・第二話「理不尽を狩る者、黒き月より帰り来て(後編)」

・第二話「理不尽を狩る者、黒き月より帰り来てチートスレイヤー・バックフロムザブラックムーン(後編)」



「な!?」「っ!?」


 それは礼拝堂の天井をブチ抜いて現れた。砕け散った瓦礫が飛び散る。驚愕した『必勝クリティカル』が飛びのく。それを、否、〈彼女〉を、息を呑んでリアラは見た。


 竜ではなかった。混珠こんじゅに存在する魔物を含む様々な生物は、地球の生物に近いものも、地球では全く想像もされていないものも、地球の幻想に存在するものも、地球の幻想と同じ名を持ちながら異なるものもいたが、その中の一種である竜ではなかった。彼女は、女性の、恐らくは人間だ。リアラと比べて一、二歳程年上かという程の少女だ。天井を打ち破ったことにより、血と炎の赤に染められていたその場に、〈大の青三日月〉の光がスポットライトのように降り注ぎ、彼女を照らしていた。一瞬彼女が、恐ろしい黒い竜に見えたのは、両手両足を床につく形で着地したのと、いかなる魔法か、その背に〈青の大三日月〉の欠けたる部分のような非物質的な黒い色をした翼を、それも蝙蝠のようではあるが、蝙蝠よりも魔よりもはるかに力強い、竜のそれのようにどうしても見える翼を生やしていたことと、そして……


「ビキニアーマー、だとぉ……!?」


 『必勝クリティカル欲能チート』が、あっけにとられたという様子と、今時何でそんなもんを着てる奴がいるんだ、馬鹿じゃねえのか、という混乱の入り混じった声音で呟いた。


 それを聞いて、リアラは、『必勝クリティカル』は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、やっぱり馬鹿だと確信した。確かに、彼女はビキニアーマーを着ているし、この世界に自分たちが転生する前の地球では、それは今ではパロディのネタか、ぱっと見で客を引き性欲交じりの収集欲を煽るやり込む事≒装備を集める事なゲームのアイテムか、課金を欲するスマートフォンゲームのキャラクターか、十八歳未満購入お断りの作品か、昔を懐かしむあるいは女の子の肌が大好きな絵師の創作の中にしか殆ど存在しなくなっていた。だが、そんなことより、彼女は。


 美しかった。天に輝く月光を織り交ぜたように。青白い色の入り混じった銀の長髪は豪華絢爛に波打ち跳ね乱れ三日月の様に光を跳ね返して煌き。涼やかで染み一つない白い肌の肢体は、リアラの色気のある肢体とは方向性の違う、研ぎ澄まされた美しさ。バストとヒップ以外無駄な肉が殆どない、伸びやかでしなやか、体操選手やダンサーのような体つき……それでいてバストとヒップは、ちゃんとビキニアーマーを大きく押し上げる程あって、大きいのに重力を無視するような張りと弾力をたっぷりと詰めて整っていた。


 そして、ビキニアーマーを纏っているといったが、それは何か巨大な生物の鱗……竜の鱗だろうか、だが、唯の竜にしては、それはあまりに煌びやかに美しすぎた。間違いなく鱗でありながら、同時に生体素材というより貴金属の質感と光沢を帯びていた……その大きな一枚づつを胸当てにして同じ生物を素材とした革紐らしきもので繋ぎ、腰の部分は細かい鱗革で構成されたスケイルメイル状になっていた。手足と肩には胸に付けた鱗より大きな鱗を籠手・脚甲・肩鎧に加工し着けているが、その美しい肌の大半は露わだ。肩鎧はあるいは鱗ではなく背鰭か爪か角の一部分なのか尖って長く……先ほどまで黒い翼に変じていた。額には、小さな鱗と棘と組み合わせ革紐で括りつけた、角の付いた鉢金。それらビキニアーマーは盛りの満月のような強さと透明感を併せ持つ軽やかな金色を基調としていて。彼女に正に月の化身の如き煌びやかさを加えていた。そう、彼女は美しく……


