・断章第十三話「リアラ・ソアフ・シュム・パロンの研究ノート」

・断章第十三話「リアラ・ソアフ・シュム・パロンの研究ノート」



 この文章こんかいのはなしは〈不在の月ちきゅう〉からの転生者である前世名神永かみなが 正透まさとにしてソティア・パフィアフュとハウラ・キカームの弟子たる旧名リアラ・ソアフ・パロン、即ち今は真竜宗家ルルヤ・マーナ・シュム・アマトに真竜信徒として認められ名を改めたリアラ・ソアフ・シュム・パロンである僕の、受け継いだ諸々の知識、個人的に考え調べていた混珠こんじゅ世界に関する覚え書き、そして新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアについての調査結果の備忘録の幾つかある内の一部です。竜術【真竜シュムシュの宝珠】の記憶領域に記載しています。


 必要なら白魔術により護符に記録し、他者に貸し与え見せる事も考えているけど、現状整理しきれていないし、まだ結論を出してない部分に関する未記載、不明な部分、走り書きがあるので、注意。後日時間がある時にもう少し整理する事。



・魔法について


 混珠こんじゅは魔法文明の世界だ。日常生活に用いる為の魔法がたくさんある。まあ、コンピューターゲームじゃないんだから、戦闘に使う魔法だけしかない方が逆に不自然か。だから一見して中世で文明が停滞しているように見えて、実質的には何年も生活しても快適さにおいて現代地球に劣るという事は無いと感じる程文明はしっかり発展している。あくまで、発展の方向が別なだけなんだ。


 地球に居た頃読んだり見たりしたファンタジーのライトノベルやアニメで、中世風の世界観なのに衣服の縫製とか町の清潔さとかは綺麗なのも納得だ。きっとあれらの物語世界でも、舞台裏ではそういう日常魔法が活用されていたんだろう。

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 わりとどうでもいい事だけど、改めて念の為メモ。

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 いや、日常魔法でも、ちょっと戦闘への応用性がありそうなのを見つけた。これ上手く使えないだろうか。

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 ダメだった。どうも僕より前に混珠でもうこの手を考えた人が居たらしくて、対策はされているらしい。残念。


 専誓刻名や専誓詠唱が存在するように、この世界の魔法はかなり応用性がある。これからももっともっと手札を増やしていかないと。


 それは欲能チートも同じだ。昨日まで追跡していた『崩塔バクハツオチ欲能チート』なんて名前通りのえらく限定的な欲能チートだったけど、それを戦闘にも撤退にも奇襲にも応用する恐るべき相手だった。それにしても〈七大罪〉だけじゃなく〈タロット〉なんて欲能行使者チーター集団まであるんだから面倒なものだ。


 これで僕達が倒した描写の外で戦ったのは『女教カルト』、『女帝サークル』、『皇帝ドミネート』、『教皇カリスマ』、『死神ヒッサツ』、『運命ルート』、『吊男マイナス』、『隠者ハイド』、『節制デフレ』、『審判ハンテイガチ』に『崩塔バクハツオチ』を加えて、カイシャリアⅦで戦った『恋愛ハーレム』もこれに含まれるらしくてそれも入れて大体半分という所だけど。


 追記。流石に光推進高速飛行は無茶。

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 ううん、あともう少しで、これ、何か別の手で使えるようになりそうな気がするんだけど、どうも引っ掛かっていいアイディアが出てこない。何だろう、それと同じ様な事をもう見るかやるかしたような気がするんだけど……


 専誓詠吟開発の現状に関するメモ。

 バリアー=成功

 ホーミングビーム=成功

 超高速突撃=×失敗

 超強力拘束=研究中、【真竜シュムシュの骨幹】を元にするか、【真竜シュムシュの息吹】か←両方?

 複合毒呪による超強力強力バッドステータス攻撃=練習中。

 次の大規模な戦闘になる前に上二つは完成させたい。


 竜術護符の製造、魔法で複製していくと複製の度にどんどん効果が薄れていくみたいで、主に効果時間の低下が発生するようだ。【矢威鎧】が作られなくなった理由はこれか。ユカハさんに、貸倉庫制度を使ってこれからも定期的に護符を送らないと。

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 敵が補給ルートを狙ってきた時の事を考えておく事。



・信仰について


 信仰が法術を担保し、法術を使えるものが信仰を裏切った場合法術が使用不能になる事でそれが明白になる。法術の存在が神の実在を保証し、神の実在が天国と来世を保証する為、混珠世界は地球より信仰の腐敗の発生が少なく、また善性が強い。


