれば幸運だろうが、私からすれば、三日三晩ろくな宛ても無くただ異変のありそうな場所を【
唐突でも理不尽でも何でもない。唯の自業自得、身から出た錆。そう、言い切った。そして、ぐうの音も出させぬ眼光で睨みつける。真実、三日三晩不眠不休で、探せる範囲に居るか居ないか判らぬ仇の同類を捜し求めた、執念の眼光で。
「ぐ、あ、ぎ、ひぃっ!」
『
「くぎっ、く、らえぇっ! 《魔、燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ》ぇっ!!」
残った片手を腰の後ろに回し、吹っ飛んだ片手に握っていた大剣の代わりの、予備の隠秘術武器の短剣を引き出して。その切っ先をルルヤ目掛けて向け、放つ。その魔法は《焼討》。爆ぜる炎の鏃を地球の散弾銃やクレイモア地雷のように放ち着弾点にナパーム並の火を齎す兇悪な術だ。射線を術が満たせば、ルルヤもその周囲のハウラとソティアの亡骸も、纏めて。
(こ、のっっっ!!!!)
それでも一人は助けることが出来た……そう思って、猛り狂う激情が正気に戻りかけていたルルヤの精神が、再び沸き立った。反応は、出来る。此方が与えた腕の疵以外にも何故かあった傷の痛みが、相手の痛みを一歩遅らせている。ソレがなければ、自分への攻撃を避けるのはともかく、他人への攻撃に対処するのは、難しかったかもしれないが。
ルルヤの頭に、庇わない理由は何一つ無かった。倫理的にも、正義感的にも。そのどちらにもルルヤは篤く。死者を更に辱め、生き残ったものを殺さんとする行為への義憤があったが。
そして同時に、そしてなにより。必死に戦ってたった一人生き残ってしまった少女への感情が強く強く燃え滾っていた。炎のように、一つの形や文章に定まらず揺らいでいたが、強く。
(それが自分と同じだからという事など承知の上だがそれがどうした放っておけるか捨て置けるか〈下界〉が一族の隠棲している間にどれだけ荒れたか知らんが不幸な子を不幸なままで死なせてたまるか! もう! 二度と! 私の前でっ!!!)
ルルヤは身を投げ出した。鉄剣で斬るのでは庇いきれない。今使える範囲の他の竜術を展開している時間も無かった。発射点の根元を体で遮り、拡散前の攻撃を全て受けるしか。
轟音、爆煙、紅蓮の炎が、ルルヤの形良い腹から胸元にかけ炸裂した。細腰が折れそうな程仰け反り、石畳の床に血が飛び散り、その姿が爆煙に一瞬包み込まれた。
「っ、あ、あ……ルルヤ、さん、ルルヤさんっ!?」
かわそうとした。間に合わない。隠秘術を使おうとした。余力がもう無い。《焼討》が炸裂し仰け反るルルヤの背を、爆風に乱れる髪を見た。敵を倒してくれるかもしれない人が負けるかもしれないという感情ではなく、助けてくれた、自分達の悲劇に怒ってくれた人が死ぬかもしれないという
「ひ、ひゃは」
己の策が成った。お優しい正義の味方様は下劣な罠で死ぬ、それが現実だ、現実がやっぱり勝つんだと、『
「……ああ、思い出したぞ」「「!?」」
そこにルルヤの声が響いた。苦痛ではない。飛来したときの狂熱を蘇らせた激怒の声だ。『
「……『
爆煙を掻き分けて仰け反った身を起こしながら、牙を剥くように、ルルヤは哂った。その瞳が再び、爛々と超自然の輝きを宿した。
「この怒りと憎しみを、今度こそ吐き出す。そして、他の同類の場所も吐かせる。その為に。次の仇は惨たらしく拷問して殺すと、決めていた」
「あ……あああ………!!?」
ルルヤが指を鉤爪の様に折り曲げ振り上げた。その爪全てに【息吹】の黒が宿る。
「GEOAAAAAFARAAAAAAHHHNNN!!!」
「ぎゃあああああひいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」
ルルヤが、発狂した弦楽器が鉄と硝子を削っている様な、竜の咆哮を上げ。『
【
(殺す殺す殺す、殺して。やる! お前等は私たちを笑いながら殺した、笑いながら慰み者にした、私たちの全てを否定して、見下して! 悪と外道が当然で真実だと振舞って! 父の頭をかち割り、母を犯し、子供達を焼いて! 絶対に、お前達全てを! 私は、■■は!!)
