・断章第三話「混珠英雄伝説」
・断章第三話「
バニパティア書学国は、辺境諸国の中においても突出して奇妙な都市国家だ。都市一つが丸ごと巨大な有料図書館兼学校となっていて、国ぐるみ図書の賃貸・閲覧料と学費で食っている。
その蔵書量は
尤も、バニパティア国民の大半を閉める司書教授や閲覧学生達は物理的以前に精神的にバニパティアにどっぷりと嵌りこんだ本の虫達であり、明けても暮れても読書と研究に耽りそもそも外に出る等考えもしない。出生率は低いのだが、膨大な知識に魅せられちょっと閲覧するつもりだったのがついつい長居した挙げ句が居ついてしまう、司書教授曰く〈適性者〉がちょくちょく外部から流入するために、人口は保たれているのが恐ろしいやら面白いやら。
ちなみにそれでは人口の残りの部分は何なのかというと、閲覧・貸出料や学費を管理しその金で食料等を購入する事務方や学生食堂を運営する料理人や建屋を修理増築する大工や中で迷った人間を救助したりある事情から発生する魔物等を掃討する冒険者や掃除洗濯係や……要するに読み書き学問をし教える以外の事すべての担当者達である。司書教授や閲覧学生は本当に読書・学問・教育以外の事を行おうとしないので、自然雇われてそれらを行う人間が社会階級となる程の数は必要になるのだ。
そんな放漫というか道楽じみた生き方を司書教授や閲覧学生ができるのは、
それこそ童話から魔法書まである書学国だが、そのどの分野においても、必ず熱心にその良さを深く理解し愛し誇りとする者達がいる。故に彼らは、時に複製本を馬車に積んで各地に出張してはその地域や物語を愛をもって広め、特に僅かばかりの野菜を代金代わりに持って現れた文盲の農民に対してすら……尤も村々の小神殿が学校を兼ねる
故にこそ司書教授や閲覧学生は賢者と尊重され、王や貴族や豪商の類は寄進を行う事がステータスとなっている。故にこそこの知識の園の運営は成り立つ。
この地が害される危険性については、成る程、兵火に晒す事による人類文明への喪失の大きさを思えばまともならば躊躇うとはいえ、余程の悪王や魔王ならば、独占を目論んだり人類文明破却の為に襲う事を考える者もいるかもしれない。
だが前者とて、書架に納められた魔獣霊獣錬獣問わぬ〈封印するしか対処法が無かった、死すとも死せぬものども〉を、一つの物語という一つの世界の中に閉じ込める究極魔法の一つである《異界語》によって封じ込めた書を万が一に傷つければ自分に滅びが齎される事実には躊躇せざるを得ぬし……何しろ図書館の中に魔物が沸く原因がこれである事からもわかる通り封じられて尚危険な物もあるのだ……、それすら無視する存在相手でも、
そんな知識の殿堂には、様々な者が訪れる。学者にしてからこの地で知恵を極めんとする者もいれば実地応用の為の知識を求めて来る者あり、知恵ではなく物語を求める者にしても純粋に楽しみを求める者もいれば日々の吟遊や演劇の種を求める者もあり、経典を求める聖職者もいれば、統治上の難問の回答を求める王も、魔法の研究を行う魔法使いも来る。そしてその派生として、書学国に就職する者とは別に日々の冒険に活用する魔法を新たに求める冒険者もいて。
……その更なる派生として、
「お久しぶりです、ロド・ペザパ司書教授」
リアラが声をかけたのは、若い司書教授の一人だ。若いと言っても30代中半から30代後半くらいか、ひょろりとした長身に延び放題の黒髪、大きく厚い眼鏡〔
「……ああ、久しぶりだな、パロン君」
眼鏡と頭巾とヴェールの奥の、眉の太いが存外大人しげで獣人ではないが長毛種の物静かな犬のような印象を与える彼は、少しの沈黙の後リアラを名字で呼ぶと。
「……辛い変化を経験したようだね。だけど、君だけでも無事で良かった。授けあった知識は、今も君の中にある。そして、昔も今も、私はこう言おう。本日はどのような知識をお求めかな?」
「……白魔術の知識と現代情報を。閲覧量、筆写料には、僕達の持つ知識を」
かつて、ソティア、ハウラと共に行動していた時の利用から、馴染みの付き合いの司書教授だ。リアラはその時からだいぶ変わった。服装は野伏風の姿から短い外套を羽織った姿になり、同行者も別人となった。しかし、 ロドがそれ以上の情報を知っている風なのは理由がある。リアラが料金として知識を支払うと言った事が答えだ。