 混珠こんじゅの死後は、天国と輪廻が併存し、良い事をして天国に行きたい魂は天国へ、良い事をしたけどまた生きたい魂、やり直したい事がある魂、修行の足りない魂は輪廻へ、悪事をなした魂は魔や獣等の悪い輪廻へ、悪い事をしすぎた魂は地獄へいく、とされている。また、輪廻した魂は輪廻前の記憶を持たずに生まれてくるが、その果てに天国に至る魂は死後全ての輪廻の記憶を取り戻すとされている。


 ……僕達転生者についてそれがどうなるかというと、少なくとも玩想郷から奪った資料においては、彼らの認識では〈再転生は発生しない、自我を維持できるのは今生だけ〉とされている。


 転生者についてこれ以上は別項で。


 少なくともここから言える事は、敵が欲能以外に魔法を使う場合、法術はまず使われないだろうという事。法術を前提とする白魔術も同じ。つまり、魔術、隠秘術、錬術のどれかに使用は限定される。これらに集中して対策を用意しよう。


 混珠こんじゅの信仰と善性の強さは、良い点もあれば悪い点もある。良い点はあれほど洗脳を強く意図したカイシャリア第七学園でミシーヤさんたちが最初はともあれ皆立ち上がってくれたように、玩想郷の支配に対しても良心を維持できる人が多い事。


 悪い点としては、悪意に脆い事。そして……善に殉じてしまう事。同じ場所で戦っていたら、僕が死ぬ事になったら、きっとルルヤさんは僕を庇って死んでしまう。他の皆もそうだ。この世界には回復魔法があるから戦局が決定的に敗北に傾かない限り死者の数は随分と少ないが……カイシャリアⅦの戦いだって、僕たちに呼応して蜂起した皆のなかには。そして、これからの戦いでも。


 覚悟はしなきゃいけない。けれど、それになれて、覚悟する事を諦める事にしてしまっては絶対駄目だ。


 僕たちの敗北は一緒に戦場に立ち上がった人達全員の死を意味する。それを忘れちゃ駄目だ。そして、僕たちの戦いそのものが、幾らかの良い人の死を常に伴う事も。……とてもとても、恐ろしいことだけど。

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 それでも、既に知ってしまった人達とは、協調して行動をとらないと。……悔しいけどそうしなければ勝てない。

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 唯、広く全混珠世界に抵抗の話を広げるのは、上手くやらないと危険かもしれない。……命を擲って抵抗する人は、きっと沢山いる。一歩間違えば、大変な事になるかもしれない。慎重にしないと。



・混珠について


 混珠の陸地面積は多分地球のそれより小さい。流石に地球の歴史面積を暗記している訳じゃないけど。


 その割に地球と重力が同じで環境がそこまで変わらないのは、多分、魔神戦争でもう一つ存在していたという別の大陸が水沈したとあるので世界そのものの大きさは地球とそう変わらないのと、何よりやはり精霊の存在が環境を維持しているんだと思う。


 環境を清める為の魔法も存在するけど、限度はある。ナアロ王国の急激な産業発展は、確実に環境汚染を齎している。

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 ナアロ王国が毒鉛という鉱物を採掘しているという情報を入手した。情報屋にあたってみたけど、どうやら本当らしい。毒鉛は、強い毒性と呪いを帯びているという金属だ。生物に毒で、土地とそこから取れる植物やそれを食べた生物を汚染し、長時間近くにおいておくと病気になる呪いを持つ。一定以上の質量を集めると呪いが極度に強まる、と金属についてソティアさんから教わった時に聞いた。


 鉱脈のある土地は禁足地とされ封鎖されている。実物は見たことがない。


 だけど、まさか。


 確証はない。けれど、転生者である僕の知識は、まさか、と疑っている。


 実際、古い研究においては、毒鉛が持つ呪いは呪いではないのではないかと言われている。魔法や呪いのように目に見えないが、魔法や呪いではない、病でもない何かだと。


 まさか……



新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアについて


 今僕達が知っている新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの組織構造は、ナアロ王国、ジャンデオジン海賊団、真唯一神エルオン教団、他各地の小勢力等、様々な悪行転生者の寄り合い所帯で、所属しない転生者を殺害するという方針を共有し、お互いの勢力の利益調整を行う互助会や意見調整の場に近い組織であり、統一された指揮系統や上下関係をそれぞれの勢力の力の上下以外には持たない。


