・第八十二話「ふるさと地球へ来て(後編)」
・第八十二話「
所変わってお台場、某有名催事場屋上。元々この日本では〈お台場地沈災〉と呼ばれる地震と豪雨による災害での大規模液状化現象でお台場は幾らか廃れ周囲は一部セイタカアワダチソウが目立つ野原になりつつあった。それでも残った建物群の内かねてから大規模イベントに使われていた著名な催事場であるその建物は引き続き使われているが、今はイベントが行われていないので無人のその場所で、リアラ達三人は一端着陸した。
「「「ええと……」」」
幸い追撃は無かった。【
いずれにせよ、まず迎撃の体勢を心置きなく整える為にも一息ついての情報交換を必要とする状態だったが……お互い気まずかった。
リアラ側が作ってしまった気まずい雰囲気の理由は、一目瞭然ビキニアーマーだった。愛する実の兄が、異性の友人が、TS転生した上にビキニアーマーである。第一に生きていた事、第二に女性になっていた事、第三に胸の大きさに驚かされた上に、突然の修羅場を潜り抜けて改めてその姿をまじまじ見ればビキニアーマーである。最早驚きで胸焼けせざるを得ない。
対して
「ぼ、僕から説明しようか? その、これまでの経緯」
おずおずと、リアラは提案した。
(くっ……セクシーだわ……!)(お兄ちゃんが可愛い……)
「ううん、その、
「え、ええ。私達の説明の方が、手短に済むと思うし」
「わ、分かった。それじゃお願い」
そして
「あの事件、
「現場に遺留品はあったけど、お兄ちゃんが見つからなくて。ニュースになったり、私我慢できなくてお父さんやお母さんと喧嘩したりして、色々あって……
「悲しい事に負けないように、って思いもあって。お互い本とか好きだったから、色々趣味や創作を一緒にするようになって……」
「……そう、か。偉いぞ
交互に語る仲良し息ぴったりな二人に、過去を知り妹を誉めるリアラだったが、ふと気になった部分をそっと尋ねた。自分が知らなかったその後の経緯について知れた事に感謝はしたが、それはそれとして
「ま、まあ一応言っておくけど勿論ああいうのばっかりじゃないからね!?」
「そ、そうそう! 普通の少女向けや少年向けや、少女向けにしても恋愛ものも活劇ものも書いてるんだからね!? ああいうのはほら、年齢制限的にも本来際どいし、ギリギリの所上手く渡ってるけど!」
そんなリアラの問いに、えらく泡食った様子で二人は答え。
「ばっかりじゃないって事はあーゆーのも作ってんの! ? 買うだけじゃなく!?」
「「カタルニオチター!?」」
「ノゾミガタタレター!?」
リアラの突っ込みに、
「最愛の妹と地球一番の友人が纏めて腐ったこの衝撃……」
「「ああああああああああああ(
土下座めいた失意体前屈状態も保てず豊満なバストを押し潰す様に上半身をコンクリ床に突っ伏させて故人がもし救われていたらというIFを求めずにはいられない悲しみを昇華する過程とはいえ頭を抱えるリアラ、そして本人が帰ってきた奇跡の喜びをずっこけさせる桃色黒歴史に悶絶する
「ぜえ、はあ。いや、まあいいよ、僕、昔はHなのダメだったけど、文化的にはそういうの理解あるタイプでありたいと思うから……」
〈実の兄/友人男性がTSビキニアーマー〉と同程度位にはインパクトのある情報をぶちこまれたのでは? と思いつつも、立ち上がったリアラはそれを受け入れた。性的に潔癖だが物語には寛容かつ規制反対派で、そして何より自分の体験的にも。
「実際僕も年下の美少年に告白されたりとか、今愛する人が肉体的には同性だとか色々あるから……」
「え」「
「それはまあ後でこっちの話で纏めてするから続けて!? っていうか
そう思ったリアラにしかしビキニアーマー以上にインパクトある
「……色々あって、お父さんお母さんとは離れて、寮のある私立中に通ってる」
「中高一貫校で高等部からの転入も受け付けてたから、私もそこに通ってて……」
……説明は簡単なものだったが、親との対立、傷ついた心の克服、進路に関する努力と勇気と制度を利用する為の手間。それは正に武器を使わない戦いのように、激しくも立派な二年間だったのだろう。
「……頑張ったんだね、
元より物語を愛する身なれば多少性的な物語も必然是認する立場なれば驚いたとはいえ何程の事も無し、今はただリアラの心には、物語と友情を支えに自分亡き後を生き抜いた二人への、尊崇の念が満ち溢れていた。
「……うん、頑張った、よ」
「ええ、も、もちろんよ。一緒に接した物語は、私達の思い出は……物語を楽しむのは、貴方と一緒に居た日々を忘れない事、私達が私達であり続ける、貴方への祈りだもの」
「……ありがとう」
リアラの言葉と微笑みに、
『
「それじゃ、改めて、僕の方の話をするね」
そう思い、短い感謝の言葉に込めきれない思いを表情に滲ませた後、リアラは改めて、己の顛末について語った。あくまでかいつまんで、だが隠し事はせず。
かいつまんでしまえば、僕の二年間は、あくまでありふれた異世界転生ファンタジーの一つの変奏曲かもしれない、と、ルルヤは思った。ただ単に、元々異世界に居た存在ではなく、地球という別世界から来た存在と戦っただけで。ファンタジーによっては、魔族やそれに類する戦う相手が、そのファンタジー世界とは別の世界から来た存在である事はちょくちょくあるものだし。