即ち、代価は金銭や物納だけではない。新しい知識・情報も又ここでは代価として扱われるのだ。未知の書は筆写され、情報は要約されて現代世相を学ぶための文献となる。そうやって蓄積された情報が、新たな情報と収益を生む事で、この地を維持する糧になる。故に、この地は吟遊詩人のネットワークと並ぶ情報源でもある。
「……その知識が、パロン君を幸せにするなら」
「多くの人を助けることが、僕の心を癒してくれますから」
司書教授や閲覧学生たちは、
そして、白魔術に関する書籍を納めた書架の傍らの机にて。
図書館の記憶は、いつも、静かで幸せな時間と別離に繋がっている。リアラはそう思いながら、魔法書のページを繰り、新たな白魔術の会得に勤めた。白魔術の会得に置いては、己の今の知識と精神力をもってどの程度まで魔を制御できるか、その客観的な分析と、それによって行使できる魔術に関する知識の取得等、様々なついか学習が必要だ。戦い続け、勝ち続けるために、無論主力の武器は竜術だが、白魔術も上手く使える事は大きなメリットがある。故に、こうして訪れたわけだが。
胸をよぎる、地球での記憶。
(……厭…・嫌だ、そんな事は……)
ふと。そんな甦る記憶が、恐ろしい不吉の予感を抱かせた。地球の図書館の九億も、
リアラは咄嗟に傍らのルルヤを見て。
「ちょっ? ルルヤさん、ルルヤさんちょっと……」
……傍らでリアラがめくるページを覗きこんでいたルルヤがすやすやと居眠りしているのに気づいて、思わず大声を出しかけて危うく小声に留め。
「居眠りは、禁止だっ、警告っ」
「ふぁっ」
くわっと目を向いたロド教授からも周囲の迷惑にならない程度の強い注意が飛び、ルルヤは慌てて飛び起きた……ちなみに居眠り禁止なのは、本を落としたり本の上に突っ伏したりして汚す可能性があるからで、飲食物の持ち込み等、本の毀損に繋がる行為は厳しく規制され、本を毀損した者にはよく切れる新品の紙で指先を悉く〈しゅっ〉とされて出入り禁止期間をもうけられる等の微妙に嫌な刑罰が課される事すらある。今回のルルハは警告で済んだ訳だが。
「し、仕方ないだろ、現代語は苦手なんだ、白魔術の知識もないしな? 前の戦闘の疲れが残ってたし……」
「馬鹿じゃないアピールをする位なら寝るんじゃない、全く。というか、今回こちらが受けとる知識には君からのウルカディクに関する知識も含まれているんだ。私は古語だって全然いけるのだから、記述を進めてくれたまえ。
寝ぼけ目のルルヤに、ずいずい! と、ロドはノートを押し付ける。その様子はルルヤにとっては初見の繊細で若いが老成した賢人という印象を大いに覆すもので、経典を覚えきれずに武術の鍛練に走った子供時代を思い出してか、彼女としては珍しい事に目を白黒させ狼狽し呻く。
「うぐっ。確かに故郷でも口伝の暗記は得意では無かったというかだが……存外厳しいし熱い人なのだな……」
「こちらが私の素だ」
先ほどの穏やかな言動はリアラを気遣った結果だ、と、すぱんと言い切るロド。
「ええ、そうです。そうなんですよ」
そう懐かしげにリアラは言い、ルルヤは苦笑した。そしてリアラも笑いながら、不安に突き刺された胸が暖かく癒えていくのを感じていた。……こんなずっこけた記憶は、過去の繰り返しのなかにはなかった。これなら、二度あることは三度ある、ではなく、三度目の正直になるだろう、と。
「しかしそれはそれとして、私は白魔術は使えないからな。なにか他に参考になりそうなものはあるか?」
「あるに決まっているだろうっ」
くわ! と再びロドは目を剥いた。
「本当かっ?」「書学国を
竜術と【
「まずはこれだっ」
「これは……〈
戻ってきたロドが抱えていたのは、そう銘打たれた数巻の書物であった。
「原典完全版、とありますね」
白魔術の勉強から視線を上げたリアラがタイトルを見る。〈