……リアラは見た。そして予測した。そして推測した。まだ、ぎりぎり、ルルヤによる拷問処刑は行われていない。だが、爪が振り下ろされるまで後二秒もあるまい。それは余りにも惨く、そして何より、それを行わんとするルルヤの様は、あまりにも異常。自分達に見せた哀れみと罪悪感を背負った優しさと自己犠牲、それと、邪悪に対する度外れた、狂気じみた憎悪と復讐心と制裁衝動。それが後者に振れるだけではない。その目から、血の涙が流れていた。その髪が、逆立っていた。その手指に宿る黒い力が、まるで禍々しい刺青のように、暴走しているように全身に模様を作っていた。そしてリアラは行動した。こんなチンピラに大切な人達を殺された自分の情けなさへの悲しみと自己嫌悪を振り捨ててでも、動かねばと思った。
「ルルヤ、さんっ!!!」「っ!!?」
ルルヤの背後から、抱きついて制止した。彼女が正気だという保障は無かった。彼女が狂気として、先ほど助けようとした自分を容赦なく振り払い殺す可能性すらあるかもしれないといえる状況だった。だが、それでも、リアラは。
「……お願い、します。ルルヤさん、やめて、ください。ルルヤさんの気持ちは……僕も、同じです。でも。それでも」
そう言って、ぎゅっと抱きついた。彼女が見せた善性を信じ。ルルヤは、振り払わなかった。
「……何故、だ、少女」
目の前で仲間を殺され死に物狂いで反抗したリアラが、自分と同じようにこいつを殺しても飽き足らぬほど憎いことは、事実。抱きとめたリアラの手は、複雑な躊躇にわなないている。それでも、そうしたことに。その表情を憎悪からはっとした疑問へと変えて、リアラは呟いた。
「リアラです。リアラ・ソアフ・パロン。……ハウラさんと、ソティアさんの。このルトア王国の皆の、仇をとってくれて、有難う、御座います。けど、だからこそ」
改めて名を告げながら……体温を混ぜるように抱きつきながら、リアラは言う。
「お願いします。僕の大切な人たちの、皆の仇を討ってくれたのは。優しくて、強くて、僕まで守ってくれる英雄や勇者みたいな人だったって、死んでしまった皆に言いたいんです。……仇より恐ろしい怪物に成果ててしまった人だった、なんて、そんなの。皆にも。ルルヤさんにも……ルルヤさんが守りたいと思っていた、ルルヤさんを守りたいと思って愛してくれていたきっと優しい良い人達の為にも。あんまり、じゃ、ないですか」
ルルヤの三日三晩飛び通しだったとは思えぬ優しい香りのする髪に包まれて、そのうなじに涙を擦りつけながら、リアラは抱きついて、そう言った。
「……何で。こんなにも恐ろしく猛り狂った私に、そんなことを言おうと思った」
その感触に気づいて、だらり、と、腕を垂らして、ルルヤは呟くように問うた。
「護ってくれました。庇ってくれました。身を犠牲にして。そして何より、僕たちの為にも怒ってくれました。それだけで、十分です……と、言いたいんですけど。あと、あれです、少なくとも、この人、キレた勢いで口でどんだけ兇悪なこと言ってても、生まれてから今まで、拷問するとかしたことないんだろうな、って」
「……何?」
「……いや、その。もうそいつ、死んでますし。後頭部割れた状態で腕千切った上で複雑解放骨折ものの蹴りをぶち込んで傷ついた後頭部を石畳に叩きつけたら、普通拷問する前に死にます。むしろあの時まだ悲鳴を上げられたのが驚きというか、あの時の恐怖でショック死したんじゃないかというか。ここまで加減がわかってない人は、単にキレてるだけで拷問慣れした兇悪な狂人じゃないだろうな、って。……その、ごめんなさい」
「………………………………………………………………………………………………」
心の篭った言葉の後の、どうにも締まらない指摘に。なるほど確かに死んでいる死体に跨った状態で、ルルヤは心底罰の悪い表情で硬直した。ぴしゃ、と、血涙を流していた目に掌を当てた。そして。話題を変えるように、リアラに問うた。
「こいつの後頭部の傷。あれをつけたのは、リアラ、お前か。……どうやった?」
「あっ、はいっ」
リアラは語った。仲間の犠牲で得た思考の過程。それを語る時、ハウラとソティアの死に、泣いて。そこから組み立てた、未検証事項だらけの欠陥論理に一か八か賭けて、足掻いた、と。
「……リアラ。ハウラ。ソティア。三人の絆に、
……死体への馬乗りから改めて立ち上がり、リアラの言葉を聴いていたルルヤは。舞い降りたときから憎悪と憤怒を抜いた、月の女神じみた威風の美しさで、そう呟いた。リアラの金の瞳から、我知らず訳も知らず、ぽろぽろと涙が零れた。
「リアラ。私が
「……そんな、こと。だって僕は、自分の力で、誰も、助けられなかったのに」
「……自分の正義感を重んじすぎる上に、それ故に悪への怒りに我を見失う。世界を抱きしめる
賞賛に対し、動揺と否定で返しておろおろするリアラに、ルルヤは自重を込めて、己自身と、自分を尊崇したリアラを戒めるようにそう言って、言葉を続けた。
「リアラ。リアラの友を弔った後でいい。私と一緒に来てくれないか。新天地玩想卿と戦うために。お前の優しい心と強い智恵と折れぬ慈愛の中には、
凛々しい美貌にそぐわぬ、友達を見つけられないで居る、幼い女の子のような、おずおずとした、どうせ袖にされると思いながらそれでも告白せずにはいられない乙女のような泣きそうな表情で、彼女は問うた。
「……………………」
(この人は)と、リアラは思う、僕がしてきたような苦悩や経験は、全部、してきたのだろう。僕よりも何十倍、何百倍、何千倍、何万倍も強く。……僕がこの人より強くなれるなんて、中々、信じられない、けど。
この人を一人にしたくない。それは、僕と同じように苛まれたのなら、あんまりにも、可哀想だ。僕は、地球の酷い人生を知っている転生者で、元、だけど、男の子だったんだから。その正体を知られたら、嫌われるかもしれないけれど。この子を一人にするのは、あんまりにも道義に悖る、誇りのない事じゃないか。……足手まといになるかもしれない後悔は、努力で補うしかないけど。この人の為、そして、僕を活かしてくれた子の世界の為なら、そのためなら幾らでも力を尽くせる。そう、思えた。
「………はい」
だから、リアラはそう答えて。
この日。二人の、
これは、異世界転生チートが怒涛の様に全てを覆い押し流そうとしていた時代に、それに逆襲を行う者達の物語である。
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