・第二十三話「古の航海図(前編)」
・第二十三話「
「籠るぞ♪」「暴くぞ♪」「籠るぞ♪」「暴くぞ♪」「籠るぞ♪」「暴くぞ♪」「籠るぞ♪」「暴くぞ♪」「無ー茶はいーかげんにしろー♪」「やーだやーだ逃っがっさんっ♪」
港の宿屋の舞台付大食堂の上で、二人の露出度の高い装束の上から薄絹を幾重にも絡めた鉱易砂海からこの諸島海に来たという踊り子が、その薄絹を脱がしあいながら軽やかに面白可笑しくかつ色っぽく絡み合いながら可愛く歌い踊っていた。
〈
他の宝を奪っても最大の宝であった《不死の護符》を奪えなかった〈
「……偶々今の時間ああいう演目だったわけだけど、女の目からして、ああいう砂海風の女の色っぽい踊りを男が見るのってどう感じるんだ、ハレーディン船長」
〈
諸島海は交易関係上同じく
「ボルゾン君、それは各自次第だとは思うけど、ハリハルラさんは気にしないよ。昔砂海の奴らに聞いた話だけど、個人個人の感性に難癖をつけるのは、魚に砂漠で空気を吸って生きろって言うようなもんだろ、ってね。それは博愛が足りないだろ? 女が好きな男も、男が好きな女も、女が好きな女も、男が好きな男も、直接隣人と付き合うより舞台上の相手に熱狂するのが好きな奴も、他の人間と交流するより物語を読み聞く事が大好きな奴も、皆平等さ。咎められたくないならお互い様にしなきゃダメだと思う、ってね。無論、そう思わないのもまた個人の自由だが、自由ってのは、強制をしないからこそ自由、だからね」
話をふらつかせるかっちりした装飾的な軍服を纏うボルゾン・ボーン・ボロワーに対し、軽やかな薄着で海草の様に波打ち南洋たる諸島海の魚の様な濃蒼という希少な髪をした女、ハリハルラ・ハンテ・ハレーティンは、
「それで、ボルゾン君。話ってのは何だい?」
火香枝〔諸島海で産する、樹皮に樹脂分を多く含み香りを嗅ぐと摂取すると気が散る感じや苛立ちを抑え爽快感と鎮痛を齎す香木。樹皮を剥いで乾かした物を銜香炉というパイプや煙管の様な物に詰め煙草の様に吸う〕を吹かし、ハリハルラは問うた。
「……質問をするのは僕だ、ハレーディン船長。君は今の現状をどう思っている」
「絶体絶命。だね。他の連中が相手だったら海戦になる。だけど、あいつは別だ。ガゴビス・ジャンデオジン。あれが相手じゃ、戦にもなりゃしない。海底火山の噴火に殴りかかるようなもんだ。いや、もっと酷いかも」
ハリハルラは、嘆息した。そして回想する。これまでの戦いを。
それに加えまた別に、港艦という艦種が存在する。投石機の代わりに梃子と人力で動くクレーンとスロープを内蔵した箱作りの櫓が甲板の大半を覆う構造となっており、側弦弩砲や魔方陣張出櫓はあるが城艦より火力で劣る。これは城艦であれば投石機で発車する投射物を積載している甲板装甲下区画まで貫通する格納庫・厩舎となっており、水騎と呼ばれる大海狼〔家畜化亜獣。水陸両用の水性哺乳類で、水中適応した狼の近似種、大型馬程のサイズで足がアシカ並みかそれ以上に歩行脚としての機能もかなり残している事をのぞけばプリオサウルスに収斂進化したような姿をしている〕とそれに牽かせ水上を疾走する小型艦を艦載している。地球で言えば水雷挺母艦のような艦種である。ちなみに、地球で言う航空母艦のような飛行戦力格納を専門とする艦は存在しない。これは飛行魔法が高度であり使い手の数が少ないこと、飛行魔法装備は高額で希少である事、家畜化した飛行亜獣とその機種も地球で言う戦象程に希少である事、法獣霊獣などと契約した機種はさらに少数であること、加えて少数の飛行可能戦力や段着観測用飼鷹や
そんな軍船や、それに近い構造を持つ鯨や竜鮪〔
ジャンデオジン海賊団、何処からともなくこの地に現れた数人のならず者が、あっという間に、まるで病毒の如くその力を増した。見たことも無い亜獣とも魔獣ともつかぬバケモノの増大、法術や霊術による《浄化》の効かない