「貴様、ら」


 そして、その美しさすら恐ろしい竜の爪牙の煌きと見える程、怒り狂っていた。


「また、またか。また、死者を並べたな。愛する者の死を前に、涙する事も許されず抗うことを強いる者を、私以外に、また、作ったな……!」


 魅力的というより美しく可愛いというより凛々しい、だが微笑めば優しい涼風のようだろう容姿は、怒りに抜き放った刃となっていた。赤い瞳が血走るどころか、超自然の力で発光しているようにさえ見え、目尻から血が滲み、返り血を浴びて。溢れる涙が血涙と化していた。


「貴方、は」


 乱入した竜の如き少女の、美しさと怒りに打たれていたリアラだが。その怒りが、自分達を襲った悲劇への嘆きからも立ち上っていることをその呻きで気づき、思わず問うた。


「……ルルヤ・マーナ・シュム・アマト。真竜シュムシュの信徒が宗家の継嗣、だった。もう、この強い怒りと憎しみの中では、最早、何に成り果てるかも解らぬが」


 そして彼女は答えた。深い深い、怒りと絶望と悲しみと祈りの入り混じった声で。


「真、竜」


 その言葉を、確か聞いたことはあった。ハウラから、旅の日々、蒼穹遥か彼方を親子で飛ぶ飛竜を見た時に、((子を愛す間は、竜も魔なる恨みの凶暴さを忘れ暴れない、だから竜の卵は決して傷つけてはいけない))という言葉と共に。大地と共にある民の伝承を。混珠こんじゅ界には三種類の竜がいる。王神アトルマテラが建てた〈人類国家〉の末裔を号する大国、パルネイア・アイサヴィー連合帝国の象徴たる、滅びたる古代竜の血と王神の血を引くとされる竜の血を引く人、人の形をした竜である帝龍ロガーナン。最強の魔物にして、滅びたる古代竜が堕落により魔と交わり生み出した魔の一種とも、滅ぼされた古代竜の恨みの化身であるともされる存在、一般的な竜である魔竜ラハルム。そして、その滅びた古代竜そのものの名こそが、真竜シュムシュ


「うるっせえ餓鬼! んなこたどうでもいい! テメエ何様だ、何しにきやがった!」


 リアラの声と思考を遮るように『必勝クリティカル』が怒号するように問うた。邪魔をされたという怒り。……それだけだと本人の自意識は認識していた。自分は必ず勝つのだから、この猛烈な怒りに対して本能的な畏れが割り込む余地などありはしないのだと。


「復讐だ」


 それに対し、ルルヤは端的に答えると……ビキニアーマーの腰部の後ろにひっかけていた何かを、……白い肌に返り血の飛沫を転々と散らしながら放り投げた。


「っ、『読策イカサマ』!?」


 目をむく『必勝クリティカル』。それは、彼と共にルトア王国を攻め滅ぼした軍勢を指揮していた転生者の生首! 容赦なく断ち切られたそれは辛うじて見分けがついたが掻き毟られたようにズタズタ!


「復讐だ。我が故郷、静かなるウルカディクを焼いた、『複製コピペ』を名乗ったお前達の同族と同じように。私が愛した皆は殺された。私の愛した故郷は穢された。私は奴を殺し、泣きながら仇の同族を探して闇雲に三日三晩飛び続け、此処に辿り着いた。裂かれた魂は他の事を考えられなかった。復讐を続ける。お前たちを、殺す!」


 狂気! ……で、あろうか?