 まあ、だからこそ、その隙を狙って僕らが活動できている訳だけど、逆に言えば統一して動かれた場合物凄くまずい。


 だからその兆候に注意しながら、相手にできるだけ一致団結させないように、一致団結するとしてもその時をできるだけ遅らせるように各個撃破する。


 幾つかの奪った資料にあった、会合を行う為の亜空間については、今のところ侵入する手段はさっぱり思い付かないし、各個撃破するのだから行うべきでもない。


 ……現状で知った所属欲能行使者のリストは別記録に。


 問題なのは、その目的だ。


 基本的似殆どの勢力は、欲望を満たす事、栄耀栄華を極める事を目的とし、その手段として欲能と暴力と支配を行っている。それぞれの小さな周辺世界に君臨する好色で残虐で貪欲な糞餓鬼神様だ。


 問題なのはそれ以外の、世界を滅ぼすとか単純な支配以外の目的を持っている連中がいるのかどうかだ。こちらは少しずつ敵を切り崩している状態だ。もしそういう危険な目的を計画的に進行している勢力があって、それがわかったときにもう突っ込んでそいつを殺すだけじゃどうしようもない状態になっていたら、最悪だ。


 負ける訳にはいかない。幾ら欲能行使者を殺しても、新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアそのものを打倒して悲劇を終わらせないと、ソティアさんやハウラさん、ルルヤさんの故郷の人々、皆の仇を討ったとは言えない。


 ……僕達の正義は、不完全かもしれない。正義の味方というよりは復讐者だ。正義を掲げるのは、正義を掲げる事が人々を勇気づけるから……それは裏を返せばそれによって協力者が増えることを、ある意味では僕達の復讐に人を巻き込もうとしている事なのかもしれない。戦で死ぬ人に苦痛と罪悪感を覚えながらも。


 それでも、あいつらが存続する世界を残して死ぬもんか。


 調べないと。幸い、玩想郷チートピアの連中は纏まりが無く、互助と意見調整を目的としながらも勢力同士の争いが絶えないせいか、それぞれの勢力が互いの意図を疑い裏から調べ回っている為、ひとつの勢力を倒せば、その勢力が持っていた他の勢力に関する情報が手に入る。


 それぞれ後日結果について追記する事。


 新興宗教を布教しようとしている真唯一神エルオン教団が、その果てに黙示録めいた世界の終わりを目論んでいないか。


 ジャンデオジン海賊団は?


 新天地玩想郷の首領、『全能ゴッド欲能チート』の目的は何か。


 『惨劇グランギニョル欲能チート』は手記で、ナアロ王国の首都コロンビヤード・ワンについて、こう書き残していた。


「意図的に旧名から都を改称したのは、人心の一新という意味合いもあるだろうが、『交雑クロスオーバー』が自ら名付けた以上、それ以外の意図、言わば思い入れや決意表明等が含まれている可能性がある。このネーミングはとあるディストピア小説に登場する都市名のパロディを思わせるが、これは管理社会を構築するという意図か。いや、そうであるだけならば、コロンビヤード等という名前にする必要はない。コロンビヤード。この言葉に鍵がある」


 と。これについては、特に考えなければならないだろう。



・転生者、欲能チートについて


 輪廻転生しても尚記憶と人格が残る程、癖が強いというか人格に特徴があるか無念等の強い執着を持つ魂が転生者となり、その中でも魂が歪んでいるとすら言える程強固な自我をもつ者がその歪みが世界の物理法則までも歪める力である欲能チートを得る。


 これが玩想郷の一般認識による転生者と欲能の原理だ。これが正しいのかどうか、出来れば裏を取っておきたい。


 転生者とは何なのか。


 混珠世界そのものに輪廻は存在する。それに何らかの理由で、地球の人間の魂が紛れ込んでいる?


 混珠世界の空には〈不在の月〉が、即ち地球が浮かんでいる。転生の謎は、混珠そのものの成り立ちに関わっているのではないか。


 過去の歴史から転生者について考えてみる。


 〈三代目勇者〉エティエンヌ・ソアフ・パロン。最も著名な転生者断章第三話初出。彼の力は欲能によるものだったのか。魂の歪みと言っても全てが悪辣という訳ではなく、悲しみや絶望という歪みもありえる。そうだったのかもしれない。そうでなかったのかもしれない。問題なのは、その背景だ。


 残されたその言葉から察するに、僕の知識で当てはまるのがこれしか思い付かなかったという程度の証拠の無い推察だけど、彼は地球に居た時に悪名高い子供十字軍に参加しその過程で死んだ事で混珠に転生した地球人だったのではなかろうか。


 聖なる都に行けなかった、奇跡等無かった、と。その無念と悲嘆と絶望こそが輪廻転生の力となる強い感情を生んだとすれば、その絶望の歪みが欲能チートを生んでいた可能性もある。