「その通り。世間に出回っている物はその土地で人気のある英雄だけを選り出し次席を話仕立てにしたものの抄略だが、これは違う。全土の英雄を網羅し、かつ、それが後世に必要とされる時の為に、その思想、その武装、武技、魔法、戦略戦術、戦いの内容やその中での戦法等が詳細に記載されている。いわば英雄の戦い方の経験と実例とノウハウの集合体だ」
「なるほど……」
それならば、確かに直接新しい魔法を取得する程劇的ではないが基礎力を伸ばす助けになるだろう、と納得しかけるルルヤに、それだけではないぞ、とロドは続けた。
「実際
「ああ、それは助かる」
フェリアーラとの戦いが示すように、戦闘に天性の才を持つルルヤだが、そうであっても、またそうだからこそ、経験と知識はその力を増すのに大いに有用だ。そして竜術の応用という点では、地面に張り巡らせて加速突撃する『
「これでも本来は、此方の教授する量が足りていない位なのだ。
「はい、気を付けます」
ともあれルルヤは自らの知識を記す傍ら
そこから得た様々な知識や応用例は今後ルルヤの力をますます高めていく事になるのだが、その詳細についてはまた別の物語の、今後の戦闘に反映される事になるだろうし、細々としたテクニックは枚挙に暇がない。
故にこの後に記されるは、代表的な英雄たちについての、ルルヤが実際に読んだ細々とした部分を排した抜粋である。
〈最初の騎士〉
ナナ・リル・シュムシュ・アマト
争いを止めようとする祈りの意識をその身に宿し、
アトル・マテラ・ロガーナン・アマト
精霊を宿し
リニー・シュム・シュズ
最初の
ギナガ・シュム・ヤクミサ
男性の
リアン・ナウハーテ・ヨーヒテ&エルケス・ケルマ・テュルダー
エストラト・クロゴンド
〈初代勇者〉。正確には勇者と言うのは特質であり職業でも地位でも血統でもないが、一般的に〈
〈伝説の冒険者達〉
〈初代勇者〉による初代魔王の討伐後、魔族魔物の残党が未だに跋扈する荒れ果てた領域を開拓する過程で開拓者の護衛や開拓村の守護や危険地帯の解明や魔族の討伐等を疲弊した国家にかわって請け負った
エティエンヌ・ソアフ・パロン
〈三代目勇者〉にして〈二代目勇者〉の従者、身元なき孤児のエティ。金髪碧眼の儚げな少年。こことは違う世界から来たと語った、明確に確認される限り最古の転生者。ただそれ以前にも転生者がいて、名を上げなかった、自分が転生した事に気づかず異国に漂着したと思っていた、人間の歴史と交流せぬ魔族などに転生していた、正体を隠していた等の理由で知られていなかった可能性はある。というか、リアラの目線からすれば、〈太陽と月に背きし〉フラティウス、〈聖剣砕き〉ルキウス・カストゥス等、この人は転生者だったのではないかと思える地球風の名前を持つ物がこれ以前にも存在している。ともあれこのエティは、一瞬だけ勇者だった人物、とも言われる。当時、神々を信じる事の出来ない悲観的な性格で事実一切の魔法を使用できない体質だったが、〈二代目勇者〉の従者として勇者の仲間達と共に過ごすことで徐々に明るくなっていき、二代目魔王との戦いで〈
スヴァリア・ツキイム
〈四代目勇者〉。最優の勇者とも呼ばれる。初代勇者を思わせる黒髪黒目だが初代勇者と違い優しげな少年。過去の勇者達に劣らぬ勇気を持っていたが、それ以上に優しく理想主義者であり、 その優しさゆえに仲間を得、その甘さゆえに敵を得、優しさを捨てぬ強さによって敵をも味方とした。三代目魔王との魔神戦争を思わせる地形が変わるほどの激闘の末、三代目魔王と和解。戦いの結果力を落とした三代目魔王から離反した魔族を除いて、という限定的な結果ではあったが、魔王に従った魔王軍の大半を草海島に住まわせ外部侵略を行わせない和議を結ぶことに成功した。戦後、消耗した三代目魔王が死ぬまでの間、夫婦として過ごした。
ドンワーダ・ン・ラスノリア
それ以外にもまだまだいるが……
「「…………♪」」
二人、他にも参考になりそうな文献を運んでは積むロドの動きを背景に、並んで座り、本を読む。静かで、穏やかな一時。そんな二人が、この伝説にリアラやルルヤの名を刻む事ができるかどうかは。その時まで
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