「復讐だ。お前達に。そして、……家族を守れず、今また一歩遅く……」


 己の顔を引っ掻いて、涙を拭い、ルルヤはリアラを見て、慰め、誓おうとするように言った。


「少女。お前の仲間を、お前の世界を守れなかった……この弱く愚かで至らず届かぬ私に! 復讐せずに、いられるものか!」


 ……リアラは見た。その涙は、狂気にしては真摯すぎた。


「っ、クソ雌がぁ! 便利な仲間どうぐだったってのによぉ! 出来るものかってんだよぉっ!! この俺様に!新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアに! 現実リアルに! 幻想ファンタジー如きがぁっ!」


 『必勝クリティカル』は絶叫し《餓顎》をルルヤに放つ。非戦闘系の『読策イカサマ』『複製コピペ』と違い、自分の欲能チートは戦闘用。勝つ。『読策イカサマ』『複製コピペ』の策と『複製コピペ』の量産錬術れんじゅつ兵を失った腹立ちを込めて牙剥く顎を持ち飛翔する肉塊は、威力の代わりに他の攻撃魔法より遅いが、己の欲能チートを持ってすれば必中、この力で、己の武技に自信を持つ熟練の戦士も、必死に逃げ惑う子供も、等しく食い殺し、愕然や絶望にスカッとする嗜虐の喜びを味わってきたのだ。今度も、そうしてやる。こんなエロい格好をしたきれいな女が死ぬところはさぞかし……!!


 パン、と、ルルヤ目掛け飛ぶ《餓顎》が弾けた。『必勝クリティカル』の思惑と欲望諸共に。


「、あ?」「【真竜シュムシュの骨幹】よ、鉄剣となれ」


 『必勝クリティカル』、唖然。ルルヤがその手にいつの間にか握っていた、黒鉄の剣を一閃して、叩き潰したのだ。その一瞬、腕の周辺のごく一部に、一瞬光で出来た多角形の、鱗、あるいはカットした宝石を連ねたような輝きがかすかに煌いて消えた。ルルヤさん危な、まで、リアラは言いかけていたところだった。流石にどれだけ早口でも、間に合わない。説明しきれるわけがない。


「がぁっ!」


 それでも『必勝クリティカル』が咄嗟に第二撃として大剣を振りかぶったのは、戦闘経験とか腕前というよりは単に現状を認識できずとにかく敵愾心のままに振るえる力を次々振るったというだけで。


「【真竜シュムシュの息吹】よっ!!」


 ルルヤの真の怒りに満ちながらもそんな雑な一振りを決然と否定する技量のこもった一撃にはまるで及ばなかった。大剣が振り下ろされる前に踏み込む。そもそも、最初の《餓顎》への斬り払いから、旋舞するような動きが始まっていた。きらりと鱗のような光を輝かせて、その一撃はまたも『必勝クリティカル』の欲能チートを拒絶。黒鉄の剣に、先ほどルルヤが纏っていた黒い羽のような、新月色の黒が宿る。リアラはさっきからそれが何かに似ているような気がしていたのだが、この瞬間得心した。元いた世界、地球のSF系のゲームやアニメなんかでたまに出てくる、重力兵器グラビティなんとかだの黒星操作兵器ブラックホールなんちゃらだのの演出エフェクトに似ているのだと。


「ぎゃああああああああああああああっ!!!?」


 そして、その効果は、実際まさにその通りで。それは局地的な重力の炸裂を帯びた刃であった。そんなものを撃ち込まれた『必勝クリティカル』がどうなったかというと。


「っ……!! (白磁の皿に盛ったトマトパスタを全力で地面に叩き付けたみたいな……!!)」


 白磁が骨、パスタが筋繊維、トマトが血。剣を持ってた腕の肘から先が弾けた。


「〈ファンタジー〉、如き。私が殺した『複製コピペ』とかいう奴も同じ言葉を使っていたな、私達を指す言葉としてだ。だが、貴様、混珠こんじゅ界の魔法に頼っておいて、何をほざく? ……『りある』。貴様等が自分自身を指す言葉だが、その『りある』とやらから持ち込まれた『複製コピペ』が用いた醜悪な武器じゅうとやらも、私は微塵に砕いたぞ。……どうやら我らが真竜シュムシュの古き力は、貴様等の使う欲能ちからに抗えるようだ。だが例えそうでなかったとしても、私は決して貴様等を許さなかった。死すとも抗った。私の故郷の皆も、そうだった。……私より、生きるべきで、助かるべきだったろう、皆も。だから私は信じる。この世界こんじゅは貴様等に屈しはしない。故に、貴様にこう言おう」