それらを束ね結成されたジャンデオジン海賊団は手強く、瞬く間に勢力を拡大した。それに抵抗したのが、眼前のボルゾン率いる諸島海連合政府海軍と……ジャンデオジン海賊団以外の真っ当な海賊団だ。敵は手強いし、未知だ。あの《浄化》できない
「…………」
艦隊を、丸ごと吹き飛ばす爆裂を、ハリハルラは思い返した。それまでの彼女の努力も、彼女に付き従った皆の奮闘も、無意味と踏みにじるような光を。
(だが。……あの男は)
それでも、ハリハルラは一人の男を思う。その男の猛き不屈の抵抗を回想する。仲間に加わった中でも最強の男を。
「うぉおおおっ!!」
筋力! 筋力である! その男は、力づくで《浄化》不能の
「獣と生きた俺には分かる。〈これ〉には魂も怨念も無い! 《浄化》は無効だ!」
《浄化》の出来ない
「こいつ等にあるのは唯の自己増殖衝動のみ、獣にある程度の感情も無い、虫や黴と同じだ! ……魔ではない!
男もこれが通常の
「……この世には、唯の悪にも勝る醜悪がある。力と違い人を助けるためにも使えよう智慧を悪用し、戦いの尊厳を踏みにじり一方的に勝ちを盗む者共。俺はそれを思い知った。思い知らされた。……だが、だからこそ、俺はそれを許せぬ!」
北から訪れた男は、そう吠えた。
(……あの男は、死んでも諦めないだろう、ね)
そして、それは。
「何を言う心算なのかは想像がつくよ、ボルゾン君。つまり君はこう言いたいのだろう? 降伏しよう、と」
「っ……そうだ。最早勝ち目は無い。これ以上戦っても死ぬだけだ。政府海軍として、人命は守らなければならない。だから、」
「ハリハルラさんは、降参しないよ」
自分も同じだ、と。意図を察されて尚、表情から、口調から、それにハリハルラが同意すまい事を察しながらもそれでも必死に言い募るボルゾンに対し、ハリハルラはゆるゆると首を振った。
「何故だ!? ……いや済まない、ハレーディン船長。貴方の海賊としての信念の篤さは、分かっている。長い付き合いだ、だが……」
ボルゾンは机を叩いた。膂力に長けたボルゾンの掌は、それだけでテーブルに皹を入れ……声を荒げ力を振るった事を恥じて手を引っ込めるボルゾンに、ハリハルラは複雑な表情を浮かべて。
「そう、ボルゾン君も分かってるじゃないか。この諸島海は、大陸の諸勢力との間のバランス、それと一丸となって交渉し島に秩序を齎す為の各島の有力者の連合である政府とその為の力である海軍とそれに対抗し大陸からの干渉や島の秩序が民に過剰に干渉を行う事に抗い異議を申し立てる為の力である民が有する武力である海賊とのバランス、その二つのバランスで成り立ってきた。そして海賊が尊ぶべき掟は三つだよ。陸の権力からの自由、仲間に対する平等、港に対する博愛。この〈古の
過去にも告げた事をもう一度言う。双方にとって自明の、砂海の厳しい環境と歴史故の個々の点在とは違う、日常感覚で交流が緊密な故の島の連合と、そうであるが故の表裏に均衡を齎す為に定着した制度としての海賊、その理念を。それに対し、ボルゾンは、歯を食いしばって呻いた。そして、また机を叩いて身を乗り出そうになり……必死に堪えて反論した。
「海賊団全員が死んでもか。諸島海の民が沢山死んでもか。君が死んでもか?」
「この掟が諸島海を守ってきた。なら、諸島海も掟を守らなきゃいけないだろ?」
それに対してハリハルラは、海の様に謎めいて揺らぐ表情で、そう答えて。
「……何故、私が言う事は予想できる癖に……」
「ボルゾン君。君はどうする?」
俯くボルゾンに対して、試すような口調でハリハルラは問い。
「……」「ボルゾン、君」
顔を上げた。その表情には、悲痛な決意があった。それに対しハリハルラは、悲しみの表情を浮かべた。
「ハレーディン船長。海軍として、君を逮捕する。諸島海政府は既にジャンデオジン海賊団への服従を決定した。これから諸島海の秩序と法は彼等となる」
GATAGATAGATA! BAN!
