・断章第二.五話「よくわかる?混珠言語」

・断章第二.五話「よくわかる? 混珠こんじゅ言語」



〔本話は、「よくわか……らない混珠こんじゅ言語」の補足で、「あの時ルルヤ達は何を言っていたのか?」についてルルヤ達の発言を日本語に変換しています。そして逆に、リアラの言葉=日本語での発言は、混珠こんじゅ語話者が意味を取れない部分については、ルルヤ達が意味が分からなかったという事を×字で表現しています。但し、リアラの内言はそのままにしてあります。尚、現代》混珠こんじゅ語と日本語は語順が違いますが、日本語に翻訳された時に当然語順も変化しているのでご注意下さい。〕



 ……


 …………


 ………………その後、数十分から数時間の後。


「……××、××××××××××……×××××××××××××……××××××××……×……」


 気絶前のインパクトを思わず譫言し、(……もしかして〈する造〉とか〈しないだ郎〉みたいな姿の魔族転生者もいるんだろうか……もし居たら、出来れば、戦う相手ではあってほしくないな……)と、夢と内言の中間を思うともなく抱いて。


「っ!」


 意識を取り戻し、リアラはがばと身を起こした。ベッドの上。窓の外に見える風景からして、ガインバ爵国。気絶して、治療されたのか。気絶前の状況からして、戦闘は終わったのだろう。敵の別動隊が行方不明になったのはどうなったのだろうか。そこまでリアラはすぐに把握し、自分を心配そうに見守っていたルルヤを見て。


「リアラ、良かった、目を覚ましたか。意味の分からない譫言を言っていて心配したぞ」

「……××、×、ルルヤ××、×××××、×××……」

「リアラ、リアラ!? 譫言が治ってないぞ」


 直後……リアラとルルヤの顔から血の気が引いた。


「まさか」

「×××」

「誰か来てくれ、リアラが大変だ!」

「……××××……×××××××××……!?」


 リアラは未経験の窮地に立たされる事となった。さながら『混乱バベル』の祟りの如く。


「まさか、こんな事が」

「アイツの自爆のせい?」

「ルルヤ、欲能チートは防げていたんじゃ?」

「そのはずだ。なのに。何で」

「ユカハ、フェリアーラ、どう思う? 魔族としての能力か?」

「確かに魔族は千差万別、固有の能力を持つ」

「竜術ならそれとて防げるのではないのか?」

「そのはずだ。なのに。何で」


 負傷者の治療をしていたと思しい騎士団と傭兵団の皆の内手空きの者が集まって、リアラのベッドサイドで混乱の態で騒がしく相談していた。……その中に囲まれながら、リアラは心底心細かった。言っている事が、分からない。誰の言う事も。


「×××××……×××××……×××××、××、××××××……」


 思わずリアラは呟くが、それを聞いた皆は、やはり悲しげな表情を浮かべるが答える事はできない。通じないのだ。


(……考えろ。考えるんだ)


 これは》玩想郷チートピア相手とはいえ殺生を重ねた報いか、という思いに囚われそうになるのを押さえ込む。……事前の調査によれば、『混乱バベル』もその力を悪用し軍団の尖兵として破壊工作を行い、人々から言葉を奪い、混乱と恐怖の中で殺してきた存在だ。

 考えなければ。……ルルヤさんが、さっきから、同じ言葉を繰り返し、とても、混乱して……怯えたように辛そうだ。このままだったらどうしようと思う、けど。


「ルルヤ」

「っ、リアラっ!」


 名を、呼んだ。名を、呼び返してくれた。……強く思った結果、分かったことが一つある。先ほどからのやりとり、固有名詞は少なくとも聞き取れている。つまりこれは、混珠こんじゅ語の音はそのままに聞き取れているという事だ。


「ミレミ」

「あ、うん!」

「フェリアーラ、ユカハ」

「そうか! 名前は! わかるんだな!」「じゃあ つまり……」


 ユカハも同じ考えに達したらしくうなずき、それをルルヤに向き直り説明する。少し、ルルヤさんの表情が明るくなったと見てとって、リアラは力付けられた。


「……だとすりゃ、ある意味俺の名前が鍵か」


 名無ナナシが、顔を近づけてきて名にかいっていた。その言葉はわからなかったが、その意味は何となくわかった。名無ナナシの名前は、名前だけど固有名詞ではない。……名無ナナシならそれに気づくだろうと思った。


「名無之権兵衛、傭兵、娼婦之子」

「×××××××× ×××× ××××××」


 リアラが言うと、名無ナナシも言う。分かったか? というような名無ナナシの視線に、リアラはこくりとうなずいた。この音が、混珠こんじゅ語でいう、名無之権兵衛、傭兵、娼婦之子、という意味の単語、なのだろう。……ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチという聞こえる音と書く時の漢字の表記どっちに対応しているのか、というのも……今の名無ナナシの名乗りの区切りの数で分かった。区切りの数は三つ、四つじゃない。前者だ。


「……×××。×××。×××××、×」


 リアラはそう言って微笑んだ。大丈夫ではない。何を頑張ればいいのかもまだわからない。けれども。少しでも皆を安心させたくて。言葉の意味が伝わらないだろうけれど……ありがとうといいたくて、少しでも。