 腕の粉砕面を抑えてのたうち回る敵を見下ろし……その増上慢を叩き潰すように断固とした口調で、宣言した。


我等ファンタジーを舐めるな、〈自称〉現実リアル!」


 ……その怒号は、強くリアラの胸に突き刺さった。地球に良い思い出はない。虐められ、苦しみ、地球ならざる世界を夢想し、物語を読む事で、現実という泥沼から顔を出して息継ぎしないと死ぬ肺魚のように生きてきた。混珠こんじゅに転生して二年、辛い事が無かったわけではないが。この世界でこそ、生きていられると思った。そこに土足で現れ踏みにじった現実を僭称する奴等を、助けてくれた人が、そう言ってくれたことが。こんな時でも、嬉しくてたまらなかった。


「があああ、ざっけんな、ざっけんなああ! 畜生、こんな、藪から棒に、っざけんな、糞脚本! 何の脈絡も伏線も無く出てきやがってぇえ!!?」

「地震や津波や雷や一目惚れに、伏線があると思うたか、たわけが。と、いう事も出来ようが」


 のた打ち回り喚く『必勝クリティカル』、もはや失笑ものの能力名の男に、ルルヤは言った。


「それでは余りに身も蓋もなければ情緒もない。故にこう言おう。お前からすれば突拍子も無い不幸、彼女からすれば幸運だろうが、私からすれば、三日三晩ろくな宛ても無くただ異変のありそうな場所を【真竜シュムシュの角鬣】と【眼光】で探しては飛び探しては飛び、狂いそうな感情を持て余してやっと掴んだ次の復讐相手だ。伏線は張られていた。私の人生と私の耳目、要するに、お前の知らぬ所でな。早い話が、屑な仲間とつるんで悪行を為した、遠回りの因果応報だ」


 唐突でも理不尽でも何でもない。唯の自業自得、身から出た錆。そう、言い切った。そして、ぐうの音も出させぬ眼光で睨みつける。真実、三日三晩不眠不休で、探せる範囲に居るか居ないか判らぬ仇の同類を捜し求めた、執念の眼光で。


「ぐ、あ、ぎ、ひぃっ!」


 『必勝クリティカル欲能チート』は、恐怖し、視線を右往左往し、生き足掻こうとし。そして、下種らしい手を思いついた。相手が、狂いかけでも尚、道義を説くような女ならば。


「くぎっ、く、らえぇっ! 《魔、燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ》ぇっ!!」


 残った片手を腰の後ろに回し、吹っ飛んだ片手に握っていた大剣の代わりの、予備の隠秘術武器の短剣を引き出して。その切っ先をルルヤ目掛けて向け、放つ。その魔法は《焼討》。爆ぜる炎の鏃を地球の散弾銃やクレイモア地雷のように放ち着弾点にナパーム並の火を齎す兇悪な術だ。射線を術が満たせば、ルルヤもその周囲のハウラとソティアの亡骸も、纏めて。


(こ、のっっっ!!!!)


 それでも一人は助けることが出来た……そう思って、猛り狂う激情が正気に戻りかけていたルルヤの精神が、再び沸き立った。反応は、出来る。此方が与えた腕の疵以外にも何故かあった傷の痛みが、相手の痛みを一歩遅らせている。ソレがなければ、自分への攻撃を避けるのはともかく、他人への攻撃に対処するのは、難しかったかもしれないが。


 ルルヤの頭に、庇わない理由は何一つ無かった。倫理的にも、正義感的にも。そのどちらにもルルヤは篤く。死者を更に辱め、生き残ったものを殺さんとする行為への義憤があったが。


 そして同時に、そしてなにより。必死に戦ってたった一人生き残ってしまった少女への感情が強く強く燃え滾っていた。炎のように、一つの形や文章に定まらず揺らいでいたが、強く。


(それが自分と同じだからという事など承知の上だがそれがどうした放っておけるか捨て置けるか〈下界〉が一族の隠棲している間にどれだけ荒れたか知らんが不幸な子を不幸なままで死なせてたまるか! もう! 二度と! 私の前でっ!!!)


