・断章第十話「A&A」
・断章第十話「
……ではなく、復興の槌音響くケリトナ・スピオコス連峰。
建て替えの余裕の関係上一部が再利用され、混珠風に改造された旧カイシャリアⅦの建物の見映えは少々シュールだったが、幸いナアロ王国の再侵攻も無く、自由守護騎士団と
復興とはいえ何もかもが変化し続けている状況にあるケリトナ・スピオコス連峰。景観以外の変化としては、主に二つがあった。
「えいっ!やぁっ!」
「せいっ!はぁっ!」
一つは、町に木霊する鍛練の声である。
今のケリトナ・スピオコス連峰では、かつてカイシャリア第七学園の校庭だった場所で、進駐する自由守護騎士団の部隊と自警団とで、盛んに鍛練が行われていた。
校舎自体は原型を留めない程に改築され、いざという時の為の城となった為、校庭は丁度城の練兵場となったのだ。そこで行われるのはかつてのような只管体育会系上意下達根性論絶対主義服従思考を植え付け体力と耐える力を増す為だけの単調極まりない単純運動等ではない。
自由守護騎士団は本来の主力である男性の騎士達を過去の戦いで失い、騎士達の子女が構成員となっている。かくある事に備え武芸を磨いてきたし、ここまで戦い抜く事で練度を上げてはいるが、これからの戦いには更なる鍛練が要るだろうという事に加え、数が減っている事から人員を増やさなければならないのだが、一門郎党から戦える者は既に加わっており、更に増やすには加わる事を了承してくれた従者達を叙勲して鍛え直すか、騎士同士の伝手から徴募するか、手段は他にも何通りかはあるが、何れにせよ騎士団に加わるには訓練を経ねばならぬ。
そして
故にこそ、鍛練の声は嫌が応にも響き渡る。
「《浄化》《清浄》済みの土地を今月中に第三地区まで進めましょう!」
「古紙売り場はこちら、硝子はこちら、金属はこちら……」
もう一つの変化は、この町を訪れる人々の目的と物流の変化である。
かつてのケリトナ・スピオコス連峰は、豊かな森の恵みを糧とする里であった。だが、カイシャリアⅦと化した段階で自然は相当手酷く破壊され、ナアロ王国式の生産システムが強制的に導入させられていた。戦後そのシステムは破棄された訳であり、自然環境の再生をまず目指した結果、最初に訪れたのは各地の
元々、一つの山で災害があった時に隣の山同士で助け合う風習があった。その風習によりやってきた神官達が、環境の復旧にまず着手した。樹木を植え、ナアロ王国式産業で汚染された環境を魔法や植物学知識を駆使して清めていく。
それは急速に自然環境を回復させて行くが、それでも流石に昨日の苗木を今日の大木にする事は出来ない。
そこで住民が考えたのが、町の解体再構築と資材化であった。
地球の企業城下町をそのまま移植した家と学校と工場は住民からすれば隷属の象徴であり、流石に全部を一度に解体して雨曝しで暮らすことは無理の為一部は改修して再利用しながらではあるが、基本的にはそこからの決別を目指す事になる。
ブラック企業労働で稼いだ金を惜しげもなく投入して、地球の企業城下町を完全再現する事に拘った『
また、ブラック企業洗脳教育の為に作られた大量の教科書、会社を運営する為に大量に作られた書類等、今となっては見るだに腹立たしい代物ではあるが、硝子や金属や紙に罪は無い。溶かし直し、漉き直せば立派な資源である。地球で言う都市鉱山だ。幸い借金を理由に各地からかき集められた者が今や新しく連峰の住民となっており、外部との伝手もある。
「あの
都市から鉱山になり、元の生活を建て直すまでの間の資源として切り売りされるカイシャリアⅦの残骸。
「
旧校庭練兵場で鍛練に汗を流していた、ハウラの妹ミシーヤは、そんな風景をみてふとそう呟いた。そう、一つ目の変化である武術の隆盛と、二つ目の変化である人と物の流れの変化は、幾つかの理由において関係を持っていた為、旧校庭練兵場の近くにおいて、その両方を見る事が出来た。
この地を案じて浄化に駆けつけた神官達もまた、いざとなればこの地の防衛やこの地の民の避難の為に戦う覚悟のある善人達であり、故に彼らも訓練に加わる為と。
練兵場が校庭で学校が城という関係上、この地で会社建屋・社員寮と並んで最も大量の社畜教育用教科書とテスト等の紙資源と城への改築の為窓が減らされた事による硝子資源を収納する施設の一つである為、それらを運び出し商う者達もまた集う為であり。
