・断章第十二話「ルルヤ・マーナ・シュム・アマトの憂鬱」
・断章第十二話「ルルヤ・マーナ・シュム・アマトの憂鬱」
真竜信徒の隠れ里たるウルカディク山で生まれた。何とも明るい土地でにこにこと暮らしていた事をよく記憶している。
私はそこでつい
(ん? はて、私は何でこんな事を考えているんだ? というか、私は今何をしているんだ? ……気がついたら何やら川を遡上している。おや、船や橋を踏んでしまっている。え、ちょっと待て。橋を踏み潰した? 私今どれ位の大きさなんだ?)
……リアラとは似て非なる金褐色の髪と、リアラとは全然違う勝ち気そうで生意気そうな容姿の、私と同じ鎧を纏う少女が、私をどこからか見ている気配を感じた。……ああ、そうか。■■■、■■■■■■■■■■■■■■。何でこうなったのかと言うと……
「えっ、タカマに?」
『
「はい。タカマ連村国よりの報告ですが……鰭の代わりに剣の生えた、その剣を爪のように使って浅瀬を這い進む肺魚の様な極めて珍妙な姿をした
報告を行うのは目を瞑った白いローブを纏う白髪の少女、『
「……攻撃ではない、な」
「ええ。死傷者は0。幾つかの橋と小舟が潰されただけ。そもそも〈
『
ちなみにその手元に、タマカからの報告書はない。これは『
事件そのものを予知すればいいのではと思うかもしれないが、『
また、竜術による防御の影響か、真竜関連に関しては予知の精度が落ちるという事も確認されている為、今回の様に周辺の予知に留める事も多い。
「……竜と化す竜術があるという情報もあったな」
「はい。恐らくは〈
そう呟いた時には既に『
「『
「はい」
退出する『
「全く。まだ暫く時間がかかりそうだな」
予言された何かを待っているような口調で。
「いやあ、今日は酷い目にあったな……」
その日の夜、這う這うの体でナアロ王国を離脱し、疲れ果てて休むルルヤ・マーナ・シュム・アマトは、一日を振り返り嘆息した。
苦手とする一つは、【
そして、ルルヤが使えない、リアラも会得していない二つが、巨大な竜の姿に変じる竜術の象徴【
真竜の歴史を記録する【
真竜の祖たるナナ・マーナ・シュム・アマトが使った【
「脱出、上手くいって良かったです。これでこの間のお礼ができましたね」
【巨躯】失敗時に脱げ散らかったルルヤのビキニアーマーの回収、撤退時の《作音》の応用と【
「ああ、ありがとう」
その、リアラが言ったこの間のお礼とは、リアラも少し前、新しく取得した魔法を使った専誓詠吟を編み出そうとして失敗し、物凄い高速で暴走飛行した挙げ句、宙海の間を漂う世界の欠片が落下する稀な現象である隕石落下並の轟音を立ててクレーターを作ったのだが、その時にルルヤが重力を司る【
……戦場で華々しく必殺技や逆転の切り札として炸裂する様々な魔法だが、最初からかっこよく使いこなせる訳でもなく、日々のこういった白鳥が水面下で足をばたつかせるが如き失敗の積み重ねの上にある。
ちなみにリアラは何をしようとして失敗したのかというと、バニパレィア書学国で学んだ
「空気抵抗を【鱗棘】で堪えられるから、それこそ実際に光速に至るなんて事はない
……その結果。
「せ、成功しそうになったのが大失敗だった……そ、相対性理論……」
空気抵抗は確かに【鱗棘】で大半何とかなるのだが、うっかりフラグを立てて本当に光速に近い速度が出そうになって、まあ、どえらい事になったのだ。
(相対性理論って何だ?)
とルルヤは思ったが、それは兎も角として。
……暫くの後、ルルヤの腕の中でリアラはすうすうと寝息を立て始めた。
だが、酷く疲労したにも関わらず、どうにもルルヤは寝付けずにいた。肉体的疲労よりも、精神的な要素が上回った為だ。あれこれと、思いが乱れていた。
(私は)
そう思いかけて、ルルヤは思い直した。
(リアラは)
腕の中で寝息を立てる、夕日色の髪の少女を見て、物思う。
(私の事を、とても……とても慕ってくれているように思う)
私の助けになれたと思うと、とても喜ぶ。いつも、面映ゆい程に私の事を憧れの視線で見ている。
(それは、とても嬉しい)
私にとっても、リアラは大事な存在だ。こうして、魔竜が財宝の上に寝転ぶ様に、抱いて眠る程に。リアラは私の財宝だ。広い天地にただ一人になってしまった私にとって、たった一人の、一番大事な人。
(けれど、私はそれに値する存在だろうか)
確かに、私はリアラを殺そうとしていた敵を討った。リアラと同じ敵を仇として共に戦い、その戦場において数数の敵を討った。
だけど、それは自分の復讐をしただけだ。ある意味では当然の事ではないのか。
(私そのものは、リアラの目に映る程大した存在だろうか?)