 ルルヤは身を投げ出した。鉄剣で斬るのでは庇いきれない。今使える範囲の他の竜術を展開している時間も無かった。発射点の根元を体で遮り、拡散前の攻撃を全て受けるしか。


 轟音、爆煙、紅蓮の炎が、ルルヤの形良い腹から胸元にかけ炸裂した。細腰が折れそうな程仰け反り、石畳の床に血が飛び散り、その姿が爆煙に一瞬包み込まれた。


「っ、あ、あ……ルルヤ、さん、ルルヤさんっ!?」


 かわそうとした。間に合わない。隠秘術を使おうとした。余力がもう無い。《焼討》が炸裂し仰け反るルルヤの背を、爆風に乱れる髪を見た。敵を倒してくれるかもしれない人が負けるかもしれないという感情ではなく、助けてくれた、自分達の悲劇に怒ってくれた人が死ぬかもしれないという恐怖トラウマが。恐怖と苦痛と絶望に、更に二段底が有るのかとリアラに悲鳴を叫ばせて。


「ひ、ひゃは」


 己の策が成った。お優しい正義の味方様は下劣な罠で死ぬ、それが現実だ、現実がやっぱり勝つんだと、『必勝クリティカル欲能チート』は、引きつった笑いを浮かべかけた。


「……ああ、思い出したぞ」「「!?」」


 そこにルルヤの声が響いた。苦痛ではない。飛来したときの狂熱を蘇らせた激怒の声だ。『必勝クリティカル』は見た。爆煙の向こう、ルルヤの露な白い腹の前に、再び宝玉を連ねたような光の障壁が一瞬浮かび、消えた。それでも阻止しきれず、腹部に受けた派手な爆発による裂傷と火傷から血が滲むが、早回しの映像のようにそれが高速で治癒してゆく。【真竜シュムシュの鱗棘】そして【血潮】。そういう名の竜術という魔法であり、ことに前者は、彼女に『欲能チート』が防がれた理由なのだが、『必勝クリティカル欲能チート』にそれを知る由も無く。そしてまた、彼に知る機会は二度と訪れなかった。


「……『複製コピペ』は無我夢中で殺した。『読策イカサマ』は肉体的には虚弱でうっかり一撃で殺してしまった。今迄は、女の子を守ろうとして、それどころじゃなかったが」


 爆煙を掻き分けて仰け反った身を起こしながら、牙を剥くように、ルルヤは哂った。その瞳が再び、爛々と超自然の輝きを宿した。真竜シュムシュから魔竜ラハルムへ変じるように。


「この怒りと憎しみを、今度こそ吐き出す。そして、他の同類の場所も吐かせる。その為に。次の仇は惨たらしく拷問して殺すと、決めていた」

「あ……あああ………!!?」


 ルルヤが指を鉤爪の様に折り曲げ振り上げた。その爪全てに【息吹】の黒が宿る。


「GEOAAAAAFARAAAAAAHHHNNN!!!」

「ぎゃあああああひいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」


 ルルヤが、発狂した弦楽器が鉄と硝子を削っている様な、竜の咆哮を上げ。『必勝クリティカル欲能チート』が、転生してしまった事を後悔する悲鳴を上げた。


 【真竜シュムシュの息吹】を込めた脚甲蹴りで肩甲骨を砕き石畳に叩きつけながら蹴倒し、馬乗りになったルルヤの爪は、泥でも抉るように『必勝クリティカル』の胸筋を鎧ごと肋骨ごと引き裂くために振り上げられた。獅子に襲われるより、虎に襲われるより尚酷い、竜の素手による凌遅刑。そんな行動を選択する程にルルヤの思考は憎悪で焼け焦げ、過去の記憶等がノイズのように混じる。


(殺す殺す殺す、殺して。やる! お前等は私たちを笑いながら殺した、笑いながら慰み者にした、私たちの全てを否定して、見下して! 悪と外道が当然で真実だと振舞って! 父の頭をかち割り、母を犯し、子供達を焼いて! 絶対に、お前達全てを! 私は、■■は!!)