 この仮説で重要なのは年代だ。前世で僕が死んだ日と混珠に僕が生まれ変わった日。そこから逆算すると、若干の誤差はあるかもしれないが、子供十字軍があった時代ということになる。流石にうろ覚えだし、幾らかは転生という現象自体に時間経過が発生する等もあるかもしれないけど。


 無論、これは偶然の一致に真実を見ようとする陰謀論的空想なのかもしれない。けれど、そうでないかもしれない。


 そして他の転生者の可能性のある人物こちらも断章第三話初出、過去の歴史で地球風の名前を持っていた点で元地球人の視点からすれば彼等もそうだったのではと疑いうる、〈太陽と月に背きし〉フラティウスと〈聖剣砕き〉ルキウス・カストゥスもまた、やはり転生者だったとするならば。


 太陽に愛憎を抱く前者の出現した時代は、地球でいうローマ帝国末期、太陽神を崇拝しキリスト教化に抗った最後の異教皇帝〈背教者〉ユリアヌスの死んだ頃だ。


 聖剣というものに随分数着した後者の出現した時代は、地球でいうローマ帝国が崩壊し、イギリスで、アーサー王伝説の基になった時代。


 それと、これも転生者ではなかったかと思われる初出は断章第九話のリアラの居ないシーンだがリアラも知ってはいたのだ、王や貴族の首を刎ねる事に執着した魔族〈王殺しの〉レト・シュペーム。これが現れた時代は、地球でフランス革命があった時代だ。


 もしかして、彼らは。


 もし彼等が、それぞれアーサー王のモデルになった誰か、〈背教者〉ユリアヌス、マクシミリアン・ロベスピエールだったとするならば。地球と混珠の時間経過と転生の順番的に〔過去の歴史上の人物の能力を持つという欲能チートを持っている奴がいる可能性は別にあるけど〕、幸い僕達は過去の歴史上の偉人達と直接対決する事にはならなそうで、それは僥倖だけど。


 此処から導き出される、転生や欲能チートに関する共通項は絶無か。いや、それだけではないかもしれない。


 ローマ帝国での多神教の断絶、アーサー王の死、十字軍の失敗、フランス革命。


 共通点は何だ?まさか。


 ……もしこの仮説が正しいのならば。


 中南米のアステカやマヤが崩壊した年代、フス戦争、世界大戦。


 対応する年代を確認する必要がある。けど、今は時間が無い。ジャンデオジン海賊団と真唯一神エルオン教団が動き出した。


 けれど、いつか確かめる事が必要だ。



・真竜について


 ルルヤさんは、あまりそれを僕に意識させまいと、心配かけまいとしているが。時々最初に会った時の様な我を忘れる程の狂奔や、そこまではいかないけれど、一瞬何かこう、思考や心にノイズが走るような状態になる。


 これは僕の【真竜シュムシュの眼光】が、【魔法力や欲能等の見えないものを見る】力だから、心にノイズが走った瞬間にそれが心に直結しているルルヤさんの魔法力の揺らぎ……瞬間的に強い憎悪の魔法力を発すると同時に魔法力が不安定化する……それを見る事が出来たから分かった事だ。


 それによってルルヤさんがどうにかなってしまうなんて嫌だ。絶対に何とかしないと。竜術について、真竜について、もっと詳しく知る必要がある。


 真竜シュムシュの祖ナナ・マーナ・シュム・アマトは何故死んだのか。そもそもこの世界の魔法法則の根元は。下手をすれば、そんな領域まで。


 隠れ里のルルヤさんも知らない、バニパティア書学国にも無い情報。それがあるとしたら……真竜祖ナナ・マーナ・シュム・アマト最後の地である、連合帝国の首都・王宮の奥深く?


 今はまだ大丈夫だけど、戦いながらでも研究する必要がある。時間が作れるまでせめて、ルルヤさんの精神にダメージを与える事を避けるように注意しないと。


 ……カイシャリアⅦの戦いの時も、『混乱バベル欲能チート』の自爆の時も。ルルヤさんの心が悲鳴をあげるのは、僕がピンチになった時だった。


 そうだ。ルルヤさんは、とても強くてかっこいいけど、本当はすごく繊細で優しい人だ。そんな人が、戦いの才能があったからと、悪に敵対する強い動機があったからと、戦わなきゃならないのは、不幸だ。


 これは憐れんでいるとか、そういう事じゃない。学校の体育の時間で、マラソンで一人遅れて最後尾を走ってる人を嘲弄する目的でクソみたいな煽り口調で「あ、がんばれーぇがんばれー」とか言ってる屑共がやるような事じゃなく、人を純粋に気遣って何が悪いという事だ。