あるいは、結局地球人同士で争っているのだから、それほど現実離れした物語ではないのではなかろうかとも。
だが、語るほど、違う、と改めて噛み締める。かつて『
「……そんな事が、本当にあるなんて……でも、本当なのよね……ううん、
真剣に聞き入る
「信じて、くれるんだ」
「当たり前じゃない。話せばどう感じても
「
生前付き合っていた時よりも強くなった口調で、でも、確かにそんな芯の強さとしっかりした感性は昔のままで、
「お兄ちゃん」
それは前提とした上で、
「……辛いこともあったけど、いいことも、ちゃんとあったよね。……私、お兄ちゃんが居たから、私であれる事ができたと思うのよ……私、お兄ちゃんにご恩返しがしたい。大好きだから、お兄ちゃんのよかったことを守りたい。何をすればいい? 何が出来る?」
「……かなわないな、
前は酷い暗い影のある目だったろうし、今も別の理由による影があるだろう。そう思っていたリアラは、
「安全になる為に僕がこれからする事、渡すものをしっかり受け取って。僕の事を心で応援してくれていれば、それはとても凄く僕を救ってくれるんだ。それがあれば、僕は、
凛とした表情で妹にそう言い、また
「重ねて言うよ。二人は、ううん、物語を心に抱いて現実を生きる皆、胸の物語を守る為に現実と戦う皆は、剣と魔法を敵に振りかざす僕達より、ずっと大変で恐ろしい戦いをして、日々その戦いに勝利し続けている勇者だ。その心に物語を抱き続けている限り、そうしようとしている限り、皆は現実に勝っている。僕等よりずっとすごいことをしているんだ……忘れないで」
同じようにリアラも知るからだ。要約された二人の語りの裏に、どれだけの苦難と克己と努力と挑戦があったかを。そして、そんな日々を生きる事がどれほど自分の復讐と同じ〈己であり続ける為の戦い〉として過酷でありそれぞれの人生に対して大事な事であるかを知るが故に、そう、励まし返した。
「……分かった、ありがとう。絶対、忘れないわ。それは
それに
「絶対応援する。そして、そんなお兄ちゃんの人生って物語のギャグイベントの一つになれるなら……桃色黒歴史な肌色紙吹雪も、何て事ないもんっ」
「た、たはは……(
そして一幕の恥も失敗も、振り返って他人を嗤うのではない笑いになるなら、気にする事など何もないと、自分から言う
故にリアラは、つられて笑った。例え状況も世界も、自分の物語が相変わらずどうしてもシリアスでも。それでも笑ってもいいのだと。
そしてまた、笑いを作る事の何と尊い事かと、リアラは改めてこの妹を尊敬した。別々の物語はそれぞれに尊いという己の言葉の、意味を改めて体感した。
心に力が満ちる。これは必要な事だったのだと確信する。
「ははっ」「ふふっ」「うん、ふ、あははっ……!」
三人は笑った。どうしようもない世の中、退屈や敵と戦う人生の中、それでも。
……そして、少しの時の後。
「そういう訳で改めて僕は行かなきゃいけない。僕の大切なパートナー、ルルヤさんを取り戻し、僕の居た
リアラは二人に再びの別れを告げる。くすんだ冬の海を見つめながら。
「二人には追加に魔法を幾つもかけたし、世界全体を守る力も使う。だから、絶対大丈夫。だけど、一応安全な場所に居てね、応援、信じてるから」
【
「……いってらっしゃい!」「ご武運を!」「行ってくるっ!」
無理に大きく見せる尖った肩鎧に包まれた小さく丸い肩に背負っているものの大きさを思いながら、
たった三人の出撃。寂しく見えるだろう。だけど、そんな事は無かった。見送る二人にも、見送られる一人にも、熱い心が燃えていた。
そしてリアラは海を目指し飛翔した。その沖の波を蹴立てる黒いシルエットへ。
それを見送った
「ねえ、やっぱり……」
「……うん」
「直接お兄ちゃんから話を聞くのは、また特別の感情があったし、凄くドキドキした。もっと詳しく聞きたかったけど……」
「同じ、だったよ、ね」
そして、互いに同じタイミングで声をかけあい、更に同じ事を思い、お互いそれを察して、相手の思う事に同意して頷いた。
二人の表情には、リアラを前にしていた時とはまた違う、宇宙的な驚きの衝撃と、神託を受けたような不安、そしてそれを乗り越えんとする運命的な覚悟があった。そこにはある理由があった。何故リアラが
二人は安全度の高い場所へと移動しながら、スマートフォンを握り締めた。ある行わねばならぬ事を考えて、見定めて、成し遂げる為に。
その中にはSNSと……インターネット小説投稿サイトが表示されていた。
そして、その後。
「……ルルヤさんって人、ちゃんと迎えて、
最後に
それを察して、感謝と、すまなさと、両方を込めて、飛びゆくリアラは胸元をぎゅっと握って。
「……ありがとう、
歩未がそう言ってそっと緑樹に寄り添った。兄を愛してくれてありがとうと。兄に代わってありがとうと。思いを秘めてくれた事にも、友人でいてくれる事にも。
「……リアラ……」
そしてリアラが向かった戦場。暗い空間の中ルルヤはそれを悟り、呻き呟く。
【
ルルヤの意識はあるのかないのか、かすかに呟いたが、目は閉じられたままだ。
それはリアラがこれから行わねばならぬ戦いの形を告げる予告であった。
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