そして、もう一つ。ここには、あの日の戦いの結果、会社建屋・社員寮には無いものがある為でもあった。
「お、
「あ、少し休憩だから、その間でいいならっ」
練兵を一休みして大葦〔地球で言う竹に近い植物〕の筒に入れた水を飲んでいたミシーヤに声をかけたのは、その〈会社建屋・社員寮にはないもの〉を扱う
「頼む。こいつを見てやって欲しいんだが」
「ああー、成る程……」
その理由は、その場に山と積まれた、およそ通常では考えられない程の凄まじい数の魔法武器だ。剣、槍、槌、矛、斧、短剣……等々、様々な魔法が付与され、単純な切れ味や強度の強化に留まる数打ちの量産品から、複雑な魔法が付与され特殊な効果を持つ物や更に形状がそれを前提に工夫され独特の使用法を必要とする物等の《専誓刻名》が刻まれた逸品物まで、それが数百以上。
ミシーヤが見せられたものはそのうちの一つ、中々珍しい、魔獣の生体素材を用いた槍だ。
これこそが第三の理由。そう、かつてここで行われた戦いで『
とはいえ
「《
「そうか、危ねえ危ねえ。一先ず掘り出した魔法武器には片っ端から《装備封印》の護符を貼り付けてから運んでるが、そうしておいてよかったぜ」
そしてその期待にミシーヤは見事答えた。ほう、と感心した表情を浮かべた
「ショーゼ・ワターの奴ぁ、どうせ呪いを他者に肩代わりさせるからって構わず使ってたんだな。全く酷い野郎だったぜ」
「もっと普通の、使いやすい武器はあるんだよね?」
そう会話する二人の眼前では、基礎鍛練と型稽古を終えたミシーヤと交代で入った自警団員が、自由守護騎士団の一般団員の女騎士と手合わせに入っていた。
少し寄り道して、そちらを描写すると……
女騎士の方は刃引きした剣をやや低く手元を引き付けるようにしながらも切っ先を斜めに突き出し防御優先に構え、自警団員の獣人少年は短槍を投擲も突きも防ぎも可能な逆手に構えた。前者は騎士の武術である騎士道鞍上着鎧作法〔本来騎乗武術の流派であるが、下馬時の護身剣術も必然充実している〕、後者は狩闘の民の武術の一つである〈狩槍術・飛牙〉であった。
「そら、まだよっ!身体能力だけじゃ、貴方達が狩る亜獣と同じ!」
「は、はいっ!!」
堅牢な女騎士の構えは、獣人少年の突きの軌道に割り込み反らすようにして防ぐ。攻撃が進む軌道に割り込むように刃を斬り入れて軌道を反らすのだ。一歩間違えばそのまま腕を斬られる。これを破るには絡みつく様な動きが要るのだが、突撃する獣を相手にする事も想定した〈狩槍術・飛牙〉の基本は相手の勢いを利用しつつ奇襲的に立ち回る斜めの動きなので、的確に見切られてしまえば中々難しい。一流の使い手となれば跳躍や極度の下段からの奇襲等も含めた妙技で突破もできようが、少年はまだその領域にはないようだ。
「ほい、ほい、ほいっ!構えに拘り過ぎても主導権を失うぞい!」
「あいたた!」
一方逆に、高位神官らしき老人が別の騎士に稽古をつけている光景もあった。杖を長く構え、くるくると回すようにして左右に螺旋状に動いて。神殿護杖術は護りと相手の護りを破り隙を突く事に長ける。
「てぇええいっ!!」
「うわ!……ちょ、杖を壊すまでやられると、この後《浄化》《清浄》使う時に困るんですけど!?」
「んな事言われてもな!実戦じゃんなこた言ってらんないぜ!」
そんな神殿護杖術との相手に、
同じ
「ああ、勿論だとも。氷属性の名品《
「ううん、いいよ」
「だが〈
魔法武器の取得を断ったミシーヤに地球で言う〈鬼に金棒〉に相当する諺を言う山亜人の鍛冶師に、ミシーヤは重ねて首を振って答えた。
「武器は、戦士に強くなってほしいと言う作り手の祈り。それは分かってるけど、今の私はまだまだ
事実、女騎士と獣人少年の戦いは女騎士が優勢だが、本来
一方それとは別に
「違いねえや。何より、使うんならしっかり熟練して使いこなしてもらわにゃ、武器が泣くぜ」
髭を撫しながら、
「返す返すも、そういう意味であの六振が失われたのぁ惜しいぜ。〈天地六振〉の内四つの最後の使い手があれじゃあ、製作者が可愛そうだぜ」
「ショーゼ・ワターが三面六臂になって同時に使ってたあれら?何かこう、謂れがあるの?」
問われて、