そうボルゾンが宣言すると同時に、食堂に居た客の全てが立ち上がり、更に外から人がなだれ込んだ。雪崩れ込んだ者と、立ち上がった客の内の数人は海軍兵であった。だが、立ち上がった者の大半は……!
「AAAAAAAAGH」「AAAAAAAAGH」「AAAAAAAAGH」
「ボルゾン!!」「……
怒号に近いレベルの大声を発したハリハルラだったが、その声、その表情には、むしろ強い悲しみと慨嘆、理解を請う。叱責するように叫ぶボルゾンだったが、その声、その表情には、必死に、懸命に、思いを伝えようとして伝えられないもどかしさがあった。そこには……長く共に過ごした者だけの言外の意思のやりとりがあった。共に、呼び捨てに、剥き出しに相手の名を呼んでいた。
その、次の瞬間!
「うぉおおおおっ!! ハリハルラぁっ!!」
DBAN!!!
窓が砕け散った。室内に硝子が舞い散る。テーブルが砕け散った。
「う」「お」「あ」「……あい、つは!?」
攻撃の対象に……せいぜい邪魔な位置にいた奴、ハリハルラの体につかみかかりそうだった奴が突き倒された程度で……されなかった海軍水兵達が、そしてボルゾンが叫んだ。そいつの姿を見て。
そいつは、正に筋肉だった。ジャンデオジン海賊団の団員の様な、アンバランスな異形に肥大化した肉体ではない。ガゴビス・ジャンデオジンも、その筋肉で顔が引きつり体表に異形じみた文様ができる程の筋肉だが、それともまた違う、強靭で堅牢だが健全な筋肉を全身に付けた屈強な大男の戦士だった。霊術の護符を織り込んだ獣の爪牙の装身具、獣皮の腰布とそれに加えての急所を覆う防具、かつて折られ失った槍の代わりにその手に掴むははこの諸島海で産する鉄と同等の硬度と尚水に浮かぶ程度の重さを持つ代わりに火に弱い浮鉄木を逆に火に強い火殺漆を塗り重ねて強化した櫂槍。翻る波打つ長髪に縁取られた顔は、戦士の心を砕かれた嘗て
即ち、かつて『
その男が今、十重二十重に囲まれたハリハルラを片手で抱き、一跳びに彼女を救出していた。もんどりうって倒れる
「っ、お、追えっ!」「は、はい!」
ボルゾンとその指揮下の水兵達が慌てて追って。
「…………あ、あいつは」
「…………あ、あの時の人、ですよね」
誰もいなくなった食堂で、踊り子二人がそれに反応したのは、あまりに驚いたのでその後漸くだった。そう、この一連の騒ぎの中、驚きもせずさり気無く一連の騒ぎの外から様子を伺っていた、蒼銀の長い乱れ髪を靡かせる踊り子と、赤銅の三つ編み髪を躍動させる踊り子、即ち。
「って、いかん、出遅れた! 追うぞリアラっ!!」
「はい、ルルヤさんっ!!」
即ち砂海で仕込んだ新たな舞を披露しながら諸島海の情勢を探っていた〈最後の
これが、〈
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます