・第八十二話「ふるさと地球へ来て(後編)」

・第八十二話「ふるさと地球へ来てアース・カミング(後編)」



 所変わってお台場、某有名催事場屋上。元々この日本では〈お台場地沈災〉と呼ばれる地震と豪雨による災害での大規模液状化現象でお台場は幾らか廃れ周囲は一部セイタカアワダチソウが目立つ野原になりつつあった。それでも残った建物群の内かねてから大規模イベントに使われていた著名な催事場であるその建物は引き続き使われているが、今はイベントが行われていないので無人のその場所で、リアラ達三人は一端着陸した。


「「「ええと……」」」


 幸い追撃は無かった。【真竜シュムシュの世界】の効果がある上に効果に乏しいと判断してか、いやそれほど甘い連中でも無くそれぞれの悪辣な策略を動かし万全の状態で襲撃を行おうとしているか。


 いずれにせよ、まず迎撃の体勢を心置きなく整える為にも一息ついての情報交換を必要とする状態だったが……お互い気まずかった。


 リアラ側が作ってしまった気まずい雰囲気の理由は、一目瞭然ビキニアーマーだった。愛する実の兄が、異性の友人が、TS転生した上にビキニアーマーである。第一に生きていた事、第二に女性になっていた事、第三に胸の大きさに驚かされた上に、突然の修羅場を潜り抜けて改めてその姿をまじまじ見ればビキニアーマーである。最早驚きで胸焼けせざるを得ない。


 対して緑樹みき歩未あゆみ側が作ってしまった気まずい雰囲気の理由は、ぶちまけられた買い物袋の中身であった。BLである。そりゃ気まずい。


「ぼ、僕から説明しようか? その、これまでの経緯」


 おずおずと、リアラは提案した。


(くっ……セクシーだわ……!)(お兄ちゃんが可愛い……)


 緑樹みきは思わず眼鏡を上げ、歩未あゆみはどきどきして戸惑ったが。


「ううん、その、緑樹みきさんが良ければ、私達の方から……」

「え、ええ。私達の説明の方が、手短に済むと思うし」

「わ、分かった。それじゃお願い」


 歩未あゆみが語りだし緑樹みきが頷いた。実際その判断は確かだろうとリアラも同意する。


 そして歩未あゆみ緑樹みきの二人は、語り始めた。まずは今に至る経緯から。


「あの事件、正透まさと君が川に落ちてから探しに来た歩未あゆみちゃんが通報したのと、驚いたあいつらの手が緩んだ事もあって私は逃げられたの。……本当、感謝してもしきれない。ずっとお礼を言いたかった。ありがとう、正透まさと君。流石に現場が警察に押さえられたんで、あいつらは全員捕まって学校も大きく動く事になったけど……」


「現場に遺留品はあったけど、お兄ちゃんが見つからなくて。ニュースになったり、私我慢できなくてお父さんやお母さんと喧嘩したりして、色々あって……緑樹みきさんとお友達になって」

「悲しい事に負けないように、って思いもあって。お互い本とか好きだったから、色々趣味や創作を一緒にするようになって……」

「……そう、か。偉いぞ歩未あゆみ、よく緑樹さんを助けてくれ……一緒に創作を?」


 交互に語る仲良し息ぴったりな二人に、過去を知り妹を誉めるリアラだったが、ふと気になった部分をそっと尋ねた。自分が知らなかったその後の経緯について知れた事に感謝はしたが、それはそれとして問題の部分BL本の話に辿り着く為に。


「ま、まあ一応言っておくけど勿論ああいうのばっかりじゃないからね!?」

「そ、そうそう! 普通の少女向けや少年向けや、少女向けにしても恋愛ものも活劇ものも書いてるんだからね!? ああいうのはほら、年齢制限的にも本来際どいし、ギリギリの所上手く渡ってるけど!」


 そんなリアラの問いに、えらく泡食った様子で二人は答え。


「ばっかりじゃないって事はあーゆーのも作ってんの! ? 買うだけじゃなく!?」

「「カタルニオチター!?」」

「ノゾミガタタレター!?」


 リアラの突っ込みに、緑樹みき歩未あゆみは言わなきゃ誤魔化せたかもしれない事をうっかり言ってしまい、二人して血反吐を吐かんばかりに赤面して頭を抱え膝から崩れ落ちた。……BL作品について買ってるだけじゃなかったという真実を突きつけられ、結構兄馬鹿なリアラは両手両膝を地面に着いて血反吐を吐いた。


「最愛の妹と地球一番の友人が纏めて腐ったこの衝撃……」

「「ああああああああああああ(////羞恥)」」


 土下座めいた失意体前屈状態も保てず豊満なバストを押し潰す様に上半身をコンクリ床に突っ伏させて故人がもし救われていたらというIFを求めずにはいられない悲しみを昇華する過程とはいえ頭を抱えるリアラ、そして本人が帰ってきた奇跡の喜びをずっこけさせる桃色黒歴史に悶絶する緑樹みき歩未あゆみ

「ぜえ、はあ。いや、まあいいよ、僕、昔はHなのダメだったけど、文化的にはそういうの理解あるタイプでありたいと思うから……」


 〈実の兄/友人男性がTSビキニアーマー〉と同程度位にはインパクトのある情報をぶちこまれたのでは? と思いつつも、立ち上がったリアラはそれを受け入れた。性的に潔癖だが物語には寛容かつ規制反対派で、そして何より自分の体験的にも。


「実際僕も年下の美少年に告白されたりとか、今愛する人が肉体的には同性だとか色々あるから……」

「え」「詳しくkwsk!?」

「それはまあ後でこっちの話で纏めてするから続けて!? っていうか歩未あゆみ、お父さんお母さんと喧嘩って今どうしてるのさ!?」


 そう思ったリアラにしかしビキニアーマー以上にインパクトある情報ネタをチラ見せされて騒然とする緑樹みき歩未あゆみだが、落ち着いてくれというリアラの言葉にはしたがって説明を一段落するまで続ける。


「……色々あって、お父さんお母さんとは離れて、寮のある私立中に通ってる」

「中高一貫校で高等部からの転入も受け付けてたから、私もそこに通ってて……」


 ……説明は簡単なものだったが、親との対立、傷ついた心の克服、進路に関する努力と勇気と制度を利用する為の手間。それは正に武器を使わない戦いのように、激しくも立派な二年間だったのだろう。


「……頑張ったんだね、歩未あゆみ緑樹みきさん。……歩未あゆみ、よくやった。お兄ちゃんよりずっと立派だ、偉いぞ。緑樹みきさん、よかった、無事で。僕が生まれた意味が、マイナスじゃなかったって思えて、凄く、凄くほっとした。それに、ありがとう緑樹みきさん。歩未の友達で居てくれて……幾ら感謝してもしきれない、本当にありがとう」


 元より物語を愛する身なれば多少性的な物語も必然是認する立場なれば驚いたとはいえ何程の事も無し、今はただリアラの心には、物語と友情を支えに自分亡き後を生き抜いた二人への、尊崇の念が満ち溢れていた。


「……うん、頑張った、よ」

「ええ、も、もちろんよ。一緒に接した物語は、私達の思い出は……物語を楽しむのは、貴方と一緒に居た日々を忘れない事、私達が私達であり続ける、貴方への祈りだもの」

「……ありがとう」


 リアラの言葉と微笑みに、歩未あゆみはほろほろ涙を長し、緑樹は眼鏡をずらして涙をぬぐった。それは緑樹と歩未あゆみの絆であり、歩未と兄の絆であり、緑樹みきと兄の絆であり、生者を救い死者を慰める祈りだった。物語を楽しむ事で自分を忘れずにいてくれた事を感じ取り、リアラは暖かく柔らかな感謝の念と一体感が心に満ちるのを感じた。


 『全能ゴッド欲能チート』が、玩想郷チートピアが喧伝していた転生の原理。自分は欲能チート無しの転生とはいえ、そしてまた死ぬ寸前とはいえ殺し合いめいた精神状態で倒しきらねば緑樹みきが死ぬやもしれぬという奮起があったとはいえ、我ながらよく転生にこの控えめな自我が保ったものだと思っていたが、あるいは、二人の祈りの加護やもしれぬ。


「それじゃ、改めて、僕の方の話をするね」


 そう思い、短い感謝の言葉に込めきれない思いを表情に滲ませた後、リアラは改めて、己の顛末について語った。あくまでかいつまんで、だが隠し事はせず。


 かいつまんでしまえば、僕の二年間は、あくまでありふれた異世界転生ファンタジーの一つの変奏曲かもしれない、と、ルルヤは思った。ただ単に、元々異世界に居た存在ではなく、地球という別世界から来た存在と戦っただけで。ファンタジーによっては、魔族やそれに類する戦う相手が、そのファンタジー世界とは別の世界から来た存在である事はちょくちょくあるものだし。


 あるいは、結局地球人同士で争っているのだから、それほど現実離れした物語ではないのではなかろうかとも。


 だが、語るほど、違う、と改めて噛み締める。かつて『増大インフレ欲能チート』相手に啖呵を切ったように、僕の辿ってきた物語は、僕の知る皆の物語は、全ての他の物語と同じように唯一無二なのだと。


「……そんな事が、本当にあるなんて……でも、本当なのよね……ううん、正透まさとが出してくれた剣や翼とかだけが理由じゃないわ」


 真剣に聞き入る緑樹みきの言葉が、それを自己認識だけではなく裏付けていた。緑樹みきは、説明の合間に実際見せられたリアラの魔法や武器だけではなく、リアラの要約した抑制的で謙虚な語りの中にこもった思いから信じていた。


「信じて、くれるんだ」

「当たり前じゃない。話せばどう感じても正透まさとだし、その正透まさとが、本当の事をいっている時の口調だし、言ってる内容も……体験談の物語として筋が通ってるし、それに……悩みも失敗も犠牲も包み隠さない正直者なのも、相変わらず。その癖、意地だけは張る所も……辛かったわね、頑張ったわね。よく生きて、くれて……誰がなんと言おうと、私は嬉しいわ」

緑樹みきさん……本当に、ありがとう、本当に……」


 生前付き合っていた時よりも強くなった口調で、でも、確かにそんな芯の強さとしっかりした感性は昔のままで、緑樹みきはリアラを思いを込めて抱き締めた。リアラも感極まって包容に答えた。戦いの血に汚れた手を、いとおしく緑樹みきは掴んだ。


「お兄ちゃん」


 それは前提とした上で、歩未あゆみは、じっとリアラの目を見た。昔と違う所も同じ所もあるその目を。昔と同じように清らかで、昔より色々と成長した目で。


「……辛いこともあったけど、いいことも、ちゃんとあったよね。……私、お兄ちゃんが居たから、私であれる事ができたと思うのよ……私、お兄ちゃんにご恩返しがしたい。大好きだから、お兄ちゃんのよかったことを守りたい。何をすればいい? 何が出来る?」

「……かなわないな、歩未あゆみには」


 前は酷い暗い影のある目だったろうし、今も別の理由による影があるだろう。そう思っていたリアラは、歩未あゆみの目に内心どぎまぎし、そして、新しい影もあるが昔の影は取れ光が点っているとも、語りと目からしかと見抜いた妹の慧眼、そしてその上でそう心を使い思いを向けてくれる妹の情に、嬉し恥ずかしと微苦笑して。


「安全になる為に僕がこれからする事、渡すものをしっかり受け取って。僕の事を心で応援してくれていれば、それはとても凄く僕を救ってくれるんだ。それがあれば、僕は、歩未あゆみ緑樹みきさんも二人の未来も二人の世界も、守ってみせる」


 凛とした表情で妹にそう言い、また緑樹みきさんにも伝えて。そして、更にリアラは言葉を加えた。


「重ねて言うよ。二人は、ううん、物語を心に抱いて現実を生きる皆、胸の物語を守る為に現実と戦う皆は、剣と魔法を敵に振りかざす僕達より、ずっと大変で恐ろしい戦いをして、日々その戦いに勝利し続けている勇者だ。その心に物語を抱き続けている限り、そうしようとしている限り、皆は現実に勝っている。僕等よりずっとすごいことをしているんだ……忘れないで」


 同じようにリアラも知るからだ。要約された二人の語りの裏に、どれだけの苦難と克己と努力と挑戦があったかを。そして、そんな日々を生きる事がどれほど自分の復讐と同じ〈己であり続ける為の戦い〉として過酷でありそれぞれの人生に対して大事な事であるかを知るが故に、そう、励まし返した。


「……分かった、ありがとう。絶対、忘れないわ。それは正透まさともよ? 普通の人生を生きて人助けをして、それも立派な物語、戦士としての人生、それも凄い物語。二つやってるだけでも大したものなんだから」


 それに緑樹みきは、しっかりと受け止め、その理を返した。人として生き、物語としても生きる貴方の頑張りもまた認められるべきと。そして、英雄や勇者ではなく戦士としての人生と言った事に、リアラから感じられた凄絶な体験とそれへの思いに、配慮を込めて。


「絶対応援する。そして、そんなお兄ちゃんの人生って物語のギャグイベントの一つになれるなら……桃色黒歴史な肌色紙吹雪も、何て事ないもんっ」

「た、たはは……(////赤面)」


 そして一幕の恥も失敗も、振り返って他人を嗤うのではない笑いになるなら、気にする事など何もないと、自分から言う歩未あゆみは、自分だけではなくリアラをも救う。


 故にリアラは、つられて笑った。例え状況も世界も、自分の物語が相変わらずどうしてもシリアスでも。それでも笑ってもいいのだと。


 そしてまた、笑いを作る事の何と尊い事かと、リアラは改めてこの妹を尊敬した。別々の物語はそれぞれに尊いという己の言葉の、意味を改めて体感した。


 心に力が満ちる。これは必要な事だったのだと確信する。


「ははっ」「ふふっ」「うん、ふ、あははっ……!」


 三人は笑った。どうしようもない世の中、退屈や敵と戦う人生の中、それでも。



 ……そして、少しの時の後。


「そういう訳で改めて僕は行かなきゃいけない。僕の大切なパートナー、ルルヤさんを取り戻し、僕の居た混珠こんじゅ世界も、二人のいる地球世界も守らなきゃいけない」


 リアラは二人に再びの別れを告げる。くすんだ冬の海を見つめながら。


「二人には追加に魔法を幾つもかけたし、世界全体を守る力も使う。だから、絶対大丈夫。だけど、一応安全な場所に居てね、応援、信じてるから」


 【真竜シュムシュの翼鰭】を、儚く見える妖精めいた羽を、細く狭いその背中に広げて。


「……いってらっしゃい!」「ご武運を!」「行ってくるっ!」


 無理に大きく見せる尖った肩鎧に包まれた小さく丸い肩に背負っているものの大きさを思いながら、歩未あゆみ緑樹みきは精一杯考えた言葉を送った。リアラは精一杯の元気を込めて答えた。


 たった三人の出撃。寂しく見えるだろう。だけど、そんな事は無かった。見送る二人にも、見送られる一人にも、熱い心が燃えていた。


 そしてリアラは海を目指し飛翔した。その沖の波を蹴立てる黒いシルエットへ。



 それを見送った歩未あゆみ緑樹みきは、改めて顔を見合わせた。


「ねえ、やっぱり……」

「……うん」

お兄ちゃんから話を聞くのは、また特別の感情があったし、凄くドキドキした。もっと詳しく聞きたかったけど……」

、だったよ、ね」


 そして、互いに同じタイミングで声をかけあい、更に同じ事を思い、お互いそれを察して、相手の思う事に同意して頷いた。


 二人の表情には、リアラを前にしていた時とはまた違う、宇宙的な驚きの衝撃と、神託を受けたような不安、そしてそれを乗り越えんとする運命的な覚悟があった。そこにはある理由があった。何故リアラが正透まさとである事を信じられたのか、リアラ自身にも説明しなかった……というか上手く説明できなかった理由が。


 二人は安全度の高い場所へと移動しながら、スマートフォンを握り締めた。ある行わねばならぬ事を考えて、見定めて、成し遂げる為に。


 その中にはSNSと……インターネット小説投稿サイトが表示されていた。


 そして、その後。


「……ルルヤさんって人、ちゃんと迎えて、正透まさとが大好きになる人なんだって事、見せてよね。気づいてるだろうけど、ちゃんと意地張ったんだから」


 最後に緑樹みきは一人そう呟くと、拭った涙の粒を海風に飛ばした。神永正透かみながまさとへの、友情だけじゃなかった感情の部分と共に。


 それを察して、感謝と、すまなさと、両方を込めて、飛びゆくリアラは胸元をぎゅっと握って。


「……ありがとう、緑樹みきさん」


 歩未がそう言ってそっと緑樹に寄り添った。兄を愛してくれてありがとうと。兄に代わってありがとうと。思いを秘めてくれた事にも、友人でいてくれる事にも。


 緑樹みきは、歩未あゆみに抱きついて頷いた。



「……リアラ……」


 そしてリアラが向かった戦場。暗い空間の中ルルヤはそれを悟り、呻き呟く。


 【真竜シュムシュの巨躯】の姿。海底水中。その周囲には、【巨躯】と並ぶ大きさの、だが無機質でのっぺりとした影が幾つか。


 ルルヤの意識はあるのかないのか、かすかに呟いたが、目は閉じられたままだ。


 それはリアラがこれから行わねばならぬ戦いの形を告げる予告であった。

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