 ……リアラは見た。そして予測した。そして推測した。まだ、ぎりぎり、ルルヤによる拷問処刑は行われていない。だが、爪が振り下ろされるまで後二秒もあるまい。それは余りにも惨く、そして何より、それを行わんとするルルヤの様は、あまりにも異常。自分達に見せた哀れみと罪悪感を背負った優しさと自己犠牲、それと、邪悪に対する度外れた、狂気じみた憎悪と復讐心と制裁衝動。それが後者に振れるだけではない。その目から、血の涙が流れていた。その髪が、逆立っていた。その手指に宿る黒い力が、まるで禍々しい刺青のように、暴走しているように全身に模様を作っていた。そしてリアラは行動した。こんなチンピラに大切な人達を殺された自分の情けなさへの悲しみと自己嫌悪を振り捨ててでも、動かねばと思った。


「ルルヤ、さんっ!!!」「っ!!?」


 ルルヤの背後から、抱きついて制止した。彼女が正気だという保障は無かった。彼女が狂気として、先ほど助けようとした自分を容赦なく振り払い殺す可能性すらあるかもしれないといえる状況だった。だが、それでも、リアラは。


「……お願い、します。ルルヤさん、やめて、ください。ルルヤさんの気持ちは……僕も、同じです。でも。それでも」


 そう言って、ぎゅっと抱きついた。彼女が見せた善性を信じ。ルルヤは、振り払わなかった。


「……何故、だ、少女」


 目の前で仲間を殺され死に物狂いで反抗したリアラが、自分と同じようにこいつを殺しても飽き足らぬほど憎いことは、事実。抱きとめたリアラの手は、複雑な躊躇にわなないている。それでも、そうしたことに。その表情を憎悪からはっとした疑問へと変えて、リアラは呟いた。


「リアラです。リアラ・ソアフ・パロン。……ハウラさんと、ソティアさんの。このルトア王国の皆の、仇をとってくれて、有難う、御座います。けど、だからこそ」


 改めて名を告げながら……体温を混ぜるように抱きつきながら、リアラは言う。


「お願いします。僕の大切な人たちの、皆の仇を討ってくれたのは。優しくて、強くて、僕まで守ってくれる英雄や勇者みたいな人だったって、死んでしまった皆に言いたいんです。……仇より恐ろしい怪物に成果ててしまった人だった、なんて、そんなの。皆にも。ルルヤさんにも……ルルヤさんが守りたいと思っていた、ルルヤさんを守りたいと思って愛してくれていたきっと優しい良い人達の為にも。あんまり、じゃ、ないですか」


 ルルヤの三日三晩飛び通しだったとは思えぬ優しい香りのする髪に包まれて、そのうなじに涙を擦りつけながら、リアラは抱きついて、そう言った。


「……何で。こんなにも恐ろしく猛り狂った私に、そんなことを言おうと思った」


 その感触に気づいて、だらり、と、腕を垂らして、ルルヤは呟くように問うた。


「護ってくれました。庇ってくれました。身を犠牲にして。そして何より、僕たちの為にも怒ってくれました。それだけで、十分です……と、言いたいんですけど。あと、あれです、少なくとも、この人、キレた勢いで口でどんだけ兇悪なこと言ってても、生まれてから今まで、拷問するとかしたことないんだろうな、って」

「……何?」

「……いや、その。もうそいつ、死んでますし。後頭部割れた状態で腕千切った上で複雑解放骨折ものの蹴りをぶち込んで傷ついた後頭部を石畳に叩きつけたら、普通拷問する前に死にます。むしろあの時まだ悲鳴を上げられたのが驚きというか、あの時の恐怖でショック死したんじゃないかというか。ここまで加減がわかってない人は、単にキレてるだけで拷問慣れした兇悪な狂人じゃないだろうな、って。……その、ごめんなさい」