 初めて会った時にも思った事だ。ルルヤさんは僕よりずっと強い。だけど。だけど、一人の人間だ。一個の人格だ。少しでも、支えてあげないと。


 だから、たとえ剣で串刺しにされても、今度こそ、絶対に倒れない。粉微塵になるほど吹っ飛ばされても、きっとルルヤさんを助けに戻って見せる。


 勝たないと。勝たないと。その為には考えないと。作戦を。計画を。もっと上手に、もっと……


 ああ、僕は地球人だ。ソティアさんやハウラさんと暮らしている時にも思った事だ。この世界の人達と違って、僕はどうしてこんなに浅ましいんだろう。戦いについて考えると、卑劣な手段が次々頭に浮かぶ。


 あるいはそんな理由から玩想郷チートピアに加わって、ただ自分より清らかなものへの劣等感から、それを否定したい、汚したい、壊したいという理由で暴れ回っている奴もいるかもしれない。こんな悩みは、それと何の代わりがあるというのか。こういう考えは、ダメだ。何より……悪を考えられる人間がいてこそ、悪と戦える。その為に、この自己嫌悪の源は、捨てるわけにはいかない。


 ルルヤさん。休息の時に貴方が見せる寛いだ表情。それが、次の戦いの為に英気を養う為ではなく、苦難や試練の無い明日に続く今日の、穏やかで平和で幸せな、翳る所の無い貴方の輝きが見たい。


 本当の意味で心底平和な時を過ごす貴方を、僕はまだ見ていない。


 貴方を幸せにしてあげたい。僕は、今までだれも幸せにできなかった。いや、厳密に言えばそんな事はないかもしれない。ソティアさんとハウラさんと、三人で冒険して。色んな人達を助けてきた。だけどそれはやっぱりソティアさんとハウラさんがやった事で、僕はその後ろを必死についていっただけで。今もそれはあまり変わらない。やっぱり僕はまだ誰も幸せにしていないんじゃないだろうか。ソティアさんは死んだ。ハウラさんも死んだ。生まれ変わる前だって。ああ、二人はどうしているだろう。生きているだろうか。悲しんでいるだろうか。だからせめて、ルルヤさん、貴女には。


 けれどそれじゃあ唯のコンプレックスの裏返しじゃないか?違う、そんなんじゃない。助けられたからというのとも違う。とにかく僕は、心からルルヤさんが好きなんだ。だからルルヤさんを幸せにしたいし、幸せなルルヤさんが見たいんだ。


 でも僕は弱くて、一緒に強敵と戦うだけで貴方の心を傷つけてしまう。貴女の事を助けたいのに。鍛えて、専誓詠吟を色々考えて。それでも、やっぱり今でも、貴女の心を傷つけてしまう事が怖い。


 太陽の属性の【真竜シュムシュの息吹】を授かった身だけど、僕は全然僕の事を太陽だと思えない。ルルヤさんという月の光に照らされて、辛うじて闇夜を歩いている旅人か、月よりもずっと小さな夜空の星くらいだと思う。


 だけど、ルルヤさん。貴女が僕を太陽だと言ってくれるなら。貴女が輝けるように、貴女に光を送りたい。送れるようになりたい。送り続けたい。


 ……

 ………

 …………


 翌朝。【真竜シュムシュの宝珠】への記載ではない、混珠世界において。


「深夜テンションでうっかり色々とぶちまけてしまった……(////赤面)」


 目を覚ましたリアラは、身支度を整えながら、昨晩ルルヤの腕の中で寝る直前まで【真竜シュムシュの宝珠】を使って作成していた記録にアクセスし、僅かに頬を赤らめた。正直、人に見られたら頭を抱えて転げ回りそうな青春的感情の羅列だ。途中から完全に今思ってる感情を連ねてるだけになってる。全然覚え書きとか備忘録じゃない。


「?」

「あっいえっ、何でもないです!?」


 頬の紅潮に気づいて首をかしげるルルヤに、慌ててごまかす。バカか僕はもう、と思いながら、リアラは身支度を整えた。


 少々しまらないオチだが、青春の日常というのは得てしてそんなものだ。そんな思い出も、手探りで重ねた努力も、何れリアラにきっと力を齎し、これより始まる新たな戦いにおいて二人を助けるだろう。


 そう。


 これから行く先へと視線を向ければ、その視線の先にあるのは、熱く煌めき揺らぐ鉱易砂海。


 幕間の一時が、ここで終わる。


 新たな激闘の日々が、始まるのだ。


 逆襲物語ネイキッド・ブレイド、断章は終わり、第二章以降へと続く。

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