数百年前の魔法武器職人の二人、鋼の精霊に愛された〈
二人が出会ったのは、〈
冷却装置の話とその言葉から、二人組は研究途中の魔法武器を見せ。話す内に意気投合し、共同研究が始まった。その時代は二代目魔王と三代目の魔王の間だったが、〈轟魔〉スフ・ヤジャスガン、〈狂神〉タルー・ケンジッキン、少し後になるが〈王殺しの〉レト・シュペーム等、魔王に次ぐ程の魔族が何人か出現した時代であった。
〈
初めに〈
次に〈
最後に〈
これを見た〈転生者の学者〉は、自身の知る使えそうな知識を披露。
〈
そうして数回の話し合いを経て、付与する属性を《風》《雷》《重》《炎》《水》《熱》の六つとし、それぞれの効果を十全に発揮できる形状の刀剣を作成した。
それがショーゼ・ワターが用いた六振りの魔法武器の内《
《
《
《
《
《
ここから派生して、加熱について特化した魔法武器が別途提案された。
《
こうして作られた六本の魔法剣は、制作時の雑談と考察から《天地六振》という総称を付けられた。
異界の神の故事より《風》《雷》を対として〈天〉を表し、〈天〉に対する〈地〉として《重》を配置する。
火を重ねた《炎》を大いなる《水》の対とし、これを〈具現〉の表れとした上で、対になる〈抽象〉を《熱》の両極端として表す。
《風》《雷》《重》の〈天地〉に対し、《炎》《水》《熱》は〈天地〉の〈間〉で起こる現象という形で対と見なす。
〈転生者の学者〉は((いや、厳密に言えばこの括りはどうだろうか))と少し悩んだと言うが、〈天地六振〉は後に様々な使い手に使用され、その功績の一助となった。時を別としてその大半振が屠竜を成した事からも、その優秀さが伺える。
これら以外にも三人が発案した魔法武器の図案が幾つか残されている。全てを砕く二股剣《
「悲しい物語ね。その三人の願いは、これまでずっと叶えられてたのに」
「全くじゃ」
魔竜を倒し人を守る為に使われていた武器が、欲の為に振るう悪党の手に渡り、戦いの結果悪党諸共失われた。せめて二振が自由守護騎士団に残った事を喜ぶべきだろうが、その事実に、生体素材と金属素材、封じる者と管理する者と方向性は違うとはいえ、魔法装備とその作り手への感情移入はある。故に、二人揃って嘆息し。
「それでも、残り二振りは、あの自由守護騎士団が持ってるらしいから」
「うむ。ワシ等は残ったものを受け継ぎ、新たなるものを作り出し、今を生きる者としてこの先を頑張るのみよ」
二人は改めて、そう誓い。そして、ミシーヤは同じ転生者の事を思った。
「それにしても……転生者、か」
「うむ。……
「……うん。家族同然の、大事な人」
様々な擦れ違い、葛藤、傷つけてしまった事もあったが、それを乗り越え、そしてリアラも許してくれた。だから、思いを込めて今のミシーヤはそう言いたいと思う。
「転生者。〈不在の月〉から来る者。三代目勇者や天地六振の伝説に語られる奴や真竜の勇者の弟子みたいな奴もいれば、ショーゼ・ワターみたいな奴等もいる」
腕を組んで、山亜人の鍛冶師は唸った。
「転生者とは一体何なんだろうな。何故、〈不在の月〉からやって来るんだ?何故、不思議な力を持っておる者とそうでない者が居るんだ?何故、良い転生者と悪い転生者が居るんだ?」
隣に座るミシーヤは、空を見上げて暫く考えた後、こう答えた。
「私にもわからない。けど、きっと私達と、そう変わらないんじゃないかな。私達だって強い人もいれば弱い人もいて、悪い人もいれば良い人もいる」
「……それは、そうだろうな」
何故来るのか。何故力を持つ者がいるのか。それはわからないが。同じなのではないか、という部分には、
「さてと。そろそろ、一休みは終わりかな」
そして、ミシーヤは立ち上がった。
「うむ。こいつは、お嬢ちゃんの言う通り呪詛対策の末リサイクルじゃ。お嬢ちゃん
山亜人の鍛冶師も、封印状態の《
「うん、頑張ろうね。今度こそ此処を守り抜けるように……そして、何時か、リアラ達に恩を返せるように」
それと共に、そう言ってミシーヤ・キカームは練兵場へと再び歩きだした。
山亜人の鍛冶師の問い、そして、ミシーヤの思い。その答え、その思いが結実する日。それはまた、
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