「リアラ」「リアラちゃん」「リアラ」「リアラさん」


 それに、皆もその心に感じ入った表情になって、健気なと思う様子のフェリアーラ、頑張って何とかしないとという様子のユカハ、良かったと思うリアラだったが。全くお前って女? は大した奴だよ、というようの名無ナナシの表情の中に、無理しやがってと言う様な察しと、その上でそれに乗って、何とかしてやるから無理すんなよ、と言う様な見破った理解の強さがあるのが、恥ずかしさと心強さが入り交じるようで、また逆にそれでも只管心配そうなおろおろが抜けないルルヤさんが、かわいいと思うと同時にすまなくて心配だった。


「やるだけやってみよう。かけれるだけの回復魔法をかけるんだ。どれか効くかも。それと調査魔法に長けている人も呼ぶんだ。少しでも状態を調べる」


 名無ナナシが皆に何か語り始めた。それにユカハもうなずく。少しほっとして、だが間に合わない、足りないという風に、皆がやがやと話し合う。恐らく、と、推理する。つまりこれは最悪でも、一から混珠こんじゅ語を学び直せば何とかなるという事だ。皆が話しているのは、それは確かに希望だが……要するに玩想郷チートピアとの戦いにおいて、とてもではないがそれを待ってはいられないという事だろう。


(僕もそう思う)


 だから、何とかしなければ。……思い立ってリアラは【真竜シュムシュの宝玉】にアクセスした。アクセスが出来るか、アクセスして過去の文書は読めるか、自分の書いた文書は読めるか、それを確認すれば、より情報が絞り込める。


 後はそれと、それを伝える手段だ。【宝玉】にアクセスできれば、かつて読んだ文献を見る事が出来る。その中には自分で入力したソティアさんの研究資料もあれば、読んで内容を暗記した真竜シュムシュに関する古い記録もある。……ルルヤさんや昔の真竜シュムシュ教徒が使う古語が現代混珠こんじゅ語とどれくらい違うかわからないが……少なくともルルヤさんとの最初の二人きりのやりとりは古語で、今ルルヤさんは現代語で皆と会話してると思うけど……ともかく、幾度かの伝言を交えれば、幾つかの単語は理解できるようになる筈。現状の理解と対策の確立に……皆も動いてくれている以上、僕に出来るのは少しでも情報を伝える事。その為の、一助にもなる、と。


 【宝玉】の閲覧利益を開く。


 【入手物・39】。今見る表示は【〒■●▼★∴■●∵★▽★・#^】。


(前に謎解の時に知ったけど、混珠こんじゅ文字は母音と子音を別々に記載し組み合わせ表現する形だった筈……数字は地球のアラビア数字と同じ様な記載で……ううん、複雑だなあ……。ああ、そうだ。確か言語に関するソティアさんの研究があった。精霊降臨以前やそれに近い頃の言語の資料、その頃は今と違いもっと言語が多く……そうだ、「今の、目的語・動詞・主語という語順と違っているものも多かったんですよ。色々の当時の言葉が入り混じった結果、実際には今の言葉もそこまで整然としていませんけど」って……言ってた。日本語とも英語とも全然違う事を……)



 それから数日の間、実に様々な検査調査が行われた。また、少しづつ、かつ断片的ながら、リアラにも混珠こんじゅ語単語の意味を掴み……交代で回復魔法や調査魔法をかけ続けている面子とは別の面々に平行して見よう見まねで混珠こんじゅ文字を書き反応で正誤を確かめ……分かった情報が何とか共有された。まず、状態異常を回復する魔法では治療ができなかった事、【宝玉】へのアクセスが可能である事から竜術は今機能している事、件の自爆は魔術と欲能チートの偶発的な混合である事、それがなぜ効果を及ぼしたのかについては一瞬だけ【鱗棘】の効果が弱まったのではないかという事、本来なら【血潮】の効果でとっくに直っている筈の事……その理由が、本来なら分からない事。


「リアラ、今こういう事が分かった」


「リアラ、ごめん、まだ、治せない」


「リアラ、ごめん。私がもっとしっかりしていれば、こんな事には」


「私がもっと頭が良ければ皆を手伝えたのに」


 その間ルルヤはずっとリアラの側に居て……終始悲しげに詫び続けていた。戦場での猛々しさと正反対の、戦いよりも別の事に心を砕いている時の彼女は、こんなにも繊細なのかと思わせる表情で。


「××××、××××。ルルヤ×××、××××××××××××、××、××。……あー、×××……ルルヤ、卑下、するな、下さい、好きしないでくださいと言いたかった


 思わず日本語で言った後、苦労して何とか》混珠こんじゅ語を捻りだそうとし……それに対し憂い顔が吹っ飛ぶような驚きと乙女としての喜び混じりの恥じらいの表情をルルヤは浮かべ……自嘲卑下を退治する事には成功したが、何か発言に間違いというか誤訳があったようだ、と、リアラも赤面し周知する羽目になり。


「ったくほら、リアラが恥かいた。あんまし自虐するなよ。お暑いね、ひゅーひゅー」


 過ぎた自虐はよくないぜと同じくルルヤを諭していた》名無ナナシが、そんな二人を口笛を吹きながらからかい、三人とも三者三様に苦笑した。



「あの、報告があります」


「……豚鬼オークが? 聞かせて。どういう事?」


 それが大きく変化し、状況が解決したのは……魔族軍別動隊の壊滅を調査していた調査隊からの報告に始まる。


〔……後は、皆様のご存知の通りの物語である。〕

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