この子の憧れに、私は応えきれているのだろうか。そういう不安がどうしても沸く。
私は女神でも何でもない。唯の、17歳の小娘だ。怒り猛り、軍隊や怪物の群れを退けたと言えども。
そもそも戦いなんて、武術の鍛練こそそれしか取り柄がないから熱心に励んでいたとはいえ、実戦経験自体は里が滅んだ日から、こうして外に出てからが初めてで、実際そのせいでピンチになった事もあるし、今日も竜術が上手くいかなかったし……
(……あれ? 実際、二年間冒険者をしていたリアラの方が、実戦経験は実は私より豊富なんじゃないだろうか?)
……今そこらへんについて考えていたらふと改めてそんな事実に気づき……
(
ひっそりとルルヤは赤面し恥ずかしがった。古語の口調もあいまっていかにも歴戦の戦士風、タフな復讐者の風格を感じさせる存在であったルルヤだが、実際、そうなのだ。勿論戦士としての才覚・センスにおいては実際二人が訓練において手合わせすればこの
思わず頭を抱えて羞恥心で転げ回りそうになったルルヤだが、自重した。この体勢でそれをやればリアラが起きて更に恥ずかしい事になる。
(はあ……私は、本当に)
少し落ち込んだルルヤの思考は、もう少しマイナスの方向に転がっていく。
(そもそも私は復讐者で……今も私の心の底は、恨みと辛さと憎しみがぐつぐつと煮詰まっている)
隠れ里が滅んだ日の記憶がフラッシュバックする。大量の錬術兵や表情を持たぬコピー人間の包囲網、燃える山林と里、次々と響き渡る里の皆の悲鳴、積み重なる死体。
必死に走り、逃げ隠れ、真竜祖ナナを祀った祠に隠れ、皆の死を見て、心が憎悪で焦げ付いて枷が外れ、■■■■■■■■■、それによりそれまで使った事の無かった戦闘的な竜術を使えるような強い攻撃的な感情・憎悪に目覚め、そして祠にまつられていた、真竜祖ナナが自らの竜としての姿の鱗から作ったという【
(っ……また)
時折己の心中に蠢く、正体不明の黒い何か。自分の憎悪のような、そうでない何かのような、一瞬心が真っ黒な感情に染まり我を忘れる一瞬。
ルルヤはそれを、
リアラには隠しているが、ルルヤは内心それを恐れていた。
(そんな私が、真竜信徒の宗家として、教義の下にリアラを教え導いている。いいんだろうか。私にそんな資格があるんだろうか。それは、それほど頭の良くない自分なりに一生懸命考えた事でもあるけど、里が滅んだショックや、その時に怒り狂い暴れまわっていた所をリアラに制止された経験から、後になって口伝の教義の意味に気づいた事だってある位だし……まして私は……)
悩むルルヤ。不安が悩みを増幅する。精霊や世界が暴を為したのならばそれを糾す、神を律する神話を持つとはいえその後確立された教義としては統合を象徴する真竜の信徒が、いかな凶悪を相手取ってとはいえ、その害から世界を守る正義があるとはいえ、世に希望を齎す為の手段として正義を掲げ、それを口実に復讐に猛り狂う私は本当に真竜の信徒として正しいのか。いつまでこうしていられるのか。だが。
「ん……ルルヤ、さん……」
(リアラ? )
起こしてしまったのか? と、一瞬ルルヤは思ったが違った。寝言だ。だが、普段の健気とも、戦時の必死とも、生死の際での一種独特の覚悟とも違う、子供の表情で眠りながら呟き抱き付き返す寝顔を見て。
(……リアラ、お前は)
ルルヤの思いの方向性が変わった。
(お前は何故初めて出会った
その日貰った勇気が、今もまたルルヤの心に力をもたらす。
(リアラ。お前の事を私はもっと守りたい。もっと知りたい。もっと好きになりたい。お前の優しさも強さも、時々見せる美しさや正しさや優しさや理想のためなら容易く如何なる苦痛も乗り越え死をも覚悟する程の危うさも、私とはまた違う強い怒りや闇も。私は女神になんてなれないが、私は弱く駄目な部分を持っているが、だからこそ、お前の全て、良い面にも危うい面にも寄り添って、認め、許し、癒せれば。復讐と同じ位、それは私の強い願いだ)
それ以外にも様々あるが、例えば、『
そして誓う。その為にも、生きると。負けないと。敵に対しても、自分の闇や不安や憎悪に対しても。
(……強さ以外大した取り柄の無い私だが、その強さで、お前の為になる。その為にも、負けない。敵にも、私自身の闇や弱さにも)
だが、その誓いは不完全だ。それは、ルルヤ自身も知っている。
(……お前が、私と共にある限り……でも……)
リアラを守るという誓いだから。もし、リアラが死んでしまったら、この心は破れてしまう。
自分には強さ以外大した取り柄が無いと思っているから、もしその強さでリアラを守れなかったら、敵に勝てなかったら……
それでも。
(……りあ、ら……)
すう、すうと、リアラの寝息が、それでもルルヤの心を癒し、徐々に眠りに誘っていった。それは丁度、ただ守られるだけではない、守りあえばきっとルルヤはリアラを守れると言う様に。その腕の中で少女が眠る事実が、ルルヤは強さだけの存在ではないと示す様に。
(…………)
あるいはこんな悩みと絆の交錯する夜も、
だから、今夜もルルヤは静かに眠り。何時か、窮地に陥る事があろうとも。そんな二人の絆は、きっとこれより先の物語において二人の力になるだろう。
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