「………………………………………………………………………………………………」


 心の篭った言葉の後の、どうにも締まらない指摘に。なるほど確かに死んでいる死体に跨った状態で、ルルヤは心底罰の悪い表情で硬直した。ぴしゃ、と、血涙を流していた目に掌を当てた。そして。話題を変えるように、リアラに問うた。


「こいつの後頭部の傷。あれをつけたのは、リアラ、お前か。……どうやった?」

「あっ、はいっ」


 リアラは語った。仲間の犠牲で得た思考の過程。それを語る時、ハウラとソティアの死に、泣いて。そこから組み立てた、未検証事項だらけの欠陥論理に一か八か賭けて、足掻いた、と。


「……リアラ。ハウラ。ソティア。三人の絆に、真竜シュムシュの祝福あらん事を」


 ……死体への馬乗りから改めて立ち上がり、リアラの言葉を聴いていたルルヤは。舞い降りたときから憎悪と憤怒を抜いた、月の女神じみた威風の美しさで、そう呟いた。リアラの金の瞳から、我知らず訳も知らず、ぽろぽろと涙が零れた。


「リアラ。私が真竜シュムシュの加護で為した事を。お前は、お前だけの力でやってのけた。お前が生き残れたのは、お前が敵にお前の力で刻んだ傷の故だ。私の力だけでは無理だった。お前は……ある意味で、私より既に強く勇敢だ。……我を忘れ堕落する所だった、助かった」

「……そんな、こと。だって僕は、自分の力で、誰も、助けられなかったのに」

「……自分の正義感を重んじすぎる上に、それ故に悪への怒りに我を見失う。世界を抱きしめる真竜シュムシュの統合と愛の教えに、欠片も添えぬ、愚かで未熟な私だが」


 賞賛に対し、動揺と否定で返しておろおろするリアラに、ルルヤは自重を込めて、己自身と、自分を尊崇したリアラを戒めるようにそう言って、言葉を続けた。


「リアラ。リアラの友を弔った後でいい。私と一緒に来てくれないか。新天地玩想卿と戦うために。お前の優しい心と強い智恵と折れぬ慈愛の中には、真竜シュムシュが居る。お前ならば、いつか私より正しく強い真竜シュムシュの信徒になれる。私はお前が巣立つまでの盾になり、お前に真竜シュムシュの力を授ける。…………リ、リアラが、望むなら。リアラが、良いなら、だが」


 凛々しい美貌にそぐわぬ、友達を見つけられないで居る、幼い女の子のような、おずおずとした、どうせ袖にされると思いながらそれでも告白せずにはいられない乙女のような泣きそうな表情で、彼女は問うた。


「……………………」


 (この人は)と、リアラは思う、僕がしてきたような苦悩や経験は、全部、してきたのだろう。僕よりも何十倍、何百倍、何千倍、何万倍も強く。……僕がこの人より強くなれるなんて、中々、信じられない、けど。


 この人を一人にしたくない。それは、僕と同じように苛まれたのなら、あんまりにも、可哀想だ。僕は、地球の酷い人生を知っている転生者で、元、だけど、男の子だったんだから。その正体を知られたら、嫌われるかもしれないけれど。この子を一人にするのは、あんまりにも道義に悖る、誇りのない事じゃないか。……足手まといになるかもしれない後悔は、努力で補うしかないけど。この人の為、そして、僕を活かしてくれた子の世界の為なら、そのためなら幾らでも力を尽くせる。そう、思えた。


「………はい」


 だから、リアラはそう答えて。

 この日。二人の、理不尽に抗う者達チートスレイヤーズが生まれた。


 これは、異世界転生チートが怒涛の様に全てを覆い押し流そうとしていた時代に、それに逆襲を行う者達の物語である。

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